Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第十二話 インド洋海戦

 今朝は朝靄がかかっていた。この一時だけは、空気はみずみずしく日の光はやわらかい。開放された上甲板のクルー用デッキには人が出て来ておらず、淡い朝の風景をフィジェだけが見つめていた。

 疲れきった目が湿り気を帯びた空気に包まれる。火照った頭を冷たさの残る空気が撫でる。渇いた肌が潤されていくようだ。

 少しずつ晴れていく靄が、だんだんと遠くの景色を見せていく。一面の砂漠でありながら、決して一様ではない風景。その圧倒的な存在感は、人の感傷には無関心だ。目頭が熱くなる。

 悲しいのか悔しいのか虚しいのか、よく分からない胸の疼きに彼は鼻をすする。もたれかかっていた柵から離れ、艦内へのハッチに足を向けた。トレランシアは今日の昼に出発する。

 塗装し直されたばかりの装甲が朝日に輝いている。就航時と同じ姿を取り戻せたのは、リヤド基地整備員の働きのおかげであり、リヤド基地司令からの精一杯の感謝の意なのだろう。MSの修復も終わり、あとは各パイロットで微調整をするだけでいい。

 短い休暇の終わりであり、次の作戦の始まりであった。次の目的地はマダガスカルである。

 アフリカ大陸の東に浮かぶ大きな島であるが、大陸本土とは違い政情は極めて安定している。再構築戦争後、マダガスカルは南アフリカ統一機構に加盟していたのだが、アフリカ共同体やザフトとの対立を深めていた中央政府とは一線を画し、赤道連合や大洋州連合と独自の連携を進めていた経緯がある。

 ビクトリアとカーペンタリアを結ぶインド洋シーレーンにとっても重要な場所であるため、ザフトも硬軟織り交ぜてマダガスカルとの関係を保っていた。そのため、戦争による被害は最小限にとどまり、また南半球であるためブレイク・ザ・ワールドによる被害も少なかった。

 それらの事から、アフリカでは例外的に政治、経済ともに安定している国である。

「総合ブリーフィング、始まるわよ」

 リリトの声に促されて、フィジェも部屋に入った。主だったクルーは既に着席し、正面のスクリーンには地図が映し出されている。レセディが作戦の内容の説明を始めた。レーザーポインターがインド洋を指し示す。

 レクイエム戦役後、アフリカは群雄割拠の混乱状態に陥っていた。ジブラルタル及び中東域でザフトの影響力が衰退し、北アフリカから紅海沿岸では軍事的な空白が生まれている。ユーラシア連邦にはビクトリアのマスドライバーを維持する以上の力はなく、周辺地域以外への関心は持っていない。

 現在アフリカ大陸には、アフリカ共同体、アラブ連盟に加盟している北アフリカ連合体、アフリカ解放戦線、統一機構西アフリカ同盟の四つの勢力が存在する事になっている。このうちアフリカ共同体はユーラシアとの連携を深めていた。

 一方で南アフリカ統一機構を解体に追いやったアフリカ解放戦線と、南アフリカ統一機構の残存勢力を糾合した統一機構西アフリカ同盟は激しい対立関係にある。しかもアフリカ解放戦線は支配地域を伸張し、アフリカ共同体やビクトリアに迫る勢いである。

「もっとも、これ以外にも軍閥や小国家が林立し、武装勢力だの反政府ゲリラだのが跋扈する大陸だ」

 レセディはため息混じりにそう言うと、作戦の本題に入った。

 連合は、加盟国であった南アフリカ統一機構の解体を事実上黙認している。しかしこれ以上の勝手を許すつもりもない。ましてや、正式な政治勢力としては認めていないアフリカ解放戦線によるアフリカ統一など容認できるものではない。

 そこでアフリカ統一戦線の重要な補給ルートであるインド洋に、トレランシアで睨みを利かせようというのだ。マダガスカルを経由地に、大洋州や赤道連合が支援を行っているという情報であった。さらにその背後には、プラントがいる可能性も示唆されている。

「連合としては事を荒立てたくはありません。あくまでも睨みを利かせるだけです」

 マーカスがそう付け加えた。具体的な攻撃目標、作戦目標があるわけではないということだ。トレランシアの出発時刻が伝達されて、フリーフィングは解散となる。

 ゆるゆると立ち上がったフィジェは周りを見るが、リリトの姿はもう見えなくなっていた。代りに、カシアの心配そうな視線を感じる。

 

