お待たせいたしました。
今回のSS、暗すぎるし妖しすぎるし、こんなんで大丈夫でしょうか(/_\;)??
客のざわめきもない、ピアノの演奏もない、聞こえるのはグラスを傾けた時の氷の音と、バーテンダーがグラスを拭く音だけのこの静かな空間で、隣で苦しそうに悔しそうに俯く比企谷くんの歪んだ横顔を見ていると、彼がわたしの手に入れられないのであれば、いっそこの手で壊してしまいたいという衝動に駆られてしまう。
もしわたしの手に入ったとしても、やっぱり壊してしまうかもしれないけれど。
それでもわたしは君を手に入れたいと思うから、これから君にわたしの話をしようかな。
「あはは、比企谷くんは優しいねー。自分の為じゃなくて、他人の為にそんな顔が出来るなんて」
「俺は別に優しくなんか……」
「そうだよねー。だってその顔は他人の為じゃなくて自分の為だもんね。比企谷くんの大切なモノが苦しんでるから、君もそうやって苦しんでるんだもんね……お姉さん嫉妬しちゃうなー。比企谷くんにそんな顔をさせちゃう雪乃ちゃんに……」
雪乃ちゃんはホントにズルいな。わたしの雪乃ちゃんに対して嫉妬心を、これ以上増やさないでよ……
「……いや、俺は……」
「比企谷くんはさ、今は雪乃ちゃんの事で頭が一杯になっちゃってるからそこまで頭が回らないかも知れないけどさ、さっき言ったよね?…………わたしだって本人が望まない結婚、させられちゃうんだよ?望まない人生、歩まされちゃうんだよ?………そんなわたしに対しては、そんな顔はしてもらえないのかな……?」
その時、比企谷くんはようやく俯いた顔を上げてわたしを見た。
× × ×
「雪ノ下、さん……?」
「だから言ったでしょ?わたしの話もしちゃうよーって」
そしてわたしは語りだす。比企谷くんの心を掻き乱す為に。
そして君を手に入れる為に。
「……わたしはね、物心ついた頃からずっと父と母の言いなりだった。雪乃ちゃんとは違う意味でね。あの子は言うことを聞く事を自ら選んだけど、わたしの場合はその選択肢自体無かったの。生まれ落ちた瞬間から、わたしには自由なんて無かった」
雪ノ下の呪縛。
名家の長女として生まれた以上、家を継ぐ事が宿命づけられていたわたしは、生まれた瞬間から自分という物を持ってはいけなかった。
「当たり前のようにそう育って来たから、それが普通なんだと思ってた。まだ幼かった頃にはたくさんあった欲しいモノもしたかった恋も、いつの頃からか諦めるのが普通になってて、いつの間にか欲しいモノなんて無くなってた。与えられたモノと与えられたレールで満足するように演じてたんだよね、自分に対して。どうせ自分では何一つ選べないから、選ばないって選択を自ら選んでるつもりになって満足してた」
少しだけ渇いてしまった喉をお酒で潤し、わたしはさらに自身を曝け出す。
「わたしさ、よく隼人がつまんない人間だって言うじゃない?……わたし隼人がホント嫌いなんだよね。なんでも器用にそつなくこなして、面白い事なんて何一つ無い。なんでも出来る代わりになんにもしないつまらない人間。ホント大っ嫌い……………まるで自分を見てるみたい」
……隼人はわたしを映す鏡だ。
あいつも自分で選ぶ事を諦めて、そしていつからかわたしのような生き方をトレースした。つまらないわたしの出来損ないのレプリカ。
「でもね……こういう生き方が普通なんだって思ってたのに、それは間違いだよ?って気付かせてくれたのが雪乃ちゃんだった。あの子は……わたしと違って自由を与えられていたから。わたしの幼い頃とは違って、あの子は自分の好きなモノを選べて、自分の好きな夢を選べたから」
いつからだろう?雪乃ちゃんに対して嫉妬心が芽生えたのは?
なんにも選べない、なんにも面白くない人生だったわたしが、唯一楽しいと思えた可愛い妹と一緒に過ごす時間。
その唯一の楽しい時間に苛立ちを覚えたのは。
「なのにね?……それなのにあの子は……雪乃ちゃんは、自分で何一つ選ぼうとしなかったんだよ……自由があるのに……自分で選べるのに……あの子は……雪乃は自分自身で選ばない事を選んだのよ。腹立つわよね。わたしはあんなにも自由が欲しかったってのに」
そう。わたしは仮面を脱ぎ捨ててしまえば、こんなにも醜くてこんなにも弱い、なんてことないただの女。
本気の夢だって持ちたかった、本気の恋だってしてみたかった、そんななんてことない普通の小さな女の子だった。
だからわたしは仮面をつける事を選んだ。
叶いようのないそんな小さな夢が視界に入ってこないように。
こんなに醜くくてこんなに弱い自分を周りに悟られないように。
……そうでもしないと、心が壊れてしまうから。
……その時、比企谷くんの表情が明らかに変化したのが分かった。
懐かしすぎて“それ”に対して気が付かなかった。頬を伝う雫に。
ああ、わたしは今、もう無くしてしまったと思ってた生ぬるい液体を流しているのか。
最後に流したのは一体いつの事だろう。あまりにも昔の事過ぎて、頬を伝ってる雫がなんなのか、すぐには理解出来なかった。
「こんなのってある?こんなのって許せる?わたしが生まれてから一度も手にした事の無い、全てを諦めちゃってたわたしが唯一恋い焦がれていた自由を、ただわたしより後に生まれたってだけで手に出来た雪乃が、その自由を自ら捨てるなんてさ……バカにしてるよね?どんだけわたしをバカにしてんのよ?って話だよね?」
とっくの昔に無くしたと思ってた涙が、もう前が見えなくなるくらいにとめどなく溢れてきてるっていうのに、表情も口調も一切変わらず笑顔で語り続けるわたしを見て君はどう思うかな。
気味が悪い?恐ろしい?
