士道達が烏丸から衝撃の事実を聞かされた数分前。
相川始が住んでいるハカランダの一角で、天音がテーブル席に座りながら不機嫌そうな表情で新聞紙をじっと睨みつけていた。そして不満げに頬を膨らませると、納得がいかないような口調で言う。
「おかしい。絶対におかしい! どうしてこの前の怪物の事が新聞に載ってないの!? あれだけの人が襲われたなら、絶対に載ってるって思ったのに!」
天音が言っているのは、この前のセンチピードアンデッドの時の騒ぎの事である。突然現れた謎の化け物にあれだけの人々が襲われたのだから新聞に載っていてもおかしくないと考えて先ほどから一面に目を通しているのだが、そのような記事はまったくと言って良いほど掲載されていなかった。まるで何者かが、意図的に情報を隠しているかのように。
すると、そんな彼女の憤りを察した始がテーブルを拭きながら言った。
「そういうもんだよ人間って奴らは。理解できないものは認めたくない。闇に葬りたい。そうする事でしか、自分達を護る事ができないから理解できないものを排除しようとする」
聞いてみると穏やかな口ぶりだが、その中にはかすかに棘が混じっている。それを感じたのか、天音は新聞紙から始に視線を移しながらこんな事を口にした。
「何だか始さん。人間じゃないみたい」
それを聞いた始の手が止まった。始は持っていた布巾をテーブルに置いてから、顔を上げて天音を見る。その顔には、どこか悪戯を考える少年のような笑みが浮かんでいた。
「本当は人を襲うモンスターだったりして………。ガァー!」
そんな事を言いながら、始は十本の指を折り曲げた状態にして両手を顔の高さまで上げた。ご丁寧に、牙を見せようとしているかのように口まで開けている。それは彼が栗原母娘にしか見せない表情だった。士道や琴里が見たら、間違いなく絶句する事間違いなしの行動である。
すると天音はくすくすと笑い、
「全然怖くない! 始さんがモンスターでも、私平気。断然愛せちゃうなー」
そんなませた事を言う天音に、思わず始も笑みがこぼれる。それから彼女は椅子から立ち上がると、小走りで店舗の地下にある始の部屋に続く階段に駆け寄りながら、始に言った。
「始さん、この前取った写真見せて!」
「良いよ。机の上に置いてあるから」
はーい、と元気に返事をしてから天音は部屋へと向かった。そんな愛娘の後ろ姿を見送った遥香は苦笑を浮かべながら、
「ごめんね始君。天音の事を色々と任せちゃって」
「いいえ、このぐらい何でも無いですよ」
謙遜ではなく、本心から始はそう言った。基本的にクラスの人間などには心を開かない始だが、この母娘に対してだけは心を開いていた。少なくとも、心からの笑顔を浮かべるほどには。
すると、その言葉を聞いた遥香は柔らかな笑みを浮かべながら天音が降りて行った階段の方向に視線を向けた。
「でも本当に助かってるわ、あなたが来てから。あの子父親の事言わなくなった。天音、お父さんっ子だったから。亡くなった時の落ち込みようったらなかったわ」
その瞬間、始の表情が変わった。
階段の方に視線を向けている遥香は気づいていないが、始の表情はかすかに強張っていた。
そして、彼の脳裏にある映像が映し出される。
真っ白な雪が降り注ぐ山。そこで頭から血を流し、自分に向かって震える手で写真を差し出す男性。彼の命は明らかに風前の灯火であり、仮に治療を施したとしても長く生きられない事を始に感じさせた。
彼の握る写真には、三人の男女が映っていた。
恐らく家族なのだろう。写真には目の前の男と彼の妻と思しき女性が仲睦づに肩を寄せ合っており、そんな二人のすぐ前に二人の子供と思われる少女が映っていた。三人共、これ以上の幸せは無いと言っているかのような笑顔だった。
写真を始に差し出しながら、男は寒さで震える唇を懸命に動かした。
そこから発せられた言葉を、始は一日たりとも忘れた事は無い。
