デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

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ただいま、ようやく買えた凛緒カーネイションをプレイ中です。結構面白くて個人的には満足しています。


第六話 彼女の名前

 琴里の話によると、フラクシナスの下部に設えられている顕現装置(リアライザ)を用いた転送機は、直線状に遮蔽物が無ければ一瞬で物質を転送・回収できる代物らしい。ちなみに士道はこの話を最初に聞いた時、本当にすごい科学技術で造られてるなと心の底から思った。

 最初は船に酔ったかのような気持ち悪さを感じたものの、数回目となるとさすがに慣れてきた。一瞬のうちに視界がフラクシナスから薄暗い高校の裏手に変わったのを確認してから、士道は酔いを醒ますかのように軽く頭を振るう。

「んじゃ、まずは校舎内に……」

 そう言いかけて、目の前の光景に言葉を止める。

 目の前にあるコンクリートでできた校舎の壁は冗談のようにごっそりと削り取られており、その内部を覗かせていた。アンデットと戦ってきた士道でも、こんな現象は見た事が無い。

「実際見てみるとやっぱすげぇな……」

「まあ、ちょうど良いからそこから入っちゃいなさい」

 右耳のインカムから、フラクシナスにいる琴里の声が聞こえてくる。

 士道は「了解……」と呟きながら校舎の中へと入っていく。のんびりしていたら精霊が外に出てしまうかもしれないし、それ以前に士道がASTに見つかってしまったら『保護』されてしまう可能性もある。

『さ、急ぎましょ。こっちからナビするわ。精霊の反応はそこから階段を上がって三階、手前から四番目の教室よ』

「分かった」

 士道は頷いて一度深呼吸をしてから、近くの階段を駆け上がっていく。

 すると一分とかからず、士道は指定された教室の前まで辿り着いた。

 扉が開いていないせいで、中の様子はうかがう事ができない。しかしこの教室の中に精霊がいると思うだけで、士道の心臓は自然と早鐘のように鳴った。

「って、ここって俺のクラスじゃねえか」

 教室の前の扉に掛かっている室名札を見て、士道が思わずそう口にするとインカムから聞こえてくる琴里の声が再び士道の鼓膜を揺らした。

『あら、そうなの。じゃあ好都合じゃない。地の利とまでは言わないけど、まったく知らない場所より良かったでしょ』

 そんな事を言われても、実際にはまだ進級してそう日が経っていないのでそこまで知っているというわけでもない。

 とにかく、精霊が気まぐれを起こす前に接触しなくてはならない。士道はごくりと唾を呑みこんだ。

「……やぁ、こんばんわ、どうしたの、こんな所で」

 小さな声で、精霊にかける言葉を何度か繰り返す。

 そして、士道は意を決して教室の扉を開けた。士道の目に、夕日で赤く染められた教室の姿が映り込んでくる。

「――――――」

 その、瞬間。

 頭の中で用意していた言葉が、一瞬で全て吹き飛んだ。

「あ………」

 前から四番目、窓際から二列目。ちょうど士道の机に、不思議な輝きを放つドレスを身に纏った黒髪の少女が、片膝を立てるようにして座っていた。

 幻想的な輝きを放つ水晶色の目を物憂げな半眼にして、どこかぼうっとした様子で黒板を眺めている。

 半身を夕日に照らされた少女は、見る者全ての思考能力を一瞬奪うほどに、ひどく神秘的だった。

 だが、その完璧に近い光景は、一瞬のうちに崩れる事になる。

「――――ぬ?」

 士道が教室に入って来た事に気付き、少女が目を完全に見開いてこちらを見てくる。

「や、やあ……」

 士道が心を落ち着けながら手を上げようとした瞬間、少女の目に敵意が宿るのを感じて、士道は思わず手を上げるのをやめて顔を素早く横に動かす。

 刹那。

 少女が無造作に手を振るい、士道の顔のすぐ近くを一条の黒い光線が通り抜けた。

 一瞬の後、士道が手を掛けていた教室の扉とその後ろにある廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて砕け散る。

「………っ!」

 士道は驚きながらも、少女から視線を外さない。少女は鬱々とした表情を作りながら、腕を大きく振り上げた。掌の上には、丸く形作られた光の塊のようなものが危険な黒い輝きを放っている。

「ちょっ……」

 士道が叫びを上げるより早く、急いで壁の後ろに身を隠す。

 直後、先ほどまで士道がいた位置を光の奔流が通り抜け、校舎の外壁を容易く突き破り外へと伸びていった。

 その後も、士道を狙うかのように連続して黒い光が放たれる。

「ま、待ってくれ! 俺は敵じゃない!」

 随分と風通しのよくなった廊下から少女に向かって声を上げる。

 すると、士道の言葉が通じたのか、それきり光線は放たれなくなった。

「……入って、大丈夫なのか?」

『見たところ、迎撃準備はしてないわね。やろうと思えば、壁ごと士道を吹き飛ばすなんて容易いはずだし。逆に時間を空けて機嫌を損ねても良くないわ。行きましょう』

 独り言のような士道の呟きに琴里が答えた。恐らくカメラはもう教室に入っているのだろう。ブレイドのオーガンスコープを使えば、透視機能で教室の中を見る事ができるのだが、さすがにこの場で変身するわけにはいかない。

