八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

107 / 117


ハピバ☆(早すぎる)

まだ10日前だというのに、ワケあって生誕祭前編を投下しちゃいます♪
まぁワケと言っても、単純にこのままだと当日までにこのSSが完成しなさそうだったんで、区切りのいいココまでを先に投稿して自分にプレッシャーをかけちゃおう!ってだけなんですけども(白目)


ちなみに今年の8月8日は日曜日ではないのですが、この世界ではどうやら日曜日の模様です(・ω・)
(コレを書き始めた時にカレンダー見たら8日が日曜日だったんで(まだ7月のカレンダーでした!てへっ)、8日が日曜だと勘違いしちゃった☆)





シュラバ ☆ ラ ☆ 8ン8(バンバ) 【前編】

 

 

 

「……あっつ」

 

 観測史上最速という触れ込みにて梅雨が幕を下ろしてから早ひと月ほど。

 梅雨明け以降、異常気象とも言えるほど連日のように猛暑日が日本を熱し続ける八月のとある日、私は額から流れ落ちる汗をハンカチで拭いつつ、朝からとある駅へと降り立った。

 朝も朝、まだ七時前だというのに、すでに日射しはじりじりと肌をこんがり焼いてゆく。まだ朝だからと油断しないで、念入りに日焼け止め塗ってきて正解だった。

 

 

 

 埼玉県さいたま市武蔵浦和。ここは、私がまだ幼かった頃からずっと恋し続けているあの人が現在住まう街。

 彼が勤める新宿まで伸びる埼京線が乗り入れるここ武蔵浦和駅には、私達の地元に真っ直ぐ伸びる武蔵野線──実際は神奈川県の鶴見駅から東京、埼玉を跨いで千葉へと向かい、千葉からは京葉線へと変わり東京に着くという、とてもぐるっと回った線路だけど──も乗り入れており、なかなかに便利な駅である。

 埼京線と武蔵野線(京葉線)と聞いて、勘のいい人ならすぐにお分かりだろう。つまりここ武蔵浦和からは、彼が通う新宿駅と彼の愛する地元の海浜幕張駅、どちらへも一切の乗り換え無しで電車が目的地まで運んでいってくれるという、現在の彼にとっては中継地点のような、まさに彼の為にあるような場所なのだ。まぁ海浜幕張まで乗り換え無しで行くにはタイミングが必要なんだけど。

 

 あまり大きな駅でもなければ駅まわりが拓けているわけでもないけれど、ぐーたらな彼には生活環境的にもなかなか快適で、改札から直通で入店出来る本屋さんは、漫画とかライトノベル? とかの品揃えが中々豊富だし、これまた改札から直通で入店出来る結構品揃え豊富なスーパーもある。ちなみにそのスーパーでは、彼のマンションに行く前に私もよく寄っている。

 それに自転車で十分程度走れば大型のイオンだってあるし、ここは彼にとっては自堕落に生きる為の楽園なのかもしれない。

 

 駅を抜けると、ちょっと歩いた線路添いには若干人工的ではあるけど小さな川が流れていて、両岸には整備された遊歩道が通っている。

 彼のマンションがその小川──笹目川の近くにある為、ちょっとお散歩するにはとても気持ちのいい所だし、春になれば数百メートル真っ直ぐ伸びるその遊歩道はソメイヨシノで桜色に染まり、近隣住民の目と心を和ませてくれる。

 実際四月にはお弁当持って、そこで二人でお花見したしね。

 

 

 そんな中々に過ごしやすい街ではあるけれど、今は朝の七時前。もちろんスーパーなど開いているわけもなく、いつもと違ってすっと素通り。そして今は春ではなく夏真っ盛り。小川の遊歩道がピンクの花を咲かせているわけでもなく、当然のように素通りして目的地へとひた進む。

 

 

 千葉から一時間は掛かるこの地に、なぜ私はこんなにも早い時間にやってきたのか。それは今日という日が、彼を巡る女達にとっては血みどろの決戦の日だからだ。

 今日八月八日は彼、比企谷八幡の誕生日。そしてそんな彼を巡ってバトルするのは私を含めて四人。まぁその四人という人数にはなんの信憑性もないけど、あくまでも最低でも四人は居るという意味での四人。

 

