ざわざわと、会場全体をさざ波のように声が行き交う独特の雰囲気。
例えば映画。例えばお芝居。例えば演奏会。
共に舞台を観賞した友人知人と感想を言い合いたいけれど、歓声が一段落して明かりが点いたばかりの騒つく会場では周りへの遠慮からあまり大きな声を出せず、なんとなく潜めくようなヒソヒソ声がそこかしこからポツポツと聞こえ始め、そんなヒソヒソ声が会場全体に溢れかえり、さざ波のようだったひとつひとつの小さな騒めきがやがてひとつの大きな波となる。
舞台の幕が下りた後の会場は、大体こんな感じの独特な雰囲気となるだろう。
「うひゃあ……すっごい人〜……」
「だな」
俺と家堀は、今まさにそんな騒めき立つ体育館へと足を踏み入れた。
どうやら軽音部のライブがちょうど終了した直後のようで、ボーカルの女子(可愛い)やギターやドラムの男子のファン達が興奮気味に感想会を開いていた。
軽音部が終わったという事は、プログラムによると確か家堀達の出番はこれの二つ三つ後くらいだったか……
しかし確かに客入りはなかなかのもんなのだが、それでも去年観た大トリのバンドの客入りと熱気に比べると、些か物足りなさを感じる。
いや、そりゃ比べる相手が悪すぎるって事もあるのだが、これの本質はそこではない。
それはつまり──
「……でもアレですよねー。たぶん……大トリの会場って、もちっと混むんでしょうねー……」
──そう。今現在でもなかなかの客入りではあるのだが、エンディングセレモニー直前のトリのステージともなると、客入りはこれどころではなくなるという事。
しかも今年は今朝発表されたばかりの、『有名生徒会長グループ』のシークレットライブ。いやが上にも盛り上がること間違いない。
「……ひぃ〜」
ああ、やはり家堀はこの会場の雰囲気に飲まれてしまったのだろうか……?
お化け屋敷の後、こいつの手の震えは治まっていた。だからいくらか安心してもいた。
けれどこの会場……体育館に入った瞬間から、その安心はより大きな心配に掻き消されてしまったのだ。
「……あー、っと……だな」
正直、いま俺は家堀になんて声を掛ければいいのか分からない。この雰囲気に飲まれてしまったのなら、俺がなにを言おうがこいつの耳には……心にはなにも届きはしないし、ましてやこんな人目の多い場所では、先ほどのお化け屋敷のように震える手を握ってやることも適わない。
……いや、そもそもこっちから手を取るとか無理だけど。
「比企谷先輩……」
「……おう」
「どうしよう……私、やっぱ無理かもしんない──」
「かほ」
「なーんて言うとか思いましたぁ?」
「……へ?」
緊張の雰囲気一転、家堀は常となんら遜色のない明るい声を発した。
あんれー? どしたん? と、俯いているであろう横顔に視線を向けると、そこにはあったのは俯いてなどいない……ていうか俯くどころか横顔でさえなく、家堀お得意のにひひ笑顔がこちらを真っ直ぐ向いていた。
「もう先輩ってばマジ分かりやすいですよねー。へへー、でも心配してくれてありがとうございますっ」
「お、おう」
「……たぶんさっきまでの私だったら、この会場の雰囲気に飲まれちゃってたと思うんですよね。でも、今はもう平気。超平気! ……だって、私にはコレがありますから!」
「コレ?」
家堀はすっと右手を上げると、目の高さ辺りでヒラヒラさせる。
胸を張って「私にはコレがある!」なんて宣言出来るような攻略アイテムとか持ってたっけ? と家堀がヒラヒラさせている手のひらを覗いてみたのだが、見れども見れども家堀の手には何一つとして握られてなどいない。
「あん? 別になんもねーけど」
あれかな? 埃(誇り)とかそういうネタかな?
