ガラガラガラ!! と病院の廊下にストレッチャーのけたたましい音が鳴り響く。ストレッチャーの上には、口に酸素マスクを付けられた十香が苦しそうな表情で寝かせられている。
「十香! 十香!」
そのストレッチャーに併走する形で、士道が必死に呼びかける。だが、そんな士道の呼びかけもむなしく十香は目を覚まさない。
やがてストレッチャーはさらに速度を増して、真正面の開かれた大きな扉の中へと吸い込まれていった。そして呆然とした表情を浮かべながら足を止めた士道の前で、非情にも扉は閉じられてしまう。士道はふらふらと力のこもっていない足取りでそばにあったベンチに座り込むと、顔を下に向けてうなだれこんでしまった。しばらくそうしていると、真正面に人の気配を感じて士道は顔を上げた。するとそこには琴里と令音が、自分を見下ろしていた。令音はいつもと同じ無表情、琴理は険しい表情を浮かべていたが、どこか自分を心配しているような色がうかがえる。琴理は冷たいお茶が入った缶を士道に差し出しながら言った。
「これでも飲んで、少し落ち着きなさい。今焦っても、事態は何も変わらないわ」
そう言われて、士道はのろのろとした動きで目の前の缶を受け取り、プルタブを開けてからすぐさまお茶を喉に流し込む。そのおかげか、先ほどよりも頭が冷えたような気がした。缶の飲み口から口ぶりを離すと、二人に尋ねる。
「十香と他の人達の容態は、どうなんだ?」
その問いに答えたのは令音だった。
「……正直言って、良いとは言えない。アンデッドに襲われた全員、今も昏睡状態のままだ」
センチピードアンデッドが逃走した後、十香を含め、センチピードアンデッドに襲われた人々はすぐに救急車で病院まで運ばれた。とは言っても精霊である十香をただの医者に任せるわけにもいかないので、彼女を治療するのは病院内に紛れ込んでいるラタトスクの機関員である。ついさっきストレッチャーを運んでいたのも、機関員の人々だ。 十香以外の患者達はこの病院の医者達が担当しているようだが、彼らも患者の治療にてこずっているらしい。士道はギリ……と奥歯を噛み締めると、血を吐くような声で言う。
「十香達を治す事はできないんですか?」
「……ついさっき届いた、アンデッドの毒を解析していた栞の報告で、アンデッドの毒はセロトニンとヒスタミン系の猛毒だという事だけは分かった。だが、アンデッドの毒であるせいか既存の解毒薬がまったく効かないようだ。それは治療用の
「じゃあ、このままじゃ十香は……!」
士道が絶望的な声を上げると、琴里は顔をしかめて唇を噛み締め、令音もどこか険しい表情を浮かべている。二人の表情を見て、このままでは十香とたくさんの人々の命が危ない事を悟った士道は、頭を抱える。
(くそ……! 一体、どうしたら良いんだよ!)
と、そんな時。士道の脳裏にある人物の姿が思い浮かんだ。
「そう言えば……相川は?」
相川始。士道と十香のクラスメイトにして、前に正体不明の黒いライダーとして士道を襲った謎の少年。彼は確か士道がアンデッドを妨害した後、十香と同じように救急車に運ばれた付き添いの少女と一緒にこの病院に来たはずだが……その彼は一体どこにいるだろうか。
その士道の問いに、琴理と令音は顔を見合わせてから、琴理が口を開く。
「相川始なら別の病室にいたけど、ついさっきどこかに行っちゃったわよ。たぶん下の駐輪場に行ったんだと思うけど……」
それを聞くなり士道は立ち上がると、全速力で病院の廊下を走り出した。
「ちょ、ちょっと士道!?」
驚いた琴理の声が士道の背中に放たれるが、士道はそれを無視して駐輪場へと走る。途中ですれ違った看護師から注意の声が士道に飛ぶが、それすらも無視した。
士道の戦闘を妨害し、そのおかげでセンチピードアンデッドが逃げ去った後、始はこんな事を言っていた。
『奴を護ったつもりはない。大体あのまま奴を封印していたら、後悔していたのはお前の方だぞ』
どうして始がアンデッドの事を知っていたのかは分からない。だが、彼のあの口ぶりからして始は何らかの意図をもって士道のアンデッド封印を妨害した可能性は非常に高い。でなければ、わざわざ自分の正体をさらしてまであんな事をする意味がない。
(あいつなら、十香や他の人達を助ける方法を知っているかもしれない……!)