 そんなライバル達との血みどろバトル、他の三人に比べると若干劣勢と言わざるを得ない私としては、今日という記念日には抜け駆けしてでもばしっとキメてしまいたい。そんな覚悟を持って、朝も早くからここに来た。

 あいつらが来てしまう前に早く彼を部屋から連れ出して、なんとしてでも彼に女として意識してもらいたい。その為ならばと、念のため勝負下着だって着けてきたのだから。

 

 彼は暑いのと休日に外出するのが大嫌いだから、今日という日に事前に約束を取り付けようとすると拒否ったり逃亡したりする恐れがある為、誰も彼との約束をしてない事は調査済み。

 そしていくら厚かましいあの人達だって、さすがにこの時間ならばまだ行動を起こしてはいないはず。なんかそう言うと、まるで私が一番厚かましい女になっちゃうんじゃない? とか自問自答してしまいそうにもなるけれど、他の三人に比べて大きなハンデを背負ってしまっている私だから仕方ない。うん。セーフ。

 

 でも、なにせ私が相手にしているのはあの人達だ。油断してたらいつ隙をつかれて、いつ全てを持っていかれるか分かってものではない。

 だから私は逸る気持ちを抑えようともせず、早足で彼のマンションへとすたすた向かうのだった。

 

 

× × ×

 

 

 ようやく辿り着いた彼のマンション。十階建て鉄筋コンクリートの五階角部屋、ベランダからは笹目川の桜も見渡せるこの場所が、最低の手段で私を闇の中から引っ張り上げてくれた彼の現在の仮宿。

 エレベーターで五階に上がり、共用の廊下を進んだその先には彼の部屋の扉が見える。外界と桃源郷を隔てるこの邪魔な扉を開けば、大好きな彼が私を待っているのだ。これがウキウキせずにいられようか。

 

「……むー」

 

 しかし、この暑さと早足のせいで顔も身体も汗まみれ。せっかくのメイクも落ちちゃったかも。わざわざ四時に起きて気合い入れて準備したのに。……ムカつく。

 

 本当なら、こんなみすぼらしい姿を愛しい人に晒すなんて、恋する乙女としては絶対に許容できない程の愚行。出来ることなら今すぐお風呂入りたい。それが無理でも今すぐメイク直したい。最低でも今すぐ汗臭くなっちゃってないかチェックしたい。

 でも今の私にはそんな余裕はないのだ。刻一刻と、彼に魔の手が迫っているのだから。彼をあの人達の魔の手が届かない場所へと連れ出せるのならば、顔がどろどろだって汗が香っちゃってたって我慢できる。いやさ我慢しなきゃ。

 

 そうして、乙女としての矜持よりも女同士の戦いの勝利を選んだ私は、本当はこの姿のまま彼の前に立ちたくないという感情が籠もりに籠もった重々しい腕をなんとか持ち上げ、ついにはインターホンに手を伸ばすのだった。

 

 ぴんぽーんと響いた音と共に、扉の向こうからはぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえる。……おかしい。休日の七時前、彼がもう起きているとは思わなかった。もし今のインターホンで起きたのだとしても、どうせ居留守を使うだろうと思ってたし。

 それなのになんなの? この素早い対応は。まるでインターホンが鳴るのを……、来客が来るのを首を長くして待っていたかのような、あまりにも迅速なこの対応は。

 

 何度かインターホンを鳴らして、それでも起きないようなら電話を掛けて扉を開けさせるつもりでいた私は、あまりにも素早い対応の末、そのままの勢いで開いた扉を驚きの表情のまま、ただぽかんと見つめる事しか出来ないでいたのだが──

 

「どこに行っていたの、比企谷く…………あら、な、なぜあなたがこんな時間にここに居るのかしら……」

 

「……」

 

 ……見つめる事しか出来ないでいたのだが、想像していた家主とは違う、思いもよらぬ家主? の登場に、頭の中は一気にクールダウン。ダウンしすぎて、私と家主? の間には冷え冷えとした吹雪が吹き荒ぶ。

 

「…………おはようございます雪乃さん。……で、なんで雪乃さんがこんな時間に八幡の家から出てくるんですか……?」

 

「……ごめんなさい、私とした事が挨拶を忘れてしまっていたわね。おはようございます…………、留美さん」

 