自分の死期が迫っている男は、始にこう言ったのだ。
『遥香を……天音を……頼む……』
そう言い残し、男は――――。
「始君?」
遥香からの呼びかけに、始ははっと我に返った。遥香の方を見てみると、彼女は心配そうな表情で始を見ていた。
「どうしたの? 突然ぼーっとしちゃって……。何か悩み事とかあるなら相談に乗るわよ?」
「いいえ、大丈夫です」
そう言いながら、始がテーブルの掃除を再開しようとしたその時だった。
「始さん! お母さん!」
突然地下から、天音の声が聞こえて来た。その声に不穏な物を感じ取ったのか、遥香が地下にいる天音にも聞こえるように叫ぶような大声で言う。
「天音! どうしたの!?」
「変なものが降ってるの! 早く来て!」
始と遥香は一瞬顔を見合わせると、すぐに地下にある始の部屋へと駆け足で向かう。
やがて始の部屋に辿り着いた二人は、そこで異様な光景を目にする事になった。
「何……これ……」
それを目にした遥香が、呆然とした声を出す。
始の部屋の天井から、何やら銀色のものが降り注いでいたのだ。一見してみると雪のように見えるが、雪のように冷たくないし、それに雪よりも細かく見える。始は部屋中に降り注ぐそれらを観察すると、すぐにその正体を看破する。
(……鱗粉か?)
鱗粉。蝶や蛾などの体や羽を覆っている粉である。しかしこの場には蝶や蛾などの虫はいないし、何よりも室内であるこの部屋にどうして天井から降り注ぐ形で鱗粉が降ってきているのか、さすがの始も分からなかった。
一同が訳の分からない異変に困惑している、その直後。
部屋にある写真が急に赤い炎に包みこまれ、それを支えていた写真立てもあまりの高温にドロドロに溶けてしまった。
「きゃあっ!」
突然天音が悲鳴を上げ、遥香も恐怖で顔を引きつらせながら天音を抱きしめる形でその場にうずくまる。始が二人を庇う形でその場にしゃがみんだ瞬間、彼の脳裏にある映像が映し出された。
そこは天宮市にある高台公園だった。そこに、異形の怪物が宙に浮かび上がりなら遠くにいるはずの始に語り掛ける。
《来い、カリス……。俺と戦え……!》
その声そのものはアンデッド独自の言語だったが、その意味ははっきりと始に分かっていた。そしてその声を聞いて、今起こっているこの異変が今のアンデッドが起こしているものだという事にも気づき、始は表情を険しくした。
恐らく今のアンデッドがこのような事をしたのは、自分に対しての挑発なのだろう。こうする事で自分を怒らせて、戦い決着をつけようとしているのだ。
改めて周囲の状況を見回してみると、鱗粉はすでに止まっていた。しかしドロドロに溶かされた写真と写真立ては、そのままである。始が立ち上がると、彼に護られるようにしゃがみこんでいた天音が小さな声で呟いた。
「何なの……今の……」
そんな天音と彼女を安心させるように抱きしめている遥香に、始は優しい声で言った。
「大丈夫です。俺が何とかしますから」
そう言うと始は自分の部屋を飛び出し、さらに走って店の外に出ると自分の愛車であるバイクに乗り込む。そしてヘルメットをかぶってエンジンを被ると、自分に挑発を仕掛けさらにはあの家族を驚かせたアンデッドを封印するために天宮市にある高台公園へと向かう。
そこに、もう一人の仮面ライダーも向かっている事も知らずに。
アンデッド出現を知ったフラクシナスはすぐさま天宮市の高台公園の上空へと向かうと、すぐに高台公園へ士道を直接転送する。士道は初めて十香とラタトスクの前でブレイドに変身した場所に降り立つと、辺りを警戒しながらゆっくりと歩きだす。しかし周囲にアンデッドの影は無く、士道はインカムを通してフラクシナスにいる広瀬に確認を取る。
「広瀬さん、本当にアンデッドはここにいるんですか?」
『間違いないわ。反応は間違いなくそこから……五河君、後ろ!』
