やはり俺の魔王攻略は間違っている。   作:harusame

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その46 俺と魔王と名もなき毒

いつの間にかその身を巡っている。

 

それに気が付けたはずだった。

それに気が付くはずだった。

それに気が付いていた。

 

けれどそれを認めることができなかった。

 

それから目をそらしても

それから逃げ出しても

 

それは打ち込まれた楔のように根深く

元からそこのあったかのように

深く深く蝕んでいる

 

何度も否定したはずなのに。

何度もー

 

 

 

××××

 

 

 

「私の負けだね」

 

陽乃さんはあっさりと敗北宣言をする。

魔王の敗北を垣間見る貴重な機会を得たにも関わらずその身に勝利の喜びも達成感もない。あるのはただ焦燥感とまた間違ってしまったのだろうかという後悔の念。

 

 

「たまにはいいかなと思ったんだよね」

 

「雪乃ちゃんの気分を味わうのも」

 

「可愛い妹だからね」

 

陽乃さんは一言一言を何かを確かめるようにゆっくり話す。

 

「でも」

 

「なんだかね」

 

陽乃さんは改めて俺に笑顔を向ける。

ただその笑顔をあまりにもー

 

「隼人にはしてやられたね」

 

「いつの間にか見透かされてたようだし」

 

「まさか気づかされるとは」

 

葉山のあの笑顔。

万人受けするその乾いた笑顔は

ただ相手を見下したー

 

ーあれは依存しているだけだよー

 

陽乃さんは自信の額に手を添え自嘲気味に言う。

 

「私は結局」

 

「どこにもたどり着けないんだよ」

陽乃さんは泣きそうに笑っている。

見上げるその笑顔に俺はただ見つめ会うことしかできなかった。

 

 

「……」

 

 

俺はただ沈黙している。

自分で出した結論なのにそれを受け入れることができないからだろうか。

 

手が震え顔は熱く喉が乾いて声すら出せない。

 

そして恐れている。

自分が認めた自分自身に。

 

やはり俺はー

 

 

 

 

「見ることを肯定しても見られることは否定する」

 

 

 

陽乃さんはうつ向きながら何の前置きもなくただ呟く。

 

「なにを…?」

 

「八幡も読んだとある小説家の言葉だったかな」

 

かつて彼女が涙を流した図書館で読んでいた本が思い浮かぶ。

究極のぼっち。

相手を視覚しても自分は知覚されないそんな存在。

 

「見ることに愛があっても…」

 

「見られることに憎悪する…」

 

うつ向いていた彼女が顔を上げる。

 

 

「これって君そのものだよね…」

 

 

その笑顔を以前の強化外骨格のものだった。

すぐ目の前にある瞳は底が暗く見透せない。

 

彼女がソファの上で俺に近づく度に言い知れぬ感情が芽生える。

 

「なっ、何を言いたいんですか…」

 

陽乃さんは身を乗り出して獲物を捕らえるように言う。

 

「これって、つまり怖がっているんだよね?」

 

「それって結局お母さんにかまってもらいたい子供と一緒だよね?」

 

 

かつて彼女は言った。

 

ー私、嫌いなものは徹底的に潰すかー

 

 

 

「寂しいんだよね?」

 

「認めてもらいたいんだよね?」

 

「でも一回認められたら、一回通じ合ったら」

 

「その後は否定されることしかないのが」

 

「たまらなく怖いんだよね?」

 

「だから憎悪するんだよね?」

 

「初めから理解されなければ、勘違いされれば、認められなければ」

 

 

 

 

「間違い続ければー

 

             終わらないから」

 

 

 

かつて彼女は言った。

 

ー好きなものは構いすぎて壊してしまうんだよー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

止めてくれ。

 

俺を

 

 

 

 

 

ーーーしないでくれ

 

 

 

 

 

 

 

自分の中の何かが悲鳴をあげる。

かろうじて外側を保っていても中身はぐちゃぐちゃだ。

何が理性の化け物だ。

単なる道化、否定しかできない産物じゃないか。

 

ただ茫然自失に陽乃さんを、目の前の魔王を見つめる。その恐れすら感じる美しい顔からは表情が読み取れない。

 