「うふふ……」

 

「ふふふ……」

 

 

 こうして私 鶴見留美と雪ノ下雪乃は、千葉から少しだけ離れた埼玉の空の下、互いの敵を確認して不敵に微笑みあうのだった。

 

 

× × ×

 

 

「……」

 

「……」

 

 八幡の部屋に上がりリビングへと通された私。まぁ通されたというよりは勝手に上がってきたんだけど。

 雪乃さんの向かいのソファーに腰掛けて、彼女からの言葉を待つ。……気まずい。

 

 八幡の部屋に入ってからというもの、雪乃さんはなんとも気まずそうに押し黙っている。その為彼女が口を開いてくれない事には話が進まないのだ。なぜか八幡はどこにも居ないし。

 玄関で「どこに行っていたの、比企谷くん」と言い掛けていたことから、居ないんだろうな、とは思っていたけれど。

 

 男性の部屋に遊びに来たら、そこには別の女性が居ました。

 

 普通なら、この状況で考えられる事態などひとつしかない。そう、男性とその女性はお付き合いをしている。そして男性と女性がその事実を周りに隠蔽していた、という事態。

 しかしその可能性がゼロなのは、他でもない私が一番よく理解している。なぜならその男性が八幡だから。うん。これ以上ない絶対的なアンサーだ。

 

 ならばなぜ雪乃さんがこの部屋から出て来たのか。なぜ八幡が外出中の部屋から出て来たのか。さらに言えば、なぜ八幡がどこに外出したのかも知らないのであろう雪乃さんが部屋から出て来たのか。

 

 まさかこの人に限って、留守中に勝手に忍び込んだわけでもあるまいし、とは思うけど、玄関前に私が立っていた時のあの動揺っぷり、そして今現在のとても気まずそうな様子を鑑みるに、まさか本当に勝手に忍び込んだんじゃないの? なんて疑いの目を向けてしまう。

 

「……で、雪乃さん」

 

「……なにかしら」

 

 そんな事はないだろうと思ってはいるものの、いつまでもこのままお互い黙ったままというわけにもいかない。

 雪乃さんが口を開くまでは話が進まない……とは言っても、別に開くのをただ待っている必要性もない。向こうが口を開かないのなら、こちらから口を開くよう促せばいいだけの話なのだから。

 

「なんで雪乃さんがこんな朝早くから一人でこの部屋に居るの? 八幡はどこ? まさか八幡の留守中、勝手に上がりこんだわけじゃないよね」

 

「あの留美さんが随分と生意気な口をきくようになったものね。ふふ、なにかしらこの感情は。感慨深い……とでも言えばいいのかしらね」

 

「感慨深くなられなくてもいいんで、質問には簡潔に答えてくれると助かります」

 

「……」

 

 ま、感慨深くなられるのもよく解る。だって、私とこの人との、この人達との出会いは、どうしようもないくらい私が情けない頃の……自分ではどうすることも出来ないほど弱い子供の頃のことだったのだから。

 

 あの時あの千葉村で私を救ってくれた八幡。八幡らしい、本当に最低最悪の手段で。

 だから私は八幡に憧れた。ぼっちだって、こんなに自由に生きられるんだなって。

 

 でも私は八幡に憧れたのと同様、この綺麗な女の人にも心から憧れた。

 八幡とは違う種類のぼっち。どこまでも強くどこまでも美しい。こんなに強ければ、ひとりでもこんなに美しく生きられるんだって……、私もこの人みたいになれたら、こんなに惨めな思いをしなくても済むのかなって……、未来(さき)の見えなかった私に、明るい未来を見せてくれたのはこの人。

 実際大学受験の時は親身になって勉強を教えてくれたし、合格発表の時なんかは、普段の仏頂面が嘘なんじゃないかというほど綺麗で可愛らしい笑顔で喜んでくれたっけ。仏頂面だのなんだのと、私にだけはあれこれ言われるのは心外だろうけれど。

 だから今でも雪乃さんには強く憧れているし、今でもこの人に勝ってるところなんて数えるくらいしかないんじゃないかとまで思っている程、どこまでも私の目標の女性だ。

 

 

 ……でも、今はそれとこれとは関係ない。

 たとえどれだけ憧れていようとも、どれだけ目標としていようとも、こと八幡問題となると話は別。

 だから私は無慈悲に無表情に詰め寄った。

 