広瀬の声と同時に後ろから殺意と敵意を感じ、士道は振り返るよりも早く横に転がった。するとたった今まで士道のいた場所を、何かが高速で通り過ぎた。もしも反応があと少し遅ければ、間違いなくその無防備な背中に強烈な一撃を食らっていただろう。士道が立ち上がると、襲い掛かってきたその何かはふわりと地面に着地した。
顔はまるでガスマスクのようであり、口の部分は長く伸びている。頭部はまるで羽のような触覚が伸びており、さらには背中、腕、脚には羽根が生えている。その姿を見て、士道は思わず顔をしかめながら呟く。
「こいつ……何のアンデッドだ?」
『……恐らく蛾だろう。名称を付けるならば、モスアンデッドがふさわしいのかもしれない』
インカムを通して伝わってくる令音の言葉に、士道はなるほどと納得した。確かに目の前のアンデッドには、蛾の特徴などが見て取れる。令音の言う通り、蛾の始祖のアンデッドと認識して間違いはないだろう。
士道はブレイバックルを取り出すと、ラウズカードを装填して腰に装着し、右腕を前に伸ばして叫ぶ。
「変身!」
『Turn Up』
左腕を伸ばし、右手でターンアップハンドルを引くとラウズリーダーが回転しバックルからオリハルコンエレメントが飛び出す。そしてオリハルコンエレメントを走って通過すると、士道はブレイドへと変身を遂げた。
走っている際にブレイラウザーをホルスターから引き抜き、挨拶代わりにブレイラウザーによる斬撃をモスアンデッドに食らわしてやる。斬撃が当たるたびにモスアンデッドの体から火花が散り、このまま押し切ろうとブレイドがさらに連撃をくわえようとするが、それは叶わなかった。モスアンデッドがブレイドのブレイラウザーを握る右腕を掴んで、連撃を止めさせたからだ。連撃が止まったその隙を狙って、モスアンデッドがブレイドの胸部に強烈な蹴りを放つ。
蹴りを食らったブレイドは地面をゴロゴロと転がるが、すぐに立ち上がりブレイラウザーのオープントレイを展開、カードを一枚抜き出してスラッシュリーダーでカードを読み取る。
『THUNDER』
音声が発せられ、カードの絵柄がブレイラウザーに吸収されるとブレイラウザーの切っ先から青白い雷撃が放たれ、モスアンデッドを襲う。
しかしその時、モスアンデッドを護るような形で銀色の鱗粉が出現し、雷撃はその鱗粉に止められたばかりかその方向を変えて使用者であるブレイドを襲う。自身の放った雷撃を胸部に食らい、ブレイドの体から火花が散った。
「ぐああああっ!!」
『士道!!』
雷撃を食らったブレイドは鎧から煙を上げながら、再び地面を転がる。胸を押さえて立ち上がりなら、目の前のモスアンデッドを睨み付ける。
「くそ……何だ、今の……」
『今解析したけど、あれは鱗粉よ。多分一種のバリアだと思うわ。だから、五河君の攻撃が跳ね返された』
『………しかし、ただの防御用の鱗粉でもないだろう。予想だが、今の鱗粉は攻撃にも使えるはずだ。シン、鱗粉にも十分注意してくれ』
「分かりました!」
そう言った直後、モスアンデッドから鱗粉が放たれてブレイドへと襲い掛かる。ブレイドは慌てて横に転がって攻撃を回避するが、回避して立ち上がったブレイドを上空に浮かび上がったモスアンデッドの突進が襲い掛かる。今度は攻撃をかわす事も出来ず、ブレイドはその攻撃をまともに受けてしまった。
「がっ……!」
思いっきり攻撃を食らい、ブレイドの肺から酸素が吐き出され、地面に体を強かに打ち付けてしまう。
そしてモスアンデッドは、まるで自分の余裕を見せつけるかのように空中に浮かんでいた。その姿を睨み付けながら、ブレイドはよろよろと立ち上がる。
正直言って、ブレイドとの相性は最悪である。相手は空中にいるものの、自分には空中を自在に動く敵を攻撃できるようなカードは持っていない。唯一の対抗策は自分の『THUNDER』のカードだが、それもモスアンデッドの持つ鱗粉の前では跳ね返されてしまう。このまま戦っても、勝つ確率は低いだろう。
だが、
(だからって、退けるかよ……!)
