Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第九話  既定路線

 夜は白み始めたが、まだ太陽は地平線の下にある。星の数が徐々に減っていく空を見せていたハッチが閉じられ、トレランシアの船体が微かな振動を始めた。日の出とともに作戦が開始される。

 既に整備員の大半はMSデッキから退避し、MSはアイドリング状態になっている。パイロットは現在、最後のブリーフィングを行っていた。MSデッキを臨む休憩室で、カシアは紙コップのコーヒーをすすっていた。横にいるのはユンディだけだ。

「ダーリンはあそこ。リベルの調整をギリギリまでやりたいって」

 見ると、デッキに残っていた数人の整備員の中に彼がいる。防音ガラスがはめられているのでデッキの音は聞こえないはずなのだが、アジズの怒鳴り声は聞こえてきそうだ。ユンディはカシアに視線を向ける。

彼女は腕時計を確かめると、五分したら行くと言う。そして紙コップに口をつけた。

「リリトの事さ、色々と知らなかったんだなぁ、ってね」

 カシアは、問われるとはなしに言った。ユンディは視線を向けることなく、耳だけを傾ける。

 戦時特例が無いので、アカデミーは三年間だ。入学して半年でコース選択があるため、リリトとの付き合いは二年半ほどという事になる。一番仲の良い友人だと思っていた。農業技術者の両親とともにプラントを転々としていた彼女にとって、両親同士が同僚で一緒にプラントを巡っていたイェレを除けば、最も長く付き合った友人でもある。

 それだけに、リリトの今の不可解さがもどかしい。今まで知らなかった彼女の激情に、戸惑いを覚えていた。何より、その理由がつかめない事が不満だった。

「そういうの、表面的な付き合いって言うのかな・・・」

 きっと、このような状況に投げ込まれなければ、考える必要もなかった事だ。ただの学生時代の友人として、職場が離れればそれなりに疎遠になり、それっきりの関係で終わっていただろう。それを、情けない事だと思う。

 友人だと思っていた、その自分の気持ちそれ自体が薄っぺらなものだと自覚させられた。リリトは、どう思っているのだろう。

「奇貨おくべし、よ」

 ユンディの言葉に、カシアは視線を向ける。彼女は、自分達全員が、学生時代の事を含めて互いの関係を見つめなおす良いチャンスだといった。

「あんたら四人もさ、そろそろツルむだけじゃいられないでしょ」

 そう言って視線を向けるユンディから、カシアは目をそらす。その言葉は意味深だった。紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に投げ入れる。

 MSデッキを見ると、パイロットたちがタラップを昇っていく。ブリーフィングが終わったらしい。トレランシアの発進ももうすぐだ。カシアはブリッジに戻ろうとした。彼女はその目の端でフィジェの姿を捉えてから、休憩室を後にする。

 彼女を見送ったユンディは、デッキに見慣れない人物を見つけた。服装からすると現地の人であろう。その人物は真っ直ぐグラティアに向かっていた。そのコクピットにはリリトが潜り込んだところだった。

 彼女は立ち上がった計器類をチェックして出撃に備える。作戦は敵の主力部隊に対する先制攻撃。ムスリム・ペルシャ共和国から供与されたMSが中心となる部隊であるらしい。しかも、例の翼付きが現れる事もほぼ間違いなかった。

「作戦には参加するのね」

「・・・個人的な主張を展開するほど人員に余裕はありません」

 リリトは顔を上げて冷たく言った。自治政府の部隊との調整のために来ていたコニールがコクピット前のキャットウォークに立っている。

 作戦の是非について、自分が何を言っても変わらない。ただ自分が出撃しないようなことになれば、その分イェレやフィジェへの負担が増す。彼らに迷惑を掛けたくはなかった。ガルナハンの防衛や独立を巡る思惑より、そちらの方がはるかに重要だ。

