デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

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第十三話 一万年前の激闘

  

 

 

 

 

 士道と相川始がアンデッドを封印してから二日後。

 学校での授業を終えた士道は一人、家への帰路を歩いていた。今日も十香と折紙の壮絶な戦闘が教室で繰り広げられたが、最近は士道自身もう慣れてしまったのかあまり疲労を覚えない。こんな事には、できればあまり慣れたくないなぁ……と士道がため息をつこうとしたその時だった。

「ん……?」

 不意に顔を上にやる。

 突然、ぽつんと首筋に冷たい何かが垂れてきたような気がしたからだ。

「うわ、まさか……」

 呻くように言ってから、顔をしかめる。

 いつの間にか、空がどんよりと曇っていたのだ。先ほどまでは、快晴とはいかなくてもそれなりに晴れていたはずなのに。

「雨かよ。おいおい、天気予報じゃ晴れって言ってたじゃねぇか」

 そうは言うものの、天気予報とはあくまでも『予報』であり『予言』ではない。的中率が低いからと言って、気象予報士に恨み言を呟くのは筋違いだろう。

 と、士道が呟くのを見計らったかのようなタイミングで、ぽつ、ぽつと大粒の雫がアスファルトの道に染みを作り上げていく。

「っとと……」

 慌てて鞄を頭の上にやり、小走りで家へと急ぐ。

 しかし雨はそんな士道を嘲笑うように、みるみるうちに激しさを増していった。

「マジかよ……」

 制服に染みていく冷たい感触に、士道はうんざりと眉をひそめた。

 とは言っても、両親が出張中で家事を取り仕切っている士道としては、服が張り付いて気持ち悪いなぁとか風邪を引いたら嫌だなぁとかいう思考より先に、部屋干しで明日までにブレザーが乾くかなぁとかいう、少々所帯じみた心配が先に来たのだが。

 できるだけ服が濡れないように無駄な努力をしながらも、自宅への道を走る。

 だが、丁字路を右に曲がったところで。

「あ……」

 降りしきる雨の中で、士道はふと足を止めた。

 足が疲労に耐えかねたわけでも、もう濡れてもいいやと開き直ったわけでもない。

 ただ、前方に。

 空から落ちて来る水玉よりも、遥かに気になるものが現れたのだ。

「女の子……?」

 士道は唇はそんな言葉を紡いだ。

 そう。それは少女だった。

 可愛らしい意匠の施された外套に身を包んだ、小柄な影。

 顔は窺い知れない。というのも、ウサギの耳のような飾りに付いた大きなフードが彼女の頭をすっぽりと覆い隠していたからだ。

 そしてもっとも特徴的なのは、その左手だ。

 コミカルなウサギの形をした人形が、そこに装着されていたのだ。

 そんな少女が、人気の無くなった道路で、楽し気にぴょんぴょんと跳ねまわっている。

「なんだ……?」

 士道は眉をひそめてその少女を凝視した。

 頭の中を疑問符が通り抜ける。

 何故あの少女が傘も差さずに、雨の中飛び跳ねているのか、という当たり前のような疑問ではない。

 何故、自分はあの少女に、目を奪われたのだろうか。

 そんな、疑問。

 確かに目を引く格好ではある。

 だが、違う。そんな事は問題ですらない。

 上手く言語化するのが難しいが、士道の脳内は違和感で溢れていた。

 不思議な感覚。前にも、しかもつい最近どこかで感じた事がある気がしてならない。

「………」

 もう雨の冷たさも、濡れた服の不快感も気にならなくなっていた。

 ただ、冷たい雨のカーテンの中、軽やかに踊る少女に目を釘付けにされていた。

 しかし、次の瞬間。

 ずるべったぁぁぁぁぁぁぁん!! という音と共に、少女が派手にこけた。

「………は?」

 その光景に、士道は呆然と目を見開く。

 少女は顔面と腹を盛大に地面にぶち当て、辺りに水しぶきが派手に飛び散る。ついでに彼女の左手からパペットがすっぽ抜け、前方に飛んで行った。

 そしてうつぶせになったまま、動かなくなる。

「お、おい!」

 士道は慌てて駆け寄ると、その小さな体を抱きかかえるように仰向けにする。

「だ、大丈夫か、おい」

 そこで初めて、士道は少女の顔を見取るができた。

 年は琴里と同じぐらいだろうか。ふわふわの髪は海のような青であり、柔らかそうな唇は桜色。まるでフランス人形のような、少々大げさな表現をすれば人間離れした容姿を持つ、綺麗な少女だった。

