Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
旧世紀からの街並みは、さらにその前世紀からの街並みである。先進資本主義国のような発展からは遠く取り残されたアフリカの国の街並みは、時が止まったようにかつてのままである。あとは、それを見る者がどう評価するかだけであろう。
港まで一望できるホテルのレストランから見る風景は、せわしなさを一切感じない風景であった。この風景に心が癒されるのは、摩天楼の住民の特権であろう。特産のバニラをふんだんに使った甘いクリームのケーキを食べながら、ブロンドの美人が一つため息を付く。
目の前の男がコーヒーカップをもったままニッと笑う。黒光りする肌に真っ白な歯が良く映えていた。
「次は彼氏と来るわ」
「大変だな、あんたの仕事も」
男の返答に女はケーキを切る手を止めた。まるで他人事のような言い方が気に障る。女はクリアファイルに綴じられた資料を手渡す。男の今後の仕事の指示が書いてある。とはいっても、今までとその内容に変わりはない。
男は中身をろくに読みもしないで資料を畳み、そのままポケットに突っ込む。女は口の中のケーキを飲み込むと、嫌味にならない程度の口調でいう。
「のん気なものね」
「おいおい、連中が沈んだのは俺のせいだとでも言うつもりか?」
やはり言葉に棘があったのだろう、男は会話を先回りしようとする。女は首を横に振った。むしろ「大天使」に打撃を与えられたことは、彼女らの組織としても歓迎すべき事だった。彼らはレクイエム戦役における政治・経済的敗北の直後に、組織から離脱しているのだ。
彼らが世界各地における紛争への介入や支援のみにとどまっている間に何らかの処置が出来た事は、組織としてもマイナスの話ではない。戦争からの復興が終わるまでは、各国政府は強い権限を持ち続ける。その間は組織にとって雌伏の時だ。復興に関わり力を蓄えていくしかない。
下手な動きをすれば今度は潰される側に回る。組織に上手く立ち回ってもらわねば、彼女としても失業の危機だ。
「次の作戦予定は?」
「ビクトリアに向かう。連合が本格的にアフリカに乗り出す前に、露払いが必要なんだろ」
ビクトリアのマスドライバーに加え、未開発の地下資源が無数にあるといわれるアフリカ大陸の安定は、地球連合にとって欠くべからざるものである。しかし、だからこそ多くの政治勢力が入り乱れる原因ともなっている。
裏を返せば、連合政府の権限によって強制的な介入を可能とする地球連合軍緊急即応部隊だけが、各政治勢力から距離を置いた行動を可能とする。連合主導によるアフリカの安定化は、加盟各国の寄り合い所帯から脱し、独自の政治的ビジョンを持って行動を起こそうとする連合本部の悲願でもある。
僅か一隻の艦でありながら、中央アジア、中東と転戦し、さらに各地の反連合勢力に軍事的支援を行ってきた「大天使」を撃退したトレランシアは、その急先鋒だった。これまでの実績から、支援体制も整えられ始めた。修理用部品の集まりからして今までとは違うのだ。
「アンジェリカ・マイズナー様、お電話でございます」
ホテルのスタッフが女を呼びに来た。フロントに向かおうとする女と共に男も立ち上がり、そして伝票よりも早くレストランを出る。女の方は、そんな事にはもう慣れっこであった。
太陽が、空と海を青く、砂浜を白く照らしている。まだ本格的なシーズンには早いのだろう、ビーチの人影は少ない。だが、夏の先触れのような陽気は、彼らを海へと誘っている。
華やかな水着が目にまぶしい。屈託のないはしゃぎ声と共に海に駆け出す彼女らを、彼らは陶然と見つめる。例えその両手に、シートだのクーラーボックスだの浮き輪だのネットだのボールだの、その他海水浴に必要な一切合財を持たされていようとも、それだけの価値はあると思った。