 唾液を飲んでから、士道は扉の無くなった教室の入り口に立った。

 そんな士道に、少女は無言でじとーっとした目を向けてきていた。一応攻撃はしてこないが、その視線は猜疑と警戒で満ちている。

「と、とりあえず落ち着い……」

 士道はとりあえず敵意が無い事を示すために両手を上げながら、教室に足を踏み入れた。

 が、

「――――止まれ」

 少女が凛とした声音を響かせると同時に、士道の足元の床を黒い光線が灼いた。その攻撃に、士道は慌てて体を硬直させた。

「………っ」

 少女が士道の頭頂から爪先までを舐めるように睨め回し、口を開く。

「お前は、何者だ」

「あ、ああ。俺は……」

「待ちなさい」

 士道が答えようとしたところで、何故か琴里からストップがかかった。

 

 

 

 

 現在フラクシナスの艦橋のスクリーンには、光のドレスを纏った精霊の少女がバストアップで映し出されていた。

 愛らしい顔を刺々しい視線で飾りながら、カメラの右側――――士道の方を睨んでいる。

 そしてその周りには『好感度』をはじめとした、各種パラメータが配置されている。令音が顕現装置(リアライザ)で解析・数値化した少女の精神状態が表示されているのだ。

 さらにフラクシナスに搭載されているAIが二人の会話をタイムラグ無しでテキストに起こし、画面の下部に表示させている。

 一見してみると、士道が訓練で使っていたギャルゲーのゲーム画面にそっくりだった。

 特大のスクリーンに表示されたギャルゲー画面に、選りすぐられたクルー達が至極真面目な顔をして向かい合っている。本人達は大真面目なのだろうが、傍から見るとシュールな光景この上ない。

 と、琴里がぴくりと眉を上げた。

『お前は、何者だ』

 精霊が士道に向かって言葉を発した瞬間、画面が明滅して艦橋にサイレンが鳴り響いたのだ。

「こ、これは……」

 クルーの誰かが狼狽に満ちた声を上げる中、画面の中央にウィンドウが現れた。

 ①「俺は五河士道。君を救いに来た!」

 ②「通りすがりの一般人ですやめて殺さないで」

 ③「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ」

「選択肢……っ」

 琴里はキャンディの棒をピンと立てた。

 令音の操作する解析用顕現装置(リアライザ)と連動したフラクシナスのAIが、精霊の心拍や微弱な脳波などの変化を観測して、瞬時に対応パターンを画面に表示したのだ。

 これはいつでも表示されるわけではなく、精霊の精神状態が不安定である時にしか表示されない。

 つまり、正しい対応をすれば精霊に取り入る事ができる。

 だが、もしもこの選択肢を間違えれば――――。

 琴里はすぐさまマイクを口に近づけ、返事を仕掛けていた士道に制止をかける。

「待ちなさい」

『………?』

 士道の息を詰まらせるような音が、スピーカーから聞こえてくる。きっと琴里が言葉を止めさせた事に困惑しているのだろう。

 精霊をいつまでも待たせるわけにはいかない。琴里は目の前のクルー達に向かって叫んだ。

「これだと思う選択肢を選びなさい! 五秒以内!」

 するとすぐに、クルー達が一斉に手元のコンソールを操作する。その結果はすぐさま琴里の手元にあるデイスプレイに表示される。

 最も多いのは、③の選択肢だった。

「どうやらみんな、私と同意見みたいね」

 琴里が言うと、クルー達は一斉に頷いた。

「①は一見王道に見えますが、向こうがこちらを敵と疑っているこの場で言っても胡散臭いだけでしょう。それに少々鼻につく」

 直立不動のまま神無月が言うと、艦橋下段にいる令音もそれに続いて声を発する。

「……②は論外だね。万が一この場を逃れる事が出来たとしても、それで終わりだ。次に精霊と接触できる保証はない」

 その言葉に琴里は頷きながら、

「そうね。その点③は理に適っているし、うまくすれば会話の主導権を握る事もできるかもしれない」

 そして士道に選択肢を伝えるために、琴里は再びマイクを引き寄せた。

 

 

 

 

「お、おい。どうしたんだよ」

 少女の鋭い視線に晒されながら言葉を制止された士道は、気まずい空気の中そこに立ちつくしていた。さっきから琴里に声を小さくして話しかけているものの、インカムから声はまったく返ってこない。

「……もう一度聞く。お前は何者だ」

 少女は苛立たしげに言うと、目をさらに尖らせた。

 するとそれと同時に、ようやく右耳に琴里の声が届く。

『士道、聞こえる? 私の言う通りに答えなさい』

「お、おう」

『人に名を訊ねる時は自分から名乗れ』

「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ。……っておい……! 何言わしてんだよ……!」

 琴里の言う通りに言ってから、士道は顔を青くした。いくらなんでもこれは相手に喧嘩を売っているようなものである。どうやってこれを話し合いのための会話だと解釈すれば良いのだ。