もしもここで退いたら、このアンデッドは街へと赴き人々を襲うかもしれない。そんな事、断じて許容できるはずがない。ブレイドはブレイラウザーの柄を握る手に力を込めると、モスアンデッドが襲い掛かってきてもすぐに切り捨てる事ができるように剣を構えて集中する。それを察知したモスアンデッドが、自身の最高速度でブレイドに突進しようと動き始めた、その時。
バイクの音が両者の耳に入り、ブレイドとモスアンデッドは戦闘中という事も忘れて音の出所に目を向ける。するとそこには、バイクに乗ってこちらに突進してくる少年の姿があった。
「あのバイク……。まさか、あいつは……!」
『相川始……!』
士道の呟きに続くように、琴里が驚くようにそう言った。バイクの少年――――始はブレイドとモスアンデッドが睨み合うちょうど中間の地点でバイクを止めると、バイクから下りてヘルメットを脱ぐ。それから後ろのブレイドには目もくれずカードを取り出し、腰にカリスラウザーを出現させると、静かに呟く。
「変身」
『Change』
ラウザーユニットでカードを読み込むと、始の姿が水の波紋のようなものに覆われていき、やがて波紋が勢いよく弾け飛ぶと始はカリスへと変身を遂げていた。変身完了したカリスはその手にカリスアローを召喚すると、モスアンデッドとの戦闘を開始する。モスアンデッドもこれを待っていたかのように、カリスとの戦闘を始めた。
モスアンデッドは右ストレートをカリスに放つが、カリスアローでその攻撃をさばくと逆にカリスアローで素早い斬撃を次々と繰り出していく。その攻撃にモスアンデッドは先ほどブレイドにしたように右腕を掴んで攻撃を止めようとするが、それすら読んでいたのかカリスはモスアンデッドの腕を切り払うと胸部を蹴り飛ばしさらに連撃を行う。相変わらず、凄まじいまでの戦闘能力だ。
まずいと思ったのか、モスアンデッドは空中に浮かび上がりその場から逃れようとする。しかしカリスは特に慌てた様子を見せず、腰のラウザーユニットをカリスアローに装着、さらにケースからカードを一枚取り出すとラウザーユニットで読み込む。
『BIO』
音声と共にカリスアローから何本もの蔦が空中を飛ぶモスアンデッドに放たれ、モスアンデッドの体を素早くからめとる。そのせいで空中を飛んでいたモスアンデッドは、動きを止めざるを得なくなった。それをフラクシナスで見ていた広瀬は、ブレイドに素早く指示を出した。
『五河君! 今よ!』
「はいっ!」
ブレイドは勢いよく駆けだすと、オープントレイから新たにカードを二枚取り出してブレイラウザーで読み込む。
『SLASH』
『THUNDER』
『LIGHTNING SLASH』
音声と同時にブレイラウザーの刃の斬れ味が高まり、さらに雷の力が宿る。ブレイドはブレイラウザーを強く握ると空中で動きを止めているモスアンデッド目掛けて高く跳躍する。
「はぁあああああっ!!」
そして、気合と共にモスアンデッドを切り裂こうとした瞬間、最後の抵抗と言わんばかりにモスアンデッドが大きく体をよじらせた。そのせいで刃はモスアンデッドを縛り上げていた蔦を切り裂いてしまったが、その代わりに背中の羽根を切り裂いた。羽根を失ったモスアンデッドは地面へと落下し、地面に体を打ち付ける。決定打にはならなかったが、これで空を飛んで逃げられる可能性は無くなった。
「よし! これであとは……!」
「邪魔だ!」
「うわっ!」
カリスはブレイドの背中を蹴り飛ばすと、とどめを刺すためにモスアンデッドへと駆け出していく。しかしモスアンデッドが鱗粉を前面に放出すると、カリスは舌打ちしてその動きを止めた。どうやら彼も、モスアンデッドの使う鱗粉の脅威を感じているようだ。
そしてカリスが立ち止まった直後、モスアンデッドの口から何か鋭い針のような物がカリス目掛けて吐き出される。カリスがその針を回避すると、針はすぐそばにある鉄柵に突き刺さると、なんとその鉄柵をドロドロに溶かしてしまった。針の持つ威力を見て、ブレイドは背筋に寒気が走るのを感じながら言った。
