シロナと名乗った女性と歩きながら、穂乃果は会話に花を咲かせていた。
「シンオウ地方から?」
「ええ」
「__って……どこですか?」
「どこ、と訊かれると答えに困るけど……このカイトゥーン地方と同じく、大きな山があるわ。自然は豊かで街は発展していて、とてもいい所よ」
「へぇ……。行ってみたいなぁ」
「オススメは、やっぱりカンナギタウンかしら。歴史の古いのどかな所よ。私の家もあるし。__さ、着いたわ」
穂乃果が顔を前に向けると、まず幾つもの石柱が目に飛び込んできた。
いたるところに配置された石柱を見渡しながら、穂乃果は訊く。
「これ……何か意味があるんですか?」
シロナは石柱の一つに手を触れる。
「私にも分からないわ。無造作に配置されたものなのか、それとも意図して置かれたものなのか……。それを考えるのが、考古学の楽しい所でもあるの」
「うーん……。分かるような分からないような……」
思案顔の穂乃果に、
「今はそれでもいいわ。いつか分かる日が来るかもしれないもの」
シロナは石柱から手を離し微笑んだ。
「先に進みましょう。ここの見所は、なんと言っても一番奥なんだから」
「奥? 奥に何かあるんですか?」
その質問に、シロナは答えない。
「__おお〜……」
遺跡の最深部にある建物へと入ると、すぐに一面に巨大な壁画が広がった。
壁画から十メートルほど離れた場所でも、全てを視界に収める事はできない。
極彩色で彩られた巨大な絵を口を開けて見上げていると、
「__ん?」
視界を何かが横切った。
目線で追いかけると、黒い身体に大きな一つ目。そんなよく分からない生物が浮遊していた。
「あら、アンノーン……」
「アンノーン? あれ、ポケモンなんですか?」
「ええ。生態も生息地も確立しない、謎の多いポケモンよ。歴史と深い関わりがあるらしいけど……」
「…………」
そのままアンノーンを目で追っていた穂乃果は、
「__あっ」
「どうかした?」
「あそこ、壁画にもアンノーンがいます!」
穂乃果が指差した先には、まさしくアンノーンが無数に描かれていた。
「……あれ? でも形が違う……?」
「アンノーンの形は様々なの。現在は二十八種類が確認されているわ」
「そんなに……」
穂乃果は眼前を飛ぶ、『M』を彷彿とさせるアンノーンを眺める。だが、それもしばらくするとどこかへ姿を消してしまった。
すると穂乃果の意識は、再び壁画に戻る。
「__あれ……あそこ、何か文字が書いてある……」
「え? どこかしら」
「そこです」
穂乃果が指差したのは、壁画の下部分。目線の高さとほぼ同じ。
「本当……。よく気が付いたわね、穂乃果ちゃん」
「いやぁ……たまたまですよ」
と言いつつ、エヘヘと頭を掻く穂乃果。
シロナは文字に近づくと、
「古代文字ね……」
「読めるんですか?」
「ちょっと待ってね」
何やら文献を取り出す。
「そもそも、文字自体が消えかかっているし……部分的にしか分からないわね」
「それでも分かるんですか⁉︎」
穂乃果は駆け寄り、そして詰め寄る。
「い、今教えるわ……」
少し気圧されたシロナは、咳払い一つ壁画に向き直る。
「えっと……『このち……んざいしパ………クス。それはうた…たい、そ………ごえはすべ……つく…ほろ……、またつ…る。パ………クス、なす……ものをそ……うす。しかし………くのち、いさか…お…る。パ………クスいかり、これ……ずめる。そのち…………うだい…りて、せか………びる。パ………クスなげき、ふたた………ぞうす。ひとびとこれをおそ……がめる。パ………クス、れいほ……て……りにつく。われわれしるす。いさ……さ…りくおこ……とき、パ………クスいか……んげんす。すべ……ろび、また………かわる。それを……るすべただひとつ。ここ…つ……しょうたずさえ、みずからのう……えとちからあわせ、したが……しめるのみ。このよげん、かな……こといのる』……」
シロナが文章を読み終えると、
「えっと……どういう事?」
案の定穂乃果は首を傾げた。
「どうやら、カイトゥーン地方の神話を記した文章みたいね。風化が激しくて、これ以上は内容が分からないわ……」
シロナは諦めたように文献を閉じた。
「少なくとも、ここに描かれたポケモンとは無関係とは言えなさそうだけど」
「神話……」
穂乃果は、壁画の最上部に描かれた絵を眺める。
