デート・ア・ブレイド   作:白い鴉

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ようやく書けた………! 次回でようやく、原作第一巻の終了です。


第八話 仮面ライダー

 

 

「あ………」

 折紙は随意領域(テリトリー)で強化された視力で、崩れ落ちる士道の姿を見ながら、思わずそんな声を発していた。

 宅地開発のため平らに整備された地面に腹ばいになり、『C(クライ)C(クライ)C(クライ)』を構えた状態のまま、数瞬の間体を硬直させる。

 数秒前、折紙は、『C(クライ)C(クライ)C(クライ)』の顕現装置(リアライザ)を起動させると、装填された特殊弾頭に攻性結界を付与させ、完璧に狙いを定めてから引き金を引いた。

 外れる要素など微塵もなかった。

 士道が、精霊を突き飛ばさなければ。

 彼女の放った弾丸は、精霊の代わりに士道の身体を綺麗に削り取っていた。

「――――――」

 今度は声すら出なかった。

 自分の引き金を引いた指が、微かに震えているのが分かる。

 だって、今、自分は、士道を……。

「折紙!」

「………っ!」

 聞こえてきた燎子の声で、折紙は我に返った。

「悔いるのは後にしなさい! あとで死ぬほど責めるから! 今は……」

 そう言って燎子は、戦慄した様子で公園を睨み付けた。

「生き延びる事だけ、考えなさい……!」

 

 

 

 

「シドー……?」

 十香は呆然と士道の名前を呼ぶが、返事はない。

 その理由は明白だった。士道の胸には、十香の掌を広げたよりも大きな穴が開いている。

 頭が混乱して、意味が分からない。

「シ……、ドー……」

 十香は士道の頭の隣に膝を折ると、その頬をつついてみる。

 反応はない。

 さっきまで十香に差し伸べられていた手は、一部の隙間もなく真っ赤な血に濡れていた。

「う、あ、あ、あ……」

 数秒経ってから、ようやく頭が状況を理解し始める。

 辺りに立ちこめる焦げ臭さには覚えがあった。

 いつも十香を殺そうと襲ってくる一団……ASTのものだ。

 なんのためらいもない、研ぎ澄まされた一撃。恐らく、自分が何回も刃を交えたあの女。

 いくら十香でも、霊装を纏っていない状態であの一撃を受けたなら、無事ではすまなかっただろう。

 まして、何の防護もない士道がそんな攻撃を受けてしまったら。

「………」

 十香は途方もない眩暈を感じながらも、未だ空を眺めている士道の目に手を置いて、ゆっくりとまぶたを閉じさせてやった。こうして見ると、目の前にいる士道はまるで眠っているように見えた。

 それから、着ていた制服の上着を脱いで優しく士道の亡骸にかけてやる。

 そして十香はゆらりと立ち上がると、顔を空に向けた。

 一瞬、十香はこの世界で生きられるかもしれないと思った。

 士道がいてくれたなら、なんとかなるのかしれないと思った。

 とても大変で難しい事だろうけれど、士道がそばにいてくれたら、それもできるかもしれないと思った。

 だが、やはり駄目だった。

 この世界は、やはり十香を否定した。

 それも、彼女の考え得る限り、最も最低最悪な手段を以て。

「<神威霊装(アドナイ)十番(メレク)>……!」

 喉の奥からその名を絞り出す。それは、霊装。絶対にして最強の、十香の領地。

 その瞬間、世界が啼いた。

 周囲の景色がぐにゃりと歪み、十香の身体に絡みついて、荘厳な霊装の形を取る。

 そして光り輝く膜がその内部やスカートを彩り……災厄は、降臨した。

 ぎしぎし、ぎしぎしと空が軋む。

 まるで、突然霊装を顕現させた十香に、不満をさえずるかのように。

 十香は、視線を少し下げた。

 山が削り取られたかのように平らになった高台に、今士道を撃った人間がいる。

 殺すに足りてしまった人間がいる。

 十香は地面に踵を突き立てた。

 その瞬間、巨大な剣が収められた玉座が出現する。

 十香は軽く地を蹴ると、玉座の肘掛けに足をかけて背もたれから剣を引き抜く。

「よくも」

 自分の目が、湿る感覚がする。

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」

 十香は剣を握る手に力を込めると、視線の先まで距離を殺した。

「なっ!?」

 瞬きほどの間も置かずに、十香は今し方見ていた高台に移動していた。

 目の前には、驚愕に目を見開く女と、無表情の少女がいる。

 憎くて憎くてたまらないその顔を見ると同時に、十香は吼えた。

「<塵殺公(サンダルフォン)>――――【最後の剣(ハルヴァンヘレブ)】!!」

 その瞬間、十香が足を置いていた玉座に亀裂が走り、バラバラに砕け散る。

 さらに玉座の破片が十香の握った剣に纏わりつき、そのシルエットをさらに巨大なものに変えていく。

 全長十メートルはあろうかという、長大にすぎる剣。

 しかし十香はその剣を木の枝でも操るように軽々と振りかぶると、二人の女に向かって振り下ろす。

 刀身の光が一層強いものになり、一瞬にして太刀筋の延長線上である地面を這っていく。

 次の瞬間、凄まじい爆発が辺りを襲った。

「なっ……!」

「………く」

 すんでの所で左右に逃れた二人が、戦慄に染まった声を上げた。

 それはそうだろう。十香は今の一撃で、広大な台地を縦に両断したのだから。

「この、化け物め……!」

 長身の女が叫び、剣のようなものを振るって十香に攻撃を仕掛けてくる。

 だがそんな攻撃が霊装を纏った十香に通じるはずもない。視線をそちらに向けるだけで、その攻撃は一瞬の内に霧散した。

「嘘……」

 女の顔が、絶望に染まる。

 だが十香はそんなものにはまったく興味を示さず、もう一人の少女に目を向けた。

「――――鳴呼(ああ)。貴様だな、貴様だな」

 静かに、唇を開く。

「我が友を、我が親友を、シドーを殺したのは貴様だな」

 十香がそう言うと、ほんの少しだけだが、少女が初めて表情を歪めた。

 しかし、そんな事はどうでも良かった。

 【最後の剣(ハルヴァンヘレブ)】を顕現させた十香を止められるものなど、この瀬化に存在しないのだから。

 絶望と憎しみ、そして殺意で真っ黒に淀んだ瞳で少女を見下ろしながら、十香は冷静に狂い始めた。

「殺して(ころ)して(ころ)し尽くす。死んで()んで()に尽くせ」

 

 

 

 

 

「………やはり精霊か」

 天使と霊装を顕現し暴れている十香を見てそう呟いたのは、黒いスーツを身に纏ったような姿とハートを連想させる赤い複眼が特徴的なライダー、カリスだった。

 カリス――――相川始はASTのようにここで士道達を待ち伏せしていたわけではない。ついさっきまでは彼はハカランダで遙香の手伝いをしていたのだが、そこに突然空間震警報が鳴り始めたのだ。

 それだけならば彼も彼女達と一緒にシェルターへ避難していただろうが、今回の場合は状況が違っていた。いつもなら空間震が起こった後に感じられるはずの霊力が、今回は空間震警報が鳴り始める前から微かに感じられたのだ。

 それに気づいた始は遙香と天音を近くにあるシェルターに送ってから、忘れ物があると嘘をついてからカリスに変身してここに来たのだ。

「………だが、何が起こったんだ?」

 前に学校に現れた彼女の霊力も凄まじいものだったが、今回はその時の霊力など比べ物にならないぐらいほど霊力が跳ね上がっている。ASTが応戦しようとしているが、これでは相手にならないだろう。

 一体、何が原因で彼女の力はここまで跳ね上がったのだろうか。

 と。

「………」

 カリスは天使を振るって暴れている十香の姿を見て、それに反応するかのように自分の本能が声を上げているのが分かった。

 戦え。

 壊せ。

 目の前にある世界全てを、破壊しつくせ――――――!!

