デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

11 / 17
長い間お待たせして申し訳ありません。第十一話目です。


第十一話 二組のデート

「殿町、お前ケータイに何付けてるんだ?」

 広瀬と琴里による話し合いから二日後。

 帰りのホームルームも終わり、皆がばらばらと帰路に着き始めた頃、帰り支度を終えた士道は殿町に怪訝そうな声を投げた。

「ん? これか?」

 殿町はワックスで逆立てられた髪をポリポリと掻きながら、持っていた携帯電話を揺すってみせた。

 それに合わせて、携帯電話の端っこにくくりつけられたオットセイのストラップが一緒に揺れる。

「可愛いだろ。虹オットセイのオットーレだ」

「そうか……。猥褻物陳列罪にならないように注意しろよ」

「至極健全なキャラだっての! なんで俺が持ってると猥褻物陳列罪なんだよ!」

「え? だってお前という存在そのものが猥褻物じゃないか」

「俺はお前からどういう認識を受けてるんだ!?」

 士道がボケて、殿町をツッコミを入れるという非常に珍しい光景が展開された後、士道は苦笑しながら告げた。

「悪い悪い、冗談だよ」

 すると殿町は、ったくと肩をすくませた。

「余ってっけど、一個いるか? このシリーズ今人気らしくてよ。つけてっと女子のウケが良いぞ?」

 そう言いながら、殿町は制服のポケットから台紙とビニール包装で簡単にパッケージングされたストラップを取り出した。

「あ? 二つも買ったのか?」

「うんにゃ。ゲーセンの景品なんだよ。この前一気に二個取れたんだ」

「はー、すげえなそりゃ」

 殿町が取り出してきたそのストラップに視線を向けてみる。

 だが、目が妙にリアルで、正直言ってあまり可愛いとは思えない代物だった。

「……でもいいや。なんか気持ち悪いし」

「そうか? 可愛いと思うんだけどなぁ」

「あ、こっちの方が可愛いじゃねぇか」

 と、士道はストラップの台紙に印刷されていたシリーズ商品の中から、パンダのマスコットを指差した。そちらはまさにパンダがデフォルメされていたストラップで、士道の言う通り殿町が持っているオットセイよりも可愛らしい。

「あー、夢パンダのパンダローネだな。オットーレの友達で、玉乗りが得意らしい」

「いや、知らんけど。これなら欲しいかもな」

「残念ながらそっちは持ってねえや。何回か挑戦したんだけど、配置が滅茶苦茶シビアでよ。店員もロクに対応してくんねえし」

「ふーん。やっぱ人気があるのかねえ」

 士道がパンダローネを見ながら返したその時だった。

「何だと!?」

 突然、すぐ後ろからそんな叫び声が聞こえてきて、士道は思わず肩をビクッと震わせた。

「な、何だ……?」

 恐る恐る振り向くと、二人の女子生徒が口喧嘩をしている事が分かった。

「そ、そんなはずがあるか……! 貴様、適当な事を言うとタダでは済まさんぞ!」

「私は事実を言ったまで」

「うるさい! 誰が信じるか!」

「うるさいのはあなた。少し静かにして」

「何だとっ!?」

「なに」

 どちらも、一歩も譲らない。

 片方は十香。そしてもう片方は折紙だった。

「ど、どうしたってんだ、いきなり……」

 と、振り返ると、さっきまでいたはずの殿町の姿はすでに無くなっていた。

「あ、あの野郎……」

 どうやら厄介事の匂いを感じ取って一足早く逃げ出したらしい。

 士道ははぁと息をついた。

 喧嘩の原因は分からないが、二人を放っておくこともできない。恐る恐る二人に向かって唇を動かす。

「お、おーい……」

「何だ!?」

「何」

 士道が声をかけると、十香と折紙がまったく一緒のタイミングで視線を士道に向けてきた。

 二人の視線の鋭さに一瞬怯むが、どうにか言葉を続ける。

「お、落ちつけって。一体、何があったんだよ」

 士道が問うと、十香と折紙は再び視線をバチバチと交わらせた。

 正直言って、それだけで空気がビリビリと震えるような迫力である。

「……私は至極当然の事しか言っていない。夜刀神十香に理解力が無いだけ」

「何だと!? 元はと言えば貴様が……!」

「だから、落ちつけって。な?」

「……ふん」

 士道が二人の間に入ってそう言うと、十香はぷいと顔を背けて、自分の席に座り込んだ。

 折紙はと言えば、無言のまま教室を出て行った。

「はぁ……一体何だってんだ」

 と、そこで士道は眉を動かした。

 ポケットの中で、携帯電話が突然震えたのだ。

「……ん?」

 まさか、アンデッドが出たのかと思い携帯電話を取り出してみると、画面に表示されていたのは自分の妹である琴里の名前だった。彼女の名前が出るという事は、アンデッドの可能性は低い。もしもアンデッドが出現した場合は、士道の上司に当たる広瀬の名前が表示されるはずだからだ。

 士道は教室の隅に移動してから、通話ボタンを押した。

「もしもし。どうした、琴里」

『どうした、じゃないわよ。このウスラハゲ』

 通話ボタンを押すなりまさかの先制暴言である。士道はそれに思わず頬をぴくつかせた。

『今、十香の機嫌メーターが一気にストップ安状態まで急下落したのだけれど』

「は……?」

 士道が眉をひそめながら言うと、琴里が盛大なため息を吐いてから後を続けてきた。

『気を付けてと言ったはずよ。力の大部分を封印されているとはいえ、彼女は精霊。そこに居るだけで世界を殺すとさえ言われた災厄よ。精神状態が著しく不安定になると、封印されている力が逆流する恐れがあるわ』

「………っ」

 その言葉に、かつて十香が振るっていた巨大な力を思い出して、士道は思わず生唾を飲み込んだ。

『それで。いきなり精神状態が不安定になった理由を知りたいのだけれど。士道、あなた一体どんな変態行為に及んだの?』

「俺が何かした前提で話を進めんじゃねえよ。……折紙だよ。あいつとすげえ口喧嘩してた」

『折紙っていうと、ASTの鳶一折紙?』

「ああ」

 士道がついさっき教室から立ち去った折紙の姿を思い出しながら頷いた。あれから数日経つが、未だに彼女と十香の中は険悪である。まぁ、先日まで殺し合いをしていたので、仲良くしろと言う方が無理かもしれないが。