そう思いながら士道が病院の外に出て駐輪場の方を見ると、ちょうど自分のバイクに座った相川始がいた。士道は焦った表情で始のバイクのそばまで駆け寄ると、ヘルメットをかぶろうとしていた始が士道に視線を向けた。
「何の用だ」
「お前、あの時どうしてアンデッドを封印するのを邪魔したんだ!? もしかしてお前、あのアンデッドの事や、十香達を助ける方法を知ってるのか!? だったら、教えてくれ!」
すると始はヘルメットをかぶりながら、
「奴の毒を完全に消す解毒薬を作るためには、奴の持っている抗体が必要になる」
「抗体?」
「ああ。それが無ければ、解毒薬を作る事は出来ない。このままなら、あの精霊は死ぬ」
十香が、死ぬ。
その言葉を聞いた直後、士道は自分の頭がハンマーか何かで殴られたような錯覚を覚えた。そんな士道を無視して始がバイクのエンジンを入れると、士道がかすれた声で言う。
「どこに行くんだ……?」
「奴から抗体を奪い取る」
なっ、と士道は驚いた声を出してから、センチピードアンデッドに襲われた現場で始が一人の女の子の声を呼んでいた事に気づく。確かその少女も、センチピードアンデッドの毒で倒れていたはずだ。だとしたら、彼はきっとその少女を助けるために抗体を取りに行くのだろう。
士道はバイクの前に飛び出すと、迷惑気な顔をしている始に言った。
「頼む! 俺も一緒に連れて行ってくれ!」
「……何?」
始が士道の顔を訝しげに見ると、士道は俯きながら唇を噛んだ。
「十香が苦しんでるのに、俺だけ何もしないなんて耐えられないんだよ……! だから頼む! 俺も一緒に連れて行ってくれ!! 俺にできる事は何でもするから!!」
叫びながら、士道は必死に想いで頭を下げた。始はしばらく士道の頭を見つめていたが、やがてはぁとため息をつくと士道に告げた。
「何でもする、とは本当だろうな」
「っ! ああ!」
顔を上げた士道が頷くと、始は予備のヘルメットを取り出すと士道に無造作に放り投げた。それを了承の印だと受け取った士道は、急いでヘルメットをかぶると後ろの座席に乗り込む。
「って、二人乗りして大丈夫か?」
「免許を取ってから一年経った。余計な心配はいらん」
そんな会話をかわしてから、二人を乗せたバイクは発進した。
二人を乗せたバイクが走り始めてから数十分後、バイクの後ろの席に座っていた士道はある事に気づいて始に言った。
「なぁ、相川! だけどどうやってアンデッドを捜すんだ!? 闇雲に捜してたんじゃ、十香達が!!」
慌ててバイクに乗ってしまったが、広瀬からの反応がない以上アンデッドの居場所は分からない。士道の言う通りこのまま闇雲に捜していたら、その前に十香やたくさんの人達の命の方が先に尽きる。
しかし始はうるさそうに顔をしかめると、振り返る事なく声だけを士道に送る。
「余計な心配はいらん、と言ったはずだ。奴の居場所はすでに分かっている。……着いたぞ」
え? と士道が間抜けな声を出すと同時に、始のバイクが止まった。
そこは、天宮市からかなり離れた位置にある海岸だった。二人の目の前には砂浜が広がり、時期が時期なせいか人影はまったくない。しかしその代わりというべきか、砂浜に一体の異形が立っていた。
「あいつは、あの時の……!」
バイクから降りてヘルメットを外しながら、士道は呻く。そこに立っていたのは間違いなく十香とたくさんの人達を襲ったアンデッド……センチピードアンデッドだった。士道が砂浜まで走ると、その後を追うようにヘルメットを外した始も走り出す。
すると二人の存在に気づいたのか、センチピードアンデッドが唸り声のようなものを上げながら二人に視線を向けた。士道は立ち止まるとブレイバックルを取り出してラウズカードを装填し、腰に装着する。その横に始も並び立つと、彼の腰にカリスラウザーが何の前触れもなく出現する。そして士道は右手の人差し指と親指を伸ばしながら右腕を伸ばし、始はポケットからラウズカードを取り出してゆっくりとカードを持つ右手を上げてから、同時に叫ぶ。