「………ぐっ!」

 カリスは微かに後ずさりながら、自分の本能の声を黙らせようとする。

 本来ならばその声に従って戦いに行く所だが、目の前の精霊の力はこうして見ているだけでも凄まじいという事が分かる。今戦いに行けば不死である自分が勝つだろうが、きっと自分も深手を覆う。

 落ち着け、とカリスが自分に言い聞かせようとした時だった。

「………? あれは………」

 そこで、カリスの真紅の複眼があるものを捉えた。

 それは、地面に倒れている人間だった。その人間の体からは大量の血が流れており、恐らくもう息は無いだろう。だがカリスが気になったのは、微かに見える人間の顔だった。

 その人間の顔は、

「………五河?」

 自分と同じクラスにいる、五河士道という人間だった。

 カリスは士道と暴れている十香を交互に見ながら、ある考えを思いついて口にする。

「まさか、五河の死が原因であの精霊は……」

 そう呟いた直後、カリスの目にさらに信じられないものが映り込んだ。

「何……?」

 カリスはそれを見て思わず、驚いた声を出した。

 それは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令……っ!」

「分かってるわよ。騒がないでちょうだい」

 琴里は口の中で雨を転がしながら、狼狽した様子の部下に言葉を返した。

 フラクシナス艦橋。正面モニタには現在、身体をごっそりと削り取られて倒れ伏した士道と、精霊・十香の戦闘映像が表示されていた。

 部下の動揺も分からなくはない。

 状況は、圧倒的に、絶対的に、破滅的に、絶望的だった。

 ようやく空間震警報が鳴り始めたようだが、住民の避難はほとんど終わっていない状態で、十香とASTの戦闘が始まってしまったのだ。

 人の住んでいない開発地というのが唯一の救いだが、精霊である十香の一撃は、そんな楽観を容易く打ち砕いた。

 今までの十香が可愛く見えるほどの、超越的な破壊力。

 たったの一撃で広大な開発地は二分され、中心に深淵を作ってしまっている。

 そして、ラタトスクの最終兵器であったはずの五河士道の突然の死。

 琴里達は、考え得る限り最悪の状況に立たされた格好になっていた。

 だが、

「ま、ちょっと優雅さが足りないけど、騎士(ナイト)としては及第点かしらね。今のでお姫様がやられてたら目も当てられなかったわ」

 琴里は、さほど深刻そうな調子も見せずにそう言ってから、いつものようにキャンディの棒を動かした。

 そんな琴里に、クルー達が戦慄したような視線を向けてくる。

 まあ、それは仕方あるまい。血が繋がっていないとはいえ、今まさに兄が死亡したばかりなのだから。

 だがそんな中になって、令音と神無月だけは違った反応を見せていた。

 令音は、相変わらず平然とした様子で十香の戦闘をモニタリングし、データを採取している。

 神無月の方は少し様子が違う。頬に朱が差し、口から唾液が漏れている。

 見るからに、もしも自分の体に士道のような穴が開いたらどうなるのかと興奮している顔である。

「とう」

「はうっ!?」

 琴里は興奮している神無月のすねを蹴り飛ばすと、その場に立ちあがった。

 そしてふんと鼻を鳴らしながら、半眼を作って令音と神無月以外のクルー全員に告げる。

「良いから自分の作業を続けなさい。士道が、これで終わりなわけがないでしょう?」

 そう。ここからが士道の本当の仕事なのだ。

「し、司令! あれは……!」

 と、艦橋下段の部下が画面左側――――公園が映っているものを見ながら、驚愕に満ちた声を発してきた。

「……来たわね」

 キャンディの位置を変えて、にやりと口元を歪ませる。

 画面の中には公園に横たわり、制服の上着を掛けられた士道が映っていたのだが、その士道に異変が起こっていた。

 彼にかけられていた制服の上着が、突然燃え始めたのだ。

 精霊の生成物が消失しているとか、太陽光によって火が付いたとか、そういう話ではない。

 何故なら、燃えていたのは制服では無かったのだ。

 制服が燃え落ち、綺麗にくり抜かれた士道の身体が露わになる。

 そこで、フラクシナスのクルー達は再び驚愕の声を上げた。

「き、傷が……」

 そう。ぽっかりと消失した欠損の断面が、燃えているのだ。

 その炎は士道の傷を見えなくするぐらいに燃え上がってから、徐々にその勢いを無くしていく。

 その炎が舐めとった後には、完全に再生された士道の身体が存在していた。

 そして、

『……ん』

 画面の中に横たわった士道が、

『ん…………ぉ熱っちゃぁぁぁぁぁぁっ!?』

 と、未だ腹にくすぶっていた火を見て跳ね起きた。

 慌てた様子でバンバンと腹を叩き、火を消し止めてから呟く。

『て……あ、あれ? 俺……なんで……』

 艦橋内が、完全に死んだ状態から蘇った士道を見て、騒然となる。

「な……し、司令、これは……」

「言ったでしょ。士道は一回くらい死んだって、すぐニューゲームできるって」

 琴里は唇を舐めながら部下にそれだけ返した。

 クルー達は一斉に訝しげな視線を琴里に向けるが、彼女はその視線を無視して次の指令を出す。

「すぐに回収して。彼女を止められるのは士道だけよ」

 

 

 

 

 

「伊坂様、あれは……!」

 どこかにある研究所で、眼鏡をかけた男はスクリーンに映っている士道を見て驚愕の声を出した。

 観察対象である士道が撃たれるのを見て、研究所内もかなり騒然としたのだが、今はすっかり静まり返っている。その理由は明白で、死んだはずの士道が生き返ったからだ。

 当然そんな事を予想すらしていなかった眼鏡の男は呆然とした表情でスクリーンの中の士道を見ていたのだが、横にいる伊坂は少し目を見開きながらも眼鏡の男ほど驚いてはいないようで、落ち着いた声を出した。

「ほう。さすがにこれは想定外だな。ただの人間だと思っていたが、あんな力も持っていたのか」

「すると奴も、精霊、なのでしょうか……?」

 眼鏡の男が伊坂に尋ねると、伊坂はそれを否定するように首を横に振った。

「それはないだろう。奴からは霊力が感じられない。もしも奴が精霊なら、かすかにでも霊力を感じるはずだ」

「では、奴は……」 

 眼鏡の男がさらに言葉を続けようとした時だった。

 自分達が観察していた少年が、突然その場から姿を消してしまったのだ。異変の連続に、眼鏡の男は再び驚いた声で伊坂に言った。

「今のは……? まさか、あれも……!」

「いや、あれは違うな。恐らく人間が作った転移装置によるものだろう」

「転移装置? しかし、一体そこの組織が……!?」

 そこで伊坂は何やら考え込むように顎に手を当ててから、眼鏡の男にこう尋ねた。

「確か、ブレイドを監視している最中、妙な人間達がいたと言っていたな?」

「ええ。何やら、ブレイドと精霊を誘導しているような動きをしていたそうですが……」

 すると伊坂はふっと口元に笑みを作り、

「なるほど。その組織が分かった」

「え?」

「恐らく、ラタトスク機関だ」

 ラタトスク機関。その名前を聞いて、眼鏡の男は目を見開いた。

 一応、精霊の事を調査する過程で、その組織の名前は聞いた事があった。

 武力で精霊を殲滅しようとするASTに対し、話し合いで精霊と和解しようとする組織。

 それが、ラタトスク機関。

 とは言っても、男を始め研究員達はほとんどその組織の事を信じていなかった。その組織の人間を見た事は一度もないし、何よりも精霊を救おうという考えが嘘くさかったからだ。

 だから彼らは、ラタトスク機関というのはどこかの誰かが流した噂話だと思っていた。

 伊坂はスクリーンを見つめながら、

「そう考えれば辻褄が合う。そもそもおかしいと思っていた。ブレイドはあくまでもアンデッドと戦う存在だ。それなのに、何故精霊と接触していたのか。しかもあの精霊の態度から推測すると、ブレイドと精霊は何回か会っている。よほど運が良ければそういう事もあるかもしれないが、そんな事はほぼありえない。とすると、何か巨大な組織の意思が働いていると思うのが自然だ」

「それが、ラタトスク機関?」

「だろうな」

 伊坂は頷くが、眼鏡の男は不安げな表情を変えないままさらに言葉を続けた。

「しかし、ASTに加えてラタトスク機関もこの件に関わっているとしたら厄介です。奴らもきっと、かなりの力を有しているはず。もしもそれで我々の計画が……」

 たった今使った転移装置を見れば分かるように、ラタトスクはかなり高度の科学技術を誇る組織なのだろう。ASTに加えてラタトスクまでもこの場に干渉するならば、本当に自分達の計画が潰されかねない。

