「ツバサさん……!」
「とうとうここまで来たのね、穂乃果さん」
神殿のように石柱が連なる、ウテックス山の頂上。そこで二人は対峙していた。
「ツバサさんが……ツバサさんは、オリジン団だったんですか⁉︎」
詰め寄りそうな穂乃果に、ツバサは涼しく答える。
「ええ、そうよ。オリジン団は、私が組織したの。もっとも、指示の多くは他の幹部達がやってくれていたのだけど」
「どうして……! オリジン団が、色々酷い事をしてきたの知ってるでしょう⁉︎」
「どうして、か。前に、あなたに訊いたわよね。この世界をどう思ってるのか」
ツバサは、雲に隠れた下界に視線をやる。
「あの時のあなたの答えで、私は確信したの。ここは、私達が生きる本当の世界じゃない、って」
「えっ……⁉︎」
そのツバサの言葉に、穂乃果は少しだけ目を見開いた。
それを、ツバサは見逃さない。
「その反応、やっぱり心当たりがあるのね。あなたは知っている。ここではない、真実の世界を」
「私も、どうしてこうなったのかまでは……」
押し黙った穂乃果。
「……私は、ずっと考えてた。記憶に無くても、カンのような何かが頭から離れなかった。私は本当は、何者なのかって」
ツバサは独り言のように、訥々と語り続ける。
「悩み苦しみ、何とか状況を打破しようと必死になった。神話を知ったのも、その頃ね。その時思った。伝説のポケモンの力を借りれば、きっと私は答えに辿り着けるって。それから英玲奈とあんじゅに協力してもらって、今のオリジン団を作り上げた。まあ、彼らの多くは、私達ほど深くは考えてないようだけど」
ツバサはクルリと穂乃果に背を向けると、
「『この地に存在しパミュークス。それは歌唄い、その歌声は全てを創り滅ぼし、また創る。パミュークス、なすべきものを創造す。しかし暫く後、諍い起こる。パミュークス怒り、これを鎮める。その力強大なりて、世界滅びる。パミュークス嘆き、再び創造す。人々これを怖れ崇める。パミュークス、霊峰にて眠りにつく。我々記す。諍い殺戮起こりし時、パミュークス怒り顕現す。全て滅び、また生まれ変わる。それを逃るる術ただ一つ。九つ水晶携え、自らの歌声と力合わせ、従いせしめるのみ。この予言、叶わぬ事祈る』」
何かの文言を口にした。
「…………?」
唐突な堅苦しい文章に、穂乃果は怪訝な顔をする。
「あなたも見たんじゃないかしら? ウテックス遺跡の壁画に記された、古代文字を」
「あっ……!」
以前、シロナが解読した古代文字の文章と一致する。
「でもあれは、風化が激しくて全部は読めなかったのに……」
「言ったでしょう? 私達は、神話について本気で調べたの。ちょっとかじった程度じゃあ、分からない所までね」
「…………!」
鋭くなる穂乃果の目線。
「せっかくここまで来てくれたし、話しておきましょうか。と言っても、そんな複雑じゃないわ。大筋は壁画の文句の通りよ。大昔、この地で、あるポケモンが目を覚まし、そのポケモンは今とは別の世界を創った。でも、そこの人々はそれを当たり前と思った。ポケモンの存在を知りながら、それを蔑ろにしたの。その結果、ポケモンは怒った。そして、自らの力を以ってその世界を滅ぼした。ポケモンにとってもそれは本意じゃなかったのね。荒廃した世界を嘆き、再び世界を創り直した。それが、今のカイトゥーン地方よ。ポケモンの力を目の当たりにした古代の人々は、それを恐れた。再び世界が滅ぶ事のないよう、そのポケモンを崇め伝承として未来に残した。ーーそれが、カイトゥーン地方に残る伝説よ」
穂乃果は何も言わない。純粋に、好奇心があった。
