Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第十四話 リベンジ

 甲板上から自動小銃の射撃が続いている。外部スピーカーで何度も警告しながら、ウェルガーが甲板へと降下していく。スラスターの突風に自動小銃を撃っている人間が吹き飛ばされた。ライフジャケットのオレンジ色が海面に浮かび、ビームライフルがブリッジに突き付けられた。

 輸送船の機関が停止し、ウェルガーが信号弾を上げる。合流したトレランシアから陸戦隊が輸送艦に乗り込み、クルーを拘束していく。自動化の進んだ今の船では、拘束する人間も多くはなかった。

「とは言っても、だ」

 作戦海域に到着して一週間、これで二隻目の拿捕であった。予想外の多さだ。GPSもレーダーも使えない現在、外洋の航海は海図と天測を頼りとした大航海時代レベルの航海になっている。船の能力向上で、遭難という事態を招くことはないが、Nジャマーの影響が現れてからまだ十年弱であり、人が持つ航海術はもっと前のレベルに低下している。

 そのため、決まった航路を利用する船が多く、網は張りやすいと言えた。それでも、最初の一週間で二隻という成果は、アフリカ解放戦線への物資補給がどれほど多いかを物語っていた。

 しかし、面従腹背とはいえマダカスカル政府も表立って連合と衝突する気などない。輸送船が提示する政府書類を、こちらからの要求通りに黙殺してくれている。

「ダガーシリーズの共有部品に、スラスター燃料ね・・・」

 拿捕した船の積荷を確認するため、整備班も動員されている。目録を作りながら、ユンディがあきれたように言った。トレランシアにも欲しいくらいの物資だ。船と積荷は、連合本部からやってきた職員が封印を施してからマダガスカルに移送され、それからセイロン島の連合軍基地に移されるということになっていた。

 没収する側としてはありがたい話かもしれない。レクイエム戦役の後は、各国とも復興に予算を重点配分していることから、軍事予算は削減の傾向にあるのだ。連合軍の基地も統廃合され、規模も徐々に縮小されている。

 新品の正規部品と燃料がタダで手に入るのだ、基地としては助かる事だろう。これだけの物資、一体いくらくらいの額になるのだろう。ユンディは目録を職員に手渡しながらそんな事を考えた。

 甲板のウェルガーがスピーカーで呼びかける。

「トレランシアのクルーは、直ちに艦に戻れ。B班も敵と接触したらしい、トレランシアはクルーを収容しだいB班の支援に向かう。なおこの船の護衛はウェルガーサードが行う。エリクセン少尉、後は頼む」

 コンテナルームが慌しくなった。整備班と陸戦隊が撤収を始める。ユンディも駆け足で甲板に向かう。真っ青な空と真っ白な太陽に目を細めた。

 クルーの撤収作業を手伝っているフォルトゥーナは、居ても立ってもいられないという雰囲気だ。B班は、グラティアとリベルがウェルガーセカンドと一緒に組んでいるチームであった。

 

 海面スレスレを飛んでいたウェルガーが急上昇する。海中に投じていた機器を吊り下げるケーブルが切断された。海の中から攻撃を受けたのだ。一瞬見えたシルエットから、ゾノと判断する。

 アレナは手持ちの爆雷を数えて舌打ちをする。そして信号弾を打ち上げ、通じるかどうか分からないまま無線を開いた。

「船は囮だ! 八時の方向十キロに輸送潜水艦がいる!」

 海中から撃ち出されたミサイルをかわすと、爆雷を投下する。動き回るゾノに当るとは思わないが、少なくとも敵の視界を一定時間遮る事は可能だ。次々に上がる水柱が、淡い虹をかけた。

 航行中の船を停止させようとしていたリベルとグラティアは、信号を受けて目標を変更する。その船が甲板を開放させた。そして、鈍い音ともにムラサメが垂直に射出される。変形機構を改良し、よりコンパクトな形になれる新型だ。船の大きさには似合わず、三機も搭載していた。

 空中で飛行形態になった三機が突っ込んでくる。リベルとグラティアは散開した。

「フィジェは潜水艦を! 実弾じゃないと攻撃できない!」

 リリトはそう怒鳴って、ムラサメの編隊に向かう。リベルを追おうとしたムラサメに牽制のビームライフルを放つと、バックパックのビームキャノンで向かってくるミサイルを薙ぎ払う。