 だが、その男の言葉を聞いても伊坂は余裕の笑みを浮かべたままだった。

「それについても心配はない。奴らの存在はこの私ですら噂程度でしか聞いた事が無かった。それはつまり、他の組織もラタトスク機関の事を深く知ってはいないという事だ。ASTなどはもしかしたら、存在自体知らないかもしれないな。……つまり、奴らは自分達の情報を外に漏れる事が無いように細心の注意を払っているという事だよ。そんな奴らがASTがいるあの場所で、自らの存在を知らしめるような事をしようとは思わないだろう」

「なるほど……。では、仮にアンデッドが現れたとしても、奴らが干渉する事は無いと?」

「可能性が無いとは言い切れないがな。だが、いかにラタトスクでもアンデッドは殺せない。最終的にはブレイドが戦うしかないのだよ」

 そう言うと、伊坂はついさっきまで士道がいた場所をじっと見つめながら言った。

「そう……ブレイドには戦ってもらわなければならない。全てを凌駕する、究極のライダーを造り出すためにな」

 それから、眼鏡の男に視線を向けて告げた。

「ブレイドが戻り次第始める。奴を出しておけ」

「はっ。……しかし、ブレイドは本当に戻ってくるのでしょうか?」

 すると伊坂ははっと鼻で笑いながら、断言するように言う。

「精霊と話し合いで和解しようという組織に協力するような酔狂な奴が、暴れている精霊をそのままにしておくとは思えん。……奴は必ず戻ってくる。扱いやすい駒だよ」

 

 

 

 

 

 意味が分からない、と士道は思った。

 士道は自分の腹を触りながら、盛大に眉の間にしわを寄せる。

 着ていたブレザーとワイシャツには綺麗な穴が開き、ネクタイは途中から千切れている。

 しかしそんな恰好も、今は気にならなかった。

 もっと気にかけなければならない事が、あったからだ。

「俺……なんで生きてんだ?」

 もう一度腹を触りながら、そう呟く。

 あの時とても嫌な予感がして、思わず十香を突き飛ばした。

 次の瞬間腹に穴が開いて……、意識が途絶えたのだ。

 実際服には穴が開いてるし、盛大な血の染みも残っている。ただの白昼夢では断じてないだろう。

 ちなみにブレイバックルは穴が開いている位置とは逆の懐に入れていたため無傷だった。

「そうだ、十香……!」

 あの攻撃は間違いなく十香を狙っていた。

 一体十香はどうなったのだろうか。その姿を探して辺りに目を向ける。

 そして、周囲の光景を目の当たりにして、絶句した。

 確かにさっきにはあったはずの、宅地開発中の現場や、三十年前に地形が変わって以来まだほとんど手を入れられていない山などが、まるで空襲を受けたかのように滅茶苦茶に崩壊していたのだ。

 否……少し違う。どちらかと言うと、巨大な剣で何度も何度も斬り裂かれたかのように、鋭利な断面をいくつも覗かせていたのだ。

「あれは……」

 と、士道が呆然と呟いた瞬間。

「うぁ……!」

 士道は、自分の体から重さが無くなるのを感じた。

 この感覚は初めてではない。フラクシナスの転移装置だ。

 士道がそれを認識した時にはもう、士道の視界は高台の公園ではなくフラクシナスの内部に変貌していた。

「こちらへ!」

 と、そこに控えていたフラクシナスのクルーが大声を上げてくる。少し混乱しながらも、士道は艦橋に引っ張られていった。

 そして艦橋に到着すると、

「お目覚めの気分はいかが、士道」

 艦橋上段の艦長席に腰掛け、チュッパチャップスの棒をピコピコやりながら、琴里が言ってきた。

 士道はきぃんと鳴る耳を軽く叩きながら、眉をひそめる。

「……ちょっと状況が分からん。一体どうなったんだ?」

「ん、士道がASTの攻撃でやられて、キレたお姫様がASTを殺しにかかってるわ」

 言いながら、ちょいちょいと艦橋の大スクリーンを指差す。

「んな……」

 そこには巨大な剣を振るって山を切り刻む十香と、応戦するASTの姿があった。

 いや、応戦なんて呼べるものではない。

 ASTは猛烈な勢いで攻撃を仕掛けているが、十香には微塵も届いていない。

 逆に十香の斬撃は、直撃せずともその余波だけで、随意領域(テリトリー)を無視してウィザード達の飛行を乱し、容易く吹き飛ばしている。

 ただただ一方的で圧倒的な、王者の行進。

「完全にキレてるわ。よっぽど士道を殺されたのが許せないのね」

 言ってから、琴里が肩をすくめる。

「……っ、何だよ、それ……! ていうかそうだよ! 俺は何で生きてんだ!?」

 士道が叫ぶと、琴里は明らかに何かを知っているようでニヤニヤと笑い始めた。

「ま、その話はあとにしましょ。今はもっと他にする事があるんだから」

 琴里が画面の十香に目を向けながらそう言った。

「他に、する事?」

「ええ。ウチとしても、精霊関係で人的被害が出るのは勘弁願いたいのよ」

「……っ、そんなの、当たり前だ!」

 士道が叫ぶと、琴里が楽しそうに目を細める。

「オーケイ、上出来よ騎士(ナイト)様。……じゃあ行くわよ。お姫様を止めにね」

 琴里は士道から視線を外すと、声を高らかに張り上げる。

「フラクシナス旋回! 戦闘ポイントに移動! 誤差は一メートル以内に収めなさい!」

『了解!』

 操舵手と思しき数名のクルーが、一斉に声を上げた。

 それに続いて、重苦しい音と共に微かにフラクシナスが震動した。

「だ、だけど琴里。十香を止めるって、そんな事できるのか?」

 スクリーンを見ての通り、今の十香は今まで士道が見た事が無いほど怒り狂っている。あの状態を止める策が、本当にあるのだろうか。

 しかし琴里は士道の言葉を聞いて、何言ってんだこいつと言いたそうな表情を浮かべると、

「できるのか、じゃなくてやるのよ。士道が」

 するとその言葉に、士道は思わず驚愕で目を限界まで見開いた。

「お、俺が!?」

「当たり前でしょ。いつまで日和ってんの。士道以外には不可能よ」

「でも、一体どうやって……」

 士道が額に汗を滲ませながら尋ねると、琴里は口からチュッパチャップスを引き抜き、怪しい笑みを浮かべた。

「知らない? 呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、一つしかないじゃない」

 それから、すぼめた唇でキャンディにチュッ、と口づけた。

 

 

 

 最悪とも言える状況だった。

 待機していたAST要員はすでに十名全員が参戦していたが、精霊に傷を負わせる事はおろか、接近する事すら叶わなかった。

 否……それ以前に、精霊は折紙以外の人間など意識の端にも入れてはいなかった。

 まるで、蟻を気にかけて歩く獅子がいないように。

「おあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 まるで涙に濡れた鳴き声のような咆哮を上げて、精霊が巨大すぎる剣を振り下ろす。

「………っ」

 折紙はスラスターを駆動させ、身を捻って空に逃れる形でその一撃を避けた。

 だが、剣圧の巻き起こした衝撃波が折紙の随意領域(テリトリー)を侵して彼女の身体を打つ。

「く……」

 油断は一瞬だった。

「あああああああああああああっ!」

 精霊が、吼える。

 そして思い切り肩を回すと、風を切り空気を割りながら、再度剣を折紙目掛けて振るってきた。

『折紙!!』

 燎子が声を荒げてくるが、もう遅かった。

 折紙の随意領域(テリトリー)に精霊の剣が触れる。

 その、瞬間。

「――――――」

 折紙は、自分の判断が甘かったことを知った。

 剣圧の余波で、おおよその威力を推し量っていたつもりだったが、明らかに世界が違った。

 己と比べる事すら、攻略法を考える事すら冒瀆に思えてしまう、暴虐なる王の鉄槌。

 時間は恐らく二秒もかかっていないだろう。

 随意領域(テリトリー)が。

 絶対の力を誇るはずの折紙の城が。

 音もなく、声もなく、打ち砕かれた。

 それと同時に、その加護を失った折紙の身体が空から地面へと叩き付けられる。

「ぁ――――」

『折紙!』

 燎子の声が、どこか遠く感じられた。

 随意領域(テリトリー)が解除されたためか、脳の負担は幾分か和らいだが、その代わり全身が酷く痛んだ。骨折は一か所や二か所では済まないだろう。傷口がどこかすら分からない血がワイヤリングスーツの中に溢れ、気持ちの悪い感触を作っている。重力を思い出したかのように急激に重くなった首を、ほんの少しだけ動かす。

