【完結】暗殺教室 ―Twinkling of a star― 作:春風駘蕩
鋼の装甲で覆われた鉄拳が吸い込まれるようにワームの顔面に突き刺さり、汚らしい体液を撒き散らして吹き飛ばす。衝撃を受けて、顔面を陥没させたワームは他のワームを巻き込んで倒れこみ、同胞に踏み潰されて事切れた。
カブトの装甲をまとったヒバリは、体に似合わぬほどの重装甲を武器として使い、ワラワラと群がってくる緑色の害蟲供を片っ端から叩き潰していく。背後には青い顔で固まる渚達の姿があり、ヒバリは彼らを背に庇い、近づいて来ようとするワームを次から次へと薙ぎ払っていった。
少女の背後でその戦いを見ていることしかできない渚達は、息を呑んでその場に硬直していて、それに気づいたヒバリはギロリと鋭い目を向けて睨みつけた。
「ッ……ボケッとするな‼︎ さっさと逃げろ‼︎」
雷のごとく放たれた怒号に、渚達はハッと我に返る。途端にワームの放つギチギチという嫌な音が耳に届き、渚達は頬を引きつらせながら慌てて路地裏に逃げ込んだ。
ヒバリはワラワラと群がるワームたちを睨みつけると、渚達が駆け込んだ路地を背にかばうようにしてたち、寄ってくるワームの前に立ちはだかる。もっとも近くにいたワームの一体を蹴り飛ばすと、カブトゼクターの角を叩いて百八十度反転させた。
「キャストオフ‼︎」
【CAST OFF】
一瞬でヒバリの纏う鎧の外側が弾け飛び、よりスマートな真紅の鎧が露わとなる。パージされた装甲は周囲に四散し、ワームたちに激突して火花を散らせると同時に、当たりどころの悪かったワームがその場で倒れ、絶命していった。
軽装甲となったヒバリは腰に下げた苦無を取り外して持ち、柄頭に手を当てて構える。眼光は鋭く、蠢くワームたちを見据えて隙なく四肢に力を漲らせる。呼吸法を変え、殺気を走らせてワームたちを牽制すると、「はっ‼︎」と気迫を込めて吠え、ワームたちに斬りかかった。
路地を走る渚達は、脇目も振らずに狭い道を進み、ワームの元から遠ざかる。背後の気配が気になるが、恐怖心に押しつぶされないように必死に前を向き続け、土煙を巻き上げて逃げ続ける。息が乱れるが、立ち止まる恐怖の方が疲労と不安を上回っていた。
だが、走り続ける渚達の頭上で、低い羽音と共に黒い影が走った。目を見開いた渚達がつられて視線を上げた瞬間、杉野の背中に一体のワームが襲い掛かった。
「うっ…うわあああ‼︎」
「杉野‼︎」
衝撃を背中に受け、悲鳴をあげた杉野が盛大に倒れこむ。杉野の背丈どころか、大人の背丈も軽く超える蜂の異形が、鋭い牙と爪を鳴らして杉野の外套をビリビリと引き裂いていく。杉野も抵抗するが、はるかに力が強く大柄なワームが相手ではどかすこともできなかった。
「くっ……離せっ、離せぇぇ‼︎」
「離れろこいつ‼︎」
「すっ……杉野さん‼︎」
渚とカルマがワームの方に掴み掛かり、杉野から引き剥がそうと挑み掛かるも、筋力の差によって逆に振り払われる羽目になる。それでも杉野を救おうと争う渚たちに苛立ったのか、ワームは唸り声をあげて爪を振り回した。
渚はワームの一撃を顔面にくらい、その場にドサッと倒れてしまう。標的を変えたのか、牙を剥いたワームが両腕を振り上げ、渚に襲い掛かった。
「うわっ‼︎」
渚はとっさに転がり、ワームの爪の一撃を間一髪躱す。すぐに起き上がり、砂まみれになりながらワームから距離を取ると、渚はワームの恐ろしげな咆哮に身を竦めながらも、捕らわれるまいと油断なく身構える。だが同時に、カルマたちとも分断されてしまった。
「渚っ……‼︎」
起き上がった杉野やカルマたちが駆け寄ろうとするが、さらに頭上から複数のワームたちが降り立ち、カルマたちの足を止めさせた。
その光景を見た渚は、ちらりと自分の横に続く小道を盗み見て、声を張り上げた。
「カルマ君! 二手に分かれよう‼︎」
「⁉︎ 無茶じゃないかな、それ‼︎」