 プラント行きのシャトルを手配し終え、男はため息をついた。セプテンベルⅡの本部へ通信を入れるには、専用の通信施設を持つプラントの大使館かジブラルタルやカーペンタリアに行かなくてはならない。Nジャマーによる通信障害は、地球とプラントの意思疎通を確実に阻害している。

 リヤドからそこまで移動する手間を考えれば、むしろここからプラントに戻ったほうが手っ取り早い。一応の成果はあったのだから、戻っても構わないであろう。

「だけどなぁ・・・」

 ホテルの小さな部屋で、男はつぶやく。探していた人物、リリト・フィランディエーレを見つけたまでは良かった。この広い地球で、こうもばったり探していた人物に出会える可能性など極めて低いはずだ。

 だが問題はその後である。彼女は地球連合の部隊に所属していた。本部も軍関係への探りは入れていたのだろうが、それに引っかからなかったという事だ。もちろん、たかが一研究機関がそれほど深い情報網を持っているわけではないが、アカデミー出身の学生が地球連合の部隊に出向しているという情報をつかめないほど無能ではないだろう。

 だとすればその情報は極めて特殊な情報だという事になる。つまり、極めて特殊な政治的理由があるという事であろう。そうであれば、本部もお手上げである。

「上がどう判断するかだな」

 もちろん、地球連合へ出向などさせているということは、軍がリリト・フィランディエーレについての情報を入手していないことであり、それに関しては問題ない。しかし、今後彼女に接触するためには、ある程度の情報を軍に流す事が必要とされる可能性は高いのだ。

 そうすれば研究の方向性に、別の力が加わる危険性が高い。純粋な研究機関としてはあまり面白くない事態を招くかもしれなかった。

 

 カオシュンを出発して以来、久々にデッキが満載状態になっている。修理部材や予備部品のコンテナが積みあがっている様子は、それだけで安心できる光景だ。プログラムのなじみ具合をチェックしたタラスはコクピットから這い出る。

 インド洋上での作戦となれば、海に入る可能性もある。水中戦が可能な汎用性は有していないにしても、着水には耐えられるように機体を調整しておかなくてはならない。機体本体も防水・防塩処理が施されている

 視線を向けると、リベルのコクピットは相変わらず閉まったままだった。シミュレーションを延々と続けているのだろう。

「あれは何なんだ」

 タラスは近くにいたユンディに聞く。彼女は深く息をついて首を振った。

「あれを含めて、赤の他人でも分かるぞ。お前らの関係が悪化しているのは」

 彼が指差すグラティアでは、リリトがイェレと何かを言い合っている。ユンディはもう一度首を振った。わざわざ指摘を受ける必要もなく分かっている事だ。しかし対処法までは分からない。

「無関係ってか。コーディネーターの個人主義って奴だな」

「いいえ、若者の普遍的な悩みです」

 こういう時にコーディネーターを引き合いに出す必要はないと思う。ユンディは努めて冷静な口調で言った。無関係であるわけがない。

 だが学生時代の友人関係に、強制的な関係再構築を迫られていることは事実であろう。お互いの過去を見据えて新たな関係を構築する。言葉でいえば一言だが、それを形にするにはどれだけの言葉を費やさねばならないのだろう。

 ましてや、リリトに至ってはその過去にすら触れさせない。あの背広の男は、なぜリリトを探していたのか。それすら分からないのだ。イェレは、リリトの剣幕に肩をすくめる。

「でもさ・・・」

「だから関係ない! 私にも、あんた達にも!」

 あの日、リリトを探していると言った背広の男はトレランシアにまでついて来た。結局は警備員によって連れて行かれたが、その男はリリトとの話を求めていた。彼女は人違いの一点張りでそれを無視していたが、男の持っていた写真は間違いなくリリトであった。何より、あの男が去った後もリリトの様子は変なままだ。

 何か言おうとするイェレを拒絶するように、グラティアのハッチが閉じられた。彼女の姿まで、見えなくなってしまう。

 