……悲しいね。長年貼り付け続けてきたこの笑顔の仮面は、こんな時なのに簡単には外せないんだってさ、わたしは。
「だからわたしは雪乃ちゃんを救いたかった。雪乃ちゃんを救って、雪乃ちゃんを雪ノ下の呪縛から解いて…………そしてわたしの視界から消え失せて欲しかったのよ」
これがわたしの本心。別に雪乃ちゃんを救いたかった訳なんかじゃない。ただ自分の胸のモヤモヤを晴らしたかった。モヤモヤの原因に消えて欲しかった。ただそれだけ。
「だから比企谷くんに期待したのよ。可愛い雪乃ちゃんを救ってくれるんじゃないかって。憎らしい雪乃をどっか遠くに連れてってくれるんじゃないかって……でもね……」
そう。ここで計算違いが発生してしまった。
とんだ茶番劇よね。雪乃ちゃんを遠くに連れてって欲しくてかまってたのに、いつの間にかわたしを遠くに連れてって欲しくなってるなんて……
「そんな風に期待して比企谷くんを見てたらさー、ずっと諦めてたどうしても欲しいモノが見つかっちゃったんだよね。ありもしない本物とやらを必死に手にしようとして足掻いて藻掻いて苦しんでる、そんな滑稽な姿を見ちゃったらさ、わたしも柄にも無く欲しくなっちゃったのよ。自由でなくてもいい。本物でなくてもいい。ただ1つだけ、どうしても欲しいモノが……」
そしてわたしは涙にまみれた両目で、しっかりと比企谷くんを見つめた。
「ねぇ、比企谷くん。今は君は雪乃ちゃんの事で頭が一杯かも知れない。雪乃ちゃんの為にだけ心を痛めてるのかも知れない………でも、でもさ、もしちょっとでも、ほんのちょっとでもその痛めた気持ちをわたしに向けてくれる日がくるのなら…………そんな日がくるのなら……」
そしてわたしは言う。
たぶんこの世に生まれ落ちたその日から、ずっと誰かに言いたかった……誰かに聞いて欲しかったこの言葉を。
「………いつか、わたしを助けてね」
こんな時なのにずっとはずれてくれなかった仮面は、この瞬間だけはいとも容易くはずれてくれた。
擦れた声で、震える唇で、消えてしまいそうな程に弱々しい表情で吐き出したわたしの心に、比企谷くんの心が大きく動いた。
その目はどこを見ていたのか。
仮面のはずれたわたしの剥き出しの心を見ていたようでもあり、自身の過去の記憶を、雪乃ちゃんを見ていたようでもあった。
…………でも………その目が何を見ていたのだろうともう構わない。
君はわたしにその表情を向けてしまったから。君はわたしの心に心を揺らしてしまったから。
だからわたしはもう迷わない。どんな手段を講じようとも、わたしは君を手に入れる。
その時、わたしの中の深い深い奥の方で、なにかが壊れたような音がした……
× × ×
「あはははは、ゴメンゴメン比企谷くん!なんかみっともないトコ見せちゃったね」
「……そんな事、無いです」
「いやー、わたしの話するとか言っといて、まさかこんな格好悪いところ見せちゃうなんてねー」
「……格好悪くなんて無いですよ……なんつーか、俺なんかには何て言えばいいか分かんないですけど……その……全然格好悪くなんか無いです……」
……やめてよ比企谷くん……そんな優しい言葉を掛けられたら、わたし決意が揺らいじゃうよ……わたしは今から、君に酷いことをするんだよ……?
