八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

56 / 117


ハッピーバレンタイ〜ン☆

さぁやってまいりました、恋する乙女の祭典バレンタイン!
SS書き始めて初めてのバレンタインだというのに、なんかもう何度もバレンタインネタを書いてるような気がするのは気のせいのはず。


さて、そんなバレンタインを彩る今回のヒロインなんですけど、私は別にこのヒロインは好きでもなんでもないんですよね。
でも、なぜかバレンタインのヒロインをこの子に選んでしまいました。


そして今回ついに1話で2万文字を突破してしまいました!
通常なら4話分だろ……orz

とにかく長いので、お暇な時に読んだり分けて読んだり、いっそ読まなかったりして頂けると助かります♪


ではではどうぞ( ^_^)/





友チョコだからっ!

 

 

 

2月。それはモテない男子諸君にとっては、一年で最も迎えたくない月のひとつであるだろう。

“最も”なのに“〜のひとつ”では些か矛盾しているようではあるが、2月と同等に迎えたくはない月があるのだから致し方ない。まぁそれはもちろん12月なわけだが。

 

と、今に限って言えばキリストの誕生日などはどうでもいいのだ。

なにせ現時点で迎えているのは2月なのだから。

そしてその忌むべき2月の中でも、特にその月の中頃辺りともなると、教室内のリア充たちによる色めき立つ空気が勘に障るようになってくる。

有体に言うとウザイ。

 

 

ふははは!だがしかし!今年はなんといい年なのであろうか。

なぜならば14日が日曜日なのだ!中頃とかボカしてたのに14日って言っちゃったよ。

つまりはバレンタイン当日にそこかしこで行われるであろう……

 

『はい、あげる』

 

『うそマジ!?』

 

『ぎ、義理チョコっていうか、単なる友チョコなんだから勘違いしないでよねっ!』

 

『へぇ……でもそのわりには手作りじゃん』

 

『は、はぁ!?た、たまたまお菓子作りたくなっちゃったからついでに作っただけだっつーの……!』

 

『ぷっ、はいはい』

 

『あー、マジむかつくぅ!十倍返しだかんねっ』

 

『っべーないわ〜。まじパないっしょ!』

 

……なる寒々しいやり取りを見ないで済むからに他ならない。

最後だけなぜか戸部になってしまうくらいに、想像しただけでも鬱陶しい事この上ない。

 

 

そんなわけで、2月の12日である今日さえ乗り切れば、あとは日曜日に小町から貰えるチョコを楽しみにしていればいいだけの簡単なお仕事なのである。

 

まぁここまで言っといてなんだが、そもそも俺はバレンタインって嫌いじゃないんだよね。小町にチョコ貰えるっていう素敵な記憶しかないから。

ただしあえてこれだけは言わせてもらおう。

リア充諸君。バレンタインデーが日曜でザマァ(笑)

 

 

 

さて、それではとっとと部活行って読書でもしながら、来たるバレンタインに思いを馳せましょうかね。

 

 

× × ×

 

 

正直な話を言えば、バレンタインが日曜である事が助かったのは他にも理由があるといえばある。

もしバレンタインが部活がある日であったのなら、情けなくも色々と考えてしまうことがあるからだ。

 

おそらくではあるが、雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は義理だとか言ってなにかしらくれるんだと思う。

なにが嫌って、そう考えてしまうこと自体が嫌なのだ。

勝手に期待してそわそわしてる自分がどうしようもなく気持ち悪いし、これでもしも貰えないようなことがあったら、たぶん自分の意識過剰っぷりが恥ずかしくて死にたくなってしまうだろう。

あとは、まぁ単純に受け取るの恥ずかしいし。

 

だから、バレンタインが日曜で本当に良かった。

てか、当日が休日だからってことで、前倒しで今日くれちゃったりしないよね?

……ってクソッ……結局そんなこと考えちゃうんじゃねぇかよ、自意識過剰な化け物さんよ。

あ〜……今日はもう、いつにも増して帰りたい。

 

 

 

──俺のそんな願いが、まさかこのすぐ後に予想だにしない形で叶ってしまうとは、人生ってのは上手くいってんだか上手くいかないように出来てんだかよう分からんな。

とにかく、願いは叶ったというのに、その叶い方が最悪な形なのである。

 

 

 

 

「やぁ、比企谷。待っていたぞ」

 

それは、特別棟への渡り廊下を歩いている時だった。

我が校随一の残念教師と定評のある三十路女教師から突然お声が掛かったのだ。

 

「……どもっす。えっと……なぜここで……?」

 

「いやなに、ちょっと君に頼みごとがあってね。あと、先ほど不愉快なことを考えていなかったかね……?」

 

な、なぜ……!?お願いだから心を読まないで!

 

「め、滅相もございませんっ…………で、頼みごととは」

 

「ふむ……まぁいい。頼みごとというのはな……これなんだが」

 

そう言うと平塚先生は手に持っていたプリントを差し出してきた。

 

「……プリント?……ってこれ、午前中の現国で配られたプリントじゃないですか。それ、持ってますけど……」

 

「いや、別にこれは君のでは無い。頼みというのはだな、今日風邪で欠席した生徒にこれを届けてきて欲しいのだよ」

 

「…………は?」

 

 

 

こうして俺は、たかだかプリント一枚届ける為に、よりにもよってとんでもない場所へと赴くこととなってしまったのだ……

 

 

× × ×

 

 

「マジで来ちまったよ……」

 

俺は、とある一軒家の表札に書かれた名前を見て、本当に来てしまったのだと愕然としていた。

いや、マジでなんで俺なんだよ……

しかし、頼みごとという名の依頼を受けてしまったのだから仕方がない。

くそ……あの三十路め……依頼といえばなんでも済むと思いやがって……

 

 

俺は恐る恐るインターホンに手を伸ばす。ああ……インターホンを押すと死んじゃう病がっ!

 

ピンポンと音は鳴るものの、しばらく待っても応答が無い。

大体インターホン越しに俺が名乗った時点で、手酷く追い返されるんじゃないのか?

このまま誰も出て来ないといいな……てか郵便受けにでも入れとけばいんじゃね?と淡い期待をしている時だった。ガチャリと玄関が開く音がしたのは……

 

ちょっと待って!?インターホンというワンクッション無しにいきなり出て来ちゃうのん?