 アラビア半島の上空を離れたトレランシアは高度を海面ギリギリに下す。艦底部から数本のワイヤーが海中へと垂らされた。専用のソナーだ。電波はNジャマーによって阻害されるが、音は無関係である。そのためレーダーの使えない現在、洋上での索敵はソナーによって行われるのが一般的である。

 普通に飛行するのに比べて速度が低下することは否めないが、遠方の敵を発見できるという利点には代えられない。CICでソナーの使い方を教わるカシアは、ヘッドホンからの音に意識を集中させる。

 そうやって集中できる別の事があるのがありがたかった。

 フィジェは相変わらずの様子である。掛ける言葉も見つけられず、ただ無理をするなと食事や飲み物を持っていく事くらいしかできない。その上、リリトの様子も妙だ。変な男が尋ねてきたという話はイェレから聞いたが、詳しいことは話してくれないでいる。

『何か、いっぱいいっぱいよね・・・私達』

 自分もイェレも、相手の事を考えているというより、友人の知らなかった一面を垣間見て戸惑っているというのが正直なところだ。そういう意味では、相手に構っているというより、自分自身のことに手一杯という感じだった。

 そうやって相手の事を構う振りでもしておかなくては、居ても立ってもいられない。カシアは頭を振った。

「ソナーは一種の職人芸の世界だからな、すぐには分からないさ」

 使い方を教えてくれていた先輩の声で、現実に戻った。考え事をしていた事はバレなかったようだ。代わりにヘッドホンをつけた先輩の表情が暗くなる。そして他の人達に目配せした。

 カシアには熱紋照合の準備をさせる。CICの緊張感が高まった。聞こえた音は一瞬であったが、モニターにはその音の波形データが映され、様々な波形データとの照合が行われていた。

 先ほどから聞こえているのは遠くを航行中のタンカーのスクリュー音であるが、それとは別の音が混ざったのだ。息を詰めるような静寂の中でデータの照合作業が行われる。しかし次の瞬間、ヘッドホンのセーフティが発動するほどの大音響が響く。モニターの波形データは大きく乱れ、熱紋センサーが遠方での熱源を捉えた。

「ミサイル!? 距離は!」

「待って下さい、計算が・・・でます! 南南東に五十キロ!」

 ミサイルの着弾位置の推定は、丁度タンカーの航行域に重なっている。そのタンカーに対して攻撃を仕掛けた者がいるのだ。

「どちらが敵、かしらね」

 いつの間にかブリッジに来ていたレセディは、固い表情でそう言った。トレランシアはマイクを引き上げ高度を上げていく。MS隊に発進準備の命令が発せられた。

 

 バックパックの翼に増槽が取り付けられる。限定的ながら揚力を生み出したり、安定翼として働きをしたりするが、基本的にスラスターの推力で強引に浮かぶMSにとって、翼はその程度の使い方しかない。

 敵との距離とトレランシアの速度を勘案しても、交戦域に突入するまでに増槽は使い切ってしまうかもしれない。カタパルトの仰角を最大にして、耐G限界ギリギリでの射出を要請する。

 近隣の連合基地や地方政府からの事前情報では、当該海域での公式な作戦行動は存在しないという。ならばそれは、海賊行為でありテロ活動に他ならない。連合の緊急即応部隊として看過できる事態ではないのだ。

 ゾーリンと呼ばれる連合のサブフライトユニットに乗ったリベルが先行する。機体重量の関係で飛行が不得手な事と、砲撃仕様であるため少しでも安定的な足場が必要だからだ。グラティアのコクピットの中で、リリトは息を吐いた。突然、接触回線が開かれる。

「リリト、フィジェのフォロー頼む。フォルトゥーナでの空戦じゃ、自分の事で手一杯だと思うから」

「・・・ええ」

「フリーダムが出てくるって決まったわけじゃない、でも・・・」

 何か言いかけて回線が切れる。フォルトゥーナがカタパルトに設置された。リリトはレバーのグリップを確かめるように握りなおす。

 東アジア西部とユーラシア西部で交戦した謎のMS。連合もその背後関係を追っているというテロ集団のMSだ。その形状から『フリーダム』と呼ばれるMSと、『アークエンジェル』と呼ばれる空中戦艦からなる集団であるが、各地の紛争でその姿が確認されている。

