Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第八話  ガルナハン

 プラントの復興は道半ばである。複数のプラント崩壊による大量のデブリ発生などの物理的要因に加え、前大戦時に受けた金融攻撃の影響やクーデターとその後の政変による政情不安など、様々な要因が重なり合っている。

 しかし連合の月基地が軒並み壊滅し、その再建に連合各国が消極的であることから、プラントの市民生活は平穏である。戦争という影が払拭された街は、明るい落ち着きを保っていた。街で繰り広げられる生活は普段と変わりなく、何一つ滞ることなく進んでいく。

「結論から言いたまえ」

「・・・ジブラルタルに降り、ユーラシアを抜けて東アジアに向かったところまでは掴めたのですが」

 セプテンベルⅡの中心街から少し離れた一角。木立と芝生が調和する敷地の中に建てられた、清潔そうな白い低層の建物。そこの一室で、いつもの諦めにも似た空気が流れる。報告者が席に着くいた。

 会議用のテーブルを囲む形で、数人の男がしかめっ面を見せていた。だからといって、事態が動くわけではない。報告されたことが全てであり、それ以上の情報はないのだ。報告者が悪意を持って虚偽の調査結果を持ち帰ったわけでもなければ、怠惰な勤務によって情報を得られなかったわけでもない。

 地球に下りた旅行者の足取りを掴む、その筋の人間ではない彼にとって容易なことではないのだ。むしろよくそれだけの情報を掴む事が出来たと、賞賛すべきであろう。報告者は一介の事務員に過ぎないのだ。

 だが会議室の男は言う。

「ロストするわけには行かないのだ。あれに掛けられた予算を考えてみたまえ」

 彼らは巨大プロジェクトの遂行者である。それもコーディネーターの未来、プラントの将来を左右しかねないプロジェクトである。だが、わずか数年の間で三度も政権トップが入れ替わるという状況に置いて、そのプロジェクトを支える体制は非常に脆弱なものとなっていた。

 官僚制の弊害が生み出す恩恵で、長期計画として策定されたプロジェクトの予算が削減されることはない。少なくとも、政権トップの気まぐれな視線がこのプロジェクトを見つけない限りは、安泰であろう。しかし何らかの問題が起これば、その視線は確実にこちらを向くこととなる。

 そして見つかったが最後、間違いなくプロジェクトは中止され、その資料はどこかの官庁の暗い倉庫の中に永遠に打ち捨てられることとなる。それだけ、問題点を抱えたプロジェクトなのだ。

 だからこそ、現行の人員だけで計画を進めている。増員の要請などしようものなら、プロジェクトは精査を受け、白日の下に晒され、プラント世論を二分する論争を引き起こした挙句、彼らはトカゲの尻尾として切り捨てられる。

 何も自己の保身と今の地位にすがりつくためにプロジェクトを推し進めているのではない。彼らは彼らの知的好奇心と学術的関心、そしてそのプロジェクトがもたらす恩恵をコーディネーターという種にもたらしたいという使命感で、仕事をしているのだ。だからこそ、つまらないドタバタでこのプロジェクトを潰すわけにはいかない。

「そういうことだ、ウェンツル君。一日でも早く見つけて報告を」

 報告者はため息を殺して頭を下げる。とりあえず、もう一度地球に降りなくてはならない。貨客船の早い便があったはずだと、頭の中を検索する。

 

 トラックが跳ねる。クッションの無い座席に座るのは、そろそろ限界かもしれない。乾燥地帯の埃っぽい空気に、カシアはついて来るんじゃなかったと思った。ここしばらく、湿った空気と緑に出会っていない。強い日差しにもかかわらず、多くの人がフードやマフラーのような布を身につけている理由が分かった。アレナが差し出してくれたマスクを着ける。

 彼女らは、ガルナハン政庁でのミーティングに向かっていた。艦長と副長は、近くのユーラシア軍基地に赴いている。カシアはブリッジクルーの一人としてこちらについて来たのだ。

 しかし事前に聞いていた情報通り、トラレンシアは招かれざる客であるようだった。迎えのトラックは武装した兵士に護衛されている。街に入ってからも、人々の視線はどこかよそよそしい。