「………!」

 と、そこで少女が目を見開いた。長いまつ毛に飾られた、まるでサファイアのような瞳が露になる。

「ああ………良かった。怪我はないか?」

 しかし少女は、顔を真っ青に染めて目の焦点をぐらぐらと揺らし、士道の手から逃れるようにぴょんと飛び上がる。

 そして少し距離を取ってから、全身小刻みにカタカタと震わせ、士道を怖がるような視線を送ってくる。

「……ええと」

 まぁ、確かに助け起こすためとはいえ急に体に触れてしまったのは軽率だったかもしれない。だが、それでもそのような反応を取られるの少しショックである。

「そ、そのだな。俺は……」

「………! こ、ない、で……ください……っ」

「え?」

 士道が足を前に踏み出すと、少女が怯えた様子で言った。

「いたく、しないで……ください……」

 続けて、少女はそんな言葉を吐いてくる。

 士道が自分に危害を加えるように見えるのだろうか、その様はまるで震える小動物のようである。

「ええと……」

 対応に困った士道は、そこで地面に落ちていたパペットに気が付いた。

 先ほど少女の手から抜けてしまったものだろう。ゆっくりと腰を折ってそれを拾い上げると、少女に分かるように示してやる。

「これ……君のか?」

「……!」

 すると少女は目を大きく見開き、士道の方に駆け寄って来ようとしたところで、足を止めた。

 パペットは取り返したいけれど、士道に近づくのは怖い、みたいな顔をしながら、じりじりと間合いを計っている。士道はそんな少女の様子に苦笑すると、パペットを持った手を少女に突き出す格好で、ゆっくりと距離を詰めていく。

「………!」

 少女がビクリと肩を揺らすが、士道の意図に気が付いたのだろう。あちらもゆっくりとすり足で近づいてきた。

 そして、士道の手からパペットを素早く奪い取るとそれを左手に装着する。

 すると突然少女が、パペットの口をパクパクと動かし始めた。

『やっほー、悪いねおにーさん。たーすかったよー』

 腹話術だろうか、ウサギの人形が妙に甲高い声を発してくる。

 首を傾げ、訝しげに少女の顔を見やるが……まるで士道と少女の間を遮るように、人形が言葉を続けて来る。

『――――ぅんでさー、起こした時に、よしのんのいろんなトコ触ってくれちゃったみたいだけど、どーだったん? 正直、どーだったん?』

「は、はぁ……?」

 パペットは笑いを表現するようにカラカラと体を揺らした。

『またまたぁー、とぼけちゃってこのラッキースケベぇ。……まぁ、一応は助け起こしてくれたわけだし、特別にサービスしといてア・ゲ・ルんっ』

「……あ、ああ、そう」

 苦笑しながら、パペットが言ってくるのにそう返す。

『ぅんじゃね。ありがとさん』

 と、パペットがそう言うと同時、少女が踵を返して走って行ってしまった。

「あ、おい」

 士道が声をかけるも、少女は反応を示さない。

 そのまま曲がり角を曲がり、すぐに姿が見えなくなってしまう。

「何だったんだ……ありゃあ」

 士道は奇妙な少女の後ろ姿を呆然と見送っていたが、ふと後ろに妙な気配を感じて振り返る。

「相川……?」

 するとそこには、士道のクラスメイトにして、謎のライダー・カリスに変身する少年、相川始が士道をじっと見ていた。やはりと言うべきか、彼も折り畳み傘は持ってきていなかったらしく、雨粒を受けてずぶ濡れの状態である。士道は始に近づき、彼に尋ねた。

「相川? 俺に何か用か?」

「……あの女は、お前の知り合いか?」

 しかし始は士道の質問を無視して、質問に質問で返した。それに士道は少しムッとしたが、彼のそのような態度は今に始まった事ではない。少女が去って行った曲がり角を見ながら、

「いや、今知り合ったばかりだ。それがどうしたんだよ」

「………」

 が、やはり始は質問に答えず、士道に背中を向けるとさっさと歩き去って行ってしまった。

「何だよ、あいつ……」

 士道は呟きながら、自分の今の状態に改めて気づく。

 体は余すところなくびしょ濡れであり、ついでに地面に膝をついたものだから、ズボンが盛大に汚れてしまっている。

 士道は陰鬱なため息をつくと、再び家へと歩き始めた。

「あー………びしょ濡れだよ」

 ぼやきながら歩いて、数分。

 ようやく自宅に辿り着いた士道は玄関に鍵を差し込むが、鍵は開いていた。恐らく琴里が先に帰ってきているのだろう。

 士道は家に入ると、まず先に風呂場へと向かった。

 濡れ鼠状態のままいるというのも体に悪いし、まずは体を拭いて服を着替えた方が良いと思ったからだ。

 士道は片手に鞄と靴下を持ちながら、脱衣所の扉を慣れた調子で開けた。

 と。

「――――っ!?」

 瞬間、士道は身を凍らせた。

 脱衣所に、ここにいるはずのない少女の姿があったからである。

 背を覆い隠す夜色の髪に、水晶の如き瞳。

 形容の頭に『絶世の』を十付けても、その美しさの一割も表しきれないほどの、圧倒的な存在感を放つ美少女。

 夜刀神十香が、そこにいた。 

 その身に、一矢すら纏わぬ姿で。

「と、十香……?」

 呆然と呟く。

 芸術的とさえ言える美しい肢体が、一瞬のうちに士道の網膜を、視神経を、脳細胞を、振動、発熱、最後に爆裂させる。

「………っ!?」

 そこでようやく、十香が肩をビクッと震わせ、顔をこちらに向けてきた。

「なっ……っ、し、シドー!?」

「あ、や、ち、違うんだ! これは……」

  何が違うのかは士道自身まったく分からないが、士道の口は無意識にそんな言葉を発していた。

「い、良いから出ていけ……!」

「うぐっ……!」

 見事すぎる右ストレートが彼女から放たれるが、士道が拳が鳩尾から少し離れた所に当たるように体を動かして調節した直後、拳が見事に士道の体に突き刺さる。しかし士道のささいな努力の結果か、威力は大きいが気絶するような事は無く、後ろによろめく程度で済んだ。