「毒針かよ……!」
『……しかも鉄を溶かした所を見ると、強力な腐食溶解作用があるようだ。あの毒針には当たらない方が良い』
「そうは言っても……うおっ!」
自分に放たれた毒針をブレイドは慌ててかわした。どうにか防御したい所だが、鉄すらも溶かすほどの強力な毒針だとすると、自分が使う『METAL』のカードすら通じない恐れがある。ここは令音の言う通り、あの毒針には当たらない方が良い。
一方、カリスは毒針を回避しながらモスアンデッドの動きを観察していた。モスアンデッドは銀色の鱗粉で自分の身を護りながら、毒針でブレイドとカリスを攻撃している。一見してみると、モスアンデッドの方が有利に見えるだろう。
(……だが、その戦い方には弱点があるはずだ。もしもこの戦い方が本当に欠点のないものならば、奴はもっと早く使っているはず。だとすると、奴を観察していればその弱点はおのずと見えてくる……!)
そうして攻撃をかわし続けていくうちに、ついにカリスは気づいた。
鱗粉で身を護っているモスアンデッドが毒針で攻撃する瞬間、そこにわずかな隙間が生じるのだ。
考えてみればそれは当然だ。いかに強力な毒でも、自分が形成する鱗粉に阻まれてしまえば意味がない。相手に確実に当てるために、モスアンデッドは攻撃する瞬間に自分の細長い口の周りの鱗粉にわずかな隙間を作り、そこから毒針を放っているのだ。
その弱点が分かればあとは簡単だった。カリスはケースからカードを一枚取り出すと、カリスアローに組み込まれたラウザーユニットでカードを読み込む。
『TORNADO』
ラウザーユニットから音声が発せられ、カードの絵柄がカリスアローに吸収されるとカリスはカリスアローを鱗粉のバリアを張っているモスアンデッドに向ける。そして次の瞬間カリスアローから竜巻の力を付与された光の矢が放たれ、矢はバリアの隙間を通って見事にモスアンデッドの顔面に命中した。強烈な一撃を食らったモスアンデッドは顔面から盛大な火花を散らしながら、地面に叩きつけられる。
モスアンデッドのバックルがカシャンと小気味良い音を立てると、カリスはカードを一枚取り出してモスアンデッドへと投げる。カードがモスアンデッドに突き刺さると、その体はカードへと封印されカリスに戻る。カリスの手元に戻ってきたカードにはハートの紋章に数字の八、鏡のような羽を持つ蛾の柄に『REFLECT』という文字が刻まれていた。
「………」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ相川!」
カードをケースにしまってその場から無言で立ち去ろうとするカリスの前に、ブレイドが立ち塞がった。ブレイドは表情の伺えないカリスの顔をまっすぐ見つめながら、
「なぁ、前にも言ったけど、俺達に協力してくれないか? 正直、お前が何者なのかかはまったく分からない。でも前にアンデッドが現れた時、お前はあの女の子のためにアンデッドと戦った。そうだろ?」
「………」
「お前の事は分からないけど、それでもお前が誰かのために戦っているのは分かる。だから、これからは俺達と協力して一緒にアンデッドを……!」
しかし、ブレイドの言葉は途中で途切れる事になった。
カリスの振るったカリスアローの刃が、ブレイドの胸部の装甲を切り裂いたからだ。
「ぐああっ!!」
『士道!』
『五河君!』
ブレイドの声に、琴里と広瀬が叫び声を上げる。さらにカリスが攻撃を加えようとするが、間一髪でブレイドがブレイラウザーでカリスアローの攻撃を防ぎつばぜり合いの状態になる。カリスは腕に力を込めながら、冷たい声音でブレイドに言う。
「貴様の主義主張などに興味はない。覚えていないのか? 言ったはずだ、全てが俺の敵だと。俺の前に立ち塞がる奴らは全て叩き潰す。それだけだ!」
そしてついに均衡が崩れ、ブレイドは剣を弾き飛ばされ胸部に強烈な威力の攻撃を食らわされる。攻撃を食らうたびにブレイドの鎧から火花が散り、カードを使おうにもその隙すら無い。最後にカリスはブレイドを蹴り飛ばすと、吐き捨てるように告げた。
