八幡と、恋する乙女の恋物語集   作:ぶーちゃん☆

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どうも。ゲーム・俺ガイル続の折本がBAD END扱いと聞いて、ゲーム制作スタッフを正座で三時間くらい問い詰めたいと思っているどうも錯者です。
いやまぁゲームやらないんでいいんですけどね(血涙)



というわけで、ハッピーハロウィ〜ン!
記念日SS恒例の0時投稿でございます☆




今回で最終話となりますが、前話で伏線をちょこちょこ張っといたので、展開が分かってる人は分かってるかもしれませんねー(^皿^)


ではではどうぞ!




トリートっ♪

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 俺は本日の仕事(サービス)をようやく終えて、力なくテーブルに突っ伏していた。

 

「せんぱいっ、お疲れさまでした〜。はいどーぞー!」

 

 そんなうなだれた俺に、可憐な笑顔で淹れたてのコーヒーを勧めてくるブラック上司。

 いやいやお疲れさまじゃねぇよ。疲れたのはどちらかと言えばお前のイタズラ攻勢に対してだから。割合で言えば8:2でイタズラ疲れな。

 

 しかし疲れた心と体では芳しいコーヒーの香りには逆らえない。またなにか仕掛けてあるのかと疑いながらもズズッと啜ったコーヒーは、

 

「……うめぇ」

 

 心も体も中から優しく癒してくれるような、そんな超が付くほど甘ったるいコーヒー。

 これって……

 

「ふふっ、良かったです。ホラ、先輩ってあの強烈なコーヒー飲料が好きじゃないですかー? なのでわたしも試しに買ってみて、吐き出しそうになるのを我慢して味の研究してみたんですよ。豆からきちんと淹れたコーヒーに練乳とか砂糖とかをバカみたいにドバドバ入れた、いろは印の特製MAXコーヒーなんですよ?」

 

 所々にマッ缶へのディスりが込められていたような気がしないでもないのだが、人差し指をぴっと立ててウインクしながらのその物言いは、まるで俺だけの為にこの味わいを出せる研究をしてくれていたかのようで、なんだかちょっとむず痒い。

 とにかく今はこのいろはすMAX味をじっくりと味わう事に専念するとしよう。

 

「……うん、やっぱすげぇ美味いわ」

 

 ……やっべ、マジでうめぇ。さすがお菓子作りを趣味に挙げてるだけのことはある。夕飯もすげぇ美味かったし、このいろはすMAX味も本家より美味いかもしれん。

 

「えへへ〜」

 

 ……うん。その嬉しそうなはにかんだ笑顔も、コーヒーの美味さに一役買ってますね。

 たまには仕事(サービス)も悪くないもんだ。いろはす? こういうサプライズなら大歓迎なんだよ?

 

 

 

 

 現在、時刻はいつの間にやら午後十一時を回ろうかという時間。

 仕事があれほど順調に進んでいたのだから、まさかこんなに遅い時間まで女の子の家に居座ることになるとは夢にも思わなかった。

 

 

 あれは確か七時を回った頃だろうか。

 あらかた仕事も片付き、あともうひと踏張りだなと思っていた時だった。不意に一色がこんなお誘いをしてきたのは。

 

『先輩、そろそろお腹空きません? わたしさっきから超お腹空いてきちゃったんでなにか作ろうかと思ってるんですけど、もし良かったら先輩も食べませんかー?』

 

 

 もちろん時間も時間だし、早く帰りたかった俺は丁重にお断りしたのだが、どうやら今日は一色の両親が帰宅しないとのこと。

 

 トラブルで父親が地方に急な出張になってしまい、母親は着替えやら生活必需品やらを現地まで届けに行ったらしい。

 

 それを聞いた俺は、さすがに両親が帰ってこない家に夜遅くまで居ることに拒否反応が出て、当然のように余計帰りたくなったのだが、一人分作るのも二人分作るのも手間は変わらないし、なによりひとりっきりの夕飯は味気なくてやだとワガママ小悪魔がゴネ始めたため、嫌々ながらご相伴に与る事としたのだ。

