デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

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タイトル通り、あのライダーが登場です。


第四話 黒のライダー

「………く……ん! ……つか……君! 五河君!」

「……ん……?」

 どこからか自分を呼ぶ声で、士道は意識を覚醒させた。ゆっくりと目を見開くと、目の前に心配そうに自分の顔を覗き込んでいる広瀬の顔が見えた。

「広瀬さん……」

 士道がゆっくりと体を起こすと、広瀬はほっとしたような表情を浮かべた。

「無事で良かった……。アンデッドはもう封印したみたいね」

「あ、はい……」

 士道は自分の手に握られている、ローカストアンデッドが封印されたラウズカードに視線を向けながら言った。それから広瀬の顔に視線を戻すと、彼女に問いかける。

「一体、何があったんですか? 烏丸所長は?」

 すると、広瀬は唇をかみしめながら士道に答えた。

「説明するけど、まず研究所の中に入らせてちょうだい。BOARDの研究記録を放っておいたままにしておけないわ」

 それに士道は分かりました、と頷くと広瀬と共に研究所へと向かった。アンデッドとの戦いで大分ダメージを受けてしまったものの、動けないほどではない。

 研究室の中は無惨なものだった。パソコンやビーカーなどの備品は滅茶苦茶に破壊されて、電灯は点滅し、天井からは火花が降ってきている。廊下のあちこちには研究者達が変わり果てた姿で倒れており、士道は思わず目を背けたくなった。

 二人は研究室の一室に入ると、広瀬がそこにあったノートパソコンなどを回収していく。士道がその様子を見つめていると、広瀬が口を開いた。

「アンデッドは突然ここに現れたの。あいつは大量のイナゴに姿を変えてから、研究員達を次々と襲っていったわ。私も一刻も早くあなたに連絡したかったけれど、通信機器とかも全部壊されちゃって……。あのイナゴから逃げ回ってから、ようやくあなたの携帯電話に電話をかける事が出来たの。あとはずっと隠れてたってわけ」

「そうだったんですか……。無事で良かったです」

「私がそんなに簡単に死ぬわけないでしょ?」

 広瀬は笑顔を士道に向けたが、それが無理矢理作ったものだという事はすぐに分かってしまった。広瀬は笑顔を消すと、話を続ける。

「……烏丸所長の行方は分からないわ。私は最後までここに残るって言ってたんだけど、私が何とか説得してここから逃がしたの。所長さえ無事なら、まだアンデッドと戦っていく事が可能なはずだから」

「……広瀬さん以外に、生き残ってる人は……」

 士道が問うと、広瀬はふるふると首を横に振った。士道は奥歯を噛み締めると、一気に彼の体を疲れが襲いかかってきて思わず壁にもたれかかった。

 今日は色んな事がありすぎた。空間震を起こす存在である精霊に、妹が所属している組織ラタトスク。さらにはBOARDの崩壊。今すぐ家のベッドで眠りたい気分だが、そんなわけにもいかないだろう。士道が壁にもたれかかっていると、ノートパソコンとその機材を抱えた広瀬が士道の方に向き直った。

「さ、早くここを出ましょう五河君」

「……はい」

 二人は研究室から出ると、特に何も言わずに歩いていた。研究所から鳴っていた警報は、とっくに消えている。二人がしばらく歩いていると、士道がおもむろに口を開いた。

「……俺達、一体どうなるんでしょうね」

 すると広瀬ははっきりした声で士道に言った。

「BOARDは事実上崩壊しちゃったけど、アンデッドがいなくなったわけじゃないわ。とりあえず私達はこれからもアンデッドを封印し続けるしかない。人を護る事が、私達の仕事だからね」

 広瀬から言われて、士道は黙ってブレイバックルとラウズカードを取り出す。自分が持つアンデッドと戦う力。人々を護る事ができる自分の剣と鎧。

 ここでブレイドとしての役割を放り出す事は簡単だろう。だが、広瀬の言う通りアンデッドがいなくなったわけではない。放っておけば、アンデッドはこれからも何の罪もな人々を襲うだろう。

 そんなの、許容できるはずがない。

 士道はブレイバックルとラウズカードを握る手に力を込める。それからバックルとカードを懐にしまってから広瀬に尋ねた。

「広瀬さんはこれからどうするんですか?」

「とりあえず、前に借りてたアパートに戻るわ。研究所でのような事はできないけど、アンデッドを捜す事ぐらいの事は出来るはずだから。五河君は?」

「俺は変わらずアンデッド封印ですね……。そうだ、広瀬さん、ちょっと聞きたい事があるんですけど……」

「聞きたい事?」

「はい、少し長くなっちゃいますけど……」

 すると広瀬は少し考えるような表情になると、

「それなら、今日じゃなくても大丈夫? 色々あったし、後で落ち着いて話した方が良いでしょ?」

 士道としては少しでも早く精霊の事を広瀬に相談したかったが、確かに彼女の言う事にも一理ある。士道がコクリと頷くと、広瀬が続けて言う。

「じゃあ、後日また連絡するわね。気を付けて帰ってね、五河君」

 それから広瀬は士道に背を向けて、とことこと歩き去っていた。彼女が抱えている機材はそれなりの重さのはずだが、彼女に苦しそうな様子はまったく見られない。そう言えば彼女の趣味はダンベルトレーニングだったなと士道は今更ながらに思い出していた。

 彼女が歩き去るのを見送ると、士道も自宅に帰るために駐車場へと向かった。

 

 

 

 

 そして次の日。

「来て」

「へ?」

 突然士道は折紙に手を掴まれて、思わず素っ頓狂な声を出した。

「ちょ、ちょっと……」

 音を立てて椅子を倒し、士道は折紙に引っ張られる形で教室を出ていった。

 後方では殿町がポカンと口を開け、女子の集団が士道達を見て何やらキャーキャー騒いでいる。ちなみに始は一瞬士道達の方をちらりと見たものの、すぐに興味を失ったかのように帰りの支度を再開していた。

 今日は四月十一日、火曜日。

 士道が精霊とAST、ラタトスクという存在を知り、さらにBOARDが壊滅した日の翌日である。

 あの後広瀬と別れた士道はすぐに家に戻ると、風呂にも入らずにベッドにダイブしてしまった。よほど疲れていたのかかなり熟睡してしまい、おかげで今日学校に着いたのは遅刻ギリギリの時間だった。

 それから眠い目を擦りながらもどうにか授業に耐えて、帰りのホームルームが終わったと思った瞬間の出来事だった。

 折紙は無言で士道の手を握ったまま階段を上り、しっかり施錠された屋上への扉の前までやってくると、ようやく士道の手を離した。

 下校する生徒達の声が、やけに遠くに聞こえる。人がいる場所から十メートルも離れていないはずなのに、まるで隔絶されたかのような寂しさのある場所である。その点を考えてみると、内緒話などにはまさにもってこいだろう。

