「…………」
空を仰ぐツバサに、穂乃果は歩み寄る。
「……あの、ツバサさん」
ツバサは顔を前に戻すと、
「あなたの勝ちね。私の力は、あなたには届かなかった。あなたの想いの強さが、私を超えた。それがこの結果ね」
そう告げた。
「……あの、私は……」
「いいのよ。あなたはあなたの信念を貫いた。今の世界の存続を願った。そうでしょう?」
そんなツバサに対し何かを言いかけた穂乃果は、
「……はい」
言葉を飲み込んだ。
「あなたがこの事態をどう鎮めるのか、見させてもらうわね」
ツバサは山の中へと続く階段を下りながら、
「あ、そうそう。私が起動した九つ水晶で操られているパミュークスは、私がいなくなれば束縛から解放されるわ。多分怒ってるだろうから、頑張ってね」
「うぇええ⁉︎」
サラッと大事な事を言い残して消えていった。
「…………」
穂乃果がゆっくり振り向くと、
「…………」
パミュークスが、無言のまま鎮座していた。表情は変わらないので分からないが、その迫力と眼光で、痛いくらいに感情が伝わって来た。
「お、怒ってるなぁ……」
穂乃果が一歩退いた時、
「キュオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォッ!」
パミュークスが吠えた。
「ぐうっ……!」
その音量に、穂乃果は思わず耳を押さえる。
そして、パミュークスの口を中心として、空気が波打って見えた。
「あれは……?」
確かめようとするが、穂乃果の平衡感覚も揺れて立ち上がるのでやっとだった。
「ーー穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」「穂乃果!」「穂乃果ちゃん!」
「みんな!」
そこへ、山の中からメンバーが次々飛び出して来た。第二陣の希達もいる。
「シロナさんがオリジン団を食い止めててくれて」
「そしたら、さっき急にオリジン団が引き上げて行って……」
「“未来は彼女に託した”って言い残して……」
「ツバサさん……」
穂乃果は、見えぬ先にいるもう一人のリーダーを思う。
「……それよりも、これはどういう状況にゃ⁉︎」
「これが、カイトゥーン地方伝説のポケモン……」
穂乃果以外の八人も、パミュークスの姿を認める。
「ぐっ……! この声を何とかしないと……!」
そして同様にふらつく。
「何を……してるんだろう……」
「世界を、創り変えようとしてるんや……!」
希が口を開く。
「伝説のポケモンは、怒らせたらいけない存在や……。無理矢理起こされて、相当ご立腹なんやろなぁ。怒りで我を忘れてるんやと思う……」
「そんな……どうすれば……」
にこが呟く。
「……歌おうよ」
不意に、穂乃果の声が響いた。
十六の目が、穂乃果を見る。
「ことりちゃん!」
「は、はい! ほ、穂乃果ちゃん?」
呼ばれたことりは、返事をしてから首を傾げた。
「この前教えてもらった歴史だと、昔の人は歌って伝説のポケモンに感謝したんでしょ?」
「う、うん……」
「だったら、皆で歌おうよ! 思いっ切り、今の気持ちを歌おうよ!」
「歌うって、何の歌を……」
その問いに、穂乃果は答えない。代わりに、目を閉じて息を吸い込んだ。
そして、
「ああ、ほのかな、予感から、始まり」
歌い出す。
「ああ、望みが」
「星空、駆けて」
それにつられるように、希と凛がほぼ無意識に歌い出す。
「花を、咲かせる」
「にっこり笑顔は」
花陽とにこの口から、自然に歌詞が漏れた。
「「ずっと、おんなじさ」」
「「友情の笑顔!」」
残ったメンバーも、歌い出す。知らないはずの歌を、当たり前のように口ずさむ。不思議な気持ちはしたが、誰一人として不快さは感じなかった。
「「「忘れない、いつまでも、忘れない」」」
「「「こんなにも、心が一つになる」」」
「「「世界を見つけた」」」
それどころか、楽しい、嬉しいという気持ちが湧き上がってくる。気が付けば、九人全員が笑顔になっていた。
『喜び、共に、歌おう、最後まで』
九人の声は重なり、強く、そして美しく響いていく。
『僕たちはひとつ!』
パミュークスも、いつしか狂気の声を止め、歌声に耳を傾けるように頭を下げていた。
『ことりの、翼がついに、大きくなって、旅立ちの日だよ』
歌声に酔いしれるように、パミュークスは静かに佇む。
『遠くへと、広がる海の、色暖かく』
九人の歌声は波となって、カイトゥーン地方を包んでいく。
『夢の中で、描いた、絵のなんだ、切なくて』
本来届かないはずの場所まで、聞こえないはずの歌声が響く。
『時を、巻き戻して、みるかい?』
波紋のように、世界へ広がっていく。それに呼応するかのように、九人とパミュークスの間に浮遊する九つ水晶に暖かな光が宿る。
『NO NO NO!』
九つ水晶の光が、眩く輝き出す。
『今が最高!』
瞬間、九つ水晶が音を立てて砕け散った。
「ああ、ほのかな、予感から、始まり」
名の通り九つの欠片に分かれた水晶は、九人の目の前へと落ちてくる。
『ああ、光を、追いかけて、来たんだよ』
それを、それぞれが優しく両手で受け止める。
胸に抱き、揃って優しい笑顔を浮かべる。
カイトゥーン地方の危機は去った。μ'sの歌声が、壁画の文言を再現し世界の改ざんを防いだのである。