 

 一色が夕飯の準備をしてくれている間に出来るだけ仕事を進めておくと、まるで社畜の鑑のような殊勝な態度を見せた俺だが……

 

『大丈夫ですよ。ほら、これならもうそんなに時間掛からないで終わりそうですし、リビングで休んでても今日は誰も帰って来ないから安心ですので、先輩も一緒にリビング行って休憩しましょうよー』

 

 

 なんて小悪魔美少女に誘惑されたら、ただでさえ働きたくないでござるが信条の俺が、それに逆らうなどという選択肢を選ぶことなど出来ようか?

 

 まぁ? 確かに? あと一時間もあれば仕事が片付きそうだという油断もありましたよ、ええ。……ソファーで思いっきりダラダラと休憩を貪ってしまいました。

 文庫本を読むフリをしながら、キッチンでお尻をフリフリしっぽをフリフリ、ふんふん楽しそうに鼻歌うたってお料理する、小悪魔コスプレにエプロンというけしからん格好をした後輩を盗み見ながら。

 

 なにあれ可愛すぎんだけど。戸塚や小町でもないのに、思わず容量一杯になるまで動画に収めたくなっちゃったわ。

 今にして思えば、あれもトラップだったんじゃね……?

 

 

 出来上がった料理はどれも豪勢で絶品で、とてもじゃなが「わたしお腹空いてきちゃったんで、なにか作ろうかと思ってるんですけど」なんてレベルではなかった。

 まるで始めから誰かに振る舞うことを想定して準備されていたような、そんな素敵な晩餐。

 

 

 もちろんそんな素敵な晩餐といえども小悪魔の悪戯心に休息の二文字はなく、食事中も食後も当然のようにイタズラは続いたのだ。

 

 

 

 

『せーんぱい、お口にあいますかぁ?』

 

『おう、すげぇ美味いわ』

 

『ホントですかぁ? 良かったですー。……あ』

 

『……どうかしたか』

 

『……あ、いえ、あはは。……そ、その先輩が使ってるお箸、わたしの愛用のお箸でした……!』

 

『ぶっ!』

 

『というわけで、はい、交換です♪ こっちを先輩が使ってくださいねー』

 

『ちょ、待て……これ今お前が使ってたやつじゃねーか……それにそれも今俺が食わえてたやつ……』

 

『はむっ! んー? らんれふかぁ?』

 

『……』

 

 

 

 

『せんぱーい、わたし疲れちゃったんで、ちょっとシャワー浴びてきますねー』

 

『いやなんでだよ。俺が帰ってから行けよ……』

 

『ぶぅ、疲れちゃったんだからしょーがないじゃないですかー。まだお仕事残ってますし、眠気覚ましも兼ねてですよ。ではでは行ってきますっ』

 

『……敬礼はいいから……』

 

 

 

『ふー、超スッキリしました。先輩もどぉぞー』

 

『……入るわけねーだろ……あとなんで風呂から上がってまでコスプレしてんだよ……』

 

『遠慮なさらず入ってきてくださいよー。不潔な男子は女の子にモテませんよ?』

 

『……いらん』

 

『はぁ、まったく……じゃあ顔くらい洗ってきたらどうですか? 疲れてご飯食べて眠くなっちゃわないですかー? それだけでも全然違いますよ?』

 

『……おう、まぁそうだな。んじゃ洗面所借りるわ』

 

『どぞどぞ』

 

 

 

 

『……ふぅ、タオルタオルっと』

 

『はい、先輩。タオルどーぞ』

 

『おうさんきゅ。……ふぅ、さっぱりしたわ』

 

『ふふっ、それは良かったですー。……あ』

 

『……え、今度はなに』

 

『せ、先輩ごめんなさい! そのタオル、さっきわたしが使ったやつでしたよー! …………全身くまなく色んなトコをぜーんぶ拭いた、可愛い後輩使用済みタオル……ですよ? ふふふ、いい匂いとかしちゃいましたー?』