「え、ええと……俺に何か用か?」

 士道が頬を掻きながら尋ねると、折紙は逆に尋ね返してきた。

「昨日、何故あんな所にいたの?」

 彼女の尋ね方からすると、やはり昨日精霊と戦っていたのは見間違いでもなんでもなく彼女らしい。

「や、妹が警報発令中に街にいたみたいで、捜しに出てたんだ」

「そう。――――――見つかったの?」

 折紙はぴくりとも表情を変えず、士道の目を真っ直ぐ見つめたまま言った。

「あ、ああ……。おかげさまで……」

「そう。良かった」

 折紙はそう言ってからさらに唇を動かす。

「昨日、あなたは私を見た」

「あ、ああ……」

「誰にも口外しないで」

 士道が首肯するのと同時、折紙が有無を言わせぬ迫力で言ってきた。

 それも当然だろう、と士道は思う。彼女達が戦っていた精霊と彼女達ASTの存在は、明らかに表に知られてはならない情報だ。自分の持つブレイドアーマーの情報がそうであるように。

 士道がこくこくと首を前に倒すと、折紙が続けて言ってきた。

「それに、私の事以外も……。昨日見た事、聞いた事。全てを忘れた方が良い。それがあなたのため」

 それはきっと、精霊の事を言っているのだろう。そう考えた士道は折紙に尋ねてみた。

「それって、あの女の子の事か?」

「…………」

 すると今度は尋ね返すような事はせず、無言で士道を見つめてきた。

「な、なあ鳶一。あの女の子って……」

 精霊の事は一通りラタトスクから聞かされていたが、士道は尋ねていた。

 琴里達から聞かされた情報は、あくまで琴里達の組織の見解だ。実際に精霊と刃を交えている折紙達ASTなら、また違った考えを持っているかもしれないかと思ったからだ。

「あれは、精霊。私が倒さなければならないもの」

 そう折紙は短く答えた。それを聞いて、士道は再び質問を投げかけてみる事にした。

「そ、その精霊ってのは、悪い奴なのか……?」

 すると微かにだが、いつもは無表情の彼女が悲しそうに唇を噛み締めた……ような、気がした。

「――――私の両親は五年前、精霊のせいで死んだ」

「なっ………」

 予想外の言葉に、士道は言葉を詰まらせてしまった。

「私のような人間は、もう増やしたくない」

「……そ、うか……」

 士道は自分の胸に手を置いた。

 そうする事でやたらと激しくなる動悸を、何とか抑え込もうとしているかのように。

 しかし、そこで士道はある事に気付いた。未だ士道に向けて真っ直ぐな視線を送っている折紙に、士道は頬を掻きながら尋ねた。

「そう言えば鳶一……。精霊とか、そういう情報って言っちまって良いもんなのか? いや、そりゃ聞いたのは俺なんだけどよ……」

 折紙は士道の事を、昨日戦闘に巻き込まれただけのただの一般人としか思っていないはずだ。なのに、精霊のような重要機密を士道に話しても良いのだろうか? 士道の問いに折紙は一瞬黙ってから、士道に言う。

「問題ない」

「そ、そうなのか?」

「あなたが口外しなければ」

「もし話したら?」

「………」

 すると彼女はまた一瞬だけ言葉を止めた。

「困る」

「そ、そうか……。そりゃ大変だな」

 一瞬は彼女の手による拘束なども考えていた士道だが、予想よりもはるかに軽い答えだった。無論実際はそれ以上の事態に発展する危険もあるだろうが、士道自身そんな事を起こす気は全くない。

 なので士道は折紙の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。

「約束するよ。誰にも言わない」

 こくり、と折紙は首肯した。

 その会話を最後に、折紙は士道から視線を外して階段を下りて行った。

「………はぁああああ……」

 士道は折紙の背中が見えなくなってから、壁に背をついてため息をついた。ただ話をしただけなのに、どっと疲れてしまった。もしかしたら、彼女の話の内容のせいなのかもしれない。

「……両親が、精霊のせいで死んだ、か……」

 壁に頭をつけながら、士道は小さく呟いた。

 世界を殺す災厄とさえ呼ばれる存在だ。そういう事もあるだろう。アンデッドが、罪もない人々の命を奪ってきたように。あの悲しそうな顔をした少女とアンデッドを同一視するのは否定したい所だが、彼女の言う通り精霊のせいで彼女の両親が死んだのは、紛れもない事実だろうからそういうわけにもいかない。

「やっぱり、俺が甘いだけなのかね……」

 折紙も、琴里も、方向は違うものの自分達の確固たる信念の下に動いている。

 そしてもちろんアンデッドと戦う士道自身にも自分なりの信念があるのだが、その信念が彼女達のような強いものかと問われると、答えに詰まってしまう。

 果たして、昨日琴里の目の前で切った啖呵を、折紙の前でも発する事ができるのだろうか。

「…………」

 士道はもう一度ため息をついた。自分の行動が間違いだとは思ってはいないが、複雑な気分だったのだ。

 壁から背中を離し、士道が階段を降りようとしたその時。

「きゃああああああああああああっ!!」

 廊下の方から、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

「……っ!? 何だ!?」

 突然の悲鳴に、弾かれたように士道は階段を駆け下りた。さらに最悪の事態を予想して、懐に忍ばせてあるブレイバックルに手を伸ばす。

 悲鳴が起こったと思しき廊下にたどり着いてみると、そこに数名の生徒達が集まっているのが見えた。

 さらにその中心に、白衣を着た女性が一人うつ伏せで倒れていた。外傷らしきものが見当たらないので、どうやらアンデッド関連ではないらしい。士道は懐から手を出すと、目を見開いて女性を見つめている女子生徒に尋ねる。

「どうしたんだ?」

「し、新任の先生らしいんだけど……急に倒れて……」

 女子生徒はあたふたしながらもそう返してきた。士道はかがみこんでから、

「よく分かんねえけど、とにかく保健の先生を……」

 そう言いかけると、士道の足首を倒れていた女性ががしっと掴んだ。

「うわっ!?」

「……心配はいらない。ただ転んでしまっただけだ」

 聞こえてきた声に士道は思わず、ん? と眉をひそめた。その声を、つい最近聞いたような気がしたからだ。

 しかし女性はそんな士道の様子をまったく気にせずに、廊下にべったりとつけていた顔面をゆらりとあげた。

「あ、あなたは……!」

 士道は女性の顔を見て思わずそう言っていた。

 長い前髪に、分厚い隈。昨日とは違って眼鏡をかけていたが、その特徴的な顔は忘れられない。

「……ん? ああ、君は――――」

 女……ラタトスクの解析官、村雨令音がゆっくりとした動作で体を起こした。

「な、何してるんですかこんな所で……」

「……見て分からないかい? 教員として、しばらく世話になる事にしたんだ。教科は物理、君のクラスである二年四組の副担任も兼任する」

 そう言うと令音は自分の胸に付けられているネームプレートを指差した。見てみると、確かに彼女の名前がはっきりと書かれている。ちなみに、そのすぐ上の胸ポケットからは傷だらけのクマのぬいぐるみが覗いていた。