「今はアンデッドを封印しに来ただけだから、このぐらいにしておいてやる。だが、次は無いと思え……」
そう言ったカリスの言葉を聞いて、ブレイドは思わず生唾を飲みこんだ。
カリスは本気だ。もしも次に自分が彼の前に立ち塞がったら、本気で自分を殺そうとしている。彼の声音には、間違いなくそうすると感じさせるほどの感情がこもっていた。
カリスはブレイドに背を向けると、シャドーチェイサーに乗ってその場から去っていた。
ブレイドは痛みが残る体に鞭を打って立ち上がると、ターンアップハンドルを引いてカードを引き抜く。オリハルコンエレメントがバックルから放たれ、ブレイドが士道の姿に戻ると同時にインカムに通信が入った。
『無様にボコボコにされてたけどこれぐらいは言ってあげるわ。……お疲れ、士道。怪我とかは大丈夫?』
「ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとな、琴里」
『………っ。ふん。別に心配なんてしてないわよ。ただ士道があまりにも弱すぎるから、呆れてるだけ』
聞こえてくるのは暴言だが、それが彼女の本心ではない事は士道は良く知っていた。彼女の声音には呆れの色などまったくなく、むしろ自分を心配しているような声だったからだ。士道が苦笑していると、今度は広瀬の声が聞こえて来た。
『お疲れなさい、五河君。早速で悪いんだけど、これからすぐにフラクシナスに回収するわ。回収されたら、すぐに怪我がないか身体のチェックを済ませてから、封印したアンデッドのカードを持ってきてね』
「はい、分かりました」
士道はそう言って一旦通信を切ると、カリスが去って行った方向をじっと見つめてから、静かに呟いた。
「……お前が戦う理由はそれだけじゃないだろ、相川。だったら何であのムカデのアンデッドが出た時、お前は抗体を手に入れてあの子を助けようとしたんだよ」
その呟きを聞いている人間は、士道以外その場には誰もいなかった。
モスアンデッドを封印した後、ハカランダに戻ってきた始はもう大丈夫だという事を遥香と天音に伝えた。突然そんな事を言った始に二人共何かあったのか尋ねたそうだったが、信頼している始の言う事だからか最終的には二人共安心した表情を見せてくれた。それに加えて写真が燃えてからの異変もその後まったく起こらなかったので、それも彼女達が安心する理由の一つになったのだろう。
その後いつもと同じように店の手伝いを閉店時間まで手伝った始は、遥香に一言断ってから自分の部屋へと戻った。部屋にあった、モスアンデッドによって燃やされた写真は遥香と天音が片づけてくれたのか、もう部屋にはない。始は険しい表情のままベッドに座り込むと、モスアンデッドの行動について考え始める。
モスアンデッドは、確実に自分がここにいる事を知っていた。だからこそあのアンデッドは、あんな挑発まがいの事までして自分に戦いを挑んできたのだ。
しかし問題は、アンデッドが自分に戦いを挑んできた事ではない。並大抵のアンデッドがいくらかかってこようが自分の敵ではない。かかってきたとしても、返り討ちにして封印してやれば良いだけの話だ。
問題は、自分がここにいる事であの母娘に危害が及ぶ事だ。現に先日はセンチピードアンデッドによって天音の命が危険にさらされたし、今日だって一歩間違えれば彼女達は自分が戦う非日常へと足を踏み入れる所だった。
このまま戦うとしても、何らかの対抗策を考えなければ、間違いなく天音はまた危険な目に遭い、遥香はそのたびに不安そうな表情を浮かべるだろう。それは、決して遭ってはならない事――――。
と、そこまで考えた所で始はやや驚いたような表情を浮かべた。
自分が、誰かの事を心配するような事を考えていた。いや、それは今に始まった事ではない。彼女達に出会ってから、そういう事を考えるのが増えるようになった。それも無意識のうちに、だ。彼女達と出会う前は、そんな事はまったく無かったのに。
そして、
(……何故だ。何故特にあの子の事となると、俺は冷静さを失う……?)