 そして間髪入れず、脱衣所の扉が閉められた。

「痛てて……。あんにゃろ、本気で殴りやがって……」

 せき込みながらそう言うが、それは違うと脳内で自分の理性が否定の声を上げる。

 もしも精霊である十香が本気で士道を殴っていたら、自分の体は上下に真っ二つになっていたとしても間違いないからだ。恐らく、彼女も彼女なりに手加減してくれたのだろう。

 士道が殴られた箇所を撫でていると、脱衣所の扉が少しだけ開かれ、頬を真っ赤にした十香が顔を覗かせてきた。

「……見たのか、シドー」

 士道はじとーっとした視線を送ってくる十香に、ぶんぶんと首を振った。

 実はちょっとだけ見てしまったのだが、馬鹿正直にそんな事を言ったら、今度こそ本気で体を吹っ飛ばされかねない。

 すると一応はそれで納得してくれたのか、十香が「むう……」と唸ってから、扉を全開にする。

 無論、十香はもう服を着ていた。

 しかしそれはいつもの制服ではない。琴里が貸し与えたのだろうか、士道が愛用している部屋着だった。

 一回りサイズが大きいため、襟元からかすかに鎖骨が覗いており、色気を感じさせる。そんな十香の姿に、少し目のやり場に困ってしまう士道だった。

 だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。十香に指を突きつけて、叫ぶ。

「なっ……、なんでお前がうちにいるんだ、十香……!」

 しかし十香は、何を言っているのか分からないというような表情で首を傾げると、

「妹から聞いていないのか? なにやら、なんとか訓練だとかで、しばらくの間ここに厄介になれと言われたのだ」

 なんて事を、言い放った。

「く、訓練……?」

 士道は眉根を寄せると、視線を廊下の奥の方にやる。

 そしてそのまま立ち上がるとつかつかと歩いて良き、乱雑に扉をあけ放つ。

「琴里! どういう事だ!」

「おー?」

 すると、ソファに座りながらテレビを見ていたツインテールの少女が振り向き、そのどんぐりのような丸い目を士道に向けてきた。

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「お、おう、ただいま……じゃなくて!」

 思わず普通に返事をしてしまってから、首をぶんぶんと横に振る。

「お前が十香を連れて来たのか……? 訓練って、一体何の事だよ?」

「まーまー、落ち着いて落ち着いて」

「落ち着いていられるかっ! な、なんで十香がうちに……。今日も、いつもみたいに令音さんと一緒に帰ったじゃねぇか」

「え? んー、それなら……」

 琴里が指を一本ピンと立て、キッチンの方に向ける。

「あ……?」

 士道は、琴里の指が指し示す方向に目をやると、

「……ああ、邪魔しているよ」

 なんて事を言いながら、やたらと眠そうな顔をした令音が、ダイニングテーブルにつき、湯気を立てるカップに角砂糖をいくつも放り込んでいた。ちなみに彼女もいつもの軍服や白衣姿ではなく、士道の母のパジャマを着用し、首にタオルをかけていた。心なしか、髪も少ししっとりしているように見える。

「令音さんまで……。一体、何やってるんですか?」

「………ふむ?」

 令音は士道の問いにしばし考え込むようなしぐさを見せたのち、後頭部を掻いた。

「……ああ、済まない。砂糖を使いすぎたかな」

「違います。いや、気にならないと言ったら嘘になりますけど、今俺が聞いているのはそこじゃないです」

 そう言ってから士道は気分を落ち着かせるように深呼吸をすると、言葉を続けた。

「どういう事ですか? 十香は今、フラクシナスに住んでるんじゃ?」

 ラタトスクに保護された十香は今、フラクシナス内部の隔離エリアで生活しながら、学校に通っているという話だった。

 力を封印されているはいえ、かつては世界を殺す災厄とさえ言われた精霊である。

 万一の事があっても即座に対応できるように。また、効率的に定期検査を行うために、厳重な封印が施された隔離エリアに部屋が用意されているらしい。

 ゆえに、十香は学校が終わると令音とフラクシナスに戻っていたはずなのだが……。

「……ああ、そうだね。まず説明をしなければならないね」

 令音が、分厚い隈に彩られた目を擦りながら、声を発してくる。

「……しかし、だ。その前に」

「その前に……?」

「……着替えて来た方が良くはないかね? 床が濡れているよ」

 そう言われて、士道は自分の状態に改めて気が付き、「あ」と短く声を発した。

 

 

 

