ぼっちセンサー。
俺が長年のぼっち生活で培ったそれは単に快適なぼっち生活を送るだけでなく身に降りかかる危険も事前に察知するようにできている。というか君子危うきに近寄らず。寄るべきものも頼るものもない俺にとって自己防衛本能と自己保身は人一倍強いと自他共に認めているものだ。
そしてそれはオートスキルだと思っていた。
俺には隠された異能力もなければ
天才的な知恵がある訳でもない。
度胸も無ければ勇気も無い。
携帯一つで無色なギャングを集めることも
右手一本で異能者達を殴り飛ばすこともできない。
比企谷八幡は単なる高校生
しかもぼっちでありカーストで言えば底辺。
RPGで言えば単なる村人。
そんな当たり前のことを
そんな比企谷八幡の本質を
何故俺は見失いかけていたのだろうか?
××××
戸塚と話した後、気が付いたら放課後だった。
教室にいる由比ヶ浜と一瞬目が合ったが何だか気まずそうに手を小さく振って「バイバイ」を伝えてきた。戸塚も放課後は部活だろうしやることもなく駅前にやって来た。
そう言えば親父が最近どこかのプロレスラー並に熱弁するあのアニメの映画でも見るか…。そしてネタバレしてやろう。時間が無くて映画も見に行けないってどんな社畜様だよ…本当に。
とぶらついていると、
「あれ~比企谷じゃん」
声をかけてきたのは制服姿の折本だった。
そういえばこの間のクリスマスイベント以来だったろうか。
「ん、じゃあな」
「何、それウケる!」
いやいや、挨拶しただけだからさ。
「何してんの?」
「いや、別に。帰るところだ」
「ふーん、暇なんでしょう?今一人みたいだしちょっと付き合ってよ!」
「は?」
××××
目の前の画面には襲い掛かってくるカバネではなくゾンビ達。
それを黙々と撃ち殺していく折本。
あ、ちなみにゾンビって俺のことでないからね。ゲームの画面の中ね。
「よっしゃーボスクリアー!」
1面のボスである大きな甲冑と飛び回る奴を倒して折本はガッツポーズをした。こいつアウトドアなイメージがあったけどゲームとかするんだな…。
「今日はクリアしちゃうよ。このゲーム今週で撤去されるからその前まで2ゲーム100円の割引だからね」
ゲーム機の上に両替した100円玉を積んでいる。これガチだな…。
「このシリーズの他のやつもいいけどやっぱりハンドガンで撃つやつが一番しっくりくるね!」
良くも悪くも素直に自分の感想を言う。それが折本かおりという人物だった。
「次、始まるぞ…」
「よし、アシスト頼むよ!」
「わーたよ」
それからしばらく俺たちは闘いに勤しんだ。
目が腐った同胞たちを葬りながら俺は頭の中をからっぽにしている。
ほんの少し気が楽になったような気がした。
そうして一時間くらい遊んでいただろうか。
「やったー!倒せた! 」
最後のボスを何とか倒してゲームクリア。ラスボスは空飛びまくるし弾幕多いしかなりキツく、危うく積んでたコインが無くなりそうだった。
「比企谷見て見て!エンディングだよ!」
俺の肩をつかみながら折本はぴょんぴょん跳ねている。
中学時代、折本のこんな屈託のなさ距離の近さに鼓動を乱したものだ。
今は大丈夫、何も感じない。
俺は過去から学んだはずだから…。
「そんなにこのゲーム好きなのかよ…」
半ばヤケクソ気味に言うと、折本が急に押し黙る。
そしてうーんと悩む仕草をした後、
「前の彼氏が好きなゲームでね。よく付き合わされたから…」
少し言いづらそうに話し出す。
「そ、そうなのか…」
「まあ、でも」
「これでやっとクリアできた」
折本は軽快な笑顔を俺に向ける。
折本は攻略のお礼ということで俺にマッカンを奢ってくれた。
ゲーセン内のイートスペースで折本が学校やバイトの事を話すのに適当に相づちをする。最近、海浜総合高校の意識高い生徒会長から声を掛けられるようだが例の合同イベント以来あまりつるんでないらしい。後、折本の趣味がカメラとサイクリングというのを知った。
「ところでさ」
折本は一呼吸置いてから言う。
「比企谷はこの間のお姉さんと付き合ってんの?」
「…どの姉さんだ…」
「マスタードーナツで会ったあの綺麗なお姉さん。えーと雪ノ下さんだっけ?」
ー友達?お姉さん?その間をとって彼女っていうのはどう?ー
以前、彼女と折本達と繰り広げられたマスタードーナツでの出来事を思い出す。
「……違う」
即答できるはずの返事に何故か詰まる。
「ふ~ん、そっか」
「つーか何故あの人が出てくる?」
「この間、比企谷がお姉さんとこのゲーセンでデートしてたのを見たからね」
魔王に麻雀でボコボコにされてたときですか?