 爆煙を避けるために上昇したムラサメの後を追って、グラティアも上昇をかける。だが航空機形態のムラサメの方がスピードで上回った。距離を取られたグラティアは、急降下してくる三機の波状攻撃を受ける。

 ABP装甲を発動させて、実弾攻撃はシールドで受け止める。その圧力に高度を落としながら、グラティアのサーベルは最後尾の一機を捉えていた。

 右翼とスラスターを切断されたムラサメが錐揉みで墜落していく。落水と同時に爆発し、派手な水柱が生まれる。

「見え見えよ!」

 リリトは叫ぶように腕のグレネードを発射させた。水柱が砕け、その陰から飛び出そうとしていたムラサメがバランスを崩す。次の瞬間、ビームライフルがその胴体を撃ち抜く。

 リリトは自身の体を捻るような勢いでレバーとペダルを押し込む。直上後方から振り下ろされたビームサーベルはシールドで受け流し、その勢いのまま敵の機体を弾き飛ばす。弾き飛ばされた勢いのまま変形しようとするムラサメに、エクステンショナル・アレスターが食い込んだ。

 変形の止まったムラサメに接触回線を繋げる。降伏を勧告するためだ。だが回線が開くと、先に敵コクピットから声が聞こえた。

「アフリカのために我々は戦う! コーディネーターのために融和を手にする! ナチュラルのために平和を求める! だから私は屈しない!」

 リリトはPS装甲に切り替えた。同時に敵の機体が爆発する。機体を軋ませる爆風を浴び、コクピットが揺れる。リリトは奥歯を噛み締めた。

 このパイロットは、自分から命を投げ出したのだろうか。それとも彼の言葉が、彼の命を差し出したのだろうか。

 

 レールガンが撃ちだした海中攻撃用の弾丸が潜水艦を航行不能にした。緊急浮上する艦はミサイル発射管を開いて反撃してきた。リベルのビームは、撃ち出された対空ミサイルを一掃する。

 ゾーリンから飛び降りたリベルは、潜水艦に乗り移った。ビームライフルを突き付けて終わりかと思った瞬間、脚部に衝撃を受ける。ゾノが爪を立てていた。PS装甲を起動していたおかげで穴は開いていないが、ゾノはリベルを海の中に引きずり込もうとする。

 しかし、全身にダメージを受けていたゾノはそこで力尽きた。がっくりと力なく倒れこむゾノを見届けるように、ハッチが開けられ白旗が振られる。

 海面に映る影に空を見上げると、トレランシアの艦底が見えた。

「密輸銀座だな、まるで」

 操舵手のつぶやきに、レセディは注意もしなかった。一週間で三隻の密補給船を拿捕したのだ。とんでもない数である。アフリカ解放戦線の支援は、想像以上に広範囲に及んでいるのだろう。

 もっとも、今まではトレランシアの行動が周囲に知られていない状態だった。これだけ派手な活躍をすれば、敵も慎重に行動するだろう。これからは、簡単に敵を見つけることが出来なくなる。

「とりあえず交代の職員と、要請した数の偵察機が来るまで待ちましょう」

 予想外の拿捕数に、確保した船とクルーを受け持つ連合本部から来た職員が足りなくなったのだ。一旦マダガスカルまで戻る手間をかけるより、この海域にとどまった方が敵への睨みとなる。

 マーカスはそう言って艦の戦闘態勢を解かせる。目視での周辺監視に留め、クルーにも順次休憩を取るように指示した。ここ一週間は、流石に休む暇もなかったのだ。レディーファーストです、そうレセディに言うと彼女は素直にそれを受け取った。化粧でごまかすのも限界に来ているのだろう。

 マーカスはあくびをかみ殺し、モニターを切り替える。映るのはインド洋の青い空と海であった。MSの着艦報告がブリッジに上げられると、カシアが挨拶もそこそこに休憩に入った。彼女のシャバっ気は、ある種の清涼剤となっている。マーカスは自分が老け込んだ事を自覚した。

 

 Nジャマーの影響下では、索敵は目視に限られる。広範囲の敵を見つけるには、トレラントア自体の高度を上げるか、艦載機を偵察に飛ばすかである。宇宙艦の大気圏内航行システムは高度が取りにくいため、もっぱら後者の方法が取られている。