「きょ、教員って……。ええ……?」 

 予想外の事態に、士道は思わず自分の額を押さえかける。しかしそこで、自分と目の前の女性が周囲の視線を集めてしまっている事に気付き、周囲にいる生徒達に向かって慌てて言う。

「あ……こ、この人大丈夫みたいだから」

 それから令音に手を差し伸べ、令音を立ち上がらせる。彼女は相変わらず体を軽くフラフラとさせながら、

「……ん、悪いね」

「それは良いですけど、歩きながら話しましょう。ここで話すのもあれですし」

 周りを気にしながら、士道は言う。

 そのまま令音のペースに合わせて、のたのたと二人一緒に歩いて行く。

「ええと……村雨解析官?」

「……ああ、令音で構わないよ」

「あ、はい……」

「……それと、その代わりと言ってはなんだが、私も君を名前で呼ばせてもらおう。連携と協力は信頼から生まれるからね」

 令音は一人でうんうんと頷きながら、士道の顔を見る。

「ええと、君は………しんたろう、だったかな」

「ししか合ってねえ!」

 士道は思わずシャウトした。令音は首を傾げて、

「……しんこっちょう?」

「もはや人の名前ですらねえし!!」

 本日二回目のシャウト。わざとなのか、それとも天然なのか。後者だとしたらかなりの大物である。

「……まぁ良いか。さてシン、早速だが」

「スルーされた! 思いっきり華麗にスルーされた! っていうか何変な愛称までつけてるんですか!?」

 再び叫ぶが、令音は士道の言葉など聞いていない様子で続けてくる。

「……昨日琴里が言っていた教科訓練の準備が整った。君を捜していた所だ。ちょうど良い。このまま物理準備室に向かおう」

 士道はこの女性に何を言っても無駄だと悟り、ため息をつきながら問い返す。

「そう言えば、訓練って言うのは一体どんな事をするんですか? 令音さん」

「……うむ。琴里に聞いたが、シン、君は女の子と交際をした事が無いそうじゃないか」

「………」

 どうやら、士道の女性遍歴(ゼロ)は可愛い妹の口から令音に伝わっているらしい。何勝手に令音さんに言ってるんだよあいつ……、と士道は心の中で妹への恨み言を漏らしてから曖昧に頷いた。

「……別に責めてるわけじゃない。身持ちが堅いのは悪い事ではないしね。だが、精霊を口説くとなるとそうも言っていられないんだ」

「……むう」

 眉根を寄せながら士道が呻く。確かに令音の言う事には一理ある……ような気がした。

 そして、職員室の近くを通った時。

「……あ?」

 奇妙な物を目にして、士道は思わず立ち止まった。

「……どうかしたかね?」

「いや、あれってもしかして……」

 士道の視線の先には、担任のタマちゃん先生が歩いていた。しかしその後ろに見覚えのある、髪をツインテールにした小さな影がついて回っていた。

「あ!」

 士道の視線に気づいたのか、小さな影……琴里が表情を明るくした。

「おにーちゃぁぁああああん!!」

「おわあああああああああああっ!?」

 その瞬間、琴里が吸い込まれるように士道の腹に突撃してくる。腹に食らえば間違いなくダメージを食らうであろうその突進を、士道は全力でかわす。一方、かわされた琴里はリスのように両頬を膨らまして、

「あー! おにーちゃん、どうして避けるのー!?」

「避けない方がおかしいだろ!」

 士道が琴里に叫ぶと、琴里の後ろからタマちゃん先生がトテトテと歩いて生きた。

「あ、五河君。妹さんが来てたから、今校内放送で呼ぼうとしてたんですよぅ」

「は、はぁ……。ありがとうございます……」

 良く見てみると、琴里は来賓用のスリッパを履いて、中学の制服の胸に入国証をつけていた。どうやらきちんとした手続きを踏んで学校に入ったらしい。

「おー! 先生、ありがとー!」

「はぁい、どういたしましてぇ」

 元気よく手をぶんぶん振る琴里に、先生はにこやかにそう返した。

「やー、もう可愛い妹さんですねぇ」

「はぁ……」

 士道は苦笑しながら曖昧な返事を返すしかなかった。タマちゃん先生は琴里と笑顔でバイバイと手を振り合うと、職員室の方へと去って行った。彼女の背中を見送ってから、士道は琴里に言う。

「で、琴里」

「んー、なーに?」

 丸っこい目を見開きながら、琴里が首を傾げる。

 その仕草は、間違いなく士道のよく見知ったいつもの可愛い妹のものだった。

「訓練って何するんだ? てか、どんな訓練をしたら精霊と交渉なんて……」

「おにーちゃん、その話は後にしよーよ」

 口調はいつもと変わらなかったが、その声にはプレッシャーのようなものが込められていた。どうやら、ここで話すつもりはないという事らしい。士道が黙り込むと、琴里は能天気そうな笑顔のまま廊下を進み始めた。

「説明するから、おにーちゃん。早く行こ?」

 言いながら、琴里が士道の手を引く。

「っとと……。ちょ、分かったから走るなって」

 琴里に引っ張られるままに歩いて行くと、士道は目的地に到着した。

 そこは東校舎四階、物理準備室だった。

「さ。入ろー入ろー♪」

「はいはい……」

 士道は肩をすくめながらドアを開けて、中に入る。

 それと同時に、士道は思わず眉根を寄せて目を擦った。

「……ちょっとすいません」

「……何かね? シン」

 令音が首を傾げながら士道に尋ねる。相変わらず名前が間違ったままだったが、士道としてももうそれを指摘するのも面倒なので率直に疑問を口にする。

「何なんですか、この部屋」

 士道自身一度もこの部屋に入った事が無いが、そんな彼でも一つだけ分かる事が一つだけあった。

 ここは、物理準備室では決してないという事である。

 何故士道がそう思ったかというと、その部屋の中に置かれているものが物理準備室のイメージとはかけ離れていたからだ。いくつものコンピュータにディスプレイ、その他見た事も無い機械。まるでBOARDの研究室の内部のような有様だ。

「……部屋の備品さ?」

「どうして疑問形なのか、ここにいた先生がどこにいったのか突っ込みたい所は色々ありますけど、もう良いです」

 そう言うと士道は再び深いため息をついた。恐らく、ここにある機材はラタトスクの職員が運んだものなのだろう。ここにいた先生が気になるが、さすがに死ぬような事になっていないだろう。彼女達の事だから、何らかの手を打ったに違いない。ツッコミ疲れしてきた士道は、そう結論付ける事にした。

