空間震警報で人気の無くなった街を、始は一人無言で歩いていた。空間震警報が鳴ったという事は精霊がこの世界に現界しているという事だが、どうやら精霊は今始が歩いている場所とは離れた所にあるデパートにいるらしい。精霊と討伐する機械の鎧を纏った部隊――――ASTがそのデパートの上空にいるのがその証拠だった。
しかしそれは今の始にとっては好都合だった。これからの話は人に聞かれたくないし、こんな所に表向きは高校生の始がいるとASTに知られたら厄介な事になるかもしれないからだ。ASTがこの場にいないならば、それに越した事は無い。
やがて始は自分に向けられる視線を感じて立ち止まると、冷たい声音で言った。
「言われた通り来てやったぞ。姿を現せ」
すると自分の背後に突然気配が現れた。始がゆっくりと振り向くと、そこには先ほどまでいなかったはずの男の姿があった。サングラスと黒いコートを身に着けたその姿は、一見してみるとただの人間にしか見えない。
ただ、始は気づいていた。その体からは、普通の人間にはない威圧感が放たれている事に。始は表情を険しくすると、いつ男が攻撃してきても良いように静かに身構えながら男に言う。
「……アンデッドか」
「ああ。一応こっちでは、伊坂と名乗っている。しかし妙だなカリス。お前とは前に一度会った事があるはずだ。………一万年前の、あの戦いで」
「…………」
「それに、どうやって人間に化けている? 人間に化ける事ができるのは俺達上級アンデッドだけのはずだ。いくらカテゴリーエースとはいえ、簡単に人間に化ける事はできないはずだが……」
「その質問にわざわざ答えてやる必要はあるのか?」
始が冷たく言うと、二人の二人の視線が交錯する。二人はしばらく何も言わず無言で相手を睨み合っていたが、先に視線を外したのは伊坂だった。ふんと鼻を鳴らしながら、
「まぁ良い。そんな事よりカリス。単刀直入に言おう。今はお前と戦うつもりはない。私と組まないか?」
すると、何がおかしかったのか始はふっと冷たい笑みを浮かべた。
「組むだと? 笑わせるな。一万年前から俺達に組むなどと言う言葉は無かったはずだ」
「確かにな。だが今は状況が違う。そうだろ?」
するとその言葉に心当たりがあったのか、始は笑みを消して伊坂を睨み付ける。伊坂はこの場からでも見える、精霊がいるデパートを見ながら話を続けた。
「お前も気づいているはずだ。今の状況が、一万年前とは違うという事を。アンデッドを封印するライダーシステム、アンデッドがアンデッドを倒しても封印する事ができないという異常事態、それに何よりの異常事態は……精霊だ」
「………」
「三十年前のユーラシア大空災、それから六ヵ月後に起こった南関東大空災、そして私達アンデッドが解放された五年前。これら全てに精霊が関わっている。
そう話す伊坂の言葉にも始は表情を変えないが、どうやら伊坂が何を言いたいかは察しがついているらしい。その上で彼は、あくまでもつまらなさそうな口調で言う。
「確かに精霊がいる事は厄介だ。おまけに今回は複数ときた。だがそれがどうした? わざわざ精霊を倒さなくても、奴らの力を封印しようとしているもの好きもいるはずだ。そいつらが精霊の力を全て封印するのを待ってから、本腰を入れれば良いだけの話だろう。俺を引き入れる理由が無い」