「……言っておくけれど、部屋に勝手に侵入するコソドロのような真似はしていないわ」

 

 すると雪乃さん、自身の冷気には到底及ばずとも、なかなかの零度を誇る私の詰め寄りに耐え兼ねたのか、ようやくその重い口を開き始めた。しかしそう言いながらも、やはりどことなくバツが悪そうな彼女。目が思いっきり泳いでいる。

 これは例えるなら、日曜日の朝にお出掛けのお誘いをした時の八幡によく似ている。アレがアレだから、と、なんとか誤魔化そうと試みる八幡の姿にそっくり。

 まぁ誤魔化さなくたってどうせプリキュアだけど。

 

 

 これはなかなか素直に答えそうにもないな、と思っていたのだが、そこはさすが虚言を吐かない雪乃さん。次の瞬間、なぜこの素敵な女性がこんなにも気まずそうにしているのかの理由が判明する事となる。

 

「……か、管理人さんには、ちゃんとお断わりを入れたもの」

 

「……本人じゃなくて管理人なんだ……」

 

「ち、違うのよ。つい三十分ほど前に到着したのだけれど──」

 

 私もかなり早く来たつもりだったのに、さらに三十分も前に来てたんだこの人。

 いつも澄ました顔してるくせに、今日を楽しみにしすぎでしょ……ていうか、魔の手の伸びない安全地帯に連れ出す気満々で張り切ってやってきたのに私が一番乗りじゃなかっただなんて、どうやらまだまだ私は甘いようだ。……悔しい。

 

「何度インターホンを押しても出て来る気配がないから、仕方がないので電話で呼び出そうとしたのよ」

 

 うん。まぁ相手が八幡ならそこまでは当然起きうる流れだよね。現に私もそうするつもりだったし。

 で、それでも電話に出ないから勝手に侵入した、と? いやいや、雪乃さんそれ女としてダメなやつでしょ。

 

「でも、ね、電話を掛けてみたら、部屋の中からはずっと着信音が聞こえるのに、起きる気配も電話を切る気配も全然ないものだから少し心配になってしまって。なにせ毎日のように続く猛暑でしょ? もしかしたら比企谷くん、部屋の中で熱中症で倒れてしまっているのではないかと気が気ではなくなってしまって……。だから管理人さんに連絡を取って鍵を開けてもらったの。それで勝手に上がらせてもらったら本人は外出していた、と、そういうわけなのよ」

 

 そう言って雪乃さんが指差した先には、持ち主不在の不携帯電話がぽつんとテーブルの上に。

 

「で、おおかた近くにタバコでも買いに行っているだけで、すぐにでも帰ってくるでしょうと、そのまま待つ事にしたの。管理人さんも先に帰らせてしまったし、鍵を開けっ放しのまま部屋をあとにするわけにも行かないから」

 

 ……なるほど。聞けば聞くほど完全に不法侵入&不法滞在。雪乃さんがなぜ一人でここに居たのかを気まずそうに言い淀んでいたのかがよく解る。

 若干管理人さんの防犯意識が低すぎる気はしないでもないけど、こんな美人さんが不安そうに訪ねてきたら、そりゃ迷わず開けちゃうよね。

 

「雪乃さんの言い分は……まぁ分かりました。褒められたことではないけど、まぁそれなら許容範囲内ですね。どうせ八幡だし」

 

「そ、そうよね」

 

 私からの合意を得られた事に安心したのか、雪乃さんはホッと胸を撫で下ろす。

 確かに家主も居ないし家主の合意も取れてない状態で、身内でも警察でもない人間が勝手に鍵を開けてもらってそのまま居座ったままでいるというのは褒められたことではないかもしれない。でも、決して責める事は出来ないんだよね。……だ、だって、まず間違いなく、私も同じ行動を取っていただろうから……

 ていうか八幡の周りの女の子達は、誰一人の例外なく同じ行動をとるだろう。みんな八幡好きすぎるでしょ。

 

「それにしても八幡、こんな朝早くからどこに行っちゃったんでしょうね。三十分も前からまだ帰ってこないとなると、ただタバコを買いに出掛けたってわけでもなさそうだし」

 