 一方令音は先に部屋に入ると、部屋の奥に置かれていた椅子に腰を掛けた。

 続いて、士道の脇から琴里が部屋に入っていく。

 それから慣れた様子で白いリボンでくくられていた髪を解き、ポケットから出した黒いリボンで髪をツインテールに結びなおす。

「……ふぅ」

 するといきなり、琴里の雰囲気が別人のように変わった。彼女は制服の首元を緩めると、令音の近くの椅子にどっかと座りこむ。まるでどこぞの社長のようである。

 さらに彼女は、持っていた鞄から小さなバインダーのようなものを取り出す。その中には様々な種類のチュッパチャップスが綺麗に並べられていた。どうやら飴玉専用のホルダーだったらしい。

 琴里はその中から一つを選んで口に入れると、部屋の入口に立ちつくしている士道に見下すような視線を向けてからこう言った。

「いつまで突っ立てるのよ、士道。もしかしてカカシ志望とか言うんじゃないでしょうね? やめときなさい。あなたの間抜け面じゃあカラスも追い払えないと思うわよ。馬鹿にされてくちばしで突っつかれるのがオチね。ああ、でもあまりの気持ち悪さに人間は寄ってこないかもしれないわね。精々あまりの気持ち悪さに処分されないように気を付ける事ね」

 一瞬のうちにSMクラブにいそうな女王様に変貌した妹を見て、士道は痛む頭を抑えるように手を置いた。こうして観察してみると、リボンを変えるのがマインドセットのスイッチにでもなっているのかもしれない。

「……なぁ琴里。お前一体どっちが本性なんだ……?」

「嫌な言い方をするわね。そんなんじゃ女の子にもてないわよ。ああ、だからまた童貞だったんだっけ。ごめんなさいね初歩的な事を指摘して」

「………」

 このまま言い返したらさらに毒舌がヒートアップしそうな気がしたので、士道はぐっと堪えてドアを閉めた。

「……さ、ともかくシン。訓練を始めるから、ここに座ってくれ」

 そう言って令音が、二人に挟まれる形で設えられた椅子を示した。

「……了解」

 士道が言われるままに椅子に腰掛けると、それを確認した琴里が口を開く。

「さ、じゃあ早速調きょ……ゲフンゲフン、訓練を始めましょう」

「お前今調教って言おうとしただろ」

「気のせいよ。令音」

「……ああ」

 琴里が言うと、令音が足を組み替えながら頷いた。

「……君の真意はどうあれ、我々の作戦に乗る以上は最低限クリアしておかねばならない事がある」

「何ですか? それ」

「……単純な話さ。女性への対応に慣れておいてもらわねばならないんだ」

「女性への対応……ですか」

「……ああ」

 令音が頷く。動作などを見ていると、そのまま眠ってしまいそうである。

「……対象の警戒を解くため、ひいては好感を持たせるためにはまず会話が不可欠だ。大体の行動や台詞は指示を出せるが……やはり何よりも君自身が緊張していては話にならない」

「女の子と会話って……さすがにそれぐらいなら」

 同年代の女子とそれとなく会話した事ぐらいはあるし、上司の広瀬もいる。それぐらいなら簡単だけど……、と士道が思っていると話を聞いていた琴里が鼻で笑った。

「本当かしら」

 そう言うと、琴里がいきなり士道の頭を令音の胸目掛けて押し付けた。

「…………っ!?」

「……ん?」

 かなり動揺している士道とは対照的に、令音は不思議そうな声を発した。士道はすぐさま琴里の手を退かすと、ばっと顔を上げる。

「………っ、な、なななななにしやがる………!!」

「はん、ダメダメね」

 動揺する兄を目の前にして、琴里は嘲るように肩をすくめた。

「分かったでしょ、こういう事。これくらいで心拍を乱してちゃ話にならないのよ」

「いや、明らかに例がおかしいだろ!?」

 士道が叫ぶが、琴里は聞く耳をもたずにやれやれと首を振った。

「ホント、悲しいまでのチェリーボーイね。可愛いとでも思ってるの?」

「う、うるせえ」

「……まぁ、良いじゃないか。だからこそ私達が今ここにいる」

 言いながら令音が腕組みをすると、彼女の見事なバストが腕に乗った。士道は気恥ずかしくて目を逸らしながら、二人に言う。

「そ、それよりも訓練って何するんだよ? 時間が惜しいんだから、早くしてくれ」

「……確かにそうだね。では早い所始めるとしよう」

 令音は眼鏡をくいと上げると、そばにあったモニタに電源を入れた。すると画面に可愛らしくデザインされた『ラタトスク』の文字が映る。

 続いて、ポップな曲と共に、ピンク、緑、青といったカラフルな髪の美少女達が画面に表示される。さらにその美少女達共に、『恋してマイ・リトル・シドー』という何かの悪ふざけかと言いたくなるようなタイトルロゴが踊った。

「こ、これって……」

「……うむ。恋愛シュミレーションゲームというやつだ」

「ギャルゲーかよ!」

 士道は悲鳴じみた声を上げた。訓練というから何が来るんだろうかと思っていたが、まさかギャルゲーとは思わなかった。士道は本当に痛くなってきた頭を抑えながら尋ねる。

「て、てか、こんなもんで訓練になるのかよ?」

 その問いに答えたのは令音だった。

「……まあそう言わないでくれ。これはあくまで訓練の第一段階さ。それに市販品ではなく、『ラタトスク』総監修によるものだ。現実に起こりうるシチュエーションをリアルに再現してある。心構えぐらいにはなるはずだ」

「心構え、ねぇ……」

 士道は呟きながら、コントローラーを手に握った。文句ばっかり言っても仕方ないし、ゲームをするだけならBOARDの訓練の方がまだ楽である。しかし妹と先生に見られながらギャルゲーとは、一体どんな罰ゲームだろうか。

 そんな事を想いながら士道は主人公モノローグを適当に斜め読みし、ゲームを進めていく。

 そして画面が一瞬暗転し、

『おはよう、お兄ちゃん! 今日も良い天気だね』

 そんな台詞と共に、画面に綺麗な美少女キャラクターが現れた。

 恐らく主人公の妹なのだろう。彼女は寝ている主人公を踏んづけていた。

 パンツ丸見えの状態で。

「いやねぇよ!!」

 士道はコントローラーを力強く握りしめて叫んだ。

「……どうしたねシン。何か問題でも?」

「ありまくりですよ!! 何ですかこの状況! こんなふざけた事が、現実に……起こる……わけが……」

 言いかけて、士道は額から汗を垂らした。

 ゲームととても似たような体験を、昨日の朝したような気がしたからだ。

「……すいません。取り乱しました」

「……いや、構わない。続けてくれ」

 そう言われながら、士道はゲームを再開する。なお、後ろで妹がやけにニヤニヤしていたのを、士道は知らない。

 テキストを進めていくと、画面の真ん中に何やら文字が現れた。

「ん……? 何だこれ」

「選択肢よ。その中から主人公の行動を一つ選ぶの。それによって好感度が上下するから注意しなさい」

 言いながら琴里が画面の右下を指差す。そこにはカーソルがついたメーターのようなものが表示されていた。

「ふーん……なるほどな。これのどれかを選べばいいんだな?」

 士道はどれを選ぶべきか……と選択肢の方に視線を移動させ、ゲームを続けた。

 

