窓から射す光がわずかに暖かみを帯びてきた頃、
いつも通りの部室でいつも通りの席に座りいつも通り本を読んでいた。
雪ノ下の入れた紅茶をパンさんの湯呑で飲みながら読書に励む。
ページをめくる音、携帯をポチポチいじる音、あざとい声。
暖かい紅茶の匂いが飽和する教室の中で柑橘系の香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「最近、依頼来ないね~」
「そうね。最近はメールの方も特に無いわ」
一応、中二病的なメールやアラサーの主張的なメールは頻繁に来ているのだが…。
後、最近俺に対する中傷めいたメールも少なくは無い。
「女子生徒の中に見知らぬ男子生徒らしきヤツがいる」みたいな。
「生徒会はそれなりに忙しいんですけど~」
「ならなんでお前はここで油売ってんだ?」
「む~、なんですかその態度は。ここで疲れを癒してるんですよ~」
「油って売れるものなの?」
「結局さぼってんじゃねーか」
「違いますよ。雪ノ下先輩の美味しい紅茶や結衣先輩のあどけなさに癒されに来てるんですよ」
「おかわりいるかしら一色さん?」
「油売るのがさぼることなの?」
雪ノ下の一色への甘やかしぶりが最近異常な件について。
なんかラノベのタイトルみたいだな。
ともかく「~な件について」を入れればラノベっぽくなるこの風潮。
試しに何か考えみよう。
俺がぼっちな件について
……うん、そんなラノベは読みたくない。
「なんか私、会話スル―されてない?」
「そんなことないですよ結衣さん」
「そんなことないわよ由比ヶ浜さん」
「お前本当にどうやってここの高校入ったんだよ?」
総武高七不思議の一つだからな。
ひとつ、入学できるはずのないアホの子がいる。
ふたつ、とある部室に氷の女王がいる。
みっつ、男子を手玉に取るあざとい女子がいる。
よっつ、アルター能力者の女教師。
いつつ、こんな可愛い子が女の子のはずがない。
むっつ、中二病がうざい。
ななつ、いるはずの無いぼっち男子学生。
番外、かつて総武高校を支配した魔王がいる。
「ヒッキーひどい!ちゃんと受験したし!」
「じゃあ、油売るって意味わかんのかよ?」
「えー、その、あれじゃないかな、妖怪的なやつ?夜に洗うみたいな」
「あずき洗いかよ!『あ』しか合ってないじゃねーか!!」
「結衣さんのそれはまさに妖怪のせいかもしれないですね」
「お前はお前で、何最近の小学生的な流行を気取ってんだよ」
「ほらそこにも妖怪が」
「俺を指さすな!何?妖怪ぼっちてか?いつも一人なのはもしかして妖怪のせいなのか?」
「「「それは「ないわ」「ないよ」「ないですね」」」」
こいつら…、最近厳しくないか?俺に対して。
機械油のついた手袋で顔を汚してくれる優しい委員長はどこかにいないのだろうか?
あの部長は(常務だったか?)気のせいか千葉の熱い兄貴に似ているし…。
「あー、相変わらず仲いいな、お前ら…。もういい、ユキペディアさん正解をお願いします」
読んでいた本をパタンとたたみ、若干冷気を発しながら我らが氷の女王がおっしゃる、
「現代では仕事の途中で無駄話をする、さぼるという意味で使われているけれど、元々は江戸時代の油売りが客のところへ油を届けに行った際、客の枡に油が垂れ終わるまでの時間を客との雑談で繋いでいたことが由来ね。油を客の桶に移すのに時間がかかるためそのつなぎとして話していたことから必ずしも怠けようとするものでは無いとも言えるわね。ちなみにこの油は髪の油ではなく、行灯の油とも言われるわ」
「へ~そうなんだ~」
「雪ノ下さんさすがですね~」
「べ、別にこれくらい普通よ…」
いつもながら本当に詳しく知ってんな。こいつ実は電脳化してんじゃないのか?
YUKINOじゃなくてAOIなんじゃねーの?
「ごめん下さい~」
来訪を告げる部室のドアのノックに皆が注目する。
「どうぞ」
雪ノ下がさっと部長としての佇まいで声をかける。
YUKINONからYUKINOSHITAになったようだ。
「はろはろ~」
ミニストップ的な挨拶で部室に登場したのはクラスメイトの海老名さんだった。
「姫菜じゃん!やっはろ~!」
イチやっはろ~いただきました。
しかし、こいつ本当にいつもやっはろ~だな。ある意味修業なんじゃないのか?そのうち一日一万回のやっはろ~とか言い出すんじゃないだろうか…。そして音速を超えるやっはろ~。やだ、なんかカッコいい!
「ほらほら、サキサキも早く入る入る」
海老名さんに引きつられてもう一人の人物が入ってくる。
青みがかったポニーテ―ルのクラスメイトだった。
確か…バイク的な…ホンダ…ヤマハ…スズキ……川崎か!
「あっ、サキサキだ。やっはろ~!」
「あ、うん」
川崎はこちらを怪訝な顔で見ている。
睨むなよ怖いから…。
「二人ともどうしたの?もしかして依頼かな?」
やはりトップカーストの由比ヶ浜は切り込み隊長となる。
さすがすごいな。俺なんかもはや空気を決め込んでいる。
「えーとね、今回はね~」
「海老名さん、川崎さん、とりあえず座ったら?」
雪ノ下に促され、一色がちゃっかり椅子を用意している。
なんだかんだでしっかり後輩してんなこいつ…。
「まず、どうぞ」
雪ノ下の紅茶でまず一服。
急に部屋の人口密度が高くなった上に女子率が高すぎる。
正直居づらい、居たくない。
出来ればすぐにでも逃げ出したいのだが…
「美味しい、雪ノ下さんありがとう~」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
満足そうに返答する雪ノ下。なんだかんだで周りの女子には優しいよな、女子には。
「それで先輩方、今日はどうされたんですか?」
さり気無く対応しているけど、お前一応部外者だからな?
「えーとね、私は付き添いなんだよ~。依頼者はサキサキ」
「ちょ、まだ相談するって決めた訳じゃ」
「もうここまで来たんだから覚悟決めなよ~」
両手で握り拳を太ももの上に作りしばし沈黙すると川崎は何故かまた俺の方を睨む。なんだ?聞かれたくないのなら俺は退出した方が良さそうだが…。
気のせいか空気が張りつめたというか重くなっている気がするし。
いつもの俺ならここでマッカンでも理由に退場しようとするのだが…。
「つーか、相談の前にさ」
川崎が真顔で言う。
「何で比企谷のすぐ隣に雪ノ下のお姉さんがいるの?」