 コニールは視線を横に向ける。ウェルガーの三番機にタラスが乗り込むところだった。彼女は、彼もこの街の出身だという。

「彼も私も・・・裏切り者なのよ、ここでは」

 ガルナハンを含むクルディスタンの抵抗運動は、連合とザフトの戦争中にも続いていた。彼女らはその武装闘争に参加するゲリラだったのだ。特にタラスは両親を早くに亡くし、ゲリラ組織の中で育っていた。物心ついたときには銃を持ち、十歳の時には鹵獲したジンを操縦するまでになっていた。

 ザフトの支援で一時的に独立し、その後ユーラシア連邦の自治区となった時、彼はコニールとともに自治政府の職員になった。

「そうなるように勧めたのは私なの。もう戦争は終わったのだから、MSに乗る必要なんて無いって」

 しかしコニールはその時から、自治政府が周囲から歓迎されない存在である事を自覚していた。明確なものではないが、感覚として周囲の意識とのズレを感じていたのだ。それでも、クルディスタンの自治を確立させる事が、彼女の目標だった。

 裏切り者の呼び名くらい、甘んじて受け入れる覚悟だった。連合による直接統治下で行われた苛烈な抑圧を知る彼女にとって、せっかく手に入れた前進を手放すという選択肢は無かった。ガルナハンをあのような状況に後戻りさせないためにも、まずは自治を確立しなくてはならないと考えていた。

 経済的な自立や国家運営を可能とする組織の育成は、武装闘争では手に入らないものなのだから。

「彼がユーラシア軍に入ったのも、もともとは警察や軍のシステムを勉強するためだったの」

 自治政府のそういった活動も、市民の批難を浴びるものだった。財政や法律の専門家を招聘する事すら、困難だったのだ。それでも、彼女はそれがこの地域にとって必要な事だと信じている。

 コニールは視線をリリトに向けた。

「何が正しいのかは、はっきり言って分からないわ。でも、正しいと思った事を行わなければ、それは現実にならないの。間違うリスクを冒してでも、信じた事を行わないといけない。それが、覚悟でしょ?」

 そして彼女は問いかける。あなたには、自分の知識や激情を形にするだけの覚悟があるのかと。ただ口先で批難するだけではない、正しい事を行う覚悟があるのかと。

「そのMSの銃口を私に向けてでも、ガルナハンの独立を支持したいというのなら・・・私はそれに立ち向かうだけよ」

 コニールはそういって微笑むと、タラップを降りていく。リリトは口を引き結び、手を握り締めた。その微笑みは、ガルナハンに対してなんらの責任も持たないリリトへのものだった。何も知らない子供を微笑ましく思う大人の笑い。

 艦内放送が流れた。トレランシアの発進時刻が告げられる。最後まで残っていた整備員が退避し、コニールもジープに乗り込んで非常用ハッチから外に出て行った。

 

 ブリッジのモニターの一つ、後方を映し出しているモニターには、七機のストライクダガーが映っている。ユーラシア軍の基地に配備されていた全ての機体だ。自治政府の部隊からはザウート二機とウィンダムが参加している。なけなしのMSの全てがこの方面に投入されていた。

 それを見ただけで、ガルナハンの防衛は半ば放棄されていると分かるであろう。独立派の主力が終結しているとはいえ、複数の別働隊も確認されているのだ。だが、僅かしかない戦力で出来る事はこの程度だった。そもそも、トレランシアの作戦目的自体がガルナハン防衛ではないのだ。

 本当の目的がどこにあるのかは不明確であるにしろ、上層部がガルナハン防衛を不可能だと考えているだろう事は、クルーも薄々とは感じているはずだ。そのような戦場でも指揮を取らねばならないとは、因果な商売だと思う。レセディはマイクを取った。

「事前情報通りに敵は終結しています。可能な限り敵戦力を分断し、後方での各個撃破が可能な状況に持ち込んで下さい」

 気の利いたことを言える気分にもならず、ブリーフィングと同じ内容を繰り返した。トレランシアの艦載機を敵の只中に突入させて部隊を分断、ばらばらになった敵MSを後方に控えるトレランシアとMSで攻撃する作戦だった。

