女王陛下からの呼び出しに応じて南部にいた高級将校たちが集合していた。盛んに議論がかわされていた一時間ほど前と打って変わって静寂な様子であった。そこにゆっくりと入場してくる女王に全員が敬礼する姿は壮観であった。
「此度の不手際により私が捕虜となったことで本来とられるべき作戦等に支障をきたした事を陳謝します。しかし幸運なことにシャルル=ブライト中尉の尽力によって王城での監禁状態から脱することが出来たことをお伝えします」
シャルルの名が出たことで視線は父親のカシウスに向かった。数々の戦訓を上げる剣聖の息子は自分より年下でありながら、王国軍で唯一といってもいい華々しい戦果挙げていた。それに対する感情は嫉妬を通り越して、すがすがしいものがあり圧倒的不利な王国軍にとっての希望の星となっていた。
「現在私を救助してくれた勇士たちは敵陣の真ん中でこちら側からの援軍を待っている状態です。この状況を打破する為にモルガン中将の下に救援部隊を編成し早急にグランセルを開放してください。王都奪還部隊の参謀長としてカシウス=ブライト大佐を任命します。コリンズ大将は南方軍を指揮して帝国軍との会戦を主眼において軍を再編してください」
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「陛下、おひとつお聞きしたいことがございます」
参謀会議が始まったあと1人の男がアリシア女王の前に現れた。
「陸軍のリシャール大尉です。クローディア殿下はどちらにいらっしゃるのでしょうか?飛行艇には見当たりませんでしたが……」
何故そんなことをきくのか、と不思議そうな顔を女王陛下がする。
「?クローディアですか?先日ツァイスに向かったはずですが……。まさかこちらに到着していないんですか!?」
「どういうことですかな!万が一殿下のみに何かあれば……」
なにか異変を感じた侍従長が怒鳴る。一方のリシャールは何かを考えていた。
「待ちなさい、侍従長。リシャールさん、心当たりがあるのですか?」
ふしていた目を開くと自分の考えを話した。
「……。我々の警戒網に引っ掛かった外部からの流入者にクローディア殿下はいません。そして帝国軍からも特にそれらしき情報は発表されていません。女王陛下と同じく人質として最大限の利用を出来る殿下を隠すメリットは敵にはない。つまり……」
「敵の警戒網がつよくなって身動きが取れなくなりどこかに隠れているということですか?」
「断定は出来ませんが可能性は高そうです。ただ敵勢力圏にいらっしゃるのなら安心していられません。早急に奪還作戦を成功させる必要があります。陛下、以上のことを報告する為、今から参謀会議に向かいましょう。私の階級では参加できませんので」
「わかりました。行きましょう」
会議でクローディアのことを話すと少し騒ぎになったが奪還作戦の成功にすべてがかかっているのでそちらに集中しなければならない。作戦の重みが増す中着々と時間は進んでいた。
女王の奪還が行われて数日後ヴァンダール中将は帝国に戻り代わりにスナイダー大将が司令官とやってきた。陸軍の大御所が出てきたことでいよいよ決戦の日が近いということが帝国軍の中でうわさされるなか、先の事件についての心配もあった。着任とほぼ同時に起きた不祥事に気の短い大将が怒っているのではないのかと言うことだ。しかし当の本人は正直何も感じていなかった。亡国寸前の女王が敵にいようが味方の手にいようがたいした違いがないと思っていたからだ。しかし、不祥事である以上は上官としてことの顛末を報告される義務があった。
「どういうことなのかね、エドワードくん。リベールの女王に逃げられるとは」
深刻そうに聞こえるがコーヒーを片手に他の仕事をしている大将の姿を見ればどうでもいいことにつき合わされていることは一目瞭然であった。
ルーアンにある帝国軍の前線部隊の司令部エドワードは今回の不手際についてスナイダー大将に呼び出されていた。