「「変身!」」
『Turn Up』
『Change』
士道がターンアップハンドルを引き、始がカードをラウザーユニットで読み取ると、ブレイバックルからオリハルコンエレメントが飛び出し、士道がゆっくりと歩いてオリハルコンエレメントを通過するとその体に瞬時にブレイドアーマーが装着され、士道はブレイドに変身する。一方の始もその体が一瞬水の波紋のようなものに包まれると、次の瞬間勢いよく波紋が弾け飛び、始はカリスへと変身を遂げる。
ブレイドが左太腿のラウザーホルスターからブレイラウザーをゆっくりと引き抜くと、自分達に迫ってくるセンチピードアンデッドを睨みながらカリスに尋ねる。
「で、俺は何をすれば良いんだ?」
「奴と戦って、時間を稼げ」
「……? どうしてだ?」
するとカリスは、その手にカリスアローを出現させながら冷静に告げた。
「奴の抗体は奴の体の一部にある。だがただ封印するのならまだしも、戦いながら抗体を見つけ出すのはさすがに難しい。お前は奴と戦って、俺が抗体を見つけ出すまでの時間を作れ」
「なるほど。分かった」
「だが、絶対に封印だけはするな。そんな事をすれば、奴から抗体を見つける事ができなくなる。あの精霊の命を助けたかったら、抗体を見つけるまで封印はするな」
「……了解」
ブレイラウザーを握る手に力を込めながらブレイドは返事をする。そして目の前のセンチピードアンデッドを鋭い視線で見据えると、足を地面に叩きつけてセンチピードアンデッドへと突進した。
「おおおおおおおおおおっ!!」
するとそれを迎え撃つかのように、センチピードアンデッドもブレイドに向かって走り出す。ブレイドは手にしたブレイラウザーを力強くセンチピードアンデッドに振るうが、センチピードアンデッドは自分の右肩の先端部分を掴むと、その先端部分が分離してまるで刃のようになる。その刃を持ってブレイラウザーの斬撃を受け止めると、反撃と言わんばかりに強力な左ストレートをブレイドの胸部に向かって放つ。
「がはっ!」
ブレイドの肺から酸素が無理やり吐き出され、後ろにのけ反りながらもブレイドはセンチピードアンデッドとの距離を離そうとする。しかしセンチピードアンデッドは手に持った刃をブレイドに向かって投げると、刃はブレイドの胸部に見事命中してからブーメランのような軌道を描いてセンチピードアンデッドの手元に戻ってきた。
「くそ……近距離も遠距離もダメなのかよ……!」
ブレイドは呻きながらも、ブレイラウザーを構えなおす。左手をブレイラウザーの峰に当てながら、背後にいるカリスに叫び声をあげる。
「まだ抗体は見つからないのか!?」
「そんな簡単に見つかるわけがないだろう。もう少し時間を稼げ」
冷静なカリスの言葉だが、よく聞いてみると若干の焦りが混じっているのが分かる。やはり彼も、早く抗体を手に入れなければならないと考えているのだろう。ブレイドは時間稼ぎになるカードがないか思考を巡らせるが、今の自分の手元にそんなカードはない。ブレイドは奥歯を噛み締めると、再びブレイラウザーを握りしめてセンチピードアンデッドに突進する。
案の定センチピードアンデッドから刃が飛んで来るが、ブレイドは飛んできた刃をぎりぎりかわすとセンチピードアンデッドに拳を放つ。拳は見事に顔面に直撃し、センチピードアンデッドがよろめく。追撃としてブレイドがブレイラウザーを振るうが、センチピードアンデッドはその攻撃をかわすと自分のもう一つの武器であるピードチェーンを取り出し、鎌の付いた鎖部分をひゅんひゅんと素早く回すとブレイドを攻撃する。
「ぐあああっ!!」