 地形的に広く展開しにくい場所ではあるが、敵MSの数は三十機近くあるとの情報だ。MSのスペック差があるとしても、かなり強引な作戦である。引き際の見極めが出来なければ全滅であろう。

 艦から見える稜線に太陽の輝きが見える。トレランシアのカタパルトハッチが、それに合わせる様に開いていく。電磁力で加速されたウェルガーが立て続けに吐き出されていった。リベルとフォルトゥーナに続いて、リリトはグラティアの足をカタパルトに乗せる。

「リリト、気をつけて」

 規定外の言葉を掛けるたびに副長に注意を受ける。しかし、カシアはそれを止めない。アカデミーでOBが言っていた言葉を今更ながらに噛み締める。ブリッジ要員は、パイロットの最後の姿、最後の言葉を受け止めるのだと。パイロットの無事を祈りながら、その最期を受け止め続けなくてはならないのだと。

 ならせめて、自分の言葉を掛けたいと思う。例えただ普通の言葉であっても。遮光バイザーの下のリリトに、笑顔を見せる。モニターの信号が青になり、グラティアは飛び出していく。

 濃密なNジャマーが電波を遮断する。砂嵐になった通信モニターを切って、リリトはペダルを踏み込んだ。今は戦闘に集中する。覚悟など、世界のためにではなく今の笑顔に向けて決めるものだ。

 六機のMSは両手両足を広げて、全身でエアブレーキを掛けながら降下していく。まとわりつく空気が、機体を不規則に振動させる。リベルが射撃体勢を取った。他の五機は機体を丸めて着地のための体勢に移る。

 十一条の光といくつものミサイルが、降下する機体の横を追い越し、同時に地面で同じ数だけの爆発が起こった。逆噴射のGを感じながら、リリトは爆煙の中の動く影に狙いを定める。

 

 ファルトゥーナの左手がロケット弾の嵐を受け止めると、その陰から二機のウェルガーが飛び出す。上空で爆撃体勢を取ったMSをリベルのビームが撃ち抜き、それを守るようにウェルガーがビームサーベルを振るう。

 投擲されたナイフが稼動部分に当り、変形を途中で止められたMSがグラティアに斬り捨てられる。リリトは視線を巡らせた。突入時と比べて、明らかに分が悪い。

 敵部隊のほぼ中央に着地した六機は手当たり次第に攻撃を行った。しかし、ほとんどの敵がパイロットがコクピットで待機している状態であったため、思ったほど奇襲の効果が上がらない。その上、事前情報と比べて敵の数が多い。

 敵の半数ほどは予想通りそのままガルナハン攻撃に向かったが、それでも敵は多かった。しかも配備されているMSは、見た事のない新型だった。

 ワイルドダガーと呼ばれる地上用可変MSを元に、ムスリム・ペルシャ共和国が独自開発したMS・マフディ。四足走行による高速戦闘は、厄介であった。フォルトゥーナの斬機刀がマフディの突進を受け止める。

「空だけでも何とかしてくれ!」

 ビームガンを上に向けて牽制しながらイェレが怒鳴る。火力の増強されたフルストライカーを装備したウィンダムⅡが、ウェルガーと交戦している。飛び上がったグラティアが一機のウィンダムⅡを貫き、振り向きざまのビームライフルが戦闘機の編隊をなぎ払った。

 アレナ機がバランスを崩して落下していくのが見える。フォローに入るタラス機の穴を埋めるように、リリトはグラティアを敵編隊の只中に突っ込ませた。彼女は視野を広げて全体を注視する。

 ビームライフルだけを後方に向けてウィンダムを撃ち抜き、ビームキャノンでミサイルを撃ち落す。ビームサーベルが振り下されるより早く機体を上昇させると、直上の敵のビームをABP装甲で受け止めてグレネードを叩き込む。