「確かに普通ならそうした方が危険は少ないだろうな。だがもう気づいているだろう? 五年前、私達が解放されたのがただの偶然ではないように、精霊が複数いる事も当然偶然ではないという事を。……この戦いには、複数の人間の思惑が混じり合っている」
「……複数の人間、だと?」
そこで初めて始は表情を変えた。怪訝な表情を浮かべる始の顔を見て、伊坂は口元に微かに笑みを浮かべながら、拳を軽く前に突き出した。
「ああ。この戦いには最低でも三人の人間の思惑が絡んでいる。一つは、五年前私達アンデッドを解放した人間」
そう言いながら伊坂は、人差し指を立てた。
「一つは、精霊がこの世界に出現するきっかけとも言えるユーラシア大空災を起こした人間」
続いて中指を立てると、最後に薬指をピンと伸ばした。
「そして、五年前に天宮市で起こった火災を引き起こした精霊を生み出した人間だ」
「……? どういう事だ。五年前のあの火災が、精霊の仕業だとでも言うつもりか?」
「それに関してはほぼ間違いはない。最初は私も、あの火災は私達を解放するためにどこかの誰かが引き起こした事件だと思っていた。だがそうするにしてもあの火災はやりすぎた。下手をすれば、私達を解放する所ではなくなる。だから当時の事を少し調べたんだ。……あの火災は、何の前触れもなく起きている。火事が起こる要素など、あの時には一つも無かった。なのに火災は起き、アンデッドは解放される事になった。アンデッドが解放されていないのにそんな事をできるのは、精霊しかいないだろう?」
「……なるほどな」
伊坂の話を聞いた始は静かに呟いた。確かにこうして聞いてみた限りでは伊坂の話におかしな所はない。そして自分達には精霊を生み出した人間というのにも心当たりがある。精霊を生み出す生み出した人間というのは、恐らく――――。
「まぁ、あいつもまさかあの火災が私達アンデッドを解放する事になるだなんて思っていなかっただろうな。あいつの思惑と、アンデッドを解放しようとする人間の思惑が偶然重なり合った結果あんな事になった。……全ての運命に偶然など無いとどこかの誰かが言っていたが、本当だとしたら運命というのはずいぶん残酷な物語が好みらしい」
「……何故奴はそこまでする。少なくとも、俺達が知っている奴はそんな事をするような奴ではなかったはずだ」
「さぁな。こちらに来て、心変わりでもしたんじゃないのか? 今のお前のようにな」
伊坂はからかうような口調で言うと、始は殺意のこもった瞳を伊坂に向けた。それを見て伊坂は肩をすくめると、話を元に戻そうと言い、
「今言ったように、この戦いには三人の人間の思惑が絡んでいる。もしも下手な動きをすれば、そいつらに叩き潰されかねない。だからと言ってそいつらと戦うには、少し戦力不足だ。まずはこちらの戦力を整え、それから私達だけの戦いをすればいい。お前にとっても悪い話ではないだろう」
「……それで、俺と組もうというわけか」
「ああそうだ。私と組め、カリス」
言いながら、伊坂はすっと右手の掌をまっすぐ始に突き出した。しかし始はその掌をつまらなさそうに一瞥してから、伊坂をギロリと睨み付けた。
「一つ教えていてやる。俺は誰とも組むつもりはない。人間共とも、お前達アンデッドとも。全てが俺の敵だ。もしも俺の前に立ち塞がるなら、まとめて叩き潰してやる」
そして始が一歩踏み出すが、伊坂は再度の説得を試みるわけでもなく、ただやれやれと言うように首を振っただけだった。