渚の言葉に異を唱えようとするカルマだったが、徐々に迫ってくるワームたちを前にそれ以上の言葉を繋げなくなる。渚はゆっくりと横道に入りながら、カルマの方へと叫ぶ。
「僕なら大丈夫だから……このままだと全滅だよ‼︎」
「渚くん‼︎」
カルマの返答を聞くことなく、渚は急いで横道へと身を踊らせ、狭い空間へと姿を消してしまった。カルマは悔しげに顔を歪ませながら、意を決したように舌打ちし、杉野や茅野たちを率いて別の道へと逃げ込んで行った。
逃げた獲物を追い、数体のワームが双方向に蠢き出す。唸り声が片方は大きく、片方は小さくなっていくのを聞き、渚は自らの走る速度をぐんと上げた。
せまく暗く、障害物の多い道をフリーランニングの要領で駆け抜け、ワームとの距離を必死に広げていく。暗殺技術の向上のために習得した技能だったが、道無き道を駆け抜ける能力は異形からの逃走のために大いに役に立っていた。以前のように複数であらゆる方向から襲われれば非常に厄介だが、一方向から一体ずつ向かってくるのであれば躱すことも容易だった。
パニック映画のような結果になるまいと、思わず安堵しかけた渚だったが、次の瞬間はっと目を見開いてその場に立ち止まった。
「なっ……ヤバッ……‼︎」
急ブレーキをかけ、目の前に広がる大きな穴に戦慄の表情を浮かべる。風化した街には時に、老朽化して崩れ落ちた場所があり、ぽっかりと大きく口を開けていることが多々あった。昔の地下鉄や下水道などの通路が崩れた影響か、穴は大きく傾斜は急で、いくら鍛えていたとしても降りることも越えることも困難な有様となっていた。周りの壁も崩れていて、左右の壁を足場に飛び越える方法も取れない。
しかし、背後から迫るワームの足音と唸り声はどんどんと近づいてきている。歯を食いしばった渚は、意を決して断崖のような穴に向かって飛び降り、わずかな突起を足場に降下を始めた。
瓦礫を、折れた水道管を掴み、踏んで、ほとんど垂直な壁を降りていく。徐々に頭上から差してくる光が闇に遮られて暗くなっていく。手元が暗くなっていくことに不安を覚えながら、渚は壁をスルスルと下っていき、やがて穴の最深へと辿り着いた。
底へと足をついた渚は、頭上の光がまだかろうじて見えていることに安堵しながら、出口にまだワームがうろついていることを案じて息をひそめる。少し迷った渚が左右を見渡すと、横にまだ道が続いていることに気がついた。昔の下水路だろうか、水を通す道が掘られた少し広い道を見据えると、渚は持っていた携帯電話のライトを点灯し、暗い道を照らした。
誰もが怖気付きそうなくらいの闇を前に息を飲みつつも、渚はきっと表情を改め、照明を頼りに下水路へと足を踏み入れていった。
† † †
「何ですと⁉︎ 渚君が一人で⁉︎」
携帯電話を片手に、顔色を変えた殺せんせーが叫んだ。その大声は烏間やイリーナにまで届いており、二人ともはっと目を見開いて殺せんせーの方を凝視する。
『悪りーねころせんせー…俺らも逃げ…だけで……い一杯でさ』
「無事ならば文句は言いません‼︎ それで、渚君の居場所はわかりますか⁉︎」
再び砂嵐が吹き始めたせいか、ノイズが混じったカルマからの通話に四苦八苦しながら、超生物教師は生徒の安否を確認し、逃げ遅れた渚を案ずる。すると、カルマからは心底悔しげな声が届いた。
『はぐ…てからは分かん…いけど、最…に見たのはーーー』
「……わかりました。すぐに先生が迎えに行きます」
カルマから場所を聞き、殺せんせーは話す間に出る準備を終わらせると、電話を持ったまま職員室の窓を開けて飛ぶ体勢に入る。
「皆さんはそのまま、安全な場所で待機していてください。いいですか、絶対にですよ‼︎」
いうが早いか、殺せんせーは教室から一瞬で飛び立ち、マッハでカルマから聞いた場所へと急行していった。爆風が教室の中で吹き荒れ、烏間とイリーナは立ち上る砂煙を片手で防ぐ。
