デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

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今回の話、自分が書いてきた中で最長の文字数かもしれない……。


第十話 ラタトスクとBOARD

「――――以上が、先日アンデッド出現の際に起こった事です」

 自衛隊天宮駐屯地にある一室で、AST隊長日下部燎子はそう言った。現在の彼女の服装は戦闘の際に着用するASTの戦闘服ではなく、基地内で普段着ている軍服だ。

 彼女の前には数名の男達が居並び、燎子の話を真剣に聞いている。

 そして、燎子の正面にいる男達の一人が手を組みながら険しい顔つきで呟いた。

「……まさか、本当に実在したのか。アンデッドを倒す事ができる組織が……」

 彼の信じられないと言うような口ぶりに、燎子は心の中でその男に同意しながらその日の事を思いだす。

 自分達ASTが精霊『プリンセス』と交戦し、徹底的に敗北したあの日、何故かアンデッドも精霊が出現した現場に現れたのだ。

 とは言っても、自分がアンデッドと戦ったわけではない。あの時自分はプリンセスの攻撃に叩きのめされて戦闘不能の状態に陥っており、移動する事も困難な状態にあった。その現場で、唯一アンデッドと交戦したのは、自分の部下である鳶一折紙だけだった。

 しかし、その時は折紙もプリンセスの一撃を食らい、とても満足に動ける状態ではなかった。いや、仮に自分達や彼女が万全の状態であったとしても、アンデッドを倒す事は出来なかっただろう。

 アンデッドはその名前が示す通り、どんな手段を用いても『殺す』事ができない。実際自分達がアンデッドと交戦した時に、どれだけ強力な攻撃を加えてもあの生物達を殺す事は出来なかった。

 そのため、もしもアンデッドが出現した場合は行動不能になるまでに攻撃し続けるのがASTの定説になっていた。上層部の中にはアンデッドを生け捕りにして研究し弱点を探れば良いのではないかという案もあったが、燎子としては冗談じゃないというのが正直な感想だった。

 理由は分からないが、アンデッドは自分達の随意領域(テリトリー)を無効化し、破壊する力がある。下手に生け捕りをしようとしたら手痛い反撃を食らう恐れがあるのだ。何よりも不死身という厄介な性質を持つ敵相手にそんな事を試みるのは、いくらなんでもリスキーすぎる。

 だから、アンデッドに対する最も有効な手は、アンデッド達が行動不能もしくは撤退するまで攻撃する事だと思われていた。

 だが、この前燎子はアンデッドと直接戦闘した折紙から耳を疑うような話を聞かされた。

 アンデットとの戦闘中に自分達とは異なるシステムの機械の鎧を身に纏った人間が突然現れ、アンデッドと戦闘し、しかも不死身であるはずのアンデッドを倒したというのだ。 

 生憎折紙も戦闘の後気絶してしまったらしく、その戦士がその後どうしたのかは彼女も分からないらしいが、不死身の存在であるアンデッドを倒す戦士というのは非常に貴重な情報だった。

 何故ならその戦士と接触を図る事で、今まで撤退させる事しかできなかったアンデッドに対する対抗策を得られるかもしれないし、運が良ければ自分達の本来の討伐目標である精霊を倒す手がかりをつかむ事ができるかもしれないからだ。

「……鳶一一曹の話によると、アンデッドを倒した何者かは自らの事を『仮面ライダー』と名乗っていたようです。無論、それが本当に何者かの名前かは分かりませんが、手がかりとしては役に立つのではないかと」

 燎子の報告に、男達は全員何かを考え込むような表情を浮かべた。それから燎子の真正面に座っている男、桐谷将校が燎子の顔を鋭く見据える。

「その者の正体や目的について、何か分かる事は?」

「……分かりません。アンデッド封印が目的だとは思いますが、それが個人の目的なのか、それともその仮面ライダーの所属している組織の目的なのかはまだ……」

 ふむ、と桐谷将校は何か考え込むように顎に手をやった。恐らくその仮面ライダーと仮面ライダーが所属している組織が、自分達と同じ人類の味方なのか、それとも自分達とは全く違う目的を持った組織なのか考えているのだろう。

 下手な考えは出せない。もしもここで安易な答えを出せば、それが後々厄介な展開に繋がる可能性が大きいからだ。それは桐谷将校以外の全員も分かっているのか、全員難しげな表情を浮かべたまま何も言わない。

 やがて、桐谷将校が手を組んだ状態で話を打ち切るように言った。

「……分かった。報告ご苦労だった。またその仮面ライダーについて分かった事があったら、報告しろ」

「了解しました。しかし、仮面ライダーへの今後の対処は……」

 燎子が尋ねると、桐谷将校は険しい表情のまま答える。

「我々に害を加えずにアンデッドを倒し続けるのならば、別に放っておいても良いだろう。だが、もしも我々にまで牙を剥くのであれば、排除するしかあるまい。」

 自分に向けられる威圧感に燎子は一瞬顔をしかめてから、失礼しますと一礼してその部屋を出た。そしてしばらく歩き続け、ようやくその部屋から遠ざかると、小さく疲れたような息を吐いた。

「ふぅ……」

 それから首をコキリと鳴らし、一人呟く。

「だけど、すごい緊張感だったわね……。息が詰まるかと思ったわ……」

 だが、それも仕方ないかもしれないと燎子は思った。

 ただでさえ精霊という厄介な相手に手を焼いているのに、そこに不死身という性質を持つアンデッド、さらにそのアンデッドを倒す事ができる仮面ライダーという鎧の戦士が現れたのだ。それらの出現に上層部もピリピリしているのだろう。

 燎子が再び歩き出そうとすると、彼女の背に声がかけられた。

「あれ? リョウコじゃないですかー」

 燎子が振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。

 作業服の上に大きめの白衣を羽織り、眼鏡をかけた金髪碧眼の少女だ。

 彼女の名前はミルドレッド・F・藤村二等陸曹、通称ミリィ。燎子達の使うCR-ユニットの整備士であり、折紙の数少ない友人でもある。彼女はどこか疲れたような燎子に歩み寄ると、のんびりした口調で尋ねた。

「一体どうしたんですか? もしかして、何か重大なミスでもやらかしちゃったとか?」

「違うわよ。この前のアンデッド出現の時の事を上に聞かれただけ」

「ああ。それって仮面ライダーの事もですかー?」

 ミリィの口から出た言葉に、燎子は思わず眉をひそめながら彼女の顔を見つめた。どうして整備士の彼女が、その名前を知っているのだろうか?

「あんた、どうしてその名前を?」

「いやー、駐屯地内じゃ最近その話題で盛り上がってますよー。謎の不死身生物アンデッドを倒す謎の鎧の戦士。そんなのが話題にならないはずがないじゃないですか」

「……まぁ、それはそうかもしれないけど」

 確かにミリィの言う通りかもしれないが、あまり噂が広がりすぎると誤った情報が広がる可能性があるので、仮面ライダーの話は極力しないように隊員達には言っておいたのだが……、どうやら人の口に戸は立てられないということわざは本当らしい。やれやれと燎子が歩きながら肩をすくめると、彼女に並んで歩いているミリィが再び尋ねた。

「で、仮面ライダーの正体は分かったんですか?」

「そんな簡単に分かるわけないでしょ。私達の前に現れたのも、その名前を知ったのも今回が初めてなんだから。しかもそれ以外はまったく分からないし、これで正体を探れっていうのが無理な話よ」

 さらに悪い事に、唯一姿を見た折紙も仮面ライダーがアンデッドと戦った後に気を失ってしまったので、仮面ライダーの足取りが途絶えてしまったのだ。これでは正体を探る所の話ではない。まずは、仮面ライダーとコンタクトを取る所から始めなくてはならない。

「……だけど、本当に何者なのかしらね、その仮面ライダーっていうのは」

 考え込むように顎に手をつけながら燎子が言うと、ミリィはきょとんとした表情を浮かべた。

「仮面ライダーが何者か、ですかー?」

「ええ。私達と同じように人を護るために戦ってるなら良いけど、もしもそうじゃないなら厄介な事になるわ。最悪、戦う事になるかもしれない。……それに、仮面ライダーが所属している組織が何を目的としているかも気になるし……」

「……? 仮面ライダーって、どこかの組織の人間なんですかー? 個人で動いているとかじゃなくて?」

「個人の力でアンデッドを倒せるとはとてもじゃないけど思えないわよ。それにあんたは知らないかもしれないけど、今までにもアンデッドは何回か現れてる。それなのに一度もアンデッドの存在が公になった事は無い。どこかの組織が情報を漏らさないようにしているとしか思えない」

 二人は知らないだろうが、それも当然BOARDの仕業である。彼らは仮面ライダーとアンデッドの情報が漏れないように、徹底した情報操作を行っていたのだ。

 無論それはBOARD単体の力だけではなく、凄まじい財力と権力を持っていた元BOARD理事長、天王寺博史の力も大きい。その二つがあったからこそ、BOARDは今まで世間やマスコミ、さらにはラタトスクやASTといった秘密機関から情報を守る事が出来たのだ。