「とりあえず、下せよ」
パラソルを広げ終えたタルハが、波打ち際で戯れる女性三人をボケぇっと見つめているフィジェとイェレに言った。二人はいそいそと荷物を下すが、タルハは余裕のある態度を保っていた。
「・・・んだよ、ときめいたりしねぇの?」
「てか、中身まで知ってるし」
タルハの返答に二人は言葉を飲み込む。それをどういう意味で言ったのだろうか。ごくごく一般的に、性格を含めてよく知っていると言ったのか、それとも・・・ユンディの着ている控えめなワンピースの水着が、妙な色彩を帯びてしまう。
二人がそういう仲であることは了解している。そのために必要なものを買いに行かされたりもした。しかし、それを改めて認識すると、非常に生々しい。二人はゴムボートを膨らませにかかった。
コーディネーターの肺活量が一気に空気を送り込む。二人が肩で息をしながらボートを膨らませ終えた時、波打ち際から三人が戻ってくる。
「さっすがぁ。ね、リリト一緒に乗ろ」
カシアはそれだけ言うと、膨らんだゴムボートをリリトと一緒に持って再び海に向かった。それでもなお満足そうな二人に、ユンディは何か言いたそうな表情をした。その言葉を、タルハが差し出してくれたジュースとともに飲み込む。
そして代りに、精一杯の優しい微笑みで彼らを海に送り出す。そわそわした足取りの二人を見送って、ユンディはため息をついた。
「なんかさ・・・下手っぴよね、あの子ら」
「俺らが上手すぎるんじゃないか?」
パラソルの下で、肩を抱かれるままのユンディは、ハッと気付いたようにタルハから離れる。ひょっとしたら自分達は、お父さんお母さんポジションなのではないだろうかと。
彼女も彼の手を引いて海へと駆け出した。
アフリカ大陸の紛争でMSが使用されるようになったのは、レクイエム戦役が終了した後の話である。連合でのMS量産体制が整った事と、地上でのザフト生産拠点を領域奪還後も連合側が温存した事、そしてモルゲンレーテ等の企業がいわゆるジャンク屋ギルドを通じたザフトからの密貿易ルートを構築した事から、連合製・ザフト製を問わずその運用が容易になったのだ。
しかも戦後復興で軍事予算が削減されると兵器の相場は下がり、地方政府や軍閥、武装勢力やテロリストでもMSの入手が容易になったのである。連合加盟各国やプラントの政府はその事態を憂慮しているが、本格的な規制は在庫調整が終わってからというのが本音であった。
統一機構西アフリカ同盟でも、量産機の稼働率は比較的高い。ヤンとインは、間に合わせで赤と青に塗られたウィンダムⅡのコクピットの中にいる。
「ハンデ戦、ハンデ戦」
ヤンは口笛交じりにそう言いながらビームライフルを発射する。三両の自走対空砲を瞬く間に撃ち抜き、着地と同時に目の前のジンを両断する。
ディンのマシンガンをシールド受止めながら、一気に肉薄してそのバックパックを斬り落とす。横を通り抜けようとした戦闘機に機関砲を浴びせ、翼下のロケット弾を地上にばら撒く。ウィンダムⅡの着地を狙っていたバクゥはその突撃を阻まれ、速度が減じたところを逆に狙い撃ちされた。
僅かな時間でMSを一掃され、敵には動揺が走っていた。一部の兵員輸送車は後退を始めている。
「ボーナスステージ突入」
ヤンは機体を動かさず、後退する戦車や装甲車をビームライフルで狙撃していく。それを横目に、インの赤い機体が上空を飛び越える。
「車輪付きはノーカンよ」
そう通信を入れると、インのウィンダムⅡはシールドを頭上に掲げる。強烈なビームにシールドを持っていかれるが、繰り出したビームサーベルは重粒子砲の先端を斬り落としていた。
グゥルに乗ったザクは、重粒子砲を投げ捨ててビームアックスを構える。その鼻先にグレネードを投げつけて牽制すると、ビームライフルで足場を狙う。ザクは果敢にグゥルから飛び降り、全重量を叩きつけるようにビームアックスを振り下ろした。