 そのためパイロットはほとんど休みなしだった。着艦と同時に伝えられた休息の報にリリトはほっと息をつく。密補給の取り締まりとはいえ、相手が無抵抗で降伏してくれるわけではないのだ。それでもMSまで繰り出してくるとは思っておらず、先ほどの戦闘は肝を冷やした。

 グラティアをハンガーに据え付けると、機体をアイドリング状態にしてハッチを開けた。他の機体も、整備が始まっている。

 怒声と機械音が満たすMSデッキの中を、整備員が着る橙色のつなぎとは違う制服が駆けて行く。流れるままにしている黒髪はカシアだった。丁度フィジェがリベルから降りたところだ。

 だがカシアは不意に立ち止まり、グラティアの方を向いた。リリトはその視線を避けるように昇降機に足をかける。あの日以来、口を聞いていなかった。

 話の切り出し方も、切り出された話の受け方も分からない。もし再びああいうことになれば、次は取り返しが付かなくなるのではないだろうか。そう考えると、もう少し時間が欲しかった。解決の当てなどないが、少なくとも今はダメだった。

「そう・・・よね」

 昇降機の陰に隠れたリリトから視線を外して、カシアは口の中でつぶやく。あの一件は、間違いなく自分に非がある。

 素直に謝れば済む話、単純にそうだと思う。だが、何をどう謝ればいいのだろう。謝って、その後どうなるのだろう。再び何となくな距離感を保ったまま、何となく友人でいるのだろうか。

 それでは意味がないし、再び同じ事を起こしかねない。謝るのだとしたら、あの一件に意味を持たせる謝り方でないといけないはずだ。しかし、それがどのようなものなのか、皆目見当が付かない。カシアは唇を噛んだ。

 足音に視線を向けると疲れた顔のフィジェが歩いてくる。カシアは彼に駆け寄って、タオルと水筒を渡す。

「サンキュ。カシアも休憩?」

「うん」

「なら、休めよ。ブリッジだって休みなしだったんだろ・・・リリトは?」

 先にロッカールームに向かったと聞くと、彼はそちらに足を向ける。彼の背に視線を注いだまま、カシアはもう一度唇を噛む。

 アジズの声にせかされながら、ユンディはフォルトゥーナのコクピットに首を突っ込む。イェレを引っ張り上げると、MSデッキで立ち尽くすカシアを指差した。

「二つの人間関係の並列処理なんて出来るわけないでしょ。何とかしてやんなよ」

「俺に言うな・・・」

 彼の優しげな声は曇っていた。フィジェとリリトの事が気になっているのは、彼も同じなのだ。他人に構っている余裕はない。

 フィジェとリリトは、二人並んでロッカールームに向かっていた。

 

 午後は雨の予定だった。プラントの空はその準備として雲を発生させている。薄暗くなった部屋の電灯にスイッチを入れ、明るさを取り戻させる。応接室のソファーに腰をかけるのは初老の男だった。

 スーツを着込んでいるがあまり着慣れていないという感じだ。肩書き通り、学究畑の人間なのだろう。確か資料によれば、遺伝子の発現に関する研究ではそれなりに名の通った人物であるらしい。

「話は、分かっていただけましたか。サーシャ・ローレンツ隊長」

「ええ、それなりに・・・」

 今はアカデミーの事務方のトップを勤めている自分を、昔の肩書きで呼んだ。よく分からない人物だ。ただの素人とも、その筋の人間とも取れる。もっとも今の話を聞けば、その筋しかありえないとは思うが。

 しかし、アカデミーの入学審査が緩和されているとはいえ、経歴をここまで隠蔽できたということは、それなりの組織であるという事だろう。プラントの政庁レベルでバックアップされていることは間違いない。サーシャは手元の資料に再び目を落とす。

 綺麗なブロンドの美人だが、ある種の没個性的な顔立ち。赤服取得者だが、突出した成績というより満遍なく良いという感じの、目立たないタイプだ。確かにこの成績を「目立たないように」という目的で取ったのならば、たいしたものだろう。

 しかしこの話は、事と次第によれば、クライニズムにもザライズムにもデュランダリズムにも利用できる話だ。その点を十分考慮して、話を持ちかけたとは思えなかった。彼らとしては単に、研究を続けるためにはザフトの協力が必要となると判断しただけだろう。