 その爆発を利用して一気に降下すると、すれ違い様に二機のウィンダムを切り裂く。着地と同時に投げたナイフは、吸い込まれるようにマフディのバッテリーに突き刺さった。

「マジかよ・・・」

 思わずつぶやいたヒューは、通信機を揺らす声と打ち上げられるビームの奔流に合わせて空を見上げた。太陽を背に、一機のMSが突進してくるのが見える。

「情報通りなんだよ!」

 ウェルガーはシールドを犠牲にする形で翼付きの第一撃を受け止める。だが次の瞬間にはウェルガーの下半身が消えていた。翼付きは、軽く押すような仕草でウェルガーの姿勢を崩して落下させる。

 リリトはレバーを握り締めた。翼付きの視線がグラティアを捉えていたのだ。だがグラティアが身構えるより早く、動いたMSがいた。

「フィジェ!?」

 近距離戦には不向きなリベルが、ビームを振り撒きながら突っ込んでくる。グラティアに視線を向けたまま、翼付きは機体を滑らせる。文字通りの紙一重で攻撃を避けると、ビームサーベルが振り上げられた。

 両腕の肘から先を切り落とされたリベルは、ほとんどゼロ距離からミサイルを放つ。そのミサイルをビームシールドで受け止められたため、リベルは全ての爆風を浴びて機体を吹き飛ばされる。

「無茶すんなって!」

「イェレ! ダメよ!!」

 割って入ったフォルトゥーナは、斬機刀を振り上げたまま右腕を撃ち抜かれる。左手のビームガンを舞うようにかわす翼付きは、グラティアからの牽制を無視するようにフォルトゥーナの左手も破壊した。そして火を吐き続ける頭部機関砲ごとカメラを切り取る。

 バランスを崩して倒れるフォルトゥーナを挟んで、グラティアは翼付きと対峙した。リリトは息を飲み込んで冷静さを保つ。両機ともコクピットは無事のはず、爆発もしていない。

 間違いなく狙ってそれをやっているこの敵に、戦慄のようなものを覚えた。リリトは周囲を見る。タラスとアレナの機体が、ウィンダムの編隊を追撃しようとしている。翼付きの翼が展開した。

 グラティアがビームサーベルを振るうより早く、翼から現れた砲が吐き出す高出力ビームが二機のウェルガーのバックパックを溶かし、タラス機、アレナ機ともにふらふらと降下していく。グラティアのサーベルは空を切り、必殺を念じたビームキャノンはシールドで弾かれる。

 五分も経たないうちに、自機のみとなる。それもたった一機のMSによって。幸運なのは、残っていた数機の独立派MSがこちらではなくガルナハン方面に向かった事くらいである。

 こちらを警戒するようにカメラを向けるだけの翼付きに、リリトは嫌な汗を浮かべた。撃墜ならいくらでも出来る、だから抵抗するな。そう言っている。リリトは最善手を考えた。ここで白旗を揚げれば、翼付きは間違いなくトレランシアを狙う。

 今度は、中性子砲の破壊程度で済むのかどうか。ブリッジは狙わないであろうが、それが艦の安全を意味する事はない。ならばどうするか。

不意に翼付きが動いた。

 後方に放たれたビームライフルがリベルの腰部レールガンを破壊する。リリトは慌ててペダルを踏み込む。

「貴様だけはっ!!」

 フィジェの叫びがコクピットを満たす。だがそれをあざ笑うかのように、翼付きはムーンサルトをきめてリベルの後方に着地する。背部ビーム砲だけでも後ろに向けようとするが、その時にはビーム砲の脱落を示すモニターが点滅していた。

 そして機体全体が傾くと、コクピットに衝撃が走る。右足だけを破壊されていた。モニターには、激しくつばぜり合いをするグラティアの姿が映っていた。

 