 それは艦長たちのいるユーラシア軍基地でも、変わらなかった。かつてはローエングリンゲートと呼ばれ、陽電子要塞砲まで備えられた基地であったが、今は旧式のストライクダガーが僅かに配備されるだけである。そのためトレランシアの巨体が、寂れた基地には不釣合いなほどに輝いている。

 会議室の中で、レセディの声が厳しさを増す。

「もはや不名誉な撤退でも構わない、いやその方が早くに撤退できるということですか」

若い基地司令官は精一杯の身振りでそれを否定する。おそらく、彼の心情においてそれは嘘ではないのであろう。だがユーラシアの本音ではない。

 ガルナハンはペルシャ湾と黒海を結ぶ陸上路の要衝であり、地中海とインド洋を結ぶ重要な都市である。レクイエム戦役の直前、スエズ運河を連合に押さえられていたザフトは、現地の独立派武装勢力に加担しガルナハン要塞を陥落させている。

 その後、ザフトの勢力縮小に伴いユーラシア軍が再度入ってきたのだが、ユーラシアは当時西部地域と呼ばれていたガルナハンを含む小アジアから中東にかけての地域に広範な自治を認め、駐留軍もわずかであった。そして今、最後の仕上げとばかりに、独立派の攻勢を利用して一気に撤退しようとしている。

「治安維持に責任を果たさず、現地の混乱を現地の責任にして逃げる。ブリュッセルでは独立を歓迎する声明の準備中ですか」

 淡い桃色に塗られたレセディの唇からは、棘に満ちた声が出てくる。それが自分に向けられるのでなければ、十二分に魅力的だとマーカスは思う。だが、今はそれどころではなかった。自分達は、リヤドの連合軍に代ってユーラシアの尻拭いをさせられるという事なのだ。

 ユーラシアにとって、この地域の独立はもはや規定路線であり、そのスケジュールが若干早くなったというだけの話である。例えそれによって、ムスリム共和国の内部分裂が促進されようとも、構わないのだ。むしろ、その影響をユーラシアの中央アジア地域に波及させないためにも、紛争の芽をここに残しここで小競り合いを続けた方が都合がいいということだろう。

 リヤドの連合軍は、連合の基本方針に従い内政干渉は行わない。トレランシアをガルナハンに送ることで、治安維持に協力するとのポーズを見せるだけだ。ムスリム共和国が分裂しても、中東地域全体が瓦解しなければいい。地球連合が睨みを利かせている姿が見えればいいのだ。

 紛争解決のための緊急即応部隊としては、面白くないシナリオになっている。レセディは言った。

「これよりこの基地は連合軍の指揮下に入ります。第52号決議に基づきユーラシアの統帥権は一時的に停止されます。ブリュッセルにはそのように連絡を」

 司令官は苦虫を噛み潰したような顔をした。だがユーラシア政府が、基地司令官である彼の面子を考慮する事などないだろう。

 一方、カシア達が打ち合わせを行っているガルナハン政庁前は、MSによって警備されていた。そのような物々しさが必要な状態にあるのだ。草の根レベルの独立要求を、ガルナハン自治政府は抑えきれていない。

 そもそも自治政府自体が、地域の独立を求めて武装闘争を行っていた組織が母体となっている。独立を要求していた組織が「自治」を行うという仕組み自体が矛盾なのである。いまや、ガルナハンに迫る独立派は解放軍であり、自治政府は占領軍の手先という見方をされているのだ。

 付近の状況や部隊の配備などの打ち合わせは、盛り上がりに欠けていた。ユーラシア軍の撤退は確実であろうし、リヤド駐留の連合軍は動かない。ムスリム共同体は、内部対立からこの地域への干渉はしたくとも出来ない状況。ガルナハン自治政府の治安部隊は、数機のMS以外は旧式の兵器ばかりである。