 ミリィはうーんと少し考え込むと、

「ミリィにはそういうのはよく分からないですけど、もしかしたら意外な人が仮面ライダーかもしれませんねー」

「……? 意外な人って?」

「例えばオリガミと同じように、まだ高校生の人とかー」

「あはは、確かに意外と言えば意外ね」

 ミリィの言葉を聞いて、燎子は思わず笑ってしまった。それはあまりにその答えが馬鹿馬鹿しいからではなく、彼女の口から出た言葉が予想外すぎたからだ。

 そんな他愛もない雑談をしながら、燎子とミリィはそれぞれの職場へと戻っていった。

 

 

 

 

 そして。

 ASTの噂の中心である仮面ライダー、五河士道はと言うと。

「シドー! クッキィというものを作ったぞ!」

 腰まであろうかという夜色の髪に、水晶のような瞳をキラキラと輝かせた少女にそう言われ、やや困惑した表情を浮かべていた。彼女の両手には容器が握られており、中には先ほどの家庭科の実習で作られたと思われるクッキーが入っている。

 士道は気圧されるように身を反らしながら、少女の名前を呼ぶ。

「な、なぁ十香……」

「うむ、なんだ!?」

 背景に花が咲き乱れるかのような屈託のない笑みで、十香はそう言った。

「い、いや……」

 士道としては言いたい事は色々あったのだが、彼女のその眩しすぎる笑顔に、何も言えなくなってしまう。

 十香はそんな士道の様子を不思議そうに見てから、持っていた容器の蓋を開けた。

「そんな事よりもシドー、これを見てくれ!」

 容器の中には、形が歪だったり、ところどころ焦げていたりはするものの、辛うじてクッキーと称する事ができなくもない固形の物体が入っていた。

 士道と十香は同じクラスなのだが、何でも個々人の作業量が充実するようにとの理由で、実験的に調理実習を少人数に分けて行っていたのだ。つまり、今日は女子だけが調理実習の日だったのである。

「これは……」、

「うむ、皆に教えてもらいながら私がこねてみたのだ! 中でもこの形のクッキィは、シドーに一番食べてもらいたかったから頑張って作ったぞ!」

 そう言って十香が摘まんだクッキーの形は、歪ながらもトランプのスペードの形をしていた。恐らく士道が変身するブレイドにスペードの意匠があるからだろう。料理の初心者である十香がクッキーをこの形にするのは難しいと思うので、彼女の言葉通り頑張って作ったに違いない。

「さぁ、食べてみてくれシドー!」

 言いながら、十香がまたも満面の笑顔を作る。

「………」

 士道は、言い知れぬ寒気が背筋を走るのを感じた。

 別に幽霊がそばにいるとか、そんなオカルト的な話ではない。

 ただ単純に、教室中から士道に向かって男子達の怨嗟に満ちた視線が注がれたのだ。

 しかしそれも無理もないのかもしれない。

 ただでさえ女子の手作りクッキーをいただくというのは、彼女のいない男子達の嫉妬の的である。

 しかもそれが、転入直後から彼女にしたい女子ランキングを駆け上がったと噂の美少女、夜刀神十香のものだというのだ。

 一番近い所だと、すぐ近くにいた友人の殿町宏人までもがうつろな眼差しで何かブツブツと呟いていた。

 なお、彼にしたい男子ランキング第二位の少年、相川始だけは唯一士道と十香の二人に目もくれないで、手元の専門書に目を落としている。表紙からして、どうやらカメラや写真の専門書のようだ。

「……? どうしたシドー。食べないのか?」

「い、いや……その……」

 士道が頬をぴくつかせながら言うと、十香が少ししょんぼりと悲しそうに肩を落とした。

「むう……そうか……。シドーの方が料理は得意だからな……」

「そ、そういうわけじゃないって。も、もらうよ」

 士道は意を決すると、容器からスペードの形をしたクッキーを一枚取った。

 そしてそれをゆっくりと口に運ぼうとした瞬間だった。

「………っ!?」

 突然目の前を銀色の弾丸のようなものが、一直線に通り過ぎた。

 廊下の方から放たれたと思われるその銀色の塊は、士道が手に取ったクッキーを粉々に砕くと、そのまま壁に突き刺さった。

 そしてBOARDの訓練を受けた士道の動体視力は、その何かの正体をすでに見破っている。

「またフォークかよ……」

 壁に突き刺さったそれを見ながら、士道はうめき声を出した。

 壁にビィィィン……と突き刺さっていたのは、一見何の変哲もないフォークだった。きっと調理室の備品なのだろう。

「ぬ、誰だ! 危ないではないか!」

 十香が叫び、廊下に顔を向ける。士道は小さくため息をつくと、十香にならってそちらに視線を向けた。

「………」

 そこには、たった今何かを投擲したかのように、右手を真っ直ぐ伸ばした少女が無言で立っていた。

 肩口をくすぐるくらいの髪に、色素の薄い肌。顔立ちは非常に端整であるのに、そこに表情のようなものが一切見受けられないため、どこか人形のような無機的な印象がある少女だった。

「と、鳶一?」

「ぬ」

 士道は頬に汗を一筋垂らしながら少女の名を呼び、十香は不機嫌そうに眉根を寄せた。

 少女……鳶一折紙はそんな二人を見つめながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。

 そして士道の前まで辿り着くと、左手に持っていた容器のふたを開けて、先ほどの十香と同じように士道に差し出してきた。

「夜刀神十香のそれを口にする必要はない。食べるならこれを」

 そこには工場のラインで製造されたかのように、完璧に規格の統一されたクッキーが綺麗に並んでいた。

「え、ええと……」

「邪魔をするな! シドーは私にクッキィを食べるのだ!」

 士道が反応に困っていると、十香が怒ったような声を上げる。しかし折紙はその剣幕に微塵も怯まず、それどころか表情をまったく動かさずに喉を震わせた。

「邪魔なのはあなた。すぐに立ち去るべき」

「何を言うか! あとから来ておいて偉そうに!」

「順番は関係ない。あなたのクッキーを彼に食べさせるわけにはいかない」

「な、何だと!? それはどういう意味だ!」

「あなたは手洗いが不十分だった。加えて調理中、舞い上がった小麦粉にむせ、くしゃみを三度している。これは非常に不衛生。そんな不潔なクッキーを、彼に食べさせるわけにはいかない」

「なっ……」

 虚を突かれたかのように、十香が目を丸くする。

 何故だろうか、折紙の体が発せられた瞬間、周囲の男子生徒達がざわっ……、と色めき立ち、視線が十香のクッキーに注がれた。

 だが十香はそんな事に気付く事なく、ぐぬぬと悔しそうに拳を握りしめる。

「し、シドーは強いからそれくらい大丈夫なのだ!」

「因果関係が不明瞭。……それに、あなたは材料の分量を間違っていた。レシピ通りの仕上がりになっているとは思えない」

「………!?」

 折紙がそう言うと、十香は眉をひそめながら自分と折紙のクッキーを交互に見た。

「な……っ、それなら何故その場で言わんのだ!」

「指摘する義理もなければ、指摘する義務もない。……ともあれ、私の方が彼を満足させる可能性が高い事は明白」

「う、うるさいうるさいうるさい! 貴様のクッキィなぞ、美味いはずがあるか!」

 十香はそう叫ぶと、目にも止まらぬ速度で折紙の容器からクッキーを一枚掠め取り、自分の口に放り込む。

 それからさくさくと咀嚼すると――――、

「ふぁ……」

 頬を桜色に染めて、恍惚とした表情を作った。どうやら、折紙のクッキーはそれほど美味しかったらしい。

 だが十香はすぐにはっとした様子で首を横にぶんふん振った。

「ふ、ふん、大した事は無いな! これなら私の方が美味いぞ!」

「そんな事はあり得ない。潔く負けを認めるべき」

「なんだと!?」

「なに」

「お、落ち着けって二人共」

 放っておいたら殴り合いに発展しかねないので、士道は二人の間に割って入ると距離を取らせた。

「ぬ……ではシドーは、どちらのクッキィが食べたいのだ?」

「……え?」

 十香から放たれた予想外の質問に、士道は思わず間の抜けた声を発した。

 十香と折紙が、左右から同時にクッキーの入った容器を差し出してくる。

「さあシドー」

「………」

 十香と折紙、二人の刺すような眼光に射すくめられた士道は、引きつった笑みを浮かべながら後ずさった。この状況では、どちらと食べても殺されるような気がして怖いのだ。

 士道は自らの生存本能の命ずるままに、両手で二つの容器からクッキーを取ると、同時に素早く口に放り込んだ。

「う、うん、美味いぞ二人共」

 十香と折紙はそんな士道の様子をじーっと見つめたのち、こう言った。

「うむ、私のクッキィを食べる方がほんのちょびっとだけ速かったな!」

「私の方が一秒速かった」

 それから、互いの顔を見合わせて相手を睨み付ける。

「……ええと……」

 この空気は、何も今日が初めてではない。

 士道は諦めにも似た気分で、再び二人の間に身を躍らせる。

 そしてその瞬間、予想通り二人から凄まじいスピードで相手の急所を狙って拳が放たれ、二人の間に入った士道の頭部と腹部に直撃し、士道は床をのた打ち回る事になった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 その日の休み時間、士道は男子トイレから出ると首をコキコキと鳴らした。