わけ分からんと家堀の顔に目をやると、こいつはまるでいたずらっ子のようにニヤニヤと口角を弛め、きらんっ☆と歯を見せてこう言いやがった。
「ふふふ、さっき、不安で震えていた手を比企谷先輩がギュウッと握ってくれたぬくもりです♪」
「おまっ……!」
このやろう……! なんてこっ恥ずかしいこと言いやがんだよ……。しかも、
「……お前な、そういうクソ恥ずかしいセリフを、そんな真っ赤な顔で言ってんじゃねーよ」
「ぁ、ぁぅ……」
そう、こいつ超照れてやんの。アホか、こういうのは照れながらやっちゃダメだろ。
そういう小悪魔みたいなからかい方は、あなたの友達の一色いろは先輩をちゃんと見習いなさい。
「ま、まぁ、照れが出ちゃったのはご愛嬌、みたいな?」
てへっ? と右手で頭をこつんこする姿もなんか照れが入っちゃってるし、やはりあざとキャラをやるにはまだまだだね! 可愛いけど。
「んん……! まぁそれはそれとしましてですね」
けふんけふんとわざとらしく咳払いをした家堀は、未だちょっぴり頬を赤らめながらも、逸れてしまった軌道をなんとか修正しようと試みる。
「……ひひっ、先輩に手を握ってもらえたから飲まれずに済んだってのはマジですよ……? ホントあれで超落ち着いちゃいましたもん……っ」
「そ、そうか……それはなによりだ」
「……はいっ」
なにこの照れくさい空間! これだけ広くてこれだけ混み合っているこの体育館という場において、なんか俺と家堀の周りだけ変なフィールドが張られて別空間になっちゃってない?
別にそこに特別な感情があるわけではなく、単に震える手を握って落ち着かせてくれたから……と言いたいだけという事くらいは理解してるんだけど、これ俺じゃなかったら勘違いして告白して、本日のステージ上でその無様で滑稽な振られっぷりを大々的に発表されちゃうとこだからね?
やだ! 去年の文化祭以来、一年ぶりに一躍時の人になっちゃう!
「とにかく……ですね」
家堀はんん! ともう一度咳払いをすると、着崩していたブレザーを正してリボンをきゅきゅっと結び直し、きちんと佇まいを整えてから恭しく頭を下げる。
「今日はホントにありがとうございました。比企谷先輩が我が儘に付き合ってくれたので、不安だった気が紛れてすっごく楽になりました!」
そんな家堀を見て思わず口角が上がってしまった。
なんつーか、家堀のいいとこはこういうとこなんだよな。見るからに今どきのJKなくせに、こういうところは結構ちゃんとしてる。
俺がこいつに初めて好感を抱いたのも、見るからに日陰者の俺にでさえ、なんの偏見も分け隔てもなく、きちんと礼を尽くしてくれたのを見たからだし。
「おう。ただ引っ張り回されただけで何にもしてねーけど、なんかついさっきも言った気がするが、お役に立てたのならなによりだ」
「はい! ひひー、超役立ちましたよ! あはは、なんかデジャヴっ」
「ぷっ」
「ぷぷっ」
そして二人して顔を見合わせ軽く噴き出すのだった。
──俺は、一体なにを自惚れていたのだろうか。
よくよく考えたら、今や校内を代表するリア充グループのひとりである家堀を心配して気遣おうとするだなんて、ぼっちの癖に何様だって話だよな。今回はたまたま気を紛らわす手伝いをする立ち位置に居たというだけで、こいつは俺なんかが無駄に気なんか回さなくたって、きっと自分で解決出来たはずだ。
まぁそれでも、たまたまとはいえ俺はこうして微力ながらも家堀の役に立てたのだ。だったら、あとはステージに向かうばかりの家堀に、あともう一押し、あともう一声くらいは掛けてやろうではないか。
「なぁ、家堀」
「へ? なんですか?」
こういう時、なんて声を掛けるのが正解なのかはいまいちよく分からん。
定番のあの言葉を掛けるのが正解なのかもしれないけれど、……でもあの言葉を掛けるのは、人によってはとても失礼な行為にもなりかねない。
それでも今の俺にはこれくらいしか思い浮かばないし、正解とか不正解とか関係なく、心から浮かんだ言葉がこれなのだから仕方ない。心から浮かんだ言葉ではなく、体裁とか考えた末に無理やり捻り出した言葉なんかを伝えるのは、そんなのは本物とは言えないのではないだろうか。
だから俺は、いつも一生懸命頑張っている可愛い後輩にこう声を掛けてやるのだ。
「頑張れよ」
そう口にすると、家堀はきょとんと首を傾げた。
あれ? やっぱダメだった?