「そうか……。だが、さすがに話が急すぎたというのもある。今日の所はここで退くが、近い内にまた会いに来る。考えがまとまったら、その時に聞かせてくれ」
「それは無理だな。貴様はここで封印する……!」
そう言って始が伊坂目掛けて駆け出した瞬間、彼に何かが襲い掛かった。始はその何かの攻撃をかわすと、後ろに跳んで何かとの距離を取って襲撃者の姿を観察する。
右腕は無数の棘が生えた槍のような腕となっており、頭は巻貝のようなもので覆われている。左手は普通の人間と同じように五指だが、五本の指が異常に長い上に緑色なのでどこか薄気味悪い。
巻貝の始祖――――シェルアンデッドの姿を目にした始は、静かに伊坂に言った。
「洗脳しているのか」
「今まで会ったアンデッドは全てな。この戦いを勝ち抜くには、戦力は多い方が良い。……さてと、私は帰らせてもらう。邪魔は来ないから安心しろ。ASTは精霊との戦闘に必死の上に、ブレイドは精霊に引き寄せられた他のアンデッドとの戦闘に夢中になっているだろう。次会った時は、良い答えを期待している」
「待て!」
始は彼に背を向けてその場から歩き去ろうとする伊坂の後を追おうとするが、その前にシェルアンデッドが立ち塞がった。無造作に振るわれた右腕による攻撃を舌打ちしながら回避すると、腹部にカリスラウザーを出現させて、ラウズカードを一枚取り出す。
「変身!」
『Change』
ラウズカードをカリスラウザーで読み取ると、始の体が水の波紋のようなものに覆われ、それが一気に弾け飛ぶと始の姿はカリスへと変身を遂げていた。カリスは右手にカリスアローを召喚すると、シェルアンデッドの鋭い突きを回避して胴体にカリスアローの斬撃を放つ。
しかし、カリスに返ってきたのは硬い手ごたえだった。動きが止まったカリスに向けてシェルアンデッドが右腕の槍を振り下ろすが、カリスは即座に距離を取って攻撃を回避する。
「硬いな……。だが、それがいつまでもつかな?」
カリスは素早い動きでシェルアンデッドとの距離を一気に詰めると、再度胴体に斬りかかる。その攻撃も弾かれ、再びシェルアンデッドからの攻撃が繰り出されるが、カリスはその攻撃をかわすとその後連続して胴体に向けて鋭い斬撃を放つ。
すると異変が起こった。先ほどまでは攻撃を受けつかなかったシェルアンデッドの胴体から、まるで血のように火花が散りだしたのだ。それを確認したカリスが再度右腕の攻撃をかわして胴体に強烈な一撃を繰り出すと、胴体から火花が派手に散った。さすがに今のは効いたのか、シェルアンデッドは地面を転がり、すぐに立ち上がろうとするもダメージが大きいのか、その動きは確かにふらついていた。
「貴様の体は確かに硬いが、何度も攻撃を受けていられるほどじゃない。何回か同じ箇所に攻撃を続ければ、その箇所は簡単に攻撃を通すようになる」
言いながらも攻撃の手を休めるつもりはないらしく、カリスはカリスアローを握る手に力を込めるとシェルアンデッド目掛けて走り出す。自分に向かってくる敵を認識したシェルアンデッドは、左手を右肩辺りを掴む。そして左手を握ると、何かをカリスに向かって勢いよく投げつけた。
「何っ……!?」
突然の行動にカリスが動揺すると、カリスの胸部から火花が散った。カリスの胸部を襲った何かが弾け飛び、自分のすぐ上を舞う。その物体の正体を見たカリスは、クソッと心の中で悪態を吐いた。
(S字型の、小型手裏剣……。くそ、奴の右肩部分にある突起は手裏剣になっているのか……!)