 

『』

 

 

 

 

 と、ダラダラと休憩を貪ったり、こんなイタズラをさらに幾つも食らい続けている内に、気付いたらもうこんな時間である。

 

 なんていうかね、もう雑。

 当初は事前に仕込んどいたであろう手の込んだトリックの数々だったのに、いつの間にか超雑。

 だいたい恋人でもなんでもないただの先輩置いてシャワー浴びに行くとかおかしいでしょ? どんだけ信用されてんだよ。喜べばいいんだか悲しめばいいんだか分かんねーよ。

 

 こんな完成度の低いイタズラで満足するとは小悪魔irohaもまだまだだね。

 そしてやるならやるで、もっと平気な顔してやれっての。あんなに顔真っ赤にしてやられたら、なんかもにょもにょすんだろが。

 

 とにかくあんな雑で完成度の低いイタズラごときで俺を引っ掛けようなんて甘すぎる。なんならあの雑なド直球さに余計メロメロになっちゃうまである。十分引っ掛かってんじゃねーか。

 

 しかもさ、これって完全に誘ってますよね。マジで襲われても文句言えんぞ。

 まぁもともと葉山を惑わす目的のハロウィンなわけだから、体を張ったイタズラで勝負をかけんのも当然なんだが…………それを俺にやんなよ。危うく俺が惑わされちゃうっつーの……

 

 

 美味いコーヒーを啜りつつそんな数々のイタズラを思い出し、嗚呼……いろはす使用済みお箸、結局使っちゃったなぁ、とか、嗚呼……いろはす使用済みタオル、あのすげーいい匂いと湿り気がいろはす成分なのかぁ、などとついつい邪な事ばかり考えて惚けていると、自分では気付かない内に口元でもニヤついていたのだろうか、テーブルに両手で頬杖をついた一色がニコニコと見つめていた。

 

「……なんだよ」

 

「いえいえ、なんだか楽しそうだなー、とか思いまして」

 

 ……いえ、楽しくてニヤついてたんじゃなくて、ちょっとだけスケベなこと考えてました。

 

「別に……そんなこともねぇけど」

 

「そぉですかー?」

 

 相も変わらずニコニコと楽しそうにしている一色。なにがそんなに楽しいのかねぇ。

 

「ねー、先輩」

 

「どした」

 

「ふふっ、どうでした? 今日のわたしのイタズラ。これなら誘惑できちゃいますかねー?」

 

「……は?」

 

 なにをそんなに楽しそうにニコニコしてんのかと思ったら、本日の感想待ちでしたか。

 

「……んー」

 

 まぁ正直な意見を言ってしまうと、残念ながら葉山には効果はないだろう。なにせあいつはホモだからな。違うか……違うよね?

 ホモ疑惑は一旦置いておくにしても、こんなに色々と考えて体を張った一色に、それを素直に伝えてしまってもいいのかは正直迷うところだ。

 

 確かに迷いはあるのだが、こいつは俺にでさえここまで体を張って真剣に意見を求めてきているのだ。

 だったらこっちも忌憚のない意見を持ってして、一色の真剣さに応えてあげなければ割りに合わないではないか。

 

「……そうだな、残念ながら葉山はこういうの喜ばないと思うぞ」

 

 ……言ってしまって少しだけ胸が傷む。

 あんな真っ赤な顔して恥ずかしいイタズラしまくって、誘惑しようと頑張っていた一色は何を思い何を感じるだろう。

 悲しむだろうか……凹むだろうか……

 

 しかし俺のそんな心配とは裏腹に、一色はぷくーっと頬を膨らませてぷりぷりと怒りだしたのだ。

 

「は? いま感想聞いてるのは先輩にじゃないですか。葉山先輩とか、いま関係なくないですかねー?」

 

「……?」

 

 いやいや、は? はこっちのセリフだろ。なんで葉山関係なくなっちゃうのん? むしろ葉山しか関係なくない?