 公式な声明のようなものを発せず、ただ各地の民族紛争や独立戦争に介入し、各国の軍と交戦しているという。南アフリカ統一機構の解体とアフリカ解放戦線の勢力伸張には、彼らが深く関わっているらしい。

『コーディネーターの豊かな未来、私達はそのために立ち上がります。ナチュラルの輝ける世界、私達はそのために戦います。世界を二分する者を討ち、未来を一つに定める者に抵抗します。人々の融和と世界の平和、私達はそのために・・・』

 ミーティングの資料の中にあった、その組織の数少ない声明文の一節だ。リリトは舌打ちをした。

 子供の作文のような声明文。イミテーションの美辞麗句を並べただけで中身のない文章。もしそれを狙ってやっているのだとすれば、あまりにも悪趣味な犯罪組織であろう。そしてそれが、狙ってやっているのではなく心の底からそう思っているのであれば・・・

「認めない」

 リリトは一言つぶやいた。善意の犯す罪は、悪意に基づく罪よりなお罪深い。

善意に「犯された」者は、苦しみを「罪」と背負って生きていく。罪を犯す者が救われ、被害を受けた者が罰を受ける。それが善意の犯す罪だ。

 その罪を犯す者の常套句が、「みんなのため」「世界のため」「未来のため」だ。それを語るものはその後に続く言葉の事など考えない。考えないくせに、その言葉通りの事を実行する。

「リリト、その・・・」

 カシアの声で我に返った。グラティアはカタパルトに移動している。画面のタイマーが、リリトのタイミングで発進可能な時間を刻んでいる。三十秒以内ならいつでも発進できる状態だ。

 リリトは大きく息を吸った。

「・・・グラティア、発進どうぞ」

「リリト・フィランディエーレ! グラティア、出ます!!」

 急激な加速に歯を食いしばる。視界が一気に広がり、機体は青空へと突き進んでいく。

 カシアが何かを言おうとしていた。何を言おうとしていたかは分からないが、自分のために何かを言おうとしてくれていた。それで十分だった。

 

 湧き上がった水柱が、次は豪雨となって降り注ぐ。海水に煙る海の上で、タンカーは大揺れに揺れていた。ミサイルの数を考えると、かなりの数の敵に攻撃を受けていると判断せざるを得ない。視界のなくなったブリッジでは、それでも索敵を行う。

 だが公海上でこれだけ攻撃を行うには、それ相応の艦隊が必要となるはずだ。そのような事前情報はなかった。なかったからこそ出港したのだ。満載された食糧、燃料、弾薬は間違いなく届けなくてはならない。

「機関最大、取り舵二十! セーシェルの領海を目指せ!」

 艦長の声にクルーが慌しく動き出す。だが、ようやく晴れてきた視界の中に広がるのは青空だけであった。敵の姿が見えない。熱紋センサーが捉えたのは、ほぼ真上にいるデータ不明の熱源が二個だけであった。

 その熱源は徐々に高度を下げながらも、行動のそぶりを見せない。光学カメラの捉えた映像は、赤と青のMAのような機体であった。

「もっぱつ撃ち込む?」

「勝手に」

 その二機、チーシャーレンとチンシャーレンの中で二人のパイロットはやる気のない声を出す。彼らの目的はタンカー襲撃ではない。このタンカーを攻撃すれば、彼らが探している相手に出会える可能性があるのだ。

 そのため彼らが注意を向ける方向は、海上ではなく自分達よりはるか上空だった。彼らが探しているMSは、単独での弾道飛行を可能とすると言われている。だからいつも、真上から現れるのだ。

 しかし、そんな彼らの期待を裏切るように、タンカーに近づく熱源があった。数は六、ライブラリーにも入っている機体だった。インはつまらなそうに言う。

「外道がかかったわ」

 視界にタンカーを捉えたヒューのウェルガーは、同時にセンサーが機影を捉えている事に気付いた。東アジア西部でトレランシアに攻撃し、翼付きと交戦していたという謎の機体と熱紋が一致している。

 周囲に他の機影がないことから、タンカーを攻撃したのはその二機で間違いない。だがその後に攻撃を行った様子もないのだ。ヒューは信号弾で注意を促すと、タンカーにも発光信号を出す。

