ポケモンセンターを出た穂乃果は、真っ直ぐ北を目指す。詳しい場所を聞かなかった穂乃果だが、目的地はすぐに分かった。
「“時々、雨が降るけど、水が〜無くちゃ大変〜。乾いちゃだめだよ。皆の夢の木よ育て〜!”」
ピアノの音と、澄んだ歌声が聞こえてきたからだ。
「この歌……」
穂乃果は、ドアについた窓から中を覗く。
「“さあ、大好きだばんざーい! 負けない勇気〜。私たちの今が、ここにある〜。大好きだばんざーい! 頑張れるから、昨日に手を振って、ほら〜、前向いて〜”」
ふう、と一息ついた真姫が顔を上げると、
「ヴェエ……」
パチパチパチ! 謎の感心顔で拍手をする穂乃果と目が合った。
「凄い凄い! やっぱり歌上手だね!」
そのままドアを開けて入ってきた穂乃果に、真姫はジト目を向ける。
「確か……穂乃果とかいった? 何の用?」
「真姫ちゃん、ジムリーダーなんでしょ?」
「っあっ、あなた、挑戦者だったの? 早く言ってよね!」
「ご、ごめん……。__でも、バトルしてくれるよね?」
「まあ、するのは構わないけど……私、別にジムリーダーになりたいわけじゃなかったのよね。音楽も同じ」
どこか遠い目をして話す真姫。
「__あなたにする話じゃないわね。忘れていいわ」
軽く肩をすくめた真姫は、穂乃果を置いて離れを出ていく。
「真姫ちゃん……」
真姫の心の声が聞こえた気がして、穂乃果はしばらく、その後ろ姿を見つめていた。
「__それでは、ウェスリードジムリーダー・真姫VSチャレンジャー・穂乃果のバトルを始めます。ジムリーダーの使用ポケモンは三体。チャレンジャーに制限はありません。なお、チャレンジャーにのみポケモン交代が認められます」
審判の声を聞き流しながら、穂乃果はツバサの言葉を思い出していた。
「真姫ちゃんは鋼タイプ……。それなら__」
「行きなさい、ギギアル!」
「ギギー!」
真姫が繰り出したギギアルを見て、
「何そのポケモン!」
「ちょっと! 私のポケモン、馬鹿にしたら許さないんだから!」
「ご、ごめん……」
謝りつつ、穂乃果はポケモン図鑑で鋼タイプである事を確認する。
「よし、リザード、ファイトだよっ!」
「ザード!」
「ギギアル、ギアチェンジ!」
穂乃果が指示を飛ばすより早く、真姫が動く。
「ギギー!」
「何してくるか分からないけど……リザード、かえんほうしゃ!」
「よけて!」
ギギアルは俊敏な動きで、迫り来る炎を避ける。
「! 速い……」
「ほうでん!」
ギギアルが放った電撃は、逆に直撃する。
「リザード! 大丈夫⁉︎」
「ザード……!」
気丈に立ち上がるリザードだが、足元はおぼつかない。
「このままじゃ……。__リザード、一旦戻って!」
少し悔しそうな穂乃果は、次のボールを掴む。
「ハーデリア、ファイトだよっ!」
「ワウ!」
「あなをほる!」
ツバサ戦同様、ハーデリアは地面に潜り見えなくなった。
「ギギ……?」
ギギアルが戸惑っている隙に、
「今だ!」
その掛け声に合わせて、ハーデリアが飛び出す。
「ギギアル、戦闘不能! ハーデリアの勝ち!」
「よしっ、まずは一勝……」
小さく拳を握る穂乃果だが、その表情は緊張が強い。
「案外やるじゃない。少し、見直したわ」
二つ目のボールを掴みながら、真姫が話し掛ける。
「ありがとう! でも、真姫ちゃんも凄いよ!」
「なっ……当然でしょ! 私を誰だと思ってるのよ!」
顔を赤らめてそっぽを向く真姫に、
「やっぱり、真姫ちゃんだね!」
「どういう意味よ!」
真姫は大きくため息をつくと、次のポケモンを繰り出した。