『ち、厄介な事をしてくれるわね。まぁ、起こってしまった事は仕方ないわ。士道、すに十香の機嫌を直してちょうだい』

「機嫌を、ねぇ……」

 呟きながら、十香に視線を向ける。

 気のせいか、周囲に負のオーラが漂っている。隣に観葉植物を置いたら一瞬で枯れてしまいそうなほどである。

「どうしろってんだよ……あれを」

『何言ってるのよこのフンコロガサレ。簡単な事じゃない。デートにでも誘っちゃいなさよ。そうね……ストレス発散にゲームセンターなんてどう? 安心なさい。私達がサポートしてあげる』

「なっ……」

『じゃ、準備しておくから、急ぎなさいよ』

 それに士道が返事をするよりも早く、琴里は勝手に話を進めて電話を切ってしまった。色々と言いたい事はあったが、こればかりは仕方ない。

 士道はため息を吐きながら携帯電話をしまうと、大きく深呼吸をしてから十香の方に歩いて行った。

「あ、あのだな、十香」

「……何だ?」

 士道が口を開くなり、十香が不機嫌そうな声を返してきた。

 一瞬その声に怯むが、士道はどうにか踏みとどまって言葉を続ける。

「……や、その……良かったら、なんだが。これからちょっと遊びに行かないか?」

「ぬ?」

 士道が言った瞬間、十香の周りにわだかまっていた不穏な空気が、ふっと薄まったような気がした。

「遊びに……つまり、シドーは私とデェトに行きたいと言っているのか?」

 十香が士道の様子を窺うように、少し上目遣いになりながら問いかけてくる。

 確かにその通りなのだが、改めて言われると結構照れる。士道は頬を掻きながら小さく首肯した。

「まぁ……そうなるな」

 すると、十香がぱぁっと顔を輝かせ、椅子から立ち上がった。

「おお……! 行く、行くぞ!」

「お、おう。そうか」

「それで、どこへ行くのだ?」

「ん……ゲームセンターなんてどうだ?」

「ゲェムセンター?」

 十香が不思議そうな顔をして首を傾げた。そう言えば十香はまだゲームセンターに言った事は無かったな、と思った士道は十香に説明をする。

「簡単に言うと、ゲームっていう楽しいものがいっぱいある所だ」

「ほう。楽しいのか」

「ああ。パンチングマシンやモグラ叩きなんかもあるからな。スカッとして気持ち良いぞ」

「楽しいだけでなく気持ち良いのか! 他には何があるのだ?」

「そうだな……。ってか、あれこれ説明するより実際に行った方が早いと思うぜ? 百聞は一見に如かずって言うしな?」

「む……なるほど。意味はよく分からんが、確かにその通りだな。では早く行こう、シドー!」

 十香は明るい笑顔を浮かべながら、士道の手を握って急かすように言ってくる。

 分かった分かったと相槌を打ちながら、士道はつい先日までの彼女を思い出す。あの人間不信の塊のようだった彼女が、今こうして自分と同じ時を過ごしているという事が、士道にはたまらなく嬉しく思えた。

 士道は十香の手を軽く握り返すと、彼女と一緒に廊下を走り抜けた。

 

 

 

 

 士道達がゲームセンターに向かう少し前、相川始は自分の住居である喫茶店『ハカランダ』で接客をしていた。彼はある事情でこの店に住んで高校に通っているのだが、特に予定が無い日などはこの店で接客業などの手伝いをしている。始自身この手伝いについては、一緒に住まわせてもらっている上に学校にまで通わせてもらっているのだから当然だと思っているし、学校側もその事は承知している。成績も上位に常にいるので、今の所はまったく無かった。

「ありがとうございましたー!」

 店に残っていた最後の一組の客が店を出て、その客達の背中に向かって店長である天音遙香が笑顔でそう言うのを聞きながら、始はその客達が使っていたテーブルを布巾で拭き始める。そんな始に向かって、遙香が声をかけた。

「ねぇ始君。この後、天音と一緒にどこかで遊んで来たら?」

「え?」

 彼女の言葉に思わず始が不思議そうな表情を浮かべると、そんな始の表情がよほど珍しかったのか遙香はくすくすと笑いながら続ける。

「あなた、最近どこへも行かないでお店の手伝いをしてくれるでしょ? それはありがたいんだけど、高校生なんだしたまにはどこかに遊びに行ってみたら? 天音も最近、あなたと一緒に遊べなくて少し寂しそうだったし」

 それを聞いて始は一瞬迷うような素振りを見せたが、すぐにその迷いを払って遙香に言う。

「だけど、この後もお客さんは来るだろうし……」

「大丈夫よ。この時間なら、お店に来るお客さんは少ないから。私一人でもどうにか回せるわよ。危ない所に連れて行ったりしなければ良いから、行って来なさい。ま、始さんがそんな所に天音を連れて行くとは思えないけどね」

 遙香の言葉に、始は小さく苦笑を浮かべた。別に遙香の提案が本当に嫌だったわけではない。確かに最近の自分は勉強と仕事ばかりだったので、それを心配してくれての提案なのだろう。正直言うとあまり気が進まないが、彼女の好意を無駄にするわけにもいかない。それに、最近天音とあまり遊んでいないのも事実だ。

 始はカウンター席に布巾を置くと、遙香に告げた。

「分かりました。じゃあ、天音ちゃんが帰ってきたら行こうかと思います。天音ちゃんは確か、今買い物に行ってるんですよね?」

「ええ。だから、もうそろそろ帰ってくるはずなんだけど……。あ、噂をしたら……」

 遙香の視線の先には、ハカランダの入口の扉に駆け寄ってきている天音の姿があった。彼女は両手で大きな荷物を抱えており、前が少し見づらそうである。現にようやく扉にたどり着いて片手を伸ばしていたが、下手をすれば荷物を落としてしまうかもしれないので扉を中々開ける事が出来ない。