 

「……はーい…………っ!?」

 

そうダルそうな返事をして玄関から顔を出したそいつは、俺の姿を確認すると唖然とした表情で固まってしまう。そりゃ当然のことだろうよ。

 

「……な、なん……で?……なんであんたがここに居んの……!?」

 

そう弱々しく言葉を漏らし絶句した少女。

パジャマ姿に綿入りの半纏を羽織った我がクラスメイト、相模南がそこに立ちすくんでいた。

どうしてこうなった……

 

 

× × ×

 

 

『今日は相模が風邪で休んだろう?』

 

『……あ、そうなんすか……?全然知りませんけど』

 

『……まったく……君はクラスメイトが病欠したかどうかくらい興味を持ちたまえよ……』

 

『や、まぁ俺には関係の無い事ですしね。たぶん病欠したことを気付くとしたら戸塚くらいです』

 

『君は……はぁ……まぁいい。……で、だ。そういうワケでこのプリントを相模に届けてくれ』

 

『いやいやどういうワケっすか。意味が分かりません。なんで俺が届けなくちゃなんないんすか』

 

『そ、それはあれだ……放課後に暇を持て余している生徒で最適な者といえば、君を置いて他にあるまい』

 

『いやいや俺これから部活なんで超忙しいです』

 

『……君は普段ならすぐに帰ろうとするではないか……とにかく、だ。これは私からの頼みごとでもあり依頼でもあるんだ。NOとは言わせんぞ』

 

『んな無茶苦茶な……だ、大体こんなプリントごとき、わざわざ今日届けなくたって問題ないでしょうが……休み明けで良くないっすか……?』

 

『……そ、それは、だな……さ、相模はああ見えて進級がギリギリな問題生徒でな!?だ、だからこの土日とかも勉強にはとても重要なのだよっ……』

 

『いやいやそんな個人情報喋っちゃってもいいのかよ……それに俺は相模んちなんて知りませんし』

 

『ああ、その点は心配するな。こっちの紙に住所と地図を書いておいた』

 

『いやいやそれこそ教えちゃいけない個人情報だろっ……!あんたなに考えてんだよ……』

 

『あぁもう面倒くさい!グダグダ言わずに持っていけ!これは命令だ!』

 

『頼みでも依頼でもなく命令になっちゃったよ……そもそもなんで俺が相模に……俺とかあいつが一番関わりたく無い人間でしょうが……』

 

『……とにかく頼んだぞ。雪ノ下の方には私から話を通しておくからな』

 

『ち、ちょっ!?』

 

 

× × ×

 

 

くそっ……思い出しただけでも無茶苦茶しやがるな、あの独身め……

この状況どうしてくれんだよ。

 

「……あ、いや……これ届けに…」

 

言うが早いか、ハッとした表情を見せたかと思ったら、思いっきり玄関をバタンと閉められました。

おーい……ちょっとくらい話聞いてくんない?

 

なんだよこれ……まぁ予想の範疇ではあるけども、なんかこれじゃ勝手に押し掛けてきたストーカーに恐怖して逃げ出したみたいな図になってね?……これマジで通報とかしにいったんじゃねーだろな……

 

やばい。もう帰ろう。プリントなんか知らん。でもこれ月曜日に登校したらとんでもない噂になっちゃってんじゃね?

……そんな現実に起こるであろう辛い未来に辟易として踵を返した時、先ほどよりも遠慮したように、静かにガチャリという音がした。

 

あれ?もう通報済んだのん?と振り返ってみると、そこにはパジャマ姿に可愛らしいカーディガンを羽織った相模が、真っ赤な顔をして立っていた。

あ、半纏姿が恥ずかしかっただけなんですかね。

 

「……な、なに?」

 

相模は真っ赤に俯きながらも、困ったような上目遣いで俺がここにいる理由を訊ねてきた。

 

「あ、いや、だからこのプリント持ってけって平塚先生に命令されてな……」

 

ペラリとプリントを掲げると、唖然とそのプリントを見つめながら、相模はぽしょぽしょとこんな事を呟いた。

 

「……マジで……?なんてことしてくれんのよあの独身……。こんなんまだ無理だってばぁ〜……」

 

相模はそんな無意識の呟きなんて聞かれてないつもりなのだろうが、生憎俺は難聴系ではないのだ。

だからその呟きが聞こえてしまった俺は、当然のようにこう思ってしまう。

 

──まだ無理って……どういうことだ……?

あと、相模あたりにも裏では独身呼ばわりされてるのね。

 

まぁ、そんな不毛なこと(主に独身について)を考えたって仕方ない。どうせいくら考えようと答えなんざ出やしないし、そもそも興味もない。

いや、平塚先生が早く貰われてくれればいいのに……ってことには興味ありますよ?

 

だから俺はとっととこの厄介な仕事を終えて、早くマイホームへ帰ろう。

どうやら相模も俺が先生に言われて来ただけだって所は信じてくれたみたいだし。

 

「まぁそういうわけだ。ほいよ」

 

未だ放心状態の相模にプリントを押し付け、俺は帰宅の徒に着いた……つもりだったのだが……、なんか前に進まないんですけど……

あん?と振り向いて見てみると、なんか相模さんにブレザーの裾を摘まれていました。

え?なんで?

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……こんな寒い中わざわざ届けに来てくれたんだから……お、お茶くらいしてきゃいーじゃん……」

 

「…………はっ?」

 

「だっ!だからっ……お茶くらい出すから、家に寄ってけばっつってんの……!」

 

「いやいやなんで俺がお前んちに寄らなきゃなんねーんだよ……なに?いざ家に入れといて、あとあと不法侵入とかで訴えちゃうの?」

 

「……は?なに言ってんの?意味分かんないんだけど」

 

すげぇ冷たい目で見られちゃいました。

裾摘みながらの冷徹な眼差しとか、一体どこ向けのご褒美なんですかね。

 

「……た、ただあんたなんかに貸し作んのが嫌なだけだっての……ほら、早く上がってよ……」

 

「だからなんでだよ。別に俺は仕事で来ただけだから、貸し借りとか関係ねぇだろ」

 

マジでなんの冗談だよ。

俺があの相模に家に上がるのを誘われてるとか、なんか悪い夢でも見てんの?

するとなかなか提案に折れない俺に業を煮やしたのか、相模が自身の腕で身体を抱くような体勢を取って、わざとらしく……“わざとらしく”ブルッと震えやがった。

 

「寒っ……ね、ねぇ比企谷、うち熱あんだけど……。あんたが早く上がってくんないと、この寒空でまた熱上がっちゃうんだけど……」

 

なにそれズルくね?

そんなんもう脅迫じゃないですかやだー。

 

「……わぁったよ……つーかお邪魔すっから、お前は早く家入れよ……」

 

はぁ……マジかよ……

 

相模は、『お邪魔すっから早く家入れよ』という俺の諦めたセリフに一瞬驚きの表情を見せたが、すぐさま顔を赤くさせて俯いた。

 

「……うん」

 

 

なんだよ……そんなに顔赤いって、マジで結構熱あんじゃねぇのか?

だから早く家入って暖まれっつってんのによ……

 

 

× × ×

 

 

やっべ……緊張でドキドキしちゃってるんですけど。なんかスゲー良い匂いとかしちゃってるし。

 

 

……俺は今、なぜか相模の部屋で一人座っている。

そう。リビングとかではなく相模の自室。

うっそマジかよとは思ったんだが、どうやら今家には相模しか居ないらしくて、暖房で暖まってる部屋はここだけなんだそうだ。

いやだからって女の子の自室で二人っきりになんなきゃならないとか難易度高すぎじゃね?リア充ってのは、みんなこういうものなのん?