 

 

 

 数分後。

「やってられるか!!」

 士道は立ち上がりながらコントローラーをぶん投げたい衝動に駆られた。そんな士道を見ながら、琴里が口を開く。

「何よ。まだ始まって数分よ? ずいぶんな根性無しじゃない」

「うるせぇ! 何が面白くてこんな目に遭わなくちゃならないんだよ!!」

 士道はやや涙目になりながら琴里に猛抗議した。

 それにはある理由があった。

 このゲームには選択肢が存在し、それを選ぶ事でゲームを進めるのだが、その選択肢がどれもまともなのとは言い難いものだったのだ。

 例えば、こんな選択肢である。

 

 

 ②「起きたよ。ていうか思わずおっきしちゃったよ」妹をベッドに引きずり込む。

 

 

 誰がどう見ても犯罪者の台詞と行動である。もしもこんな台詞が画面に現れる時に親にでも見られたりしたら、家族会議間違いなしである。念のために士道はこの選択肢を選んでみたが、やはり結末はBAD ENDだった。むしろこれでHAPPY ENDだったら製作者の神経を疑うが。

 その後残りの二つの選択肢も選んでみたが、一つは好感度がかなり下がり、後一つはやはりBAD END。もはやクソゲーと言われても文句が無いレベルである。

 しかも悲劇はそれだけでは終わらなかった。なんと琴里は士道に緊張感をもってゲームをしてもらうために、士道が選択を間違えるたびに士道の恥ずかしい過去を何らかの形で暴露するというペナルティを課すと言い始めたのだ。なお、士道はこれまでに三回選択を間違っており、結果士道が中学時代にノートに描いた詩やら、士道が作ったオリジナルキャラの設定資料やらが学校の下駄箱に投げ込まれていた。

「うだうだうるさいわね。何でも良いから早くしなさい。言っとくけど、ここで投げ出したりなんかしたらもっと恥ずかしいやつを出すわよ。そうね……。昔士道が部屋でオリジナル必殺技の練習をしていた時の映像をネットに投稿する、なんてどうかしら?」

「………」

 士道はコントローラーを握りなおしながら、心の中でこんな事を思った。

(うう……。これじゃあ、BOARDの訓練の方がまだマシだった……)

 

 

  

 

 

 

 士道が訓練という名のギャルゲーを始める少し前、相川始は一人帰り道を歩いていた。時々彼と同年代ぐらいの少年少女達がコンビニに入ったり本屋に入る光景が見られるが、彼はそういった店にまったく目もくれず家路を急ぐ。それは道草を食うのが嫌だというかそういう理由ではなく、ただ単に興味が無いだけだ。

 やがて始は一軒の喫茶店の前にたどり着いた。住居と店が一体化しているためか構造が二階建てになっており、どこか牧歌的な雰囲気を漂わせている。始が店の入り口のドアを開けて店内に入ると、店の中にいた少女がぱっと表情を明るくして始に駆け寄ってきた。

「お帰りなさい、始さん!」

 少女が始に言うと、始は少女に向かって柔らかい笑顔を作った。

「ただいま、天音ちゃん」

 すると今度は、店のキッチンの中にいた女性が顔を出してきた。女性は始に気が付くと、天音と呼ばれた少女と同じように笑顔を始に向ける。

「お帰りなさい、始君。学校はどうだった?」

「まあまあって所です」

「何よそれ」

 始の言葉に、女性――――喫茶店『ハカランダ』店長であり、栗原天音の母親、栗原遙香は思わず苦笑を浮かべた。彼と一緒に生活してしばらく経つが、彼の口から学校が楽しいとかそういう趣旨の話を聞いた事は一度もない。それにどうやら、特定の友人がいるというわけでもないようだ。

 それが不満というわけでもないが、一人ぐらいは友人を作っても良いのではないかと、大きなお世話とは思うが遙香は考えている。

「ま、とりあえず着替えてきたら? それが終わったら、ちょっと手伝いお願いね」

「はい」

「あ、始さんあとで宿題教えて!」

 遙香に続いて天音が言うと、始は笑顔で頷きながら自分の部屋へと向かった。

 始の部屋は店の地下にあった。始は階段を下りて扉を開けると、部屋に入る。

 始が使っている部屋の中はかなり綺麗に整頓されていた。始は鞄を足元に置いてから、着ていたブレザーを脱ぐ。それからふと部屋の片隅にある小さなデスクに目を向けると、そこに置かれている写真立てが目に入った。

 写真立てに収められている写真には、三人の男女が映っていた。二人はさっき会った天音に遙香、もう一人は男性だった。恐らく天音の父親なのだろう。

「………」

 それを見た瞬間、始の脳裏にある映像がまるでフラッシュバックのように浮かび上がった。

 視界を埋め尽くすほど大量に降る雪。

 そして頭から血を流しながら、写真を自分に差し出している男性の姿。

「………」

 始は一瞬目を細めると、写真から視線を外して手早く私服に着替えると、階段を上って店へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「えーと……。ここはこれか?」

 琴里達との特訓を終えた士道は、自宅の自分の部屋に戻っていた。しかし、今の彼に平安な休息など存在しない。冷酷なる妹に自らの黒歴史を暴露されないためにも、彼は好きでもないギャルゲーの特訓に勤しまなければならないのだ!