「この件に関してはローレンツ隊長が事実上の責任者とお聞きしました」

 カオシュンでのテロと、それに巻き込まれたプラントの学生。彼らを地球連合の部隊に所属させるための手続きを行ったのは、確かに彼女だ。だが責任者と言われるほど、権限を持たされているわけではない。

 プラントと連合でどのような取引があったのか、彼女は何も知らされていない。その上この件に関しては、政府としてはもはや終わった話のはずだ。このような形で蒸し返されるとは、考えてもいなかっただろう。だからこそ彼女に押し付けられた。

 ザフトは現在、過去の反省を踏まえて原理主義者の排除を行い、過激主義が台頭しないように注意を払っている。その点を踏まえた上で適切に対処しろと、先日いきなり上から丸投げされただけなのだ。

 サーシャとしては、プラントの政治動向やザフトの内部事情に別段の義理はない。だがこれを放置して、情報が過激派の耳に入るような事態も面白くなかった。

「分かりました。時間はかかるかもしれませんが、連合には打診します。コーディネーターのメディカルチェックを行う人員の派遣、断られる事もないと思います」

 サーシャはリップサービス込みでそう言っておく。とりあえずそう言えば、しばらくは満足してくれるだろう。

 男は丁寧にお辞儀をして応接室を出て行った。サーシャはセプテンベルⅡにいる知り合いに連絡を取る。情報のないままでいるという事には、流石に耐えられそうにない。

 

 艦が揺れた。艦体が巨大であるため船酔いを起こすほどの揺れはないが、もともと海に浮かぶための形をしているわけではないので、波の影響を受けやすい。窓の外は穏やかに晴れているが、波は少し高くなっていた。

 甲板のデッキに上がって風に当る。黒髪がたなびいた。それを右手で押さえるようにして手すりにもたれる。水平線が緩やかに地球の曲線を見せていた。朝日が海面に伸びていく。

 大きく息を吸い込む。潮風にも少し飽きてきた。

「いいのか、こんなところで」

 カシアに声を掛けたのはアレナだった。Tシャツ姿は、彼女の体格の良さを引き立てている。普段はあまり接点のないアレナにカシアはぎこちなく敬礼を返そうとするが、手でそれを制された。

 体格に加えて短い髪であるため、一見男性のようにも見える。だが隣に並んだ彼女からは微かに香水がただよった。アレナは視線を水平線に向けたまま、リリトと何があったのかを尋ねる。

「パイロットのコンディションを左右するぞ」

「分かってます・・・」

 カシアは目を伏せて言った。しかし、今までのような接し方は出来ない、それでは意味がないと思う、そう付け加えた。気にかけてくれるのはありがたいが、これは自分達で解決しなくてはならない問題だ。

 カシアに視線を向けたアレナは不意に微笑む。

「意外と理屈っぽいな。コーディネーターだからか」

「・・・それは関係ないです」

「なら、若いからだな。だったらすぐにでも解決するさ」

 そう言ってアレナは笑う。カシアは唖然とした表情を向けた。他人事だと思っているなら、構わなければいい。すぐにでも解決できる問題なら、思い悩む事もないだろう。そうではないから困っているのだ。

 カシアの思いを読んだのか、アレナは真面目な顔になる。そして言った、人間関係は頭の問題ではないと。彼女はカシアの胸に触れる。

「ここの問題だろ。大丈夫、君の思いは十分に大きい。だったらちゃんと伝わるよ」

「・・・!? セクハラです!」

「女でもか?」

「女でもです!」

 アレナは再び笑う。そして出入り口の方に足を向けた。彼女は部屋に戻る前に、ポットを取りに食堂に寄る。丁度、整備班の食事時なのか食堂は人が増え出していた。

 食事を終えたまま長居できる雰囲気ではなくなったので、イェレはトレイを持って立ち上がる。カップだけ持ち出して、近くの休憩スペースに移った。飲み物のディスペンサーの前に置いているベンチに腰をかけ、コーヒーをすする。