 グラティアが最後まで残ったのは偶然ではない。相手の強さを測って動かなかったからだ。しかし、今はそれどころではない。白旗を揚げて仲間の無事を確認したいが、もはやそれを可能とする場ではなくなっている。

 踏み込んで斬撃、それをかわされるタイミングにあわせてビームキャノン、グレネードを煙幕として上昇、真正面からビームライフル。グラティアの圧力を受け流すように、翼付きはふわりと後方に下がる。

 翼付きが、展開したビームシールドの裏からレールガンを放つ。脚部を狙ったそれをPS装甲で弾くと、バランスの崩れを利用して前宙を決め距離をつめる。だが、それよりも早くビームサーベルを振るわれていた。接触するビームサーベルがスパークし、二機は弾かれるように距離をとる。

「・・・強い」

 それが何を意味するのか、考えるのは後だった。機体の性能に関しても、向こうの方が若干上だろう。細かなスペックはグラティアの方が優れているだろうが、おそらく相手が積んでいるのはバッテリーではない。

 Nジャマーキャンセラーを利用した核動力。核爆弾とは違い、動力とするには核反応を維持させなくてはならない。それは技術的にも困難が付きまとい、ザフトでも基本的には採用を見送られている。連合ではNジャマーキャンセラーが動力ではなくミサイルの弾頭に使われてきたため、未だに技術的に確立されていない。

 戦闘が長引けば間違いなく負ける。バッテリー残量計をちらりと見て、リリトはレバーを押し込んだ。その瞬間、ミサイルと異なる不規則な軌道を描く物体が、翼付きから射出される。

「ドラグーンまで!」

 本来なら大気圏内では使い物にならない兵器だが、ビームを発射する誘導ミサイルとしてなら使い道もあるという事だろう。リリトは意識を広げる。ドラグーンを操作する時と逆の要領で、敵ドラグーンの位置を感覚的に把握した。

 純白に輝きだしたグラティアは加速を緩めることなくビームの嵐の中に飛び込み、殺到するデバイスを次々と撃ち落していく。直撃するビームの振動に耐えながら、リリトは翼付きの懐に潜り込んだ。

 ビームサーベルを避けられる事は織り込んでいる。距離をとろうとする翼付きの顔面にシールドを投げつけた。真っ二つにされたシールドが、グレネードの残弾とともに爆発する。

「もらった!」

 爆煙目掛けて撃ち出されるビームは弾かれるだろうが、グラティアには隠し玉がある。小型のスラスターを装備して限定的な操作を可能としたエクステンショナル・アレスターが、翼付きを両側から狙う。

 だがコクピットのモニターに映るのは、エクステンショナル・アレスターのケーブルを掴む翼付きの姿だった。パージのタイミングがあと半テンポ遅れていたら、翼付きのビームにやられていただろう。

 ジリジリと減っていく推進剤、浮遊状態の長時間維持は不可能なのだ。リリトはもう一度手順を練り直す。敵にはまだ戸惑いが見えた。瞬時に撃墜できない敵に慣れていないのだ。その戸惑いが残っているうちに勝負を付けなれれば、機体のパワー差で押し切られる。

 そのグラティアの奮戦、いや翼付きの姿をモニターで追っていたフィジェは、ようやくダメージ箇所に応じた動作プログラムを組み上げる。そして目の前のフォルトゥーナにレーザー通信を送った。

「イェレ! 起きろイェレ!!」

「寝てねぇよ!」

 フィジェはフォルトゥーナでリベルを持ち上げるように言った。疑問を差し挟もうとするイェレを黙らせ、リベルを起動させる。

 ともに肘から先を失った腕で相手の機体の胴体を挟み込み、どうにかリベルを立ち上がらせた。リベルは胴体をスライドさせて、複列位相砲を開放する。フィジェはそのまま機体を上方に向けるように言った。

「フォルトゥーナのバランス維持だけに集中しろ! 狙いは俺がつける!」

「無理じゃね、コレ!?」

 フィジェの気迫にそう言うのが精一杯だった。リベルが通信回線を利用して強引にデータリンクしてくる。イェレは言われた通りにフォルトゥーナを転倒させないようにペダルを調整する。