 全速で航行しながら信号に対して反応を示さないタンカーに、ヒューは舌打ちをする。

「タラス。タンカーも敵かもしれん、接触するから牽制頼む。アレナは三人と上を見張ってくれ」

 連合の緊急即応部隊と名乗ったこちらを無視しようというのである、ただ攻撃を受けただけの被害者ではないだろう。攻撃される理由があるという事だ。そうなると、上空の二機は敵ではないという事になるが、それほど単純な事態でもないだろう。

 上空の二機のうち一機が動きを見せた。イェレはその機体をモニターで確認する。

 八つの立方体で一つの大きな立方体を形成したような真四角の機体。八つの立方体の中央部に、辛うじてMSらしき形が見える。両肩の前後、両足の前後に立方体が接続された形だ。

 一つの立方体は一辺がMSの身長より少し短いくらいであるため、全高は普通のMSの倍近くあるだろう。全身を青で塗られたその機体は、左足前部の立方体の一面を開放する。

 反射的にフォルトゥーナのビームシールドを展開した。同時に衝撃が機体に伝わる。立方体にはビームの砲門が無数に開けられていた。ビームの圧力から逃れるように移動し、反撃を試みる。

 だがそれより早く別の立方体の一面が開放され、文字通り無数のロケット弾が殺到した。イェレは叫ぶ。

「玩具かよ!」

 PS装甲に任せてロケット弾の渦に飛び込み、爆炎をかき分けて斬機刀をふるった。受け止められた手ごたえに機体を後退させると、爆煙を吹き飛ばすようなビームの奔流が通り過ぎる。

 立方体の一つの面からビームサーベルを持った無数の手が伸びていた。あまりにふざけたそのMSに、イェレは冷静さを保つようにビームガンでの牽制を入れる。リベルの体勢が整ったのを確認すると、支援砲撃を受けて距離を詰める。

「バーカ、相手にしてんじゃ・・・」

 チーシャーレンのコクピットでそうつぶやいたインは、同時に機体を半回転させた。高周波振動する腕がビームサーベルを弾いている。初撃を受け止められて、リリトは舌打ちをした。

 全身を赤く塗られたその機体は、多角錐二つを砂時計型に接続したような胴体に、蛇腹状の手足を持っている。アンチビームコーティングされた手足は高周波振動を行い、装甲切断機として使用できる。さらにその先端には、ビーム刃を発生させる鉤爪と小型のビームガンが仕込まれていた。

 カマキリの頭に尖った耳をつけたような奇妙なデザインの頭部が不意に光る。アンチビームのシールドにダメージを受けた事が示された。巨大なカメラだと思った部位は、レーザーキャノンだったのだ。

 リリトは二度目の舌打ちをしてグレネードを発射した。その煙を煙幕に距離を取ると、敵の間合いに入らないように細かくビームライフルを撃つ。

 しかし振り回される手足に、ビームがことごとく弾かれていく。

「! 速い!?」

 相手の急接近に後退のタイミングが合わない。間合いに入られる手前で、ギリギリ距離を取ったつもりだったが、敵は足を伸ばしてきた。しかもそれは、元の長さの二倍近くになる。シールドに爪を引っ掛けられた。

 多角錐の側面のハッチが開き、ビームサーベルを発振させる手が飛び出してくる。足がたくさんある虫のようにワシャワシャ動くそれが、グラティアを切り刻もうとしていた。リリトはペダルを踏み込みレバーを押し込んだ。

 急噴射したスラスターが、引き寄せられる速度より速くグラティアを接近させる。純白に切り替わったグラティアの装甲がビームサーベルを弾き、発射されたエクステンショナル・アレスターが敵の背後を襲う。

 それをかわしたチーシャーレンにグラティアは連続攻撃を仕掛けていく。それを邪魔したのはチンシャーレンからの流れ弾であった。

「ありえないだろ!」

 フィジェはそう怒鳴りながらリベルの六連ビーム砲を連射する。だが、敵の手数ははるかに多い。

 八つの立方体のハッチが何度も開閉し、その度にビームやミサイル、機関砲にレーザーキャノンやリニアガンと無数の武器が飛び出してくる。接近すればしたで、腕やスレイヤーウィップが現れてフォルトゥーナの攻撃を凌いでいく。