残された二人は砂が舞う空を見つめ、肩を落とす。あの教師ならきっと何か起こる前に間に合うだろうが、それでも個人で動くには限界がある。最悪の場合を想定した烏間が、自分も出ようと扉に足を向けた時、彼の携帯電話に着信が入った。
「!」
烏間が発信元を確認すると、その相手は懸念していた組織の一人からだった。しかめっ面になった烏間が通話に応えると、スピーカー越しに腹立たしい声が届いた。
『……先ほどぶりだね、烏間君。我々の手のものによると、件の生徒が大変な目に遭っているそうじゃないか。よければ、手を貸そうと思うのだがどうだ?』
「…………‼︎」
ただでさえ切れる寸前の烏間の糸がさらに引き延ばされる感覚を感じる。どこまで把握しているのか、それとも全て把握していて放置していたのか、とあまりのタイミングの良さに烏間の中で疑念がさらに膨らんでいく。もしや、これもZECTが仕組んだことなのではないか、そう思えてきて、烏間は思わずギリギリと歯をくいしばる。
『どうかしたのか? 迷っている暇はないと思うが』
「……いや、協力感謝する」
烏間は携帯電話を持つ手に力を込めながら、内心を押し殺して答える。やがて、プツンっという音とともに通話が途絶えてから、烏間はぶるぶると震える拳を掲げ、苛立ちをぶつけるかのようにそれを壁に叩きつけた。
「…………」
「…苛立ってる暇、ないんじゃない?」
言いなりになるしかない烏間に、イリーナが問いかける。振り向いた烏間は、イリーナが指で車のキーを回して弄んでいるのを目にし、わずかに目を細めた。
「手伝いぐらいなら、してやるわよ」
「……ああ、頼む」
強く頷く烏間に、イリーナは小さく微笑みを返した。
† † †
暗く、静かな道を、一筋の光明が照らし、カツンカツンと甲高い足音が反響する。電池の残量の少ない携帯電話のライトを頼りに進んでいた渚だったが、携帯同様に自身の体力も厳しくなっていることを感じていた。呼吸は荒くなり、汗はとどまることを知らない。
が、ここで立ち止まるわけには行かず、どこか日常に通じる出口を見つけなければならない。悲鳴をあげる筋肉をなだめ、渚は目の前に続く道をただ黙々と歩き続けていた。
そんな中、長い長い壁の途中に一箇所、大きくひび割れて崩れている部分を見つけ、渚は小走りでそこへと駆け寄っていった。
そばによって確認すると、穴はどこかの施設の地下に通じているらしく、風が通じているようにヒュウヒュウと音が聞こえてきていた。どうやら地下で迷子になることは避けられたようだと安堵した渚は穴を乗り越え、施設の中へと足を踏み入れ、再び進んでいった。
どうやら、すでに廃棄された場所らしく、朽ちたタービンや計器が放置されている。ホコリや砂が降り積もっていて、ずいぶん長い間このままらしい。見上げると、天井にも大きな亀裂が入っていて、夕暮れの光が渚のいる空間にも届いていた。携帯電話のバッテリー切れの心配もいらなさそうだ。
外に一応は通じていることに安心しながら、渚は外に通じる通路はないかと辺りを見渡す。階段くらいはないものか、と歩き出そうとした時。
唸り声が、聞こえた。
「ーーーッ‼︎」
慌てて口を塞ぎ、渚は息を潜めて柱の陰に隠れる。じっと身を固め、徐々に近づいてくる異形の息づかいと足音のする方から身を隠す。歯がなりそうになるのを必死にこらえながら、渚は光の方へと近づく異形の方をちらりと見やった。
複数の腕を持つ、蜘蛛形のワームだ。図鑑で見たことのある、地面の下に巣を作る種の蜘蛛に似た姿で、ギチギチと牙を鳴らして薄暗い中を歩いている。
渚はわずかな呼吸すらも抑え、必死に音を殺す。心臓が強く鼓動し、脈動音が外まで聞こえそうなほど大きくなる。その音で居場所がバレはしないかと顔を青ざめさせ、渚はただただワームが立ち去っていくのを待ち続ける。
やがて、ワームは辺りを見渡すのをやめ、踵を返して何処かへと歩き去っていく。牙の鳴る音と、足音が徐々に遠ざかっていくのをじっと聞き届け、ようやく渚は深く息をついた。
「……ここにも長くはいられないな。早く外に出ないと……」