 

そして当の相模はというと、キッチンにお茶の準備をしに行っている。

いや、もちろん熱がある女の子にお茶を用意させるなんて酷いってのは分かってるんですよ。

でもね?断るとか手伝うとか言ってる時に「……いいからうちの部屋で待ってて」とひと睨みされたら、大人しくその言葉通りに従うのが世の情け!

だってほら、恐いじゃないですか。

 

とまぁそんなこんなで、俺は一人で相模の部屋の床に腰掛けてるってわけだ。

相手は相模だってのに、女の子の部屋に一人で居るなんて心がぴょんぴょんモノですよマジで。

なんか至るところが可愛いんですけど。相模のくせに。

 

ふへっ……あのキャビネットの引き出し開けたら何が入ってんだろ……?

なんて、緊張とぴょんぴょんであまりにも頭が麻痺し過ぎて、考えてはいけないようなおかしな思考に捕らわれはじめていた時、急にドアが開いた。

ちょ、ちょっと相模さん!?ノックくらいして頂けないかしらっ!?

 

俺はドアの開く音に、光の速さで手に持ったスマホへと視線を向けた。

べべべ別に部屋中ジロジロ眺めて、やましい事なんて考えてないんだからねっ!

 

「ご、ごめん……お待たせ」

 

「いや、全然待ってねぇし気にすんな。……てかお前身体は大丈夫なのかよ」

 

「……うん。大丈夫。……ありがと」

 

「お、おう」

 

 

 

ちょっと待って?今会話してんのって間違いなく相模南だよね?なんで俺に対してこんなに素直なの?まぁ頬が染まったのは熱のせいだってのは分かんだけど。

……ああ、これが弱ってる時の可愛さ効果ってやつか。

てかなに相模ってちょっと可愛いくね?とか思っちゃってんの?

 

「……はい、どうぞ」

 

「……さんきゅ」

 

お盆をテーブルに置いた相模は俺の前にコーヒーの入ったカップを置くと、向かいにちょこんと座ってミルクティーらしき液体の入ったカップを両手で持ってふーふーしている。

 

「あー、確かに部屋は暖かいけども、風邪引いてるお前はそのまんまじゃキツいだろ……なんか毛布にでも包まってた方がいいんじゃねぇの?」

 

「……うん。そうだね」

 

だから素直過ぎて恐え〜よ……

相模は一旦カップをテーブルに置くと、ベッドから毛布を引っ張ってきて雪だるまみたいに包まった。

なにそれ可愛い。

 

「えっと……んじゃ頂きます……」

 

「……どうぞ」

 

カップに注がれたコーヒーはすでにミルクなんかが入れられた状態で、美味そうなミルクコーヒー色をしている。

でもちゃんと砂糖は入ってんだろうな。言っとくけど俺は甘党だよ?生半可な甘さじゃ物足りないよ?

たまにブラックも飲むんで大丈夫なんですけどね。

 

「……うめぇ」

 

ほぁぁ……この絡み付くような甘さとちょうどいい温度で、心がぽかぽかするんじゃ〜……

 

「……あ、そ。良かった」

なんでも無いような事みたいに素っ気ない態度を取る相模だけど、心なしか口角が上がってるように見えるのは……気のせいだよね……?

 

「おう。この甘さがまたなんとも……」

 

……ん?なんで?

 

「……なんでこんなに甘いんだ?」

 

「え!?もしかしてやっぱ甘すぎた……?そりゃそんなんじゃ甘すぎだよね」

 

「いや、この甘さが美味いんだが」

 

「……は?……ちょっとビックリさせないでよ……。失敗したのかと思ったじゃん……」

 

なによ……と、ホッと胸を撫で下ろす相模。

だからそういう事じゃなくてですね?

 

「あー、スマンな。……ってか、なんで俺が甘いコーヒーが好きだって知ってんの?って話なんだが。このしつこい甘さは練乳入りだよな」

 

そうなのだ。このコーヒーの美味さは、よく家で作るマッ缶もどきに酷似しているのだ。

俺の経験上、他人の家でこんな極上のコーヒーが出てきたことなどない。

あ、他人の家でコーヒーを振る舞われた経験自体が無かったわ!

 

何はともあれ、こんなコーヒーを好んで飲む人間なんて誠に遺憾ながらごく少数だろう。これを俺に振る舞うなんて、一体どんな了見だ?こいつ。

ふはははは!貴様などこんな甘ったるいコーヒーでも飲んで糖尿病にでもなれば良いわ!ってことなんでしょうかね。

 

すると相模はなんとも呆れた表情で、なに言っちゃってんのお前?とでも言うかのようにこう言うのだった。

 

「は?だってあんたあの甘ったるい缶コーヒーばっか飲んでんじゃん。そういうのが好みなんでしょ?」

 

「……お、おう。そうだな」

 

 

いやだからなんで知ってんだよって話なんだが、なんかこれ以上は思考がドツボにハマっちゃいそうだからやめとこうね。

 

そして俺はそんな思考をとっとと打ち切り、この極上のコーヒーをもう一口啜るのだった。

……うん。やっぱ美味いわ。

 

 

× × ×

 

 

暖かい部屋で温かいコーヒーを啜ってホッと一息吐く反面、なんとも気まずい空気が流れている。

なんか勢いで家に上げられちゃったけど、俺って相模となんの話すればいいの?

てかなんで相模は俺なんかを家にあげたの?

 

 

やばい……美味いコーヒーでちょっと気が紛れてたけど、よくよく考えたらこれってとんでもない状況だった。

俺と相模には浅からぬ因縁がある。

まぁ俺自身は別にどうという事は無いのだが、相模は他の誰よりも俺が嫌いなはずなのだ。

 

正直話すことも無いし気まずいし、大体こいつ体調悪いわけだし、長居する理由なんてひとつも無い。

これはとっととコーヒーを飲み終わらせてとっとと帰っちゃおう。

 

「あ、あのさ……比企谷」

 

えー……なんか話し掛けてくんの……?

早く飲み終わらせて帰りたいんすけどー……

 

「……あん?」

 

「なん、で……こんなプリントの為に、わざわざ家まで来てくれたの……?」

 

「いや、だから平塚先生に依頼されたからだって言ってんだろ」

 

「そ、そうじゃなくってさ!……えっと、いくら先生に言われたからって、たかがこんなどうでもいいプリントじゃん……?あんただったら、別にこんなもん休み明けでもいいだろとか理由付けて、絶対嫌がりそうじゃん……。も、もしかして先生になんか言われたりした……?」

 

いやまぁそれはそれは嫌がったんですけどね?

