『H』 STORY   作:クロカタ

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二話目の更新です。


高町なのはの場合

 サッカーとは一チーム11人×2で行うボールを蹴って行うスポーツである。小学生がやることにはそれほど珍しくはないスポーツ、いやむしろ小学生だからこそ自分から率先して参加していくものだろう。

 ボールを蹴り、フィールドを走りキーパーが守るゴールへとシュートし点を入れる。細かなルールはともかく、おおまかに見れば単純な競技ではあるが、かなりの体力を使うスポーツである。それに激しい動きもする。

 

 何故、ここでサッカーの話をしているのか、多くの人は疑問に思うかもしれないがその理由は単純。

 頭皮に爆弾を隠した主人公、何原行方は何故か地元のサッカーチームのメンバーとしてほぼ強制的に駆り出されたからだ。

 何故?と聞かれれば、まず自分の意思ではない、とまず答えただろう。事の発端は小学校生活初の友人、朝倉和久(あさくらかずひさ)からサッカーの試合に出てくれないかと頼まれた事から始まった。中身は大人とはいえ、友情を育むことを重要視していた彼は朝倉のお願いを受けるかどうか渋った。

 

 普通ならば桂が吹き飛ぶ危険性があるサッカーなど悩む素振りさえ見せずに却下する、のだが、朝倉はこの試合に勝ったら好きだった子に告白するという願掛けをしているという話を数日前の昼休みに彼は聞いたのだ。

 

 協力してあげたい。しかし危険すぎる。

 ユクエの頭の状況を例えるならば、砂上の楼閣。容易く崩れ去ってしまう程に脆い。

 そんな状況でサッカーなどすればボールと共に桂がフライアウェイしてしまう。そんなことが起これば、彼は海鳴小の後輩に語り継がれる伝説の存在になってしまうだろう。

 

 正直それは嫌だ。

 そもそも何故自分なのかと朝倉君に訊いてみると、彼は凄い人懐っこい笑顔で「友達だから」と答えてくれた。良心の呵責で余計断れなくなった彼が、悩ましげに唸っていると……。

 

「出てあげたらいいんじゃないの?」

 

 隣席の友人、バニングスがキラーパスを繰り出してきた。転生してから何気に交流がある彼女に彼は苦手意識を抱いていた。嫌いという訳ではない、むしろ親切な彼女に感謝しているのだが、時々彼女の身振り、言動から繰り出される自身のハゲについての確信めいた行動に怯えているのだ。

 

 もしかしてハゲがばれている?

 いや、そんなはずがない!と彼は頭の中に浮かんだ最悪の推測を即座に否定する。この数日中で自分の桂に対するカモフラージュはパーフェクトと言っても良い。鬼門と思われた体育の時間もアクシデントこそあったが、細心の注意を払い参加し乗り切った。そもそも、ハゲが露呈したとなればクラス中、否、学校中にそれが広まっているはず、それが無いという事はまだ自分のハゲがばれていないという証拠。

 

「ね、特に出てあげない理由はないでしょ?」

 

 だが、こちらをにっこりと浮かべた笑みで見ている彼女にユクエは「おっふ」と訳の分からない返事をしながら無意識に自分の髪に手を添え慄いた。

 

 

 

 

 

 結局は朝倉の押しに負けてサッカーをすることになった。

 「見に行くから」と言い放ったバニングスの一言に何故か、自分が崖の端にまで追い込まれているような幻覚に苛まれたのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 

「ユクエくんっ守ってくれぇ!!」

 

 試合が始まってから数分。サッカーのルールをよくは理解していなかった彼が任されたポジションはゴールキーパーの前であった。動かず、飛んでくるボールを止めればいいという単純なポジションに、彼は内心喜んだ。念の為、桂に両面テープを固定し万全を喫してはいるが、サッカーはヘディングのしやすいハゲには最適だが、ハゲを隠す者には優しくない競技。

 

 だがゴール前とて危険がないとは限らない。今相手チームの少年が今まさにボールをこちらへと蹴り飛ばしてたが、もしあのボールが頭に当たったら、という事を考えると怖気が立つ。

 

 幸い元25歳の彼にとっては小学生が繰り出したボールは、取るのにそれほど難しくはないものだったが……。

 相手チームの子には申し訳ないと思っている。しかし彼とて必死なのだ。

 

「ナイスガードよー!」

 

 ボールを味方の方に蹴ると、何処かしらからバニングスの声が聞こえてくる。

 そちらを向くと、ベンチにバニングスと彼女の友人である二人の少女。ユクエからすればクラスメートである二人の名は、月村と高町。あまり交流はないが、クラスの中で一際目立つ存在だとユクエは思っている。

