朝食後何か聞きたげなキュルケと別れたタバサは授業をサボり一人図書室に来ていた。誰もいない図書室で本を探しながらタバサは考える。――キュルケとルイズの話をしたのは失敗だったと。そもそもタバサはルイズに対して特に何かを思っている等という事はなかった。それこそ親友のキュルケが気にかけている他人程度の認識であった。しかしその認識は使い魔召喚の儀の時から変わった。
使い魔召喚でタバサは風韻竜という喋る竜を召喚したのだがその使い魔はルイズが使い魔召喚を行った瞬間、彼女の韻竜は怯えたのだった。まだ幼いとはいえ彼女の使い魔は竜である。竜が怯えるなんて普通の事ではない。しかも相手は使い魔召喚に失敗したルイズである。その旨を自身の使い魔に問うと使い魔は震えながら信じられないように口を開いた。
「使い魔召喚の失敗?お姉さま、それは違うのね。あのチビは使い魔召喚に成功しているのね。それもこの世界を壊しかねない大きくて邪悪な力を」
「……なんで何も現れないの?」
「シルフィにも詳しくはわからないけど、なんかその大きな力は力を封じ込められてるみたいなのね。でもあのチビから力を感じるから何かあるのね」
「……そう」
タバサにとってそれは眉唾物の話であることには変わりないがそれでも警戒するにこしたことはない。……まあキュルケに余計な事を口走ってしまったのは失敗だったが。あれ以来ルイズをそれとなく気をかけて見ようとしたが昨日は自室に籠ってしまっており今日もキュルケの話では朝一で医務室に運ばれたらしい。
タバサは使い魔召喚の儀以後ルイズを見てはいないためその状態はわからないが彼女の使い魔が怯えていたという大きな力には興味がある。その力があれば自身の立てる復讐計画にも役立てられるかもしれない。何か手がかりがないものかとタバサは本をあさりだす。……タバサの思いもがけない形でその力の一端が示されるとも知らずに。
◇◇◇
ルイズが医務室で目を覚ました時にはもうすでに昼食の時間に差し掛かろうとしていた。昨晩と同じように凄惨な夢を見せられて気分は最悪だがいつまでも寝ているわけにはいかないと思いベッドから起き上がる。様子を見にきたシエスタが自分を心配するような素振りを見せていたが大丈夫だと制して医務室を出た。これ以上平民に弱みを見せるわけにはいかない。それがたとえ自身と親しい者であったとしても。
昼時の食堂はにぎわっており来て早々にルイズは来たことに後悔していた。しかしルイズとしてもこのまま寝込んで逃げているように思われるのは許せなかった。食堂で席につくとポツリポツリと周りがひそひそ話を始める。ルイズはそれを無視するかのように目を瞑った。
「おい、まだ退学になってなかったのかよ」
「『ゼロ』は使い魔も『ゼロ』ってわけか。流石だぜ」
「なんで食堂の席に座ってんだよ平民」
そしてルイズに気づいたのか同級生の男子を中心に罵倒ともとれる冗談が飛び交う。止める者などいない。反論しわめき散らしたくなるが唇を噛み耐える。自身の品位を下げあいつらと同じ土俵に立つのは嫌だった。魔法が使えるというだけで冗長し努力をしない貴族様にはなりたくなかった。
――たかだか魔法が使えるというだけで。
ギリリと歯が鳴りだんだんと力が入る。左腕が肘をぶつけた時のようにじんわりと熱を帯びる。
「うっさいわよアンタたち。男が女のようにネチネチと。女々しいったらありゃしない。アンタもよヴァリエール」
イライラしていたのか立ち上がったキュルケが怒号を上げた。ルイズからしたら余計なお世話だと思ったが自然と歯ぎしりや腕の暑さは消えていた。
「アンタがいつまでも黙っているから」
「申し訳ございません、貴族様」
キュルケがシンとした食堂でルイズに対して口を開いた時悲鳴に似たその声は上がった。見るとそっちではキザな男子生徒がメイド服の少女、シエスタを糾弾している姿があった。