ブレイドの鎧から火花が散り、その体が砂浜に投げ出される。その隙を見逃さずセンチピードアンデッドはブレイドに馬乗りになり、強力な腕力でブレイドの首を勢いよくしめる。
「ぐっ……!」
息を詰まらせそうになりながらも、ブレイドはブレイラウザーのオープントレイを展開してカードを一枚引き抜くと、スラッシュリーダーで読み込んで刃をセンチピードアンデッドに当てる。
『THUNDER』
音声と電子音性が鳴った直後、刀身に青白い雷撃が宿り、センチピードアンデッドを感電させる。
『ギャアアアアアッ!!』
感電でセンチピードアンデッドが悲鳴を上げながら吹き飛び、砂浜にその体を叩きつける。ブレイドが絞められた首をさすりながら立ち上がると、センチピードアンデッドもすぐさま立ち上がった。これでひとまずは仕切り直しである。
しかし、そう時間をかけてもいられない。こうしている今も、十香や他の人々の命は刻々と死に近づいているのだから。ブレイドは剣に左手を当てながら、低く意識を集中させると、再びセンチピードアンデットとの戦闘を開始した。
一方、カリスアローを構えたカリスはじっとブレイドとセンチピードアンデッドの戦闘を観察していた。こうしている今も抗体がどこにあるのか捜している最中だが、未だ見つかっていない。
(どこだ……どこにある……!)
自分の中の焦りと戦いながらカリスは自らの真紅の瞳、インセクト・ファインダーに意識を集中させてセンチピードアンデッドの体の構造を見通す。そしてそのまま身じろぎ一つせずセンチピードアンデッドの体を見ていたカリスは、ついに自分達の目的の物を発見した。
「どけ、五河!」
直後、カリスアローからエネルギーで構成された矢が放たれ、カリスの声を聞いたブレイドは慌てて横に転がってその攻撃をかわす。結果、矢は見事にセンチピードアンデッドの右肩に直撃し、その右肩から破片のようなものが吹き飛ばされてブレイドの目の前に落ちた。
「これが、抗体……」
破片を拾い上げてブレイドが小さく呟くと、ブレイドのすぐそばまで近寄ってきていたカリスがそんなブレイドに声をかける。
「お前は早くそれを病院に持っていけ。奴は俺が封印する」
「分かった! ……ありがとうな、相川!」
ブレイドは礼を言うと、大事そうに破片を持ってその場から走り去って行った。カリスはふんと鼻を鳴らすと、カリスアローを構えて目の前のセンチピードアンデッドを睨み付ける。センチピードアンデッドは右肩を抑えながらカリスを睨み付けると、素早い動きで一気にカリスに肉薄する。しかしカリスはその動きはすでに見切ったと言わんばかりにセンチピードアンデッドを切り裂くと、その腹に強力な蹴りを放つ。
センチピードアンデッドは腹を抑えながら最後の悪あがきのように右肩の先端部分の刃を切り離すと、カリスに向かって投げる。だがそれすらもカリスは意に介していないかのようにカリスアローで弾くと、エネルギーの矢を連続で発射する。矢が直撃したセンチピードアンデッドの体から火花が散って動きが止まると、ラウザーユニットを取り出してカリスアローに装着する。そしてベルトの右側にあるケースを開けてカードを一枚取り出すと、そのカードをラウザーユニットで読み込んだ。
『TORNADO』
カードの名前が発せられ、絵柄がカリスアローに吸収されると、カリスは風の力が付与された強力な光の矢をセンチピードアンデッドに向けて放った。矢は見事にセンチピードアンデッドの胸部に吸い込まれ、センチピードアンデッドは吹き飛んで地面に背中から着地するとその体から爆発と炎を起こした。
炎が収まると、センチピードアンデッドのバックルがカシャン、という小気味良い音を立てて二つに割れる。カリスは一枚のラウズカードをケースから取り出すとセンチピードアンデッドに投げて、カードに封印する。カリスの手元に戻ってきたラウズカードにはハートの紋章に数字の十、ムカデのような絵に『SHUFFLE』の単語が刻まれていた。