 

 その中で、栗色の髪の少女、高町がユクエと視線が合うが顔を青褪めさっと視線を逸らされる。ほぼ交流のない少女に顔を青褪められる覚えのないユクエは、疑問に思いつつ試合が行われている運動場の方へ顔を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうユクエくん!これで、僕、告白できるよ!」

 

 試合はユクエの居るチームの勝利で終わった。

 友人の決心がつき、ハゲが露呈しなくて良かった、と思いつつ。試合後お礼を言ってくる朝倉に「気にするな」と言い、チームのメンバーとで打ち上げに行こうと促すと、お礼を言い足りないのか朝倉はポケットに手をツッコんでひし形の宝石のようなものをユクエに差し出した。

 

「……本当はあの子へのプレゼントにしようかと思ってたけど、やっぱり気持ちを伝える方が大事だよね……だから、あげる!」

 

 押し付ける様に手に握らされたひし形の宝石に困惑する彼だが、頑として返されようとしない朝倉に呆れた様な笑みを浮かべポケットにしまう。

 

「そういう石って持っていると願いが叶うって話があるよね」

 

 と、冗談交じりに言った朝倉の言葉に、彼は無表情になりながらポケットに入れたその石を取り出しジッと見つめだした。石を持つ手とは逆の手が髪に添えられている事に、疑問を抱く朝倉。

 数秒ほどして我に返った彼は、無表情から一転して柔らかい笑みを浮かべ、チームメイトの居る場所へ戻ろうと提案してくる。朝倉は察したような表情をし、黙って彼についていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは良い子である。

 それがどういう意味を持つかは様々ではあるが、彼女の『良い子』は良い意味の方である。そんな彼女の使命は魔法少女として海鳴市に散らばったジュエルシードを回収する、というものである。その経緯を語るとなればかなりの時間を要するので割愛するが、とにかく彼女はジュエルシードを集めその危険から街を守らなくてはいけない。

 

 そんな彼女はある日、父親が監督をしているサッカーの試合を観戦しに来ていた。サッカーを観戦すること自体は別に嫌いじゃないので応援しながら見てはいたが、ゴールキーパーの居る場所から少し前に立つ一人の少年を見て固まる。

 

 何原行方。

 

 彼女はユクエの秘密を知っている。

 良い子である彼女は、その秘密を知ってしまったことを悔いている。

 

 

 

 

 ―――それは数日前、学校で行われた体育の時間にまで遡る。

 

 

 

 

 高町なのはは体育が苦手だ。

 そもそも運動することが苦手な彼女は、体育という時間はひたすらに苦しいものだった。しかしその日はドッジボールと言う当たれば外野でボールを投げればいいだけのスポーツだった為か、若干軽い心持だった彼女は案の定呆気なくボールに当たり外野への移動を余儀なくされた。

 

「ふぅ……」

 

 浅く息を吐きながら外野へ移動しようとすると、すぐ後ろでまた誰かがボールに当たっていた。何気なしに振り向こうとすると、お腹にボールをめり込ませながらも、何故か頭を抑えて地面にズザザザ―――ッ!!となのはのすぐ隣の地面を滑っていく少年の姿が視界に映りこんだ。

 

「あ、ごごごごごめん!手が滑っちゃって……」

 

 彼が飛んで来た方を見れば、顔を真っ青にした親友、月村すずかが頭を下げている。手が滑ったならしょうがない………うん、と親友の膂力にやや現実逃避しながら、先程彼女のボールに吹き飛ばされた少年、何原行方に駆け寄る。

 彼女と同時にクラスメートの少年、朝倉と相手チームのアリサの二人が駆け寄り、いまだに髪を抑え呻いている彼を抱き起す。というより、何故彼はお腹ではなく頭を抑えているのだろうか、襲い掛かるボールは既に傍らにあるのに、何から頭を守っているのだろうか。

 

「ユクエ、貴方……ッ」

「ゆ、ユクエくん!?今のは受けるんじゃなくて避けるべきだったんだよ!というより何でお腹より頭を防御したのー!?ユクエくーん?!」

 

 呻きながらも「……頭は、頭はついているか……」と苦しげに言葉にした彼に絶句する朝倉、対してやけに冷静なアリサは、ユクエの頭を見て安心するように安堵の息を吐いた。

 

「大丈夫、ちゃんとついているわ……」

「ユクエ君、それでも頭なの!?」

 

 アリサのその言葉にどことない安堵の表情を浮かべた彼は、心配いらないと言わんばかりに起き上がり。フラフラとしながら唖然としている先生に「大丈夫です。でも、水道で、洗ってきます」とだけ言って水道のある方向へ歩いて行ってしまう。