こことは違う神殿のような場所で、人々がひれ伏している。その先には、数多のアンノーンに囲まれたポケモンらしき生物が堂々と鎮座している。その姿は、馬とライオンを合わせたような立派な体躯を持ち、神々しいオーラを放っている。口元の波は、声だろうか。
「神話のポケモン……。もしかして、本当にいたりするのかな……」
いつしか穂乃果の口には、好奇心の笑みが浮かんでいた。
シロナと遺跡を出ると、
「__ねえ、穂乃果ちゃんのポケモンを見せてくれないかしら」
そんな事を言われた。
「ポケモンを?」
「ええ。実は私、この地方に来たばかりで、あまりこっちのポケモンを知らないの。見せてくれない?」
「いいですよ!」
穂乃果は一気にボールを掴むと、全て空に放る。
「グオ!」「ワウ!」「キュルル!」「リア!」「ダグ!」
「あら、ハーデリア。このポケモンはシンオウ地方にはいないわね」
シロナはハーデリアを優しく撫でる。
「クゥーン」
ハーデリアも、気持ちよさそうに撫でられる。
しばらくそうしていたシロナは、
「…………。穂乃果ちゃん、一つ図々しいお願いしてもいいかしら」
穂乃果を真っ直ぐ見つめる。
「何ですか?」
「このハーデリア、私に譲ってくれない?」
「えっ……?」
思わぬ申し出に、穂乃果は固まる。
「もちろん私からもポケモンをプレゼントするわ。ポケモン交換ね」
「交換……」
穂乃果はハーデリアを見下ろす。
「ハーデリアは、どうしたいの?」
だがハーデリアは、穂乃果を見つめ返すだけで何も答えない。
「自分で決めろって事なのかな……」
穂乃果は目を閉じてしばらく考えると、
「__シロナさん」
「ん?」
「ハーデリアは、しばらくお貸しします」
「貸す?」
「はい。他の地方から来たシロナさんといれば、ハーデリアはもっと色んなものを見る事ができる。きっと強くもなる。……でも、やっぱり私のポケモンなんです。誰と一緒にいても、私の」
「穂乃果ちゃん……」
「いつかまた会えた時まで、ハーデリアを預けます。私の答えです」
そう言って穂乃果は笑う。
「よろしくお願いします!」
シロナはしばらく黙ったままだったが、
「__やっぱり、不思議な存在ね。何か、私とは違うものを持っている……。そんな気がするわ。__分かりました。ハーデリアは、“預かり”ます。次に会った時、驚く準備が必要よ?」
シロナの微笑みに、穂乃果も顔を輝かせる。
「__はいっ!」
「じゃあ私からはこのポケモン。目撃情報も多くない、珍しいポケモンよ」
「いいんですか?」
「もちろん。穂乃果ちゃんなら、安心して任せられるわ」
穂乃果はシロナからモンスターボールを受け取ると、早速空に放る。出てきたのは、
「ウィィィィ!」
小さなプラズマのようなポケモンだった。
「名前はロトム。可愛がってあげてね」
「ウィィ?」
ロトムはシロナと穂乃果を交互に見ると、疑問に近い表情を浮かべた。
「ロトム、今日からあなたのパートナーは、この穂乃果ちゃんよ。素晴らしいトレーナーだから、きっとあなたも気にいるわ」
「ウィ? ウィ?」
ロトムは再び穂乃果を見ると、見定めるように飛び回る。それから、
「ウィィィィ!」
穂乃果の周りをグルグル回り始めた。
「うわわわわわっ⁉︎」
軽く目を回した穂乃果を見て、シロナは笑う。
「ロトムも気に入ったようね。よかったわ。__さて、こっちもよろしくね、ハーデリア」
「ワウ!」
ひとしきりロトムと戯れた穂乃果も、ハーデリアへと視線を向ける。
「しばらくお別れだね。__でも大丈夫! 次会う時までに、びっくりするくらい強くなってね! ファイトだよっ!」
「ワウッ!」
『任せておけ』とでも言いたげに一声吠えると、ハーデリアはシロナの持つボールに収まった。
「ハーデリアをよろしくお願いします」
「ええ。穂乃果ちゃんも、ロトムをお願いね」
「__ここでお別れね」
「そうですね……」
チェリーバタウンの入り口。ウェスリードへ向かうシロナを見送るべく、穂乃果も来ていた。
「また会えるわ。約束だもの」
「! そうですよね!」
「ええ。じゃあ、またね」
「はい! また会いましょう!」
シロナが見えなくなるまで手を振り続けた穂乃果は、一度休息してから出発しようと町の中へ戻る。シロナと出会った場所に来ると、
「あれ……?」
思わぬ人物と邂逅した。
「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「ツバサさん……」