 着水してホバーで水面を走りながら、チンシャーレンは色とりどりに砲火を打ち上げていた。フォルトゥーナが増槽を投棄する。トレランシアは接近しているが、それほど長く戦えるわけではない。

 その時、トレランシアからの信号弾が見えた。新たな敵の接近と、その位置を知らせる信号弾。リリトは視線を海に落とす。青と緑が複雑に混ざり合った海面の色の中に、黒い影が見える。

 その影はだんだんと大きくなり、何かが浮上してくる事を知らせていた。

 

 アレナ機が投下した爆雷が水柱をあげる。それをバックにして、巨大な艦影が海面に現れる。白を基調にして赤と青で飾られた艦体、突き出した二本の足のようなパーツが特徴的なそのフォルムは、大天使の名にふさわしい優美な姿だった。

 浮上と同時に振りまかれる対空砲火に、アレナはウェルガーを後退させた。赤外線追尾ミサイルをフレアで撹乱し、ビームの射線から逃れる。その艦はそのまま離水し空中に浮かんだ。空中戦艦と潜水艦の双方の機能を持ったバケモノ艦である。

 後退するアレナ機とすれ違うように、真っ赤な機体が急降下してくる。

「艦の方は潰してオッケーよね!」

 チーシャーレンが対空砲火をもろともせずに艦に襲い掛かる。だがその前に白い影が割り込んだ。

「MSも潰してオッケーだぜ!」

 航跡を残しながら滑るように海面を走るチンシャーレンは、味方機の存在など無視するように四つの立方体の上面を全て開放させて、ありったけの武器を発射する。しかし、その攻撃は艦にすら届かない。

 チーシャーレンの攻撃を凌ぎながら、チンシャーレンの攻撃を阻止する白いMS。翼付きのそのMSはこのように呼ばれていた。

「フリーダム!!!」

 事態の急変に動きを止めていたフォルトゥーナの横をリベルがすり抜ける。その全ての砲門は翼付きに向けられていた。

 そのリベルの姿をカメラが捉え、カシアは思わず声を上げる。レセディはそれをたしなめると、大きく息を吸った。双方の艦は既に目視可能圏内に入っているのだ。相手からの攻撃がないのは、欺瞞なのか余裕なのか。

 おそらくあの艦は、タンカーの護衛を行っていたのだろう。ならばあのタンカーは、連合から見れば敵ということになる。謎のMSは不確定な要素であるが、どうやら目的はフリーダムとアークエンジェルであるらしい。レセディは吸った息を一気に吐き出すように指示を出す。

「ウェルガーファーストとサードはタンカーの臨検。抵抗があるようならブリッジ制圧も許可する。ウェルガーセカンドはリベルとともに不明艦への攻撃。足さえ止めればどうにでもなる、メインスラスターを狙って。フォルトゥーナとグラティアはフリーダムを止める。謎の機体は無視しろ!」

 信号弾と発光信号が、ノイズ混じりの無線を補うように明滅する。レセディはその勢いのまま中性子砲の準備をさせた。今のNジャマー濃度を考えれば、かなりの射程を稼げるはずだ。

 しかし、その指示を出すまでの僅かな間にも、状況は動いていた。チーシャーレンが弾き飛ばされる。

 それを横目に見ながらリベルが特攻した。ビームとレールガンが乱射され、回避コースを潰すようにミサイルが発射される。ミサイルを切り払いながらリベルの攻撃をいなす翼付きは、腰のレールガンを真下に向けてチンシャーレンを狙う。

 立方体の一つが発生させた半透明の膜がレールガンを受け止めると、その十倍の攻撃が撃ち上げられる。しかし翼付きは腕のビームシールドを最大限に広げて、流れ弾までをも弾いた。その隙を狙うように、リベルの複列位相砲が放たれる。

 だが次の瞬間に見えたものは、肉薄する翼付きの姿。グラティアからの牽制を無視して、翼付きはリベルの腕を奪った。

「フィジェは下がって!」

 聞こえるかどうか分からない通信機にそう怒鳴りながら、リリトはペダルを踏む。気まぐれのように発射されたドラグーンを切り払うと、煙幕が張られた。煙から抜け出したリリトが見たものは、斬機刀を弾き飛ばされるフォルトゥーナの姿。