「行きなさい、ドータクン!」
「ドー…………」
「ま、また変なポケモンが……」
「変とか言うんじゃないわよ!」
二度目の応酬。
「でも……」
ドータクンを観察した穂乃果は、
「動きは遅そう。__よし、ハーデリア、あなをほる!」
「フフッ」
「……?」
真姫の漏らした笑みに、穂乃果は不安を覚える。
「__ワウ!」
その時、ハーデリアが勢いよく飛び出した。が、
「当たらない⁉︎」
ふわりと宙に浮かぶドータクンには、攻撃が届かない。
「ドータクンの特性は“ふゆう”。地面タイプの技は当たらないのよ」
髪の毛をクルクルしながら、真姫は得意げに話す。
「そんな……。じゃあ、とっしん!」
「ワウ!」
突貫を仕掛けたハーデリアだが、直撃を受けたドータクンは微動だにしない。
「効かないわね。__ジャイロボール!」
「ドー…………!」
ドータクンは高速回転すると、反動のダメージで動けなかったハーデリアを撥ね飛ばす。
「ハーデリア!」
「ハーデリア、戦闘不能! ドータクンの勝ち!」
「ああ……」
穂乃果は少しだけ肩を落とすと、すぐにぐっと前を向く。
「リザード、頑張って!」
若干顔色が優れないリザードだが、ふわふわと浮くドータクンを睨む。
「リザード、かえんほうしゃ!」
「ドータクン、ドわすれ!」
「ドー…………」
「! 確か、特防を上げる技……!」
穂乃果の予想通り、ドータクンは相性抜群の一撃を、多少ふらついたもののしっかり耐え切る。
「ドータクン、じんつうりき!」
ドータクンが攻撃モーションに入り、リザードは動けなくなる。
「ザ、ザード……!」
「リザード! 頑張って! 絶対大丈夫だから!」
拳を握って叫ぶ穂乃果に、
「そんな精神論……」
真姫は呆れ顔。
だが、
「ザ……__ザードッ!」
「ウソ……振り切った……?」
「よしっ! __リザード、かえんほうしゃ!」
「ザードッ!」
「ドー…………ッ!」
二度目の直撃。
「ドータクン、戦闘不能! リザードの勝ち!」
「やった! 凄いよリザー……」
不意に穂乃果の声が止まる。
「な、何? まさか……」
真姫も目の前の事態に驚く。
リザードはまばゆい光に包まれ、
「__グオォォォッ!」
「進化……。あれは__」
「リザードン……!」
穂乃果がポケモン図鑑を取り出す間に、真姫が呟く。
「運にも恵まれているワケね……。__分かったわ。やってやろうじゃない! __ハッサム!」
「ッサム!」
「虫タイプと鋼タイプ……。この相性なら!」
「甘いわね。アイアンヘッド!」
「ッサム!」
「グオッ!?」
ハッサムの強烈な頭突きがリザードンにぶつかる。ダメージこそ小さかったものの、リザードンは大きく仰け反って動けなかった。
「ひるみ!?」
「そうよ。この技には、相手を怯ませる追加効果があるんだから。さあもう一度!」
「リザードン、避けて!」
鋼鉄の頭突きをかますハッサムを、リザードンは辛うじて回避する。
「でもこのままじゃ、いくら相性が良くても……」
穂乃果は一度リザードンを戻す。
「ムクバード!」
「キュルル!」
「つばさでうつ!」
「させないわよ。アイアンヘッド!」
「ッサム!」
ムクバードの出鼻を挫く一撃が入り、
「動け……っ!」
だがそのまま動きは止まる事なく、翼を叩きつける。
「よしっ!」
思わずガッツポーズをした穂乃果。しかし、
「バレットパンチ!」
「キュルルッ!?」
高速の連撃が、ムクバードを襲う。
「そ、そんな……」
「ムクバード、戦闘不能! ハッサムの勝ち!」
「__どう? わたしのポケモンは」