「いっそのこと、降伏したらどうですか」

 ヒューが大げさに頭を抱える。立ち上がったリリトが自治政府治安部隊の司令官を睨みながら言った。

「この自治政府はもはや住民の支持を得ず、その正統性は失われています。下手な抵抗で街にまで被害を及ぼすのなら、降伏して独立政府樹立に参加した方がいい」

「知った口を利くな、コーディネーター」

 タラスが、窓の外を見ながら言った。リリトはギュっと視線の向きを変える。横に座っていたカシアがリリトを席に着かせようとした。司令官はその表情を一層険しくしながら、彼女の言葉を無視するように話を続ける。

 リリトはさらに続けようとした。機先を制してヒューが声を上げる。

「オーケー、フィランディエーレ少尉。お子ちゃまには少し難しい話だったな。今からは大人のお話だ、君は外に出ろ。スターム少尉は残れよ、ここに来てるブリッジ要員は少ないんだ」

 言われなくとも、といった感じでリリトは席を離れる。追いかけるようにイェレとフィジェも続いた。会議室の空気は一層白々しいものとなる。

 

 世界では、戦争が終わってから五年が経とうとしているのだろう。しかしこの街は、それとは別の時間が流れている。ここは、世界より早くに戦争が始まり、世界より遅くに戦争が終わるのだ。

 ユーラシア連邦であったり、ムスリム共同体であったり、地球連合であったり、ザフトであったり、相手は常に代わっていったが、敵の存在だけは消えなかった。今では、かつての仲間ですら敵になっている。

 砂と乾いた空気しかないような場所で、人は何を求めて争うのか。マスク代わりの布で口元を押さえている女性は、ちらりと空を見上げながら思う。ここには何も無いから、戦争を求めるのではないか。

「求める物を、他に知らないから・・・」

 巻き上がった砂埃に目を細める。街の外縁部は臨戦態勢となっているが、彼女は抵抗の方法ではなく撤退の道順を指示して回っている。まだ若い彼女だが、自治政府の治安部隊で隊長職を務めていた。普段は職員として別の仕事をしているのだが、実戦経験を買われたのである。

 今でも語り草となっている「ローエングリンゲート破壊作戦」。彼女は、その立役者の一人なのだ。そんな昔話を、重荷のように感じる。街に入り、彼女はジープの速度を落とした。

 治安部隊の腕章に投げかけられる視線。行く当てなくたむろする若者と、大量の荷物を持ち子供の手を引いて足早に歩く女性。酔っ払った男性と、遠くから聞こえる銃声。活気の無い市場と、売り物の少ない店先。連合の支配から脱し自治を勝ち取ったはずのこの街は、今何に支配されているのだろう。

 砂塵よけのゴーグル越しの光景は、あの頃から何一つ変わっていないように思える。彼女はブレーキを踏んだ。

「何事だ!?」

「アルメダ隊長、いえ・・・それが」

 尋ねた治安部隊員が言葉を濁したので、彼女はジープから降りて人ごみを掻き分ける。喧嘩かと思ったが、単純なものではなかった。野次馬に囲まれた道で、三人の治安部隊員が気を失っていた。立っているのは連合の制服を着た三人、一人は女性だ。野次馬からは喝采が沸き起こっている。

 彼女は腰の拳銃を抜いて空に発砲した。群集の視線が彼女に集まり一気に色めきたつが、集まりだした治安部隊に追い立てられ人ごみはゆっくりと解消していく。気絶している三人を運ばせると、逃げずに残っていた三人に近づく。

「あの、それがですね・・・」

 フィジェがリリトの前に出て事情を説明しようとした。ゴーグルを上げた目の前の女性は、自分達とそれほど変わらない年齢だろう。だが、治安部隊の要職に就いている事は、周りの反応で分かる。

 しかし何をどう説明したところで、こちらは分が悪い。自治政府の悪口を言っていた酔っ払いの男性を無理やり拘束しようとしていた治安部隊員を、リリトが叩きのめしてしまったのだ。加勢に来た二人も瞬く間に片付けた彼女を、止める暇が無かった。

 アカデミーで行われた対人近接戦闘の訓練、リリトは常に上位をキープする腕前だったのだ。悪びれた様子を見せないリリトを隠すように、大仰な身振りでフィジェは言い訳を続けた。