 不法侵入疑いの件も一応一段落ついた事だし、話題を切り替えてあげようとそう話題転換する私。あれだけコミュ障だった私が、我ながら随分と気が利くようになったものだ。

 もっとも前にそんなような事(私って結構気が利くんで、とか)を口にしたら、いろはさんに「留美ちゃんそれで気が利いてると思ってるの!? ぷっ、だったらもっと表情を作らなきゃだよねー」とかお腹を抱えて笑われたけど。ムカつく。

 

「どうせコンビニに寄ったついでに立ち読みでもしてるんでしょう」

 

 失礼極まりない年上の小悪魔に軽く憤慨していると、雪乃さんは呆れ交じりの微笑を浮かべそう答えた。

 

「まぁ、そんなとこですよね」

 

 そこら辺が妥当な線かな。ほっといたら昼まで寝てる八幡にしては時間が早すぎる気がしないでもないけど、目が醒めたらどうしてもタバコが吸いたくなっちゃって、その衝動に負けてついコンビニに足を伸ばしたら涼しいコンビニから離れられなくなってしまった──なんていうのも、ぐーたらなクセに本能のままに生きる、実に八幡らしい行動とも言えるし。

 

 

 ……はぁー、結局当初の目論見は雪乃さんのせいであっさり潰されちゃった。これはもういつものコースか。

 まぁ私が雪乃さんを甘く見過ぎてたのが原因なわけだし、取り敢えず八幡が帰って来るまでは一旦休戦といこうかな。

 

「じゃ、八幡帰ってくるまで待ってましょうか」

 

「そうね。でも、先に勝手に入ってしまった私が待っているのが筋というものだし、留美さんは帰っても構わないのよ?」

 

「いえいえ、雪乃さんの方こそ鍵を閉める事が出来ず仕方なく待っていただけなんですから、遠慮せず私を身代わりにして帰ってもいいですよ」

 

「ふふふ」

 

「うふふ」

 

 

 ……やっぱり休戦は無理。

 

 

× × ×

 

 

「留美さん。あなた、いくら比企谷くんとは言え、曲がりなりにも男性の部屋に一人で上がり込もうというのに、その格好は些かはしたないのではないかしら」

 

 お互いにちくちく牽制しつつも、大人しく家主の帰りを待つ事にした私と雪乃さん。

 いつ帰宅するのか分からないこの部屋の主人を待つ為に、ゆっくりまったり過ごそうと羽織っていたサマーカーディガンを脱いでソファーの背もたれに掛けた時だった。

 雪乃さんが、なんかお母さんみたいな事を言い出した。

 

 恥女じゃないんだから、正直はしたないと言われるほどカーディガンの下がふしだらだったわけではない。むしろ普通。超普通。

 ただし、胸元がざっくりしているこのノースリーブワンピだと、少し屈んだら下着がばっちり見えてしまうかもしれない、という程度のもの。

 

 勿論それは、おっちょこちょいでそういう格好をしてきてしまった、というわけではない。当然八幡にアピールする為、八幡に女として意識してもらう為、敢えて胸元が緩いワンピースを選んできたのだ。だからこそ勝負下着なんて着けてきたんだから。どうせ八幡の前でもなきゃカーディガン脱ぐ機会なんて無いだろうし。

 結果、羽織ってたカーディガンを最初に脱いだのは、よりによって雪乃さんの前というね。

 

 しかしそんな私の悪巧みは、長いことライバル達と切磋琢磨してきた雪乃さんには手に取るように分かったのだろう。つまり今のお小言は、私を心配したお母さんのお小言ではなく、私の思惑をちくっと刺す為の女の牽制。

 

 ふふふ、雪乃さん。そっちがその気なら、こっちだって軽い反撃しちゃいますからね?