相川始が特に心を乱す事が多いのは、天音に危険が迫った時だ。センチピードアンデッドの時も、士道の前では冷静だったが、実際はかなりの焦りが始の心を支配していた。今日もそうだ。天音が恐怖する姿を見た瞬間、始の心にモスアンデッドに対する怒りが沸き上がってきた。
だが、その理由が未だ彼には分からない。彼女を大事に思っているのは事実かもしれないが、どうしてそう考えるのか始には理由がまったく分からなかったのだ。人間など、自分が気にする必要もない生き物だと理解しているはずなのに。
そこまで考えた所で、始の脳裏にある少年の顔が思い浮かんできた。
五河士道。何故か精霊の力を封印する事ができる少年であり、自分と同じようにアンデッドを封印する力を持つライダー。彼ならば、その理由も分かるのだろうか?
(……馬鹿馬鹿しい)
そこまで考えた所で、始はその考えを一蹴した。あんな甘い人間に、そんな事が分かるはずがない。それに知らずに彼について考えていた自分にも腹が立つ。あんな人間、気にする価値すらないというのに。
しかし、それなのに。
続いて始の頭に思い浮かびあがってきたのは、アンデッドを封印した時に彼が言った言葉だった。
『お前の事は分からないけど、それでもお前が誰かのために戦っているのは分かる。だから、これからは俺達と協力して一緒に……』
「………っ!」
そこまで思い出した所で、始は思わず近くの壁を拳で思い切り殴りつけた。拳に痛みが伝わってくるが、今は五河士道という少年に対しての苛立ちが痛みを凌駕していた。気を付けなければ、明日以降の学校生活で彼の事を知らずに殺意のこもった目で睨み付けてしまうかもしれないと思うほどには。
(………貴様に、一体何が分かると言うんだ……!)