「自治政府は・・・」

「リリト!」

 イェレが言葉を遮った。リリトのきつい視線を我慢して受け止める。その瞳には暗さも淀みも無い、爛々と激情を輝かせる不思議な瞳だった。この場で、楽しそうという形容はふさわしくないが、それでも他の言葉が見当たらない。アカデミーの時には見たこともないような目をしていた。

 これ以上騒ぎを起こすと、本当に大事になりかねない。イェレは押さえるようにしてリリトの頭を下げさせる。女性は難しい顔をしたままだ。

「お互い、子供ではないのだし、それで済むか済まないかくらいは・・・」

「それは上に言ってくれ」

 背後からの言葉にフィジェが振り返ると、不機嫌そうなタラスが立っていた。そして三人に戻るように言う。後の始末は、自治政府と連合の問題だと言い捨てた。

 納得しない表情のリリトを両側から挟むようにして庁舎に戻ろうとする二人は、治安部隊の責任者の女性を凝視したままのタラスに、怪訝な表情を見せた。タラスは何かを思い出そうとするように視線を上下させる。

 女性が探るような口調で言った。

「タラス・・・よね?」

「やっぱり、コニールか」

 しかしそれは、感動の再会とは少し違うもののようだった。

 

 今回の作戦の可否は、戦闘によって判断されるのではない。連合本部による紛争の調停・解決。それがここで行われるか否かが、今回の作戦の核心であった。戦闘部隊であるトレランシアの出る幕は少ない。

 レセディは真新しい作戦指令書を読みながら、現場にいることの限界を感じる。主役は、彼女らから見えない舞台にいる。指令書から目を上げたマーカスは、感心したような口調で言った

「根回しだけでも、すごいものでしょうね。僕らの後ろにしっかりとした外交スタッフがいるのは頼もしいことじゃないですか」

 根回しのメドは立っているのだろう。ルチアーノ・プレスとはそういう男だ。きっちりとシナリオは作ってある。あとは彼女らが、不安要素を排除していけるかどうかが鍵だ。

 少ない頭数を、トレランシアがどれだけカバーできるか。先手を打って動きたいところである。ダブリンからの交渉団が着き次第、行動を開始することとした。

「副長は知っていたんですか? 交渉の話」

 レセディは首を振る。おそらくは水面下での交渉だったのだろう、それを一気に進めるつもりなのだろう。ユーラシアが西部地区の自治を認めた時点から、シナリオは始まっていたはずだ。

 もともとクルディスタンと呼ばれていたこの地域は、旧世紀から独立紛争があった。再構築戦争でも独立が果たせず、ユーラシア連邦とムスリム共同体に分割されたクルディスタンが、独立紛争を継続することは自明の理であった。

 だが旧世紀には宗派対立の無かったクルディスタン内部には、いつしかムスリム共同体内部と同様の宗派対立を抱えるようになった。現在自治政府を作っているのは、宗教色の薄い世俗派とムスリム共同体の西側・アラブ連合が支援する勢力であり、独立派は東側のムスリム・ペルシャ共和国がバックについている。

 このままクルディスタンが武力によって独立することとなれば、ムスリム共同体は事実上の分裂を迎え、東西の代理戦争がクルディスタン内部で起こることとなる。しかしユーラシアとすれば紛争が中東から広がらなければ問題なく、他の連合加盟国も石油資源の枯渇した地域の紛争に首を突っ込む気はない。

「そこに目をつけた・・・」

 独立派と自治政府の合意によるクルディスタンの独立、その仲介を連合本部が行おうというのだ。各加盟国の関心が薄いので、連合本部としても動きやすい。その上、紛争の解決という実績や、加盟国内政への「平和的干渉」という事例も作ることが出来る。

 独立派にしても自治政府にしても、独立後に自分達を支援した勢力の傀儡となる可能性に危惧を抱いている。数百年にわたって他の国の支配を受けてきたクルディスタンである、他国の影響力に対しては非常に敏感であった。ザフトとの共闘関係が短期間で終わったのも、そのような心理が影響している。