 一口飲むたびにため息が出る。考えなくてはならないことが多すぎて、逆に頭が働かない。ブラックコーヒーに自分の顔が映り込む。足音が聞こえて視線を向けた。

「おはよ」

 リリトがパイロットスーツのアンダーウェア姿で声を掛けた。彼女はディスペンサーからジュースを注ぐと、彼の横に座った。首筋の汗に髪が張り付いている。

「・・・フィジェは?」

「シミュレーション続けてる」

 リリトの唇が紙コップに触れ、その喉がコクンと動く。イェレは気付かれないように視線を注いだ。いきなりリリトが目を合わせてくる。

「! あ、いや・・・」

「イェレって・・・カシアと仲いいんだよね」

「え・・・ああ、幼馴染だし」

 息を整えるようにそう答える。リリトは視線を向けたまま、答えの続きを待っていた。

 同じ農業技術者としてプラントを点々とする生活をしていた互いの両親に親交があったことから、同い年の彼らは小さい時から一緒だった。転校を繰り返さざるを得ないことから、教育上の配慮という事も考えられていたのかもしれない。新しい学校でも、知った顔が一人でもいれば心強いものである。

 頭の出来がほぼ同じだった事から、結局アカデミーまで一緒に入ることとなったのだ。

「だから、身内みたいなもんだよなぁ・・・あ、俺が兄貴な」

 もちろんカシアは自分が姉と言ってはばからない。

 リリトが突然そんな事を聞いたのは、カシアとの仲直りを模索してだろうか。彼女の少し緩んだ表情に、イェレもほっとする。

「そっ、か・・・身内、か」

 リリトは小さな声でそうつぶやくと、立ち上がって紙コップを捨てた。不意に艦内に警報が響く。その音と回転灯の光は、敵の発見を報せるものだった。艦内アナウンスが流れる。

 二人は顔を見合わせて、MSデッキに向かった。

 

「ウェルガーファースト、ロストしました!」

「いつにもまして速い・・・しかも艦を狙ってくるなんて」

 マーカスの弱々しいつぶやきをかき消すように、レセディが指示を飛ばす。牽制のミサイルを放って、艦を転進させるとアンチビーム煙幕を撒く。アンチビーム爆雷に使われる粒子は大気中であるとすぐに拡散してしまうため、電荷を帯びた特殊な煙幕に混ぜて撒布するのだ。排熱が容易だからといって、ラミネート装甲だけに頼るわけにはいかない。

 トレランシアの巨体が空気抵抗に逆らいながら向きを変える。その鼻先をレールガンが掠めた。閃光照明弾を後方に発射して敵の目をくらませる。熱紋センサーには、それでも速度を緩めない敵艦の姿が映し出されている。

 レセディは中性子砲のスタンバイをさせると、敵艦の射線に乗らないように指示した。操舵輪が右に左にめまぐるしく動く。

 トレランシアの二番砲塔が、迫ってくる艦に狙いをつけた。敵艦が回避のために上昇すると、トレランシアは急制動を掛けてその下に潜り込む。慣性重力で食い込むベルトに耐えながら、レセディは収束火線砲を仰角最大で発射させる。

「!? 融除剤ジェル! そんな使い方・・・」

 敵艦は大気圏突入用のジェルを展開、砲の熱と衝撃を受け止める。敵艦はそのまま頭上を飛び越え、代わりにミサイルが降り注ぐ。対空機関砲の弾幕をすり抜けた数発が、艦を直撃した。

「ダメコン! 被弾箇所を報告して! ・・・レプリカにしては嫌な性能ね、大天使」

 戦艦とは思えない機動性で方向を転換した敵艦と距離を保ちながら、トレランシアは砲撃を続けた。今回の作戦の主目的は、アフリカ解放戦線の補給ルート遮断ではない。あの艦と搭載MSの排除こそが目的である。

 リベルのビームが空を薙ぎ払っていく。その間隙を当たり前のようにすり抜けながら、翼付きはグラティアに突進する。その真横から、フォルトゥーナが斬機刀を振り上げて斬りかかった。

 翼付きのシールドに傷をつけた刀をそのまま押し込む。その隙にグラティアのビームライフルが狙うが、発射されたドラグーンがそれを阻止する。フォルトゥーナは左掌のビームシールドでドラグーンの突撃を受け止める。

