俺はいつだってここ一番という勝負どころが嫌いだ。
むしろそういう立場に追い込まれないように上手く立ち回ってきたと思う。仮にそういう機会に会えば(ぼっちでも多少はあった)まっ先にそれらを片づけ長く関わらないようにしてきた。そうすればどんな結果であろうと後悔は一晩布団の中で悶えるくらいで済んだからな。(襲い掛かる羞恥心で死にたくなるが)
けれどあいつらに関わるようになってから度々そんな立場になっている俺がいる。
なんだかんだ言いながら意外に働いている自分自身に驚いたもんだ。他の奴のために自分が思ってたよりも何かができる。驚きながらもそんな自分に酔っていたのかもしれない。
しかし、ふと頭にこんな考えがよぎる。
もしかしたら俺は
自分がやりたいことと
自分が向き合いたくない何かと
距離を取る言い訳にしていただけではないかと。
ただ自分自身を騙しているのではないかと。
何かから逃げているだけではないのかと。
……。
……。
まてよ…
俺はなぜ
今さらそんなことを考えるようになったんだ?
××××
「ありがとう。嬉しい」
陽乃さんは彼女らしくない笑顔でそう言う。
その手には俺が渡した革の栞と色鮮やかなマカロンの詰め合わせ。
マカロンは小町から「これ以外無いからね。他のお菓子渡したらお兄ちゃん破門だよ。オーバードライブだからね!!」と強く言われて決めた。ちなみに革の栞は自分で選んだ。あいつらも同じものだがそれぞれ柄を違うものにしている。パンさんだったり、犬だったり、花柄だったり。
「これいいね…」
太陽と月が描かれている革の栞を手にして陽乃さんは静かに言う。
陽乃さんの秘密の部屋、大学の彼女だけの部室で俺たちは向き合っていた。窓から射す夕暮れの明かりは二人だけのこの部屋の陰影をはっきりさせている。建物の外れににあるせいかこの部屋はとても静かで外の喧噪からは切り離された別世界のようだ。
そのせいか、彼女の声がいつもよりも重く耳に残る。
「どうぞ」
心なしか肌寒かった部屋に紅茶の香りが広がる。今はその暖かさに安堵を感じる。
「いただきます…」
残念ながら紅茶の味を表現する語彙が少ないものの素直に美味しいと感じる。この間家でマッカンを切らした時に仕方なくティーパックで紅茶を入れたが物足りなかった。あいつのおかげでいつの間にか俺も多少は舌が肥えたのかもしれない。
いつの間にか俺を見ている陽乃さんと目が合う。
「……」
「……」
会話につまる。
以前なら何か話せたような気がするのだが今は全く分からない。
当たり前のようにできていた自転車の運転が急にできなくなったようなそんな味わったことの無いもどかしさ。
この間のこともどう言えばいいのか…。
いっそ「八幡はスケベだね~」とか「罰として言うこと聞いてもらうね~」とか言ってもらった方がいい。黙られて語られないことがこうも苦痛でプレッシャーだとは。
正直に言うと恐ろしい。
彼女と向き合うことがあまりにも。
俺はただ紅茶を飲むことしかできなかった。
……
……。
俺は臆病な人間だったはずだ。
そんな自分が好きだし肯定してきたはずだ。
ならなぜ俺は苛立っているんだ?
いつもの自分のはずなのに。
臆病な自分なはずなのに。
この不安定な感情は…。
ふと柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
今日は彼女の顔を一度もまともに見れていないことに気が付いた。
「そういえば見せたいものがあるんだ」
表情を見せずに陽乃さんは一冊の古ぼけたノートを取り出した。
××××
○月×日
またも奴にしてやられた。
何度目の敗北だろうか。
敗北は人を成長させると言うが
奴からの敗北は人としてのメンタルが根こそぎもっていかれる。
さすがにこの大学で一番の有名人なだけある。
しかし俺も小さいとはいえ一団体の長を務めるもの。
例え何度も負けようと最後に勝てばいいのだ。
それまで研究して勝機をつかもう。
「皇帝」と呼ばれる奴を。
○月△日
くそ!まともにやってもだめなのは分かっているが
正攻法以外もすべて見破られた。
なんなんだ連邦のモビルスーツは化物か!!