 呆気にとられた先生は、水道のある体育館の方へ消えてしまったユクエを見て、なのはの方を見る。

 

「高町、すまないがユクエを看て来てくれないか?きつそうだったら保健室に連れて行ってくれ」

「え、あ、はい!」

 

 何故自分が指名されたのかは分からない。

 とにかくクラスメートの事を任された彼女は、小走りで彼が行ったであろう場所へ小走りで行く。

 

 息を切らしながら、体育館の角を曲がりユクエの姿を視界に捉える。フラフラとした足取りを見れば、大丈夫じゃない事が分かる。保健室に連れて行かなくちゃ……っ、そんな使命感の元声をかけようとするも、お世辞にも運動ができる方じゃない彼女は少しだけの走っただけで声が出ない程に疲労していた。

 

「はぁ……はぁ……スゥ―――」

 

 膝に手を置き、息を整え大きく息を吸う。

 無理するのは駄目なのそういうの良くないの、無意識にそう呟きつつ大きく吸った息を言葉にして前方を歩くユクエに吐き出す。

 

 

 しかし次の瞬間、高町なのははこの場に来てしまったことを物凄く後悔した。

 

 

 ユクエへ声を投げかけようとしたその瞬間、水道の前に立った彼は不意に自身の髪に手を掛け―――

 

 

 

 

 

 ―――スポッと髪の毛を持ち上げた。

 

 

 

「ブホォァッ!?」

 

 髪が持ち上がった、否、髪が頭から外れた。吐き出されかけた声はそのまま噴き出される形で吐き出された。

 その際に体を一瞬震わせながらユクエが背後を振り向くが、其処には誰もいない。

 

「な、なんで、嘘……え……なんで……」

 

 自分も驚くほどの速さで一瞬の内に体育館の影へ隠れた彼女は、再びユクエの方を見る。

 神々しい程に眩い光沢。

 お坊さんの様なテカリ。

 その手に持たれた、髪だったもの。

 

「………ふぇぇ……」

 

 彼女の頭は混乱していた。無理もないだろう、これまで一緒に授業を受けてきた男の子の髪の毛が外れ、マルコメくんも真っ青なスキンヘッドになってしまったのだから。確か、彼はアリサと仲が良かった筈だ、アリサは彼女の友達、いわば彼は友達の友達という事になる訳でなのはの友達という事になる(?)そんな子の秘密を知ってしまった。きっと誰にもバレたくないだろう。

 自分なら嫌だ、というよりあの桂は髪の毛が無いのをばれたくないから被っている訳で、つまりユクエも髪の毛が無い事をバレたくないと思っている訳だ。

 

 それを彼女は知ってしまった。

 どうすればいい、このまま体育館の裏から出て「ごっめーん、見ちゃった☆、でも私気にしなーい」とでも言えばいいのか、駄目だろ。人間としてそれは駄目だろ。じゃあ何だ「似合ってるよ、そのヘアースタイル」―――そもそも髪もないのにヘアースタイルとか「バカにしているのか」と怒られてもしょうがないじゃないか。

 

 グルグルと思考がドツボに嵌っていくなのは。

 そうこうしているうちに水道で頭を洗ったユクエが、無い頭髪をかき上げるような仕草をし乾いたようで、虚しい笑みを浮かべ、カポッと桂を被り直した。

 

「い、いましかない」

 

 このタイミングならば桂を被った状態で出会わす事が出来るし、丸く収まる。

 彼女の行動は速かった、あらかじめ勢いをつけて偶然を装う様に体育館の裏から飛び出す。

 

「ゆ、ユクエくん!大丈夫!?」

 

 この時、気付くべきだったと後になのはは思う。彼とは同学年でクラスメート、嫌が応にも毎日顔を合わす彼の秘密を知ってしまった自分は、とてつもない罪悪感に苛まれてしまう事に―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、サッカーの試合が終わった後、自身の両親が経営するスイーツショップ『翠屋』で打ち上げを行っている最中、未だにユクエへの罪悪感が拭えないなのはは、朝倉と共に打ち上げの際に出されたケーキを食べている彼を見ていて、ある事に気付いた。

 

 

 ユクエくん、ジュエルシード持ってる……。

 

 

 喋るフェレット、ユーノを気付いたようで念話でその事を訴えかけてきている。レイジングハートもあるし、魔力と体調にこれといった不調も無い。だけど、自分は彼相手にジュエルシードを渡してもらえるように交渉することができるのか。

 

 いや、できない。出来る筈がない。

 