 顔は疲労の色に染まり、目にかかるくらいの髪にも心なしかツヤがない。 

 歳はまだ十六歳なのだが、実際何歳か老けて見える。

 だが、それも無理からぬ事なのかもしれない。

「……はぁ」

 ため息をしながら、士道は先ほどの十香と折紙の喧嘩の事を思いだす。

 彼女達のあの喧嘩は、今日に始まった事ではない。

 つい最近十香が、士道の通う都立来禅高校に転入して来てからというもの、毎日のように二人の小競り合いは続いていたのだ。

 だが、それがただの女子高生達の口喧嘩程度であれば、士道の心労はここまで深刻なものにはなっていなかっただろう。

「………」

 士道は、この前まで目にしていた二人の姿を思い起こした。

 片や、世界を殺す災厄と呼ばれた『精霊』。

 片や、陸上自衛隊・対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)魔術師(ウィザード)

 双方共、人間の領域を遥かに超えた、規格外の異能を有する少女達なのだ。

 そして、士道もただの人間ではない。

 時折世界に出現し、人を襲う不死身の怪物――――アンデッド。

 そのアンデッドを封印し、さらに封印されたアンデッドの力を利用する事でアンデッドと戦う戦士。

 それが五河士道――――ライダーシステム第二号、ブレイドだ。

 つまり、士道も規格外の異能の力で人ならざる者と戦う人間なのだ。

 しかし、そんな士道でもあの二人の相手をするのがまったく平気というわけではない。現に士道の肉体的疲労と精神的疲労の蓄積度は、かなりのものになっていた。

「ったく、あの二人少しは仲良くできねえのかよ……」

 言ってから、士道は自分の発言の阿呆さに思わず頭をくしゃくしゃと掻いた。

 ひと月前まで、あの二人は何の比喩でもなく命のやり取りをしていたのだ。

 今は十香に精霊の反応が認められないために折紙達ASTが表だって命を狙って来る事は無いと『司令』は言っていたが、そう簡単に仲良くなる事などできないのは当然と言えば当然だった。

 だが、さすがにこれが続くようでは士道の身が保たない。いくらアンデッドの戦闘やBOARDでかつて行っていたトレーニングのおかげで体が鍛えられているからと言っても、限界はあるのだ。

 何か良い手を思いつかないとな、と思いながら士道が教室に戻ろうとした時だった。

 突然廊下の陰から影が飛び出し、士道の腕を掴んだ。

「へっ?」

 士道は思わず間抜けな声を出すが、その影はまったく構わずに士道の腕を掴みながらある場所へと向かった。

 そこは、しっかりと施錠された屋上の扉の前だった。士道を連れてきた影は振り返って士道の顔を真っ直ぐ見る。そこでようやく士道は、自分が誰にここに連れて来られたのかを理解した。

 振り返ったその人物の顔を見ながら、その名前を呼ぶ。

「ど、どうしたんだよ。鳶一」

 そう、その影は先ほど十香と争っていた少女、鳶一折紙だったのだ。鳶一は士道の顔を見ながら、感情の起伏が感じられない口調で言う。

「単刀直入に聞く。あなたは、アンデッド対策組織の人間なの?」

 その質問を聞いて、士道は思わず息を詰まらせた。それから頭をわしゃわしゃと掻くと、正直に告げる。彼女に嘘をついてもきっとすぐに見抜かれてしまうだろうし、今すぐここから逃げたとしてもまた後で問い詰められる可能性が高いからだ。

「ああ、まぁな。一応そうなってる。アンデッドを倒して、封印する。それが俺の仕事だ」

「……封印?」

 と、折紙が首を傾げた。士道はこくりと頷いてから、

「そう。鳶一も知ってると思うけど、アンデッドは普通に攻撃しても死なない。だからアンデッドを倒して、封印する。このラウズカードにな」

 士道は言ってから、自分がいつも所持しているラウズカード――――ビートルアンデッドが封印されたラウズカードを取り出して折紙に見せた。折紙はカードをじっと観察するように見てから、士道に再び尋ねた。

「……封印するという事は、このカードにもアンデッドが封印されているの?」

「ああ。このカードに封印されてるのは、カテゴリーA(エース)って呼ばれてるアンデッド。で、こいつがこの前俺達を襲ってきたアンデッド」

 言いながら士道は、トリロバイトアンデッドが封印されたラウズカードを取り出して折紙に見せる。そして目の前にある二枚のラウズカードを見ている折紙に、士道は言った。

「あー……、それでだ、鳶一。一つ頼みたい事があるんだが、良いか?」

「なに」

 すると折紙は、素早くカードから士道に視線を移した。士道はラウズカードをしまいながら折紙に言う。

「今俺が話した事や、俺がその……アンデッド対策組織の人間だって事は、できれば誰にも言わないで欲しいんだ。無茶な事言ってるって事は分かってるんだけど、頼む」

 そう言ってから士道は頭を下げた。

 士道がここまで言うには、ある理由がある。

 士道が所属していたBOARDは今は崩壊してしまったとはいえ、元々はアンデッドやライダーに関する情報をあらゆる組織から守ってきた秘密組織である。もしも折紙の口からASTの上層部にその情報が伝えられてしまったら、BOARDが守ってきたもの全てが無駄になる可能性があるのだ。最悪、BOARDの情報を狙ってASTがライダーである士道を狙って来る可能性すらある。

 士道としては精霊を倒そうとするASTに協力しようとは思わないが、『人々を護る』という信念を持つASTとはなるべく戦いたくない。だから士道は折紙に、情報を漏らさないように頼みこんでいるのだ。

 無論それが難しい事だとは分かっている。相当の実力を持つとはいえ折紙もASTという組織の人間であるし、もしも上層部から情報の開示を迫られたらそれに従うしかないだろう。だが、無理な話だとしても今はそう頼みこむしか手はない。これからもアンデッドを封印し続けるためにも、アンデッドから十香を守り続けるためも。

 少しの間沈黙があったが、ついに折紙が静かにこう告げた。

「構わない」

「……え、良いのか?」

 士道は少し驚きながらも、頭を上げて折紙の顔を見た。自分から頼みこんだ事とはいえ、やけに返事があっさりしていたからだ。アンデッドの事などを誰にも言わないと言ってくれるのは正直言って非常に助かるが、そんなに簡単に言ってしまって良いものなのだろうか。

 士道がそう考えていると、折紙はコクリと頷きながら、

「あなたには二回命を助けてもらった恩がある。仮に上層部からあなたの正体について聞かれても、うまく誤魔化すから心配しなくて良い」

「ご、誤魔化すって……」

 折紙の言葉に思わず苦笑を浮かべる士道だったが、その直後に今の折紙の言葉の奇妙な部分に気付いた。

(ん? 二回……?)

 一回は、この前トリロバイトアンデッドが現れた時の事だろう。だが、それ以外の一回は何だろうか。

 士道が初めて折紙と顔を合わせたのは士道が初めて十香と初めて出会った日でもある四月十日だし、それ以前に折紙と出会った事など一度もない。もしかしたらアンデッドとの戦闘の際に彼女と会ったかもしれないが、この前ブレイドを見た時の彼女の反応は間違いなく未知のものに対する反応だった。だから、ブレイドが前に折紙と会ったという線も低い。

 いや、そもそも折紙は前から士道の事を知っているような素振りを見せていた。彼女の口ぶりからすると、自分と彼女は過去に一度会っているようなのだが、自分にそんな記憶はない。

 彼女は、どうして自分の事を知っていたのだろうか。

 士道がそう考えていると、唐突に折紙が口を開いた。

「……その代わり、条件がある」

「条件?」

 士道が聞き返すと、折紙は肯定を示すようにコクリと頷いた。もしかして、アンデッドの事やブレイドについての事を根掘り葉掘り聞かれるのだろうかと士道が思っていると、折紙は珍しく逡巡のような間を置いてから、小さな声で言った。

「あなたは夜刀神十香を十香と呼ぶ」

「……? あ、ああ。そうだな」

 士道は、小さく頷いた。確かにその通りだったからだ。

 そもそも、彼女に十香と名付けたのは士道なのだからそれは当然である。夜刀神という名字は、令音が戸籍を偽造する際に名づけたものだという話だ。

「けれどあなたは、私の事を鳶一という」

「あ、ああ……」

「これは非常に不平等」

 そう言ってから、折紙はぷいとまるで拗ねるように顔を背けた。

「……? や、ええと……」

 士道は折紙の意図が分からず、頭に疑問符を浮かべた。

「えっと……。つまり、十香との事を夜刀神って呼べってのか? なんか慣れねえな……」

 彼女に名前を付けた直後から、そう呼んできたのだ。急に変えるとなると、かなり違和感がある。それに十香を名字で呼んだりしたら、彼女の機嫌が一気に急落しそうで怖い。

「………」

 だが、黙っている士道に向けて折紙がじっと視線を向けてきた。その視線に圧力がこもっているように感じて、士道は思わず身震いした。それにもしもここで彼女の機嫌を損ねたりしたら、その瞬間即座にASTの隊長に自分の正体をばらすかもしれない。士道は困ったような表情を浮かべながら、