 始は入口に向かうと、扉をそっと開けた。扉を開けたのだが誰かを知ると、天音はぱっと笑顔になって始に礼を言う。

「ありがとう、始さん!」

「どういたしまして」

 天音の笑顔に、始も笑みを天音に返す。天音がカウンターに駆け寄って抱えていた荷物をカウンターに置くと、遙香がカウンター越しに天音に言った。

「天音。今日は始さんと遊んできなさい。仕事はお母さんに任せて大丈夫だから」

「え、本当!?」

 遙香が言った瞬間、天音の顔がぱぁっと輝いた。娘のその様子に遙香はにこにこと笑いながら、

「本当よ。ね、始さん?」

「はい」

 それに始が頷くと、天音は嬉しそうな声を上げた。

「やったぁ! 今日は始さんとデートだ! じゃあ私、部屋で準備してくるから待っててね、始さん!」

「うん、待ってるよ」

 そう言うなり、天音はぱたぱたと足音を立てながら自分の部屋へと向かう。その様子を後ろから見ていた始は、どこか怪訝そうな表情で遙香に尋ねた。

「デート……なんですか?」

「まぁ、デートと言うには少し歳の差がありすぎるかもしれないわね」

 遙香はやや苦笑を浮かべながら、始にそう返した。

 それから数分後、準備を終えた天音がホールに戻って来た。彼女の服装は帰って来た時と違い、いかにもデートの時のために用意していたような服である。もしかしたら、着るのはこれが初めてなのかもしれない。

 天音はにこにこと笑顔を浮かべながら始の前に立つと、こう尋ねた。

「どう?」

「似合ってるよ、天音ちゃん」

 お決まりの言葉だが、どうやら彼女はそれで機嫌を良くしたらしく、えへへと照れくさそうな表情を浮かべる。 しかし、何故か始の服装を見て笑顔から不思議そうな顔に変わった。

「始さん、その服装で行くの?」

 彼女のその問いに、始は自分の服装を見直した。今彼が着ているのは、彼が日常着用している長袖のポロシャツにジーンズである。それを確認して、始は天音がどうしてそのような事を聞いたのか察した。今の自分の服装は、どう見ても女性と一緒にデートに行くような服装ではない。始は困ったような笑顔を浮かべながら、天音に言う。

「ごめんね。こういう服しか持ってないんだ」

 すると天音は、ぷくーと頬を膨らませて、

「もう! 駄目だよ始さん! 女の子とのデートにそんな服じゃ、相手の人に嫌われちゃうわよ!」

 怒っている天音に、始は苦笑を浮かべながらごめんごめんと謝る。実際に始はあまり服などに興味が無いし、服に金を使う事も滅多にないので、似たような服しか持っていないのだ。

 始と天音がそんなやり取りをしていると、その様子を眺めていた遙香が言った。

「じゃあ、今日は二人で始さんの着る服を見に行ってみたらどうかしら。始さん、お金は持ってる?」

「はい、大丈夫です」

 月に遙香からお小遣いとアルバイト代を兼ねた金はもらっているものの、始自身にこれといった趣味が無いため貯金は十分にある。人気のブランドの服などでない限り、金が一瞬にして吹き飛ぶという事はまずないだろう。

「じゃあ、財布を取ってくるから、ちょっと待っててね」

「うん! 早く来てね、始さん!」

 天音は満面の笑顔で首を縦に振った。始は彼女の笑顔に自分も自然に笑みを浮かべているのを感じながら、地下にある自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 ちょうどその頃、士道と十香のデートはと言うと。

「鳶一折紙のォォ……あほたれぇぇぇっ!!」

 絶叫と同時に、目にも留まらぬ速さで拳がミットに吸い込まれた。

 次の瞬間には、ミットが支柱ごと吹き飛んで、前方の液晶画面をぶち抜いて壁に突き刺さる。

 一拍遅れて、千切れたコードからバチバチと火花が散り、壊れた画面からプスプスと煙が上がる。

「おいおい……マジかよ……」

 まさかの事態に、後ろでその様子を見ていた士道は限界まで目を見開いていた。

 二人がいるのは、天宮大通りにあるゲームセンターの一角だ。

 彼らの前にはボクシンググローブとミットの付いた筐体、いわゆるパンチングマシンが設置されている。

「……ん、少しすっきりした」

 十香はふうと息を吐きながらそう言うと、貫通してしまったグローブを外してその場にポイと捨てる。

 その光景を、周囲の客達が呆然とした表情で見つめていた。

 とは言っても、それも当然だろう。

 十香は十人とすれ違ったら十人が振り返るような、まさに世が世ならば国を傾かせたかもしれない美貌の少女である。

 そんな少女の目の前で、壊れたパンチングマシンがファンファーレをエンドレスで鳴らし続けているのだ。これで驚くなと言う方が無理である。

「そ、そうか……。そりゃ何よりだ……」

 士道は額に冷や汗を浮かべてそう言うと、周りの客達が自分達に視線を向けている事を感じ取りながら、十香と一緒にゆっくりとした足取りでゲームセンターの中を歩いて行く。

 これほどまでに注目を浴びてしまっている理由は分かりきっている。

 先程のパンチングマシーンが原因、ではない。実は十香はついさっきのパンチングマシンの前にも、モグラ叩きに腕相撲マシンなど、身体能力がモノを言うゲームをことごとくクリアしていたのだ。

 無論、この場合の『クリア』とは、文字通りの消去(クリア)の事である。注目を浴びてしまうのも無理からぬことであった。

 ちなみに、十香の最初の犠牲者であるモグラ叩きをクリアした際にゲームセンターの店員が慌てた表情で飛んできたのだが、その彼はラタトスクの機関員と思しき黒服の大男にどこかへと連れて行かれてしまった。今の士道にできる事は、彼の安全を祈る事だけである。