ごめんね。でもわたしには、君を手に入れる為にはこうする以外の方法が分からないの。今までどうしても欲しいモノなんて自由以外1つも無かったから。
だからどうしても欲しいモノを手に入れる為には、こんな方法しか思い浮かばないの。
「とりあえず喉渇いちゃったし、一回なんか飲もうか?………“なんかおかわり貰える”……?」
「……畏まりました」
バーテンダーがドリンクの用意を始める。
まず比企谷くんには先にジンジャーエールを。
わたしの長く息苦しい話によっぽど喉が渇いていたのだろう。比企谷くんはそのジンジャーエールを一気に飲み干した。
そしてバーテンダーがシェイカーを小気味よく鳴らし、わたしのグラスにカクテルを注ぐ頃には…………比企谷くんは意識を手放し、バーカウンターへと倒れこんでいた。
「陽乃様……比企谷様は随分とお疲れのご様子ですので、お部屋の方へお連れしておきます」
わたしは、継ぎ足されたカクテルを傾けながらバーテンダーに声を掛ける。
「ええ……ありがとう、都築……」
薄暗く無音のバーで一人きりになったわたしは、一口、また一口と、ゆっくりとカクテルを傾け続けた。
そこに響くのは、グラスと氷がぶつかる音とわたしの心音だけ……
× × ×
ホテル最上階に位置するエンジェルラダーから数階下った階に、今日わたしがリザーブしておいた部屋がある。
無人のバーを後にし、わたしはその部屋へと歩を進める。
お酒で火照った体と、初めて経験する逢瀬への想いで火照った心を冷ますように、エレベーターでは無くゆっくりと階段を下りる。
雪乃ちゃん。ごめんね?
でも雪乃ちゃんが悪いのよ?わたしは何度も何度もチャンスを与えたのに、それなのに貴女が自分自身で選ばないから。
わたしがずっと欲しかったモノをいとも簡単に投げ出して、あんなにもわたしを苛つかせて、あんなにもわたしを呆れさせたのに、その上さらにあんなにも良いモノをわたしの前にぶら下げるんだもの。
そしてさらにその良いモノさえもつまらないモノに変えようとするんだもの。
だったら……せっかくの良いモノが雪乃ちゃんのせいで悪くならないように、お姉ちゃんが守るしか無いじゃない。
だからもういいよ、雪乃。貴女は貴女が望む選ばない道を永遠に歩んでいけばいい。
今まではその姿に嫉妬してその姿に吐き気がしてたけど、もうお姉ちゃんは大丈夫だから。
欲しいモノを手に入れるから。もう雪乃には興味なくなるから。
部屋の扉を開け、わたしは真っ直ぐベッドへと向かう。
そこには、比企谷くんが安らかな寝息をたてていた。
「ふふっ、いつもは達観したつもりになってる憎たらしい顔も、こうしてるとホント可愛いね」
ベッドに腰掛け優しく頭を撫でてみた。
わたしらしくもない。胸がこんなにも苦しいだなんて。
締め付けられるように苦しい胸が少しでも慣れるように、そっと頬にキスしてみた。
どうやら逆効果だったようだ。余計に締め付けられる。
わたしはベッドから立ち上ると、わたしを着飾る全てをはずしていく。
アクセサリーも、ドレスも、そして仮面も。
そして平素と変わらない寝衣を身に纏い、比企谷くんにゆっくりと、覆い被さるように身を寄せた。
比企谷くん。ごめんね?
わたしは今まで欲しいモノなんて何一つ無かったの。唯一欲してた自由がどうしても手に入らないモノだったから。
必要と感じたモノはどんな手段を講じてでも手に入れて来たけど、本当に欲しいモノを手にした事が無かったから、どうやって手に入れたらいいかわたしには分からないの。こんな方法しか知らないの。
こんなにも酷い、君を傷つけるやり方でしか君を振り向かせられないわたしを許してね……?
直接触れ合う肌と肌。今までに感じた事のない温もりを感じる。
愛するモノの温もりは、こんなにも心が温かくなるんだね。
比企谷くん。ごめんね?
わたしは今まで何一つ愛した事が無いの。
だから愛し方が分からない。どうやって愛したらいいか分からないの。
だから…………もしかしたらわたしは君を愛しすぎて壊してしまうかもしれない。わたしは気に入ったモノは構い過ぎて壊しちゃうのよ。
だから初めて感じる悦びが楽しすぎて、君を壊してしまうかも……
でも安心してね。その時はわたしも一緒に壊れていくから。二人で一緒に壊れていこうね。
× × ×
わたしは雪ノ下に生まれ落ちて、初めて自分で選んだ欲しいモノを手にした。
手にしたなんて生易しい物では無いけれど。
でもこんな事をしても、結局わたしは雪ノ下の呪縛からは逃れられないのかも知れない。
わたしはわたしでは無く雪ノ下なんだ。
でも……それでもこの瞬間だけは、自分で選んだ愛する君の体温を肌で、心で感じていられる今だけは、わたしは雪ノ下では無く陽乃で居られる気がする……
だからどれだけ壊したとしても、どれだけ壊れたとしても、もう君を離さない。誰にも渡さない。
そしてわたしは堕ちていく……この初めて感じる温もりをくれた君を、壊してしまうくらいに強く強くこの手に抱き、この温もりの中に堕ちていく……どこまでもどこまでも……………………………
終わり
いやぁ……つい書いてしまいましたが、こんなんで大丈夫でしょうか(汗)?反応が恐い……orz
読者さんからの感想にもお答えしたんですが、はるのんENDではなくて八幡“が”ENDでした(苦笑)
てか最近内容が病みオチ続きな気がしますね……今回は病みオチじゃなくて闇堕ちか?
実際のはるのんはこんなに簡単でこんなに浅い闇じゃないとは思いますけどもね。
それではありがとうございました!そして次回はついにあの……!