始は拳を強く握りしめながら、何もない宙を睨み付ける。
壁を殴った事で拳からかすかに滲み出ている彼の血の色は。
明らかに人間のものではない、緑色をしていた。
夜八時、広瀬は一人、フラクシナスのベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。半分ほど飲み干した所で、缶を置いて一息つくと、自分の横に誰かが座るのを気配で感じた。広瀬がその人物の方向に視線を向けようとすると、その前に座ったその人物が声をかけた。
「士道のメディカルチェック、お疲れ様。広瀬さん」
「あなたもお疲れ様、琴里ちゃん。こんな時間まで大変ね」
「仕方ないわ、これも司令官の仕事だもの」
そう言いながらその人物……琴里はファンタの缶のプルタブを開けて中身を飲み始めた。
広瀬がこのフラクシナスに来てから数日経ち、大分この艦のクルー達とも打ち解けはしてきたものの、やはり話す回数としては琴里が一番多かった。ブレイドアーマーの装着者である士道の妹という事もあるし、フラクシナスの司令官である彼女と精霊やアンデッドの情報交換をする事が多かったからだ。そのため、二人は徐々にではあるが良き友人関係を築きつつあった。
と、二人がベンチに座って一休みしていると、そんな二人にある人物が歩み寄ってきた。その人物に、ファンタを飲んでいた琴里が声をかける。
「あら、令音。どうしたの? あなたも休憩?」
近づいてきたのは軍服を着た令音だった。その軍服のポケットには、いつも通りというべきか傷だらけのクマが顔を覗かせている。
令音は琴里だけではなく広瀬にも視線を向けると、静かに口を開いた。
「……君達を捜していたんだ。実は、相川始について気になる事があってね。……少し時間を取るが、構わないかな?」
令音の言葉に琴里と広瀬は顔を見合わせると、すぐに令音の方を向いて頷いた。
了承を得た令音は二人を連れてフラクシナスの一室に向かった。三人が向かった部屋は、ベッドの他には机の上にデスクトップパソコンが置かれているだけのやや殺風景な部屋だった。令音は机の前の椅子に座ると、パソコンを起動して操作をすると、画面に一時停止状態の動画を映し出す。それを見て、広瀬が声を上げた。
「これって……いつも五河君の周りを飛んでるカメラの映像?」
フラクシナスは士道の精霊とのデートのサポートをする際、状況確認のために飛んで映像をフラクシナスに送る超小型のカメラを士道の周りに飛ばしている。さらに最近ではアンデッドとの状況を確認するために、アンデッドとの戦闘時でもカメラを戦闘の場に送って士道のサポートを行っている。
「……今日の戦闘を観察した結果、相川始の変身に奇妙な点があった」
「奇妙な点?」
「……ああ。そうだな、分かりやすいように、シンの変身を比較して説明するとしよう」
そう言いながら令音はマウスを使うと、映像を士道が変身する時に早送りする。映像の中の士道は右腕を伸ばし、今まさに変身しようとしている所だった。
『変身!』
士道がターンアップハンドルを引き、バックルからオリハルコンエレメントが飛び出してそれに向かって士道が走りオリハルコンエレメントを通過した瞬間、令音は映像を止めた。
「……ライダーシステムの変身は、アンデッドと一種の融合状態になる事で力を発揮する事ができる。しかし、融合状態とは言ってもあくまで鎧を纏った状態に過ぎない。だからシンの変身は『変身』というよりも『装着』に近い。……ここまでは良いかな?」
令音が尋ねると、二人はこくりと頷いた。それを確認した令音はさらに早送りをし、やがて始がバイクで駆け付けた所で映像を止めた。
「……そして、これが相川始の変身だ」
『変身』
その後ラウザーユニットの音声と共に始の体が水の波紋に包み込まれた瞬間に、令音は映像を停止した。さらに映像をまるでコマ送りのように流し、始の変身の過程がよく分かるようにする。映像の中の始がカリスに変わっていく様子を見ながら、令音は二人に説明する。
「……この変身を解析した結果、この状態の相川始の体の組織は人間のものからまったく別の物へと変わっている事が分かった」
「まったく別の物……?」
琴里の訝し気な声に令音は頷きながら、
「……シンの変身はあくまで鎧を身に纏うようなものだ。だが相川始の場合は自分の体の組織を戦闘に特化した体に変えている。まさに『変身』だ」
「でもそんな事……普通の人間にできるんですか?」
広瀬が驚きの混じった声で令音に尋ねる。令音の話を聞いた限りでは、そんな事はどう考えても人間業ではない。自分の体の組織をまるっきり別の物に変えるなど、そんな事が本当にできるというのだろうか。
すると案の定、令香は首を横に振って、
「……普通ならできない。だが実際に相川始は誰の力も借りず、自分の能力だけで体の組織をまったく別の物に変えている。人間にできる事じゃない。つまり……」
「つまり……?」
琴里が言い、広瀬が唾を飲みこむ。二人を顔を見ながら、令音はいつもと同じ冷静そのものの表情で、二人が考えている事をその口から告げた。
「……相川始は、人間ではないのかもしれない」