 かすむ視界の中で、空に立った精霊の姿だけがはっきりと見えた。ひどく悲しそうな顔をして剣を握る、とても小さな少女の姿が。

「………終われ」

 精霊が剣を振り上げ、そこで止める。

 彼女の周囲に黒い輝きを放つ光の粒のようなものがいくつも生まれ、剣の刃に吸い寄せられるように収束していく。

 何らかの説明が無くても、分かる。

 あれは、間違いなく精霊の渾身の力を込めた一撃だ。

 随意領域(テリトリー)が展開されていない今の状況であれをまともに食らえば、間違いなく死んでしまう。どうにかして早くここから逃げなければならない。

 しかし、自分の体はあまりの激痛に悲鳴を上げていて、まるで動こうとしてくれなかった。

 燎子を始めとした他のAST要員もすでに戦闘不能状態に陥っている。精霊を止める事ができるものは、もう存在しなかった。

 そして剣が闇色の輝きを帯びるのを待って、精霊が剣を握る手に力を込める。

 と、その時だった。

「十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 空から。

 精霊よりももっと上から、そんな叫び声が聞こえてきた。

「え………?」

 折紙は、命の危険が迫っているというのに、思わずそんな場違いな声を発していた。

 何故ならその悲鳴は、ついさっき折紙が撃ってしまった少年のものだったのだから。

 

 

 

 

 

「おい琴里。本当にここから飛び降りて大丈夫なのか?」

 士道は現在、艦隊下部に位置するハッチにいた。ハッチからは当然ながら、赤い夕焼けに染まった空が見える。

 琴里から『十香を止める方法』とやらを聞かせてもらった後に、ここに来るように言われたのだ。

 士道がそう言うと、右耳のインカムから琴里の声が聞こえてきた。

『お姫様は滞空中よ。だったらそこから直接飛び下りるしかないわ。安心しなさい、低空まで下りてるし、精霊に接近したらこっちから重力中和してあげるから』

「もしもその重力中和とやらがうまくいかなかったらどうなるんだ?」

『地面に綺麗な花が咲くわね。真っ赤な』

 その言葉に、士道ははぁとため息をついた。

「ったく、めちゃくちゃだな。まぁいいや。やるんだったらさっさと始めようぜ」

 すると士道の言葉に、琴里は意外そうな声を上げた後、

『ずいぶんあっさりしてるわね。結構ごねるかと思ってたのに』

「そりゃあ、俺だって怖いよ。だけど、これ以上時間がかかったら十香を止められなくなるかもしれないんだろ。そんなの嫌だからな。……それに、度胸ならアンデッドとの戦闘で嫌ってほどつけられたし」

『ん? 何か言った?』

「なんでもねぇよ」

 最後の一言を聞いた琴里が尋ねてくるが、士道はそれだけ返すとハッチの真下を覗き込んだ。ここからでは見えないが、恐らくこの真下に十香が……自分が救うべき少女がいるはずだった。

 士道はハッチの近くに立って深呼吸を一度すると、インカムを通して琴里に言う。

「んじゃ、行ってくる。もしも死んだら化けて出てやるから覚悟しとけよ」

『はいはい。覚悟しててあげるから行ってらっしゃい。……幸運を』

 最後のその一言に笑いながら、士道はハッチから空へと飛び降りた。

 凄まじい風が身に纏った制服や頬の肉をはためかせ、今まで感じた事が無いぐらいの浮遊感が士道を襲う。

 と、そんな状況の中で、士道は視界の中に一つの影を見つけた。

「――――!」

 手足を突っ張って姿勢を安定させ、ぶれまくる姿勢の中でその少女の姿を捉える。

 そして。

「十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 力の限り声を張り上げて、その名を呼んだ。

 それから一拍もおかずに、身体にかかっていたGと浮遊感が和らぐ。

 フラクシナスからのサポートだろう。まだ落下している事に変わりはないが、これならば地面に衝突する危険性は低くなる。

「――――」

 十香が、士道の声に気付いたからか、長大な剣を振りかぶったまま顔を上に向ける。

 頬と鼻の頭は真っ赤で、目は涙に濡れてぐしゃぐしゃだった。彼女には悪いかもしれないが、なんともみっともない有様だった。

 そんな十香と、目が合った。

「シ……ドー……?」

 まだ状況を理解できていない様子で、十香が呟く。

 だんだんと緩やかになっていく落下速度の中で、士道はそんな十香の両肩に手をかけた。空に立つ十香の助力を得るような格好で、その場にとどまる。

「よう、十香」

「シドー………ほ、本物、か……?」

「ああ……一応本物だと思う」

 士道が言うと、十香は唇をふるふると震わせた。

「シドー、シドー、シドー……!」

「ああ、なん………」

 と答えかけた所で、士道の視界の端に凄まじい闇色の光が満ちた。

 十香が振りかぶったまま空中に制止させていた剣が、あたりを夜闇に変えんばかりに真っ黒な輝きを放っているのだ。

「な、何だこりゃ……」

「………! しまった………! 力を――――」

 十顔が眉をひそめると同時、刃から光が雷のように漏れ出て、地面を穿っていく。

「と、十香……! 一体何が起こってるんだ!?」

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】の制御を誤った……! どこかに放出するしかない……!」

「どこかってどこだ!?」

「…………」

 十香が無言で、ちらりと地面の方を見た。

 つられて士道も目をやると、そこには今にも死にそうな折紙が横たわっているのが見えた。

「いやいやいや! 駄目だからな!? 十香、あっちに撃っちゃ駄目だからな!?」

「で、ではどうしろと言うのだ! もう臨界状態なのだぞ!」

 言っている間にも、彼女の握る剣は辺りに黒い雷を撒き散らしていた。まるで機銃掃射のように、連続して辺りの地を抉っている。

 と、そこで士道は琴里の言葉を思い出した。

 十香を止め、その力を封印する唯一の方法。

「……十香。あ、あのだな。落ち着いて聞いてくれ」

「何だ! 今はそれどころでは……!」

「それを! 何とかできる……かもしれない可能性がある……んだよ!」

「何だと!? 一体どうするのだ!?」

「あ、ああ。その……」

 しかし士道は、すぐにはそれを口に出す事ができなかった。

 何故なら琴里の言ったその方法は、あまりに支離滅裂で、根拠に乏しくて、脈絡が無くて……。

「早くしろ!」

「………っ!」

 士道は腹を決めると、ようやくその口を開いた。

「そ、その、あれだ……! 十香! 俺と、キ………キスをしよう………!」

「何っ!?」

 十香が、眉根を寄せてくる。

 それはそうだろう、と士道は思った。この非常時にそんな事を言ったのだ。何かの悪ふざけと解釈されても仕方がない。

「す、すまん、忘れてくれ。やっぱり他に方法を……」

「キスとはなんだ!?」

「は……?」

「早く教えろ!」

「……キ、キスっていうのは、こう、唇と唇を合わせ……」

 と、士道の言葉の途中で。

 十香が何のためらいもなく、桜色の唇を士道の唇に押し付けてきた。

「――――――――っ!?」

 限界まで目を見開き、声にならない声を上げる。

 余談だが、十香とのキスはレモン味ではなく彼女が昼間食べていたパフェの味がした。

 そして、天にそびえていた十香の剣にヒビが入り、バラバラに霧散して空に溶け消える。

 さらに、彼女がその身に纏っていたドレスのインナーやスカートを構成する光の幕が弾けるように消失した。

「なっ……」

 十香が、狼狽に満ちた声を発する。

「…………!?」

 だが、どちらかというと驚いたのは士道の方だった。

 十香の剣や衣服が消失した事にではない。それは半信半疑ではあったものの、琴里から聞かされていたからだ。

 どちらかと言うと、キスをしたままの状態で十香が喋るので、接触していた唇が蠢き、士道の語彙力では表現しきれないカオスな状態になっていたのだ。

 十香の身体から力が抜け、地面に向かって落ちて行く。

 士道は朦朧とする意識の中で、逡巡しながらも、十香を離すまいと彼女の身体を強く握りしめた。とは言っても、かなり弱々しくだが。

 頭を下にしながら、唇と身体を合わせながら二人はそのまま下に落下していく。

 十香の霊装が光の粒子となり、その軌跡を残していく。

 それはもしかしたら、幻想的な光景だったのかもしれない。

 だが今の士道に、それを自覚できる程のゆとりは無かった。

 十香を支えながらゆっくりと落下していき、自分の体を下にして地面に着地する。

 そのまま少しの間重なり合ったままでいると、

「ぷは……!」

 まるで息継ぎでもするかのように、十香が唇を離して身体を起こした。

「す、すすすすまん十香! こうするしかないって言われて……!」

 士道は身体の上から十香が退くなり即座に跳ね起き、後方に飛び退くと同時に身体を丸めて鮮やかなジャンピング土下座を決めた。どれぐらい鮮やかと言うと、もしもオリンピックでこんな種目があったら金メダル受賞は間違いないレベルだ。