 

「あー、まぁなんだ……。お前ってアレなんだろ?ちょっと言い辛いんだが……」

 

「な、なに!?」

 

「進級ギリギリなんだろ?成績。んなこと言われた上に押し付けられちまったら、まぁ来ざるを得ないだろ」

 

言わせんな恥ずかしい。

すると相模はみるみる顔を赤く染めていく。

だから言わせんなって言ったのに。

 

「は、はぁぁぁぁ!?そ、そんなこと言ったの!?あの人!……マジ信っじらんない……!ぐぅ……あの独身っ!!」

 

ですよねー。そんな恥ずかしい個人情報を大嫌いな奴に流されるとかホントあり得ないですよねー。

俺はひとつも悪くないからね?

 

「ちょ、ちょっと比企谷?それ嘘だかんね!?んなの信じないでね!?……言っとくけど、うちこう見えて文系得意で、国語だけなら学年20位以内だから!」

 

「は?マジで?」

 

「マジだから!なんだったら成績見せてもいいから!」

 

そりゃすげぇ意外だな。相模って成績いいんだな…………じゃなくて、今はそんなことどうだっていい。……嘘だろマジかよ……騙された……

くっそ……ふざけんなよあの残念独身め!こんな辱めを受けてまで相模んちにまで来たっつうのに、それ嘘なのかよ。ワケ分からん……

 

 

と、そこで俺の思考は停止する。なにか……なにか変だ。

平塚先生が俺をここに来させる為にそんな適当な嘘を言ったってのは分かる。

だがなぜだ?なぜそんなすぐバレる嘘を吐いてまで、わざわざ俺をここに寄越した?

 

「なんであの人は……こんなことしたんだ……?」

 

そんな疑問が、つい口から出ていたみたいだ。

俺のその独り言とも言える呟きを聞いて、意外にも相模がビクリとしたのが視界の端に入った。

 

「相模……?お前なんか知ってんのか?」

 

「あ……そのっ……」

 

「……相模?」

 

相模はなぜだかとても所在なさげにもじもじとし始めた。

マジでなんか理由があんのか?

 

「……それは……」

 

しばらくもじもじしていた相模だったが、こきゅっとノドを鳴らすと、意を決したように俺を真っ直ぐに見つめ、全く想定していなかった解を告げた。

 

「それは……うちが平塚先生に……相談したからだと……思う……」

 

「……は?なんだよ相談て……」

 

 

すると相模は一旦は俯いたのだが、またすぐさま視線をよこしてきた。

その瞳は……とても不安でとても弱々しい潤んだ光をたたえて。

 

 

「比企谷……うちの話、聞いてくれる……?」

 

 

※※※※※

 

 

「やぁ相模。最近どうだ?元気にやってるかね」

 

それは、年が明けてしばらく経った日の放課後だった。

 

部活に所属してないうちは教室で友達と適当にダベった後、そろそろ帰ろうかなと廊下を歩いていた。

そんな時、たまたますれ違った平塚先生にそう声を掛けられたのだ。

 

正直この先生がうちにこんな風に声を掛けてくるなんて珍しい。

どうしたんだろう?と、自然と足が止まっていた。

 

「あ……っと……こんにちは、平塚先生。えと、元気か?とは、どういう事ですか」

 

「いやなに、大したことでは無いんだが、ここ最近……というか二学期の終わりくらいからか?なんだか元気が無いというか、なにか悩み事でも抱えているように見えてね」

 

「!?」

 

うち、そんな風に見られてたんだ……気を付けてたのに……

確かにうちはある悩みを抱えている。でもそれは人には話せない、話しようのない悩み。

だから、そんな気持ちが表に出ないように胸の奥にしまい込んでいたのに、うちとはほとんど関わりのないこの人には、まんまと見透かされてたってことか。

 

「……別にうちに悩みなんて無いです……」

 

「そうか。それはすまなかったね」

 

「……失礼します」

 

……でもこの悩みを人に話したところで何の要領も得ないだろうし、そもそもが好き好んで人に話したいような話では無い。

だから、今のこの思いさえも見透かされてそうな現状が居心地悪くて、うちは慌ててその場を去ろうとした。

 

しかし、そんなうちの背中からこんな声が掛かったのだ。

 

「あー、相模。君が悩みが無いと言うのであれば、それはそれで構わない。だがな、もしも本当は一人で悩みを抱えていて、もうどうしようも無くなって誰でもいいから話したくなったのならば、私はいつでも職員室で待っているからな」

 

「……」

 

うちは、その言葉に何も返す事が出来ずその場から足早に立ち去った。

 

 

× × ×

 

 

それなのに……その翌日の放課後、うちは平塚先生の前に座っていた。

 

……ホントうちって決心とかそういうのが超弱いダメダメ人間だよね……

悩みなんて無いとか言った舌の根も乾かない内から、もう相談に来ちゃうなんて。

 

でも…………もしかしたら平塚先生ならなんか知ってんのかもしんない。

うちは帰宅してからずっとその事ばかり考えてた。で、結局恥も外聞も無く、翌日には早くも差し出された手にすがってしまったというワケだ。

 

「あの……昨日悩みなんて無いとか言ったばっかなのにスミマセン……」

 

「ふふっ、気にするな。むしろ私は嬉しいよ。生徒に悩みを話して貰えるのは、教師にとって最上の喜びだからなっ」

 

そう言ってニカッと笑う平塚先生は、なんだかとても格好良かった。

なんでこの人結婚できないんだろ。

 

「さて、では聞こうか、君の悩みを。……まぁ別に気負う必要はない。君が話したい、話せるところだけでも良いのだからな」

 

「……はい。えと……これはうちの悩みでもあると同時に、平塚先生に対しての質問も含まれているというか……聞きたいことがあるんです」

 

「……ん?君の悩みなのに私に質問?……ふむ。まぁ構わないぞ。特に恋愛ごととかならどんとこいだ!」

いや……そんなヤル気満々な笑顔をされても先生に恋愛ごとの質問はしないですよ……

 

「……えっと……平塚先生なら……その……あいつと仲良いみたいだから……なんか知ってるんじゃないかと思いまして……」

 

「あいつ……?」

 

「……はい。……あ、あの……ヒキタニ……じゃなくて!……比企谷のことについて……です」

 

うちがその名前を告げると、平塚先生は先ほどまでのおちゃらけた表情から一転、真剣な視線を向けてきた。

 

「……そうか」

 

 

 

そしてうちは、体育祭の最中くらいからずっと抱えてきた悩みを全て吐露した。

 

──文実の時、なぜあいつはあんな行動を取って、なぜあんな暴言を吐いたのか。

 

うちは、泣かされた当初こそはあいつの事が許せなかった。

あんないつもぼっちで居るようなキモい奴に、なんでこのうちが、このクラスカーストでも上位に居るうちが、こんなこと言われなきゃなんないの?って。

だからマジでクズ野郎だと思ったし、酷い噂だってバラ撒いた。

 

でも、その思いは体育祭で全部吹き飛んだ。

確かに比企谷は性格が悪くて捻くれてる奴だって認識は変わらなかったけど、でも……それでも……悔しいけど有能だった。

無力なうちなんかよりも遥かに有能で、遥かに頼られていた。

 