 

「え、これくらい大したことないです。見えたとしても下着くらいまでしか見えないし、どうせ八幡ですし。むしろたまには雪乃さんだってこういう胸元開いた服を着てもいいんじゃないですか? 雪乃さん凄くスレンダーだから、とても綺麗に見えると思いますよ?」

 

 胸元がまぁまぁ開いた私のファッションに対し、雪乃さんは上まできっちりボタンを締めた白の半袖ブラウスにリネンの濃紺ロング丈スカートを合わせるという、実に彼女らしい清楚な夏スタイル。

 でも、お堅い彼女同様、胸元までもがお堅いのはとても残念。……まぁ、雪乃さんがあまり胸元が開いた服を着たがらない気持ちはよく分かるけど。だって──

 

「あ、でもごめんなさい。あまり胸元が開いてると、下着だけじゃなくてその下まで見えてしまうかもですもんね。雪乃さんだと」

 

 そう言って、基本無表情の顔に勝ち気な微笑の彩をほんのり添えて、勝ち誇ったかのように胸を張ってみせる。

 

「……クッ!」

 

 そう。貧にゅ……けほけほ。あまり胸が大きくない人が胸元を開けてしまうと、ブラと胸の間に隙間が出来てしまい、ブラどころか中身まで見えちゃうんだよね。

 

 

 私は幸運な事に、そこまで貧乳というわけではない。残念ながら決して大きいとは言えない胸だけど、雪乃さんほど貧相でもない。

 だから彼女がなにかしらちくちくと牽制をしてきた時には、雪乃さん相手に唯一勝っていると言っても過言ではないかもしれない胸のサイズで応戦するのが半ば定番化している。で、その反撃は、なんだかんだ言って小振りな胸を気にしている雪乃さんには効果抜群。

 そしてこうも効果抜群なのにも関わらず、なぜか彼女は懲りずにちくちくしてくる。いい加減、痛い反撃が待っていると気付けばいいのに。それは彼女の弱点でもあり、逆にチャームポイントでもあるポンコツさ故だろう。

 

「……フッ、何度も言っているでしょう? 身体的特徴において評価すべき点はは相対的評価。全体のバランスこそが評価対象として一番大事なのだと。む、胸が多少小振りだろうと、その他すべてに置いて誰よりも優っている私に抜かりなどないのよ。そもそも留美さんだって言うほど大差ないのだし」

 

「でも雪乃さんよりあるのは間違いないし」

 

「……クッ!」

 

 ホント懲りないなこの人。そういうのって、胸のサイズなんて本当に全然気にしてない人が言わないと、なんの説得力もないのに。

 

「……だいたい、ほんの僅かに私より大きかったところで、そもそも留美さんは比企谷くんから妹としてしか見られていないのだし? いくら意識させようと胸元が開いた服を着てこようと、なんら意味はないのではないかしら」

 

「……クッ!」

 

 すると今度は痛恨の反撃がやってくる番だった。痛恨も痛恨。なんとも痛いところを突かれてしまったものだ。

 

 そう。私は未だに妹扱いから脱却できていない。なんなら直接「妹みたいなもんだし」とか言われたし。成人式の日、バトルを繰り広げている雪乃さん達に向かって。

 もちろんそれを言われた瞬間、抗議の意味を込めて私も参戦したけれど、結局八幡の中での私の立ち位置はあくまでも妹みたいな女の子のまま。こっちだってもう二十歳だってのに。バカ八幡。

 

 胸の件で痛い目を見た雪乃さんは、悔しそうにぐぬぬと唸る私を見て余程愉しいのか、嗜虐心いっぱいの微笑を浮かべている。……ムカつく。

 

「…………振られたくせに」

 

「……クッ!」

 

「……三人揃って撃沈済みのくせに」

 

「……クッ! ……恋愛対象にもなっていない小娘のくせに」

 

「……クッ!」

 

「……ふふふ」

 

「……うふふ」

 

 

 

 

 ──こうして、今日もいつもとなんら変わらない女同士の泥沼の戦いが続いてゆく。信じられないだろう事に、こんなのは私達の間ではいつも通りの些末ごと。

 普段はみんな仲がいいのに、一度八幡が絡んだ瞬間こうなってしまうんだから不思議なものだ。

 だからこれからも八幡が帰宅するまでの間、私と雪乃さんはいつも通り不敵な笑みを浮かべつつ、ちくちくと牽制しあうのだろう。

 

 そう思っていた。方や胸を張り、方や不遜にのけぞり、ふふふと不敵に笑い合っていた次の瞬間、不意にインターホンの音色が来客を告げるまでは。

 

「比企谷くんかしら……!」

 

「雪乃さんはじっとしてて。私が出るから」

 