「申し訳ありません。侵入する可能性までは予想していましたが空から逃げるとは思いませんでした。私を頑なにいれようとしなかった研究施設があるのでそこで開発されていた新兵器だと思われます」
「御託はいい。どうするつもりなんだ。どうでもいいとはいえこちらのカードがひとつなくなったんだぞ」
「心配ないでしょう。切れる札はひとつ減りましたが戦力差は歴然です。いまさら人質などに頼らなくとも勝つことは出来るでしょう。それに……」
懐の書類をスナイダーに見せる。
「……後継順位一位の姫が行方不明か。どこかの街道に立ち往生しているかもしれんな」
「こちらの勢力圏内で行方不明なら敵も捜索は出来ません。そのうち食糧不足か何かで出てくるでしょう。カードはもうすぐ増えます。それまでに我々は敵を粉砕する為の準備を進めるだけです」
「そうだな。そちらの準備は順調なのか?」
「順調です。あちらの準備はいまだ不十分との情報も上がっていますので早めに攻めてしまいましょう」
その言葉を聴いて満足したようでエドワードに退室を許可する。
「ついにこの国に引導を渡すときが来たな」
スナイダーはコーヒーを飲み終えると仕事を再開した。
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深い茂みの中何人かの人影が森の中を動いていた。ツァイスで反抗作戦が練られているころ彼らの探す人たちは敵を逃れて森の中にいた。
「クソッ!関所は全部封鎖されている。我々を探していないから気付いていないんだろうがいつまでもここにいれないしどうするべきだ……」
士官学校生であったが緊急事態と剣の腕前からクローゼの護衛としてついていたユリアは悪態をついていた。いち早く異変に気付いた彼女は見つかる前にルートを変更させて人目を避けるようにツァイスに向かっていたが無条件降伏のせいで封鎖が想像以上の速度で行われたため出口を失ってしまった。見つかれば確実に王国が不利になるので、エドワードの降伏を知らない彼女たちは救助の可能性にかけて森に逃げていた。
「ユリアさん。私たちは大丈夫なのでしょうか?お風呂にも入っていませんし、ご飯もおいしくありません。早くおばあさまのところに行きたいです」
心配そうにしているクローディア殿下は御年6歳の子供であり、戦争におびえていた。毎日欠かさず書いている日記と手に握り締めたペンが小さく震えていた。外部と早く連絡をしたかったが手段がなかった。従者たちも現状に打つ手がないのは理解しているらしく言葉数は少なかった。
(何か、何か方法はないか。外部と連絡して助けを越える手段。無線のなく周りの街は敵の占領下。残っているのは王都ぐらい。湖は私1人なら泳げるかもしれないがこの大人数なら確実に見つかる。昔は狼煙を上げていたがそんなことすれば見つかるし、あとは伝書鳩ぐらいか。でも鳩なんてここにはいない……。いや待てよ、ジークならいけるかもしれない)
「!殿下その紙とペンを少々貸していただけませんか?」
「何をされているのですか?」
「王城に手紙を届けともらいます。私の飼っているこの白隼ならすぐに届けてくれます。王都にはエドワード中将もいらっしゃるし助けに来てくれるでしょう」
名案が思いついたといわんばかりの彼女の顔を見て少し安心する。
「ジークは王城によく勝手に飛んで行きますものね。確か子供がいるのだとか。彼なら届けてくれそうです。良かった、でもはやくお家に帰りたいです……」
といって、つらそうな顔をする。生まれて初めてこのような経験をするので想像以上に疲れていたようだ。手紙をかきおえると籠から取り出して手紙をくくりつけて飛ばした。王城に向かって飛んで言ってすぐに見えなくなった。
「もう少しの辛抱です。がんばりましょう。……頼んだぞ、早くこのことを知らせるのだ」