 だが何秒経っても、士道は頭を踏みつけられてもしなければ、罵倒されもしなかった。

「………?」

 不思議に思って士道が顔を上げてみると、十香はその場に座ったまま、不思議そうな顔をして唇に指を触れさせていた。

 いや、そんな事よりも、

「ぶはっ………!?」

 士道は目の前の光景に思わず顔を真っ赤にして硬直した。

 纏っていた霊装がボロボロに崩れた十香は、見事なまでの半裸状態になっていたのだ。

 士道の反応で十香もそれに気づいたらしく、慌てて胸元を隠す。

「み、見るな馬鹿者……!!」

「わ、悪い! とりあえず、これを着てくれ!」

 言いながら士道は顔を反対方向に向けながら、自分のブレザーを差し出した。十香はそれを瞬時に奪うと、さっと素早く身に着ける。さっき士道が狙撃された際に空いた穴がまだブレザーにあったら、それでも無いよりはマシだろう。

 気恥ずかしさで二人はしばらく黙っていたが、突然十香が消え入りそうな声を発してきた。

「……シドー」

「何だ?」

「また……デェトに連れて行ってくれるか?」

「ああ。そんなもん、いつだって行ってやる」

 士道はそう言いながら、力強く首肯した。士道の言葉に、十香は花のような笑顔になった。

 と、そこで士道はある事に気づき、こんな事を言った。

「そう言えば、折紙は大丈夫なのか? ずいぶん酷い怪我をしてたみたいだけど……」

 すると士道の口から出た名前に十香はむっとした表情を浮かべると、

「あんな奴、放っておけば良いではないか」

「そう言うなって……。まぁ医療用の顕現装置(リアライザ)を使えば大丈夫かもしれないけど……」

 士道がそう言った時だった。

 突然、ズボンのポケットに入っていた携帯電話が鳴り始め、士道は眉をひそめながら携帯電話を取り出した。画面には『広瀬』と表示されていた。

 一方、十香は初めて見る携帯電話を不思議そうに見つめながら士道に尋ねる。

「シドー。どうしたのだ?」

「ああ、ちょっとな……。少し待っててくれ」

 言いながら士道は電話の通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。

『五河君! 今大丈夫!?』

「は、はい。大丈夫と言えば大丈夫ですけど……どうしたんですか?」

『アンデッドよ!』

 広瀬から告げられた言葉に、士道は思わず目を見開いた。そしてインカム越しでこの会話を聞いているかもしれない琴里や、そばにいる十香の事を気にしながら士道は小声で広瀬に言う。

「場所は、どこですか?」

『ちょっと待って……。出た! 天宮市の高台公園!』

 広瀬の言葉を聞いて、士道は背筋に寒気が走るのを感じた。天宮市の高台公園と言ったら……今自分達がいるこの場所を置いて他にはない。士道は耳から携帯電話を離して、周囲を警戒する。

 と、自分を不思議そうに見つめている十香の背後から、彼女に何かが襲いかかるのが見えた。

「十香!」

「むっ……!?」

 十香の身体を抱えて地面に伏せると、その何かの攻撃は間一髪自分達をかすめた。それから士道と、彼に文句を言おうとして顔を上げた十香は襲撃者の姿を見た。

 全身を甲殻の鎧で多い、左肩部には二本の角、さらには左腕には鋭い二本爪、右腕には攻撃を防ぐ盾の役割を負うのであろう装甲がある。さらに半身の色が金色で、もう半身が黒色なのが特徴的だった。

 人を簡単に殺せる武器を持ち、明らかに人間ではなく、かと言って精霊にも見えないそれは……間違いなく士道が戦う人類の敵、アンデットだった。

「な、何だこいつは!?」

 初めてアンデッドの姿を見る十香が驚いた声を出す。士道は彼女を庇いながら、じりじりと後ろに下がった。

 そんな二人を見て、三葉虫の特性を持つアンデッド――――トリロバイトアンデッドは二本爪が生えた左腕を構えると、二人に襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

「アンデッドですって!?」

 琴里は艦長席から思わず身体を起こしそうになりながら、正面モニタを凝視する。そこには現在、士道達に向かって鋭い二本の爪を振るっている怪物、トリロバイトアンデッドが映し出されていた。その姿を見て、琴里は思わずガリッと忌々しげにキャンディを噛み潰しそうになる。

 士道が十香の霊力を封印するまでは予想の範囲内だった。しかし、全てが終わった後でアンデッドが襲ってくるのはさすがの琴里も予想外だった。

「令音、今すぐ士道と十香を回収してちょうだい!」

 強力な力を持つ十香でも、今は士道に霊力を封印されたためアンデッドとまともに戦う事は出来ない。士道にいたってはただの一般人だ。そんな二人がアンデッドと戦っても、待っているのは最悪の結末しかない。そう考えて琴里は令音に言ったが、令音はフラクシナスに備え付けられているコンピュータを見ながら、

「……駄目だ。シン達とアンデッドの距離が近すぎる。このまま二人をフラクシナスに回収したら、アンデッドも一緒に連れてきてしまう事になる」

「………くっ!」

 連続する不運に琴里は歯噛みしながらも、次の一手を打つのを諦めなかった。

「……世界樹の葉(ユグド・フォリウム)を展開するわ! 準備をしておいて!」

 世界樹の葉(ユグド・フォリウム)。それぞれが随意領域(テリトリー)を展開する、フラクシナスの汎用独立ユニットだ。通常は通信中継などに使われるが、上手く使えば敵の動きを止める不可視の壁を発生させる事もできる。これならばアンデッドの動きを止められる上に、士道と十香を無事に回収する事ができる。

 実はフラクシナスにはもっと強力な兵器が存在するのだが、恐らくそれを使ってもアンデッドを殺す事は出来ないので今回は使う必要はない。死なないからこそ、あの生物達にはundead(アンデッド)という名称がつけられているのだから。

 問題はあの場にいるであろうASTだが、さすがに背に腹は代えられない。ASTに自分達の存在が知られるのはなるべく避けたい所だが、士道と十香を失ってしまったら本末転倒である。今は二人をフラクシナスに回収する事を優先して考えなければならない。

「……きっと何とかするから、もうちょっとだけ持ちこたえなさいよ、士道……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ!」

 放たれるトリロバイトアンデッドの二本の爪をかわすと、二本の爪は十香の攻撃で軽く傾いていた鉄柵を易々と斬り裂いた。その威力に士道は冷や汗を垂らしながら、十香の手を引いてトリロバイトアンデッドから距離を取る。

 本来ならばすでに変身して戦っていても良いのだが、現在の士道は変身する事にためらいを覚えていた。

 その理由は、後ろにいる十香だった。

 士道は未だ十香に自分がブレイドという、アンデッドと戦う人間だという事を知らせていない。もしもそんな状態で、ブレイドに変身してアンデッドと戦えばどうなるだろうか。

 驚かれるだけならまだ良い。最悪なのは、自分が彼女の言うメカメカ団……精霊を殺す組織であるASTと同じ目的を持つ人間だと思われる事だ。

 そうなったら、彼女は裏切られたと思うかもしれない。心を許した相手が、自分を殺そうとする連中と同じ存在だと知り、また心を閉ざしてしまう可能性だってある。

 もしもそんな事になってしまったら、今までの自分の言葉が全て嘘だと思われるかもしれない。そうなったら、自分や自分と十香とのデートをサポートしてくれた琴里達の苦労も全て水の泡になる。そう思ったら、ブレイバックルに伸ばしている手が止まってしまっていた。

 士道は奥歯を噛み締めながらも、攻撃をかわしてトリロバイトアンデッドの腹に蹴りを入れてやる。しかし銃弾をも弾くであろう鎧にそんな攻撃が通じるはずもなく、カウンターだと言わんばかりに士道に二本の爪が放たれた。