そのカードをケースにしまい込むと、別のカードを取り出してラウザーユニットで読み込む。
『Spirit』
すると音声と共に目の前に半透明の光の壁が出現し、カリスが壁を通過するとカリスは始の姿に戻った。
始は険しい表情を浮かべながら自分のバイクの元に戻ると、天音と十香が入院している病院へと戻った。
アンデッドから抗体を奪い取った士道はすぐさまフラクシナスに連絡を取った自分を回収してもらうと、病院まで駆け込んで医者に抗体を手渡した。医者は突然士道が抗体を持ってきた事に目を丸くしていたものの、患者を助ける事が最優先だと考えていたためか詳しい事情は聞かずにすぐに治療に取り掛かった。
抗体は見事に十香達患者の体に効果を発揮したらしく、昏睡状態だった患者達の意識はすぐに戻った。しかも、早ければ明日にでもすぐに退院できるとの事らしい。それを聞いて、士道は自分の全身から力が抜け落ちていく気分だった。
そして、命を救われた十香はというと、
「うむむ……。この病院食というのはあまり美味くないな、早くシドーの料理が食べたいぞ……」
「ははは、まぁ、病院食なんてそんなもんだろ」
特別にあてがわれた個室で顔を少ししかめながら病院食を食べる十香を苦笑して見つめながら、士道はそう言った。士道は現在、意識が回復した十香の病室にお見舞いにやってきていた。ろくにお見舞いの品もないが、十香にとっては士道が来てくれただけで大満足らしい。
それから士道は頭をガリガリと掻くと、申し訳なさそうに十香に言った。
「……それと、ごめんな。十香」
「む?」
「俺がデートに誘ったせいで、お前をこんな目に遭わせちまって……。本当に、ごめんな」
そして士道は十香に頭を下げた。すると十香は何故か憤慨したような表情を浮かべると、
「まったく、お前は何を言っているのだシドー! 私はお前をこれっぽっちも恨んでなどいない!」
「え?」
その言葉に士道が顔を上げると、十香は両頬をぷくっと膨らませながら、
「私がこんな目に遭ったのは、アンデッドのせいだろう。それなのにシドーを責めるというのはおかしいではないか。それに、シドーが謝る事などない。私はシドーとデェトができて、楽しかった。だからむしろ、私からお礼を言いたいぐらいだ。ありがとう、シドー」
笑顔で礼を言われて、士道は思わず照れくさくなって十香から目を逸らした。さすがにこんな反応が返ってくるなど、士道にも予想外だったのだ。それから十香はあっと声を上げると、士道に言った。
「む、そうだ。お前に渡すものがあったのだ」
「え、俺に?」
「うむ」
そう言うと十香は近くにあった小さい机の上に置かれているストラップを手に取ると、士道に差し出す。それに見覚えがあった士道は、思わず声を出した。
「あれ? これって……」
それは、今日十香がゲームセンターで手に入れたネガパンダローネのストラップだったのだ。どうして俺に、と士道の頭に疑問符が浮かび上がると、それに答えるかのように十香が少し俯きながら言った。
「これは、お前にやる。だから……いや、だからというのも何だが、なんというか……」
いつもはっきりと言う十香にしては、妙に歯切れが悪い。それに士道は首を傾げると十香に尋ねた。
「何だ?」
すると十香は意を決するように唇をきゅっと噛んでから、言葉を続けてきた。
「私の事を……嫌いにならないでくれ」
「は……はぁ? な、何だそりゃ」
士道が盛大に眉を顰めると、十香は少し黙ってから理由を言った。
「……シドー。今朝、私と鳶一折紙が口論をしていたのを覚えているか?」
「ああ……覚えてるよ」
十香が、いじける子供のように唇を突き出しながら続ける。
「……その時にな、あいつが言ったのだ」