「じゃ、じゃあどうしろってんだよ……!?」

 折紙は視線に込められている圧力を弱めると、少し顔を背けながら言葉を発する。

「私の事を、折紙と呼んでほしい」

「え……?」

「だめ?」

 折紙が、首を微かに傾けながら言ってくる。

 それはいつも通り抑揚のない声音ではあったが、どこか不安そうな響きを孕んでいるように士道は感じた。

「いや……別に駄目ではないけど……」

「そう」

「………」

「………」

 しばらく二人の間に、沈黙が流れる。

 これはさすがに鈍感な士道にも分かった。こほんと一度咳払いをしてから、喉を震わせる。

「ええと……お、折紙」

「……………」

 士道がそう呼ぶと、折紙はその場で無表情のままぴょん、と跳びはねた。

「え………?」

 なんともシュールな光景に、士道は思わず目を丸くした。

 だが折紙は気にするそぶりもなく、小さく唇を開く。

「………士道」

「……!」

 そう言えば、折紙にそう呼ばれるの初めてだったかもしれない。いつも『五河士道』と呼ばれていたような気がする。……もしかしたらあれは、ただ単に士道を名前で呼ぶのが恥ずかしかったからかもしれない。

「お、おう」

 何かむずむずするものを感じながら返事をすると、折紙はもう一度その場でぴょんと跳ねた。無論、表情筋はぴくりとも動いていない。

 ……表情が動いていないので分かりにくいが、ひょっとして喜んでいるのだろうか。

 折紙はそのまま数秒の間、余韻に浸るように目を伏せたのち小さく息を吐く。

 そして、くるりと士道に背を向けると、振り返って言った。

「………あなたの事は誰にも言わない。約束する」

「あ、ああ……ありがとう」

 士道が戸惑いながら言うと、折紙は返事をしないまま士道の前から歩き去って行った。

 士道は頬を掻きながら、彼女の最後の表情を思い浮かべる。

 本当にわずかな変化だったため分かりにくかったが。

 たった今の彼女は、嬉しそうに笑っていたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 その後放課後になり、帰路に着いた士道は自分の家まで辿り着いていた。ポケットから鍵を取り出して玄関に鍵を差し込むと、士道は小さく眉をひそめた。

 ドアノブを握り、そのまま引いてみる。

 予想通り、学校に行く時に鍵をかけていたはずの扉が、何の抵抗もなく開いた。

「琴里の奴、ようやく帰ってきやがったのか」

 息をついてから、士道は微かに表情を硬くする。

 士道の妹、五河琴里。近所の中学校に通う、十三歳の中学二年生。

 そしてそれと同時に、精霊を平和的手段によって無力化しようとする組織、『ラタトスク機関』の司令官でもある。

 十香を保護した事後処理に追われ、この前から一度も家に帰ってきていない妹の顔を思い浮かべて、士道は嘆息をついた。

 十香の件で忙しいのは分かるが、無断外泊は看過できない。一応学校には行っているようだったが、ここは兄として一言言わなければならないだろう。

「それに……」

 士道はごくりと生唾を飲みこんだ。

 士道には、琴里には聞かなければならない事が山ほどあったのだ。

 つい最近、士道が体験した、およそ現実とは思えない数々の事象。

 自分の妹はそれに、深く関わっていた。

「………」

 ただ妹と顔を合わせるだけだというのに、やたら動悸が激しくなる。

 士道は覚悟を決めるように頬を張ると、家の中に足を踏み入れた。

「……ただいま」

 小さく言いながら士道が廊下を歩いていくと、先からテレビの音が漏れ聞こえてきた。きっと、琴里がリビングにいるのだろう。士道がリビングの扉を開けると、ソファに座ってテレビを見ていたツインテールの少女が振り向き、どんぐりみたいな丸っこい目を士道に向けてくる。

「おー、おにーちゃん。おかえりー」

 少女――――五河琴里の言葉に士道が返事をしようとすると、台所の方からこんな声が聞こえてきた。

「――――いくらなんでも砂糖を入れすぎですって! 体壊しますよ!?」

「……む。そうかな」

 そして、声の主である二人の女性がリビングに入ってきた。その二人の女性の姿を見て、士道は驚愕で目を見開きながら二人の名前を叫んだ。

「令音さんに……広瀬さん!?」

 入ってきた二人の女性の内の一人は、ラタトスクの解析官兼士道のクラスの副担任である、村雨令音。

 もう一人は……士道のBOARD内での先輩であり、戦闘面で士道の戦闘をサポートする、広瀬栞だった。

 広瀬の姿を見て、士道の頭の中が混乱する。彼女は今はアパートで生活しているはずだ。なのに何故、士道の家に、しかも令音と一緒にいるのだろうか?

 士道が困惑した表情を浮かべていると、士道の言いたい事を察したのか広瀬がため息をつきながら口を開く。

「……呼び出されたのよ、あなたの妹さんに」

「呼び出された? どういう事ですか!?」

「そのままの意味よ。突然携帯電話に電話がかかってきて、出てみたら妹さんだったの。それで話し合いたい事があるから今すぐ家に来てって言われたから……。まったく、どうして私の電話番号知ってたのかしら……」

 ぶつぶつと呟いている所を見ると、どうやら彼女もまだ状況を理解できていないらしい。

 士道は広瀬から、砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいる令音に視線を向けて尋ねた。

「これ、一体どういう事ですか令音さん」

 すると令音はコーヒーカップから唇を離すと、静かに返した。

「………君の今後の事について話し合う必要があると思ってね。アンデッド対策組織の人間である君がこれからも精霊の封印のために私達と行動するのだから、それくらいは当然だろう?」

 その言葉を聞いて、士道の表情が微かに強張った。今の令音の言葉に、聞き捨てならない単語が混ざっていたからだ。

「ちょ、ちょっと待ってください令音さん。その言い方だと、まるで十香以外にも精霊がいるように聞こえるんですけど……」

 十香の精霊としての力はすでに封印した。それにも関わらず、令音は精霊の封印と言った。

 しかしそれでは……まるで、十香以外にも精霊が複数存在していると言っているように士道には聞こえた。

 そしてどうやら、そんな士道の考えは見事的中していたらしい。

「……ああ、その通りだ。空間震を起こす特殊災害指定生物……通称、精霊は十香だけではない。現在の段階でも、彼女の他に数種が確認されている」

「なっ……」

 士道は、心臓が引き絞られるの感じた。

 緊張だろうか、戦慄だろうか、なんとも形容しがたい感情が胃の底でぐるぐると渦巻き、それが全身へと放出されて手足の指先を震わせる。

 だが令音は、硬直した士道に構わず、言葉を続けて言った。

「……シン。君には引き続き、精霊との会話役を任じてもらいたい」

「じょ、冗談じゃ……」

 と、士道が叫びを発しかけた瞬間。

「……ふうん?」

 先程から静かに話を聞いていた琴里が、小さな声を上げた。

 いつの間にか、紙を二つ結びにしていたリボンの色が白から黒に変わっている。

「………っ」

 その光景には、見覚えがある。今の琴里は、司令官モードだ。

「嫌なの? 士道。もう精霊とデートしてデレさせるのは、嫌だって言うの?」

 今までの調子とは違う、どこか大人びた雰囲気を漂わせながら、琴里が言ってくる。彼女の司令官としても表情を見るのは初めてなのか、広瀬が琴里を驚いた表情で見つめている。

「あ、当たり前だ!」

 士道が言うと、琴里は軽く体を反らして顎を上げながら唇を開いた。

「ふうん。……じゃあ、もうどうしようもないわね」

「あ……?」

「空間震によって世界がボロボロになっていくのを黙って眺めるか、それとも精霊がASTに殺されるなんて奇跡的なイベントを気長に待つか。どっちかになるでしょうね」

 言われて、士道は思わず息を詰まらせた。

 失念していたわけではない。しかし、改めてその事実を口に出されると、心臓がちくりと痛むのだ。

「精霊の力を封印できるだなんて規格外の能力、持っているのはこの世にあなた一人だけよ。そのあなたが嫌だというのだもの。もうどうしようもないでしょ?」

「……な、なんだよ……それ……」

 士道は、苦しげに呻いた。

 知らずに負わされた重責。そのあまりの重さに、胃が痛くなってくるを感じる。

 だが、そもそもの前提として。

 士道には、自分の妹に確かめておかなければならない事がいくつもあった。

「……琴里」

「何かしら?」

 質問の内容を推し量ったのだろうか、琴里が悠然と返してくる。

「……まず、聞かせてくれないか。ラタトスクってのは、一体何なんだ? お前はいつ、そんな組織に入ったんだ? それに……俺のこの力ってのは、一体何なんだ?」

 そう。士道がずっと聞こうとしていたのは、その事だったのだ。

 琴里がずっと家を空けていた故に、聞けなかった問い。

 さらに、黙って士道と琴里の話を聞いて広瀬も口を開く。

「そうね。私も聞きたいわ。あなた達の組織の目的、そして、どうしてそんな組織が作られるようになったのか。あなた達に呼ばれたんだから、それぐらいは別に良いでしょ?」

 広瀬の口調に少し棘があるのは、やはり急にここに呼び出された事をまだ根に持っているからだろう。

 二人に尋ねられ、琴里はふうと息を吐くと、ポケットから大好物のチュッパチャップスを取り出し、包装を解いて口にくわえてから話を始めた。

「……そうね。簡単に話しておこうかしらね。そもそも、その人を呼び出したのもそれが理由だったし」

 そう言ってから、後ろにあったクッションに背中を預ける。

「ラタトスクは、有志により結成された……まあ、言うなれば一種の自然保護団体みたいなものよ。もちろん、その存在はあなた達の組織同様公表されていないけれどね」

「保護団体、ねえ……」

 何か腑に落ちないものを感じたが、それで話の腰を折るのも躊躇われたので、先を促すように相槌を打つにとどめた。

「ええ。そして、ラタトスクの結成理由にして、最大の目的。それは……精霊を保護し、幸福な生活を送らせる事よ。……ま、最高幹部連である円卓会議(ラウンズ)の中には、精霊の巨大な力を得てどうこうしようって助平心を持ってる奴もいるみたいだけれど」