「……で? 一体どうして十香がうちにいるんだよ」

 部屋着に着替えた士道は、テーブルの向かいに座った琴里と令音に視線を向けた。

 今三人がいるのは、五河家二階に位置する、琴里の部屋だった。

 六畳くらいのスペースに、パステルカラーのタンスやベッドが配置され、そこかしこにファンシーな小物やぬいぐるみなどが所狭しと並んでいる。

 本当ならばリビングで話を続けたかったのだが、十香の耳に入れたくないという話もあるという事で、こちらに場所を移したのだ。

 ちなみに十香は今、リビングでテレビの再放送に夢中になっている。とりあえずあと二十分くらいは大人しくしているだろう。

「んーとね」

 と、琴里が指で頬をぷにっと持ち上げた。

「今日からしばらくの間、十香がうちに住む事になったのだ!」

 そして、えっへんと胸を反らすようにしながら、無邪気な笑顔を作った。

「だから、どうしてそうなったんだって聞いとるんじゃぁぁああああああああああああっ!!」

「………まぁ、落ち着いてくれ、シン」

 士道が叫んだ所で、令音が声を上げた。

 士道ははぁはぁと息をつきながら、どうにか呼吸を落ち着かせる。それからせめてここに自分の上司である広瀬がいてくれれば、もう少し話がスムーズに進むのに……と心の中で愚痴をこぼす。そう言えば、いつもならばこういった重要な場にいるはずの彼女の姿が今日に限って見えないが、一体どうしたのだろうか?

 しかしそんな士道の疑問をよそにして、令音が十香が家にいる理由を説明しはじめた。

「……理由は大きく分けて二つある。一つは、十香のアフターケアさ」

「アフターケア?」

「ああ。……シン。君は先月、口づけによって十香の力を封印したね?」

「……っ、は、はい……」

 士道は小さく首を前に倒した。

 それと同時に、唇にその時の感触が蘇ってきて、少し顔が赤くなる。

「あー、お兄ちゃん赤くなってるー。かーわーいいー」

「う、うるせ!」

 琴里が心底楽しそうに言ってくるので、士道は照れ隠しにそう言うと気まずげに視線を逸らした。

「……まあ、そこまでは良いのだが、一つ問題があってね。……今、シンと十香の間には見えない経路(パス)のようなものが通っている状態なんだ」

「パス? どういう事ですか?」

「……簡単に言うと、十香の精神状態が不安定になると、君の体に封印してある精霊の力が逆流してしまう恐れがあるという事さ」

「なっ……」

 士道は戦慄に身を凍らせた。

 封印された十香の精霊の力が、逆流する。

 それはつまり、剣の一振りで天を、地を裂く力を、再び十香が備えてしまうという事だろうか。

 もしそうだとしたら……考えるだけでも怖気を振るう事態だった。

「……君も知っての通り、十香は今、フラクシナスの隔離エリアで生活している」

 士道の狼狽を知ってか知らずか、令音が静かな調子で言葉を続ける。

「……十香の精神状態は常にモニタリングしているのだが……どうも、フラクシナスにいると、学校にいる時に比べて、ストレス値の蓄積が激しいんだ」

「そ、そうなんですか?」

「……ああ。それに、一日二階の定期検査もあまりお気に召さないようだ。今はまだ許容範囲内だが、このまま放置しておくのも好手とは言い難い。……そこで、だ」

 令音が、立てた指を顎に当てた。

「……検査の結果も安定してきたし、そろそろフラクシナス外部に、十香の住居を移そうという事になってね」

「はぁ……なるほど」

「……というわけで、精霊用の特設住居ができるまでの間、十香をこの家に住まわせる事になったんだ」

「……なんでうちなんですか?」

 士道が問うと、令音は小さく唸りを上げた。

「……まあ簡単に言うと、だ。君といる時が、一番十香の状態が安定するんだよ」

「え……」

 急にそんな事を言われ、思わず息を詰まらせる。

「……逆に言えば、君以外の人間はまだ十香の信頼を得ているとは言い難いのさ。私や琴里なんかは比較的顔を合わせる機会が多いが――――それでもね。……それにこの前アンデッドに襲われた事も関係している」

 令音が言っているのは、十香を含む大勢の人々がセンチピードアンデッドに襲撃され、その毒に冒された時の事だろう。士道と始によって毒の抗体が手に入り十香と人々を救う事ができたものの、一歩間違えれば十香はこの場にはいなかったかもしれない。そう考えると、今でも背筋が寒くなる。

「関係しているって……。まさか、後遺症とかが残ってるんですか!?」

「……いや、その心配はない。抗体のおかげで、彼女はすっかり完治した。ただこの前の一件で、彼女は『死』の恐怖と、君という大切な存在と一生出会えなくなるかもしれないという恐怖を味わった。……そのせいで、最近の彼女のストレス値は、アンデッドに襲われる前よりも大分蓄積が激しくなっているし、君と離れている時の精神状態も非常に悪い」