 

「でもいいんだよ私は。可愛いと思ってるから」

 

 

 

「………」

 

 

「そんな八幡が可愛くて仕方ないから」

 

 

「………」

 

 

そう言って美しい魔王は俺の頬に手を添え、蠱惑的な笑顔を浮かべる。見るもの全てを圧倒する、思考全てが跡形もなく刈り取られる笑顔を。

 

 

「ーーーーーていいんだよ…」

 

 

 

自分の中で何かが決壊したような気がした。

 

 

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

 

 

陽乃さんを押し倒している。

 

 

これだけ言うと俺が単なる犯罪者である。

 

もはやアウト、ブラック中のブラック、ホワイトドールもびっくりの黒歴史だ。しかし事象は事象で覆ることもなく客観的に見れば事実は事実である。

 

 

現状を単なる事実で説明するならば比企谷八幡が雪ノ下陽乃を押し倒している。それは100人が100人認める真実でメガネの小生意気な小学生も一つと認めるものだろう。

 

ただ添えられた手を掴んで少し力を入れただけだった。導かれるようにすんなり後ろに倒れた陽乃さんに俺が被さる。腕立て伏せの状態で辛うじて上半身の接触はしていないもののその体温に身が溶けそうだ。

 

陽乃さんはその綺麗な目を大きく見開いて無表情で俺を見つめている。倒れた際に頬に髪がかかり口はわずかに開かれその吐息が聞こえそうな距離となる。

 

掴んだ手は柔らかくその暖かさが伝わってくる。鼻腔をくすぐるその柑橘系の香りは俺の感覚全てを麻痺させー

 

「-------」

 

かすかな吐息と共に何かをつぶやかれた気がした。初めは強張っていた彼女のつかんだ手首も力が抜けたようでその吸い込まれそうな大きな瞳はゆっくり閉じられる。

 

その瞳はかつてあの紅茶の香りが消えた部室で見た彼女の目とよく似ていたような気がした。

 

 

 

 

 

たがそんなことは

 

もう

 

どうでもー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけー!パンツァー・フォー!!」

 

 

 

 

地球が静止した日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ったのは戦車道に励む可愛い女子高校生ではなく

 

リビングの真ん中で片手を振り上げているスーツ姿の中年だった。

 

 

 

 

 

比企谷八幡の父親である。

 

 

 

 

 

 

 

 

××××××

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、初めまして、雪ノ下陽乃です…」

 

別のソファに座り直した陽乃さんはやや緊張気味にそう言う。

 

「これはこれはご丁寧に。そこのアホ面の父親です。社会の歯車として日々労働に勤しんでおります」

 

親父は陽乃さんと斜め向かい、俺とは対面に座ってそう言う。

 

「おい、八幡。お客様のコーヒーのお代わりと俺の分もな~」

 

「ああ?自分で入れろよ」

 

「行かないならさっきの出来事を小町と母さんにありのまま話すぜ」

 

「……わーったよ」

 

 

お湯を沸かしながら思考をクールダウンさせる。

焦るな落ち着け、ビー八幡、クールたれ!

 

 

……。

 

……………。

 

……………………やばくない?

 

 

うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁあああ!!!

俺は一体何しようとしてたんだぁぁぁぁぁぁ!!!

 

黒歴史どころかマジで三面記事ものだろ!

しかも相手は陽乃さんだぜ?魔王よ魔王?ラスボスよ?どうしたん?村人の俺が魔王を攻略したらそれは間違っているでしょ?

 

やばい、とりあえず土下座とかして警察沙汰だけは勘弁していただかないと。つーかあんなクソ親父に応対させてたら収まるものも余計に着火してしまう。

 

落ち着け、とりあえず落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。とりあえずコーヒーを入れ直す。そうだ親父のやつには唐辛子でも入れよう。

 

すまん小町…身内から犯罪者が出るかも…。

 

思考の渦から帰還するとリビングから談笑が聞こえる。

 

 

「え?本当?俺もそこの大学出身よ。陽乃ちゃんは俺の後輩になるんだ~」

 

いやいや、なにフレンドリーに話してんのよクソ親父は。つーかいきなりちゃん付ってこの親父大丈夫なのか?職場で若手にセクハラとかしてないよな?