「……あー、頑張れって言葉は、頑張ってないヤツが本当に頑張ってるヤツに言ってもなんの意味も成さない、ともすればとても失礼な言葉となるって事は重々承知している。……でも今の俺には、申し訳ないが他に言葉が思い浮かばない。だからまぁ、敢えて言わせてもらうわ。……頑張れよ。ま、適度な感じで」
すると家堀はきょとん顔から、徐々に熱を帯びた優しい微笑みへと変化していく。
「ふふ、なんか超珍しいですよね! ちょっとびっくりしちゃいましたよ〜」
「なにがだよ」
「比企谷先輩が素直に頑張れなんて言ってくれるのが、ですよ? ま、その後のうんちくがめんどくさい辺りとか、最後の照れ隠しの「ま、適度な感じで」とかいう捻デレなフォロー辺りがやっぱ先輩ですけどっ」
「……うっせ」
だから俺は捻くれててもデレてはいないってばよ。照れ隠しとかマジ風評被害。
……ちょっと小町ちゃん? この妙な造語の広まり、貯めたポイント使ってデリートしてもらえませんかね。
「へへー、でも」
俺の捻デレッぷりにニヤニヤとしていた家堀だが、すっと優しい笑顔に戻る。
「頑張れって背中押してもらえたから、なんか今日は超頑張れそうです! ……えと、比企谷先輩」
「おう」
「……その……我が儘きいて付き合ってくれたお礼に、今日は先輩の為に歌っちゃいますね……! だから──」
そして、家堀は本日一番の、太陽のような眩しい笑顔で俺にこう告げるだった。
「ちゃんと見ていてくださいね! プロデューサーさん!」
「誰がプロデューサーさんだ。お前のプロデュースした覚えもお前に課金した覚えもねーよ」
「にひっ」
……やっぱアホだろこいつ。ここにきてまさかネタに走るとは……。この緊張の中、ホント大したヤツだわ。
元気にぶんぶん手を振ってから、てとてと舞台袖の方へ走っていく小さくて大きな背中を苦笑混じりに眺める俺は、心の中でもう一度繰り返すのだった。
……頑張れよ。
× × ×
「ご来場の皆さまー! 大変お待たせいたしましたー!」
「「「うおぉぉぉ!」」」
「今年の文化祭を締めくくりますは、ご存じ! 我らが生徒会長っ、一色いろはグループでーっす!」
「「「いぇぇぇいっ」」」
照明が落とされた体育館。非常灯の明かりのみが照らす真っ暗な会場に、突如スポットライトと共に現れた次期副会長の書記ちゃん(紛らわしい)が壇上で高らかに叫ぶと、先ほどまで無秩序に騒ついていた会場のボルテージが一気に跳ね上がった。
てかあんなに引っ込み思案だった書記ちゃんも随分と逞しくなったよね。
本来であれば生徒会長である一色の役目である司会進行。しかしその一色が出演する為、代役として二日目有志ステージの進行役を務めあげている次期副会長と目される書記ちゃんの成長に、おじさん思わず感慨深くなっちゃう!
ちなみに本来代役を務めるはずの現副会長は、パッとしないからという理由で外されたそうだ。一色に。あ、目から汗が。
副会長、同じ一色いろは被害者の会会員として、一年間ご苦労様でした。あとちょっとの辛抱だよ!