「うむ、面白いな、ゲェムとやらは!」

「そ、そうか……」

 士道は無邪気に笑う十香にそう返すと、力なく苦笑した。

 小声で、インカムに声を発する。

「……おい琴里。本当に大丈夫なんだろうな、これ」

『ええ。事後処理はラタトスクに任せてもらって構わないわ。注目を集めてしまうのはうまくないけど……今は十香のストレス発散が最優先よ』

「なら良いけどよ……」

「シドー?」

「……っ! な、なんだ?」

 急に十香に話しかけられて、士道はビクッと思わず肩を震わせてしまった。

 十香はそんな士道を不思議そうな顔で御手から、ゲームセンターの中をぐるりと見回した。

「次はどのゲェムで遊ぶのだ?」

「あ、ああ、何にするかな……」

 そう言いながら、士道が辺りを見やっていると、

『ん、ちょっと待ちなさい』

 インカムから、再び琴里の声が聞こえてきた。

 

 

 

「……さて、次は何にしようかしらね」

 天宮大通り上空一万五千メートルに浮遊する空中艦フラクシナスの艦橋で、琴里は椅子にふんぞり返りながら口に咥えたチュッパチャップスの棒をぴこぴこと動かした。

「令音。十香の機嫌はどんな具合?」

 琴里が問うと、艦橋下段でコンソールをいじっていた令音が目元の隈を擦りながら唇を開く。

「……ん。もう良好と言っても問題ないだろう。筐体は破壊されているものの、威力もだんだんと落ち着いてきている」

「え、あれでですか?」

 令音の座っている席から少し離れた席に座りながら画面を見ていた広瀬が、怪訝な表情を浮かべながら言った。彼女が座っている席は、つい最近ラタトスクに協力する事を決めた広瀬のために特別に作られた物である。

「……確かに破壊力は凄まじいが、あれでも最初よりもだいぶ抑えられている。彼女の機嫌が直ってきている証拠だよ」

「あれで、ねぇ……」

 中央スクリーンを見て頬杖を突きながら、広瀬が呟いた。

 現在艦橋の中央スクリーンには、十香の姿がバストアップ姿で映し出されている。

 そしてその周囲には、『機嫌』や『好感度』をはじめとする各種パラメータが並び、ご丁寧にテキストウインドウまで表示されていた。

「そう。それは何より」

「……ああ。ただ、一つ気になる事が」

「何?」

「……機嫌は良くなっているのだが、どうも不安感の数値が高くてね。何か心配事でもあるのかもしれないな」

「心配事、ね。……士道、何が心当たりは?」

 琴里がマイクに向かって言うと、すぐに士道の声が返ってきた。

『いや、ちょっと分からんが……』

「そう。役立たず」

『「………」』

 あんまりな言いように、士道だけではなく艦内にいる広瀬も士道と同じように思わず沈黙した。

「まあ良いわ。とりあえずもう少し遊ばせて様子を見ましょ。……それで広瀬さん、アンデッドの反応は?」

 琴里は中央スクリーンから広瀬に視線を移しながら尋ねた。十香の霊力を封印した日のように、また突然アンデッドが現れてデートが無茶苦茶になったりしたら困る。そうならないために、広瀬達BOARDが所有するアンデッドサーチャーには常に目を光らせてもらわなければならない。

 しかし広瀬は首を横に振って、

「反応は無いわ。今の所は大丈夫だと思うけど……油断はできないわね」

 すると、令音がその眠たそうな両眼を広瀬に向けて尋ねた。

「……前から気になっていたんだが、君達BOARDはどうやってアンデッドを探知していたんだい?」

 これほどの科学力を誇るラタトスクでも、アンデッドがいつどこに出現するかまでは分からなかった。それはこの組織があくまでも精霊と対話するために作られた組織であって、アンデッドを封印するために作られた組織ではない事もあるのだが、それでもいつ現れるか分からないアンデッドの出現をどうやって探知していたのかが気になるのだろう。

 広瀬もモニターから令音の顔に視線を移すと、彼女のその質問に答える。

「いくらアンデッドサーチャーでも、常にアンデッドの反応を探知できるわけじゃありません。だけど、人を襲ったりする事でアンデッドの攻撃バイオリズムが上昇するんです。そしてその攻撃バイオリズムが一定値を超える事で、ようやくアンデッドの反応がアンデッドサーチャーに引っかかるようにできてるんです」

 広瀬の説明に、チュッパチャップスの棒をピコピコと上下に揺らしながら琴里がふんと鼻を鳴らした。

「つまり、人が襲われてから初めてアンデッドの居場所が分かるって事ね。人が襲われる前にどうにかする事は出来ないの?」

「それを言われると耳が痛いわね。でも、いくらBOARDの技術でも隠れているアンデッドを探知する事は未だできていないの。それはあなたも十分よく分かっているでしょ?」 

 広瀬がため息まじりに言うと、琴里が何故かむっと黙り込んでしまった。

 その理由は、広瀬がこのフラクシナスにアンデッドサーチャーを持ち込んできた日にまで遡る。

 アンデッドサーチャーをフラクシナスの高性能AIに接続した広瀬と琴里は、一種の希望を胸に抱いていた。それは、フラクシナスのAIと接続したアンデッドサーチャーならば、今まで隠れていて姿を見せなかったアンデッドも発見できるのではないかというものである。もしもそれが可能になれば、アンデッドに襲われる人達の数を圧倒的に減らす事が出来るし、士道と精霊とのデートも円滑に進む。

 しかし、現実はそんなに上手くいかなかった。アンデッドサーチャーとAIを接続し、探索範囲が格段に広がった所までは良いものの、この世界のどこかに隠れているアンデッドを探知する事は出来なかった。どうやら、さすがのフラクシナスのAIでもどこかで息をひそめて隠れているアンデッドを見つける事は出来ないらしい。

 その時の事を思いだして、琴里は舐めている飴玉をガリッと噛んだ。

「結局、今はアンデッドが人を襲って姿を現すのを待つしかないって事ね」

「悔しいけど、それしか方法が無いのも一つの事実よ。それより、今は五河君と十香ちゃんのデートを上手く進める事が大事よ。次はどうする?」

 広瀬が琴里に尋ねると、琴里はふうと息を吐いてから口を開いた。

「そうね。じゃあとりあえず……」

 こうして、少年と精霊とのデートをサポートする作戦は、さらに続いていく。

 

 

 

 