 

 

コーヒをテーブルに置くと陽乃さんと目が会うが顔をまともに見れない。小さな声で「ありがとう…」と言うのが聞こえた。

 

 

で、

 

 

「ところでいつからいたんだ?親父。」

 

「あー、手震えてたお前が彼女から抱擁してもらって、その後いきなりお前からキスして『なんか可愛かったから』とか言った辺りからかな」

 

「言ってねぇぇええええぇえええ!」

 

どこの阿頼耶識使いだぁぁぁああああ!!

手が震えてたところしか合ってねぇぇ!!

 

「出ていけよ、もういいから出ていけよ」

 

「元気がいいねー我が愚息は。なんかいいことでもあったのかい?」

 

 

U・ZA・I・!!!!!!!!!!!

 

中年が中年のセリフ言ってるけどうざい以外の何者でもない!

つーか何録画したアニメ勝手に見てんだこのクソ親父は!デジタルリマスター版の副音声でも楽しんでるのか?

 

「ところで愚息よ?今期アニメはISの3期が始まったのか?」

 

「始まってねーよ!!よく似てるしテンプレ満載だが最弱無敗の方だー!!」

 

「一体なんだろうな。テストに出そうなラノベのテンプレ具合に実家に帰って来たような懐かしさと安心感を感じるのは」

 

「いや、それはやっぱり見るやつが多いというか、市場がやっぱりテンプレを求めているからだろ?つーか実家って何だよ?」

 

「例えば観光地に行ってご当地グルメやお土産屋を堪能しても、必ずちょっとした買い物に現地のコンビニに立ち寄ってしまうあの感覚だろうな」

 

微妙に納得してしまう俺がいる!

 

まあ確かに百鬼夜行のように数多のラノベが存在する中である意味王道というか「世界よこれがラノベだ!!」っていう納得感はある。

 

ラッキースケベ、決闘、ヒロイン王族、赤色、実は俺tuee、チョロイン。これらの記号は鉄則なので次回のテストまでに覚えておくように。デレ妹、ツンデレ妹も要チェックや!

 

 

 

………。

 

 

 

陽乃さんはただ目を真ん丸にして茫然と俺らのやり取りを眺めていた。

 

 

 

 

××××

 

 

 

その日の夜、リビングでぼっちタイムを過ごしていた。小町と母さんは就寝済。

 

リビングのドアが開きジャージ姿の親父が話し掛けてくる。

 

 

 

「なあ八幡?」

 

「なんだよ…」

 

「陽乃ちゃんのことだが」

 

「いちいち言わなくていい、わーてるよ」

 

村人である俺が魔王である彼女との邂逅自体が間違っていることぐらい。誰だって勇者になれると思いたいし、俺だってかつてはそう思っていた。

 

あきらめたはずなのに否定したはずなのに。それはある意味毒のように残っていてそのことに自分でも恐れおののいた。

 

ただそれだけの話だ。

 

ただ衝動に流される。

それは俺が否定して最も嫌ったものだったのに。

 

 

 

「いや~お前馬鹿なの?死ぬの?」

 

確か…バットは玄関だったかな…。

 

「おいおい落ち着け!目が死んでるぞ」

 

思わず本気で殴りそうになった。

これが同族嫌悪なのだろうか…。

 

「何だよ。ほっとけよ…。彼女はただの同じ部活生なだけだ…」

 

「お前さ~敢えて茨の道を歩もうとしているんだよな」

 

「あ?なんの話だよ?」

 

「苦労するぞ…。本当に苦労するぞ…。あんなに省エネ体質のくせっ毛みたいに楽しようとしているお前が道に反してそうするなんて…。本当に馬鹿じゃないかと…」

 

「苦労?一体何の話だよ?」

 

「一緒になってからがやばいんだってあのタイプは…」

 

「???」

 

「お前本当に気が付かないの?身内だからか?」

 

「親父一体…」

 

「血は争えないよな…。やっぱお前俺の息子だわ」

 

「何言ってるんだ…?」

 

 

 

 

 

 

 

「だって陽乃ちゃん、母さんの若い頃にそっくりだぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 


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