そう穂乃果と同等の胸を張る真姫に、穂乃果はかなり悩む。
「ロゼリアを出しても、多分勝てない……。でも、リザードンは……」
穂乃果はしばらくモンスターボールを見つめ、
「__うん。__頑張れ、リザードン!」
「ふぅん……消耗したリザードンなのね」
「リザードン、かえんほう「アイアンヘッド!」
穂乃果の声に重ねるように、真姫の指示が飛ぶ。
「ッサム!」
「グオゥッ!?」
またしても怯み、動けないリザードン。
「どうしよう……」
穂乃果が困り果てたその時、
「グオォォォ____ッ!」
リザードンが高らかに吠えた。
「な、何!?」
「これは……もうか!」
驚いた様子の真姫の声。
「もうか!? __って……何?」
「あなたね……。自分のポケモンの特性くらい、把握しておきなさいよ……」
真姫は呆れたように額を押さえる。
「ご、ごめん……。何か、にこちゃんの時も同じ事があったような……」
「いい? もうかは、体力が少なくなると炎技の威力が上がるの。覚えておきなさい」
「分かった。もう忘れない!」
そんなアホっぽいやり取りの最中にも、リザードンは静かにハッサムを睨む。
「ま、もうかが発動するって事は、体力は残り僅か。このまま畳み掛けるわよ!」
「ッサム!」
「アイアンヘッド!」
「グオゥ…………ッ!」
直撃をもらったリザードンだが、何とか踏みとどまる。
「__頑張れ! リザードン!」
「グオォォォッ!」
咆哮一つ。リザードンは燃え盛る炎を纏い、ハッサムへと渾身の体当たりをかました。
「何なの……!?」
熱風に顔を背けた真姫は、
「__! ハッサム!」
慌てて相棒の名前を呼ぶ。
だが、
「ハッサム、戦闘不能!」
それに加えて、
「グォ……」
「リザードン、戦闘不能! よって引き分け!」
その審判の声を聞いた真姫は、ふぅ、と肩の力を抜いた。
「私の負けよ。もうポケモンいないし」
そう言って、穂乃果へと歩み寄る。
「真姫ちゃん……」
「今の技は、フレアドライブ。とても強力だけど、自分にも反動のダメージがあるから、気をつけるのよ」
「うん」
「それと……私に勝ったんだし、仕方ないからこれをあげるわ。__ウェスリードジム制覇の証、プライドバッジよ」
やや投げやりにバッジを手渡す真姫。
「あとこれ。わざマシン《アイアンヘッド》。さっきから見せたけど、相手を怯ませる事があるわよ」
バッジとわざマシンを受け取り、穂乃果は笑顔を見せる。
「ありがとう!」
「じゃ、私はこれで」
「真姫ちゃん!」
歩み去ろうとする真姫に、穂乃果は慌てて声をかける。
「私……難しい事はよく分からないけど、__でも、真姫ちゃんは一人じゃないよ」
「は、はあ? 何言って__」
真姫が怪訝な顔を見せた時、
「__ああっ! もうバトル終わってるし!」
そんな声がジムに響いた。
「あれは……にこちゃん!」
「何よもう〜……。せっかく急いで来たっていうのに……」
ため息をつきながらやって来たツインテールは、真姫の姿を見つけるやいなや、
「あれ〜? 真姫ちゃん、もしかして負けちゃったの〜?」
挑発的な態度。
「ま、にこちゃんも負けたけどね。穂乃果、アイドルバッジ持ってるし」
「うぐっ……」
それに対し真姫は、あくまでクールに返す。
「せ〜っかく真姫ちゃん応援してあげようと思ったのにぃ〜」
「なっ……別に応援して欲しいなんて言ってないでしょ!」
「あれ〜? じゃあ応援して欲しくなかったの〜?」
「そ、そんな事言ってないでしょ!」
そんなやり取りを眺めながら、穂乃果は満足げな笑みを浮かべた。