 令音から聞かされた予想外の言葉に、士道は思わず言葉を詰まらせた。

「そ、そうだったんですか? 俺にはそうは見えなかったんですけど……」

「……きっと君に心配を掛けまいと、その感情を隠していたんだろう。ああ見えて十香は、君の事を本当に大切に思っているからね」

 そう言われて、士道は思わず目を見開くと同時に、奥歯を強く噛み締めて拳を強く握りしめた。

 彼女は心の底から自分の事を考えていてくれたのに、自分は何一つ返せていない。十香は自分が護ると言ったくせに、これでは情けない事この上ないではないか。

 そんな士道の様子を黙って見ながら、令音は話を続ける。

「……だから、まずは少しでも安全性の高い場所で、十香がきちんと生活できるかどうかを試したい所なんだ。君がそばにいれば彼女も安心するだろうし、何よりもブレイドの君がいてくれれば有事の際にすぐに対処する事ができる」

「………」

 黙って聞いている限り、彼女からの説明には不可解な点などは見られない。

 だが、士道にはまだ気になる点が一つある。

「じゃあ……もう一つの理由って何ですか?」

「……ああ。これはもっと単純明快だ。……シン。君の訓練のためさ」

「……訓練?」

 士道の言葉に、令音はこくりと頷きながら、

「……前にも話した通り、君には引き続き精霊との会話役を任じてもらいたい。そのための訓練さ」

「でも、その事は考えさせてくれって……」

「……今はそれで構わない。ただ、こちらとしては準備は済ませておいた方がいざという時に素早く動く事ができる。だから訓練とは言っても、現段階では念のためのものと受け取ってもらって構わない。……無論、シンが今すぐ決断をしてくれるというのならば話は別だがね」

「………っ」

 そんな事を言われても、答えを今すぐ出せるというわけではない。自分も考えるべき事がたくさんあるのだ。

 アンデッド達の謎。消えた烏丸所長の行方。それらに加えて精霊の事も決断しなければならないというのは中々難しく、そして簡単に決められる事ではない。その事は令音も分かっているのか、静かな口調で士道に言った。

「……とは言っても、今すぐ答えを出してくれなくても構わない。君の組織の事もあるだろうから、じっくりと考えて、その上で答えを出してくれて構わない。……こちらとしては、準備はもうすでに終わっているしね」

「……ありがとうございます、令音さん。……ってちょっと待ってください。準備?」

 不甲斐ない自分に考える時間をくれる令音に礼を言う士道だったが、何やら聞き流してはならない言葉があったような気がして、思わず聞き返してしまった。令音はこくりと頷いて、

「……十香の部屋の準備さ。急で済まないが、二階の奥の客間を使わせてもらうよ」

「ちょっと! 考えさせてくれって言ったじゃないですか!」

「……ああ。だからこちらの事は気にせず、じっくりと考えてくれ」

「無茶言うんじゃねぇえええええっ!」

 士道が叫ぶと、すぐ近くでふんと鼻を鳴らす音が聞こえた。士道がそこに視線を向けると、そこにはいつの間にか白いリボンを黒いリボンに変えた琴里が士道をまるで虫を見るような目で見ていた。

「まったくうるさいわね。どっちにしろ、特設住宅ができるまでの間、十香にはここにいてもらうしかないの。それに、士道が決断してから訓練してたんじゃ遅すぎるしね」

「んな事言ったって……と、年頃の男女が同じ家に住むってのはどうかと思うぞ……」

 士道が顔を真っ赤にしながら言うと、琴里はハン、と鼻で笑った。

「士道に間違いを起こす甲斐性があれば、私達もあんなに苦労しなかったでしょうよ」

「ぐっ………」

 なんだか否定しきれない自分が悲しかった。

「だ、だからってだな……!」

 と、士道が食い下がっていると、士道の後方……琴里の部屋の出入り口にあたる扉が、ガチャリという音を立てて開いた。

「………!」

 扉をビクッと揺らして、振り向く。

 いつからそこにいたのか、廊下から十香が不安げな眼差しを送ってきていた。

「………シドー。やはり、駄目か? 私は……ここにいては」

「………っ」

 眉を八の字に、悲しそうな瞳で見つめて来る十香に、士道は声を詰まらせた。

 ……この状況で否と言える人間がいるのなら、お目にかかってみたいものである。

 士道は、それはもう深い深いため息をついた。

「……わ、分かったよ………」

 

 

 

 

 一旦話を終えた三人はその後、夕食の準備もあるのでリビングへと向かう事になった。なお、十香は夕食が終わってから客間に赴いていた。フラクシナスの隔離エリアの部屋にいた時に使っていた小物などが先ほど届いたので、荷解きをしているらしい。

「そうだ。なぁ琴里、広瀬さんは今日どうしたんだ?」

 その言葉に、何故か琴里は怪訝な表情を浮かべた。

「……? 士道、あなた聞いてないの?」

「えっ?」

 すると、その様子を見ていた令音が琴里に言う。

「………琴里。栞はあれからシンにも連絡を取っていないのだろう。何せ、ようやく手に入れた手がかりだからね」

「ああ、なるほどね」

「ちょ、ちょっと待てよ。手がかりって、どういう事だよ」

 さっぱり話の内容が見えず、士道が困惑した声を上げると、琴里の口から驚くべき言葉が発せられた。

「実は昨日、広瀬さんがBOARDから持ち帰ったパソコンの中に、妙なデータがあるのを見つけたの」

「妙なデータ?」

「ええ。かなり厳重にプロテクトが掛けられていたから、フラクシナスのAIとクルー、そして広瀬さんが今解析しているのよ。早ければ今日中には中のデータを見る事ができるはずだけれど……。士道に連絡が行ってない所を見ると、どうやらまだ解析している最中のようね」