一方その頃、始と天音は天宮大通りにある洋服屋から出てきていた。始の片手には彼が購入した洋服が入った紙袋が握られており、その紙袋と始の顔を交互に見ながら天音が嬉しそうに言った。

「カッコいいのがあって、良かったね! 始さん」

「うん、そうだね」

 その天音に笑顔を向けながら、始が相槌を打つ。

 天音とこの店に来てから一通り店内を見て回ったものの、始自身あまりファッションにあまり興味が無かったためにどの服が自分に似合うのかいまいちよく分からなかった。なので、天音にどの服が自分に似合いそうかアドバイスをもらいながら服を選んでもらったのだ。

 天音がまだ小学生とは思えないその観察眼で始に似合う服を選んでくれたおかげで、始は三着ほど自分の服を着る事が出来た。本当なら天音の服も買ってあげたかったのだが、天音から「これは始さんのための買い物だから良い!」ときっぱりと言い切られてしまったため、今回は買っていなかった。

 服を買った代償として自分の持ち金がだいぶ減ってしまったが、それでも派手に無駄遣いなどをしない限りは十分なほどの額は残っている。伊達に友人と遊びに行かずに、せっせと勉強とハカランダでのバイトに勤しんでいるわけではない(とは言っても、遊びに行く友人もいないというのが実際の理由なのだが)。

 始は自分の左手首に巻かれている腕時計を眺めながら、天音に聞いた。

「まだ早いけど、そろそろ帰ろうか?」

「えー、やだ! まだ始さんと一緒にデートがしたい!」

 天音がやや大きめの声でそんな事を言うと、周りの人達の視線が始に向けられる。中には、クスクスと笑っている人までいる。始はやれやれと肩をすくめながらも、天音の言葉に従おうとしている自分に気づき、目の前の少女に気付かれないほどの微かな驚きを覚えていた。

 これが別の人間だったら、自分はその人間をここに置き去りにしてさっさと帰っているだろう。それどころか、我が儘を言うなと冷たく突き放しているかもしれない。

(………何故だろうな)

 目の前の少女の愛くるしい顔を見つめながら、始は心の底からそう思う。今まで自分は人間に対して特に何の感情も抱いていなかったのに、この少女と彼女の母親に対してだけは自分でもよく分からない感情が芽生えてきているのが自分でも分かる。そしてその感情は、きっと彼女達と一緒に生活してきたからこそ生まれたのだという事も。

 そんな事を思いながら始が無表情で黙っていると、天音が何かを恐れているような表情と声音で始に尋ねた。

「あ……やっぱり、駄目?」

 どうやら、自分が我が儘を言ったせいで始が怒ったのではないかと思っているらしい。そんな天音の内心に気付き、始は表情を和らげると、天音の頭をゆっくりと撫でた。

「ううん、大丈夫。じゃあ、どこに行こうか?」

 するとその直後、天音の表情がまるで花が開くように輝いた。彼女は始の顔を嬉しそうに見上げながら、

「じゃあね、私ゲームセンターに行きたい! 始さん、良い?」

 それを聞いた始は、財布を取り出して残金を確認する。先ほどの服で結構使ってしまったものの、ゲームセンターで少し遊ぶ分には問題ないほどの金額はちゃんと残っている。始は天音に笑顔を向けながら言った。

「良いよ。だけどあまり遠くには行けないから、この通りのゲームセンターで良い?」

「うん!」

 天音は頷くと、笑顔で始の右腕に抱き着いた。そして二人は天宮通りにあるゲームセンターへと向かった。

 ゲームセンターは同じ通りにあるので、そこに行くのには五分とかからない。目的地が二人の視界に入ったその時、始の目にある人物の姿が映った。

(……鳶一、折紙? 何故奴がここに……)

 それは、自分のクラスメイトの少女であり、精霊を倒す部隊の一員でもある鳶一折紙だった。一瞬他人の空似かとも思ったが、肩をくすぐるぐらいの長さの白い髪に、クラス中の男子を惹きつけているあの容姿はそうそう間違える者でもない。何故こんな場所とは一番縁がなさそうな彼女が、この場にいるのだろうか。

 そんな事を思っている始の目の前で、彼女はゲームセンターの中をじっと見つめてから、店内へと静かに入っていく。

「どうしたの? 始さん」

「あ、いや、何でもないよ」

 黙って立ち止まっていた始を訝しげに思ったのか、天音がきょとんとした声音で始に尋ねる。始は天音にそう言いながらも、周りに彼女以外の自分のクラスメイトがいないか確認する。

 彼女は教室でも基本的に一人で行動しているので友人と来ている可能性は無いだろうが、この周辺に彼女以外の生徒がいないとも言い切れない。その生徒が天音と行動している自分を見かけたりしたら、あとで余計な噂を立てられる可能性はある。

 だが始の心配は杞憂に終わったようで、周囲に来禅高校の生徒の姿は無かった。その事に少し安心しながら、始は天音の手を引いて店内に入る。正直に言うとあまり入りたくは無かったが、ここで帰ると言いだすとかえって天音に怪しまれるかもしれないからだ。

「何しようかな~」

 自分の隣で天音が呑気な声を出しているのを聞きながら、始は折紙がどこに行ったのか周囲に視線を飛ばす。

 すると、ゲームセンターの一角で彼女がUFOキャッチャーの前にいるのを発見した。彼女は小銭を機械に投入すると、ボタンを押してアームを操作する。

 遠めなのでよく分からないが、どうやら中に入っているのはパンダのストラップのようだ。それを見て、始はますます困惑を深めた。あんな物を彼女が取ろうとする理由が、まったく思いつかなかったからだ。彼女は一体、何が目的でパンダのストラップを取ろうとしているのだろうか。

 ちょうどその時、二人組の男達が始と天音の横を通り過ぎた。男二人の会話が、自然と始の耳に入ってくる。

「おい知ってるか? 今パンチングマシンとか腕相撲マシンとか壊して回ってるカップルがいるらしいぞ」

「マジで?」

「何、彼氏ボクサーとか?」

「いや、壊してるのは彼女の方らしい」

「はぁ、何だそりゃ?」

「………」

 それを聞いて、始はぴくりと眉の端を動かした。

 ただの人間の女性が、ただの腕力でパンチングマシンと腕相撲マシンを壊すのはあり得ない。だとすると、その女性は恐らく自分のクラスに何故かいる精霊の少女に間違いないだろう。