 そこで、独立派と自治政府が合流してクルディスタン政府を樹立し、連合がそれを承認する。ムスリム共同体は反発するだろうが、ムスリム共同体の内部勢力がそれぞれに支援をしてきた手前、軍事力の行使は出来ないだろう。

「最悪の場合はリヤドの駐留軍が動くかもしれない・・・と思わせるのが我々の役割なのですね」

 今回のトレランシアの目的は、中東における紛争に連合が軍事的な介入も行いうると示すことだった。マーカスの感想通り、たいしたシナリオだと思う。だがレセディは、蚊帳の外のような感覚を覚えた。

 前線の自分達は、報われるのだろうかと。極秘扱いの指令書を艦長に預ける。

 

 女性が運転するジープに乗って、三人が庁舎に戻った。心配そうな顔をしたカシアは、不機嫌な顔のリリトに眉をひそめる。フィジェから顛末を簡単に聞くと、さらに表情を険しくした。彼女の行いは、そろそろ目に余る。

 リリトの視線はジープを運転していた女性に注がれている。自分達より少し上くらいだろうか、目立つようなタイプではないが庁舎でもそれなりに名の通る女性であるらしい。駆け寄ってくる職員に、色々と指示を出している。

「誰?」

「エリクセン中尉の知り合いらしいけど・・・」

 庁舎の中に戻ろうとするタラスをその女性が呼び止めた。リリト達三人も呼ばれる。街での騒ぎについて詳しい事情を聞きたいという。カシアもついていくことにした。応接室のような部屋に通され、水を出される。

 会議室でもそうだったが、ここではお茶やコーヒーではなく水だった。ただの透明なコップに注がれた普通の水。

「水は貴重なんです。この街には貯水タンクがありますけど、街から出たら水汲みだけで一日が終わりますから」

 コップをしげしげと眺めていたカシアは、体を縮こまらせる。ジープを運転していた女性が部屋に入ってきたのだ。コニール・アルメダと名乗った女性は、順番に握手をしていく。一方でタラスは座ったままだった。

 騒ぎの状況についてはフィジェが説明した。先ほどのように言い訳をする必要もなくなったので、ありのままをしゃべる。カシアはリリトの手に触れた。拳を握った彼女の手は、堅いままだ。

 コニールは、治安部隊員の粗暴な態度について責任者として謝罪すると言った。タラスが突然立ち上がる。そして深々と頭を下げた。

「非は治安部隊の任務を妨害したこちらにあります」

 フィジェとイェレ、そしてカシアも慌てて立ち上がり頭を下げた。厳しい視線のまま座っているリリトに、カシアは立つように言った。それを無視するリリトの襟首をタラスは掴んだ。

「ガキが、いい加減にしとけよ。ここはわがままの通る学校じゃない」

 もみ合いになった二人を引き離したのはコニールだった。そして座るように言う。気まずい空気が流れる中で、コニールが静かに言った。

「自治を手放すわけには行きません。ガルナハンの命運を、我々はあなた方に委ねるしかないのです」

「誰も、そんなこと望んでいない」

 リリトが言い返した。街の人々の声は、独立を望む声ばかりだった。ユーラシアと結託した自治政府は腐敗し、人々の暮らしは一向に良くならない。治安部隊も末端の隊員になると、恒常的に給料が遅れている。交渉という名目で家族を連れてユーラシアのリゾート地で遊ぶ自治政府高官は、家を高い壁と有刺鉄線で囲み門の外で行き倒れる人に目もくれない。

 独立派は単に武装闘争を行っているだけではなく、診療所の開設や孤児院の経営、生活物資の配給なども行っている。街の人々は、ガルナハンに独立派の旗がたなびくことを望んでいるのだ。