「さぁ! それでは登場していただきましょー! ──」
そして壇上の隅っこに立つ書記ちゃんを照らしていたスポットライトが中心へと移動すると、その光は五つに増殖し、壇上を煌々と照らす。
「──香織と愉快な仲間たちーズぅ!!」
……おい。グループ名それでいいのかよ。
「キタァァー!」「いろはすー!」「かーおりーん!」「サヤサヤー!」「ともちーん!」「エリエリぽんこつ可愛いよエリエリ!」
しかしふざけたグループ名もどこ吹く風。セクシーなインナーの上にキラッキラなジャケットを羽織り、ぴたぴたなショートパンツから伸びる太ももがとても眩しく、腰にふさふさのしっぽみたいなアクセサリーを付けた、とても可愛らしいどこぞのアイドルグループそのものなメンバーの登場に、会場は一気にヒートアップ。
なにこれどこのアイドルイベント? つーか、確かにすげー可愛いんだが、なんかあの衣装見たことあんだよなぁ……アイドルとかに興味なんかないのにどこで見たんだっけか。さすが家堀が言うところの国民的アイドル。
「どうもー! ご声援ありがとぉぉ! 香織と愉快な仲間たちーズ代表、家堀香織でーっす! 本日はこんなにもたくさんのお客さまに集まってもらえて、私たち超ハッピーです! 応援よろしくぅー!」
そしてそんな多くの声援にしっかりと胸を張り、笑顔で答えるセンターでMCを務める家堀。
「待ってましたー!」「応援しちゃうよー」「がんばれー!」
「かしこまっ☆」
「「「かしこまー!!」」」
おお……なんかもう吹っ切れてんな。あれならマジでもう大丈夫そうだ。
ただ公衆の面前で普通にかしこまっちゃってるし、の太い声でかしこまのレスポンス返ってきちゃってるしで、なんだか早くも危険な香りしかしないんだが……。おいおい、一部の方々にはもうすっかり浸透しちゃってんじゃねーかよ。
「香織ちゃーん!」「かほりーん!」「家堀さーん!」
そして意外にも家堀のこの人気である。
ぶっちゃけ、やはり一色の声援が圧倒的に多そうなのだが、二番人気はまさかの家堀かも。なんかこいつって意外と人気あんだな。
「えっとですね〜、このセンターの役目は本来であればいろはが務めるのが当然だと思うんです。なのでいろは目的に観に来て下さったお客さまにはホント申し訳ないですー」
目をばってんにして謝罪する家堀に対して──
「「「いーよー!」」」
元気にそう返すオーディエンス達。未成年の主張ですかね。
「ありがとぉぉ! やー、最初は私もいろはにセンターお願いしたんだけど、なんかいろはのヤツが絶対イヤって駄々捏ねちゃいましてですねー。他のメンツも絶対やりたくないって言うもんで、仕方なく私になっちゃいましたっ!」
てへっと舌を出してウインクする家堀に会場がどっと沸く。なんだよこいつやっぱ舞台度胸すげーあんじゃねぇか。心配しちゃって損したわー。
「ちょっとみなさん、一応これだけは言っときますがー」
するとここで一色がMCにずずいと割り込む。
「わたしホントにこれやりたくなかったんですからねー? このカッコとか超恥ずいですー! 香織がどーしてもやりたい! って土下座するもんだからマジ仕方なくなんですよー? ホンっト言っときますが、これはこの恥ずかしい衣装から曲のセレクトまで、ぜーんぶ香織セレクションですからね! わたし達は関係ないですからね! ねー、みんなー」
あくまで家堀主導のイベントである事を強く強調した一色の呼び掛けに、家堀意外のメンバーがこれまた強く強くウンウン頷く。てか目がマジ。
「ヒドイっ! なに!? ここにきて私見捨てられちゃうのん!?」
がーん! と口をあんぐり空けている家堀に、それはもう会場中が大爆笑。俺もついついふひっとしてしまった。
壇上に注目が集まってるから良かったものの、誰かに見られてたら即通報モノですわ。
「確かに土下座してお願いしたけどさ!? っていやいや待て待て。土下座まではしてないよね!?」
土下座“までは”って、じゃあどこまではしたんだよ。
おいおい、このMCの脚本書いたヤツ有能だな。なかなか面白いじゃない!
……え? これって脚本だよね? 本気じゃないよね?
