空を駆ける数多の流れ星を青年は黙って見上げていた。
「何を見ているの?」
隣に立った麗しい女性が不思議そうに青年に声をかける。
空を見上げる彼の行動が理解できなかったからだ。
「いや別に…」
青年はそう言って照れくさそうに顔を背ける。
「一緒に見ていい?」
女性は青年の行動が理解できなかった。
星空はただの光。
他にやることはないのだろうかと思う。
「別にかまわないよ」
再び空を見上げる青年は少しバツが悪そうだった。
「流れ星が綺麗だね」
思ってもいないことを彼に告げる。
この場ではおそらくこう言うのが正しいのだろう。
彼女にとってはごく当たり前の所業であった。
「そうだな…」
彼女がこの町に来た時その容姿からか人々の目を惹いた。男達は様々な貢物を持って来た。貴族を名乗る者からは王宮でのパーティーにも誘われた。皆、彼女に跪き付き従おうとしてきた。
やはりここに来てもそんなものか。
自分が従えてきていた者たちとさほど変わらない。
なんだかつまらない。
そう思って、このお遊びも止めようかと思った矢先の出来事だった。彼女がこの何の変哲も無い青年に出会ったのは。
町外れの丘の上、倒木に座りながら二人の時間が静かに過ぎる。
「綺麗だな…」
青年が呟いた一言を彼女は聞き漏らさなかった。
見上げる空は流れる星々で忙しいのに周囲には物音一つ無い。自分の鼓動も聞こえそうなのに隣にいる青年が何を考えているのかはさっぱり分からない。
「もしかして欲しいの?あれが?」
誰しもが様々なものを求める。その欲求には際限が無い。
さすがに彼女の強大な力を以てしても空を駆ける星々を手に入れることはできない。そんな誰しもが分かり切ったことなのに隣の青年はまるで星々に手を伸ばして求めているように見えた。
「まさか。見ているだけだ…」
青年はぶっきらぼうに彼女に告げる。
「……」
「……」
しかしよく分からなかった。
何故、青年が星を見ているのかも。
何故、自分がこうしているのかも。
何故、この静寂が心地良いのかも。
相変わらず見上げる星空の何が有益で
何のためにこんなことをしているのか分からない。
……だからかもしれない。
もう少しだけ
彼女が青年と星々を見上げていたいと思ったのは。
××××
材木座の新しい小説はファンタジーものだった。
勇者を倒した魔王が世界を支配するものだ。世界を征服した魔王はやることがなく暇なので変装して人間の村に忍びこんでいた。
そんな時に主人公である村人の青年に出会う。魔王は暇つぶしで青年と交流をしていく。ちなみに魔王は絶世の美女という設定。いわゆる魔王勇者ものだ。
「どうだ、八幡!我の渾身の作は」
「流行に乗っかったのかよ。魔王、勇者系は人気だからな」
厳密に言うと人気なのは少し前で最近は異世界転生俺つえーが主流である。誰もゴブリンに苦戦するパーティーより間抜けでも水の女神と旅する方がいくらかましだ。異世界に転生してもスライムやゴブリンや蜘蛛だったり、または装備が盾だからハブられたり、ありふれた職業だったり、死に戻りだったりして大変な目に遭うのがオチである。しかし無職が転生して成功したりもするらしいからぼっちも転生したら何とかなるのかもしれない。
「この後どうなるんだ?」
「実はな!魔王の姿は主人公が憧れている王国の姫の姿に似ているのだ。魔王の母は先代魔王に誘拐された人間、実は姫の叔母でなんと魔王と姫は従姉妹になるのだ!」
「…これ一応恋愛ものなのか?お前がこんな話思い付くとは思えないが」
「八幡よ!我を甘くみるな!真のラノベ作家は全てのジャンルを凌駕するのだ!」
「どうせバトル描写できないだけだろ。この間の話で雪ノ下に戦闘描写の矛盾を指摘されまくってたからな」
「うぐ!そんなことはないぞ!」
「それに由比ヶ浜と一色にも『戦ってばかりで何しているか分からない』って言われてたからか?」
つーか何気に由比ヶ浜もちゃんと読んでやってるんだよな…。数ページだけど。ちなみに一色は由比ヶ浜の感想に「そうですよね~私もそう思います~」とあざとく合わせてきやがった。