 

「とーにーかーくー、先輩はどうでしたか? 楽しかったですか? 嬉しかったですか? なんだよこいつ可愛いなとか思っちゃいましたか?」

 

「……なんであれだけ恐ろしいイタズラ連発しといて肯定的な感想しかねぇんだよ……。あー……葉山関係無しでいいのか?」

 

「ですです」

 

 

 ──葉山が抱くであろう感想を無視するというのは本当に意味が分からない。ホントこの小悪魔はいつも俺の想像の範疇外な奴だ。

 だがしょせん俺には葉山の心の内なんて分かるわけが無いのだし、可愛い後輩がそれをご所望とあらば、俺はそれを答えるまで。

 

「……まぁ、なんだ……あくまでもごく一般的男子の観点から見りゃ、まぁ……良かったんじゃねーの? あれで誘惑されない男子高校生は居ないだろ……。まぁあくまでもごく一般的な男子高校生ならな」

 

 そう言った俺に、一色は凄い勢いで身を乗り出して詰め寄ってくる。

 

「マジですか!? ほうほう。じゃあ先輩も誘惑されちゃったってコトですよねー?」

 

 俺が誘惑されちゃおうがどうだろうがどうでもよくない? なんでそんなに目ぇキラキラしてんの?

 まぁ俺クラスの捻くれ者でもイケるのなら誰でもイケるんじゃね? という指標なのかもしんないけど。

 

「なんでだよ……俺はもう勘弁してくれって感じだわ。お前のイタズラはスパイス効きすぎで身がもたないっつの……」

 

 

 いやホントこれ以上はマジヤバい。あんなセクハラまがいのイタズラがまだ続いたら、いくら俺でも小悪魔の虜になっちゃいますよ。

 すると、なぜか一色は俺の必死の嘆きに頬を弛ませた。

 

「ほーんと先輩は素直じゃないですよねー。……先輩、自分が今なに言ってるか分かってます? 『もう勘弁してくれ』とかー、『身がもたない』ってことはー…………それってわたしの誘惑に耐えるのが大変、つまり俺はお前にメロメロになりかけてるぜ! って言ってるようなもんですよ?」

 

「なっ……!?」

 

 ぐぬぬ……! 今の嘆きってそう取られちゃうの?

 ……い、いやでも確かにそう取られてもおかしくないかもしれん……実際ヤバいし……

 

「……ふっふっふ、遂に先輩も落ちましたね」

 

「……おい、妙な言い掛かりつけんな。単にトリート無しのイタズラ連発で疲れただけだわ」

 

 決して図星を突かれたわけでは無いのだが、図星を突かれたわけでは無いのだが! 大事な事なので略。

 そんな変な言い掛かりをつけられたら照れ臭くなるのはしょーがないよね。

 なんだか顔が熱くて仕方なかった俺は、そっぽを向いてがしがしと頭を掻く。

 

 一色はそんな無駄な抵抗を謀る俺に意味深な微笑を浮かべると、やれやれとアメリカンなゼスチャーを交えてわざとらしく溜め息を吐いた。

 

「まったくぅ……仕方ないですねー。じゃあ時間も時間ですし、そろそろ先輩をトリックから解放してあげましょうか」

 

 そう言って一色はとてとてと俺のすぐ側まで寄ってくると、隣にぺたんと腰を下ろす。

 こいつがどんな行動に出るのかまったく予想出来ない俺は、びくびくとこの先の展開をただ見守るのみ。

 

 恐る恐る展開を見守っていると、こいつは俺の前に両手を差し出してこう言うのだ。それは……そう。子供がお菓子をねだるように。

 

 

「トリック・オア・トリート!」

 

「……は?」

 

「だーかーらー、トリックオアトリートですよトリックオアトリート。先輩がこれ以上イタズラされたら身がもたないとか言うんで、仕方ないのでトリートをねだってあげます♪ 甘い甘いトリートくれたら、イタズラやめてあげますよ?」

 

 こてんと首を倒してきゃるん☆と微笑んだ一色は、今更そんなアホな事を言い出した。

 なんなのこいつ。まさかトリートねだる為に俺をあそこまで執拗に弄ってたの? しかもここまで溜めに溜めた末でのトリートという事は、それはもうとんでもないトリートの要求に違いない。

 いろはす恐ろしい子……!