(何故このタイミングで……)

 始は横にいる天音をちらりと横目で見ながら、心の中で舌打ちをした。するとその直後、始の腕をぐいぐいと引っ張りながら天音が言った。

「ねえねえ始さん! レースゲームしようよ一緒に!」

 その顔は始の心など全く知らない、無垢そのものの笑顔だった。彼女の浮かべている笑顔で、始は自分の中の苛立ちが即座に消え去っていくのを感じる。それを始自身不思議に思いながらも、柔らかい笑顔を浮かべて頷いてから車の運転席を模した筐体に向かった。

 

 

 

 

「……すまん」

「いや……こっちこそ、悪かった」

 フラクシナスのAIが導き出した選択肢でプリクラを撮る事になった士道と十香は、プリクラのエリアにいた。しかし何故かそのエリアにいる士道の頬は腫れており、十香は申し訳なさそうな顔をしながら士道に謝っていた。

 その原因は、ついさっき十香がプリクラの筐体で写真を撮った時に起こった。

 十香が筐体で写真を撮っている間、士道は十香が写真を撮り終えるのを待っていたのだが、機械の外部についている写真の取り出し口に出てきた十香のプリントシールを見た時、士道は思わず顔を真っ赤にして絶句した。

 何故ならば、その写真に写っていた十香の姿は全裸の状態だったのだ。

 それに慌てた士道が迂闊にも機械にかかっていたカーテンを開けると、そこには下着と膝まで上げた黒いニーソックス以外何も身に纏っていない十香がいた。そして次の瞬間、士道の顔面に十香の強烈な一撃が叩き込まれたというわけだ。

 何でも琴里の話によると、十香は基本的にラタトスクで保護した時に撮影したデータ用の写真ぐらいしか経験が無いらしく、しかもそのデータ用の写真は基本全裸での撮影であるとの事らしい。恐らく彼女がプリクラを撮るときに全裸の状態だったのは、写真を撮るときは裸にならなければならないと彼女が勘違いしたからだろう。

 士道はその時の一撃で腫れあがった頬をさすりながら、十香に言う。

「でも……まあ、覚えとけ。写真撮るときに服脱ぐ必要はねえから」

「……ん、覚えておく」

 十香がしょぼんとした様子で頷くと、士道の耳のインカムに琴里の呑気な声が聞こえてきた。

『あっはっは、まだ首が付いてるだなんて、運が良かったわね士道』

 すると彼女のその言葉に抗議するかのように、士道はインカムをコンコンと小突いた。

『ま、十香の機嫌がそこまで回復したって事よ。目標は達したわね。あとは不安感の数値さえ何とかなれば言う事なしなのだけれど』

「……不安感、ねえ」

 士道は十香に目を向けてから、思わず首を傾げた。

 十香がいつの間にか、右手にあるUFOキャッチャーに張り付いていたからだ。

「十香? どうした?」

「シドー、これはどうやって取るのだ?」

「ん、それはこのボタンを押してだな」

 士道は簡単に目の前の機械の操作を教えてやりながら、UFOキャッチャーの中に並んでいる景品をちらりと見てみる。

 中にはパンダローネストラップが、個別に包装されて散らばっていた。

「と、まあ、こんな感じだ」

「ふむ」

 十香はそう言うと、財布から百円玉を取り出して小銭の投入口に入れる。

 そして今し方士道が教えた様にボタンを操作して、アームを動かす。

 だが、アームはストラップにかすりもしなかった。

「むう、難しいな」

「ま、こういうのは慣れないと難しいしな。欲しいんなら取ってやろうか?」

 だが、十香は何故か首を横に振った。

「いや、それでは意味が無いのだ。私にやらせてくれ」

「そうか。……ああ、じゃああれを狙ってみたらどうだ? 一番取りやすそうだ」

「ぬ?」

 士道の指の先を十香が追うと、そこには白黒が逆転したパンダローネが絶妙な角度で立っていた。ビニール包装に上手くアームを引っ掛ける事ができれば、間違いなく取れるはずである。

「おお!」

 それを見て十香は目を輝かせると、再度百円玉を投入する。

 そしてボタンを操作して、アームがちょうどビニール包装の穴に引っかかった。

「おお、やったぞシドー! ああ、上手い上手い。良い位置だったっつっても、よく二回目で取れたな」

「うむ、ではこれを……」

 と、十香はそこで言葉を止めた。

 アームが取り出し口の上まで戻って来たにもかかわらず、景品が落ちてこないのだ。

「な、なんだこれは?」

「あー……取れなくなっちまってるな。ま、こういう場合は店員さんに言えば……」

「ふん!」

 士道の言葉の途中で、ばぎゃっ! という破壊音が鳴った。十香がパンチを繰り出して、UFOキャッチャーのプラスチック部分に穴をあけたのだ。

「……十香?」

「ん」

 十香は何事も無かったかのようにアームに引っかかっていたネガパンダローネを取ると、満足げに頷いた。

「うむ、帰るかシドー」

「あ、ああ。そうだな」

 そう言って二人は、ゲームセンターを出ていく。

 その一部始終を見ていた影が、一つあった。

「……馬鹿力が」

 それはアーケードゲームの筐体の陰に隠れている始だった。彼のすぐそばの筐体では天音がコントローラーを握って、きゃっきゃっと騒いでいる。

 彼らに見つからないかと内心冷や汗をかいていた始だったが、その心配は杞憂に終わった。彼らは隠れている始に気付く事なく、ゲームセンターを出て行った。二人の姿が無くなった事を確認した始は筐体の陰から出ようとするが、ついさっき見かけた人物がまたもや始の視界に入ってきた。