 そして案の定、士道の声を聞いた少女は途端に表情を不機嫌そうに歪め、今度は両手を振り上げて光の球を作り出した。士道は慌てて床を蹴り、右方に転がる。

 その瞬間、士道の経っていた場所に黒い光球が次々と放たれた。床に二階、一階まで貫通すような大穴が開く。いや、もしかしたら本当に貫通しているのかもしれない。

 士道はその時の衝撃波で教室の端まで吹き飛ばされたものの、すぐに受け身を取ってから素早く立ち上がる事に成功したために大きな怪我などは見当たらなかった。

『あれ、おかしいな』

「おかしいなじゃねえよ! 殺す気か!」

 心底不思議そうに言ってくる琴里に、士道はややこめかみをひくひくとさせながら返す。

 と、

「これが最後だ。答える気が無いのなら、敵と判断する」

 士道の机の上から、少女が敵意のこもった声で告げてくる。士道はごくりと唾を飲んでから口を開いた。

「お、俺は五河士道! ここの生徒だ! 敵意は無い!」

 降参を示すかのように士道が両手を上げながら言うと、少女は訝しげな目を作りながら士道の机の上から下りる。

「そのままでいろ。お前は今、私の攻撃可能圏内にいる。もしも少しでも妙な行動をしたら……殺す」

「………っ」

 少女の言葉は、当たり前の事かもしれないが冗談には聞こえない。士道は姿勢を保ったままこくこくと頷いた。

 少女が、ゆっくりとした足取りで士道の方に近寄ってくる。

「……む?」

 少女は少し首を傾げながら軽く腰を折ると、しばしの間士道の顔を凝視してから眉を下げた。

「……お前、前に一度会った事があるな……」

「あ、ああ。今月の……確か十日に。街中で」

「おお」

 少女は納得したかのように小さく手を打つと、姿勢を元に戻した。

「思い出したぞ。何やらおかしな事を言っていた奴だ」

 少女の目から微かに険しさが消えるのを感じて、一瞬士道の緊張が緩んだ。

 だが、

「ぐっ……!?」

 緊張が緩んだわずかな瞬間に、士道は前髪を掴まれて顔を無理矢理上向きにさせられた。

 少女が士道の目を覗き込むように顔を斜めにしながら、先ほどとまったく変わらない敵意のこもった視線を放ってくる。

「確か、私を殺すつもりはないと言っていたか? ふん、見え透いた手を。言え、何が狙いだ。油断させて後ろから襲うつもりか?」

「………っ」

 士道は小さく眉根を寄せて、奥歯を力強く噛んだ。

 少女への恐怖とか、死の恐ろしさとか、そんなものよりも先に。

 少女が士道の言葉……殺しに来たのではない、というその台詞を微塵も信じる事ができないのが。

 信じる事ができないような環境にずっと晒されていた、というのが。

 士道には気持ち悪くて、たまらなかった。

「……人間は……」

 思わず士道は、声を発していた。

「お前を殺そうとする奴らばかりじゃ……ないんだよっ……」

「………」

 士道のその言葉に少女は目を丸くして、彼の髪から手を離した。

 そしてしばらくの間、怪訝そうな瞳で士道の顔を見つめた後に、小さく唇を開いた。

「……そうなのか?」

「ああ、そうだ」

「私が会った人間達は、皆私は死なねばならないと言っていたぞ」

「そんなわけ、ないだろっ」

「……」

 少女は何も答えずに、手を後ろに回した。

 半眼を作ってから口を結び、まだ士道の言う事が完全に信じられないという顔を作る。

「……では聞くが、私を殺すつもりがないと言うのなら、お前は一体何をしに私の前に現れたのだ?」

「……っ。それは……」

『士道』

 士道が少女の問いに口ごもると同時に、琴里の声が再び右耳に響いてきた。

 

 

 

 

 

「……また選択肢ね」

 琴里は乾いた唇をぺろりと舐め、スクリーンの中央に再び表示された選択肢を見つめた。

 ①「それはもちろん、君に会うためさ」

 ②「なんでもいいだろ、そんなの」

 ③「偶然だよ、偶然」

 手元のディスプレイに、瞬時にクルー達の意見が集まってくる。見てみると、①が一番人気だ。

「士道。とりあえず無難に、君に会うためとでも言っておきなさい」

 琴里がマイクに向かって言うと、画面の中の士道が立ち上がりながら口を開く。

『き、君に会うためだ』

『……?』

 予想外の質問だったのか、少女がきょとんとした表情になる。

『私に? 一体何のために』

 少女が首を傾げてそう言うと、また画面に選択肢が表示された。

 ①「君に興味があるんだ」

 ②「君と、愛し合うために」

 ③「君に聞きたい事がある」

「んー……どうしたもんかしらねえ」

 琴里が悩んだ声を出しながら顎をさすっていると、手元のディスプレイにはクルー達の意見が集まっていた。今度は②の回答が一番多い。

「ここはストレートに言っておいた方が良いでしょう、司令。男気を見せないと!」

「はっきり言わないとこの手の娘は分からないですって!」

 琴里はふむと唸ってから足を組み替えた。

「まあ、良いでしょう。他の選択肢だとまた質問を返されるでしょうし。士道。君と、愛し合うために、よ」

 マイクに向かって指示を発すると、士道の肩がピクリと震えた。

 

 

 

 