「そうだったのか……」

 上司がそんな重要な事を部下にまったく話していないというのは問題かもしれないが、それも仕方ないかもしれないと士道は思う。広瀬は自分がBOARDという組織の一員である事に誇りを持っていたし、所長である烏丸の事も非常に尊敬していた。そのBOARDが壊滅状態に陥り、しかもそのパソコンから妙なデータが発見されたというのだ。彼女が士道に連絡するのも忘れて集中するのも無理は無いだろう。

 士道がそんな事を思っていると、令音が続けた。

「……まぁ、あとで私が様子を見に行く。その時に、データの解析がどの程度進んだか聞いて……」

 しかしその台詞を、突然鳴り響いた電子音が打ち消した。

 音がどこから聞こえて来ているのか探すために士道が辺りを見回した瞬間、令音が自分のズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、通話ボタンを押して耳に当てた。どうやらこの電子音は彼女の携帯電話の着信音だったらしい。

「……私だ。どうしたんだい? …………解析が? ………ふむふむ。分かった。シンと琴里を連れてすぐに行く」

 令音が通話を切って携帯電話をポケットに突っ込むと、自分達の名前が出た事に何かが起こった事を察知したのか琴里が彼女に尋ねた。

「どうしたの?

「………妙なデータの解析が終わったからすぐに来て欲しいという事だ。ただ……」

「ただ?」

「……どうも様子がおかしかった。データを解析しただけで、あそこまで興奮するとは思えないほどに。何か予想外の事が起こったのかもしれない」

「予想外の事って、何ですか?」

「そんなの、行けば分かるでしょ。早く準備しない、フラクシナスに行くわよ」

 飴玉が無くなった棒をゴミ箱に放り投げて新たなチュッパチャップスを口の中に放り込んでから玄関へと向かう。士道は戸惑いながらも、表情を引き締めて琴里の後を追った。

 

 

 

 

 家を出た三人はすぐにフラクシナスに回収されると、艦橋へと早足で向かう。そして自動ドアがスライドし、中に三人が入ると声がかけられた。

「五河君!」

 その人物は、士道の上司である広瀬栞だった。彼女が真っ青な顔で三人の前に歩み寄ると、琴里が広瀬に言った。

「一体、何があったの?」

「見れば分かるわ。早くこっちに!」

 そう言って広瀬は琴里がいつも座る艦長席のすぐ前へと向かう。そして広瀬の後を追った三人が艦長席の前に辿り着いた直後、

「な、何だよこれ……!」

「………っ!」

「………これは」

 士道が驚愕の声を上げ、琴里が目を限界まで見開き、令音が声を漏らした。

 艦長席の前に、半透明の男の姿が映し出されていたのだ。男は仰向けに横たわっており、目はまるで眠っているかのように閉じられている。

 そしてその男の姿を、士道と広瀬は良く知っていた。その男の名は……

「――――烏丸所長!」 

 BOARDの研究所がアンデッドに襲撃された時、広瀬達の手によって辛くもその場を逃げ延びる事ができたBOARDの所長……烏丸啓だった。

 目の前の男の姿に驚いていた琴里だったが、すぐに冷静さを取り戻してフラクシナスのクルー達に言う。

「これは何?」

「はい。広瀬さんがBOARDより持ち込んできたデータを解析した結果、このデータはBOARD所長である烏丸さんの脳波だと分かりました。この映像は、その脳波を通じて映し出されているものだと推測されます」

「烏丸所長は大丈夫なんですか!?」

「脳波は正常だから、命には問題はないわ。この映像もあくまでイメージのようなものだから、実際にこうなっているわけじゃないと思う」

 クルーの一人である箕輪からそう言われて、士道は思わずほっとした。どうあれ、烏丸所長が無事だという事が分かっただけでも良かった。何せBOARDが壊滅した日以来、何の連絡も無かったのだから。

 と、士道が安心した直後だった。

『………誰か……聞こえているか?』

「「所長!」」

 聞こえてきた烏丸の声に、士道と広瀬が同時に声を上げる。二人の声を聞いて、横たわった烏丸は目を開く事も無ければ口も開かないまま、ただ声だけをどこからか発して二人とコンタクトを取る。