「ぐぬぬっ……え、えと、こうして親愛なる仲間に後ろからメッタ切りにされちゃった私、家堀香織ではありますがー……み、みなさーん、友情って、素敵だねっ……!」
お前それ完全に語尾に(涙目)入ってんだろ。そんな白目剥き出しなMCに、「香織ちゃんがんばれーw」と同情と中傷の声援があちらこちらから沸き上がっている。演者も観客も楽しそうでなによりです。
「さ、さぁて、ちゃ、茶番はここまでだ!」
うおっほん! と豪快な咳払いで皆の注目を集めようとする家堀に、会場中の視線が集中する。
「えと……ですね」
ここで家堀は、先程までの弛み切ったおちゃらけムードを断ち切るかのように、静かな、そして落ち着いた口調で語り始めた。
「……今から歌う曲なんですけど、せっかく観に来てくださったのに申し訳ありません。……実はこの曲、ある人の為に歌わせてもらおうかな? って思ってます」
家堀の突然の告白に、笑い声が溢れていた体育館はしんと静まりかえる。
そして次第に辺りからは、え、どゆこと……? まさか……? と、ざわざわと動揺の声が上がった。
……本当にまさかのMCだ。だってこういう場合って、たぶん大切な人に向けての大事なメッセージって意味合いだよな。
あいつって、好きな人とか居るのだろうか。ここ最近よく絡んでくるようになってからもあまりそういうそぶりが無かったから、今はそういうのは居ないもんかと思ってた。
まぁ一色によれば前は付き合ってたヤツも居たみたいだし、好きな男子が居ることくらい、普通の女子高生なら当然っちゃ当然か。
てか本当にそういうのが居るんなら、俺にあんなに絡んできちゃダメだろ……ま、親も観に来てるかもしれんし、今まで育ててきてくれてありがとうという両親へのメッセージかもしんないけど。
「その人はなんていうか、とてもお世話になっている先輩でして……、只今受験真っ最中という事もあるんで、元気に頑張ってもらいたいな〜って」
と、やはりコレは両親に対してではなく、どうやらお世話になっている先輩に対しての感謝のメッセージのようだ。
おい先輩とやら。あんなに可愛い後輩に背中押して貰ってんぞ。うらやまけしからん、爆発しろ。現時点では恋愛感情的なヤツなのかも男子か女子かも分からないけどね。
「……あとその先輩なんですけど、去年の文化祭でちょっと辛くて大変な目に合っちゃって、たぶん文化祭ってモノにあんま楽しい思い出が無いんじゃないかな? って思うんです。……だから、せめてこの元気で楽しい曲を聴いて、文化祭ってモノを素敵な思い出にして欲しいなって……。受験勉強の事も去年の文化祭の事も全部全部ひっくるめて、私は先輩の事を「ちゃんと見てるよ!」って伝えたくって、だからこの曲を選びました……!」
「家堀……」
その先輩とやらも幸せ者だな、こんなにいいヤツにそこまで想ってもらえるなんて。
「……ん?」
『今日は先輩の為に歌っちゃいますね……! だから──ちゃんと見ててくださいね! プロデューサーさん!』
……え、まさかこれって俺にじゃないよね? だって俺べつにお前のお世話なんかしてないし、去年の文化祭だって辛くて大変な目なんかに合ってねーし。
あ。そういや普段家堀のお世話(ラノベ貸し出し)してたし文化祭も酷い目に合ってたわ。マジか……?
……まぁ俺の勘違いだろうけれど、もしも家堀が本当に俺に対して感謝のメッセージを伝えてくれているのだとしたら、……うん、まぁむず痒いけど、嬉しくなくはない、な。
当初は家堀の突然の告白に、騒然として驚きの表情を浮かべていた観客達も、心が籠もった優しく温かい家堀の、どこぞの先輩への感謝の想いを感じ取ったのだろう。その表情は次第に穏やかなものへと変化していくのが見て取れる。
それはどうやら観客達だけではなく、舞台上のグループメンバー達も同じ思いのようで。
「香織っ」
一色が、とても優しい笑顔で家堀の肩をぽんと叩き、ギリギリと音がしそうなほどに強く強く爪を立てる。あれー? 笑顔だけは優しいけど、手に籠もった力は全然優しくなさそうだぞー?