 同意を求められてイェレとフィジェはうつむく。連合の制服に注がれる冷ややかな視線が証明するように、リリトの言っていることは間違っていない。

 実際に聞いて回った、そう言ったリリトは視線をコニールに向ける。コニールは落ち着き払ったままだった。

「知っているわ、私も・・・タラスもそうだった」

 そして続ける。独立の先には何があるのかと。何が解決するのかと。

 独立によってユーラシアからの財政的な支援がなくなった後で、どうすればいいのか。なんらの資源も無く産業も無いこの地で、何が出来るのか。

 かつて自分達がそうだった。連合の支配から脱すれば、何もかも上手く行くと思っていた。今の困窮は全て連合のせいだと思っていた。だが、連合が撤退し、ユーラシアは自治を認めたというのに、何も変わらなかった。ただ、連合によって与えられていた貧しさが、自分達で勝ち取った貧しさに変わっただけだ。

「貧しくなる自由があるだけ幸せだ。そう考えているのなら、ただの傲慢よ」

 独立は、目的ではなく手段のはずだ。この何も無い地で、豊かさを手に入れるための単なる手段。だが、その手段がいつしか目的に摩り替わったのだ。そしてその時、豊かになるという目的を達成するための、他の選択肢は省みられなくなる。

 それ故、貧しさという現実はいつまでも変わらない。それが生み出す人々の不満は怒りに、苛立ちは熱狂に転化し、より一層戦争というカタルシスの誘惑に抗えなくなっていく。行き着く先は、際限の無い紛争である。

「それでもまだ、独立した方が良いと言うの」

 カスピ海の北岸及び東岸の地区は、一時ザフトの勢力が強く戦時中は独立を目指す勢力が拡大した時期があった。だが戦後はユーラシア政府と協調関係を保ち、復興途上のヨーロッパ地域に代ってユーラシア経済の牽引役となっている。社会資本が整備され、様々な産業が生まれ、好景気に沸いているのだ。

 カスピ海を挟んだ東西で、その明暗は大きく分かれた。ユーラシア国内で分離独立運動が比較的少ないのは、自治や独立といったもののリスクを如実に示す事例が存在するからであった。

「独立は、この地域が自分で自分自身を養えるようになった時に、もう一度考えればいいことよ」

 今、ここに住む人達が考えるべきことは、今の暮らし向きをどのように良くしていくかという、目の前の問題への対処だ。そしてそれは、独立などという言葉のまやかしで解決することではない。コニールはコップの水を飲み干した。リリトの拳が細かく震えている。

 カシアはもう一度その手を握った。リリトが手を握り返してくれたことに、カシアは少しだけ安心する。

 

 会議が終わり、トレランシアのクルーは帰路に着く。呼び止める言葉を振り切るようにして、タラスはトラックに戻った。アレナの視線を避けるように、彼は目をつぶって椅子に深く腰を掛ける。

 ユーラシアの基地に停泊しているトレランシアからの連絡によると、攻撃開始は早くになりそうだ。包囲されてジリ貧になるより、突出してきた敵の出鼻をくじこうというのだ。

「一回ならそれでいいぜ、でも防衛にはならんだろ」

 ヒューは揺れるトラックの中でそう言う。そして、ポーズだけ見せたらさようならか、とため息をついた。トレランシアから電送されてきた資料を後ろに渡す。

 敵は、既にクルディスタンの半分を実効支配している、いわば国家であった。前回のように局地的な戦闘ですべてが終わるのではない。ガルナハンを中心とした複数の地点で戦線が開かれるのであろう。たった一隻の戦艦でどうにかなるレベルではない。

 そのため、この作戦の裏にはもう一つ何かがあるとヒューは直感するのだが、それは口にしなかった。それよりも問題は、ザフトの学生が戦闘に耐えうるかどうかである。何があったかはよく分からないが、何かあったことだけは彼女らの雰囲気を見れば分かる。うつむくリリトの表情は、ブロンドに隠されてよく見えない。

 イェレもフィジェも、リリトに掛ける言葉が無い。カシアは揺れるトラックで舌を噛みそうになりながら、冗談を言っていた。それでも、リリトは微動だにしない。

 彼女は利口だ。だから、あの女性に言われたことの全てを、間違っていないと理解したのだ。だから、何も言えなくなる。アカデミーで習った知識は、現実の前では無力だった。

 合理的に振舞う等しい権利を持った自由な主体、そんな前提の成立しない世界において、近代という考え方の枠組み自体が無効になる。人の心は非合理的であり、人々の権利は制限され、自由の基盤すら存在しない。そんな世界における人々の思いとは、端的に言えば間違いなのだ。