手紙がつき次第助けが来るとおもった一同は緊張の糸が切れたのか眠ってしまった。次に起こされたときの光景を見て絶望し、ユリアがこの最悪の選択をしたことを後悔するのはもうすぐである。
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シャルルたちの引きこもるレイストン要塞の夜は静かだった。戦略的価値のなくなったこの要塞に手出しされることはなく、兵力も武器もない要塞側からも手出しはなかった。哨戒という名の散歩と気分転換という名の賭け事が行われている要塞はいろいろとむちゃくちゃなところになっていた。
「こんな状態でいいんですか?みんな堕落しまくりですよ。訓練も基礎体力を落とさないようにするだけのものですし……何しているんですか?」
執務室にはシャルルとエーカーがいた。統率する気ゼロの年下の上司を見てあきれるエーカー。あきれられている人は机の上に座っていた。
「望遠鏡があったから星座観察してんの」
「見ればわかりますよ。何もしなくていいんですか?」
「何をするんだよこの状態で。攻撃されないだけでもありがたいのに余計なことして死にたくないだろ。もう俺たちのやるべきことは終わったんだよ。後は外にいる人間に任せるだけだろ。リシャールあたりが仕事を持ってこなければ」
「?」
「今飛行艇がこっちに向かってきている。また面倒ごとがありそうな予感がするぜ。いつものメンバーだけは集めといてくれ」
「わかりました」
そういうとエーカーは部屋から出て行った。シャルルも上着を着て真面目な格好に着替えなおした。
「つまり行方不明だったクローディア殿下が敵に捕まっておまけに明日ルーアンから帝国に輸送されそうだということか?」
予想どおりタマネギがやってきてクローディア殿下がつかまった旨を伝えてくれた。遊撃隊メンバーの顔にはまたかよ、という文字が書いてあるようだった。
「そうだ。再び救助してほしいと君のお父さんから直々にね。嫌なのはわかるがやるしかないのも現実だ。どうするんだ?」
父さんかよ、と一言愚痴を言うと作戦を考え始めた。
「わかっている。といっても前回と違って思いっきり警戒されているだろうしどうしたものかね。奇襲しかないが前回と比べて昼間にやれば格段に成功率は下がるからやるなら今からでもやるべきだが……」
「コレが情報部で手に入れられた情報すべてだ」
今回の作戦に与えられた機体は二機。ツァイスにて改装された地上攻撃型。地上からの攻撃を想定して分厚い装甲を施されていた。
作戦機は夜明け前の濃霧から飛び出し、高速で闇夜の中を飛行していた。機外のライトをすべて消して谷間の岩場わずか数十アージュの超低空飛行で進んでいく。作戦機はそれまでのスピード優先型の飛行艇とは異なり大型のエンジンを機体の上部に配置することによってエンジンに被弾する可能性を極力減らし残存性を高めていた。加えて対地攻撃用の弾薬を大量に搭載していた。前方には帝国軍戦車の装甲を破る程の威力を持つ三十ミリ機関砲。左右にはむ誘導ロケット弾40発と対戦車ミサイル12発を装備しており、帝国軍の戦車対策を徹底的に行ったタンクキラーであった。
操縦士が目標までの時間をチェックして無線で知らせる。
『目標まであと10分』
一方目標地点となっているルーアンは警備兵が増強された中でまだ静かな闇夜に包まれていた。その中で一人眠れぬ夜を過ごしている男がいた。エドワード元中将である。嬢王を奪還されるという失態を演じている以上皇位継承第一位の姫までを奪われるようなことがあれば元敵国の将軍ということもあるので帝国軍での地位がこれ以上危うくなるのは避けねばならなかった。いまだ静かな夜ではあるがブライト一族を中心とした部隊の若手たちが奪還をもくろまないとは思えなかった。
(忌々しいが帝国派と共和国派を相手に互角以上の力を発揮していたやつらの腕をなめるわけにはいかん。ただ、帝国側からすれば最弱派閥の中での切れ者に過ぎないという認識だ。ヴァンダール中将はカシウスとシャルルに警戒していたがスナイダーは会戦以外に興味はない様子。この状況を見逃すとは思えない。他の“元”リベール将軍たちとは幸い認識を共有できている。我々だけで何とかするしかあるまい)