「シドー!!」

 背後から悲鳴じみた十香の叫び声が響き、士道が思わず目を瞑りそうになったその時。

「――――――っ!」

 士道とトリロバイトアンデッドの間に何者かが割り込み、その攻撃を防いだ。

 士道はその人影の姿を見て、思わず目を見開きながらその人間の名前を口にする。

「鳶一……?」

 そう、その人影は、ついさっきまで倒れていた鳶一折紙だった。その手にはレイザーブレイド『ノーペイン』が握られている。

 しかし、調子は明らかに万全ではなさそうだった。頭から血が流れ、苦しそうな表情を浮かべている。こうして立っているだけでも激痛が走っているはずだ。

 それなのに。彼女は士道に顔を向けると、小さい声で告げた。

「……早く……逃げて……」

 そう言うと折紙はトリロバイトアンデッドの爪を弾き、トリロバイトアンデッドと交戦する。

 士道が呆然としていると、後ろの十香が士道に慌てたように尋ねてくる。

「シドー! あれは、一体何なのだ!? 何故私達を襲う!?」

 士道はその言葉に我を取り戻すと、十香に説明する。

「……あれは、アンデッドって生き物だ」

「あんでっど……?」

「ああ。不死身で、人を襲う怪物だ……」

「怪物………」

 士道の言葉で十香の声音が少し暗くなったが、士道はその事に気付かないまま話を続ける。

「このまま放っておいたら、また人を襲う。だから何とかしないといけないんだけど………。鳶一!」

 士道が叫んだ直後、トリロバイトアンデッドに吹き飛ばされた折紙が士道の前まで転がってきた。折紙は激痛で顔を険しくしながらも、士道の顔を見て言った。

「……士道……逃げて……」

「鳶一! しっかりしろ! おい!」

 士道が折紙の身体を両手で支え、彼女の名前を必死に呼んだその時だった。

 二人の横を十香が横切り、トリロバイトアンデッドの前に立った。

 まるで、自分が相手をするとでも言うかのように。

「……シドー。早くここから逃げろ。ここは私が足止めをする」

「なっ……。十香、お前、一体何を……」

「……それと、勘違いするな。貴様を助けるわけではない。ただ、貴様が死んだらシドーが悲しむからな。それだけだ」

 後半の台詞は恐らく、折紙に向かって言ったものだろう。その言葉に折紙は顔を上げて十香を睨み付けるが、士道はそれを無視して十香に叫ぶ。

「十香! お前、どうしてそんな事を言うんだよ! この世界で生きたいんじゃないのかよ!」

「………ああ。生きたい。だが、この怪物を放ってもおけない。私は、こいつと同じだからな」

「同じって……何言ってるんだよ?」

 士道が呆然とした調子で尋ねると、十香はどこか悲しげな調子で続けた。

「………こいつも私と同じ、辺りに破壊を撒き散らす怪物だ。だから、私が止めなければならない。殺せなくても、死ぬ覚悟で挑めば足止めぐらいはできるはずだ。……だからシドー、お前は早く逃げろ。人間のお前が、こんな事をする必要はない」

 そう言うと、十香は振り返って士道に顔を向けた。

 士道に向けられた顔は、まるで今にも泣き出しそうで、それなのに何故か笑みが浮かんでいて。

「怪物の相手は、怪物で充分だろう?」

 その言葉に、士道は思わず自分の呼吸が停止するのを感じた。

 さっきまで自分と一緒に笑い合っていた彼女が。この世界で生きていたいと思った彼女が。

 自分を生かすために。自分が生きたいと願ったこの世界を守るために。自分を怪物と断じて、目の前の怪物に立ち向かおうとしている。

 士道は奥歯が砕けんばかりに強く噛み締めると、十香の両肩を強く掴んで彼女の顔を無理矢理自分と向き合わせた。

「し、シドー?」

「この、大馬鹿野郎!!」

 怒りと共に放たれた叫びに、十香はビクリと親に叱られた子供のように体を震わせた。しかし士道はそれを無視して、彼女に叫び続ける。

「怪物だぁ!? そんなくだらねえ事もう一度言ってみろ! 絶対に許さねえぞ!」

「なっ………」

「良いか十香! お前は怪物なんかじゃない! あんな……人を襲ってもなんとも思わない、正真正銘の怪物のアンデットと同じなんかじゃない! お前は、この世界で生きていても良いんだよ! 何で分からねえんだよ!!」

 腹が立った。自分を簡単に怪物と言ってしまう目の目の少女に。

 何よりも、くだらない理屈を散々こねて戦おうとしない臆病者の自分に――――!

「な、ならばどうしろと言うのだ!? このままでは全員この場で奴に殺されてしまうぞ! だったら私が……!」

 十香の言葉は確かに間違ってはいない。このままでいたら、確実に全員殺されるだろう。

 戦えるのが十香一人だけだったら、の話だが。

 士道は十香の肩を掴む手に力を込めて彼女を無理矢理座らせると、今度は自分がトリロバイトアンデッドと向かい合った。

「良いから、ここで待ってろ。鳶一の事は頼んだぞ」

「し、シドー!」

「………士道……」

 心配そうに声を上げる十香の後ろで、折紙が顔を上げて自分を見つめていた。その眼は、自分に早く逃げて欲しいと訴えかけているようだった。だが士道は柔らかい笑顔を作ると、二人に言った。

「大丈夫だ。ここで待っててくれ」

 そう言うと、士道は表情を引き締めてトリロバイトアンデッドに向き直る。すると、不意にインカムから琴里の声が聞こえてきた。

『士道。何をやっているの? まさか、アンデッドと戦う気?』

「そうだって言ったら?」

 士道が答えると、一瞬の間を置いてから、

『危険よ。やめなさい』

「俺が止めたら、誰がアンデッドの相手をするんだよ」

 士道の言葉に苛立ったのか、琴里が口調を荒々しくして言ってくる。

『馬鹿な事を言わないで! 良い? 前にも言ったと思うけど、確かにアンデッドの力は精霊よりは弱いわ。だけどそれを差し引いてもアンデッドには不死身っていう厄介な体質があるし、何よりもあなたを何回も殺せる力だって……』

 しかしその言葉を遮るように、士道はインカム越しに琴里に言った。

「なぁ琴里。お前言ったよな。俺はお前らラタトスクの切り札だって」

『………? 言ったけど、それがどうしたのよ。それに、今はそんな事を言っている場合じゃ……』

「お前らの切り札は確かに俺かもしれない。………だけど、俺にだって切り札の一枚ぐらいあるんだよ」

 怪訝そうな声を出す琴里に士道はそう返すと、士道は懐からブレイバックルを取り出し、さらにラウズカードを取り出すとブレイバックルに勢いよく装填し腰に押し当てる。

 その瞬間、異変が起こった。ブレイバックルからシャッフルラップが飛び出すと同時、ブレイバックルが一人でに空中に浮かび上がり士道の周りを旋回し始めたのだ。

 まるで、この時を待っていたかのように。

 まるで、ようやく戦えると歓喜しているかのように。

 そしてブレイバックルが士道の腰に装着されると同時に、士道は右手の親指と人差し指を伸ばした状態でゆっくりと右腕を伸ばす。

 後ろの十香達だけでなく、インカム越しからも琴里の驚いたような気配が伝わってくるが、士道はそんな事をまったく気にしていない。ただ今までにないくらいに集中しているのが、自分でも分かった。

 そして手首をくるりと素早く回し、叫ぶ。

「変身!」

 それから左手を伸ばして右手でターンアップハンドルを引き、ラウズリーダーが回転すると音声が発せられた。

『Turn Up』

 するとブレイバックルから青色のオリハルコンエレメントが飛び出し、トリロバイトアンデッドの前で止まる。士道はオリハルコンエレメント目掛けて走り出すと、オリハルコンエレメントを潜り抜けると同時にトリロバイトアンデッドに強烈な右ストレートを放つ。

 その拳はトリロバイトアンデッドの顔面に直撃し、トリロバイトアンデッドは吹き飛ばされ地面を転がる。

 一方、オリハルコンエレメントを潜り抜けた士道の姿は、別の姿へと変わっていた。

 透視機能や高感度暗視機能を持つ真紅の複眼、オーガンスコープ。

 マイクロスーパーコンピュータ『ネクサス』を搭載する銀色の角のような部位、イデアランサー。

 全身の銀色の装甲は百二十トンの衝撃をも吸収するオリハルコンプラチナで造られている。

 左太腿のラウザーホルスターに収納されているのは、専用武器ブレイラウザー。

 それは人を襲う怪物、アンデッドと戦うために五河士道が変身する『(ブレイド)』の名を冠すライダー。

 ライダーシステム第二号、ブレイド。

 そしてブレイドの覚悟を示すかのように、額の『オプチカルビーコン』とオーガンスコープが輝いた。

 