 モニターに映る照準がぶれる。フィジェは何度も息を吸って、震える手を宥めた。あのふざけた機体だけは、何としてでも自分の手で落とす。そう念じて、モニターを凝視した。

 十字のカーソルが一瞬だけ緑色に変わる。フィジェの集中力は、寸分の狂いも無く引き金を引く。リベルの複列位相砲が上空に向けて発射された。

 

 ムジャヒディンの一機が対MS地雷を踏んで擱座した。頭上の崖で小さな爆発が起こり、崩れ落ちた岩がムジャヒディンを押しつぶす。だが、歓声を上げる者はもはや僅かしかいない。

 最後まで抵抗していたセカンドダガーがマフディに両断され、防衛線は突破される。トレランシアもその報告を受けるのだが、それに処理する暇すらなかった。既に各部から煙を上げている。レセディの堅い声がブリッジを震わせる。

「ガルナハンは!」

「まだ交信があります、落ちていません!」

「フィジェ! 聞こえてるんでしょ、返事してよ!」

「スターム少尉! Nジャマー濃度を考えろ! それより被害状況は!」

「航行に支障はありませんが、艦の戦力は40%を切ってます!」

 直援のMSも無い中、MS相手に艦艇で戦ったのだ。大気圏内運用をも考慮して設計された艦の頑健さには感謝する。だがブリッジの雰囲気は、疲労した心と体を緊張の糸だけで繋ぎとめているような感じだ。汗を拭って気持ちを入れなおす。

 敵の攻撃は峠を越したが、結局いくつかの敵部隊には突破を許してしまった。MS隊からのシグナルが完全に消えていたのは気がかりだが、レセディの手元の時計では十分な時間を稼いだ事になっている。

 奥歯が砕けるのではないかと思うくらいに歯を食いしばっている艦長の手元で、無線のアラームが鳴った。外部からの通信だ。ブリッジの視線が艦長に集中し、通信相手が中央モニターに映される。

 怪我の治療を終えたばかりといった感じの女性、コニール・アルメダが暗い面持ちで言った。

「ガルナハン自治政府と独立派が停戦と統一政権の樹立で合意しました。同時にユーラシアはクルディスタンの独立を承認、連合は外部勢力のクルディスタンへの干渉を非難する声明を発表しました」

 向こうから一方的に切られた通信に、ブリッジは静まり返る。今さっきまで激しい戦闘を行っていた敵と、水面下では停戦交渉をしていたというのだろうか。狐につままれたような表情をしたクルーの中で、艦長はほっと息をつく。

 カシアは表情の緩んだマーカスを見咎めた。

「もしかして・・・知ってたんですか。自治政府と独立派の合意内容」

「!? あ・・・いやそれは・・・」

「スターム少尉、友軍機をロストした場所を特定して。直ちに捜索に・・・」

「だったら何だったんですか、この戦争は!? 全くの無駄じゃないですか! たった半日待てば、戦争なんか起こさずに全部終わったって事でしょ! それをあなた達は知っていた!」

 カシアはその理不尽さに怒鳴った。モニターには、残骸を晒すMSや煙を上げて炎上する車両が映ったままになっている。そこには映っていない人の死も、彼女には見えるようだった。

 戦闘中に混線する無線から聞こえたのは悲鳴と絶叫。艦内通信は救助を要請するダメコン班の怒鳴り声を伝え、艦載機がロストした事を示すランプは点滅を続けていた。戦場を覆うのは、恐怖と苦痛だ。

 それでもなお、その戦場に赴くのは何のためか。命令だから、仕事だから、それは空疎な詭弁だ。その命令に、その仕事に、意義を見出すことなしに、恐怖と苦痛を受け止められるはずが無い。