ウィンダムⅡはビームアックスの柄にビームサーベルを合わせる。同時にザクの胴体を思い切り蹴り付けた。地上に激突させなかったパイロットの技量を鼻で笑い、インはビームライフルを構える。そのビームはザクではなく、青いウィンダムⅡの足元を抉った。
「横取りすんな、バカ」
ヤンの動きを止めると、インはウィンダムの両手にナイフを持たせて着地させた。混線した通信機から聞こえる声に耳を澄ませながら、ビームサーベル片手に突進してくるザクに対峙する。
斬撃を回避し、ザクの肩の付け根にナイフを捻じ込む。肩ごと脱落させたシールドを拾うとそのスパイクアーマーで体当たりを仕掛ける。不意に明瞭になった通信機の声が苛立った声を伝える。
「貴様らは何のために戦っている!」
ビームサーベルで真っ二つにされたシールドを投げ捨て、ウィンダムⅡは再びナイフを構えた。間合いを詰めるようなザクの動きに合わせながら、通信機からの声に耳を傾ける。
「アフリカは連合のものではない! ここで生きる全ての者の大地だ! 旧世紀より踏みにじられてきたアフリカの思いが、今まさに成就しようとしている! 我々が成就させる! 貴様ら連合に語るべき正義があるのか!!」
ザクが滑るような動きで距離をつめた。機体を横に向け腕を伸ばしながらビームサーベルで突きかかる。さらにサーベルの出力を上げてそのリーチを伸ばした。ウインダムⅡのコクピット前をビームサーベルが通り過ぎる。
ウィンダムⅡもまた機体を横にしてその攻撃をかわしたのだ。そのまま回転するような動きでザクに接近すると、肘関節にナイフを刺し込んで切り落とす。さらに股関節にもナイフを突き刺してその動きを拘束した。
バランスを失って転倒したザクのスラスターを機関砲で損傷させると、わざわざ仰向けに転がす。
「ごめんね、私の方が強いんだ。あんたの方が・・・正しいのに、ねぇ」
接触回線でそう告げる。コクピットの装甲板を引き剥がすと、ハッチの上にグレネードを置いた。時限装置の設定時間を告げてインのウィンダムⅡは悠々と飛び立つ。通信機からの声は、再び不鮮明になった。
クーラーボックスから軽食を取り出す。強い日差しの中、ガラス瓶に浮き立つ水滴が涼しげだ。そんな中、カシアだけが温かい紅茶をすすっていた。
「子供じゃないんだから、唇が青くなるまで入ってんじゃないわよ」
リリトが呆れた視線をカシアに向ける。パーカーを羽織って体を丸くしているカシアは何も言い返さなかった。そろそろ出ようというリリトの制止を振り切って海に入っていたのが悪いのだ。
カシアとしては、むしろこの事を予期していたかのように温かい飲み物を用意していたユンディに、何か言いたい気分だった。カップの紅茶を飲み干してほっと一息つくと、並べられたサンドイッチに手を伸ばす。朝からみんなで用意したものだ。マスタードの塗りむらの責任を追及しながら、口に運んでいく。
「なあ、これの開け方わかるか?」
フィジェが瓶を手にとって尋ねる。来る途中の店で買ったものだ。他のジュースに比べて格段に安かったために買ったのだが、開け方が分からない。薄い青緑の瓶でよく見ると複雑な形状をしている
ガラスの玉のようなもので栓がされているらしいのだが、その栓は取り外せる構造では無いように見える。人数分買ったので、互いに瓶を手にとって眺める。
「振るんじゃね?」
イェレはそう言いながら瓶を振っていた。ハンマーで先端を割るとか、錐で穴を開けてストローを刺すとか、互いに好き勝手な事を言いながら瓶を見つめていた。リリトは何かを閃いたように、ガラスの玉を指で押し込んでみる。
クポンっ、と音がして栓が開く。この栓は取り外すのではなく瓶の中に押し込めるのだ。皆もまねしてみるが、力とコツと指の大きさが関係するのだろう、なかなか上手くいかない。リリトは、瓶を受け取ると順番に栓を開けていく。