『その声は……五河と広瀬か……。二人共、無事だったんだな……』

 それに士道と広瀬が言葉を返そうとした時、琴里が三人の会話に割り込んだ。

「初めまして、烏丸啓」

『……? 君は……?』

 突然聞こえて来た少女の声に驚いたのか、烏丸が戸惑いの声を発する。琴里は迷いがない堂々とした口調で、自分の身分を明かした。

「私はラタトスク機関司令、五河琴里よ。名前の通り士道の妹でもあるわ」

 すると、烏丸の声に少し驚いたような声音が混じった。

『……ラタトスク機関……。確か、対話で精霊との和解を目指す組織だったか……。まさか、五河の妹がその組織の司令官だったとはな……』

 烏丸から出た予想外の言葉に士道はもちろん、琴里すら目を見開いていた。ただ前に烏丸ならば精霊の事を知っているかもしれないと言っていた広瀬だけは、やはり知っていたのかと言うような表情を浮かべていたが。

「……広瀬さんから話を聞いて、ASTの事は知っていると思っていたけれど、まさか私達や精霊の事まで知ってるなんてね」

『ラタトスク機関の事はあくまで噂程度だ。ASTはアンデッドとの交戦記録を密かに利用させてもらっていたから知っていて当然だし、精霊についてはASTの事を調べる過程で知っただけだ。まぁ、精霊の事を知っているのは私を含めたBOARD上層部だけだがね。……しかし何故、その機関が五河と広瀬と一緒にいる?』

 訝し気に烏丸が問うと、

「長くなるから今はその説明は省くわ。今言える事は、私達は士道の味方で、アンデッドの封印に協力してると同時に、士道に精霊の封印を協力してもらっているという事よ。短い説明で悪いけど、これで納得してもらえたかしら?」

 彼女の言う通り確かにざっくりとした説明だが、どうやらそれで烏丸は構わないらしい。彼は安心したような声で、

『ああ、十分だ。聞きたい事はいくつかあるが、少なくとも君が信頼できる人間だという事は分かった。……それと、これだけは言わせてくれ。五河と広瀬に協力してくれて、ありがとう』

「礼には及ばないわ。士道には苦労をかけさせられっぱなしだしね」

「おい」

 琴里がやれやれと言うような口調で手を振り、士道はそんな妹にジト目を向けるが、案の定彼女からは無視された。琴里に礼を言った烏丸は一旦言葉を区切ると、再び口を開いて真剣そのものの口調で言った。

『……さて、済まないが時間がない。だから用件だけ言う。本当ならば五河と広瀬以外にはあまり話したくないが、協力させているのに情報を共有しないというのはフェアではない。だから、ラタトスク機関にも話す事にする』

「分かったわ。で、その要件っていうのは?

『アンデッドがどこから来たかだ』

 その言葉に、場の雰囲気が張り詰めるのが分かった。今まで人間達を襲い、つい最近では精霊である十香にすら牙を向けてきたアンデッド。そのアンデッドのルーツを知るのだから、このような雰囲気になるのも仕方ないだろう。烏丸は重々しい口調で、語り始めた。

『全ては一万年前、53体のアンデッド達の闘いから始まった。彼らはある目的のために、壮絶な戦いを繰り広げたんだ』

「その目的って言うのは、何なんですか?」

『……自分達の種の繁栄だよ』

 種の繁栄という言葉に士道が眉をひそめると、それを説明するように烏丸が話を続ける。

『不思議に思わなかったか? 君が封印してきたアンデッド達が、何故地球上にいる生物に似た姿をしているのか。……その理由は、彼らがそれぞれの生物の始祖、つまり先祖であるからだ』

「アンデッドが……地球上の生物の先祖!?」

 士道は驚きのあまり大声で叫んでしまった。しかし、それもある意味当然だろう。今まで自分達を襲ってきた怪物の正体が、地球上にいる生物達の先祖だと言うのだ。これで驚くなという方が無理である。

『ああ。そしてアンデッド達はそれぞれの種の繁栄のために戦い、最終的には我々人類の始祖であるヒューマンアンデッドが戦いに勝利した。結果、ヒューマンアンデッド以外のアンデッド達は全てカードに封印される事になったのだ』

 するとここで、烏丸の話を聞いていた琴里が口を挟んだ。

「なるほど……。だから、アンデッドは倒されるとカードに封印されるってわけね。かつての敗者に対するプログラムって事かしら」

『そう考えてもらって構わない。……だが五年前、その封印が解かれた。彼らにとっては間違った方向に進化した人間の排除。それが目的で、アンデッドは人間を襲い始めた……』

「でも所長、どうして封印は解かれたんですか?」

 広瀬が険しい表情で烏丸に聞くと、烏丸は苦しそうな声音で話し始めた。

『……広瀬は知らないかもしれないが、五年前BOARDの施設は天宮市に存在していた』

「天宮市に!?」

『ああ。当時はまだアンデッドの研究も始まったばかりで、情報面のセキュリティも完璧ではなかった。君達は知っていると思うが、天宮市はかつて南関東大空災によって更地になった一帯を様々な最新技術の実験都市として再開発した街だ。その街ならば例え緊急事態が起きてもすぐに対処できると考えたBOARDは天宮市の住宅街の近くに小さな研究所を建てた。それが、最初の人類基盤史研究所だ。何事も無ければその数日後にそこから離れた所でセキュリティのしっかりした研究所を建て、そこに研究資料などを移す予定だった。だが、そんな時に事件が起きた』