「あー……。その、だな……」

 琴里からの指示を受けた士道は、ややうろたえて目を泳がせる。まぁ、あの指示でうろたえるなと言う方が無理かもしれないが。

「なんだ、言えないのか? お前は理由もなく私のもとに現れたと? それとも……」

 少女の目が、徐々に険しいものになっていく。士道は慌てて手を振りながら少女に答えた。

「き、君と愛し合うために……」

「………」

 その瞬間、少女は手を抜き手にして、横薙ぎに振り抜く。

 すると、士道の頭のすぐ上を風の刃が通り抜け、教室の壁を斬り裂いて外へと抜けていった。士道の髪が数本、中ほどで切られて風に舞う。あと数センチ下だったら、今頃士道の顔は真っ二つになっていた事だろう。

「………っ!!」

「……冗談はいらない。本当の事を言え」

 ひどく憂鬱そうな表情で、少女が呟いた。

「………」

 士道は唾液を飲み干した。

 一瞬で今まで感じていた恐怖が薄れていき、心臓が高鳴っていく。

 ――――ああ、そうだ、この顔だ。

 士道が大嫌いな、この顔だ。

 自分が愛されるなんて微塵も思っていないような、世界に絶望した表情。

 その表情を見て、士道は思わず声を発していた。

「俺は、お前と話をするために……ここに来た」

 すると、少女は言葉の意味が理解できないと言うように眉をひそめた。

「……どういう意味だ?」

「そのままだ。俺は、お前と話がしたいんだ。内容なんかなんだって良い。気に入らないなら無視してくれたって良い。でも、一つだけ分かってくれ。俺は……」

「士道、落ち着きなさい」

 琴里が諌めるように言ってくるが、士道は止まらない。

 今士道の目の前にいる少女には、手を差し伸べる人間が一人もいなかった。

 たった一言でも、殺意も敵意もない言葉があれば状況は違ったかもしれないのに、その一言をかけてやる人間が一人もいなかった。

 士道には、両親が、琴里がいてくれた。

 だが彼女には、誰もいなかった。

 だったら、士道が言うしかない。

「俺はお前を、否定しない」

 士道はだん! と足を強く踏みしめると、一言一言を区切るように言った。

「………っ」

 少女は眉根を寄せると、士道から初めて目を逸らした。

 そしてしばらく黙った後、ようやく唇を開いた。

「……シドー。シドーと言ったな」

「ああ」

「本当に、お前は私を否定しないのか?」

「本当だ」

「本当の本当か?」

「本当の本当だ」

「本当の本当の本当か?」

「本当の本当の本当だ」

 繰り返し行われる問いに、士道が迷わずに答え続けると少女は頭をくしゃくしゃと掻いた。それからずずっと鼻をすするかのような音を立ててから、顔の向きを戻す。

「……ふん」

 眉根を寄せて口のへの字に結んだままの表情で、腕組みをする。

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

 先ほどと比べてやや口調が子供っぽくなったが、この状況でそんな事を指摘するわけにもいかない。士道は慌てて、

「だから、俺は――――」

「……だがまあ、あれだな」

 少女は複雑そうな表情を作ったまま、話を続ける。

「どんな腹があるのから知らんが、まともに会話をしようと言う人間は初めてだからな。……この世界の情報を得るために少しだけ利用してやる」

 言ってから、もう一度ふんと息を吐いた。

「は、はぁ?」

「話くらいはしてやらん事も無いと言っているのだ。そう、情報を得るためだ。うむ、大事。情報超大事」

 口ではそう言いながらも士道の目には、ほんの少しではあるが少女の表情が和らいだように見えた。

「そ、そうか……」

 士道は頬をポリポリと掻きながら返した。

 よく分からないが、とりあえずファースト婚宅には成功したと考えても良いのかだろうか。

 士道が困った表情を浮かべていると、右耳に琴里の声が響いた。

『上出来よ。そのまま続けなさい』

「あ、ああ」

 すると、少女が大股で教室の外周をゆっくりと回り始めた。

「ただし、不審な行動をとってみろ。お前の体に風穴を開けてやるぞ」

「……分かった」

 士道の返答を聞きながら、少女がゆっくりと誰もいない教室に足音を響かせる。

「シドー」

「な、なんだ?」

「早速聞きたいのだが、ここは一体何だ? 初めて見る場所だ」

 そう言いながら、倒れていない机をぺたぺたと触り回る。もしかしたら、学校の机を見るのも初めてなのかもしれない。

「あ、ああ……。学校――――教室、まあ、簡単に言えば俺と同年代くらいの生徒達が勉強する場所だ。その席に座って、こう」

「なんと」

 すると少女は驚いたように目を丸くした。

「これに全て人間が収まるのか? 冗談を言うな。四十近くはあるぞ」

「いや、本当だよ」

 士道は頬を掻きながら、少女の言葉の意味に気付く。

 少女が現れる時は、街には避難警報が発令されていた。少女が見た事のある人間などASTぐらいのものなのだろう。人数もそこまで多くはあるまい。その事から考えてみると、少女のこの発言にも納得がいく。

「なあ……」

 少女の名を呼ぼうとした時、士道は思わず声を詰まらせた。

「ぬ?」

 士道の様子に気が付いたのか、少女が眉をひそめる。

 そしてしばらく考えを巡らせるように顎に手を置いた後、

「……ふむ、そうか。会話を交わす相手がいるのなら、必要なのだな」

 そう言って頷いてから、

「シドー。お前は、私を何と呼びたい?」

 手近にあった机に寄りかかりながら、そんな事を言ってきた。

「……は?」

 言っている意味が分からず、士道は少女に問い返した。

 少女はふんと鼻を鳴らして腕組みすると、尊大な調子で続けた。

「私に名をつけろ」

「………」

 少しの間沈黙した後で、

(お、重いっ!!!)