「あー! また違った……!」

 どうやら選んだ選択肢は外れだったらしく、キャラの好感度が下がるのを見て士道が悲痛な声を上げる。仕方なくセーブした地点からやり直そうとすると、士道の携帯電話に着信がかかってきた。携帯電話を開いてみると、画面には『広瀬さん』の文字が躍っていた。士道は通話ボタンを押してからハンズフリーモードにすると、自分の横に置いて声を発する。

「どうしたんですか、広瀬さん?」

『どうしたじゃないわよ。ようやくアパートに戻れたから、あなたに連絡を取ったのよ。確か私に話したい事があるんじゃなかったの?』

「あ……」

 それで士道は、広瀬に精霊の事などを話そうと思っていた事を思いだした。今まで琴里達との訓練の事で頭がいっぱいで、その事をすっかり忘れてしまっていたのだ。

「じゃあ、話して大丈夫ですか?」

『ええ、良いわよ』

 広瀬の了承を得て、士道は話し始めた。

 精霊の事、自分の妹が所属しているラタトスクの事、ASTの事。全てを話し終えたとき、広瀬はしばらく黙ったままだったが、やがて口を開いて言った。

『そう、そんな事があったのね……』

「信じてくれるんですか?」

『忘れてるかもしれないけど、私達が封印しているアンデッドも普通じゃ信じられない生き物よ? 精霊なんて存在がいても、不思議じゃないわ』

 それから電話の向こうの広瀬はふー、と息を吐いて、

『でも、まさか空間震の原因がそういう事だったとはね。ASTの連中も、随分頑張ってるのね』

「え、広瀬さんASTの事知ってるんですか?」

 士道が少し驚きながら尋ねると、広瀬はええと頷いたようだった。

『BOARDの研究記録の中に、ASTがアンデッドと何回か交戦したってデータが残ってたのよ。まさかその精霊ってのと戦う事が本職だとは思わなかったけど』

「どうして、ASTがアンデッドと?」

『調べてみたんだけど、ASTは通常の部隊では達成困難な作戦を遂行する事もあるの。ブレイドのシステムができるまでは、彼女達がアンデッドと交戦していたみたいよ。たぶんその際の戦闘データも参考にしてたんじゃないかしら』

 なるほど、と士道は納得した。そう言えば、琴里達もASTがアンデッドと戦ったような事を言っていた。だとすると、もしかしたら折紙もアンデッドと交戦した事があるのかもしれない。

『ま、アンデッドを封印できるのはBOARD(うち)だけだから、ASTもアンデッドには手を焼いてたみたいだけど。そういう情報を守る事に関しては、多分私達がトップクラスだったんじゃないかしら』

 それはただの自画自賛ではないだろう。現にBOARDよりも上の科学力を誇るラタトスクでさえ、BOARDの事は知らなかった。科学力では負けるが、情報を守る技術に関しては負けはしない。

『それと面白い情報があるわよ。何でもアンデッドの細胞には、ASTの随意領域(テリトリー)を無効化して破壊する力があるらしいわ』

「テリトリー?」

『あ、そっか。五河君にはまだ随意領域の事は話してなかったわね』

 聞きなれない単語に士道が首を傾げると、広瀬が気が付いたようにそう言ってから補足する。

戦術顕現装置搭載(コンバット・リアライザ)ユニットの事は知ってるわよね?』

「顕現装置を戦術的に運用するための装備の事ですよね?」

 士道自身使った事も無いし見た事も無いが、烏丸からそういうものがあるという話は聞いた事がある。

『それが発動する時に、装着者の周りに見えない領域と呼べるものが発生するの。それが随意領域(テリトリー)随意領域(テリトリー)はその文字通り、使用者の思い通りになる空間なのよ。そうする事で装着者は超人的な力とかを発揮する事ができるってわけ』

「ええ……良いなそれ……。ライダーシステムに取り付けなかったんですか?」

 士道が言うと、広瀬はため息をついた。

『それがダメだったのよ。何回か戦術顕現装置搭載(コンバット・リアライザ)ユニットをライダーシステムに組み込もうとしたんだけど、拒絶反応が出てるの』

「拒絶反応?」

『そう。たぶんアンデッドの特性のせいね。それでライダーシステムと顕現装置(リアライザ)の相性が悪いって事が分かって、ライダーシステムに顕現装置(リアライザ)を組み込む事ができなかったらしいわ。あとそのせいなのか、顕現装置(リアライザ)の適応率が高い人間……つまりASTのような人間は適応率が高ければ高いほど、それに反比例してライダーシステムとの相性が悪いってデータが出てる』

「じゃあ、ASTがライダーシステムを使っても……」

『変身できない。変身できたとしても、あなたほどの力は出せないと思う』

 へぇ、と士道は頷きながらある事に気づき、広瀬に尋ねる。

「あれ? アンデッドがそのテリトリーを無効化して壊せるって事は……」

『装着者に直接大きなダメージを与える事ができる。そしてそれはあなたのブレイドアーマーも可能なはずよ。ブレイドアーマーは、アンデッドの力を利用して造られたから』

 広瀬の言葉に士道は納得したが、それと同時にある疑問が胸に浮かぶ。

 ブレイドアーマーはあくまでアンデッドを封印するために作られたもののだはずだ。それなのに、どうしてそんな力が備わっているのだろうか。

 それにアンデッドの事も気になる。何故アンデッドに随意領域(テリトリー)を破壊するなどという力があるのか。

 士道がそう思っていると、広瀬の怪訝そうな声が士道の耳に届いてきた。

『ところで……さっきから何か音がするけど、五河君さっきから何してるの?』

 その問いに、士道は少し顔をひきつらせながら答えた。

「えっと……ギャルゲー、です」

『ええ? 五河君ってそういうの好きだったっけ?』

 広瀬の怪訝な声が聞こえてくるが、それも当然だと士道は思う。自分にそういう趣味はないし、広瀬や烏丸にギャルゲーが好きだという事を話した事も無い。

 仕方がないので、士道は何故自分がギャルゲーをしようと思ったのか、その理由を広瀬に話し始めた。

 すべて話し終えると、広瀬は何故か深いため息をついた。

『いくらなんでも理論が飛躍しすぎてない? そんなやり方で、本当に空間震を止める事ができるの?』

「……やっぱり、そう思います?」

 やはり広瀬でもラタトスクの理論は少し飛躍しすぎていると感じるらしい。士道はため息をつくと、烏丸の事を思いだして口を開く。

「そういえば、烏丸所長なら精霊の事も知ってるんですか?

『それは分からないけど……もしかしたら知ってるかもしれないわね。階級は私達の中で一番上だし、私達の誰もが知らない事を所長なら知っているって可能性はあるわ』

「……一体どこにいるんでしょうね、所長」

『分からない。だけどアンデッドを封印する事も大切よ。烏丸所長の事は調べとくから、あなたは……』

 広瀬がそう言った直後だった。

 

 

 突然、電話口の向こうでビー! ビー! というけたたましい音が鳴り響いた。

 

 

 その音を聞いて、士道は顔を険しくした。今自分の耳に響いている音は何回も聞いた事があるし、その音が何を意味するかも知っていた。その意味は、

「広瀬さん、これって……!」

『噂をすれば、ね。アンデッドよ。位置は北東十一キロ!』

「分かりました!