安堵のため息をついた渚だったが、ワームが近くにいるなら長居は無用と、移動することを決める。どこかにワームがいるかわからないため、先ほどよりも警戒を強めて道を探る。
だが、一歩踏み出そうとした渚は気づいた。自分の立っている真上から、先ほど聞いた唸り声と同じ声が響き、ピタリとその場で凍りついてしまった。
ギギギ、と壊れた人形のようにゆっくりと振り向いた渚の瞳に、それが映り込む。
天井いっぱいに密集して張り付く、無数のワームの姿を。
「うっーーーうわああああ‼︎」
夕日の照らす、ZECTのとある施設に向かって、一台のスポーツカーが走る。砂埃を巻き上げてドリフトしたスポーツカーは施設の前に停車し、運転席と助手席から二人の男女が扉を開けた。
外套とサングラスを纏った烏間とイリーナは颯爽と車を降りると、ZECTに指定された、渚がいると思われる廃棄された施設の方へと歩き出した。烏間の手には、一つのジュラルミンケースが下げられており、烏間の手にずっしりとした重みを伝えている。鍵はかけられておらず、錆びた扉は軋んだ音を立てて開かれ、嫌々二人の訪問者を迎え入れた。
烏間とイリーナは、万一の時のためにそれぞれ拳銃を構え、物音一つ立てずに施設内の廊下を進んでいく。烏間が先行し、先の様子を伺ってからイリーナを伴って進む。
やがて地下に通じる階段の入り口を見つけ、手持ちのライトを照らして降り始める。カンカンとわずかに足音が響き、二人は素早く階段を降り、目的の場所へと急いだ。
そして、最下層の階へとたどり着いた烏間とイリーナは、一つの重厚な扉の前に到着する。扉の左右に背中を預けた二人は拳銃を構え直し、互いに目配せし合う。頷いたイリーナに頷き返し、烏間は片方の扉をゆっくりと開けて中へと侵入した。
銃口を前へと構えたまま、イリーナとともにタービンや計器の並んだ地下空間を進む。
すると、烏間の耳が、少し離れた場所から誰かの叫ぶ声を捉えた。
「! 渚君‼︎」
目的の少年の声だと気づいた烏間とイリーナは表情を変え、地下空間のさらに奥へと急ぐ。深い段差がある場所へたどり着いた烏間は、目の前に広がる光景に目を見開いた。
「……! これは……‼︎」
「まずいわね……」
烏間たちの真下には、無数のワームが蠢き、ひしめき合っていた。何体ものワームが糸を張り巡らし、機材を破壊して自らの巣に作り変えていた。そしてすべてのワームがある一点に集まり、何かに向かって唸り声を上げている。
その中心にいたのは、顔面を蒼白にした渚だった。
「! 渚くっ…」
駆け寄ろうとした瞬間、烏間とイリーナに向かって何体もの蜘蛛型のワームが襲い掛かった。烏丸は舌打ちし、イリーナをかばって迫り来るワームに発砲する。ワームの表皮に火花が散り、それを受けたワームが激昂して鋭い咆哮をあげた。
「かっ…烏間先生‼︎ ビッチ先生‼︎」
二人の姿に気づいた渚が声をあげると、その声に反応したワームたちが渚めがけて一斉に襲いかかってきた。はっとなった渚は身を屈めてそれをかわし、次々に迫ってくるワームの爪を必死にかいくぐっていく。
だが数の暴力の前では、訓練を受けたものといえど中学生の力では太刀打ちできず、激しい鋭い爪の一撃を頭に受けて軽々と吹き飛ばされてしまう。がしゃんと壁に叩きつけられ、ずるずると膝をついた渚に向けて、さらに別のワームが迫った。
振り上げられた爪を前に、思わず渚が目を瞑った、その時だった。
ゴウゥッ‼︎
旋風が吹き荒れ、渚に群がっていたワームがまとめて吹き飛ばされた。目を見開く渚の前で、何本もの黄色い触手と黒衣がはためき、渚を背にかばうように降り立った。
「こっ…殺せんせー‼︎」
「ヌルフフフ、間一髪でしたねぇ!」
振り向いた殺せんせーが、いつも通りのニヤケ顔で答えた。
「ど、どうやってここが⁉︎」
「渚くんがカルマ君と別れた場所からわずかな匂いを頼りにして、ここへたどり着きました。風で薄れて大変でしたよ、本当に‼︎」