 あの衝撃の体育から一度たりとも彼と接触をするようなことはしていない。彼自身、悪い人じゃない、悪い人じゃないのは分かるのだけれども、罪悪感のせいで近寄れない。

 動こうとしない彼女にフェレットがどうしたといわんばかりにボディランゲージしてくるが、それは彼女には見えていない。

 

「あ……」

 

 視線の先に居る彼が、そわそわしながら店の外へ歩き出していた。何時までもこうしていても始まらない、勇気を振り絞って彼の後を追い、店を出る。ユーノは敢えて置いて来た、いくら動物でも彼は意思がある、ユクエの秘密を知ってしまっているのは自分だけで良い。

 

 物陰に隠れユクエの後を追っていく。

 背後から見る彼の髪は、少し見ただけじゃ偽物と分からない程に精巧だ。余程のことが無ければ自分では気づくことは無かっただろうと思えるほどに。でも、気付いてしまった。偶然だったが、それでも申し訳ない気持ちになってしまう。

 

 己の過ちをひたすらに悔やんでいると、彼は近くにある公園へと入っていってしまった。何しに公園へ?と疑問に思いながら入り口付近へと移動すると、人気のない公園の隅の方に彼が立っているのが見えた。ゆっくりと公園の周りの茂みの裏から彼の居る場所に近づくと、彼の姿が鮮明に見える。

 

「!」

 

 彼はジュエルシードを掌に乗せ無表情にそれを見つめていた。

 その瞳にはただひたすらに悲壮感が伴っている。

 

 まずい、そう彼女は思った。ジュエルシードは願いを歪んだ形として叶える宝石。もしユクエがジュエルシードを発動させてしまったら、彼自身のみならず周囲の人々にまで危険が及ぶ可能性がある。もう、気まずいとか罪悪感云々とか考えている場合じゃない、そう判断しレイジングハートを握り茂みに手を掛けたその時、ユクエの口が僅かに動く。

 

 

 

 

 

「なあ、こういう石って願いを叶えてくれるんだよな」

 

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 

 

 手を掛けた茂みがガサリと音を立てるが、目の前の宝石に集中しているのか気付いていないユクエは、なのはが飛び出すよりも先に次の言葉を発する。

 

 

 

 

「俺に………髪をくださいっ」

 

 

 

 

 結局それなの――――!?と飛び出そうとしていた彼女は、あんまりな願いにズッコケてしまう。だがジュエルシードはどんな願いも歪んだ形で叶えてしまう、せめて暴走する前にユクエから離せば、と思い彼に再びを目を向けるも、彼の掌の上に置かれたジュエルシードはうんともすんとも反応しない。

 

 

 

「………は、はは、分かってた。うん……分かってた……」

 

 

 虚しげにジュエルシードをポケットに仕舞い、近くのベンチ……なのはの居る茂みの目の前に座った彼は肩を落とし俯き、哀愁漂う背中をなのはに向ける。

 ジュエルシードが反応しなかった。だがあれは本物のジュエルシードだ、どんな願いも歪んだ形ではあるが、叶えてしまう万能の宝石が、ユクエの願いを拒否した。

 

「……この世界に神なんていない……そして、俺の髪も無い……」

 

 もし、正常に動いているジュエルシードがユクエの願いを拒否したのだとしたらどれだけこの世界は残酷なのだろうか。泣きそうだ。もう気まずいとか罪悪感を通り越して、可愛そうになってきた。

 

 もう暴走でもいいから髪の毛を生やしてあげてよ……っ。

 

 ジュエルシードに意思があったのならばそう叫んでいたかもしれない。彼の座るベンチの後ろで静かに号泣している彼女は、思い立ったように立ち上がり入り口の方へ歩いていく。

 

 自分は今まで逃げていた。

 罪悪感とか、気まずい何かとかに……。今理解できた。それって全部の自分の都合だ。髪の毛が無い事に苦しんでいるユクエの心を理解しようとせずに、自分の事し考えていなかった。

 

 彼女は公園の入り口の前に立って深呼吸し、堂々と中へ入り込む。向かう先は隅のベンチ、迷いない足取りでベンチに座る彼、何原行方の前に立つ。

 

「高町?どうしてここに……?」

 

 彼の秘密をしっているのは自分だけ、それならば彼に気付かれないように彼を助けてあげよう。ジュエルシードが、例え神様だって彼の髪の毛が生える事を望まないのならば、せめてそれがバレないように力の限りを尽くそう。

 その第一歩として……。

 

「ユクエ君が居ないから皆心配しているよ?」

 

 まずは友達になることから始めよう。




 これで一先ず更新は終わりです。
 シリアスはありません、シリアスを装ったギャグならあるかもしれませんが、こんな調子に更新していきます。

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