 いきなり自分に課せられた重大な責任に、士道は思わず心の中で絶叫した。

「お、俺がか!?」

「ああ。どうせお前以外と会話をする予定はない。問題あるまい」

 

 

 

 

 その頃、ラタトスク艦内。

「うっわ、これまたヘビーなの来たわね」

 自分の兄がかなり重い事を言われているのを見て、琴里は頬を掻いていた。

「……ふむ、どうしたものかな」

 艦橋下段で令音が琴里の言葉に応えるようにうなる。

 艦橋にはサイレンが鳴っているものの、スクリーンにはさっきのように選択肢が表示されていない。

 AIでランダムに名前を組むだけでは、パターンが多すぎて表示しきれないのだろう。

「落ち着きなさい士道。焦って変な名前を言うんじゃないわよ」

 インカム越しに士道にそう言ってから、琴里は立ち上がってクルー達に声を張り上げる。

「総員! 今すぐ彼女の名前を考えて私の端末に送りなさい!」

 言った直後、手元のディスプレイに視線を落とす。するとすでに何名かのクルーから名前案が送信されてきていた。そしてディスプレイの最初に表示されている名前を見ると琴里は顔をしかめて、

「……川越! 美佐子って別れた奥さんの名前でしょ!」

「す、すいません! 他に思いつかなかったもので……」

 司令室の下部から、すまなさそうな音の声が聞こえてきた。

「ったく、他は……麗鐘(うららかね)? 幹本、なんて読むのこれ」

麗鐘(くららべる)です!」

「あなたは生涯子供を持つ事を禁じるわ。変な名前付けられた子供の気持ちを考えなさい」

 琴里が冷たい口調で言うと同時に、ゴンゴンとくぐもった音が艦橋に響いた。恐らく士道がインカムを指で小突いたのだろう。

 スクリーンに視線を戻してみると、少女が腕組みをしながら待ちくたびれたように指で肘を叩いていた。

 琴里は再び画面をざっと見てみるが、ロクな名前はない。思わず、はぁと盛大にため息をついてしまう。

 まったくセンスのない部下達だと琴里はやれやれと首を振った。

 少女の美しい容貌を改めて見る。彼女にふさわしいのは、古式ゆしい優雅さだろう。そう、例えば、

「トメ」

『トメ! 君の名前はトメだ!』

 士道が馬鹿正直に琴里から発せられた名前を言った瞬間、司令室内に真っ赤なランプが灯り、けたたましい警戒音が鳴り響く。

「パターン青! 不機嫌です!」

 状況を見ていたクルーの一人が、慌てた様子で声を荒らげる。

 大画面に表示された好感度メーターが、一瞬のうちに急下落していたのだ。

 さらに画面内の士道の足元に、マシンガンのように小さな黒い光球が連続して降り注いでいた。

『うぉおおおおっ!!』

「……琴里?」

 不思議そうな令音の声が聞こえて、琴里は首を傾げた。

「あれ? おかしいな。古風で良い名前だと思ったんだけど」

 

 

 

 

 

「うぉおおおおっ!!」

 放たれる黒い光球をBOARDの戦闘訓練で身に着けた連続バク転で次々とかわしていくと、ようやく黒い光球の雨が終わった。

(訓練受けてて良かった訓練受けてて良かった訓練受けてて良かった訓練受けてて良かった訓練受けてて良かった!!)

 士道は若干涙目になりながら、心の底から本気でそう思った。一方、少女の方は額に血管を浮かべて、

「……何故か分からないが、無性に馬鹿にされた気がした」

「す、すまん……。ちょっと待ってくれ……」

 冷静に考えてみれば、トメはない。全国のトメさん達には失礼極まりないかもしれないが、少なくとも今どきの女性達につけるような名前ではないだろう。

 それにそもそも、出会い頭に名付け親になってくれと言われるとは、さすがに予想していなかった。先ほどからバクバクと高鳴る心臓をどうにか抑えながら、考えと視線を巡らせる。しかし、女性の名前など都合よくポンポン出てくるわけがない。士道の頭の中に、知っている女性の名前が浮かんでは消えていく。

 だが、あまり時間が無いのも事実だった。現に今も、少女の顔がどんどん不機嫌になっていく。

「……と、十香」

 と、困った士道の口から、そんな名前が発せられた。

「む?」

「ど、どうかな?」

「………」

 少女はしばらく考え込むように黙り込んでから、再び口を開く。

「……まあ、良い。トメよりはましだ」

 士道は見るからに余裕のない苦笑を浮かべながら、頭を掻いた。

 が、それよりも大きな後悔が後頭部にのしかかってくる。

 その名前の由来が、四月十日に初めて会ったからというのは、かなり安直な気がしたからだ。

「……何やってんだ、俺……」

「ん、何か言ったか?」

「あ、いや、なんでも……」

 士道が慌てて手を振る。少女は少し不思議そうな表情を浮かべながらも、深くは追及してこなかった。すぐに士道に近づいてくると、

「それで、トーカとは、どう書くのだ?」

「ああ、それは……」

 士道は黒板の方に歩くと、チョークを手に取って『十香』と黒板に書いた。

「ふむ」

 少女は小さくうなってから、士道の真似をするように指先で黒板をなぞる。すると少女の指が伝った跡が綺麗に削り取られ、下手くそな『十香』の二文字が記された。その光景を見て、便利なもんだなーと士道は若干場違いな事を思っていた。もしかしたらアンデッドや精霊といった非日常の連続に、徐々に感覚が麻痺してきているのかもしれない。