 士道はすぐさまゲームのセーブを完了させると、部屋を飛び出して家の外に出る。それから家の門のすぐそばに置かれていたブルースペイダーに乗りこむとヘルメットをかぶり、鍵を差してエンジンを起動させてアンデッドが出現した地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 同じ頃、ハカランダで客が使ったテーブルを布巾で拭いていた始は急に顔を上げた。

突然、頭の中に唸り声のようなものが響いてきたのだ。それはまるで獣のようで、しかし獣とは別の生き物のような、奇妙な唸り声だった。

(………遠い。だが、放っておくとこっちに来るか………)

 始はテーブルを拭き終えると、布巾をカウンターに置いて遙香に言った。

「少し出かけてきます」

「え?」

 始の言葉にきょとんとした表情を浮かべる遙香だったが、気にしていてはいられない。始は店を出ると外に駐車している自分のバイクに乗り込み、ヘルメットをかぶるとエンジンをかけて発進させる。

 そして始がバイクに乗っている最中に、異変は起こった。

 突然始の腰に、中央にトランプのハートのような紋章があるベルトが浮かび上がるように出現し、腰に自動的に装着される。それから始はカマキリのような生物が描かれたラウズカードを素早く取り出しながら言った。

「変身!」

 取り出したラウズカードを、腰のベルト『カリスラウザー』のバックル部分『ラウザーユニット』で読み込むと同時、ベルトからブレイドのものとは違う音声が発せられる。

『Change』

 その瞬間再び異変が起こった。ベルトからまるで水の波紋のようなものが広がっていき、やがて波紋が始の全身を覆うと、次の瞬間勢いよく波紋が弾け飛ぶ。

 波紋が弾け飛んだ後、始の姿は変わっていた。

 全身を黒いスーツのようなものに覆われ、胸部には赤い模様が入った銀色の装甲。ハートを連想させる真紅の複眼は『インセクト・ファインダー』と呼ばれ、遠視・透視能力を持つ。その姿はまるでカマキリのようだった。

 さらに始の変身に呼応するかのように、乗っていたバイクも普通のバイクからブレイドのブルースペイダーをも凌ぐ出力を誇る『シャドーチェイサー』に変化する。

 始――――カマキリのアンデッド『マンティスアンデッド』の力を持つライダー、『カリス』はさらにバイクの出力を上げると、アンデッドが出現した現場へと向かった。

 

 

 

 

 

 現場に到着した士道はブルースペイダーから降りると、ヘルメットをすぐさま脱いでバイクを降りて辺りを見回す。

 アンデッドが現れた現場はあまり人気がいない丘だった。高さはそんなになく、子供の足でも数十分あれば頂上にたどり着く事ができるはずだ。士道はアンデッドを捜しながら、設置されている階段を駆け昇って行く。周囲には緑が生い茂っているが、生憎今は鑑賞している暇はない。全速力で走り、士道はようやく丘の頂上にたどり着いた。

 頂上は広場になっており、かなり広めである。地面は芝生が生え、さらに人が歩きやすいようにアスファルトで舗装された道もある。士道が辺りを警戒しながら歩いていたその時だった。

『シャアアアアアアアアアアッ!!』

「うわっ!?」

 突然背後から唸り声のようなものが聞こえ、士道は慌てて横に転がって回避する。士道は身を起こして、自分を襲ってきた生物を確認する。

 頭部からは角が扇状に伸びており、さらに両手には七股刀と呼ばれる刃物が握られている。生き物を殺す事に特化したその姿は、ヘラジカを連想させた。

 士道は立ち上がってブレイバックルを取り出すとラウズカードを装填して腰に装着するが、その最中にアンデッド――――ディアーアンデッドが士道に斬りかかってくる。士道は頭を下げて攻撃をかわすと、右腕を伸ばしてターンアップハンドルに左手をかけて叫ぶ。

「変身!」

『Turn Up』

 ターンアップハンドルを引くと同時にバックルから放たれたオリハルコンエレメントがディアーアンデッドを弾き飛ばし、さらに士道がオリハルコンエレメントを通過すると士道は瞬時にブレイドへと変身する。

 さすがに武器を持っている相手に丸腰で挑むわけにはいかない。ブレイドはホルスターからブレイラウザーを引き抜くと、ディアーアンデッドにブレイラウザーを素早く振り下ろす。

 しかしディアーアンデッドは片方の七股剣でブレイラウザーを防ぐと、もう一本の七股刀でブレイラウザーを斬り裂く。

「がぁっ!」

 装甲から火花が散り、士道はディアーアンデッドとの距離を放されてしまう。さらに追い打ちをかけるようにディアーアンデッドの角から雷が上空に向かって放たれると、次の瞬間ブレイドの体に向かって雷が落ちてきてブレイドの装甲から再び火花が散った。

「雷かよ……!」

 全身を走る痛みに仮面の下で顔をしかめながら、士道が呻く。その間にもディアーアンデッドは刀を振りかぶり、ブレイドに襲撃してくる。ブレイドはブレイラウザーで攻撃を防ぐが、ディアーアンデッドはブレイドの腹に鋭い蹴りを放ちブレイドを吹きとばす。

 地面を転がったブレイドのとどめを刺すためにディアーアンデッドが再び剣を振り上げてくるが、ブレイドはブレイラウザーを力強く握るとブレイラウザーを下からすくい上げるように操り、ディアーアンデッドの剣を弾く。

 さらにその際に生まれた隙を見逃さず、ブレイドは素早く立ち上がるとディアーアンデッドの角をブレイラウザーで斬り裂いた。

『ギャアアアアッ!!』

 ディアーアンデッドから悲鳴が上がり、地面を転がる。ブレイドはブレイラウザーのオープントレイを展開して、カードを一枚抜き取るとブレイラウザーで読み取る。

『KICK』

 音声と共にカードの絵柄がブレイドの胸部に吸収され、ブレイドの体に力が宿る。

「はぁぁぁぁぁぁぁ………はぁっ!」

 ブレイラウザーを逆手で持つとゆっくりとブレイラウザー真上に掲げ、最後に掛け声と同時に地面に突き刺す。そして空中高く跳び上がると、ようやく立ち上がったディアーアンデッドに向かって右足を突き出す。

「はぁああああああああっ!!」

 ローカストアンデッドが封印されたラウズカードを利用して放たれるキック『ローカストキック』がディア―アンデッドの胸部に直撃し、ディアーアンデッドは吹き飛ばされて地面に叩き付けられると同時に爆発を起こす。

 爆発によって起きた煙が晴れると、倒れているディアーアンデッドのバックルが二つに割れるのが見えた。ブレイドはラウズカードを取り出すと、ディアーアンデッドに向けてカードを投げる。カードが胸部に突き刺さると、ディアーアンデッドはカードに封印されてその姿を消した。

 ブレイドの手元に戻ってきたカードにはヘラジカのような生物の絵と数字の六にスペードの紋章、それに『THUNDER』という単語が並んでいた。

 ブレイドはカードをオープントレイにしまいブレイラウザーをホルスターに戻すと、変身を解除するためにターンアップハンドルに手をかけようとする。

 その時だった。

「ぐあっ!?」

 突如、首を何かで絞め付けられブレイドは思わず首に手をやる。それから自分の首に目をやると、どうやら今自分の首を絞めているのは何か植物のようなものらしい。ブレイドが背後に目をやると、そこにはもう一体異形がっていた。