「そんなの・・・違う・・・」

 間違った事を望むのだろうか、それとも望んだ事を間違いだとされるのであろうか。リリトは頭を振る。

 確かに、この地域が自立できないことは間違いないだろう。ユーラシアからの支援を受けて行かなければ、市民生活は立ち行かなくなるだろう。だから独立は間違いであり、それを望むことは愚かであり、それを正さなくてはならない。

 自分達が今からやろうとしていることは、そういう事なのだ。だがそれは、リリトの憎む傲慢さだった。

「ほら、降りるよ」

 カシアに言われて顔を上げる。いつの間にか基地に着いていた。物資の搬入や整備は一通り終わっているのだろう、トレランシアの周囲は静かだ。ユンディとタルハが手を振っている。

 トラックを降りるとき、アレナが声を掛けた。出撃がいつになるか分からないから、六人でミーティングをしておけと言う。ユンディとタルハは、顔を見合わせてため息をついた。また、リリトが何かをしたのだ。

 食堂を使うわけにも行かないので、カシアとユンディの部屋に集まる。パイロットでない二人は、相部屋だった。めいめいに腰を掛けると、誰が話を切り出すのを待つ。ユンディが口を開いた。

「何やったかは、聞かないわ。それより、何にイラついてるの? リリトは」

いきなり核心に切り込んだ。彼女としても、リリトの最近の言動は気になっていたのだ。全員のうかがうような視線がリリトに集まる。目を伏せたままリリトは言う。

「どうして、平気でいられるの?」

 カオシュン以降、自分が置かれている状況も、自分が目にする事も耳にする事も、全てが今までとは違った物になっている。それに対して、何の疑問も無く順応できていることの方がおかしいのだ。

 軍に入るための訓練をアカデミーでやってきた、などという行動のレベルではなく、もっと精神的なレベル、心情的なレベルで戸惑うことは無いのか。リリトはそう問いかけた。

 イェレは視線を落とした。アカデミーでは最終的に「慣れ」で済まされる問題、敵を殺すことや味方が死ぬこと、に直面し彼自身強い衝撃を受けていた。それこそ食事がのどを通らないというレベルで。

 それを慣れるのではなく、正面から捉えて考えろ、そう言うことなのだろうか。死と隣り合わせの場で、死に慣れるのではなく、死と向き合えるだけの理由とは何か。イェレは視線を彷徨わせる。

 目の端でユンディが肩をすくめた。

「それは、表面的な事でしょ。私が聞いてるのは、リリトの中の話。最近、変よ」

「何が変なの!? 私はただ・・・」

「そうやってすぐ食って掛かる」

 リリトは言葉を飲み込んだ。ユンディは、言葉を選びながら続ける。

「その・・・何なのかなぁ、リリトが何かにイラついてて、周りに当たってるってのは分かるのよ。でも、なんか、そのイラつき方がさ、ネガティブじゃないんだよね。何だろう、熱血ってったら変なんだけど・・・楽しいでしょ、今?」

 リリトは横を向く。ユンディの感覚は、他の四人にも何と無く分かることだった。不正とか、横暴とか、抑圧とか、そういった感じのものにリリトは激しく反応している。そしてそれを共有しない自分達に苛立っている。

「勝手なこと、言わないで・・・」

 リリトは立ち上がる。ユンディもカシアも、自分ではよく分からない感覚にいきなり肉薄してくる。なぜだか恥ずかしくなって、リリトはそのまま部屋を出て行った。イェレがそれを追いかける。

 ユンディとカシアが顔を見合わせたとき、タルハは気付いたように声を出した。

「お前は、追いかけないのか」

「え・・・あぁ、考え事してた」

 フィジェはそう言うと、ヒューから渡されていた資料を読みながら部屋を出て行く。三人はもう一度顔を見合わせた。

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