 大天使と最初に接触したのは、ユーラシアの部隊だった。インド洋を定期的に哨戒航行していた小型MS空母とその護衛艦艇が、潜行中の大天使を発見し攻撃を開始したのだ。

 しかしトレランシアが駆けつけた時には、護衛の艦は脱出者を救助している駆逐艦一隻になっており、MS空母も浸水が始まり航行不能に陥っていた。搭載されていたはずの九機のMSは、全て撃墜されたのであろう。

 そして大天使と翼付きは、標的をトレランシアに定めて攻撃してきたのだ。グラティアのビームキャノンが弾かれる。

「当てなくてもいい! 動ける範囲を狭めて!」

 伝わるかどうか分からない無線にそう怒鳴ると、リリトはグラティアのスラスターを全開にする。敵の装備は、背部と腹部のビーム砲、腰部のレールガン、二挺のビームライフル、複数のドラグーン、グラティアで戦うには中距離以上の戦闘は分が悪すぎる。

 だが、遠距離での手数ならリベルも負けない。近接戦のみなら、フォルトゥーナでも凌げる。グラティア一機で戦う必要はない。

 海面を滑るように飛ぶゾーリンの上から、リベルのビームが間断なく撃ち上げられる。翼付きの移動コースを先読みしながら続けられる攻撃は、その機動性を確実に制限していた。

 フォルトゥーナのビームガンの銃把からビームサーベルが伸び、まとわり付くように攻撃を繰り出すフォルトゥーナを斬り捨てようとした翼付きのビームサーベルが受止められた。その状態でフォルトゥーナはビームガンを撃ち、直下からはリベルの複列位相砲が襲う。

 その攻撃をかわして距離を取ろうとする翼付きを、グラティアのビームが襲う。牽制に発射されるレールガンをPS装甲で跳ね返しながら、ドラグーンを展開しようと開いた翼を狙う。

 後退する方向を遮るようにリベルのビームが放たれ、一瞬動きの止まった翼付きに斬機刀が振り下ろされる。それを受け流して攻撃に移ろうとした翼付きの腕に、エクステンショナル・アレスターが突き刺さった。

「いける!」

 リリトがそう叫んだ瞬間、翼付きの腹部が光る。フォルトゥーナの左手はそのビームを弾くが、拡散したビームの粒子はそのままエクステンショナル・アレスターを切断してしまった。

 リベルの発射したミサイルの弾幕を強引に突破して、翼付きは海面に向かう。一機ずつ潰していこうという目論見を、グラティアが体を張って阻止する。衝突の衝撃で激しく揺さぶられながら、リリトはビームライフルを連射した。

 翼付きに体勢を整える隙を与えないようにフォルトゥーナが連続攻撃を繰り出し、リベルのビームライフルがそれを援護する。グラティアの振り下ろすビームサーベルが、翼付きのレールガンを切り落とした。

「強い・・・」

 リリトは頭に浮かんだ言葉を振り払うように攻撃を続ける。今までにないほど三機の連携は上手く行っている。それでも押し切れない。分厚い紙一重を突き破れない、そんな感じだ。敵に、いつものような戸惑いとためらいが見えるうちに勝負をつけなくてはならないのだ。

 しかし彼女の思惑は一瞬で吹き飛ぶ。突然ゾーリンが被弾し、リベルが海に墜落した。海から飛び出てきたのは、翼を装備したグーン。限定的な空戦能力を付与されたグーン・エグゾゼが二機、翼付きの支援をするようにミサイルを放った。

 リベルのライフジャケットが展開されたのが見える。海面に浮かぶ橙色の浮きを確認して、リリトは戸惑うフォルトゥーナを叱咤するようにグラティアを突っ込ませた。斬撃は回避されるものの、ビームキャノンが翼付きの右翼を脱落させる。

 一時的に機動性が低下してから、それを立て直すまでの速度が異常に早い。プログラムの修正機能が、半端ではないのだろう。それが自動なのか手動なのかは、今考えることではない。突進しかけた機体に急制動を掛けて上昇する。その足元を二条の閃光が走り抜けた。

 グラティアを狙うと見せかけてフォルトゥーナを襲うビーム。ABP装甲が輝き、ビームは無効化されるが、衝撃で機体のバランスが崩れた。そこに襲い掛かるグーン・エグゾゼをグラティアが狙撃する。