「事件……?」

『五年前に、その天宮市南甲町の住宅街で大規模な火災が発生したのだ』

「え……?」

 烏丸の言葉に、士道は思わず眉をひそめた。士道も昔、そこに住んでいた事があったのだ。火事で家が燃えてしまったため、今の家に引っ越してきたのである。まさか、その近くにBOARDの研究所があったとは、奇妙な縁もあったのものである。

 だが、烏丸の言葉に、士道以上の反応を見せた人物が一人いた。

「………っ!」

 それは士道の妹の琴里だった。彼女は烏丸の話を聞いた瞬間、何故か目を大きく見開き、手はかすかに震えていた。まるで、とてつもなくショックを受けているような様子である。そんな妹の様子が気になり、士道は思わず尋ねた。

「ど、どうしたんだよ琴里」

「……っ。何でもないわ。それより、話を聞いていなさい。これはあなたにとっても重要な事柄よ」

 琴里の言葉を受けてかそうではないのかは分からないが、琴里がそう言った直後に烏丸が再び話を続けた。

『大規模な火災は研究所にまで届き、短い間ではあったが研究所は混乱状態になった。そしてそれに悲しいアクシデントが重なってしまった結果……ほとんどのアンデッド達の封印が解かれてしまった。……だが、結局は全て私の責任だ……ぐっ!』

 突然烏丸が苦しそうな声を上げた瞬間、まるでノイズがはしるかのように所長の映像が乱れた。乱れはますます大きくなり、今にも所長の姿をかき消してしまいそうである。

「所長!」

『……最後に……これだけは、覚えておいてくれ……。ライダーシステムはアンデッドに有効だ。このまま君達にはライダーシステムを活用して、アンデッドを封印して欲しい……。それが、私の願い……』

 その言葉を最後にして、烏丸の映像が消えてしまった。琴里は舐めていたキャンディをガリっと噛むと、クルーの一人である椎崎に言う。

「再アクセスは!?」

「駄目です! 脳波が弱すぎてアクセスできません! これじゃあ、烏丸所長居場所も分かりません……!」

「そんなっ……!」

 椎崎の言葉を聞いて、広瀬は悔しさからか奥歯を噛み締めて琴里の椅子を拳で叩く。そんな彼女に、士道が声を掛けようとしたその時だった。

 けたたましいアラーム音が鳴り響き、フラクシナスのモニターの一つに天宮市のマップが映し出される。はっと我を取り戻した広瀬は自分の席に急いで向かうと、コンソールをすさまじい勢いで叩いて目を見開く。

「――――アンデッドよ! 場所は、北西四キロ!」

「くそ、こんな時に!」

 士道は思わず歯噛みした。ようやく烏丸とのコンタクトを取る事ができたと思ったらすぐにそのコンタクトすらできなくなり、しかもそこにアンデッドまで現れた。これでは烏丸を捜す事すらできない。

 焦りで拳を強く握りしめると、席に座った広瀬が士道に言う。

「五河君、あなたは急いでアンデッド封印に向かって! 烏丸所長の事は私達でどうにかするから!」

「そんな、俺も一緒に……!」

 だが、そんな士道の言葉を広瀬は首を横に振る事で黙らせた。それから広瀬は強い力のこもった目で士道を見ると、静かな口調で士道に尋ねる。

「五河君。あなたの仕事は何?」

「………っ。アンデッドの、封印です……」

「そう。あなたが今アンデッドを封印しなかったら、またあなたが守るはずの十香ちゃんが襲われるかもしれない。そんな事、許せるはずがないでしょう? あなたはあなたがやるべき事をして。私も、私のやるべき事を全力でするから! だからこっちは私達に任せて、あなたは早くアンデッドを!」

 その言葉を聞いて、士道は思い知った。

 本来ならば、彼女も手を貸してもらいたいのだ。士道はただの高校生かもしれないが、それでも尊敬する所長を捜している今は猫の手も借りたいほどなのだから。

 だが今はそれよりも、士道の仕事を優先させなければならないと彼女は思っているのだろう。それはもちろん、烏丸の命が大切ではないと言っているわけではない。ただ彼女は、烏丸所長の意思を尊重しようとしているだけなのだ。

 烏丸所長の命も大事だが、その所長がアンデッド封印を望むというのならば、その意思に見事に応えてみせる。

 それがBOARDという組織の一員である、広瀬栞という人間のするべき事だから。

 士道は一瞬目を閉じて奥歯を噛み締めると、目を見開いて広瀬の目を真正面から見る。その顔には、もう迷いは消えていた。士道は力強く頷くと、琴里に叫んだ。

「琴里! 今すぐ俺を降ろしてくれ! ブルースペイダーで行く!」

「何言ってんのよ馬鹿兄! あんたが乗ってんのがなんなのか、忘れたの!? 今すぐフラクシナスの進路を北西に変えて! さっさとしなさい! ぐずぐずしてたら、人に被害が出る恐れがあるわ!」

「「「了解!!」」」

 琴里の命令を受けて、クルー達が力強い返事を返す。そしてそれを合図とするかのように、フラクシナスはアンデッド封印のため、アンデッドが現れた現場へと動き出すのだった。

 

 

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