 さらに信号弾を打ち上げて墜落していくアレナ機も見えた。リリトは沸騰しそうな頭を宥めて、慎重に翼付きに対処しようとした。翼付きにしつこく絡むチーシャーレンの動きを見ながらチャンスを探す。

 だがそれを邪魔するようにリベルが突っ込む。リリトが声を上げるより早くリベルの背部ビーム砲が撃ち抜かれた。助けに入ろうとするフォルトゥーナを制して、グラティアを突撃させる。フィジェがじっとしていないなら、自分から動くしかない。

 チンシャーレンの間断のない砲撃を掻い潜り、チーシャーレンの変則的な手足の動きをかわしながら、グラティアは翼付きに肉薄する。

「壁にもならない!!」

 ドラグーンの群れをすれ違い様に全滅させると、シールドを両手で持って腕の関節を軋ませつつ大上段から振り下ろす。グラティアの意外なその攻撃に翼付きは対処できず、一気に高度を下げた。

 だが畳み掛けようとするグラティアの目の前で、翼付きは待ち構えていたリベルを逆に切り刻む。急上昇してきた翼付きの剣撃を受け流し、後ろに抜けようとする動きをエクステンショナル・アレスターで牽制するが、反対にケーブルを切断された。

 リベルの撃墜に動揺したのを見透かされたように、翼付きが猛攻を仕掛ける。たまらずに距離を取ると、すかさず翼付きは艦を攻撃していたフォルトゥーナのバックパックを切り落とした。

 デジャビュのようなその光景に、リリトは歯噛みをする。

「切り札、オープン!」

 グラティアの通信機が混線した無線を拾った。視線を落とすと、チンシャーレンが立方体のハッチを開いている。リリトは装甲をいつでも切り替えられるように身構える。急旋回する翼付きに狙いを定めるように、ミサイルが発射された。

 ただのミサイルであるはずがない、そう思った瞬間ミサイルが弾ける。とっさにPS装甲に切り替えるが、全身にダメージを報せる警報が鳴った。カメラの映像も激しく乱れている。

 ミサイルの弾頭に仕込まれていた化学物質が、装甲と激しく反応を起こしている。直撃を受けた翼付きが海に没したのが見えた。

 混線した無線から勝利の笑い声が聞こえたとたん、チンシャーレンが八つの立方体に分割される。回復しきらないカメラは、手足を失って墜落するチーシャーレンを辛うじて映していた。

「水で!?」

 化学物質を洗い流したと理解した時には、目の前に翼付きがいた。使用可能だったビームキャノンを撃つがあっさりと回避されて頭部を破壊される。そして機体バランスを崩されると海に叩きつけられた。

 緊急用浮上バルーンだけは壊さない見事な手際に、リリトは呆然とせざるを得なかった。

 悠々と飛び去る翼付きはタンカーの救助に向かうのだろう。

 

「アントレランス、充填87%です」

「構わないわ! ・・・ってー!!」

 タンカーを臨検していたウェルガーを一蹴した翼付きを収容した艦に、中性子砲が放たれる。だが寸でのところで、その艦は海中へと消えていった。ありったけの爆雷を投下したいところであるが、付近には救難信号を出す味方の機体が浮いている。

 レセディはシートの肘掛を何度も叩いた。艦の足止めは可能な頭数だったはずだ。それがものの見事な全滅である。

 タンカーを捉えられないならせめて撃沈したいところであるが、タンカーはセーシェルの領海に入り、セーシェル政府が正式な書類でタンカーの保護を申し立ててきた。もはや現場がどうこう出来るレベルではない。

 おそらくセーシェルやマダカスカルは、赤道連合や大洋州などからアフリカの反連合組織への密補給ルートの重要な避難地となっているのだ。完璧な証拠を先に提示しない限り、領海内の艦船への臨検は認められないであろう。

「セーシェル政府の責任に基づいてタンカーを調査し、連合本部へ報告する」

 その通告は、トレランシアがインド洋での密補給ルートに睨みを利かせるという今回の作戦が上手く行かなかった事を示していた。インド洋に潜む大天使が居る限り、連合といえども手は出せない。そう印象付けてしまったのだ。

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