「うぐぐ!!まあ、そのなんだ!読者の意見も大事だからな!!すべからく女子どもはこういう色恋ものが好きだろうから合わせてみたのだよ!」
「しかしお前にしてはなんか話が地味だよな。相手が魔王としても相手の青年がなんか地味だし。もしかして勇者の息子とか裏設定があるのか?」
「いや、単なる村人だ。何の変哲も無い。しかも友人もいない孤独で地味なやつだ!」
「派手設定好きなお前にしては珍しいな?どこからパクったんだ?こんなラノベしらないぞ」
「いや…それは…」
急によそよそしくなる材木座だが、まあいいかと思い。
「で?お前らも何か言ってやったら?」
奉仕部の部室内での出来事だった。
春休み前の最後の部活に来たのは材木座だった。いつもの感想依頼だがある意味楽で定番となっている。期末を締めるには丁度良いものなのかもしれない。
恋愛ものだという材木座の触れ込みに騙されてか、仕方なく読み始めていた彼女達に視線を向ける。
なんだ雪ノ下はまだしも、由比ヶ浜といつの間にかいる一色も真面目に読んでいるじゃないか。
…良かったな材木座一応女子らには受け入れられているようだぞ。まあ口には出してやらないが。
そうしていると由比ヶ浜が落ち着かないような素振りで顔を上げ、
「えーとさ、この話…」
「誰かモデルがいるんですか?実体験では無いのは分かっていますよ」
由比ヶ浜の言葉を遮って一色が材木座に尋ねる。
いや実体験で無いって言い切んなよ。材木座が可哀そうだろ!
「なんだと!これは我が天啓により授かったアイデアで!」
「材木座君?」
「あひぃぃい!」
雪ノ下の一言で素に戻って黙り込む材木座。どんだけ苦手なんだよ…。それになんでみんなも静かになるの?なんか怖いよ?
「文章の推敲も足らないし、表現がおかしいところも多々あるのだけど」
「…中々興味深かったわ」
部室の内の空気が冷たくなるようなプレッシャーを感じるのは気のせいだろうか?
「そ、そうですか…」
汗をダラダラ流しながら材木座は答える。
何かに睨まれたカエルかお前は。そんなに怖いならそいつに読ませんなよ。見ている俺がびびってしまう。
「しかし、この何の変哲も無い冴えなくて孤独体質の青年は主人公として好きになれないわね」
「ゆきのん…」
「雪ノ下先輩…」
話の青年ってそんな奴だっけ?
もっとクールなイメージがあったけど。敢えて言うなら幼馴染に突っかかる生意気な新入りを片手だけでかつ無表情でねじ伏せるモビルスーツパイロット的な…。
「そ、それはですね…」
「俺に助けを求めるなよ…」
困った顔で俺を見る材木座を助ける気は毛頭無い。というか助け船どころか泥船を出してやりたいまでだ。
「まあ、今までのでは一番読めたわ」
雪ノ下は幾分その冷気を抑えながら言う。
「そ、そうだね。なんかこういうのもいいね」
由比ヶ浜は髪をいじりながら言うし、
「材木座先輩?後で聞きたいことがあります」
一色は何故か良い笑顔で正直怖い。
一人だけ違うような気もするが感想も上々じゃないか。
材木座も何かの手ごたえを感じたようで無駄に拳を振り上げている。
一応俺も何か感想を言わねばいけないと思い何となく言ってみた。
「思うんだけどさ…こういう話でヒロインが何故主人公に惚れるんだよ?ちょろインすぎないか?」
「何を言っておる八幡よ。ヒロインが主人公を好きになるのに理由なんぞ必要ないのだ!!! 」
「理由がない?あるだろ?主人公だって憧れている姫に似ているのが理由だからだし」
「それは単なるきっかけだぞ?何を言う」
「それ設定面倒だから手抜いてるだけじゃないか?」
「うっ。ち、違うのだ八幡!きっかけは別に重要でも何でもない!大事なのは憧れている事実だ!」
「なんだよそれ…事実だけなら意味はねーだろ」
何故か材木座の言葉にいつもと違う苛立ちを感じる。
「実際…理由もなく簡単にそうなるかよ…」
半ば言い捨てるように言った俺の言葉に、
「いーや待て八幡よ!お主もそうだろ!」
材木座は苦し紛れに言い返した。
「お主も部長殿の姉君に惚れておるのではないか!」