 

 

 

 ──フッ、だが残念だったな。どうやらねだるのが遅すぎたようだ。

 

「悪いがその要求は飲めんな。仕事も片付いた上、そろそろ終電間に合わなくなりそうだから俺もう帰るし。そもそもお前に寄越せるようなお菓子なんぞ持ってきてない」

 

 まさか現金じゃないよね?

 

「つまりこれ以上お前のイタズラに悩まされる必要がない以上、残念だがトリートな要求は却下だ」

 

 ふははは! 策士、策に溺れるとはこの事だな。

 お前は莫大なトリートに目が眩み、調子に乗りすぎたのだよ。

 

「ふむふむ。ま、確かにそうかもしれませんけどー、ホントにいいんですか? そんなこと言っちゃって。今すぐわたしの要求に応えないと、特大のイタズラされて後悔しちゃうかもですよ?」

 

 だがしかし勝ち誇った俺に対して、一色は愕然とするどころかさらに勝ち誇った顔で胸を張る。

 ……なにが彼女にここまでの余裕を持たせるのか。どうしよう、なんか恐いんだけど。

 

 いや恐れるな。一色がどう足掻こうと、俺が帰れば済む話なのだ。もうお前のイタズラなど食らわんぞ。

 

「好きにしろ、俺はもう帰るからな。マジで終電ヤバそうだし」

 

 そう言って立ち上がろうとした俺を、一色はミニスカートのポケットに右手を突っ込みつつ制止する。

 

「やれやれ、仕方ないですねー。ま、そう言うだろうことは分かってましたけど。後悔しても遅いですからね?」

 

 そう言って一色がミニスカートのポケットから取り出したのは一台のスマホ。

 ……あ、すっかり忘れてた。そういや一色に預けた(取り上げられた)ままだったっけ。

 

 ハッ!? まさかそのスマホを人質にする気かこの女……!

 とはいえ俺にとってのスマホなんぞ、ただの暇潰し機能付き時計でしかないのである。それには人質としての価値はないぞ?

 

「はいどーぞ。ハッピーハロウィ〜ン!」

 

 しかしそんな予想は大きく外れる事となる。人質にでもされるのかと思っていたスマホは、なんとなんの躊躇もなく俺の手元に戻ってきたのだ。謎のハッピーハロウィンと共に。

 

 意味が分からず訝しげな視線を向けていると、一色は不意に立ち上がる。

 な、なんかされちゃうのん……? とビクッとなった俺を無視して横をするりと通り抜けると、とてとてと壁に向かって歩いていく。

 ……壁?

 

 一色が向かった先は壁。だがそこにはただ壁があるだけではない。そこにあったのは仕事中に何度もお世話になった壁掛け時計さんである。

 

「んしょ」

 

 との掛け声でその時計を壁から外した一色はニコニコと盤面を見やり、おもむろに時計をひっくり返すとなんの迷いもなく裏面にあるツマミをぐりぐりと回し始め、回し終えるともう一度盤面を眺めて満足気にうんうん頷いた。

 

「……な、なぁ、お前なにやってんの?」

 

「ふっふっふ」

 

 俺の質問に不敵な笑いで応えた一色は、微笑を浮かべて時計を元あった壁に掛け直した。その表情は、早く盤面を見ろとでも言いたげに。

 

「チッ……んだよ………………………………………………は?」

 

 その瞬間刻が止まった。 いや、正確にはむしろ刻は若干未来へと進んでいたのだが。

 ……あっれー? おかしいな。ついさっきコーヒー飲んでた時は確か十一時そこらだったよね? なんで短針が十二の数字を超えてんの?