 その人物は、ついさっきまでUFOキャッチャーの前にいたはずの折紙である。

 折紙はUFOキャッチャーの前で足を止めると、目の前の筐体をじっと見つめている。何故か始の目には、今の彼女の身体から怒気のようなものが発せられているのが見えた。

 と、そんな時だった。

「はーい、ちょっとすいませんねー」

 そんな声と共にゲームセンター内に幾人もの作業員が入って来たかと思うと、見事な手際で壊れたUFOキャッチャーを運搬用の器具に固定し、店外に運び出した。さらにその直後、外から新品の機械が運び込まれてきた。

「はい、では失礼しまーす」

 作業員がコード類を全て繋ぎ終えて、景品を入れ直し、動作チェックを済ませる。

 わずか、十分強の間で行われた出来事だった。

 しかも作業員達はそれだけでは済まさずに、先ほどの謎のカップルに破壊されたという別の機械も、同じように新しい物に交換していく。

「………」

 始はその様子を見て、その作業員達の正体について考えていた。

 彼らの動きから見ている限り、彼らはこの店の人間ではないだろう。この店の人間と考えるには、あまりに手際が良すぎる。普通機械が破壊されたならば、まずはこの店の上司などに連絡をし、さらにはいくつもの手続きを得てからようやく機械が補充される。だが彼らの場合はそれらの過程をすっ飛ばしすぎている。いくら何でもあれは不自然すぎる。まるで、士道と十香の行動を手助けしているような……。

(……五河の背後にいる組織か?)

 顎に手をつきながら、始は心の中でそう思う。

 数日前、始は士道がアンデッドの力を利用して異なる姿に変身しているのを覚えていた。変身の際に士道が用いていたあのベルトは、きっと人間の組織が作り出したものだろう。だとするならば、今回の士道と十香のデートをサポートしているのは士道の背後にいる組織の可能性があると始は考えていた。

 しかし実際に士道のデートをサポートしているのは、士道が所属していたBOARDではなくラタトスク機関である。が、始がその事を知らなくても無理はない。始はどのような組織が存在するのか、そしてBOAROという組織が壊滅した事すらも知らないのだから。

(……まぁ、俺には関係のない事か)

 例え彼らがどんな組織であろうとも、自分や今敵キャラに負けて悔しそうな表情を浮かべている少女と彼女の母親にまで危害を加えなければ別に興味はない。仮に彼らが何らかの手段で彼女達に危害を加えようと言うのならば、その時は全力で排除するまでである。始は視線を鋭くしながら、そう思った。

 ちなみに、交換されたUFOキャッチーでようやく目当ての物を手に入れる事が出来たのか、折紙が無表情のまま軽くガッツポーズをしてスキップをしながらゲームセンターを出たが、そろそろ帰ろうと天音を促している始がそれに気づく事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 ようやくゲームセンターから出た士道は、天宮大通りにある自動販売機でジュースを買っていた。本来ならばとっくに家に帰っている時間なのだが、大通りに並んでいたクレープの屋台になどに十香が強い興味を抱いてしまい、今まで彼女の買い食いに付き合っていたのである。

 そして十香に付き合っている内に喉が少し乾いてしまったので、彼女を屋台の近くに待たせてジュースを買いに来たというわけである。

 自動販売機の取り出し口から缶ジュースを取り出した士道は十香の元に帰るために振り返るが、ちょうどその時自分の後ろに並んでいた少年と視線が合った。

 いや、視線が合うどころの話ではない。少年の顔を見た士道は、思わず少年の名前を口にしていた。

「あれ? お前、相川?」

 士道の後ろに並んでいたのは、クラスメイトである相川始だった。彼は士道に名前を呼ばれるなり、まるで苦虫でも噛み潰したような表情を浮かべている。どうやら、士道に気付かれた事が相当嫌だったようだ。

 露骨に嫌そうな表情を向けられた士道は、気まずさのあまり頬をぽりぽりと掻きながら言った。

「よ、よぉ相川。こんな所で会うなんて奇遇だな」

「俺はお前に会いたくなかったがな」

 始から放たれたのは、何の遠慮もない言葉だった。俺何かこいつに嫌われるような事したかな……と士道は思いながら、何とか場を和ませようとして始に尋ねる。

「もしかして、デートとかか?」

「……お前に話す義理は無い。分かったらさっさとそこをどけ」

 そう言うと、始は士道の体を片手で無理矢理どかすと自動販売機に小銭を入れるために財布を取り出した。これ以上ここにいても始の機嫌を悪くするだけだと悟った士道がジュースを持って立ち去ろうとしたその時だった。

「きゃあああああああっ!!」

 突然、どこからか少女の声が聞こえてきた。その声に士道は思わず顔を強張らせるが、財布を手に持っていた始はその悲鳴を聞いて目を大きく見開いていた。

「天音ちゃん……!?」

 そう呟くなり、始は声が聞こえてきた方向に向かって勢いよく駆けだして行く。それを見た士道も慌てて始の後を追いかけて行った。

 二人が悲鳴の聞こえてきた場所にたどり着くと、そこにいたある生物を見て士道は目を剥いて叫んだ。

「アンデッド!?」

 それは、百足によく似た姿を持つアンデッドだった。左腕から胸にかけてが赤く、逆に右半身は黒い。肩口には大百足、顔はマスクのような物で覆われており表情を窺う事が出来ない。腰にはアンデッド達の特徴であるバックルが装着されていた。

 アンデッド――――センチピードアンデッドの周りには、複数の人間が倒れていた。彼らの顔や体には、センチピードアンデッドのものと思われる緑色の液体がかかっている。

 そして、倒れている人達の中にいる少女を見て、士道と始は声を上げた。

「十香!!」

「天音ちゃん!!」

 その少女達は、今日士道と始と一緒に行動していた十香と天音だった。二人共緑色の液体を浴びて、ぐったりとした状態で横たわっている。十香の姿を見た士道の頭が怒りで一気に熱くなると同時に、士道の耳に装着されていたインカムから琴里の声が発せられる。

『士道! 分かってると思うけど、アンデッドよ!』

「見れば分かる!!」

 士道は怒鳴り返しながら、ブレイバックルとラウズカードを取り出してバックルにカードを装填する。そして腰にブレイバックルを装着すると、右手の人差し指と親指を立ててゆっくりと右腕を伸ばし、くるりと右手を回転させて叫ぶ。