そして思った。こいつが、なんの理由も無くあんな酷いことするだろうか?……って。

スローガン決めの時も屋上の暴言も、こいつがただの腹いせであんなことすんの?……って。

 

それに、うちらが広めた悪評によって、あいつは学校一の嫌われ者みたいな立場になったはずなのに、それなのにあいつの周りにいる人たちはあいつに対する態度を一切変えないのもずっと不思議に思ってた。

それどころか、あの屋上での暴言騒ぎを直接糾弾した葉山くんでさえ、あの後なぜか比企谷と楽しげに会話してるのだって何度か見たし。

 

だからたぶん、あの一連の騒ぎには、うちの知らない事実が隠されているんだと思う。

だとしたら、なんでその隠されている“何か”をつまびらかにしないの?比企谷も…………そして葉山くんも……

 

だって、そんな隠された何かがあるんなら、それさえ明るみに出しちゃえば学校一の嫌われ者なんていう汚名だって返上出来たかもしれないのに……

 

 

 

うちは、胸の中で燻り続けていたそんなたくさんの疑問を、真剣に聞いてくれている平塚先生に洗いざらい打ち明けた。

 

「なんで……なんですか……?うち、良く分かんないです……」

 

良く分かんない……でも、絶対になにかあるはずなんだ。

 

「成る程な。そういうことか。ふむ。良く分かった」

 

先生のその得心がいったような表情で、うちは確信した。

やっぱり、先生は知ってるんだ。

 

「……先生……知ってるんですよね?あいつの行動に、どんな意味があったのか」

 

「ああ……まぁ知っているといえば知っている、な」

 

じゃあ……やっぱりあいつの行動には意味があったんだ。

 

「じゃ、じゃあ教えてください!うち、ずっとモヤモヤし続けてきたんです!……分かんないけど……でも、知らなきゃいけないような気がしてっ……」

 

たぶんただ知りたいってだけじゃ無いんだと思う。それだけだったら、うちはここまで悩んだりはしない。

たぶん胸のどっかにどうしようもない何かが引っ掛かってるんだ。

あんたは、ちゃんとそれを知らなきゃなんないでしょって……

 

「ま、教えるだけなら簡単なんだが、それではせっかくここまで悩んできた君にはいささか勿体ないな。自分で考えて真実に辿り着いてこそ悩んだ価値があるというものだ。……よし、簡単なヒントをやろう」

 

「ヒント……?」

 

「ああ。とはいえ、これはそのまま答えみたいなものかもしれんがな。……これは本当に簡単な事なんだ。普通なら、ちょっと考えれば分かるようなことなのに、ほんの少しでも見通す目に曇りが生じてしまうだけで、答えは全く見えなくなってしまう」

 

「……」

 

「君は、物事に対してつねに自己保身に走ってしまうきらいがあるな。なに、それは恥ずべきことでは無い。人間、誰しもが自己保身に走ってしまうのは当然のこと。なにせ自分は可愛いものな。……だがな相模、時にその自分可愛がりの自己保身が、己の目を曇らせて、簡単な真実を隠してしまう事がある。それが今の君の状態だ。今まで真剣に悩んできた君になら、その曇りを晴らせるのではないかね?……曇りが取れた瞬間、答えはすぐ目の前に現れるものだよ」

 

 

曇り……

自己保身……

 

自分がそういう人間だなんて十分理解してたつもりだった。文化祭と体育祭の手痛い屈辱で……

でも、それでもまだ足りないっていうの?うちはまだ自分を顧みれて無いの?

 

ただひとつ分かったことは、今まではあの事件の真相の理由には、比企谷や葉山くんに何かしらの事情があったからなんだって思ってた。

でも、平塚先生の話を聞いてる分だと、その事情ってのは比企谷や葉山くんではない。むしろうち自身にあるかのような口振りだった……

 

うちの理由?うちの自己保身?うちの事情?

 

「っ!?」

 

その時、今まで考えもしなかったような問いが頭の中を支配した。

それは…………もしも、もしもあの文化祭で比企谷が居なかったとしたら、そしたらその時うちは一体どうなっていたのだろうか……?という本当に簡単な問い。

なんでこんな簡単な問いが、なんで今まで全く思いつかなかったのよ……

それが自己保身による目の曇りってヤツなんだろう。

 

そしてその簡単な問いは、いとも簡単に解も用意してくれていた。

 

 

「……どうしよう……うち……なんてことを……っ」

 

 

その解を得たうちは、目の前が真っ暗になった。

うちは…………うちを生かしてくれた恩人に……!

うちは……うちは……!

 

……そのまま水中に深く沈みこんでしまいそうになったうちの心を、肩にポンと置かれた温かな手が優しく引き戻してくれた。

 

「答えは出たようだな。……君のしでかしてしまった過ちが。それが見えてしまった今、君はその過ちときちんと向き合わなければならない。それが、行いを間違い、そしてその間違いに気付いた者の責任だ。……だがな相模、それは君一人が悪いというわけではない。あのバカのやり方も悪い」

 

「……」

 

「はぁ……まったく……ホントにあのバカのやり方は常に捻くれていてな。いつだって自分自身を傷付けたがるんだ。それによって、悲しい気持ちになる人間が居ることなど考えもせずにな」

 

先生を見ると、とてもじゃないけどそんな悪態を吐いてるようには見えない、呆れたような寂しげな笑顔だった。

 

「確かに責任を放り出して逃げた君は悪い。それ以前に、全てを人任せにして、己の成すべき事から、自身から目を背けた君は間違いなく弱い人間だった。辛いだろうが、それは今後君が正面から向き合わなければならない事実だ」

 

「……は、い」

 

「だがまぁそれはこれからの君次第でどうとでもなる。二度と自分を恥じないで済むように成長すればいいだけの話だ。そして、そのあとに比企谷の悪名が轟いたのは、それは全部あいつ自身の責任だ。あいつ自身が好きでそう仕向けたんだからな。だから、その点に関しては君は気にするな」

 

「でもっ……」

 

「言いたいことは分かる。だがな、比企谷自身がそれを望んでいないんだ。だから、比企谷に負い目があるというのなら、逆に君は気にするべきではない」

 

そんなの……無理だよ……

気にしないなんてこと、出来るわけないじゃん……

 

「だが、どうしても気にすると言うのなら、そうだな。一度、ちゃんと比企谷と話をしてみたらどうだ?」

 

「あ、あいつと!?……そ、そんなの無理です……今更、うちなんかがどのツラぶら下げてあいつと話せばいいっていうんですか……?」

 

「それは知らんよ。それは、君自身が考えることじゃないのかね?」

 

「でも……そんなの……うち、どうしたら……」

 

「ふっ、どうするべきか大いに悩みたまえ。悩んで悩んで悩みぬいた先に未来を切り開けるのは若者の特権だぞ?歳を食うと、悩んだ末に見なかったフリをするのが常套化してしまうからなっ」

 

いや……そんな汚れた大人の世界をそんな笑顔で言われても……

 

「周りも見ずに楽しさだけを求めて猪突猛進で突っ走るのも若者の特権なら、そこで一歩立ち止まって悩みぬくのもまた若者の特権だ。今までの相模が前者の特権をさんざん行使していたのなら、これからの相模は後者の特権も大いに行使すればいい。……ふっ、どっちも青春を謳歌するってヤツだろう?」

 

……そうニヤリと歯を見せて笑う平塚先生は、本当にとても格好いい大人だった。

ホントなんでこの人結婚できないんだろ?