「ねーねー香織ー、わたしそんなMCやるなんて全然聞いてないよー? え、なに? もしかしてまたいつものやつー?」
「いだいいだいぃぃ!?」
「うふふっ、片付けまで終わったら、生徒会室でO・HA・NA・死ね♪」
「ひぃぃっ! は、はぃぃぃ……っ」
お互いとってもいい笑顔なのに、なんか殺伐としてますね。穏やかじゃない!
しかし壇上の殺伐とした空気とは裏腹に、このコントじみた名MCっぷりに会場はまたも大盛り上がり。
ねぇ、この後のライブ大丈夫?
「さ、さささーて、じゃあみんにゃ! そ、それではそろしょりょ行っちゃいましょ〜ぉ〜かぁ……!」
涙目で完全に動揺しきっている家堀の震え声の号令が掛かり、笑顔なのにしらっとしたひと睨みをかました一色が自分のポジションへと戻ると、ついに香織と愉快な仲間たちーズのライブ開演の時。
家堀達を照らしていたスポットライトが消されると、体育館はまたしても闇に包まれ、先程まで飛び交っていた笑い声や声援もスポットライトの光と共に消失する。
辺りに響く物音といえば、千人以上にも及ぶであろう観客達が咽喉を鳴らす音と、期待に膨らむ鼓動の音のみ。
パッと。
スポットライトが再び壇上を浮かび上がらせると、そこにはポーズを決める我が校の次期トップカーストグループの姿。その姿、ギニュー特戦隊の如し。
いやいやさすがにギニュー特戦隊のようなダッサいポーズではないが、あの見事に揃った五人組のポーズ……なんかやっぱどっかで見たことあるな。
そして中心でばしっとポーズを決める家堀が、ヘッドセット越しに観客へと……どこぞの先輩とやらへとこう想いを届けるのだった。
「心を込めて歌います! …………頑張ります! 聴いてくださいっ──」
──おう、聴かせてもらうわ。もしかしたら俺に向けて歌ってくれるのかもしれない、頑張って練習したお前の歌を。
「──Yes! Party Timeぅ!!」「おいデレマスじゃねーか!」
× × ×
思わずノータイムで激しいツッコミを入れてしまったが、それは致し方のない事だろう。
そりゃ衣装もポーズも見た事あるはずだわ。だってつい先日、「フハハハハ! 貴様にこれを貸してやろう。存分に仮想世界を満喫するとよいわ! ふひっ、はっちまーん! あとで感想言い合いっこしよーぜー!」と、材木座にとってもいい笑顔で貸し出されたVRで観たばっかだもん。
……おいおい、お前それはマズいって。なに? お前マジで隠す気あんの?
そりゃ確かに国民的アイドルのナカイ君がCMで歌ってたグループの歌だけどさ? なんなの? 国民的アイドルナカイ君が歌ってたから、デレマスならオタクを疑われないとか思ったのかな?
だったらせめてお前、その国民的アイドルがダミ声で歌ってたお願いシンデレラとかにしろよ。それならみんな聴いたことある曲だからまだネタ扱いされるだけで済むけど、なんで敢えてネタでは済まないガチもんの曲をチョイスしちゃうんですかね。お前どんだけチャレンジャーなんだよ。これもう無理だろ。
「「「ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」
そりゃ一色達も全力でセンターを拒否もすれば、自分達の趣味じゃないチョイスじゃないと力一杯否定もするわけだ。こんなののセンターなんて請け負った日には、完全に風評被害を被っちゃうよ。
むしろよく協力してくれたよね。やっぱ友情って素敵だね!
「「「フゥフゥフゥフゥ〜!」」」
そしてなぜコレを感謝のメッセージとしてお世話になってる先輩の為に歌おうと思ったのん?
おん? あれか? オタク仲間の俺ならデレマスの歌でも聴かせときゃ元気になるとでも思っちゃった? ふざけんな、超ノリノリだわ!