「変身!!」

『Turn Up』

 勢いよくターンアップハンドルを引くと、ラウズリーダーが回転しそこから青色のオリハルコンエレメントが飛び出す。士道はオリハルコンエレメントを勢いよく通過してブレイドへと変身すると、ホルスターからブレイラウザーを引き抜いてセンチピードアンデッドに斬りかかる。その隙に、始は倒れている天音へと駆け寄った。

「テメェ、よくも十香を!! 」

 ブレイラウザーの斬撃を受けたセンチピードアンデッドの身体から火花が散り、その体が少しよろめく。さらにブレイドが追い打ちをかけようとするが、センチピードアンデッドは自らの武器である鎖鎌、ピードチェーンの鎖でブレイラウザーを握るブレイドの右腕を縛る。そのせいでブレイドの動きが止まってしまい、しかもセンチピードアンデッドが力強く鎖を引っ張る事で徐々にブレイドの身体がセンチピードアンデッドの方へと引き寄せられていく。このままでは間違いなく鎖と一体化している鎌の餌食になるだろう。

「くそ……なら……!」

 ブレイドは呻き声を上げながら、ブレイラウザーのオープントレイを展開してカードを一枚引き抜く。

 そしてついにブレイドとセンチピードアンデッドの距離が縮まり、センチピードアンデッドの鎌がブレイドを斬り裂こうとした瞬間、ブレイドは引き抜いたカードをブレイラウザーのスラッシュリーダーで読み込み、カードの力を発動する。

『METAL』

 音声と共にカードの絵柄がブレイドの胸部に吸収され、ブレイドの全身が銀色に輝く。直後、センチピードアンデッドの鎌がブレイドの体を斬り裂こうとするが、カードの力によって防御力が上がったブレイドの体はその攻撃をいとも容易く弾き返した。その結果、センチピードアンデッドの体がふらつき、ブレイドの右腕を戒めていた鎖の拘束も解ける。ブレイドは力強くブレイラウザーを握りしめると、まるですくい上げるようにセンチピードアンデッドの体を斬り裂いた。センチピードアンデッドの体が宙を舞い、地面を転がる。ブレイドはさらにオープントレイからカードを二枚取り出すと、スラッシュリーダーで読み込む。

『SLASH』

『THUNDER』

『LIGHTNING SLASH』

 ブレイラウザーから音声が発せられると、カードの絵柄がブレイラウザーに吸い込まれ、刃の切れ味が高まると同時に雷の力が宿る。ブレイドはゆっくりと剣を構えると、センチピードアンデッド目掛けて勢いよく走り出した。

「うおぉおおおおおっ!!」

 だが、それを見てた始ははっとした表情を浮かべると自らの腰にカリスラウザーを出現させ、ラウズカードを取り出すとブレイドへと勢いよく走り出す。

「変身!」

『Change』

 そしてラウズカードをラウザーユニットで読み込むと、ブレイドとは異なる音声が発せられ、始の姿は瞬時に黒いライダー――――カリスへと変異した。カリスは右手に専用武器であるカリスアローを出現させると、今まさにセンチピードアンデッドを斬り裂こうとするブレイドにカリスアローを振るった。

「ぐああああっ!?」

 不意打ちを受けたブレイドの胸部から火花が散り、ブレイドは大きく吹き飛ばされて地面を転がった。その上、ブレイバックルのラウズリーダーが自動的に回転して青色のオリハルコンエレメントが飛び出すと、それがブレイドの体を通過して変身が強制解除されてしまい、ブレイドは士道の姿に戻ってしまう。痛む体に鞭を打ちながら、士道は驚愕の眼差しをカリスに向ける。

「相川……お前が……あの黒いライダーだったのか……!?」

 自分のクラスメイトの正体を知って士道は愕然とした声を出したが、当のカリスは自分とは違う方向に視線を向けていた。士道も同じ方向に視線を向けると、センチピードアンデッドが素早い動きでその場から逃げて行ってしまった所だった。

「くそっ……!」

 カリスは毒づきながら、カードケースから一枚カードを抜き取るとラウザーユニットでカードを読み込む。

『Spirit』

 再び音声が発せられると、カリスの目の前に半透明の光の壁が出現し、カリスが壁を通過するとカリスは始の姿に戻った。士道は胸元を抑えながら立ち上がると、険しい表情を浮かべている始に詰め寄った。

「色々と聞きたい事はあるけど、それは後回しだ! お前、どういうつもりだよ!? どうしてアンデッドを護ったりしたんだ!!」

 すると始は士道の顔をギロリと睨み、

「奴を護ったつもりはない。大体あのまま奴を封印していたら、後悔していたのはお前の方だぞ」

「……!? それって、どういう……」

 士道がさらに質問をしようとした、その時だった。

「シ……ドー……」

 どこからか聞こえてきた自分を呼ぶ声に士道が振り向くと、そこにはうっすらと目を開けて自分を見ている十香の姿があった。

「十香!!」

 士道は倒れている十香に駆け寄ると、彼女の体を両手で持ち上げるようにして起こす。しかし彼女から伝わってくる熱に、士道は思わず目を見開いた。彼女の体温は、こうして触っているだけで異常と分かるほどの高熱を発していた。良く見てみると、彼女の顔が熱で紅潮しているのが分かる。こうしている今も、十香は死にそうなほど苦しいはずだ。

 なのに、彼女は士道の顔を見てにっこりと笑った。

「シドー……お前は、無事だったのだな……。良かった……。怪我とかは……していないか……?」

「お、俺よりお前の方がやばいだろ!! 待ってろ、すぐに救急車を呼んでるからな!!」

 必死に携帯電話を取り出そうとする士道を見て、十香は心配をかけまいとするかのようにうっすらと笑みを浮かべていたが、やがて高熱で意識を保つ事すらできなくなったのか両目を閉じてしまう。力の抜けた十香の体を信じられないと言うように見つめながら、士道は彼女の体を揺する。

「おい十香!! しっかりしろ!! おい、十香、十香ぁああああああああああああっ!!」

 夕日が照らす天宮大通りに、士道の血を吐くような叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。