 グーンの爆発に視線が流れた。背後からの攻撃をシールドで凌ぐが、至近距離からのビームにシールドを吹き飛ばされる。全身を突っ張らせるように衝撃に耐え、向かって来る三基のドラグーンを切り払う。しかし、その隙に距離を取られてしまった。

 敵に有利なレンジを与えてしまう。リリトは歯を食いしばり、残りの電力と推進剤を確認する。

「リリト!!」

 ノイズの中からイェレの声が聞こえた。モニターの影にハッと上を見る。今まさにビームを放とうとするグーンの姿が真上に見えた。

「あ・・・」

 しかし次の瞬間にビームが撃ち抜いたのは、グラティアの胴体ではなくフォルトゥーナの足だった。フォルトゥーナをグラティアとグーンの間に飛び込ませたイェレは、ABP装甲の起動が遅れた事に何度も舌打ちをする。回転しながら落ちていく機体の中で、イェレはビームガンの狙いを定めた。

 ぶれる銃口はそれでもグーンのスラスターを捉え、グーンは煙を吹きながら水平線の方向に流れていった。

 

 双方の艦は、互いに煙を上げながら砲撃を繰り返す。まるでドッグファイトのような戦闘に、ブリッジは疲弊していた。もはや艦の損害状況を確認する余裕もない。レセディは稼動する武装だけを報告させる。

「アントレランスは無事・・・百八十度回頭!」

 トレランシアは唸るようにスラスターを吹かせて強引に向きを変える。トレランシアの背後に回り込もうとしていた敵艦と真正面から対峙する。

「総員、ガンマ線遮蔽区画に退避!」

 アークエンジェル級に二門装備されている陽電子砲は、電子との対消滅によって膨大なガンマ線を発生させる。砲自体には対処できても、ガンマ線で乗組員全員が死んでは元も子もない。

 両艦ともに速度を緩めることなく直進する。チキンレースのように双方の距離が縮んでいく。カシアは必死になって悲鳴を押しとどめていた。レセディの言った事に賭けるしかないのだ。

 長いのか短いのか分からない瞬間、敵艦が動いた。ブリッジを通る線を中心軸とするように艦体が回転しながら持ち上がるのだ。カシアが叫ぶ

「大気中でほんとにやった・・・バレルロール!」

 艦を回転させて衝突寸前に回避、直上から攻撃を仕掛けるというレセディの読みが当った。だからこそトレランシアも動く。

 制動を掛けながら艦尾を一気に落とし、艦首にある中性子砲の砲門を敵艦に向ける。艦の仰角が九十度近くまで上がり、艦尾が海面に触れる。激しく揺れるトレランシアは、敵艦の攻撃より半テンポ早く中性子砲を発射した。

 高速の中性子が、敵艦のスラスターの半分を抉り取る。しかしブリッジで快哉が上がる前に、敵艦がスラスターをパージした。爆発するスラスターの衝撃に、トレランシアは再び激しく揺れ、派手な水しぶきとともに海面に着水する。

 海中に没していく艦の姿に、翼付きの注意が一瞬それた。しかし、リリトにとってはその一瞬こそがチャンスだった。

 甘くなったビームの射線をすり抜け、グラティアはビームライフルを構える。翼付きが注意を取り戻した瞬間には、その左脚が吹き飛ばされている。バランスを崩した翼付きは背部のビームで牽制を仕掛けるが、ずれた照準はグラティアを捉えていない。

 ビームサーベルを振り上げ、ドラグーンによる攻撃に構うこと無くそのまま振り下ろす。グラティアの左手と引き換えに翼付きの頭部を破壊し、エクステンショナル・アレスターで右手を切断する。

 翼付きの腹部ビームがグラティアを揺らすが、ABP装甲で耐え凌ぎ距離を取らせない。ビームキャノンで残った翼を破壊し、破壊された頭部からグレネードをねじ込む。鈍い爆発音とともに、翼付きの装甲が灰色になった。

 グラティアは、動かなくなった翼付きを蹴り付けるとビームライフルを向ける。

「勝っ・・・」

 言い終わる前にコクピットのアラームが鳴った。リリトは構わずにビームライフルを発射する。

 最後の電力を使い切ったグラティアは力なく着水し、機体各部から緊急用の浮きが展開される。コクピットの中でぐったりと体を投げ出すリリトは、猛烈な音と振動を感じたまま気を失った。

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