「あら、留美さんこそ座っていなさい。先に部屋で待っていた私が迎え入れるのが筋でしょう?」

 

「雪乃さんは不法侵入犯なんだから、リビングで土下座して待ってた方がいいんじゃないですか?」

 

 

 

 醜い争いを繰り広げながら、二人は我先にと玄関へ走る。彼のびっくりする顔をいの一番に見たい。彼のびっくりする顔をライバルより先に自分に向けて欲しい──その一心で。

 しかし私達は慌てるあまり気が付かなかったのだ。家主が一人暮らしの部屋に入るのに、インターホンなど鳴らすはずもないという当たり前の現実に……

 

 

「お帰りなさい比企谷くん」

 

「おかえり八幡!」

 

 

 いい大人が押し合いへし合い、力いっぱい押し開いたその扉。

 

「〜〜ッッッ!???」

 

 しかし、がちゃりと開いた扉の向こうに立っていたのは、私達が待ち望んでいた人ではなかった。それどころか、見たこともない可愛らしい女性の、これでもかってくらいの仰天顔。

 

 

「……え、……あれ……っ!? こ、ここって比企谷先輩のお家です、よね……?」

 

 その未知なる訪問者は私達の顔を見るなりずざっと後退り、青ざめつつキョロキョロと表札やら階数を見回す。

 

「や、やっぱ比企谷先輩の家やろがぁ……。な、なんでぇ……?」

 

 完全なる不審者と化した珍客。あわあわと取り乱しながら涙目になるその姿には多少の庇護欲を掻き立てられはするものの、なぜか私も雪乃さんも、その珍客を庇護する気にはならなかった。

 なぜならその彼女の姿にはとても既視感があったから。私達がライバルと認めるとある人物と、とても似た空気を感じたから。決して姿形が似ているわけではないけれど、彼女が纏う小悪魔オーラと似たようなモノを放っていたから。それはつまり、悪趣味な女にしか理解出来ない、八幡という変人に惹かれる可能性を多分に秘めたオーラ。

 

 そしてそんな女性が、この八月八日に八幡の部屋の扉を叩いたのだから。

 

「どちらさま……?」

 

「どちらさまでしょうか」

 

 同時に開いた口からは、同じような音と同じような冷気。

 もともと人見知りな上に、コミュニケーションが苦手な私と雪乃さんの前に突如現れた敵となりうるこの女性には、とても災難な冷たさだっただろう。

 

 

 しかしこの人はそれを真正面から受けとめた。冷や汗をかきつつ、頬はひくひくと引きつってはいるものの、この状況を理解したのであろうその彼女は受けてたってやるとばかりに、青ざめた顔に精一杯の笑顔を張りつけて、震え声で私達にこう自己紹介をするのだった。

 

 

「は、はじめまして。私、社では毎日のように比企谷さんにとても可愛がっていただいている、後輩をやらせてもらってます金沢夏波と申します♪」

 

 

 

続く

 






というわけでありがとうございました!
前書きで言いましたけど、もし後編が8日までに間に合わなかったらゴメンなさい('・ω・`)
ホントに間に合わなかったら、また二年越し生誕祭になっちゃうぜ☆


ちなみにこの作品はかなり以前に書いた『私の青春ラブコメはまだまだ打ち切りENDではないっ!』の後日談的SSとなりますので、当時チョイ役で出てきたオリキャラの金沢さんを再登場させちゃいました(^^)
オリキャラ短編集で意外にも人気が出た子なんですが、今回もしっかりとチョイ役なんで、表の短編集に出ちゃってもいいかな?って。
そしてこのお話、生誕祭のわりに八幡の出番はないです。

あと、今回とある駅周りの描写が妙に細かかったとお思いかもしれませんがお気になさらずに☆
いや、別に武蔵浦和在住ではないんですよ(苦笑)
ただ、実はその近辺の駅に住んでるものでして、武蔵浦和もちょくちょく利用するで今回のお話には便利な場所かなぁ、と。



そして何度も言いますが、思ってたより苦戦してるのでマジで8日までに筆が進まないかもです(吐血)
無理でしたら、また来年お会いしましょう!ノシノシ




追伸

ルミニストの皆々様。もの凄く久々なルミルミだというのにロリじゃなくて誠に申し訳ありませんでした(土下寝)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。