 

「あ、ちなみに私もまだまだ若者だから、猪突猛進で突っ走る特権も悩んで未来を切り開く特権も使いたい放題!青春を全力で謳歌中だからなっ!ふひっ」

 

「…………」

 

 

※※※※※

 

 

「って事があってさ……」

 

いや、最後の要らなくね?

 

「結局……そのあともウダウダと悩んで一向に動きだせないでいるうちの背中を押す為に、風邪で休んだのを利用してあんたを家に寄越してくれたんだと思う……」

 

「……そうか」

 

だからあの人、依頼だとか言ったのか。

これはつまり、相模の悩みを聞いた平塚先生の、俺に対する依頼ってことなのか……

ったく……ホント無茶苦茶だなあの人。ショック療法すぎだろ。

 

「……比企谷……本当にごめん……うち、自分が見えて無かった……。違う、見ないようにしてた。……分かってる。今更うちに謝られたって比企谷にとっては迷惑でしか無いってことくらい……。単なるうちの自己満足だよね」

 

「ああ、そうだな」

 

マジで自己満足だ。謝罪なんて、ただ自分の罪の意識を軽くしたいだけの、さっきの相模の思い出話で言えばただの自己保身だ。

……頭では当たり前のようにそう考えているはずなんだが、なぜだか相模の顔を見ていると、もうこいつの表情からは自己保身なんて感情は無いんじゃないのかとさえ思える。

それは、平塚先生が言っていたように、悩みに悩みぬいた末の答えだからなのだろう。

 

「確かに自己満足なのかもしれんが、それ以前にお前はひとつ勘違いをしているぞ」

 

「……勘違いって、アレでしょ……?別にあれはうちの為にやった事なんかじゃない。ただ比企谷が仕事を遂行する上で一番効率がいい手段を好きで取っただけだから、お前に謝られる筋合い自体ねーよっ、てこと……でしょ」

 

「……お、おう」

 

なんだよ先に言われちまったよ、分かってんじゃねぇか……

 

「でもさ……助けられといて勝手な言い草かも知んないけど、それはあくまでも比企谷側の一方的な意見で、うちからしたらどんなこと言われたって助けられたことに変わり無いんだよ……」

 

 

「……そうか」

 

「それにさ……うちらが悪口言い触らして比企谷が嫌われ者になった時、比企谷はみんなにホントのこと言えば助かったわけじゃん?……相模は責任放棄して逃げたんだぞ?それを連れ戻そうとしただけの俺の何が悪いんだ?って」

 

「…………」

 

「そうすれば、比企谷に向けられてた悪意が全部うちに向くってのに。上手くいけばうちをクラスから浮かせる……だけじゃなくて、いじめの対象にだって出来たはずなのに……報復出来たはずなのに……。それなのになんの言い訳もしないで黙って嫌われてたのは……それは間違いなくうちの為じゃん……」

 

「は、はぁ?バ、バッカお前、あれは……あれだ。ぼっちの俺がそんな言い訳言ったって誰も信じねーだろ。リア充代表のお前らの意見を信じるに決まってんだろ。……つまり、なんだ。俺は無駄な事をするのが嫌いな合理主義者ってだけの話だ……だから別に全然お前の為なんかじゃねぇっつの……」

 

アホかこいつ……そんなこと考えた事もねぇよ……

くっそ、なんか暑ちーな。この部屋暖房効きすぎなんじゃねぇの?

まぁ風邪ひいてんじゃしょうがねぇか。

 

「……ぷっ」

 

いやいや、なに噴き出してんだよお前。つい今しがたまで泣き出しそうな顔してたくせによ……。俺、なんか笑えるようなこと言った?

俺がそんな思いから訝しむような目で睨んでいると、

 

「……あ、ごめん。なんかちょっと笑っちゃった。……だ、だって……ぷっ、なんか今の比企谷って、ちょっとツンデレ?って言うんだっけ?そんな感じに見えちゃったからさ」

 

などと見当違いも甚だしいことを宣(のたま)いやがった。

ばっ、ばっかじゃねーの!?そ、そんなんじゃ無いんだからねっ!?

 

「チッ……アホか」

 

「でも……そうだよね。比企谷にそんなつもり無かったのに、うちが自己満足で謝ったって、やっぱなんの意味も無いよね。……それでも、仮にホントにあんたにその気が無かったとしても、うちが生かされた事に違いないわけだし…………じゃあ、こういう場合は……あ、ありがとう……かな…………。こっ、こんなのうちが一方的に感謝してるだけなんだから……礼を言うのなんてうちの勝手でしょ……!?」

 

「……ああ……ま、そりゃ確かにお前の勝手だわな。……意味も分からず謝られるのに比べたら、礼を言われる方が幾分マシだし……。まぁどちらにせよ相模に言われるのはなんか気色悪い点は変わらんが」

 

「ちょ!?酷くない!?」

 

はぁ……なんだこれ?なんか和んじゃってんだけど。

でもまぁ相模だし。

こいつが殊勝な態度取ってるとかやっぱ気持ち悪いわ。

こうやって勝ち気に笑ってる方がいかにもこいつらしくて、むず痒くなくて済むしまぁいいか。

それに……今のこいつの笑顔は意外と悪くないかもしれない。

ちょっと前までの蛇のような狡猾さもすっかりナリを潜めて、ちゃんと可愛い女の子の笑顔も出来んじゃん、お前。

 

 

笑いすぎて出てきてしまった涙なのか、それとも…………いや、まぁ良く分からないけれども、とにかく目の端に溜まった涙を指で拭いながら笑う相模を見ながら俺は思う。

これは、相模に対する印象は変えなきゃなんねぇのかもな。

 

 

× × ×

 

 

うし、ようやく話も終わったみたいだし、そろそろおいとましましょうかね。

なんか、想像以上に長居しちまった。てか、想像自体してなかったけどね。相模の部屋に入るのなんて。

 

すっかりぬるくなってしまったマッ缶擬きをグイと一気にあおり、俺は立ち上がる。

 

「コーヒーごちそうさん。んじゃ、俺はそろそろ帰るわ」

 

「へ?……も、もっとゆっくりしてきゃいいじゃん……!」

 

「いやなんでだよ。もう用事は済んだろ。それに大体お前忘れてねーか?お前病人だかんな?」

 

「……あ」

 

あ、じゃねぇよ……熱あんだろうが。

 