 少女はしばらく自分の書いた文字をじっと見つめてから、小さく頷いた。

「シドー」

「な、何だ?」

「十香」

「え?」

「十香。私の名だ。素敵だろう?」

「あ、ああ……」

 少し気恥ずかしくなって、士道は視線を逸らすようにして頬をポリポリと掻いた。

 しかし、少女……十香はもう一度同じように士道に言った。

「シドー」

 さすがにここまで来ると、士道にも少女の意図が分かった。若干の気恥ずかしさを覚えながらも、少女に向かって口を開く。

「と、十香……」

 士道がその名前を呼ぶと、十香は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「………」

 その笑顔を見て、心臓がどくんと跳ねた。

 彼女の笑顔を見るのが、これが初めてだったからだ。

 しかし、その時。

「え?」

 突然、校舎を凄まじい爆音と振動が襲った。

 とっさに黒板に手をついて体を支えるも、何が起こったのかさっぱり分からない。

「な、何だ!?」

『士道、床に伏せなさい』

 突如インカムに琴里の声が響いてきて、士道はわけが分からないまま言われた通りに床にうつ伏せになる。

 すると次の瞬間、けたたましい音を立てて教室の窓ガラスが一斉に割れた。ついでに向かいの壁にいくつもの銃痕が刻まれていき、教室の中はまるでマフィアの抗争のような有様になった。

「な、何だよこれ!」

『外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出すためじゃないかしら。ああ、それとも校舎ごと潰して、精霊が隠れる場所を無くすつもりかも』

「はっ、随分と物騒な事をやるもんだな、ASTも……!」

 床にうつ伏せになりながら、士道はそう言った。

 仮に自分達の攻撃で校舎が全壊しようとも、ASTには顕現装置(リアライザ)がある。すぐに直せるので、一回くらいはぶっ壊しても大丈夫という考えだろう。精霊を倒すためとはいえ、中々手荒なやり方である。

 士道が十香に視線を向けると、彼女は先ほど士道に対していた時はまったく違う表情を浮かべて、窓の外に鋭い視線を放っていた。

 もちろん、十香には銃弾はおろか窓ガラスの破片すら触れていない。

 だがその顔は、ひどく痛ましく歪んでいた。

「十香!」

 思わず士道は、さっき自分が付けたその名前を呼んだ。

「………っ」

 そこで十香は、視線を外から士道に映す。

 未だ銃声は響いているが、二年四組の教室への攻撃は一旦止んでいた。だが、もう少し時間が経てばASTの十香への攻撃が再開されるに違いない。

 士道が外に気を張りながら身を起こすと、十香が悲しげに目を伏せた。

「……早く逃げろ、シドー。私と一緒にいては、同胞に討たれる事になるぞ」

「………」

 彼女の言う通り、確かにここは逃げなければならないびだろう。そうしなければ、巻き添えを食う可能性も高い。だが、

『選択肢は二つよ。逃げるか、とどまるか』

 耳元に琴里の毛尾が聞こえてくる。士道はしばらく考え込んだ後、

「……こんな所で、逃げられるかよ。せっかくこうして話す事が出来たってのに……!」

 もしもここで逃げ出したら、次はどこで会えるか分からない。この場で会えたチャンスを手放すわけにはいかない。それに修羅場ならば、アンデッドとの戦いで何回も味わってきた。だから、こんな所で逃げ出すわけにはいかないのだ。

 するとそんな士道の耳に、琴里の声が再び聞こえてきた。

『まったく、馬鹿ね』

「何とでも言え」

『褒めてるのよ。あと、素敵なアドバイスをあげるわ。死にたくなかったら、できるだけ精霊の近くにいなさい。そこなら攻撃は当たらないはずよ』

「……おう」

 士道は気を引き締めると、十香の足元に座り込んだ。

「は……?」

 十香が士道の突然の行動に、驚いて目を見開いた。

「何をしている? 早く……」

「知った事か……! 今は俺と話してるんだろ。あんなの、気にすんなよ。この世界の情報、欲しいんだろ? 俺に答えられる事なら何でも答えてやる

「……十香は一瞬驚いた後、士道の正面に座り込んだ。

 

 

 

 

「………」

 ワイヤリングスーツを身に纏った折紙は、両手に巨大なガトリング砲を握っていた。

 照準をセットして引き金を引き、大量の銃弾を校舎に放つ。

 随意領域(テリトリー)を展開しているため、重量も反動もほとんど感じないが、本来ならば戦艦に搭載されている大口径ガトリングである。実際、四方から銃弾を受けた校舎は文字通り蜂の巣になり、その体積を減らしていた。