最後に手に取ったイェレの瓶を開けようとした時、彼が小声で「あっ」と言った。どうしたのだろうと彼の方を見ながらリリトは栓を開ける。何故か、今までのものより固かった。
ボンッ・・・
さながら優勝が決まったように、ビンの口から噴水のように中身が飛び出した。炭酸飲料だったため、思い切り振っていたイェレの瓶は栓が開くと同時に吹き上がったのだ。呆然とした空気が一段落すると、ずぶ濡れのリリトは中身の無くなった瓶を笑顔と共にイェレに渡す。
そして全員が、ラムネの甘い香りの中で笑った。
Tシャツにジーンズというラフないでたちで、男は廊下を進む。隣を歩くのはきっちりとスーツを着込んだ女性だ。その女性が提示する資料にはとり立てて興味を示すことなく、男は司令部のドアをくぐる。
あどけなさがようやく無くなったという感じの顔で、男は司令部を見回す。敬礼で迎えるスタッフを制して中央のテーブルに向かう。色分けされたアフリカの地図がその上に提示されていた。そして手渡された資料に熱心に目を通す。
「議長、まずはこちらを・・・」
「すまない、ヘストリー。俺のサインが必要なものをまとめておいてくれ、五分でサインする。あと、議長はやめてくれ。レジーでいい」
不満げな顔の女性にそう言うと、男は地図に向かった。アフリカ解放戦線の支配地域は赤道を越えようとしていた。連合がその存在を認めないとはいえ、既にその勢力はアフリカの南半分を抑えようとしているのだ。
大陸東側のユーラシア直接統治部には手を出さず、統一機構西アフリカ同盟の支配地域を少しずつ解放していったのであるが、領域の伸張にそれだけではすまなくなっていた。既にアフリカ中央部ではアフリカ共同体の軍との小競り合いが頻発しており、ユーラシアもビクトリア守備隊の増強を発表していた。
統一機構西アフリカ同盟に対しても、大西洋や東アジアが支援を増やしているという。男は苦笑した。
「我々に対する支援が減った分、西アフリカが増えているわけか」
「両国とも、戦中の反コーディネーター運動が尾を引いていますから」
隣の男が付け加えた。ビクトリアを抑えているユーラシアと、その緩衝地帯としてユーラシアの支援を受けるアフリカ共同体を牽制するために、各国はアフリカ解放戦線への支援を行っていた。
しかしアフリカ解放戦線がナチュラルとコーディネーターの共存を訴えているため、反コーディネーター色の強い国は、徐々に支援の軸足を移しつつあった。もちろん、それ以外の利害関係も錯綜するため、単純な色分けはできない。現に、大西洋の軍事コンサルタント会社がいくつか、MSつきでアフリカ解放戦線に参加している。
他の組織は正規の軍を持っているので、外注戦力の導入は難しいものがある。しかし、もともとが武装勢力だったアフリカ解放戦線は、積極的に傭兵や企業を受け入れていた。短期間でMSの運用ノウハウを手に入れ、他の組織に匹敵するMSをそろえる事ができたのは、それら外注戦力によるところが大きい。
プラントと大洋州はアフリカ解放戦線の政策を支持しているが、連合との関係を悪化させないよう、その支援は秘密裏に行われていた。それら支援ルートの主要なものの一つであったマダガスカルルートが、先日から使えなくなっている。
「南極周りのルートに変更していますが・・・赤道や南アジアから遠いので効率は低下します」
「オファニムが・・・沈んだという話、信じるかね」
男は話を遮るように尋ねた。反応はいくつかのグループに分かれる。武装勢力時代からいる者は信じたくないといった顔をし、傭兵の中で大戦を宇宙で戦った経験のある者は信じられないといった顔をし、それ以外のものは事実として受止めるといった顔をしていた。