「なんて?」
士道が問うと、十香が上目遣いになって士道の様子を窺うようにしながら、たどたどしく告げた。
「……精霊が、人間と共存なんてできるはずがない。そもそも、人間が世界を殺す精霊を許容できるはずがない。だから……」
意を決するように唇を噛んでから、続ける。
「シドーも、精霊の事なんて、大嫌いだと」
「………あー、なるほど」
士道は困ったように頬をポリポリと掻いた。
別に馬鹿にしているわけではない。本人は深刻に悩んでいたのだろうし、こう言っては何なのだが……正直、脱力してしまった。
十香の不安感の原因とは、そんな事だったのか、と
もしかしたら、ゲームセンターで苦手な写真を撮ると言ったのも、士道に嫌われまいとしての事だったのかもしれなかった。
「……なあ、シドー。やはり、そうなのか? シドーも、私の事が……」
「そんな事、ねえよ」
「………本当、か?」
不安そうに、十香が視線を向けて来る。
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「本当の本当の本当か?」
「………」
士道は少し思案すると、言葉を続ける。
「少なくとも俺は、嫌い奴と、その……なんだ。デートしたいとは思わねえよ」
「あ………」
士道が言うと、十香は目を丸くした。
「ん………、そう、だな………」
十香はほんのり頬を染めると、口元を小さく綻ばせた。
そんな十香に、士道はネガパンダローネを返してやった。
「だから、これはお前が持ってな。折角自分で取ったんだ。今日のゲートの記念に、な。まぁ、アンデッドに襲われたし、記念って言って良いのか分かんねえけど……」
「いや……例えアンデッドに襲われたとしても、シドーとデェトできたこの日は紛れもなく記念日だ。これは大切にする」
そう言うと十香は嬉しそうに口をもごもごさせながら、ネガパンダローネを受け取ったのだった。
それから十香に別れを言って病室から去ると、病室の一室から今日のアンデッドとの戦闘の最大の功労者とも言える少年、相川始が出てくるのが目に入った。士道がその病室を覗き込むと、中にはベッドの上で横たわっている少女と、彼女の頭を優しく撫でている彼女の母親らしき女性が椅子に座っているのが目に入った。少女はどこか不満そうに頬を膨らませながら、
「始さん、もう帰っちゃうなんて……もっといてくれればいいのに……」
「始君も明日学校があるし、仕方ないでしょ? それにあなたの体の事だってあるし……。退院できたらまたいつだって会えるんだから、我慢しなさい」
「はーい……」
少女は渋々とした様子ながらも、母親の言葉に頷いた。士道は病室から離れると、病室を去って行った始の後とを追う。
外はすでに夜の帳が降りていて、すっかり暗くなっていた。士道は駐輪場へ向かっている始を見つけると、その背中に声をかけた。
「おい、相川!」
「……何だ」
始は振り返らないまま、不機嫌そうな声だけを士道に放つ。士道は少し何を言うべきか迷いながらも、はっきりと自分の想いを口にする。
「ありがとうな。十香を助ける事に協力してくれて。お前がいなかったら、もしかしたら十香は死んでたかもしれない。本当に、ありがとう」
「………言いたい事はそれだけか」
「ああ、いや。それだけじゃないんだ。ええっと……あのさ、これからも一緒に、俺と一緒に戦ってくれないか?」
すると、ピクリと始の肩が動いた。士道はさらに説得のための言葉を続ける。
「俺はまだ全然弱いし……十香を護るためには、もっともっと強くならなくちゃならないんだ。それに俺一人で全てのアンデッドを封印するのはかなりの時間がかかる……。だから、一緒に戦ってくれる奴がいてくれると心強いって言うか……。だからさ、相川。俺と一緒に……」
「断る」