「……? あなた達の目的は、空間震を防ぐ事じゃないの?」

 琴里の話を聞いていた広瀬がそう尋ねると、琴里はコクリと頷きながら、

「それももちろんあるのだけれど。それはあくまで副次的なものよ。そこだけを見るなら、私達もASTも変わらないわ」

「……まあ、それもそうか。で……そういう組織があるとして、だ。お前はいつ、どうしてそこの司令官になんてなったんだよ。俺は全然知らなかったぞ」

 憮然とそう言う。

 隠し事をするなと言うつもりはないが、こんな重大な……それこそ、最悪命に関わるかもしれない事を秘密にされていたのは、兄としては少し不満だったのだ。……とは言っても、士道自身命に関わる事と秘密にしていた身なので、あまり人の事は言えないのであるが。

 そんな心境を察したのか、琴里がふうと鼻から息を吐く。

「私がラタトスク実戦部隊の司令官に着任したのは……大体五年くらい前の事よ」

「五年前……ね。……って、はぁ!?」

「五年前!? 嘘でしょ!?」

 士道と広瀬は琴里の言葉に、思わずそう叫んだ。

「ば、馬鹿言うなよ。五年前って、お前まだ八歳じゃねえかよ!」

 士道は信じられないと言うように顔を歪めた。広瀬も、目を見開いた状態で琴里を凝視している。 

 いくらラタトスクが自分達のBOARDと同じように普通の組織ではないとはいえ、小学三年生の少女を司令官にしようなど正気の沙汰ではない。すると琴里は肩をすくめながら、

「ま、数年の間はずっと研修みたいなものよ。実際に指揮を取り出したのはここ最近」

「い、いや、そういう事じゃねえだろ。そもそもそんな小さな女の子を……」

「まあなんていうの? ラタトスクが、私の溢れ出る知性に気付いてしまったのよね」

「納得できるかそんな答えで!」

「そんな事言われたって、事実なんだから仕方ないじゃない。もうちょっと素直に妹の言葉を信じなさいよ。人の言葉を疑えば頭が良く見えるだなんて思ってるの?」

 いつもの可愛い琴里とはまるで違う挙動に口調。士道は頬に汗を垂らしながら、

「……お前のその二重人格も、ラタトスクのせいなのか?」

「琴里ちゃん、あなたもしかして何か洗脳でもされたの?」

 どうやら琴里の口調は広瀬も気になっていたらしい。二人がそう言うと、琴里はふんと鼻を鳴らした。

「二人共、失礼かつ短絡的ね。もう少し考えてもものを言いなさい。第一これは……」

「これは?」

「………」

 琴里はなんとも微妙な表情で士道を見た後、その言葉を無視するように首を振った。

「……そんな話はどうでも良いのよ。今はラタトスクの話でしょ。同じく五年前、組織の転機となる、ある出来事が起こったの」

「ある出来事?」

 話をはぐらかした琴里を問い詰めようとした士道を目で制しながら広瀬が言うと、琴里はくわえていたチュッパチャップスの棒を指で挟みこんで士道に向けた。

接吻(キス)によって、精霊の力を封印する事の出来る少年が発見されたのよ。それによりラタトスクは、積極的に精霊を保護しようって方針にシフトしていった」

「なっ……」

 士道は、妹の口から告げられた話に思わず驚愕で眉を歪めた。

「そ、それが……俺だってのか?」

「ええ」

 琴里は頷き、再びチュッパチャップスを口に戻す。

 士道はと言えば、頭の中が混乱しっぱなしだった。一気にいろんな情報が与えられすぎて、処理しきれなくなっているのだ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そもそも何で、俺にそんな力が備わってるんだ?」

「さあ?」

「さあって……。ここまで話してるんだから、勿体づける事ないでしょ?」

 広瀬がやや苛立ち交じりに言うが、琴里はまったく態度を変えずに続ける。

「勿体づけてなんていないわよ。本当に知らないだけ。『キスを介して、精霊から力を奪い取り、安全な状態にして自身に封印する』。そういう能力が士道に備わっているのを知っているだけで、何故士道にそんな能力があるのかは、少なくとも私は知らないわ」

「そ、それじゃあなんで俺にそんな力があるって事が分かったんだよ! その五年前に! 一体何があったってんだよ!」

 士道が頭をわしゃわしゃと掻きながら叫んだ瞬間だった。

 琴里が、ふっと視線を下の方に逸らした。

「………っ」

 いつもとは違う、少し憂いを帯びたような表情に、士道は思わずどきりとした。

 何か感慨に浸るような、悲しい思い出を思い起こすような。

 ……そして、取り返しのつかない過ちを悔いるような。

 そんな、表情だった。

「こ、琴里……?」

 士道が名前を呼ぶと、琴里ははっとした表情で小さく肩を震わせた。

「え、っと。……そう、ラタトスクの観測器でね、調べたの。それで分かったのよ。私に関しても、同じ」

 何か、司令官モードとは思えないような、歯切れの悪い調子で琴里が言う。広瀬も同じ違和感を感じているのか、怪訝な表情で琴里を見つめている。

 だが、何故だろうか。士道には、それ以上琴里を追及する事ができなかった。

「と、とにかく、よ

 琴里はコホンと咳払いをすると、士道にビシッと指を突きつけた。

「今必要な情報は、『士道には、精霊をなんとかする力がある』。それだけよ! その上で、選んでちょうだい。……これからも、精霊を口説き落としてくれるかどうかをね」

「…………」

 士道は苦々しく唇を引き結んだ。何とも意地の悪い設問である。

 一瞬広瀬の方に視線を送るが、彼女はふるふると首を横に振っただけだった。どうやらその辺の判断は、士道に任せるらしい。士道は広瀬から視線を外すと、拳をぎゅっと強く握りしめた。

 士道にしか精霊の力を封印する事は出来ない。

 士道がやらなかったら、精霊は……要は、士道が救いたいと思った十香と同じ境遇の存在達は、こちらの世界に出てくるたびにASTに襲いかかられてしまう。

 彼女達は、自分の意思で世界を壊しているわけではないのに。

 一方的に災厄と断じられ、命を狙われてしまう。

 それに、空間震の問題もある。

 精霊の力を封印しなければ、いつかまたユーラシア大空災レベルの大災害が起こる可能性だってあるのだ。

 士道は、大きな吐息と共に髪を掻きむしった。

「……少し、考えさせてくれ」

「――――ま、今はそれで良いわ」

 琴里はふうと息を吐いてからそう言うと、手にしたチュッパチャップスの棒を士道に突きつけた。

「じゃあ今度は私の番よ。士道。全部洗いざらい吐いてもらうわよ」

「はっ……? 全部って、何だよ」

 思わず士道がそう問い返すと、琴里は士道を鋭く睨みながら答えた。

「決まってるでしょ。あなた達の組織、組織の目的。どうしてアンデッドを封印する事ができるのか、……そして、あなたがいつその組織に入ったのか。そういった事をひっくるめて全部よ。言っとくけど、拒否権なんて無いわよ。わざわざこっちから情報開示したんだから、それぐらいの条件ぐらい呑みなさい」

「…………っ!」

 士道は琴里のその言葉に、思わず表情を険しくした。

 この前琴里達が見ている前で変身をした時から、きっと変身の事などを問い詰められると思っていたが、実際にその状況になってみるとピリピリとした緊張感が自分を襲っているの分かる。ブレイドに変身して十香達を助けた事に後悔はしていないが、琴里達に説明するための話を考えておいた方が良かったかもしれないと士道は内心思っていた。

 そして、何故琴里達が士道の先輩である広瀬をここに呼び出したかも分かった。彼女はいわば、士道が万が一組織の事を話さなかった時のために呼び出した人間なのだ。彼女ならば士道よりも組織の事は分かっているだろうし、こういった話し合いの進め方も熟知している。まさに情報を収集するためにはもってこいの人材だ。

 もちろん、簡単にBOARDの情報を話すわけにもいかない。だが琴里の言う通り、ラタトスクの人間である琴里自分達の情報を先に話してくれたというのに、こちらが何も話さないというのはフェアではない。

 士道が汗を垂らして悩んでいると、話を聞いていた広瀬がふうとため息をついて言った。

「……分かったわ。私達の組織の事を、全部話す」

「広瀬さん!?」

 予想外の広瀬の言葉に士道は目を見開いて驚くが、そんな士道とは対照的に広瀬は冷静な態度を保ったまま士道に言う。

「仕方ないわよ。ラタトスクが情報を話してくれたんだから、こっちが何も話さないっていうわけにはいかないでしょ? ……それに、ここで情報を共有しておけば、後々何かの役に立つかもしれないしね」