――キザな男子生徒、ギーシュ・ド・グラモンは混乱していた。元々好色の気がある彼が二股をかけていたのは事実である。そしてそのうちの一人であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシから貰った香水が同時期に付き合っていた女子、ケティ・ド・ラ・ロッタに気づかれ弁明を試みた所を件のモンモランシーに見つかり二人を泣かせた所まではギーシュも認識していた。その後香水瓶を拾った平民のメイドをみっともなくもやつあたり的に呼び止めた。身分の違いからメイドの彼女が謝罪をしギーシュの心も少し晴れて打ち止めになるはずだった。しかし事態は思いがけない方に進んでしまった。
食堂にいた生徒がシンとしたなか一斉にギーシュの方を向く。やや離れたテーブルから先程怒号を上げながら立ち上がったキュルケがギーシュの事を見ていた。先程までルイズを笑っていた生徒達も立っているキュルケとギーシュを交互に見ていた。そして渦中のルイズが瞑っていた目を開けてギーシュを見た。
「……うるさいわねツェルプストー。シエスタもさっさと仕事に戻りなさい」
静かにルイズはキュルケとメイドに向けてそう言った。まるでギーシュなど眼中にないと言わんばかりに。これが面白くないのはギーシュだ。
「……『ゼロ』のルイズ、これは僕とメイドの問題だ。口を挟まないでもらいたい」
「違うわ。その問題はギーシュとモンモランシー、それとさっきの女生徒の問題よ」
「流石、魔法の使えないゼロは平民の肩を持つんだな」
ムッとしたギーシュはわざわざルイズに蔑称を使い攻め立てる。ギーシュの言葉に先程までルイズを笑っていた生徒達は息を吹き返したようにルイズをなじりだす。そうしてその中からある言葉が放たれた。
「そうだぜギーシュ。生意気な平民に思い知らせてやれ」
これに顔を青ざめさせたのはシエスタである。なんせこの件で平民にカテゴライズされるのは彼女だけだからである。そんな彼女を尻目に生徒達はやれやれと言った大合唱を始める。イライラした様子でキュルケが言葉を発しようとするがそれを遮るように一人の影が動く。
「……そう、ならご教授願おうかしら?」
あまりの様子に見かねたルイズが溜め息を吐きながら立ち上がったのである。こうなると引けないのはギーシュである。
「……いいだろうルイズ。決闘だ」
◇◇◇
ヴェストリ広場に場所を移したルイズとギーシュは互いに向かい合っていた。周りの生徒達は喧しく騒ぎたてておりその様子をルイズは冷めた瞳で見つめていた。
「降参するなら今のうちだぞ」
「ありがとう。でも結構よ」
一方ギーシュも場所を移している間に落ち着いたのか若干辟易したような様子を浮かべていた。降参をルイズに促すも当然却下され渋々と杖を構える。そして自身の魔法で青銅の騎士を一体召喚する。対するルイズはただ杖を構えただけだった。
「行けっ」
青銅の騎士がルイズに襲いかかるがルイズは動こうとはしない。いや、動けなかった。彼女の爆発魔法をもってすれば青銅の騎士を倒すのは余裕であったが彼女は左腕を押さえつけているだけだった。
――魂を捧げよ
あの気味が悪い声が聞こえたと思ったら左腕が動き出していた。それが青銅の騎士を前にしたルイズの状態だった。しかし近づいてくる騎士に恐怖を抱かないわけではない。彼女は青銅の騎士が拳を振り上げた時にとっさに防御体制をとってしまう。その時抑えを失った左腕は振り上げられる。
……風を斬る音が響いた。
最初に気づいたのはギーシュだった。決闘に対して乗り気でなくなっていた彼はこの場をどう抑えるべきかを考え出していた。そうしてふと上を見上げると見慣れぬ鎖が
空中に存在しておりなんだろうかと疑問に思った。後方に伸びている鎖に軍人家系の天性の勘だろうか嫌な予感がしギーシュは右側に大きく横っ飛びをした。
「キャァァァァア」
ルイズは何時までも待ってもこない衝撃に不思議に思うと風を斬る音、そして周りから上がる悲鳴に目を見開く。青銅の騎士の向こう側。そこには戻りの動きを始めた振り子刃と一本の腕。そして倒れるギーシュの姿があった。
侵入者情報
名前 青銅のギーシュ
所属 トリステン魔法学院
職業 土メイジ
トリステン魔法学院に所属する貴族の一人。優秀な軍人家系の土メイジだが家系柄か好色の気が強く彼の周りでは女性問題が絶えない。しかしそんな彼も長い付き合いのモンモランシーには頭が上がらない。