 いろはすはなんでわざわざ時計を未来に進めたの?

 

「………………!」

 

 俺はつい今しがた手元に戻ってきたばかりの携帯の電源を入れて時計を見た。

 アナログな壁掛け時計の針と違い、そこに表示されたデジタルな数字は……

 

「じゅ、十二時八分……だと……?」

 

「ですです。今はもうハロウィン当日ですよ?」

 

 愕然とする俺に対して、一色は満面の笑顔でそう答えた。

 

「お前……なにしてくれてんの……?」

 

「ふふ、だから言ったじゃないですかー。イ、タ、ズ、ラ、です♪」

 

 

 

 悪戯なウインクでイタズラを宣言する一色の小悪魔微笑を見た俺はふと思い出す。

 

 ……そういえば、確かに時間がおかしいと思った事があった。

 かなり仕事を進めたはずなのに、あの壁掛け時計を見た時にはまだ六時だった。

 あの時は仕事に集中していたし、一色の成長も見て取れたから深くは考えなかったが……実はあの時すでに七時だったって事、か……?

 

 ……そういえばリビングでくつろいでいる時も、音楽聴きながら料理したいからって、テレビは点けさせてもらえなかった……

 一色が鼻歌を口ずさみながら料理する姿が可愛くてテレビなど気にもしなかったが……もしテレビを点けていたら時計トリックに気付けていたのかもしれない、よな……?

 だってリビングやダイニングにあった時計も、一色の部屋にあった時計と同じ時刻を指していたのだから。

 

 

 だからか……! だから一色の部屋に入った直後に携帯を没収されたのか!

 こいつ、俺が携帯を時計替わりにしてると知ってやがったな……?

 

 なんてこった……すべてがトリックじゃねぇかよ……

 

 

 

 

 ──なんでだ? なんでこいつはここまでの真似をする。

 だって今はハロウィンの当日になっちゃったんだろ? だったら、このイタズラは葉山相手にやんなきゃ意味なくない?

 だってさっき言ってたじゃねぇか……『女の子って、記念日当日は大切な人と過ごしたいものなんですよ?』と。このイタズラが使えるのって、今だけだろ……

 

 

「……せーんぱい、今から駅に行っても、もう終電なんてないですよー? これはもうお泊まり確定ですねー。……と、言うことはー……まだまだイタズラが続いちゃうって事ですよねー。……さぁ、どうします? 早く甘〜いトリートをくれないと、一晩中イタズラしちゃうかもですよ……?」

 

 こいつの真意を測りかねていると、嗜虐的な笑みを浮かべた一色がゆっくりと近づいてくる。そしてうるうると瞳を潤ませて俺の隣にちょこんと座った。

 

 ヤバいヤバい……! これはまたとんでもないトリックが仕掛けてあるんじゃなかろうか……?

 しかし肝心のブツは俺の手元にはないのだ。

 

「ま、待て一色! あげたくてもあげるトリートとか無いから! どっか近くで買ってくるから、ちょっと待っててくれ」

 

「だーめーでーす! ……だって先輩は、いつもそう言って逃げちゃうんだもん……」

 

「……え」

 

 一色は弱々しくそう呟くと、悲しげに微笑んで俯いてしまった。

 

「……わたし、ずっと悩んでました。ホントはわたしの気持ちなんてとっくに気付いてるくせに、先輩はいつもそうやって逃げちゃうから……わたしじゃダメなのかな……? って。わたしじゃあの人たちには勝てないのかな……? って」

 

「……一色」

 

「……迷って悩んで、何度も何度も諦めようかと思ったりもしましたけど……、先輩とあの人たちの応援して、自分の気持ち誤魔化そうかともしましたけど……、………………でも」

 

 そして一色は俯いていた顔を上げ、真っ直ぐ力強く俺を見つめた。そこには悲しげに微笑んでいた表情などはひとつも残っておらず、なんとも一色らしい、元気な悪戯笑顔。

 