いつの間にか、目のすぐそばに開いていた超生物の鼻の穴に目が向く。常に生徒の持つ菓子類にのみ発動する、警察犬をも凌ぐ嗅覚を用い、渚の居場所を探り当てたのだろう。
殺せんせーはフンと荒く鼻を鳴らし、ワームの群れへと視線を戻す。
「さて…私の大切な生徒に手を出したのです。相応の覚悟があるのでしょうねぇ」
殺せんせーの言葉に答えたのか、向かいくるワームが吠えた。殺せんせーはニヤリと笑みを深め、うねうねヌルヌルと触手を蠢かせてワームを挑発した。
「手入れをしてあげましょう……どこからでも、かかってきなさーーーふべっ⁉︎」
「えええええええ⁉︎」
啖呵を切っている途中に顔面に衝撃を受け、あっさり吹き飛ばされた担任教師の情けない姿に渚が目を剥く。せっかく格好つけて登場したというのに、開始早々あっさり壁に叩きつけられ、いいところは微塵もなかった。
「……‼︎ あのバカタコが…!」
舌打ちし、手に持っていたジュラルミンケースに烏間が目を向ける。
「…………」
顔をしかめ、烏間はケースを睨みつける。近づいてくるワームに発砲して遠ざけ、ケースのロックを片手で外し、中のものを取り出す。ZECTから送られた、ライダーベルトを。
「渚君‼︎」
烏間は叫び、渚に向けてベルトを投げ渡す。渚は慌てふためきながら、飛んできたベルトを受け取り、烏間の顔を見上げて眉を寄せた。
「せ、先生……」
「…すまない、渚君。君には本当は、それを使うか否かの自由があったはずなのに……。俺が不甲斐ないせいで、迷惑をかける……」
悔しげな声を漏らす烏間は、渚に目を向ける。表情はただ固く険しいが、その内心は烏間の震える視線がはっきりと物語っていた。そして、握り締められた拳が。
渚はじっと、渡されたベルトを見つめ、そして烏間の方を見つめる。
彼から受ける眼差しは、渚にとっては馴染み深く、そして同時に他に見ないものだった。
ーーー僕は、この人の目が好きだ。
こんなにまっすぐ目を見て話してくれる人は、家族にもいない。
手にずっしりとくる鋼鉄のベルトを持ち上げ、その重みにゴクリと唾を飲み込む。
ーーー立場上、重圧に苦しむこともあるだろうし、どうして僕が選ばれたのかもわからない。
僕に、本当にそんな力があるのかもわからない。
…でも。
目を閉じ、深く息を吸ってから、渚はベルトを腰に巻きつける。ガシャンと重い金属音が鳴り、渚の細い腰にぴったりと張り付くようにベルトが装着された。
ーーーこの人の渡す
渚は心を落ち着け、鼓動を鎮める。やり方は、手探りで見つけるしかない。とにかく落ち着いて、その存在がしっかりと応えるのを待つしかない。
最良の精神状態で、渚は意識を集中させ、その名を呼ぶ。
“神”とまで呼ばれた、最強の存在を。
「…………来い、ガタックゼクター」
その瞬間。
爆音とともに壁が吹き飛び、青い何かが飛来した。光沢のある青いそれは、空中に赤い閃光を走らせ、群がるワームたちを弾き飛ばし、吹き飛ばしていく。硬い表皮に火花を散らし、敵を粉砕したそれは、空中に軌跡を描き、渚の掲げた手の中に収まった。
渚はソレーーー青く輝く、鋼鉄の
「変身‼︎」
【HENSHIN】
ガタックゼクターが渚のベルトに収まり、低い男性の電子音声が鳴り響く。ベルトを中心に六角形状のエネルギー膜が展開し、渚の華奢な体を包んで、その上に装甲を形成していく。
胸と肩、背を重そうな装甲が覆い、瑠璃色に輝く。肩には大口径のバルカン砲が装備され、渚の肩にずっしりとした重みを伝える。
顔には真紅のバイザーが備わり、黒いラインがそれを彩る。
現れた青海の戦士の姿を目にした烏間は、思わず目を奪われた。
「…………あれが、戦いの神・ガタック…………」
烏丸の凝視する先で、渚が動く。肩に備えたバルカン砲の砲口をワームたちに向け、ガシャンとカートリッジを装填する。ざざっと両足を踏みしめ、渚は標的を見据えた。
真紅のバイザーの下、力を手にした少年の目が光っていた。