 

 

 士道が変身した姿……ブレイドを見て、その姿を見た者達の反応はまさに様々と言えた。

 

 

 

 

「ブレイド、変身しました」

 眼鏡の男はそう言いながら、パソコンに表示されているブレイドの全身図を凝視している。伊坂はスクリーンに映っているブレイドからパソコンの画面に視線を移すと、眼鏡の男に尋ねる。

「融合係数はどうだ?」

「現在、五百六十四EHです」

「そうか……。見せてもらうぞ、ブレイド。お前の力をな……」

 そう呟きながら、伊坂は口元を微かに歪めた。

 

 

 

 

「………」

 士道達から離れた場所で士道がブレイドに変身するのを見ていたカリスは、自分のクラスメイトがライダーだった事に若干の驚きを感じながらも、戦いに参加するような事はせずこの場所でブレイドの戦いを見ている事にした。

 

 

 

 

「何ですって………?」

 フラクシナスの艦長席に座っている琴里は、正面モニタに映っていた自分の兄が自分の知識にない鎧を身に纏うのを見て、思わずそう呟いていた。

 開かれたその小さな口からキャンディが落ち、カツンという音を立てて床に落ちた。

 

 

 

 

「シ、シドー!?」

「………っ!」

 十香が驚いた声を上げ、折紙が目を見開くが、今のブレイドには説明する余裕などなかった。ラウザーホルスターに収納されているブレイラウザーを勢いよく引き抜くと、剣を構えた。

「来い!」

『キシャアアアアアアアアアア!!』

 まるで獣のような咆哮を上げながら、トリロバイトアンデッドがブレイドに向かって突進してくる。ブレイドのブレイラウザーとトリロバイトアンデッドの爪が激しくぶつかり合い、火花が散る。ブレイドがブレイラウザーを再び振るうとトリロバイトアンデッドが右腕の装甲で攻撃を防ぐが、ブレイドはがら空きになった腹部に蹴りを入れてトリロバイトアンデッドを怯ませる。

 その隙にブレイラウザーを振りかぶるが、その瞬間トリロバイトアンデッドの左肩部の二本の角がまるで手裏剣のように放たれ、ブレイドの胸部に直撃する。

「ぐあああっ!!」

 手裏剣を受けたブレイドの体勢が崩れると、トリロバイトアンデッドは一気に距離を詰めて左腕の爪を振るう。間一髪ブレイドはその攻撃をブレイラウザーで防ぐが、爪の威力に負けてブレイラウザーが地面に叩き落されてしまう。攻撃を受けたブレイドは鉄柵に寄りかかる形になったが、何の容赦もなくトリロバイトアンデッドはブレイドに爪による突きを放つ。

「うわっ!」

 ブレイドは横に転がってその攻撃を回避するが、その際に生じた隙を見逃すほどトリロバイトアンデッドも馬鹿ではない。ブレイドに向かって鋭い蹴りを放ち、攻撃をまともに受けたブレイドは吹き飛ばされ地面を転がった。

「シドー!!」

 倒れたブレイドに十香が悲鳴じみた叫びをあげ、トリロバイトアンデッドが立ち上がろうとしているブレイドにとどめを刺そうと飛びかかった。

 しかしその時、トリロバイトアンデッドの爪をブレイドが自らの右腕で防いだ。右腕から火花が散るが、ブレイドはまるでそれを無視するかのように立ち上がり、目の前の敵を睨み付ける。

「……もしもテメェらまで、十香を否定するって言うんなら……!」

 言いながら右腕でトリロバイトアンデッドの左腕を弾くと、左手の拳でトリロバイトアンデッドの腹を殴り、さらに右腕でその顔面を殴り飛ばす。ブレイドの拳を受けたトリロバイトアンデッドは吹き飛び、地面に身体を叩き付けた。

「十香は、俺が護る!」

 そう叫ぶとブレイドは地面に落ちていたブレイラウザーを拾い上げ、起き上がったトリロバイトアンデッドの身体を何回も斬り裂く。銃弾すら通さないはずのその身体から、まるで血のように火花が何回も噴き出した。

 

 

 

 

「六百EH……! 六百二十……! 六百五十……! 融合係数、まだ上がっています!」

「馬鹿な……一体、何が起こっているんだ?」

 眼鏡の男の報告に、伊坂は思わず困惑した声を出した。

 ついさっきまでブレイドはトリロバイトアンデッドの攻撃を受け、今にも倒されそうな状態になっていた。それを観察していた伊坂達も所詮これが人間の限界かと落胆していたのだが、ブレイドは立ち上がるなりカテゴリーA(エース)との融合係数を上げてトリロバイトアンデッドを圧倒している。

 しかも、融合係数の上がり方も異常だった。融合係数が上がると共に戦闘能力が向上するのは自分達の仮説通りだが、いくらなんでもブレイドの融合係数の上がり方は桁外れだ。さすがの伊坂もこんな事は予想外だった。

 伊坂達が驚いてる間にもブレイドの融合係数はさらに上昇していき、画面の中の数値はすでに九百にまで上がっていた。スクリーンに映し出されているブレイドも、ブレイラウザーを用いた凄まじい斬撃でトリロバイトアンデッドを攻撃している。

 その数値を見ながら、伊坂は思わず呟いていた。

「どういう事だ……。何が奴の力をここまで引き上げているんだ………?」

 

 

 

 

(……奴の力を引き上げているのは、奴の感情だ)

 一方、ブレイドとトリロバイトアンデッドの戦闘を見ているカリスも、ブレイドの異常なまでの融合係数の上がり方を感知すると同時に、その理由を看破していた。

(アンデッドに対する怒り。そして奴の精霊を想う心。それらが奴の融合係数を引き上げ、凄まじい力を引き出している………)

 そこまで考えた所で、抑え込んだはずの本能が再び声を上げようとしているのに気付いた。しかしカリスは再びその本能を抑え込むと、ブレイドとトリロバイトアンデッドの戦闘を観察し続けた。

 

 

 

 

 トリロバイトアンデッドと戦う中で、ようやくブレイドは自分の体が徐々に軽くなっている事に気付いた。しかし、今はそんな事はどうでも良かった。今は、自分の後ろにいる二人を護らなければならない。

 トリロバイトアンデッドが左腕の爪を振るってくるが、融合係数が上がり戦闘能力が向上している今のブレイドにはその動きがはっきりと見えた。ブレイドは爪による攻撃を後ろに下がってかわすと、カウンターと言わんばかりにトリロバイトアンデッドの顔面に鋭い蹴りを放つ。その攻撃を受けてトリロバイトアンデッドが怯むと、がら空きになったトリロバイトアンデッドの胸部を斬り裂く。

 トリロバイトアンデッドから火花が散ると、とどめに鋭い突きを胸部目掛けて放つ。

『ギャアアアアアアアアアッ!!』

 トリロバイトアンデッドが再び吹き飛ばされて地面を転がると、ブレイドは素早くブレイラウザーのオープントレイを展開してカードを引き抜く。

 今までは一枚のみ使っていたが、今回は、二枚。

 その二枚のカードをブレイラウザーのスラッシュリーダーで読み取り、カードに秘められた力を発動する。

『KICK』

『THUNDER』

 音声と共に二枚のカードの絵柄が宙に浮かび上がると、ブレイドの胸部に吸収された。ブレイドが右手に持ったブレイラウザーを逆手に持ち掲げると、ブレイドの顔とイデアランサーが赤く輝き、まるでスペードのような形になる。

 さらにブレイドがブレイラウザーを地面に勢いよく突き刺すと同時に、音声が発せられた。

『LIGHTNING BLAST』

 そしてブレイドはブレイラウザーから手を離すと、高くジャンプして空中で一回転し、カードの力によって強化された右足をトリロバイトアンデット目掛けて突き出す。

「はぁあああああああああああっ!!」

 すると迎え撃とうとしたのか、トリロバイトアンデッドは雄叫びを上げながらブレイド目掛けて走り出したが、その行為も空しくブレイドの『ライトニングブラスト』がトリロバイトアンデッドの胸部に直撃した。雷を纏った強烈な跳び蹴りを食らったトリロバイトアンデッドは後ろに吹き飛ばされ、地面を転がる。