 とは言っても、これは顕現装置(リアライザ)搭載の対精霊装備ではない。ただ単純に、校舎を破壊して精霊をあぶりだすためのものだ。この武器では校舎を破壊できても、精霊の霊装を破壊する事はできない。

『どう? 精霊は出てきた?』

 ヘッドセットに内蔵されているインカム越しに、AST隊長である日下部燎子の声が聞こえてきた。

 彼女は折紙のすぐそばにいるのだが、この銃声の中では肉声などほとんど届かない。

「まだ確認できない」

 攻撃の手を止めないまま答えながら、目を見開いて崩れゆく校舎を睨み付けた。

 通常であればまともに見取る事すらできない距離だが、随意領域(テリトリー)を展開させている今の折紙には、校舎脇の掲示板に張られた紙の文字を読む事も可能なのだ。

 そして、折紙は静かに目を細めた。

 折紙達の教室である二年四組の外壁が、折紙達の攻撃によって完全にくずれおち、殲滅対象である精霊の姿が見えたのだ。

 が、

『……ん? あれは……』

 燎子が訝しげな声を上げた。

 それも当然だろう。教室の中には、精霊の他にもう一人少年と思しき人間が確認できたのだ。一応空間震警報は発令していたはずなのだが、もしかしたら生徒が逃げ遅れたのかもしれない

「何あれ。精霊に襲われてるの……?」

 燎子が眉をひそめながら声を発するが、折紙はそれに反応する事無く教室を見つめ続ける。

 精霊と一緒にいる少年に、見覚えがある気がしたからだ。

「………っ!」

 その少年の姿を見て、目を見開いた。

 何故ならその少年は、折紙のクラスメートである五河士道だったからだ。

「折紙?」

 隣から、燎子が怪訝そうに話しかけてくる。

 しかし折紙はそれに答えず、ただ頭の中で指令を巡らせる。

 全身に纏っている顕現装置(リアライザ)へ、最速起動の指令を。

「ちょっと折紙!? 待ちなさい! 折紙!」

『危険です。独断専行は避けてください』

 さすがに異常に気付いたのだろうか、燎子と本部からの通信がほぼ同時に響く。

 だが折紙はその通信を無視し、両手に携えていたガトリング砲を捨てて、腰に構えていた近接戦闘用の対精霊レイザー・ブレイド『ノーペイン』を引き抜いて校舎へと向かっていった。

 

 

 

 銃弾が吹き荒れる教師で、女の子と向き合いながら話す。

 今までブレイドとしてアンデッド達と戦ってきた士道だが、これはさすがに生まれて初めての経験だった。

 十香の力のためか、凄まじい数の銃弾は二人を避けるように校舎を貫通していく。

 しかし、目の前を銃弾が通り過ぎているというのに、不思議と士道の心の中は冷静だった。

 確かに銃弾は怖いが、正直言って雷を出したり大量のイナゴに化けたり信じられないような現象を操るアンデッドと戦ってきたせいで、あまりこういった物事に動じなくなってきているのだ。……あまり嬉しくない慣れではあるが、そのおかげで身構えずに少女と会話する事ができるので士道としては色々と複雑だった。

 会話の内容自体は、なんて事のないものだった。

 十香が今まで誰にも聞けなかったような事を質問し、士道が答える。ただそれだけの繰り返しで、十香は満足そうに笑っている。

 どれくらい話した頃だろうか、士道の耳に琴里の声が聞こえてきた。

『数値が安定してきたわ。もし可能だったら、士道からも質問をしてみてちょうだい。精霊の情報が欲しいわ』

 そう言われて、少し考えてから士道は口を開いた。

「なあ、十香」

「何だ」

「お前って、結局どういう存在なんだ? どうしてこっちの世界に……?」

「む?」

 士道の質問に、十香は眉をひそめながらも答えた。

「知らん」

「知らん、て……」

「事実なのだ。仕方ないだろう。……どれくらい前か、私は急にそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。自分がどういう存在なのかなど、知りはしない」

「そ、そういうものなのか……?」

 士道がやや困った様子で呟くと、十香はふんと息を吐いて腕を組んだ。

「そういうものだ。突然この世に生まれ、その瞬間にはもう空にメカメカ団が舞っていた」

「メカメカ団……? ああ、ASTの事か」

 メカ、つまり機械の鎧を身に纏い空を飛ぶ人間達とくればASTしかない。あまりに単純とも言える単語に、士道は思わず苦笑した。

 すると、インカムから軽快な電子音が鳴った。突然の出来事に士道が思わず眉をひそめると、琴里の声が再び聞こえてくる。

『チャンスよ、士道』

「え? 何がだ?」

『精霊の機嫌メーターが七十を超えたわ。一歩踏み込むなら今よ』

「踏み込むって……何をすれば良いんだよ?」

『んー、そうね。とりあえず、デートにでも誘ってみれば?』

「はぁっ……!?」

 琴里から放たれた言葉に、士道は思わず大声を上げた。

「ん、どうしたシドー」

 士道の大声を聞かれたのか、十香が士道に目を向けてきた。

「い、いや……気にしないでくれ」

「………」

 慌てて取り繕うものの、十香は無言でジト目を士道に向けてきて、士道は思わず額に冷や汗を垂らした。

『さっさと誘っちゃいなさいよ。親密度を上げるためにはこういう事も必要だと思うけど?』

「でも、こいつが出てきた時にはASTが……」

『だからこそ、よ。今度現界した時、大きな建造物の中に逃げ込んでくれるよう頼んでおくの。水族館でも映画館でも、デパートでもなんでも良いわ。地下施設があるとさらに良いわね。それならASTも直接は入ってこられないでしょ。前にも言ったけど、ASTの装備は屋内戦に向いてないんだし』