「いや…あれは…」
折本は俺の顔をマジマジと見ながら言う。
「しっかし比企谷の周りって女の子多いよね。あの子達とか生徒会長さんとか」
「あいつらは別に…」
「そんだけ居たら誰か比企谷のこと好きかもよ?」
「んな訳ねーだろ。単なる同じ部活なだけだし」
「じゃあ」
「比企谷は誰が一番好きなの?」
ー差別せずみんな平等が一番とお袋に教えられているからなー
と以前なら言えた軽口がとっさに出ない。
「俺は…」
一瞬脳裏をよぎるのは…。
「ごめんごめん、そんな真剣にならないでよ」
「お前が言ったんだろ…」
そういったやり取りのせいかゾンビを倒した後の達成感のせいか頭に浮かんだことをそのまま口に出してしまう。
「しかし、なんだ…その元カレの思い出のゲームっていろいろ思うところあるんじゃないのか?」
言った後でしまったと思う。
折本も驚いた顔をしている。
「あっ、わりぃ…気にしないでくれ」
「ちょっと意外だなって思って。比企谷がそういうこと聞くの」
「いや、その…」
「別にドラマみたいなことがあった訳でもないし。普通に付き合いだして、楽しく過ごして、そしてよくあるように別れただけ。お互いに納得したこと」
「楽しかったことも、悲しいこともあったかな…」
俺は黙ってマッカンを飲む。その味がいつもより苦い気がする。
「よくあることだよ。何も特別なことじゃないし」
「そう…なのか」
突然背中をバンと叩かれる。
「まあ、今の比企谷は中学のときとは大違いだね」
「とにかく今日はありがとう!」
そう言って立ち去ろうとする折本。
数歩進んで振り向き、
「また付き合ってよ。今度はショットガンのやつ」
元カレ関係無くこのシリーズ好きなだけじゃないのか?と突っ込みたくなる。
「何その嫌そうな顔。いいじゃん友達なんだし」
「え?俺とお前って友達なの?」
思わず突っ込んでしまう。
「じゃあ何なの?」
「いや、その元同級生とか知り合いとか…」
折本は「何、それウケる」と言いたげな顔で、
「比企谷は難しく考えすぎなんだよ」
×××
折本が帰った後、そのままベンチでぼーとしていた。
気が付いたら小町から「今日のごはんは?(怒)」とメールが来ておりそろそろ帰ろうかと腰を上げる。
ーよくあることー
さっき言われた言葉を思い出す。
確かにそうなのだが、どうしても思い留まってしまう。
自分の願望を押し付けそれを強要してしまう身勝手なものに愚かにもすがってしまう。簡単に割り切れない。仮にそれが受け入られたとしても何か裏があるのではと思ってしまう。お互いにそれを分かりながら、妥協し合うことが、ある意味傷を舐め合うことが、見方によっては何かに到達した素晴らしいことだとしたら。
俺は何が許せない?
俺は何に拘っている?
俺は何を求めている?