「「「フゥ〜、ハイッ! フゥ〜、ハイッ! フゥ〜、ハイッ! ハイッハイッハイッハイッ!」」」
つかなんだこのものすげぇクオリティ。みんな歌もダンスもキレッキレ過ぎませんかね? 特に家堀のキレがマジ半端ない。
なんだこれ、まるでビューイングレボリューションまんまじゃねーか。生でVR観てる気分だわ。
「「「ハッピッ! エモーショッ! フゥフゥフゥフゥ! シンギンッ! ダンシンッ! ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」
そしてさっきからオタ芸な掛け声が綺麗に揃い過ぎィィ!
最初はごくごく一部の知ってる奴等だけが掛けてた掛け声も、この異様な盛り上がりに乗せられて引っ張られたのか、今や体育館全体に掛け声が拡がっちゃってやんの。つい俺も声を掛けちゃった☆
……家堀さんや。今はまだごく一部のオタクしか事の真相に気付いてないけども、これだけ大勢の前でこれだけ盛り上がっちゃったら、確実に全校生徒に曲名ググられて、確実に全校生徒にオタバレしちゃうからね? もうどうなっても知らないよ?
「「「イェェ、もう一回!」」」
──しかし、しかしである。
確かにこのステージが終わった後の事態には些かの不安は伴うものの……
「いぇぇぇいっ!」
ステージ上を所狭しと跳ねて歌って、汗とスポットライトでキラキラ輝く家堀の最高の笑顔を見ていたら、そんな些末な事などどうでもよくね? と錯覚してしまう。
ああ、お前はこれが夢だったんだもんな。すげぇ幸せそうだよ。だったらもうどうだっていいよな。だって今のお前……最高に輝いてるぞ。
「「「ハイッハイッハイッハイッ! フゥッフゥ〜!」」」
──観客の声援と熱気に全身を火照らせ、歌い、踊る家堀。
家堀の目に見えているのは、近い未来に全校生徒にオタバレするであろうだなんて小さな事ではない。
その恍惚とした瞳に映るのは、光り輝くサイリウムの海の向こう側。
そんな“輝きの向こう側”を眺めて美しく微笑む家堀香織を、俺はいつまでも見ていたいと思うのだった。
ちなみに家堀は文化祭のあと、しばらくのあいだ全校生徒から親愛を込めて『シンデレラ家堀』『オタマス』などと素敵なニックネームで声を掛けられ、毎日のように人のベストプレイスに乗り込んできては涙目で「解せん……!」と愚痴をこぼす事となるわけだが、それはまた別のお話。
おわりん
なんだこれ。
というわけでありがとうございましたっ!
いやホントすいません、完全に趣味に走っちゃいました(汗)
普通こういう時は誰もが知っているであろう選曲をするはずなのに、多分ほとんどの方が知らないであろうこの選曲(白目)
実は今回のお話は、この歌をいろはすグループに歌って踊らせたかったが為だけに始めたSSなんですよね〜(^皿^;)歌詞は書けないので掛け声だけでの進行という残念な斬新さですがw
『国民的アイドルがCMで歌ってるくらいメジャーなグループの歌』とかあまりにも不自然な言い回しだったので、誰の歌を歌うのかは結構バレてたとは思うんですが(実際感想で言われちゃいましたし苦笑)、お願いシンデレラとかではなく、曲名が今回作品のサブタイトル(フェスティバルは、パーティータイムでカーニバる)に書いてあったというね。
この曲が気になる方は、YouTube等で『Yes! Party Time!!』と検索すれば、いくらでも歌って踊る動画が出てきますので、よろしかったらどぞ☆
すげー可愛くて、個人的には歌にしてもダンスにしても、もしかしたらアイマス系で一番好きな楽曲かも♪
(ちなみに作者はアニメを一度観た程度でゲームはノータッチと、アイマスをほぼ知りませんが、楽曲のみは作業用(SS書いてる時のBGM)として結構聴いてます)
さて、これにて久々の香織SSは終わりとなります!今回感想返しが数日後になっちゃうかもしれませんが、ではまたですっノシノシ