「もし八幡が女の子で、私が男だったら私達の関係はどうなっただろうね?」
「仮定の話としても自分が女の子になるってあまり考えたくないですね」
「そうかな?可愛い女の子になると思うけど。ちょっと目つきが悪いだけで」
「いやいや、それ可愛くないですから…」
「私が男だったら、いろんなことがスムーズに行くだろうね。家のこととかもやりやすいだろうし」
「それに雪乃ちゃんをもっと可愛がれる」
「あいつが素直に可愛がられる感じでは無いですが…」
「同性って、やっぱりいろいろあるんだよ。比べてしまうとか。意地悪な質問かもしれないけど、八幡がお姉さんだったら小町ちゃんを今のように可愛がれるかな?」
「仮定の話…なので良く分かりません」
「ごめんね。でも私が男だったら、もっと上手く立ち回れるだろうし、雪乃ちゃんへの負担も減るだろうし。きっと八幡みたいなすごいシスコンになるんだろうね」
「俺はやはりそう見られてるんですね。まあ否定はしませんけど」
「そんな雪乃ちゃんの部活仲間に目つき悪い性格に難のある女の子がいるんだよ。とりあえず興味持つよね?」
難があるのは貴方なのでは?と言いたいが口には出せない。
「その子は雪乃ちゃんを影でいろいろ助けているんだよ。自分は悪役を演じながら」
「別に助けていませんよ。それに同性ならあいつとの関係もどうなっていたか分かりませんし」
「そうかな?八幡はきっと雪乃ちゃんを助けると思うよ~」
「……そうですか」
陽乃さんの断言めいた強い口調に同意せざるをえない。
「そして、そんな八幡を見てとっても可愛いと思うんだよ」
「そんな奴が可愛いんですか?」
「そうだよ、そしてそんな可愛い子を男の私がどうすると思う?」
「ど、どうするんですか?」
「きっと食べちゃうだろうね」
××××
「先輩こっち見て下さい~」
電子音のシャッター音が耳に入る。
部室に入るなり一色いろはにスマホで写真を撮られたようだ。
「なんだ、肖像権の侵害だろ」
「可愛い後輩にそれは無いですね~」
可愛いは正義。全ての論理、摂理の上を行くらしい。
一色は何やらスマホをポチポチしている。
「先輩ほら、これ見て下さい~」
と一色が自身のスマホを見せてくる。その画面には何やら顔は整っているが目の腐り具合が残念な女の子が映しだされていた。私がモテないのはーと言いたげな感じだ。
「なんだこれ?」
「このアプリです。画像の人の性別を転換するんですよ。今流行ってるんですよ~」
一色が見せてきたアプリ「変えるんです」は人の顔識別機能を利用して男女の顔を反転させることができるらしい。自分の女装姿を見せられたようで何とも言えない気分になる。
「うわー、ひっきー可愛い~。ゆきのん見てよ~」
「ええ、そうね。男性よりも女性になった方がいいわね比企ケ谷君は」
「俺の性別を勝手に変えるな。俺は主夫になりたいのであって主婦になりたい訳では無い」
「それどっちも変わんないんじゃ…」
「先輩は顔整っているから、女の子向けの顔なのかもしれませんね~」
そ、そうなのか?
俺が女の子って、どんなひめゴトだよ。しかしそんな風に言われるとちょっとその気になってくるじゃないか…。
このアプリで変換すると美少女になるのか?小林少年ももしかしたらこのアプリで変換されたのでは?あんな可愛い子が女の子のはずが無い。でないとあのヒロインっぷりはありえないよな?まあ本編は乱歩先生が怒らないことを祈るしか…。
「これも見て下さいね~」
そのスマホの画面には亜麻色髪で童顔のイケメンが映っていた。どうみてもリア充。一見優等生そうだが裏で何かを画策してそうな腹黒さを感じる。ファミレスでバイトしている青い髪のやつみたいな。
「胃痛持ちの金髪をあまりからかうなよ…」
「何訳の分からないこと言ってるんですか?このアプリ使った私ですよ。先輩よりイケメンでしょう?」
「まあ確かにイケメンだよな。元のお前が可愛いっていう遠まわしの自慢か?」
「え?それって私が可愛いってことですか?褒めていただくのは嬉しいですが、さり気無く口説くのはいかがかと思いますのでごめー」「ヒッキー私のも見て~。いろはちゃんから送ってもらったんだよ」
一色の定番のセリフを遮って由比ヶ浜が自身のガラケーを見せてくる。
茶髪の遊んでそうなリア充イケメン野郎がそこにいた。甘いマスクでハーレム築いていそうなやつだな。しかし実際はフィギア好きで同級生の漫画を手伝っていそうな…。
「ぼっちの敵め…」
「何それ!いろはちゃんは褒めてたのに~」
「先輩相変わらずですね~。ちゃんと雪乃先輩の分も見て下さいよ!」
「わ、わたしの分は別に…」
一色がスマホを見せてくる。そこには凛々しいという表現が似合う黒髪のイケメンがいた。目つきの鋭さから「俺が、俺たちが!」と叫びそうな。
「カッコいいな…」
人類の革新を担ってほしい。そんなイケメンっぷりだ。
「そ、そう」
雪ノ下は顔を背けながらそう言う。
「ちなみにこんなこともできますよ~」
一色がスマホをポチポチすると、
「なんだよこれ…」
残念な感じの女の子がイケメン3人と並んでいる絵面がそこにあった。
何だよ、この乙女ゲーム的なもんは。「喪女の私が貴族の男子高に女の子サンプルとして拉致られた件」みたいな
もんだよ。天使ポジションの黒江さんは戸塚かな?
「いろはちゃん、それも頂戴~」
「もちろんですよ~。雪ノ下先輩にも送っておきますね~」
「いや私は別に…」
そう言いながらも一色に促されスマホを確認する雪ノ下。
つーか、自分の女装姿保存されるようなもんだろこれ…。微妙に黒歴史っぽいな。
「俺の画像は消しとけよ」
「いやです~」「だめ~」
二人ともべーと舌を突き出して仲良く返事をする。
×××
その後は楽しい女子会になったようで三人で盛り上がっていたようだ。
時々「誰が一番」「押し倒せばいいんですよ」「本当に女の子だったら…」とか不穏な会話が聞こえたが…。
部室の窓に夕焼けが差し込む頃に、雪ノ下が読んでいた本を閉じる音を合図に部活は終わる。いつもの、この部活の日常の風景。
この日常はいつまで続くのだろうか?
言い知れぬ郷愁を感じさせる夕暮れの空の下でそんなことを考えていた。
もうすぐこの学期も終わり春が来て俺たちは三年生になる。
受験勉強も本格的になるだろう。
俺たちを取り巻く環境は緩やかにかもしれないがいずれは動き出して俺たちに留まることを許さないのかもしれない。それはもしかしたら彼女に対してもー
いつか来る日常の終わりはそう遠くなく、
俺はそれに対して何を想うのだろうか。
夕暮れを背に愛車を押して駐輪所を出ようとすると俺のスマホが震え出す。
画面は「陽乃(ガールフレンド)」と表示されていた。
……いつこんな表示設定したっけ?おかしいな。
とりあえず電話に出る。
「仮定の話だけどー」
陽乃さんは前置きもなく仮定の話を始める。