「ほれ、病人はとっとと寝てろ」

 

「……うん」

 

 

 

荷物を持って、ひとり部屋から出る俺。

が、寝てろと言ったのに相模は玄関までとてとてと見送りに来た。

いやまぁ鍵閉めなきゃだしね。そりゃ着いてきますよね。

 

しかし相模は、自室から玄関に来るまでのあいだ、ずっと俯いてもじもじしている。

これはあれか、俺が家から出たのを確認したあとに速攻でお花摘みってヤツか。

こんなにもじもじしてまで我慢させるのも忍びない。なんかゴメンね、早く帰らねば。

 

「……んじゃ、お邪魔しました」

 

「っ!……あ、うん。……今日はわざわざありがと……あと、変な話に付き合ってもらっちゃってごめん」

 

「い、いや」

 

だからなんか調子狂うっての……やっぱ弱ってる時ってのは、なんか色々と弱気になっちまうものなんですかね。

 

あまりにも素直でちょっとだけ可愛……くなんかは全部無いけども、そんな相模に若干照れくさくなっちまった俺は、そそくさと靴を履いて玄関から出ようと…

 

「あのさっ……比企谷……!」

 

うお!び、びっくりしたぁ……

な、なんだよマジで心臓飛び出ちゃうんでやめてください。

 

「……んだよ」

 

「あの……その……」

 

お前もじもじしすぎだっての……だから早くトイレ行けよ。

 

「……う、うちがこんなこと言うなんて間違ってるのは分かってる……こんなこと言う資格なんて無いのも分かってる……」

 

……なんだよ、間違ってるとか資格って。早くトイレに行くのに資格って必要なのん?

 

「……分かった上でのことだから……嫌なら嫌だって一回言ってくれれば諦める……。だからさ……一度だけ、言わせて」

 

だからお前がトイレに行きたいのを俺が嫌がるわけが無いだ…

 

「う、うちと!……と、友達になってくんない……?」

 

 

 

……………………は?

 

 

× × ×

 

 

時が止まったかのように静まり返る。

え?いまなんつった?こいつ。

 

「え?なんだって?」

 

いや俺難聴系じゃないから!ホントはばっちり聞こえちゃったから!

 

「だっ、だから友達にっ……」

 

「だからなんでだよ……」

 

それに一回しか言わないって言いませんでしたっけ?

はい。聞きなおした俺のせいですよね。

 

「……やっぱさ、比企谷って良い奴だよね。……ホントはずっとそんな気がしてた。ゆいちゃんとか、あの雪ノ下さんが信頼してるくらいだもん」

 

「いや、別に信頼なんてされてないから。むしろ疎外されてるまである。……それに俺が良い奴?んなわけねーだろ。勘違いもそこまでくるといっそ清々しいな」

 

「……良い奴、だよ。……だって、うちなんかの為にこんなトコまで来てくれてさ、それにあんたは気付いて無かったのかもしんないけど……ホントに自然に、うちの身体の心配とかまでしてくれた……」

 

「……は?別に心配なんてしてねぇよ……ただ、俺が来たことで、熱でも上がって風邪が悪化されでもしたら、寝覚めが悪いっつうだけだ」

 

いやマジで。

俺が相模の事なんか心配するわけねーだろ。馬鹿馬鹿しい……

 

「ふふっ、そういうトコだよ。そういうトコが……良い奴だっつってんのよ……ちょっとだけ…………ズルいけど」

 

な、なにがズルいんすかね……

クソ!マジで暑ちーな……風邪感染されて熱でちゃってんじゃねぇだろな……

 

「だから……うちはもっと比企谷と喋ってみたいな、とか……思っちゃったのよ……ただ、それだけ……。嫌なら嫌でい…」

 

「やめとけ」

 

俺は相模の言葉を遮って否定した。

そんなわけにはいかないだろ。

 

「……っ……。だ、だよね、ごめん……ちょっと普通に話せたくらいでちょっと調子に乗っちゃったのかも……忘れて……」

 

そう言って、いつもの卑屈な苦笑いを浮かべる相模。

んだよ……さっきはせっかく可愛い笑顔出来るようになったってのによ。

 

「……違げーよ、そういうんじゃ無くて、だな……」

 

あれ?なんで俺は相模なんかをフォローしようとかしちゃってんの?

 

「お前、自分の立場忘れんなよ?さっき自分でも言ってたろうが。文化祭のことがバレたら、お前はクラスで浮いた存在になる。下手すりゃいじめられっかもな。普段の調子こいたお前を嫌ってるヤツだってわんさか居るだろうし」

 

なぜフォローするのか……それはたぶん……

 

「ここにきて急に俺と仲良く喋ってみろ。確実にクラスの連中に詮索されて、お前はクラスで立場を無くすぞ」

 

さっきの、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった笑顔がなかなかに魅力的なものだったから、この気味の悪い卑屈な苦笑いは、もう見たくないからなのだろう。

 

「だから、俺とお前は今まで通りなのが一番いい。クラスの上位カースト相模とクラスの最低辺の俺。それが他でもないお前の為だろ。……だから俺に関わるな」

 

「……」

 

 

じゃあなと玄関から立ち去る俺。

振り向きもせずに出てきたから、今相模がどんな顔してるのかも分からない。

 

でもまぁ、これでいいのだろう。間違いは無いはずだ。

 

──他人という関係性。

 

これは、俺が体育祭後に相模とこれからなるであろう関係を表したもの。

 

もしかしたら、あの時考えていた関係性とは多少変化したものになったのかも知れない。だが、多少違えどやはり他人というこの関係はこれからも続いていく。

居ても居なくても同じ。そんな一切の関わりのない関係性こそが、俺と相模には合っているはずだ。

 

 

ついつい遅くなっちまった、夜風が身にしみる寒空の下の帰宅中、俺は自分にそう言い聞かせながらも、ついさっき見たばかりのとても良い相模の笑顔が、どうにも頭の中にちらつくのだった。

 

 

× × ×

 

 

週明けの月曜日。

つまり、世界はバレンタインデーを無事やり過ごせたのだ。こんなに嬉しいことはないっ……!

唯一悲しかったのが、昨日我が愛しの小町ちゃんから貰えたチョコがチロルだったことくらいか……

 

まぁそこは受験生なのだから致し方ない。チョコなんて買いに行ってる暇なんて無いしな。

天使が自分のおやつ用に残しておいた貴重なチロルを俺に回してくれたことを素直に喜ぼうではないか!ふははは……は……

 

 

頭では分かってるんだよ。分かってはいるんだが……くっ……

頭とは裏腹に心が叫びたがっている俺は、教室に入るなりさらに愕然とした。

 

「なん……だと?」

 

バレンタインなど過ぎたはずなのに、教室では件の寒々しいやりとりがそこかしこで執り行われていたのだ。

ゆ、油断していた……リア充どもは、バレンタインが日曜なのだから、日曜にうぇいうぇい遊びに行った先でそういった行為を済ますものかと思っていた……

リア充って、別に休日の度にどっか遊びに行くわけでは無いのね。

 

「……うっぜ」

 

俺は誰にも聞こえないようにひとりそう呟くと、 いつものようにイヤホンを耳に差し込み、そのまま机に突っ伏…………そうとしたのだが、その前に……パァン!と、教室中に鳴り響いたのではないか?と思える音がする程の勢いで肩を叩かれたのだ。

 

な、なにやつ!?