警備兵を呼びつけたエドワードは精鋭に指示をだし警備の強化するように伝えた。この一晩さえ乗り越えれば洗車に護衛されて奴らの手の届かない帝国へと向かうことができるのだから。
雄鶏がなく頃、ルーアン市街地にまで進出した救出部隊たちは二チーム、救出班と狙撃・監視班に分かれていた。
『狙撃班よりA突入班へ。そちらの視認に成功した』
『了解。これより作戦を開始する』
ツァイスからルーアンへはカルデア隧道があるがルーアンを陥とされた時点で洞窟を破壊され通行不能にされていた。そのためルーアンの郊外に降り立った部隊は徒歩でゆっくりと移動してきたのだ。ルーアン市郊外に陣取る狙撃・監視チームを通り越し建物のあいだを素早く移動していく。ルーアンは市内に水道を引いており美しい景観と大きな跳開橋を観光資源としている港湾都市である。その水路は街中にとおっておりそれを利用して姫たちが軟禁されているとされている礼拝堂へと向かっていった。
礼拝堂の裏口には見張りがいたはずだった。だがそこにはたばこの吸い殻がいくつか放置されているだけで人影はなかった。見張りはいたがたばこを切らしたか、トイレのためにその場を離れたのだろう。一人で夜中に見張りをするというのはいつ襲われるかわからない最前線でも大変なものだ。前線から離れた場所で人質の監視、それも非戦闘員となれば気が抜けてしまうのも仕方ないのかもしれない。敵陣ど真ん中に平気で侵入してくる部隊を四六時中意識して監視せねばならないのも無茶な要求である。
(余計な証拠を残さないで回収できそうだ。罠でなければいいが…)
シャルルは心の中で思いつつ、ゆっくり、慎重に礼拝堂の裏の扉を開けて侵入していった。燭台にともされたろうそくが怪しく照らす廊下を進む。不自然な静寂が緊張感を誘う。
動きの気配。誰がこちらにやってくる。
シャルルは立ち止まるとその場にしゃがみ、ほかの隊員もそれに倣う。
板のきしむ音。
階段を降りてきたのは聖職者だった。くつろいだ気分なのだろう。無警戒に音を出し、悠々と歩いている。階段を下り切った瞬間、哀れな聖職者の視界が反転した。彼は何が起きたかわからずに、投げ飛ばされて体は宙に浮いて地面に叩きつけられ、悲鳴も上げられず言葉に詰まる。自分たちは七曜協会の所属であり、襲撃されるような対象でないはずであった。
「…声をだすな。こちらの質問にだけ答えろ。いいな?」
耳元で男のかすかな声が聞こえる。ナイフを首に突き付けられ、ほかに仲間らしき黒ずくめの人間が周りにいる状況でとても冷静ではいられず、訳も分からず首をひたすらに縦に振る。
「ここにいた捕虜はどこに行った?」
「ゆ、ゆ、夕方に帝国の兵士とエドワード将軍がやってこられて、姫殿下を司令部の方に連行されていきました…」
「今の司令部はどこだ?」
「賭博場の横にある、ホ、ホテルが臨時の司令部だとおっしゃられていました」
「偽りはないな?」
「は、はい」
「この建物に帝国兵はいるか?」
「い、いません」
答えると司祭の首に腕が伸び巻き付いたかと思うと締め上げられた。
作戦班を回収するために待機していた飛行艇の中で待機していたリシャールは穏便に作戦が終わることを祈りながら待機していた。いやな静寂の中通信が入る。
『リシャール、不味いことになった』
『どうしたんだね』
通信してきたのはシャルルであった。平坦な声色が逆に事態の緊迫感をいやに伝えていた。
『殿下は礼拝堂から司令部に移されたそうだ』
『…敵陣ど真ん中というわけか。どうするつもりなんだ?諦めるわけにはいかんぞ』
『合図をしたら作戦機の2機を使って上空からなるべく派手に攻撃してくれ』
『…話が見えんな。隠密作戦だぞ?どういうつもりだ』
『強硬手段でいくしかないだろ』