 世界各地の紛争を解決するための緊急即応部隊、その意義に反する事が今、行われたのだ。起こす必要の無い戦争を起こし、死ぬ必要の無かった人が死んだ。その理不尽さに、カシアは涙が零れるのを感じた。

 リリトの苛立ちは、この悔しさに似た物なのだろうか。

「と、とにかくMS隊の捜索を」

 マーカスはカシアから目をそらし、上ずった声でそう言った。ブリッジの空気は冷え切り、レセディはブリッジの低い天井を仰ぎ見る。

 

 翼付きを飲み込むはずの複列位相砲は、ビームシールドにあっさりと遮られる。タイミングを合わせたはずのグラティアの攻撃も空を切った。翼付きは、追撃を考え付かないほどのスピードで、上空へと飛び去っていく。

 リリトは全身の力を抜いた。翼付きが撤退した事より、イェレとフィジェが無事だったことに安堵する。大破した二機に寄り添うようにグラティアを着地させ、倒れそうな機体を支えた。独立派のマークをつけたMSがガルナハンの方向へと飛んでいくのが見えた。

 アレナのウェルガーから通信が届く。ノイズの向こうから、辛うじてヒューの無事を知らせる声が聞こえた。しばらくすると、バックパックを破壊された二機のウェルガーが歩いて戻ってきた。

「戦闘、終わったのか?」

 イェレの言葉に、リリトも疑問を覚える。敵からの攻撃を警戒する様子も無く、アレナ機は手まで振っていた。ようやく無線が通じる距離までウェルガーが近づき、タラスの不機嫌そうな声が、クルイディスタンの電撃的な独立を伝えた。

 連合の仲介による、自治政府と独立派による統一政権の樹立。リリトは絶句した。タラスは吐き捨てるように言う。

「お前の言ってた通り、国中独立万歳だろうよ」

 いったい、どういうことなのだろう。自治政府は独立など望んでいないのではなかったのか。クルディスタンを自立させるため、ユーラシアとの協調姿勢を保ち国家組織の整備と経済体制の確立を目指すのではなかったのか。

 少なくとも、あの女性はそう言っていた。それなのに、現実は逆の方向に進んだ。連合がトレランシアを送り込んだのも、その目的は独立派を撃退しガルナハンを防衛する事ではなかったのか。この戦闘は、そのために行われたのではなかったのか。だが、現実はそうではない。

「交渉の時間稼ぎ、示威行動、あとは・・・こいつだろうな」

 アレナ機のコクピットにいるヒューがそう言って指を刺す。そこには、破壊されたマフディが転がっていた。

 独立派に対して背後から支援を行っていたムスリム・ペルシャ共和国。独立派との交渉をスムーズに進めるには、その影響力を削ぐ必要がある。最も手っ取り早い方法として、彼らが送り込んだMS部隊に打撃を与えるという方法が取られたのであろう。現にトレランシアのMS隊は、マフディ部隊の大半を引き付け撃退する事に成功している。

 それだけが理由ではないであろうが、とにかくこの作戦の真の目的はガルナハンの防衛などではなかったことは確かだ。クルディスタン独立を巡る動きに関して、連合にとって最も有利になるような政治的状況を作り出すために、彼らが投入されたという事であろう。

 この地域に住む人々が望んだから、独立という結果が生まれたのではない。姿を見せない世界の思惑が、この結果を導き出したのだ。

 リリトは両手で顔を覆う。世界の複雑さは、どこまでも狡猾だ。

 これほど近くにいるのに、世界はその断片しか姿を見せていない。手が届きそうだという思いは、錯覚に過ぎないのだろうか。自分で見た物も、聞いた物も、考えた事も、全ては世界と言う不可解さに飲み込まれて消えてしまうのだろうか。

 それでは、これまでと同じではないか。

 トレランシアが彼女らを発見したのは、夕日が稜線から姿を消すほんの少し前だった。戦闘の影響だろうか、その日の夕日はあまりにも鮮やか過ぎた。

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