しかし全てを言い切る前に、始はばっさりと切り捨てた。その言葉に愕然としながら士道が口を開こうとすると、始が告げた。
「俺が今日お前と一緒に戦ったのは、ただ単に利害が一致したからだ。そうでなければあんな事は決してしない。前にも言っただろう? 全てが俺の敵だと。それはお前が妙に入れ込んでいる精霊も例外じゃない」
それから始は士道に向き直ると、士道の目の前まで近づいてから低い声で言い放った。
「そして、忘れるな。もしも貴様が俺の正体を周囲にばらすような事をしたり、今のようなふざけた事を抜かしたら……俺は貴様を殺す」
「……っ!」
「……分かったら、二度と俺には関わらないようにする事だな」
そして始は士道に背を向けると、駐輪場へと去って行った。士道が呆然とその場で突っ立ていると、士道に声がかけられた。
「あまりあいつに心を許さない方が良いわよ」
そこに顔を向けると、自分に近づいてきていたのは琴里と自分の上司である広瀬だった。琴里は飴を舐めながら、始が去って行った方向を睨むかのように見てから士道に言う。
「あいつには十香を助けてもらった恩はあるけど、まだ分からない事の方が多いわ。例えば、どうしてアンデッドの抗体の事を知っていたのか、とかね」
確かにそうだ。何故ただの人間にしか見えない始が、アンデッドの事をあそこまで知っていたのか、士道にもまだよく分かっていない。すると琴里に続くかのように、広瀬も口を開く。
「それに何よりも、彼のあの変身も気になるわ。あの変身は明らかにBOARDのものとは異なる。彼が一体どこの誰で、どうしてアンデッドの事を知っているのか分からない以上、心を許さない方が良いと思う」
広瀬と琴理の言葉を聞いて、士道は再び始が去って行った方を見る。だが、二人からどんな言葉を聞かせられても、何故かは分からないが士道には始が悪い人間にはどうしても思えなかった。
翌日、登校した士道が廊下を歩いていると、丁字路の所で急に襟元を引っ張られ、がくんと姿勢を崩した。
「うごっ!? な、何だ!?」
慌てながら自分の襟元を引っ張った人物に目を向けてみると、それは鳶一折紙だった。
「お、折紙?」
「これ」
折紙は士道の襟から手を離すと、鞄から何かを取り出して士道に手渡した。
「え? これって……」
それは夢パンダのパンダローネのストラップだった。ちなみに色は赤色である。
「あげる」
「え……いや、悪いよ」
「あげる」
「………ええと」
「あげる」
「……………ありがとうございます」
半ば気圧される形で、士道はパンダローネを受け取った。
すると折紙は鞄からパンダローネ(ノーマルカラー)のついた携帯電話を取り出すと、どこか嬉しそうに士道に見せた。
「お揃い」
「え……あ、ああ、そうだな……」
「………」
士道が頷くと、折紙は携帯電話をしまって教室の方に歩いて行った。
「な、何だったんだ……?」
士道が呆然としていると、今度は何者かがパタパタと走ってくる音が聞こえてきた。士道その方向に視線を向けてみると、そこには制服を身に纏った十香が元気そうに走ってきていた。
「シドー! おはようなのだ!」
「十香! もう大丈夫なのか?」
「うむ。一晩寝たらすっかり良くなった。琴里達はもう少し休んだら良いと言っていたのだが、シドーと一緒にいたいからどうにか退院させてもらったのだ」
さすがは精霊。回復力も普通の人間よりも高いらしい。
と、そこで何故か十香が「ん?」と怪訝な声を上げながら士道の手元に視線を送った。
そこには無論、先ほど折紙にもらったパンダローネがある。
「おお!」
十香はポケットを探ると、パンダローネ(ネガカラー)を取り出した。
「お揃いだな、シドー!」
「あ、ああ……」
士道は頬を掻きながら答える。
士道と十香と折紙。
なんともまあ、奇妙なお揃いができてしまったと、士道は思うのだった。