(冗談を言っている場合でない)
勝負の度に部員や部の物資を持って行かれる。
しかも小出しに。
奴も別に全勝という訳では無い。
小さな勝負ではこちらが勝つこともあるが
ここ一番では必ず奴に持って行かれる。
まさかそれも全て計算しているのか?
「皇帝」というか「魔王」じゃないか!
○月□日
奴とは何度目の対決だろうか。
有志は既に戦意を喪失して立ち向かうのは俺だけとなる。
勝負に賭ける部の物資も乏しくなり
俺自身の物や労働を賭けるようになった。
それでも闘わないと、
負け続けると分かっていても…
×月○日
後戻りのできない部室をかけた闘いも敗北で終わった。
ホームタウンを失った俺達はもう立ち上がることすらできないのだろうか?
いや、まだかけるものはある。
俺は自分自身を賭けにリベンジを申し出た。
このままなぶり殺しのような毎日にみんな耐えられない。
だから全てを賭けて決着をつけるのだ。
奴はいつも通り快諾した。
いつにも増して蠱惑的な笑みを浮かべて。
×月△日
俺は奴隷となった。
×月○日
早く自由になりたい
×月□日
自由って一体なんだい?
□月○日
奴の奴隷となってはや数ヶ月。
久しぶりにこのノートと向き合う。
もはや俺はこの大学において
奴の犬、腰巾着、手下、召し使い、金魚の糞として
有名になってしまった…。
しかしその屈辱の日々は奴の動向を知るいい機会となった。
耐えるのだ。いつか勝利の栄光を俺に!!
□月××日
奴と行動を共にすることが多くなり気が付いたことを記そう。
この大学は自治団体が多くどこも自己主張が強く血気盛んである。
当然そんな団体同士の衝突も多く大学側は手を焼いていた。
しかしそんな中で「皇帝」の存在は彼らを畏怖させ一種のこう着状態を作りだした。奴はそんな団体を一度は叩き潰している(笑えないが本当だ)ので簡単に逆らうものは出てこない。
奴はそんな彼らのある影の支配者であったと言えるだろう。
だからといってどこか別の大学に攻め入る訳でもなく(攻め込まれたことはあったが)大学内は一見平穏無事であった。大学祭は例年になく盛り上がり大学の評判は良くなり志望者数も増え大学側は大いに喜んだ。
しかしその影に俺のように尊い犠牲があったことを忘れないで欲しい。奴の手駒として荷馬車のように働かされいろんな汚れ仕事を引き受けさせられた。
俺が「もう嫌だ!」という度に
奴は「悔しかったら勝つことだね」と笑っていた。
○△月×日
日頃の疲れが溜まったせいか高熱を出し寝込むこととなる。
明らかに働きすぎのせいた。もう嫌だ働きたくない。労働の無い世界に行きたい。
意識が朦朧とする中、俺の部屋に奴が勝手知ったる我が家のように入って来た。「日頃の不摂生が原因じゃないかな」そう言って笑っていたが原因はお前からの労働のせいだと言いたい。
しかし料理も上手とは本当に抜け目の無い奴だ。
△月○日
やっとこの支配も終わりだ。
もうすぐこの大学から卒業だからだ。
この数年間本当にいろんなことがあった。
今となってはあの屈辱と労働の日々すら
モラトリアムの1ページとなってしまった。
しかしけじめとして最後に奴に挑まなければ。
なんとしても奴に勝ちたい一矢報いたい。
なぜなら
俺は奴と向き合わねばならないからだ。
△月××日
勝った。
奴はー
彼女は
涙を浮かべながら小さな声で「はい」と言った。
その笑顔はー
(文字が途中で消えている)
Hが記す。