 ブレイドが地面に着地すると、トリロバイトアンデッドの腰のバックルが二つに割れた。ブレイドは地面に突き刺したブレイラウザーを引き抜くと、オープントレイからカードを一枚取り出してトリロバイトアンデッドに投げる。カードがトリロバイトアンデッドの胸部に突き刺さると、トリロバイトアンデッドはカードに吸収され、アンデッドを封印したカードはブレイドの手元に戻って来た。

 戻って来たカードには三葉虫のような絵に数字の七、スペードの紋章に『METAL』という単語が並んでいた。

『カードに吸収された………?』

 インカムから琴里の困惑した声が聞こえてきて、ブレイドはそこでようやく自分の戦闘がフラクシナスの全員に見られていた事を思い出した。自分のこの姿の事やアンデッドの事など彼女達に説明しなくてはならない事がかなりあるが、とりあえずその事については今は考えない事にする。どうせ後で琴里から散々問い詰められるのだろうし。

 ブレイドがブレイバックルのターンアップハンドルを引くとラウズリーダーが回転してラウズカードが露わになる。ラウズリーダーからカードを引き抜くとオリハルコンエレメントが放出され、ブレイドの身体がオリハルコンエレメントを通過すると変身が解除され、ブレイドは士道の姿に戻った。

「シドー!」

 と、変身を解除した士道に声がかけられた。士道が声の聞こえてきた方向に目を向けると、予想通りと言うべきかそこには十香が自分に向かって駆け寄ってきていた。

 それを見て士道は思わず十香から距離を離そうとしたが、すぐに諦めた。十香からは恐らくあの姿は何なのかとか、お前もASTの仲間だったのかとか、私を騙していたのかなど色々と問い詰められるだろうが、もうこうなってしまったら覚悟するしかないだろう。下手をすれば一発殴られるかもしれないが、大事な事を黙っていた代償だと諦めるしかない。

 そんなわけで士道はそのままその場に棒立ちになり、いつ十香に殴られても良いように歯を食いしばっていたのだが、そんな士道の予想とは反対に十香は士道の目の前まで駆け寄ってくると、何故か士道の身体をぺたぺたと触り始めた。

「ぶ、無事かシドー! 怪我などは無いか!? さっきあのアンデッドとやらに思いっきり殴られていたが、大丈夫だったのか!?」

 おろおろとしながら士道の身体を触ってくる十香に、士道は戸惑いながらも十香に言う。

「ちょ、ちょっと待ってくれ十香! 俺は大丈夫だから、触るのはやめてくれ! くすぐったい!」

「む?」

 と、士道に言われて十香は士道の身体からすぐさま手を離した。士道はふーと息をつくと、十香に尋ねる。

「な、なぁ十香。お前は気にならないのか?」

「ん? 気にならないのかとは、何がだ?」

「いや、さっきの俺の姿だよ。あれが何なのか、気にならないのか?」

「ああ。その事か」

 そこでようやく合点がいったのか、十香は納得したように頷きながら士道に言う。

「確かにさっきのお前の姿には驚いたが、ASTとは違うと私は思ったぞ?」

「な、何でそう思ったんだ?」

 すると十香は、どうして士道がそんな事を尋ねるのか分からないというような顔をして、

「シドー。お前が本当にASTの仲間ならば、何故デェトの最中に私を殺そうとしなかった? あの時の私は隙だらけだったし、チャンスはいくらでもあったはずだ。それをしなかったという事は、シドーには私を殺す気が無かったという事だ」

「あ………」

 言われてみれば、確かにその通りだった。しかし、それだけの理由で彼女は自分が敵ではないと思ったのだろうか?

 士道がそう思っていると、十香は何故かもじもじと恥ずかしそうな表情を浮かべながら続ける。

「それに、シドー。お前は言ってくれたではないか。十香は俺が護る、と………」

「あ、ああ………」

「だから………」

 そこで一旦言葉を区切ると、十香は満面の笑みを浮かべて士道に告げた。

「シドー。私はシドーを信じる!」

 笑顔と共に放たれたその言葉に、今度は士道が赤面する番だった。確かに自分が言った言葉に嘘偽りは決してないが、こうして笑顔と一緒に面と向かって信じると言われると、中々照れくさいものがある。士道が思わず顔を背けると、何故か目をキラキラと輝かせた十香に士道にこんな事を尋ねてきた。

「そんな事よりシドー! さっきの姿は一体何と言うのだ!? ASTの奴らよりも恰好良かったぞ! どんな名前がついてるのだ!?」

「え、ええ……?」

 士道はその質問に戸惑い、そんな声を上げた。ASTよりも恰好良かったかはさておき、名前と言っても『ブレイド』としか言いようがない。しかし、それだけ言っても十香は納得しないような気がする。

 何て言えば良いんだ……と士道が悩みかけたその時、士道の頭にブルースペイダーに乗ったブレイド(自分)の姿が思い浮かんだ。

(バイクに乗る奴は、ライダーだよな……。そう言えばブレイドって、なんか仮面を被ってる感じがするし……。ライダー仮面……。いや違うな……。仮面の、ライダー……)

 そこまで考えて、ようやく士道は口を開いた。

「あ、あれはな、十香」

 そして彼は、告げた。

 自分がこれから先背負うであろう、その名前を。

 

 

「仮面ライダー、って言うんだ」

 

 

 するとその名前を聞いた十香は、きょとんとした表情を浮かべた。ダサかったか……? と士道は一瞬冷や汗を垂らしたが、次の瞬間十香は再び目をキラキラと輝かせた。

「仮面ライダーか! 良い名前だなシドー! シドーはその仮面ライダーとやらになって、さっきのアンデッドと戦うのだな!?」

「ま、まぁそうだな」

「では、シドーは正義の味方という奴なのだな!」

「せ、正義の味方ねぇ……」

 小さい子供のように興奮する十香に、士道はやや圧倒されながらも苦笑を浮かべた。

 そんな士道と十香のそんなやり取りを、重傷を負って倒れている折紙がじっと見つめていた。

 折紙は激痛で意識が朦朧とする中、アンデッドを封印する存在であり、自分の大切な少年が変身するその名前を、頭にしっかりと刻み付けていた。

(……仮面……ライダー……)

 そして折紙は瞼をゆっくりと閉じ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 はしゃぐ十香と困ったような表情を浮かべている士道を、遠く離れた場所でカリスはじっと見つめていた。何が起こったのかは分からないが、今自分の目に映っている十香の霊力はほとんど失われている。放っておいても自分達の生活には危害は無いだろう。

 そう思ったカリスは早々にこの場から去る事にした。精霊が霊力を失い戦う事ができなくなった今、自分がここにいる理由は無い。彼女のあの様子を見てみても、再び暴れ出す可能性は低いだろう。彼女のそばにいる士道や、彼のバックにいる組織などは気になるが、正直言ってあまり興味は無かった。

 カリスは二人がいる高台に背を向けてその場から立ち去ろうとしたが、ふと足を止めて高台公園を振り返る。

 カリスの視線の先にいるのは十香ではなく、苦笑を浮かべている士道だった。彼のその顔を見ながら、カリスはついさっき十香を護ると決意した時の士道の力を思い出す。

「………奴の他人を想う気持ちが爆発した時、その力は全開する、か………」

 小さく呟くと、今度こそカリスはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

「封印されたから……。ふん、まぁ良い。ブレイドのデータは取れたか?」

 伊坂は鼻を鳴らすと、パソコンの画面を見ている眼鏡の男に尋ねた。自分達の手駒が無くなったのは痛いが、そもそもブレイドに封印させるつもりでブレイドの元に送ったので、トリロバイトアンデッドが封印された事についてはあまり気にしていなかった。

 眼鏡の男はパソコンの画面を見て満足げな笑みを浮かべると、伊坂に視線を向けて言った。

「ええ。これだけあれば十分です」

「そうか。ではブレイドのデータの解析を頼む。それが終わり次第、次の段階に入るとしよう」

「了解しました」

 眼鏡の男は頭を下げると、再びパソコンの画面に視線を戻した。伊坂はスクリーンを見ながら、小さく呟いた。

「……次は、バックルの製造とカテゴリーエースの封印だな。だがその前に、あの男の存在が必要になるか……」

 それから伊坂は早足で部屋の扉の前まで歩くと、扉を開けて研究室からそのまま去って行った。

 

 

 

 




そういえば、ついに仮面ライダードライブの本編が終わってしまいましたね………。あと一話でドライブも本当に終わりだと思うと寂しい限りです。
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