朝から俺の存在に気が付いて近寄ってくる人間なんて限られている。戸塚たん?戸塚たんなの?

だがしかし!戸塚がこんな勢いで俺を叩くわけがない。

その音に案の定クラスの視線が集まってしまう中、俺はそのDV加害者へと視線を向ける。

 

「ってーなぁ……誰だよ………………は?」

 

ヒリヒリする肩をさすりながら向けた視線の先には、顔を真っ赤にしたもじもじ相模が、俺にまるで視線を向けないようそっぽを向いて立っていた。

 

「ひ、比企谷……おはよ」

 

「……う、うっす」

 

って俺普通に返しちゃったよ。

う、うっすって普通の挨拶返しではないよね。

 

「……いやお前なにしてんの」

 

「は、はぁ?なにしてんのもなにも、あ、朝の挨拶してるだけじゃん……!」

 

「いや、違くてだな……」

 

ってかお前声でけーよ……

クラス中が何事かとこっち見てんじゃねぇかよ。

 

「なんで俺に朝の挨拶なんてしてくんだよって話だろうが……どうするよ、みんな見てんじゃねぇか……」

 

「そっ……そんなの、挨拶くらい当然でしょ……?友達なんだから……」

 

 

「いや友達じゃねーし……ってかマジでなにしてんだよお前……、この前俺が言ったことちゃんと聞いてたの?俺に関わるなっつったよね?」

 

ホントどうしてくれんの?この空気。

なんかヒソヒソ言われてっけど、お前大丈夫なの?

 

「……た、確かに言ってたけど……でも、それはうちの為って言ってたじゃん……でも、うちの為だって言うんなら、むしろこっちの方がうちの為だし……」

 

「だからお前なぁ……俺とこんな風に会話なんかしてたら、お前の立場が…」

 

「だからぁ!それはうちの問題でしょ!?うちがこっちの方がいいって言ってんだからそれでいいの!」

 

ホントに分かってんのかよこのバカ……

お前、下手したらクラスからハブられんぞ……

 

「……金曜にさ、うち言ったじゃん?嫌なら嫌でいい。嫌だって一回言われればそれで諦めるって……。でも、あんたは嫌とは言わなかった。うちの意見を否定はしたけど拒否はしなかった。比企谷が言ったのは、うちの為だからやめとけって言っただけ」

 

そりゃ確かにそう言ったけども……

 

「……嫌だとは言われなかったから……だからうちは比企谷と友達になれる方を選んだの……。それが叶うんなら、クラスで浮こうがハブられようがいじめられようが、そんなのもうどうだっていい……。だって、それは元々うちに降り掛かるはずのものだったんだから……」

 

本当にアホだなこいつ。浮くのもハブられんのも、全部覚悟の上なのかよ……

 

「……比企谷はうちと友達になるのを拒否はしなかった。そしてうちはあんたと友達になれるんなら、クラスで浮くのもハブられんのも構わない。……だったら、うちが朝からあんたに挨拶しようがなにしようが、うちの勝手でしょっ……」

はぁ……なんでお前そんなに赤くなって、膨れっ面して口尖らせてんだよ……おこなの?

 

「そ、そういうことだから……。このあとホントにハブられたら、仕方ないからあんたと休み時間もお昼も過ごすから、よろしくっ……」

 

と、さらりととんでもない爆弾を置き土産にして、激おこで真っ赤な相模はプイッと顔を逸らして自分の席へと帰って行った。

……と思ったら、なんかすぐさま引き返して来ましたよこの子。

もう俺のライフは尽きてるんですけど、さらなるオーバーキルでも待ってるのん?

 

 

 

ばぁん!と、俺の机に何かを叩きつける相模。

もう嫌な予感しかしない。

 

「そ、それあげる!…………ぎ、義理っていうか、単なる友チョコだから、勘違いしないでよね!……あと、十倍返しだからっ!」

 

「」

 

うっそ〜ん……

散々馬鹿にしてたこの寒々しいやりとり、俺がやっちゃうのかよ……

 

やめて!みんな見ないで!

てかガハマさん?その表情マジでシャレにならないって。

 

 

「ちょ!ちょっと南ちゃん?」「なんなの?さがみん!なになにどういうこと!?」「なんで南がヒキタニなんかと仲良くしてんの!?」

 

「……ごめん。あとでちゃんと詳しく話すから……全部。…………あと、あいつヒキタニじゃなくて比企谷だから」

 

「うそっ!?」

 

ちょっとそこのモブ子Aさん?一番驚くところがそこなんですかね。

 

 

 

 

──俺は、取り巻き達に囲まれて、質問責めを受けながら席へと戻る相模の背中を見ながら思う。

 

……たぶん相模は本当に全部を話すんだろう。

それにより、あいつの立場、あいつの環境はどのように変化していくのだろう?

やはり俺や相模が想像したように、蔑みや侮蔑の視線を向けられてクラスから孤立するのだろうか。

それとも、あんな風に笑えるようになった成長した相模を受け入れて貰えて、またカースト上位として青春を謳歌出来るのだろうか?

 

そればっかりはその時が訪れてみなけりゃ分からない。分からないんだが…………それでも、たとえどんな結果になったとしても……俺はまた相模のあんな良い笑顔が見れたらいいな、と、心から思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ちなみに放課後に部室で雪ノ下と由比ヶ浜、そして相変わらずなぜか居座っている一色から、とても素敵な笑顔で囲まれて、問い詰められたり貰ったチョコを開けさせられたり、そしてその明らかに手作りであろうチョコに添えられたメッセージカードに、念を押すかのように書いてあった一言、

 

 

 

『友チョコだからっ!』

 

 

に思わずニヤけてしまい、さらに三人に問い詰められて三途の川を見たってのは、また別のお話な(白目)

 

 

 

 

終わり

 






というわけで、別にさがみんなんて好きでもなんでもない事に定評がある作者がバレンタインにお贈りしましたのは、大方の予想を裏切りまさかのさがみんでした!ナンダッテー


しっかし長い!なんだよ2万文字って(愕然)

やっぱりさがみんを書くとなると、一から反省やら再生やらを描かなくてはならなくなるので、どうしてもそれだけで尺を取っちゃうんですよね。
てか更正三回目ともなると、さすがにもうネタが辛い……



そして今回、ついに今まで絶対に手を出さなかった禁断の手法、[1話の中で視点変更]をやってしまいました(;´Д`)
でもあれはそうせざるを得ませんでした……



ではでは皆様、素敵なバレンタインを☆


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。