「お客様、すいませんが店内では…」
いつの間にか俺の上に陽乃さんが覆い被さっている形になっており、さすがに人目を引いている。それはそうですよね、こんな店内のクッションの上でこんな破廉恥なことをしていたら…。
「はーい、すいませーん」
と陽乃さんは立ち上がると、俺に手を差し出す。
その顔はいつもの陽乃さんだ
「自分で立てますから」
そう言ったものの、足に力が入らず床に転げ落ちてしまう。伝わった体温とその重み、そして体の芯が痺れる。香りのせいで足に力が入らない。
「大丈夫~?」
あどけない顔でそういう陽乃さん。
「誰のせいですか…」
陽乃さんに連れられショップ巡りをする。
途中メンズショップにも入り、俺の服もいくつか選んでいた。小町以外からコーディネイトされるのは初めてだ。
「小町ちゃんのセンスは良いからね。後はバリエーションかな~」
俺のセンスはイマイチですよ。何気に小町セレクトだってばれてるんですね。
「雪乃ちゃんは選ばせてくれないからね…」
「あいつは…」
「比企谷くんは行ったよね、雪乃ちゃんと買い物」
「ええ」
「面白いでしょ?雪乃ちゃん」
「稀有な方だとは思いますが。自分でも世間一般的では無いと言っていましたし」
こんな何気無い会話にも何かを読み取ろうとしてしまう自分がいる。
陽乃さんは大人っぽい赤のダッフルコートを着こなしていた。このリア充の巣窟みたいな運河の街で陽乃さんは周りの女性に全く引けを取らない。
そんな女性の隣をいかにも普通の千葉の高校生が堂々と歩けるだろうか?
幸いにも、この福岡では俺たちのことを知っている人はまずいない。ならばそんな羞恥心は捨て去って開き直ってもいいのかもしれない。
俺の中に、彼女が名づけた「化物」が無ければの話だが……。
煌びやかな運河の街を自分の舞台のように華麗に闊歩する魔王に、俺は従者として目立たぬよう付いていく。
5階まで上がって、街の隙間から見える、中洲のネオン街を特に会話も無く二人で眺めている。
「……何も聞かないんだね」
「別に、聞いたからって、すぐに帰れる訳では無いでしょう」
いつもの軽口を叩いてみる。従者にできるのはこんなものだろう。
「なんか、男の子っていろいろ聞いて来るんだよね」
「もしくは自分のことをいろいろ話出してアピールしてきたり」
「比企谷くんと隼人くらいだね。そういうことしないのは」
「……俺は怖くて話せないだけですよ…」
「あはは、そうだね」
そう言って距離を詰めてくる陽乃さん。いつもの開かれた目にもの言わせぬ笑顔。
思わず、びくついてしまう。
「それ!未だにそうして怯えているところ!」
「比企谷くんだけだよ!
そういうところがとても可愛い」
俺を指差し、楽しそうに陽乃さんは言う。
目が腐っているだの、性根が腐っているだの、キモいだの、無理ですだの、生ゴミだの言われてきたが可愛いというのはどうなのでしょう。
「冷えますね…」
「もうこんな時間だね、行こうか」
地下からホテルに繋がっている通路があるためエスカレーターを下る。途中に5階までの通路を円状にくりぬいたような広めのスペースがあり、地下の小川上に円形のステージがある。イベント等の広場だろうか…。
陽乃さんは通路からそのステージに躊躇無く渡る。ステージは各階や正面のガラス張りのホテルからも見下ろせるようになっている。
今、舞台上にいるのは魔王と従者だけ。
何となく注目を集めているような気がする。
ここは俺のぼっちスキルも発揮されない。
「始まるよ」
魔王がそう告げると辺りに壮大なクラシック音楽が大音量で響き渡り目の前の小川がライトアップされる。
突然、小川から大量の噴水が湧き出る。
それは噴水というよりは空を突き刺さんばかりの槍のようだ。よく見ると小川の中には可動式の噴水口がいくつも設置されており、音楽とライトに合わせてアトラクション並のショーを繰り広げている。
5階近くに上がった水の槍の落ちる飛沫が顔にあたる。
舞台の上の陽乃さんは壮大な水の魔法を操る魔王のようだった。