「でもあなたの記憶と、カイトゥーン地方の時間は合わない。あなたが旅を始めたのはつい最近で、恐らくその時にあなたはカイトゥーン地方へやって来た。“産まれた”んじゃない。“やって来た”。私はそう考えてるの。そうすると、他にも気になる点が出てくる。あなたが親しくするジムリーダー達。彼女達もあなたと同じく、別の世界の住人じゃないかしら?」
ツバサはここで、穂乃果を真っ直ぐ見る。
「結論を話すわね。ーーこのカイトゥーン地方は、特別に創られた“存在しない世界”。あなた以外の人は記憶を改ざんされ、この世界で生きている、と」
「…………」
「どうかしら? これが、私の導き出した結論」
ツバサの声は、自信に満ちていた。今までの何ら変わらない、AーRISEのリーダーの声だった。
「……当たって、ると思います。確かに私は、こことは別の世界にいました。そこでは、海未ちゃんやことりちゃん、みんなは同じ仲間で……。私もどうして、この世界に来ちゃったのかは分からないんですけど……」
「それが分かれば充分よ」
「え?」
その言葉を待っていたかのように、ツバサは何かを取り出した。
「本来の記憶を持つあなたから、真実を知りたかった。仮説を証明する為に。そして、私の考えは正しかった。それで充分」
「それは……九つ水晶!」
「さあ、姿を現しなさい。全ての元凶、パミュークス!」
ツバサは九つ水晶を掲げると、空に向かって放り投げた。
九つ水晶は空中でいきなり停止。謎のスパークを纏うと、眼前の祭壇の手前に浮遊していった。
「パミュークス……⁉︎」
「ええ。この地に生きる、伝説のポケモン。あなたも壁画で見たでしょう?」
「あっ……! あのポケモン……!」
穂乃果の脳裏に、先ほど見た壁画、そしてイースブー神社での銅像が浮かぶ。
「このポケモンは、世界を滅ぼし、そして創る力を持っている。そして九つ水晶を使えば、その力もコントロールできる……。後は分かるでしょう?」
「まさか……!」
「そのまさか。今ある世界を消し、新たに私達がいた世界を創り出す。……いえ、創り直す、と言った方が正しいかしら?」
ツバサの微笑み。その笑顔に秘められた意思に、穂乃果は少しだけ身を引いてしまった。
そしてその背後では、激しくなるスパーク。不自然に渦巻く風。そして、
「キュオオオォォォォォ……!」
何かの、鳴き声。
「くぅ……っ!」
あまりに激しくなる風に、穂乃果は顔を庇う。
「これが、パミュークス。この世界の、ポケモン」
「っ!」
慌てて前を見た穂乃果の目に飛び込んで来たのは、白く、馬のような体格。目元から伸びる五本の線は、首からたてがみのようになびく。薄い青に輝く尾。穏やかにこちらを見つめる、真紅の双眸。見た事もない、ポケモンの姿だった。
「…………」
その荘厳な佇まいに、穂乃果は言葉を失う。だが、
「これから私は、パミュークスの力を使うわ」
「!」
ツバサの声で我に返った。
「この力を使えば、この世界は無くなる。その時、人々は今の記憶を失うわ。ーーでも穂乃果さん、あなたは全てを知る者。私に協力してくれれば、記憶は残してあげる」
ツバサは、穂乃果に手を差し伸べる。
「私と一緒に、元の世界へ帰りましょう?」
「……………………」
穂乃果は、たっぷり一分は黙った。下を向き、目を閉じていた。
「すうぅぅぅぅぅぅー…………。はあぁぁぁぁぁー…………」
そして深呼吸を一つすると、前を向いた。ツバサをしっかりと見据えた。
「…………」
そして黙ったまま、モンスターボールを一つ手に取った。その瞳は、揺るがない。
「……そう。残念ね」
ツバサは無表情のまま、手を下ろす。そして、
「それなら大人しく、そこで見ている事ね」
ボールを空に放った。
「ペルトー!」
「お願い、ムーランド!」
「ワフッ!」
「私は、この世界も好き。ポケモンも、色んな人も、みんな大好き。だから、なくしたりなんてさせない! 私が止めてみせる!」