「そ、それはそうだけど……」

 士道が言うと、その士道の様子を妖しく思ったのか十香が視線を鋭くして士道に尋ねる。

「さっきから何をブツブツ言っている。……やはり、私を殺す算段を!?」

「ち、違う違う! 誤解だ!」

「なら早く言え。今なんと言っていた」

 そう言いながら十香は指先に光球を出現させ、いつでも士道を狙い撃ちできる準備する。それに士道がたじろぐと、はやし立てるかのような声が右耳に響いてくる。

『ほら、観念しなさい。デート! デート!』

 そして艦橋内のクルーを煽動したのか、インカムの向こうから遠雷のようなデートコールが聞こえてくる。

『デ・エ・ト!』

『デ・エ・ト!』

『デ・エ・ト!』

 ……どうでも良い事だが、現在士道は命がかかっている状況である。なので、インカムの向こうから聞こえてくる大合唱が心なしか少し楽しそうに聞こえるのは気のせいだと思いたい。

「あーもう、分かったよ!」

 あまりの照れくささに頭をくしゃくしゃと掻いて、士道はそう叫んだ。そして十香の目を真っ直ぐ見て、

「なあ、十香」

「ん、何だ?」

「そ、そのだな……こ、今度俺と」

「ん」

「で、デートしないか?」

 すると十香は言葉の意味が分からなかったのか、不思議そうな表情で士道を見つめ返す。

「デェトとは何だ」

「そ、それは……」

 聞き返されると妙に気恥ずかしい気分になって、士道は視線を逸らした。

 その時、右耳に少し大きめの琴里の声が響いた。

『士道! ASTが動いたわ!』

「なっ!?」

 目前にいる十香にも聞こえてしまっているのだろうが、士道は構わずに声を発した。

 その瞬間、いつの間に接近していたのか、教室の外から突然折紙が現れた。

「っ!!」

 十香が一瞬のうちに表情を険しくすると、折紙に向かって手のひらを向ける。折紙はそれに構わずに手にしている機械から光の刃を出現させると、十香に斬りかかる。凄まじい火花が辺り一面に飛び散り、士道は眩しさのあまり思わず目を細める。

「くっ……!」

「――――――無粋!」

 十香は一喝するように叫び、魔力で形成された刃を折紙ごと振り払う。折紙は微かに歯を食いしばりながら後方へと吹き飛ばされるが、すぐに姿勢を整えて床に華麗に着地する。

「ち、また貴様か……」

 今まで光の刃を受け止めていた手を、調子を確かめるように軽く振りながら吐き捨てるように十香が言う。

 折紙は士道の方をちらりと見ると、安心したかのようにほっと小さく息をついた。きっと、士道が十香に襲われていると思っていたのだろう。

 そしてすぐに剣を構えなおし、十香に殺気が込められた冷たい視線を放つ。

「………」

 その様子を見た十香は士道を一瞬見てから、自分の足元の床に踵を勢いよく突き立てる。

塵殺公(サンダルフォン)!」

 十香がそう叫んだ瞬間、教室の床が隆起して、そこから士道が前に見た玉座が出現する。

「んな……っ!」

『士道、離脱よ! 一度フラクシナスで拾うから、できるだけ二人から離れて!』

 焦った調子で琴里が叫ぶが、周囲に逃れられる場所などどこにもない。その間にも十香が玉座の背もたれから剣を抜き、折紙に向かって振るった。

 その際の衝撃波で、士道の体は簡単に校舎の外に吹き飛ばされた。ちなみに、ここは三階である。この高さから地面に落ちれば、ブレイドに変身でもしていない限り地面に真っ赤な華が咲く事になる。

「やっべ……っ!」

 士道が思わず顔をひきつらせたが、その瞬間士道の体が無重力に包まれた。

 不思議な浮遊感を感じながら、士道はフラクシナスに回収されたのだった。

 

 

 

 

 

「………」

 自分の校舎が爆発する光景を、相川始はただ静かに見つめていた。

 現在は空間震警報が発令されており、周囲には彼以外の人間は一人もいない。彼は近くにあるシェルターから、こっそりと抜け出してきたのだ。

「……あの破壊力に、この霊力……やはり精霊か」

 と、始は一般人なら知らないであろう存在の名称を呟くと、ふと考え込むように目を細める。

(だが、このタイミングで精霊だと? いくらなんでも不自然すぎる……。一体、この世界で何が起きている?)

 と、しばらく考え込んでから、ふんと鼻を鳴らして校舎に視線を戻す。

(……まぁ良い。何が起こってるのかは知らんが、もしも彼女達を傷つける事になったら……消すまでだ)

 校舎にいるであろう精霊を鋭く睨むかのような視線を送ってから、始はその場から姿を消した。  

 




更新できるだけ早くしていきたい……だけど中々進まない……!
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