仰げば尊しわが師の恩
今こそわかれめ、いざさらば
「思い起こせば、この3年間の学校生活は学問のみならず、様々な学校行事を通して大切な経験をさせていただきました。それはこれからの私達の人生においてとても貴重かつ重要なものだと思います。そんな想いを持って私達は今日この学び舎を卒業して新たな一歩を踏み出したいと思います。」
壇上の城廻先輩は普段と違った凛とした声で卒業生代表の答辞を述べる。
今日は総武高校の卒業式だ。
卒業
「この支配からの」とかつて謳った歌手もいたが
すでに人生で2回経験しているし今さら感さえある。ストーリーでの卒業式あたりの出来事って大抵感動するのに、いざリアルに味わうとフィルターの向こう側の出来事にように無味乾燥なものになる。そういえばどこかの女子生徒も卒業に対して「ただ卒業したと感じただけでした」と言ってたな。
「私達を支えていただいた…先生の皆様…、それ…に共に学校生活を過ご…した皆さん…」
城廻先輩が涙交じりで言葉を紡ぐ。その別れと感謝の言葉に周りからはもらい泣きの声が聞こえ始めた。
とても美しい、感動的な世界のはずだが自分からとても遠い世界だと思っている。以前ならそれでいいと思っていた。ぼっちな自分には関係の無い世界だと。
けれど、今は…。
「本当に…ありがとうございました」
涙を浮かべた笑顔でそう答辞を締める城廻先輩。
拍手を送りつつ俺はそんなことをぼんやりと考えていた。
××××
「比企谷くん。いろはちゃんをよろしくね!」
涙を拭いながら顔を赤らめて城廻先輩はそう言う。
檀上の凛とした姿とは違い癒し系のマイナスイオンがフルバーストされている。なんだろうこの不思議な癒しエネルギーは…、W軸次元から出現しているのだろうか?それとも得意体質ですか?俺は退治されるファントムなの?
しかし…その…素直に可愛いんですけど。
以前の俺ならすぐ告白して(以下略)
「それに、ずっと生徒会を手伝ってくれてありがとう」
「いえ、まあ。一色に言われて仕方なくですよ…。それにまあ奉仕部に対する依頼でもありましたし」
城廻先輩は後ろに組んでいた手を前で組み直しながら言う。
「確かに、雪ノ下さんや由比ヶ浜さんにも感謝しているよ。でも比企谷くんに一番感謝している。だってずっと一色さんを支えてくれていたから…」
「そんな、大げさですよ。俺は単なる雑用で…」
何だか背中がむず痒くなり先輩から目を背ける。
「今だから言うけど、あの選挙の時に比企谷くんなら何とかしてくれるかなって初めから思ってたんだよ」
「え?」
「比企谷くんはいろいろあったけど文化祭でも、結果的にみんなを助けてくれたから」
「それは誰に…」
「でも…それにすぐ気が付けなかった…だから今謝らせて。お願い!」
そう言って一歩俺に詰め寄る。
近い!近いですから!
「……本当にごめんなさい!文化祭もそうだしいろいろ助けてくれて本当にありがとう」
「いや、別にそんな…」
「心残りだったから。私の我がままに付きあわせてごめんね」
いやいや、そんなにぱーとした笑顔反則でしょ!
そんな俺の動揺をよそに城廻先輩は言う。
「何かを残したかったんだよね。自分が居た場所だから」
「でも何か実感無いかな…もうあの場所とは関係無くなるなんて…」
もう無くしてしまったものを慈しむような遠い目で城廻先輩は言う。
「……別にOGですし、いつでも顔出していいんじゃないですか?現にそうしている人もいますし」
「あははは、比企谷くんは優しいね。陽乃さんは特別だよ。それに妹さんが、雪ノ下さんがいるから」
「それに顔を出しても、もう私の知っているあの場所とは違うんだよ…。でもそれは仕方ないから」
「それは…」
「でもね。そう思えるから、あそこは私にとって大事な場所だったんだよ」
「この先、きっといろいろあるだろうけど。きっと思い出すから。私には大事な場所があったって」
「……」
そう言う城廻先輩がとても眩しく見えた。
「比企谷くんにもあるよね?そういう場所」
当たり前の風景は失って始めてその価値に気が付く。
いずれ失うことが分かっていても、
それを許容し慈しむ寛容さが
果たして俺にはあるのだろうか?