俺は何をー
肩にドンと軽い衝撃が走って我に帰る。
「あん?なんだお前?」
ゲーセンの出口、数人でたむろしていたやつとぶつかってしまったらしい。
「あ、いや…その…わりい」
「わりいってなんだよ、つーかお前総武高か」
とやりとりをしている間にお友だちらしきやつらに囲まれてしまう。制服のと私服のがいる。髪も茶髪のやつが大半でピアスもしており見るからに柄が悪そうだ。
まずいな…。
いつもの俺ならこんなやつらに認識されないようにステルスできるはずなのに。
「なんかこいつびびってない」「きょどってやんの(笑)」「ガリ勉高だからなー」
制服のやつはどうやら海浜総合高校みたいだ。どこの高校でもこういうヤンキー崩れみたいなのがいるだろう。ちなみに総武高にもいるらしいがぼっちセンサーで常に回避している。
とりあえず「すいませんでした」と頭を下げれば解放されるだろう…
と思っていると、
「つーか、今さっきうちの制服の子とゲームしてたよこいつ?あれ確か折本さんじゃね?」
「おめー、何うちの学校の子に手出してんの?」
「ちょっと付き合ってもらおうか?」
いやいやいやいや。
なぜそうなる?
×××
そうしてお決まりのように路地裏に連れて行かれる。
ぼっちでステルス機能搭載の八幡にしてはかなり珍しいことだ。
正直かなりびびっている。
しかもなんかさっきより人数増えてないか?
スマホでなんか連絡してたし。これだからSNSに毒されたゆとり世代は…。
とりあえず土下座でもして適当に笑い者になっておけばこいつらもその内飽きるだろう。
「びびってるね~」「どうするこいつ?」「反省させるか?」
そうやって土下座をしようとすると、
「そういえば総武高って最近調子乗ってるやついるよな」
「ああ、可愛い子ばっかりちょっかい出してるやつだろう?ダサいのに」
おいおいおい。その話他校まで広まってるのかよ!どんだけ悪評ひどいの俺?
しかしまあ、それが目の前の俺だと気が付いてないのが幸いか。
「それって、そこの彼のことじゃないかな?」
俺を取り囲んでる後ろの方から声が上がる。
それを聞いた周りの空気が変わる。
「そうなのか?」「確か、目つきに悪い猫背の奴って」「確かにこいつっぽいな」「あの噂のやつかよ…」
おいおいおいおい!
どういうどういうことだってばよ!
「しかも折本さんまで手を出すってどういうことだよ」「許せないな」「リア充死ね」「なんかむかつくな」
今までは、「こいつちょっとからかってやろう」ぐらいの空気だったのが「こいつ懲らしめてやろう」「俺たち正しいよな?」みたいな空気になっていく。
どうする?
大声を出して助けを求めるか?
下手に刺激するものまずいか?
しかし噂はあくまで噂だ。
ここで否定すればいいのでは?
こいつらも半信半疑のようだし。
いっそ、俺が周りからからかわれて嘘の噂を流されていると同情を誘うか?
しかしそれだとさっき折本といたことがネックになるが
それも俺が無理やり折本を誘ったことに…
ーそういうのもうなしね…-
ー全て自分のせいと言うのねー
前に彼女達から言われたことをふいに思い出す。
だめだ、これという手が思い付かない。
もう土下座しかないひたすら謝ろうと思ったら、
「思い出した、こいつうちの大学の雪ノ下さんにもちょっかい出してるやつだ」
と私服姿のやつが言う。
その言葉に思考が止まる。
「そうなんすか先輩?」「まじかよ、あの超美人の人だろ?」「あの有名な?嘘だろ?」「俺ファンなんだけど」「いやでもこいつはないだろ?」
………。
…………。
「どうやっても釣合ってないし」「そうだな」「雪ノ下さんも大変だなこんなのに付きまとわれて」「あの人ならとっくに彼氏いるだろう」「こいつが付き合うとかありえないし」
ーーーーーーーってる。
「こいつさっきからしゃべらないよね」「何?びびっちゃったのか?」「なんか言えよ」
自分がーーーーってる。
「聞いてんのか?」
肩を押される。
「ーーーーよ」
「あん?何いってんだ?」
「分かってんだよーーーーーー!!!」
俺の声が路地裏に響き渡る。