 広瀬の言う何かとは、きっと現在行方不明になっている烏丸所長の事だろう。確かにBOARDをも超える科学力を持つラタトスクの力を借りれば、もっと早く烏丸所長の居場所を探る事ができるかもしれない。

 しかしそれは、彼女達がずっと守っていたBOARDの情報を明け渡すという事だ。そしてそれは、士道が引き起こしたと言ってもあながち間違いではない。士道は思わず奥歯を噛み締めた。

 広瀬はそんな士道を見てふっと笑うと、彼の肩をぽんと叩いた。

「あなたがそんな顔をする事なんてないわよ。あなたはライダーとして正しい事をした。私はそれを誇りに思う。それにこれは私達の問題だから、あなたが気に病む必要はないわ」

「広瀬さん……」

 士道が広瀬の顔を見つめると、彼女はにっこりと笑ってから琴里に向き直った。それから表情を引き締めると、真剣な眼差しを広瀬に向けていた琴里が言った。

「……ありがとう。協力感謝するわ」

「どういたしまして。そうね……じゃあ、まずは私達の組織の成り立ちから話そうと思うんだけど、良いかしら?」

 広瀬が尋ねると、琴里と令音はこくりと頷いて肯定の意を露わした。広瀬はすうっと一度息を吸い込んでから、話し始めた。

「今から数年前、チベットの洞窟内である結晶が発見されたの。それを見つけた事が、全ての始まりだったわ……」

「ある結晶?」

「ええ。もちろん、ただの結晶じゃない。……不死生物、アンデッドが封印されたラウズカードを内包した結晶、ボードストーン。それが、私達の組織の前身が見つけたものだったわ」

「ラウズカード……?」

 広瀬から発せられた言葉に、琴里は訝しげな表情になった。それからはっとした表情を浮かべると、

「もしかして、アンデッドを吸収したカードの事?」

「そうよ。五河君」

「あ、はい」

 士道は懐から自分が持っている全てのラウズカードを取り出すと、広瀬に渡した。カードを受け取った広瀬は目の前のテーブルに士道の持っている全てのカード、さらに士道が今まで戦ってきたアンデッドが封印してきたラウズカードを全て並べた。どうやらBOARDから去る時に、ラウズカードも一緒に持ってきていたらしい。まぁラウズカードはBOARDのトップシークレットの一つなので、当然と言えば当然の処置だが。

 琴里がその内の一枚……士道が常備しているカード、ビートルアンデッドが封印されたラウズカードを一枚手に取ると、それを見ながら広瀬に言った。

「こうして見てみるとただのカードだけど……。本当にこの中に、アンデッドが封印されているのね」

「ええ。そしてそれを発見し、研究していた研究者達は、ある仮説を立てたの。その仮説が、私達の組織が作られるきっかけになった」

「……その仮説とは?」

 令音が尋ねると、広瀬は静かな声音で告げた。

「……『我々人類が地球を制した背景には、進化論で説明できない理由が存在する』」

「……? どういう意味?」

 琴里が眉をひそめながら言うと、

「そのままの意味よ。私達人類はあらゆる段階を得て進化し、この地球上を制した。……だけど、ある研究者は思ったの。もしもそれが、進化論で説明できない事によるものだとしたら? そう、それこそ……私達人間が神と呼ぶ存在によるものだとしたら?」

 広瀬の語る仮説に、琴里は目を見開き、令音もコーヒーカップを手にしたまま固まってしまった。無理もないだろう、と士道は思う。自分もその仮説を聞かされた時は、何か得体の知れない宗教団体にでも入ってしまったのだろうかと思ったのだから。

「そしてその理由を究明するために作られたのが人類基盤史研究所、通称『BOARD(ボード)』よ。だから私達はASTとは違って、戦うのが専門じゃなくてあくまで研究するのがメインなの」

 するとコーヒーカップを持っていた令音が、疑問を表すかのように首を傾げた。

「……しかし、ならば何故君達はシンを戦わせているんだい? ただの研究施設なら、そんなの必要ないだろう?」

「そうね。それに、気になる事もあるわ。あなたの話が本当だとすると、ラウズカードは全てあなた達の管轄にあったはずよ。なのに、どうしてそのラウズカードに封印されていたはずのアンデッドが人を襲っているの?」

 どうやら、琴里と令音の二人はもうその疑問にまで辿り着いてしまったらしい。広瀬はため息をつくと、その理由を話し始める。

「……今から五年前、ある事件が起こったのよ」

「五年前……?」

 その年数に、琴里が眉をピクリと動かした。奇しくもそれは、ラタトスクが士道の特異体質に気付いた時期と同じだからだろう。広瀬は頷きながら、話を続ける。

「何者かの手によって、BOARD内で管理されていたはずのラウズカードの封印が解けて、大量のアンデッドが世界に解き放たれたの。それがきっかけで当時理事長だった天王寺博史は退職し、代わりに烏丸啓が所長に就任した」

「……ふむ、天王寺博史か……。名前だけは聞いた事があるな」

「私もよ。途方もない財力と権力を持つ、超がつくほどの大物。随分前に姿を消したって噂が流れてたけど……まさか、その人がBOARDの創始者だったなんてね」

 そう言うと、琴里は腑に落ちたように言った。

「でも、これでようやく分かったわ。何故BOARDの存在が、私達ラタトスクにすら知られる事なくアンデッドを封印し続ける事が出来たのか。天王寺博史の財力と権力があったから、秘密を知られる事なく活動できたって事ね」

 その結論を聞いて、相変わらず理解が早い妹だと士道は内心舌を巻いた。

「そして、天王寺理事長は退職する前にあるシステムを作り上げたの。不死身であるアンデッドの力を再現し、利用する事でアンデッドを封印するシステム……それが五河君が使ってるライダーシステムよ」

 敵の力を用いて、敵を封印する。それを聞いた琴里は何故か少し不機嫌そうな表情を浮かべてから、ガリッとチュッパチャップスを噛んだ。

「……ふん、随分と面白いシステムを作り上げたものね。敵の力を利用するなんて、まだどこの組織も作ってないわよ。それじゃあ、それから士道がそのシステムの適合者に選ばれたってわけね?」

 しかし広瀬はため息をつくと、首を横に振った。

「……正確には、少し違うわ。五河君が使うライダーシステムは、第二号の『ブレイド』。私達が開発した第一号は『ギャレン』っていうコートネームなんだけど……。ギャレンは装着者が決まる前にある事情で無くなっているの」

「無くなっている?」

 するとそれを聞いた琴里は怪訝な声を発しながら、ピッとチュッパチャップスの棒を広瀬に突きつける。

「どういう事? 話を聞いている限りだと、そのライダーシステムはあなた達BOARDのトップシークレットなんでしょ? あなた達がそのライダーシステムをうっかりして無くしたなんて間抜けなミスを犯したなんて考えられないし、何か理由があるんじゃないかしら?」

 図星を突かれたのか、広瀬は少し怯んだような表情を浮かべた。それから何回か悩むようなそぶりを見せた後に、ようやくその口を開いた。

「……盗まれたのよ」

「盗まれた?」

 琴里の怪訝そうな言葉に、広瀬は黙ってうなずいた。

「……それは、本当に突然だったわ。何重ものセキュリティを突破して、何者かが完成したばかりのギャレンバックルとその変身に使われるラウズカードを奪って姿を消したの。もちろん、私達は犯人の痕跡を必死に探したわ。……だけど、痕跡が発見される事は無くて、結局ギャレンバックルは行方知らずになった……」

 話していくうちに、広瀬の口調がどんどん落ち込んだものになっていく。

 無理もないだろうと士道は思った。BOARDの研究員達が必死に研究を重ね、ようやくできたバックルが突然何者かに奪われたのだ。広瀬はまだその時はBOARDの正式な研究員達ではなかったらしいが、彼女の口ぶりから彼女がギャレンにどれだけの期待を抱いてたかがよく分かる。

 広瀬は表情を元のものに戻すと、再び口を開き始めた。

「でも幸い、ギャレンの元になったライダーシステムの設計自体は盗まれていなかった。それを元にして新たに開発されたのが、今五河君が使っているブレイドよ」

 広瀬が説明を終えると、琴里は何が不機嫌なのか表情を険しくしながらピコピコとチュッパチャップスの棒を上下に揺らしていた。やがてぴたりと棒の動きを止めると、広瀬に言った。

「……あなた達がどういった組織で、どうしてそんなシステムを作り上げたかは分かったわ。……だけど一つどうしても分からない事がある。……どうして士道なの?」

 彼女の不機嫌そうな口調に、広瀬はおろか話を黙って聞いていた士道も微かに表情をこわばらせた。それに気づいているのか気付いていないのかは分からないが、琴里がさらに続けてくる。

「別にアンデッドと戦うだけなら、高校生の士道じゃなくても良かったはずよ。……どうして、ただの一般人の士道が選ばれたの?」

 広瀬は一瞬黙り込んでから、はっきりと士道が選ばれた理由を口にした。

「……私達がスカウトした人達の中で、五河君が一番アンデッドとの融合係数が高かった。それが、五河君が選ばれた理由よ」

「……その融合係数とは?」

 聞きなれない単語を耳にして、令音が広瀬に尋ねる。

「ライダーシステムはただ単なる鎧じゃありません。あれはライダーシステムに組み込まれたアンデッドと一時的に融合する事で、アンデッドの力を引き出す事ができる。融合係数が大きければ大きいほどアンデッドの力を引き出す事ができるし、逆に低ければアンデッドの力を十分に引き出す事ができない。……ギャレンが盗まれたせいでアンデッド達による被害はどんどん増えていってたし、何よりまたライダーシステムを盗まれるわけにはいかなかったから、ブレイドの装着者を選ぶ事が急務になったの。そして不特定多数の人々を対象にして調査を行い、融合係数が高い人間を捜し続けた。そして、その中で最も融合係数が高かったのが……」