いまこそ わかれめ いざさらば
来年俺も卒業を迎える予定だ。
それに俺は何を想うのだろうか……。
見慣れた校舎が何故かいつもより遠く見えた。
じゃあねと言って去り際に城廻先輩は独り言のように言う。
「はるさん先輩も卒業の時はこんな気持ちだったのかな…」
××××
「来週から期末試験なので部活は今日までにしましょう」
雪ノ下は部室のいつもの席で紅茶を飲みながら静かにそう言った。
「試験か~やだな~」
隣の由比ヶ浜が机に覆いかぶさりながらそう言う。
最近どうも由比ヶ浜を見ようとすると自分の視線が一部に固定されてないか気になって仕方ない。べ、別に一部だけ見てないんだからね!!
雪ノ下が由比ヶ浜を「もう受験生だから」とたしなめ、由比ヶ浜が「じゃあゆきのん勉強教えて!」といつものユリっとしたお約束が展開される。
その見慣れた光景のせいで忘れそうになった目的をなんとか思い出して俺は言う。
「あの、なんだ。ちょっといいか…」
二人は目を見開いて俺に注目する。
いや、そんな見んなよ恥ずかしいから…。
カバンからプレゼント包装された袋を2つ取り出す。
「比企谷くん…」
「ひっきー…」
「つまり、あれだこの間のお返しだ。もし良ければもらってくれ…」
クリスマスの時と同じ色のリボンで雪ノ下と由比ヶ浜に渡す。
「ありがとう…」
「嬉しい…」
「……」
いやその、素直にお礼言われたり喜ばれると逆に困るし。なんか、その適当にコメントくれればいいからさ…。こんな時こそ戸部くらいの軽さでいいんだよ。
何か言葉を返そうとしたが笑顔で袋を抱える二人を見たら何も言えなくなった。まあ…なんだ…これはこれでいいんだろう。
いつもの部室でいつもの風景。
窓から差し込む光は冬の終わりを告げるかのようにわずかに暖かみを帯びていた。
二人はプレゼントの中身をお互いに見せ合って会話に華を咲かせている。何となく目線を外していつもの席に座り直し鞄から本を取り出す。パラパラとページをめくっていると、
「どうぞ」
雪ノ下が暖かい紅茶の香りがするパンさん柄の湯呑を俺に差し出す。
「…ん。…サンキュ」
「砂糖たくさん入れといたよ、ひっきー」
由比ヶ浜は両手で頬杖をしながら楽しそうにしている。
この場所はとても居心地が良い。
少なくとも俺はそう思っている。
××××
「他のお二人とは別に渡すことで本命って遠回しのアピールですか?そのためにわざわざ生徒会室までやって来て先輩はどんだけあざといんでしょうね?このラッピングもさり気無く私の好みの色だし下調べは万全って事ですか?しかし他のお二人にも渡していることを示唆しながら私の動揺を誘おうっていう狙いが見え見えでマイナスですね。どうせ先輩はモテないのですからもっと直球に行くべきじゃないですか?そういうのはもっと経験を積んでからが良いと思いますよ?まあ私的にはこういうのは嫌いではありませんがなんかこう残念でしたって感じですね。まあ端的に言えばすいませんごめんなさい。まあ次回に期待しますってところですよ」
長げーーよ!!
と突っ込みたいところだが、いそいそとラッピングを解いている一色を見ると文句を言う気も失せた。
「まあ中身はギリギリ合格と言ったところですね」
ニヒヒという笑顔であざとく一色は言う。
まあこいつもこいつでいつの間にか日常になりつつあるな。
いい加減突っ込み飽きたが…。
渡すもんを渡したのでノルマはクリアだ。
ノルマ、仕事、責任、八幡これ嫌い。
肩の荷が下りたとさっさと生徒会室を後にしようとしてふと城廻先輩の言葉を思い出す。
ーあそこは私にとって大事な場所だったんだよー
「先輩どうしたんですか?いつもに増してぬぼーとしてますよ?」
「うるせー、じゃあな」
「あっ、ついでに生徒会の仕事をー
八幡は逃げ出した。
一色が何か叫んでいたようだがハチマンワカンナイ…。
さて残るは…
×××
「あの場所で待っています」
陽乃さんからのメールの返信はそれだけだった。