 眼球はおろか口すらない顔に、右手は三つに分かれた蔦のような形をしている。ブレイドの首を絞めている植物は、そこから出ているようだった。

「もう一体いたのか……!」

 最初から二体がかりで襲ってこなかったのを見ると協力関係ではなかったらしいが、厄介な事に変わりはない。ブレイドはブレイラウザーを引き抜こうとするが、先ほどの戦闘のダメージもあり手がブレイラウザーに届かない。

 そうしている間にも、アンデッド――――プラントアンデッドは自分の蔦で捕まえたブレイドを自分の方へと引き寄せていく。ブレイドは蔦を外そうとするが、首にがっちりと食い込んでいて中々外す事ができない。

(……ま、ずい……呼吸が……)

 蔦で首を絞められているせいで、呼吸が行えなくなってきている。このままでは窒息死してしまうだろう。

 朦朧とする意識の中でブレイドは必死に蔦を外そうとするが、やはり蔦は外れない。少しずつブレイドの呼吸が浅くなっていき、手から力が抜けていく。

 まさに絶体絶命という言葉が似合う、その時だった。

『ガアッ!!』

 突然プラントアンデッドの体が吹き飛ばされ、地面を転がった。それに巻き込まれてブレイドも地面を転がるが、その際に蔦が緩んでブレイドはようやく新鮮な空気を肺に取り込む事に成功する。

「はぁ……はぁ……!」

 ブレイドは首を押さえながら、自分達が吹き飛ばされた方向とは正反対の方を見る。

 そこには、

「……ライ、ダー……?」

 黒いスーツに銀色の装甲を身に纏った、どこかライダーに似ている何かが立っていた。その何か――――カリスが士道に目もくれずにプラントアンデッドに視線を向けると、プラントアンデッドはカリスに視線を向けながら声を発する。

《カリス……! 何故貴様がここに!》

「え?」

 プラントアンデッドの声に、ブレイドは思わず怪訝な声を出した。

 それもそうだろう。今プラントアンデッドの声から発せられたのは、日本語どころか人間の言語ですらなかったのだ。しかしそんなブレイドを無視して、続いてカリスが口を開く。カリスの言語も、プラントアンデッドのように人間のものではなかった。

《そんな事はどうでも良い。それよりも封印させてもらうぞ。貴様のような奴は邪魔だからな》

《黙れ!》

 プラントアンデッドはカリスに向かって蔦を放つが、カリスは攻撃を見切って蔦を全てかわすと鋭い平手打ちをプラントアンデッドに放つ。プラントアンデッドの体から火花が散り、プラントアンデッドの体がふらつく。さらに鋭い回し蹴りを放ち、相手を吹き飛ばす。

 プラントアンデッドが地面を転がると、カリスの右手に両端に双刃を持つ弓のような武器『醒弓(せいきゅう)カリスアロー』が浮かび上がるように出現する。それをプラントアンデッドに向けると弓から光の矢が放たれ、プラントアンデッドの体に直撃しその体がよろめく。カリスが距離を詰めようとするとプラントアンデッドが左手から蔦を伸ばしてカリスを拘束しようとするが、カリスはカリスアローの刃の部分を素早く振るって蔦を切断する。

 そして素早く距離を詰め、カリスアローを何回も振るう。放たれる斬撃は鋭い上に重く、攻撃を受けたプラントアンデッドの体から火花がまるで血のように噴き出す。

 カリスはプラントアンデッドを蹴り飛ばすとカリスラウザーのバックル部分『ラウザーユニット』を取り外し、カリスアローに装着する。それからベルトの右側にあるケースを開けてカードを一枚抜き取り、ラウザーユニットでカードを読み取る。

『TORNADO』

 音声が発せられ、カードの絵柄がカリスアローに吸収される。カリスがカリスアローをプラントアンデッドに向けると、カリスアローから竜巻の力を付与された光の矢が放たれ、プラントアンデッドの直撃する。プラントアンデッドの体が硬直し、バックルが二つに分かれる。

 カリスは再びケースを開けてカードに手をかけると、カードをプラントアンデッド目掛けて素早く投げる。カードがプラントアンデッドの胸部に当たり、その体がカードに封印される。カリスの手元に戻って来たカードには、ハートの紋章に数字の七、さらに蔦のような絵に『BIO』の単語があった。

「すげえ……」

 カリスの戦いぶりを見ていたブレイドは思わず感嘆の声を上げた。

 別にあのライダーの力の大きさに感動したわけではない。破壊の規模だけなら、あの精霊の少女や折紙達ASTの方が大きいだろう。

 ただ、無駄がないのだ。

 敵の力を見切り、素早く敵を倒す。さらに繰り出す斬撃は鋭い上に重い。力そのものの大きさなら間違いなく精霊の方が上かもしれないが、戦い方などはほぼ互角………いや、もしかしたらカリスに軍配が上がるかもしれない。

 ブレイドが呆然としていると、カリスはカードをケースにしまってその場から立ち去ろうとしていた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ブレイドは思わずカリスのために立ちふさがると、カリスは何も言わずにブレイドの顔を見つめていた。

「な、なぁ。あんた一体誰なんだ? アンデッドを倒したって事は、俺達の味方なのか?」

「………」

 ブレイドの言葉に、カリスは何も言わない。

「もしそうなら……俺と一緒に戦ってくれ……」

 ブレイドの言葉は途中で途切れた。

 

 

 カリスのカリスアローが、ブレイドの胸部に直撃したからだ。

 

 

「ごっ……!?」

 カリスの攻撃に肺から呼吸が漏れ、ブレイドは吹き飛ばされて地面を転がる。ブレイドがふらふらと立ち上がらうと、カリスが敵意のこもった声でブレイドに言い放つ。

「……全てが俺の敵だ。貴様もな!」

 さらに追撃として、ブレイドにカリスアローの斬撃を放つ。攻撃の嵐にブレイドは抵抗する事ができず、ただ攻撃を受けるだけの状態になった。

 最後に強力な一撃を食らうと、ブレイドは地面を転がる。立ち上がろうにも体に走る激痛のせいで立ち上がる事ができない。カリスはそんなブレイドを見下ろしていたが、やがて視線を外してその場から立ち去った。

 ブレイドはようやく立ち上がれるほどまでに回復すると、ターンアップハンドルを引いてラウズカードを引き抜く。バックルからオリハルコンエレメントが飛び出し、ブレイドの体がオリハルコンエレメントを通過するとブレイドは士道の姿に戻る。士道はカリスが立ち去った方向を見ながら、険しい顔で呟いた。

「あいつ……一体何なんだ?}

 それからブレイバックルを懐にしまうと、まだダメージが体に残る体で丘を下りていった。

 

  




余談ですが、デアラの最新刊の見開き挿絵で腹筋が崩壊しました。
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