「士道、ってわけね」

 琴里が士道を軽く睨むと、自分に向けられる視線に思わず士道は軽く冷や汗を垂らした。

「士道、あなたがBOARDに入ったのはいつ頃?」

「えーと……大体一年前ぐらいだな。広瀬さん達にスカウトされてからはアンデッドの知識とか、基礎体力をつけるためのトレーニングや戦闘訓練をめちゃくちゃ叩き込まれた。実際にアンデッドと戦い始めたのはつい最近だな」

「そう……」

 琴里はふんと鼻を鳴らすと、士道から視線を外した。どうも先ほどから琴里の機嫌が悪いように見える。知らない内に、琴里の機嫌を損ねるような事をしてしまったのだろうか。

 士道がそんな事を考えていると、話をしていた広瀬がため息をついた。

「ようやくブレイドの装着者も決まって、あとはアンデッドを封印するだけだと私達全員思ってた。……だけどこの前、予想外すぎる事が起こったのよ」

「……予想外すぎる出来事?」

 令音の言葉に広瀬はええと頷きながら、衝撃的過ぎる言葉を口にした。

「BOARDの研究所が、アンデッドに襲われたの」

「何ですって?」

 それを聞いた琴里が驚きで目を見開き、いつもは無表情の令音の顔も微かにぴくりと動いた。広瀬は沈んだ声で、

「幸い五河君が来てくれたおかげでアンデッドは封印されたけど、生き残ったのは私と五河君、そして私達が研究所から逃がした烏丸所長だけ。……もう、BOARDは無い。完璧な壊滅状態に陥ってるわ」

 その言葉で、重い沈黙がリビングを満たした。広瀬の語るBOARDの壊滅という話が衝撃的過ぎて、誰も何も言う事ができない。

 無論それは士道も同じだった。一年間という広瀬に比べたら短い月日とはいえ、あの組織の中で士道は戦闘訓練やトレーニングを積み重ねてきたのだ。愛着もそれなりにあったし、今でも夢であってほしいと思っている。しかし、BOARDが壊滅したというのは紛れもない事実だった。

 しばらく全員が黙っていると、ふーと誰かが息をついて沈黙を破った。息をついたのは、琴里だった。

「なるほどね、大体事情は分かったわ。それにしても、BOARDが壊滅した、ねぇ……」

 琴里は口の中でぶつぶつと呟いた後、口を開く。

「ねぇ広瀬さん、一つ提案があるんだけど、構わないかしら」

「……? 提案って?」

 広瀬が怪訝な表情で尋ねると、琴里はにやりと唇の端を歪めながらこう告げた。

「私達と手を組まない?」

 広瀬はいっしゅんきょとんとした表情を浮かべてから、ようやく琴里の言った言葉の意味を理解したのか驚愕の表情を浮かべてから叫んだ。

「手を組むって……私達と、あなた達ラタトスクが!?」

「そうよ。私達があなた達に情報や顕現装置(リアライザ)とかの技術の提供をするから、あなた達は今までと同じようにアンデッドの封印を続けるのと同時に私達の手伝いをしてほしい。どう? 案外悪くない条件だと思うけど」

 確かに話の内容だけ聞いてみれば中々悪くないと言えるだろう。だが、突然の提案に警戒しているのか広瀬が琴里を鋭く見据えながら尋ねる。

「……どうして、いきなりそんな話を持ち出してきたの? 一体何が目的?」

 すると琴里は肩をすくめながら広瀬の質問に答えた。

「別に私としてはあなた達がアンデッドを封印する事に関しては口出しするつもりはないの。ただ、アンデッドを放っておけばこの前の十香の一件のように精霊の封印に支障をきたすかもしれない。それなら、あなた達に情報や技術を提供する代わりに私達の手伝いとアンデッドの封印をしてほしい。それだけよ」

「……でも、良いの? あなたやあなたの部下が良いとしても、最高幹部達はそうでもないんじゃないかしら」

 確かに広瀬の言う通りだった。琴里はラタトスクの中でも高い地位にいるかもしれないが、話を聞いている限り彼女のさらに上には円卓会議(ラウンズ)と呼ばれる幹部達が存在しているようだ。その幹部達には一体どう説明するつもりなのだろうか。

 と、その疑問を察したのか琴里が言った。

「分かってるわよ。でも、円卓会議(ラウンズ)にとってもあなた達と協力するのはメリットがあるのよ。アンデッドを研究していたあなた達と組めば、権力者なら誰もが欲しがる不老不死を手に入れる事ができるかもしれないんだから。たぶん、二つ返事でOKが来るわよ」

「じょ……冗談じゃないわ!!」

 バン!! と広瀬が激昂して目の前のテーブルを思いっきり叩いた。その音に士道はびくりと体を震わせたが、琴里と令音は無表情を崩さずに広瀬の顔を真っ直ぐ見つめている。

「確かに私達はアンデッドの不死身の体質を研究していたわ。だけどそれは研究結果を権力者達の玩具にするためじゃない! 今この瞬間世界中で苦しんでいる人達を救う為に、私達は研究をしていたの! 悪いけど、それが目当てだって言うのなら協力なんてできないわ。こっちから願い下げよ!」

「落ち着いてちょうだい。私達だって、あなた達の研究成果を円卓会議(ラウンズ)に差し出す気なんてないわ」

 琴里の冷静かつ真剣な口調で冷静さを少し取り戻したのか、広瀬は息を少し荒くしながら琴里の顔を見つめた。

「研究成果は、あくまで表面上の理由よ。そうでなきゃ円卓会議(ラウンズ)が簡単に首を縦に振るわけがないわ。……正直、私が円卓会議(ラウンズ)の中で本当に信頼しているのは一人だけ。それ以外は精霊の巨大な力を自分の私欲のために使えないかって考えてる馬鹿ばっかり。そんな連中のために、あなた達の研究成果を渡すわけにはいかない。だけど、名目上だけでもそういう事にしておかないとならないのよ。……あなた達の活動をサポートしていくためにはね」

 琴里の刺々しい口調と先ほどの話から察するに、どうやらラタトスクも一枚岩というわけではないらしい。彼女の信じているのも、きっと彼女が言うように一人の人物だけなのだろう。

 琴里の言葉を聞いても広瀬はじっと何かを考え込んでいるようだった。彼女の言葉を本当に信じるべきかどうか判断に悩んでいるのだろう。ここで判断を間違えれば、自分達の今後に支障をきたす可能性があるのでそれも無理はないが。

 するとその雰囲気を察したのか、再び琴里が口を開いた。

「……無理な事を言っているのは十分分かっているわ。だけど、協力する以上私達も最大限の努力はする。だから、お願い。あなた達の力を、私達に貸してちょうだい」

 琴里の真摯な言葉に、広瀬はしばらく黙って彼女の顔を見つめていたが、やがてふぅと小さくため息をついた。

「まったく、そんな風に頼まれたら断るわけにはいかないじゃない。分かったわ、私達は、あなた達ラタトスクに協力する。……だけど、その代わり誓って。絶対に私達の研究結果を……先人達の努力の結晶を、自分の保身のためだけに考えている人達に渡さないって」

「誓うわ」

 一瞬のためらいもなく、琴里はそう答えた。彼女のその嘘偽りない態度を見て広瀬も琴里を信頼したのか、すっと右手を彼女に向かって差しだした。

「それを聞いて安心したわ。……私達BOARDは、あなた達ラタトスクに協力する。本来ならこういうのは烏丸所長の許可が必要なんだろうけど、私がどうにかして説得するわ。……これからよろしくね、琴里司令」

「普通に琴里ちゃんでも構わないわよ」

 軽口を叩きながら、琴里は自身も右手を出して広瀬の右手を握った。それから二人は手を離すと、真剣な表情に早変わりしてこれからの事を話し始める。

「早速なんだけど、あなた達の組織に高性能コンピュータはあるかしら? あれからBOARDのデータを探してみたんだけど、烏丸所長の残したものと思われるデータが見つかったの。それを解析すれば、アンデッドの事について何か分かるかもしれない。それにアンデッドサーチャーを使う以上、コンピュータは必要不可欠だから……」

「それに関しては何一つ心配ないわよ。フラクシナスには顕現装置(リアライザ)も、高性能のAIもある。それらにあなた達のアンデッドサーチャーを繋げば、アンデッドの反応をキャッチする事ができるはずよ」

「そう。……フラクシナス?」

 と、そんな二人の会話に割り込むように士道が言った。

「な、なぁ琴里」

「……何?」

 すると琴里はうって変わって不機嫌そうな視線を士道によこした。その視線に怯みながら、士道は琴里に言う。

「こんな事言うのは変かもしれないけど、これからよろしくな」

「ま、せいぜい死なないように気を付ける事ね。弱いんだから」

 そう言うとぷいっと士道から顔を背けた。その様子に、士道の困惑はますます深まっていく。

 自分はこれまでに彼女の機嫌を損ねるような事を言ったような覚えはない。それに彼女の機嫌が悪くなったのは自分達がBOARDの話をし始めてからだ。その話の間で、自分も広瀬も彼女を怒らせるような事は言っていない。彼女が怒る理由が全く分からない。