油断していた自分に腹を立てながらも、カリスはすぐさま態勢を立て直そうとする。しかしシェルアンデッドはその隙を見逃さず、すかさず反撃にでた。まだ態勢を戻しきれていないカリスに向かって、シェルアンデッドは槍状の右腕による攻撃を放つ。槍はカリスの胸部に直撃し、胸部から先ほどのシェルアンデッドのような派手な火花が散る。
「ぐっ……!」
胸部に走る激痛に奥歯を噛み締めたカリスに、シェルアンデッドは今度は左拳による攻撃を放つ。その攻撃をくらい、よろめいたカリスに更なる連撃が放たれようとするが、そんな簡単に倒されるほどカリスは甘くなかった。
「調子に乗るな……」
苛立ちのこもった言葉を告げながらカリスがカリスアローをシェルアンデッドの突き付けると、カリスアローから光の矢が連続して放たれてシェルアンデッドの胸部に直撃する。そのせいでカリスとの距離が空けられるが、シェルアンデッドは先ほどのように左手を右肩にあてると、左手に握ったS字型手裏剣をカリス目掛けて投げた。しかしカリスは慌てる事無くベルト右側のカードケースからラウズカードを一枚取り出すと、ラウザーユニットをカリスアローに装着してカードを読み取る。
『REFLECT』
カードの絵柄がカリスアローに吸い込まれ、カリスがカリスアローを突きだすとまるでカリスを護るように透明なバリアが展開される。バリアに当たったS字手裏剣はそのまま跳ね返り、放ったシェルアンデッドへと直撃した。自分の放った攻撃を跳ね返されたシェルアンデッドは体から火花を散らしながら、再び地面を転がる羽目になった。カリスは素早くケースから新たにカードを一枚取り出すと、カリスアローに装着されたバックルでカードを読み取る。
『CHOP』
カードの絵柄がカリスの胸部に吸収されると、カリスは自分の右手を手刀の形にする。そしてカリスが起き上がろうとしているシェルアンデッド目掛けて走り出すと、その体にカードによって強化された手刀による突きを叩き込む。手刀を受けたシェルアンデッドは再び吹き飛ばされる羽目になり、地面を転がった。すると腰のバックルが、カシャンと小気味良い音を立てて割れる。
それを確認したカリスはカードケースからカードを一枚取り出し、シェルアンデッド目掛けて投げるとカードはシェルアンデッドの胸に刺さった。シェルアンデッドは体から緑色の光を放ちながらカードに吸収され、カードは勢いよく回転しながらカリスの手に戻る。戻ってきたカードにはハートの紋章に数字の五、巻貝のような絵に『DRILL』という英語が刻まれていた。
シェルアンデッドを封印したカードをカードケースに戻すと、カリスはカリスアローに装着されたバックルを腰に戻し、さらに別のカードを取り出してラウザーユニットで読み取る。
『Spirit』
音声が鳴ると同時に始の目の前に半透明の光の壁が出現し、カリスがその壁を通過するとカリスは始の姿に戻る。それから先ほどASTがいたビルをちらりと見る。
先ほどまでいたはずのASTは、いつの間にかその姿を消していた。恐らく逃げた精霊を追って、この場から離れたのだろう。自分達の戦闘を見られた可能性は否定できないが、この場にASTが一人も来ていない所を見ると精霊との戦闘に必死でこちらの戦闘には気づいていなかった可能性が高い。自分の身元がバレる恐れはないだろう。
しかし、戦闘を終えたASTがこちらに戻ってくる可能性も否定はできない。その前に早くこの場から去ろうとした始だったが、さっきの伊坂との会話がふと頭をよぎって足を止めた。
(……今回の戦いには、複数の人間の思惑が絡み合っている。俺達を解放した人間の考えは何となくだが、恐らく俺達の不死という性質に興味を持ったんだろう)
それならばまだ理解できる。不老不死を求める人間がいる事ぐらいは、解放されてから人間社会の中で生き続けてきた始も分かっている。とは言っても、始自身から言わせれば馬鹿げた事だとしか言えない。老いる事も死ぬ事もなく、永劫の時を一人で生き続けるという恐怖を知りもせずに不老不死を求めるという事は、始からしてみれば愚者の戯言にしか聞こえないからだ。
だが、それなのに人間は不老不死を求める。その考え方が、始には理解できなかった。
しかし、今はそんな事ではない。問題は残りの人間達だ。彼らは一体何を考えて、五年前に火災を引き起こしたのだろうか。そしてその中の一人は、一体どうして精霊を増やすような真似をしているのか。
今の始には、何も分からなかった。
(……今は問題ないかもしれないが、もしかしたら調べる必要が出てくるかもしれないな)
始はそう考えながら、自分の家であるハカランダへ帰るために足を再び速く動かし始めるのだった。