「でも、やっぱりやめました。そんなの全然わたしらしく無いし、何よりもそんなに簡単に諦められるようじゃ、そんなの本物じゃないから」

 

「……」

 

「だから、やっぱここはわたしらしく、自分からガツンと向かっていかなきゃじゃないですかー? 今夜はその為の、きっかけの為のハロウィンなんですよ? ……せーんぱい! もう逃がしてなんてあげませんよ? 今夜中に先輩を完全に落としてみせます。……なーんかすでに結構落ちてるっぽいですしねー」

 

 ふふんと勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす一色に目を奪われて思う。

 

 確かに一色の言う通り、俺はこいつの気持ちから逃げてたのかもしれない。

 それは、あの一つ目のイタズラ……写真立てのイタズラを食らった時の自分の慌てようが物語っていた。

 

 ……俺はあの時、あの写真は葉山に決まっていると自分に言い聞かせながらも、たぶん心の奥では俺の写真だと疑ってなかったんじゃないかと思う。

 だからこそ、反則と思いながらも確かめずにはいられなかったのだ。一色の本心を……俺が誤魔化している気持ちを知りたかったから。

 

 そしてまんまとしてやられて一色の想いから逃げているのだと気付かされた俺は、その後の怒涛の誘惑攻撃で完全に撃沈。

 まさにトリック。小悪魔に魔力に惑わされてしまったようだ。

 

「ふふふ、さぁどうしますか先輩。早く甘〜いトリートくれないと、大変な目に合っちゃいますよぉ?」

 

 それでもどこまでも捻くれ者の俺は、最後の抵抗を試みる。

 

「……だから、お前にあげられるようなお菓子とか持ってねぇから」

 

 でもそんな俺の小さく無駄な抵抗は、このあざとい後輩の前ではなんの意味も成さない。ま、分かってたけど。

 たぶん俺は、この先こいつには一生やられっぱなしなんじゃなかろうか。……だがそんな人生も、なかなかに悪くないかもしれない。

 そして自然とそう思えてしまった自分を結構気に入っている。

 

「先輩? わたし別にお菓子くださいなんて一言も言ってないですよ? お菓子じゃなくて、甘い甘いトリートが欲しいんです。……ふふっ、じゃあそんなニブい先輩に、優くて可愛い後輩がヒントをあげましょう」

 

 

 

 一色は蠱惑的な微笑みを赤く染め上げ、俺の顔にそっと寄せてくる。甘いトリートをねだる為、魅了(チャーム)の魔力が籠もった甘い吐息で俺をさらに惑わせながら。

 

 そして耳元で優しく妖艶に囁くのだ。ハロウィンのあの呪文に、ほんのひとつまみのスパイスを添えて。

 

 

 

 

 

 

「……本物くれないとイタズラしちゃうぞ……♪」

 

 

 

終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後一色に本物のトリートをあげた俺が、さっきまでのお返しとばかりに一色にたくさんイタズラ(意味深)し返している最中、今日は帰ってこないはずだった一色の両親がなぜか“旅行”から揃ってご帰宅し、父親の殺意の籠もった視線に曝される中、娘さんとの仲をご挨拶をさせていただくというトドメのイタズラをお見舞いされる事となるのだが、それはまた別のお話(白目)

 





久々のいろはすも、軽く書こうと決めていたら普通に三話仕立てとなってしまいましたがありがとうございました!

『本物くれなきゃイタズラしちゃうぞ』を言わせたかったが為にハロウィンモノを書こうと決めたのですが、やはりいろはす×イタズラはよく合いますね〜笑

是非ともあやねるボイスで『本物くれなきゃイタズラしちゃうぞ☆』とエロ可愛く耳元で囁いてほしいもんですグヘヘ




ではでは、久しぶりにいろはす書いたら『やっぱいろはすいいな〜。またちょこちょこ書けたらいいな☆』とか思ってしまった作者が、ハロウィンナイトにハロウィンナイト(意味深)をお贈りいたしました♪ノシ




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