 そしてそんな二人の様子を、

「…………」

 広瀬がじっと、何かを探るような目で見ていた。

 

 

 

 

 数時間後、フラクシナスにある休憩室で広瀬はベンチに座って自動販売機で買った缶コーヒーを飲んでいた。広瀬は休憩室の天井を見上げながら、独り言を呟く。

「だけど、空中艦なんてね……。確かに五河君の言う通り、この組織の科学力はBOARDを超えてるかもしれないわね……」

 士道からフラクシナスの事を聞かされた後、琴里にこの空中艦に連れて来られてからは驚きの連続だった。自分達の組織を超える科学力に、高性能なAIシステム、そして良くも悪くも個性の強い構成員達。……何よりも際立っていたのは、あの神無月という青年だった。初めて見た時はかなりの美青年だと思ったのだが、彼と握手をした時に真面目な顔で、

『広瀬さん……良ければ今度、思いっきり殴ってはもらえないでしょうか?』

 と言われた時に思った。

 ああ、この人変態なんだなと。

 そして広瀬がしばらく黙ってベンチに座っていると、不意に人の気配を感じてその方向に視線を向けた。そこには、腕組みをして自分の方に向かって来ている琴里の姿が目に入った。

「お疲れ様。アンデッドサーチャーの方はどう?」

「接続はもう終わったわ。あとはアンデッドが出現した時にちゃんと動くかよ」

「そう」

 それだけ言うと、琴里は自動販売機に小銭を入れてボタンを押した。取り出し口から缶ジュースを取り出してプルタブを開けると、広瀬の横に座る。ちなみに彼女が買ったのはファンタのオレンジ味だ。

 琴里が無言でファンタの口をつけると、唐突に広瀬が琴里に尋ねた。

「ねえ琴里ちゃん。どうして五河君に怒ってるのか、当ててあげましょうか?」

 すると琴里の動きがぴたりと止まり、彼女の顔が険しくなる。どうやら今一番彼女が気にしている事に触れたらしい。琴里は怒ったような表情を浮かべたまま、口を開く。

「……別に怒ってなんかいないわよ」

「怒ってるでしょ。そしてその原因は……五河君がBOARDの人間だったって事を彼に秘密にされたから、じゃない?」

 図星を突かれたのか、琴里の顔がさらに険しいものになる。広瀬は目の前の金属質の壁をじっと見つめながら、

「まあ、実態も分からない謎の組織に入っていて、その上常に危険と隣り合わせの仕事をしてた事を内緒にされてた事に怒ってるっていうのは何となく分かるけど、それはおあいこじゃない? あなただってラタトスクに五年前から所属してたんでしょ? それに五河君にBOARDの事を秘密にしてもらっていたのはBOARD(わたしたち)の事情もあるの。五河君に怒るのはいくらなんでもお門違いだと思うわ」

「分かってるわよ。分かってる。だけど……」

 それでも、大好きな兄にそんな大事な事を内緒にされていたのが嫌だった――――という本音が、聞こえてくるような口調である。

 フラクシナスの司令官という肩書きを背負ってはいるが、どうやら中身はまだ十三歳の少女のようだ。本心を完全に隠しきれていないのが丸わかりである。

 広瀬はそんな彼女の姿に思わず笑みを漏らしてしまうが、こんな所を見られてしまったらまた彼女の機嫌が悪化するだろう。なので、広瀬は代わりにこんな事を言った。

「実はね、私達も最初は五河君をライダーにするつもりはあまり無かったの」

「………? どういう意味?」

 話の内容につられたのか、琴里が広瀬の顔を見る。広瀬はまるで遠い過去を思い出しているような表情をしながら、話を続けた。

「確かに五河君のアンデッドとの融合係数はとても高かったわ。他のライダーの候補者達とは、桁外れと言って良いぐらいに。……だけど、『それだけ』だった。融合係数は高いけど、体力や筋力は人並み、良くて素人に毛が生えた程度。正直言って、融合係数が五河君より低くても、体力や筋力が彼以上の人は結構いたわ」

「………」

「それに、五河君は高校生だから。ASTなんかはCR-ユニットの使用適性があれば高校生でも入れるらしいけど、研究機関の私達はそうもいかない。だから烏丸所長と私は五河君をライダーにするつもりはなかったの。………まぁ、ダイヤの原石を手放したくないっていうのが正直な本音だったけど」

「じゃあ、どうしてあなた達は士道をライダーに選んだの?」

 琴里が怪訝な表情で広瀬に尋ねると、広瀬は何やら意味ありげな笑みを浮かべた。

「……検査の後、彼を呼び出して私達の目的を話したの。それから彼に私達に協力してくれるか聞いたのよ。そしたら彼、何て言ったと思う?」

「そんな事、私が知るわけないじゃない」

 どこか不機嫌そうな琴里に、広瀬は士道が自分と烏丸に告げた言葉をそのまま告げた。

「『確かに戦うのは怖いですけど……。だけど、そいつらを放っておいたら俺の大切な人を襲うかもしれない。もしもそうなる可能性があるなら……俺は妹を、俺の大切な人達を護るために戦いたいです』って言ったのよ」

「…………」

「他の候補者達はどちらかというと、名誉やお金目的でアンデッドと戦おうとしてた人達ばかりだったわ。だけど、五河君だけが違った。彼だけは、彼の家族を……あなたを護るために戦うって言ったの。それが、彼がライダーに選ばれた理由よ」

 それを聞いてもなお、琴里は無言のままだった。広瀬は彼女の横顔を見つめて、訴えかけるように彼女に言った。

「忘れないで、琴里ちゃん。彼はあなたの事をちゃんと考えていた。じゃないと、そんな台詞出てこないでしょ? だから……五河君の事を許してあげて?」

 しばらく琴里は黙ったままだったが、やがて急に勢い良く立ち上がるとグイッとファンタを一気に飲み干した。それから空になった缶をゴミ箱に捨てると、無言のまま広瀬に背を向けて歩き去って行った。

 しかし、広瀬にはもう大丈夫だと分かっていた。

 何故なら、一瞬見えた琴里の表情が先ほどよりも柔らかくなっていたからだ。広瀬は遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、ぽつりと呟く。

「……色んな事があると思うけど、家族は大事よ、琴里ちゃん。それを忘れないで……」

 言いながら、広瀬はジーンズのポケットから一枚の写真を取り出す。

 写真には高校の制服を身に纏った広瀬、そして一人の男性が写っていた。二人は高校の校門の正面に立っており、二人揃って幸せそうな表情を浮かべている。桜が風に舞っている事から、時期はきっと春だろう。

「………お父さん………」

 写真の自分の横に立つ男性を見ながら、広瀬は寂しそうに小さく呟いた。 

 

 

 

 

 

 翌日の朝、士道は自室のベッドでぐっすりと眠っていた。いつもの彼ならばとっくに起きている時間だが、今日の彼は未だに夢の世界に旅立っている。

 そして熟睡中の士道が寝返りをうとうとした瞬間。

 突然士道の腹をズドンッ!! という強い衝撃が襲った。

「ぐあああああああああっ!!?」

 その衝撃に士道は腹の底から叫び声を上げると、勢いよく起き上がって周囲を見渡してみる。すると、ベッドの横に立っていた犯人がようやく眠りから覚めた自分を呆れた様に見つめているのが目に入った。

 犯人……琴里はふんと鼻を鳴らして、

「いつまでも寝てるんじゃないわよ、このナマケモノ。さっさと起きて早く朝食を作りなさい」

「わ、分かってるっての! ってかお前、一体今何したんだよ……!?」

「別に? ただ単にあなたの腹に思いっきり跳び蹴りをかましてあげただけよ。本当ならその間抜け面を蹴り飛ばしてやろうかと思ったけど、ただでさえ残念な顔がさらに残念な事になると思ったからやめておいてあげたのよ。感謝しなさい」

「んな事で感謝できるか! いてて……」

 腹を押さえて顔を歪ませながら、士道はゆっくりと起き上がる。すると、琴里が唐突に口を開く。

「………ねぇ、士道」

「な、何だよ」

「………言うのが遅れて悪かったわ。アンデッドの封印、よろしくお願いね」

 それだけ言うと、琴里は最後に柔らかい笑みを兄に向けてさっさと士道の部屋から出ていってしまった。

 士道はしばらく昨日と今との琴里の態度の変化に思わず呆然としていたが、どうやら彼女の機嫌は治ったらしいという事を知ると、安堵の表情を浮かべた。彼女の態度の変化の理由が気になると言えば気になるが、それを無理に追及してまた彼女の機嫌を損ねてしまったら元も子もないので今は聞かない事にした。

 それに何よりも、可愛い妹の機嫌が治っただけで士道は大満足なのだ。だからまた彼女の機嫌を悪くするような事をする必要はない。

 そして士道は朝食を作るために素早く着替えると、自分の部屋を出てリビングへと向かった。

 

 

 

 

 




次回こそ、アンコールの話を書こうと思います。
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