男は、私は信じないとつぶやき、地図の一点に目を落とした。彼らを当てにしていた訳ではないが、背中に寒気のようなものを感じざるを得ない。
次の攻勢では、アフリカ共同体との衝突も考えられる。そうなれば、ビクトリアに対する牽制攻撃まで視野に入れた作戦を考える必要があるだろう。今までとは違うハードな状況になりそうである。
リリトのスパイクが決まり、フィジェとハイタッチを交わす。帰りの運転手に決定したイェレとカシアはがっくりと手をついた。ユンディとタルハはリリト達に缶ビールを差し出し、うなだれる二人の前で豪快に飲み干す。
ネットを片付けるイェレとカシアを眺めながら、パラソルの下で休憩した。フィジェの差し出してくれたサングリアを飲んで、額の汗を拭く。
「私にも一口頂戴」
「お酒よ、これ」
ネットを抱えてきたカシアにそう言うと、代わりにオレンジジュースのみをグラスに注ぐ。納得いかない顔でそれを飲み干したカシアは、フィジェにも不満げな顔を見せる。
彼はそれに気付かないように、ポールを担いできたイェレを手伝う。
その後姿に小さなため息をついたカシアに、リリトがどうかしたのか尋ねる。
「ううん、別に・・・みんなでこんな風に遊ぶの、学生の時以来だなって」
「まだ、一年も経ってないじゃない」
そうリリトは言うが、その眉は曇っていた。アカデミーでの日々を、ずいぶん昔のように感じる。短い間に、色々な事がありすぎた。同じ事を考えているのだろうか、海に視線を移したカシアも、寂しげな表情をしている。
カオシュンでのテロ以来、巻き込まれ流されてここに来てしまったような気がする。その間に見たものは心に残る間もなく過ぎ去り、その間に感じたことは一時の激情として消えてしまった。
トレランシアの修理と補給が済み次第、次はビクトリアに向けて出発すると決まっていた。グラティアの整備は既に完了している。
「ねぇ・・・いいのかな、続けて」
リリトの代りにカシアが問いかけた。このままトレランシアにとどまり続ける事は正しい事なのだろうか。
仕事と割り切る事も、運命と諦める事も、正義と信じる事もできない。ただ目の前の状況に対処するだけで、自分では何も考えていない。だが、自分と他人の命が掛かる場所に、そんな漠然とした感覚のまま居続けられるのだろうか。いや、居続けていいのだろうか。
リリトは自分の手を見つめた。操縦桿を握るこの手が何をしてきたのかは分かる。だが何故してきたのかを答えることが出来ない。
死にたくない? コクピットの中で感じる振動より、何も分からないまま無人島に取り残される事の方が、よほど死への恐怖に近かった。
生きるため? 敵機を撃墜する事に、生きるという欲求など感じた事があっただろうか。あの無人島で肉に変わった鳥を口にしたときの方が、よほど生への欲求に満ちていたと思う。
友人のため? 友人の存在は、今のような穏やかな瞬間にこそ感じるものだ。
リリトに分かるのは、パイロットとして出来る事をやっていたという事であり、そこには何の考えも必要無かったという事だ。紛争地域の苦境、連合各国のほの暗い政治、それらを考えても、それは知的遊戯の域を出ていなかった。
振り返ると、イェレとフィジェが心配そうな顔で見ていた。取り繕うことをせず、不安の眼差しを二人に向ける。この感覚を共有したかった。
「君達、この辺の人かい?」
不意に呼びかけられて視線を転じる。男性が軍港までの道を尋ねてきた。
ウェルガーも新品が搬入されていた。まだ本格的な生産体制が整えられていない中、機体と部品を安定的に供給することは難しいはずだ。トレランシアへの補給がスムーズになっているということは、上層部がパックアップに力を注ぎ始めたという事であろう。アジスの怒鳴り声も冗談交じりであり、整備での不満点は解消されつつあるようだ。
コクピットから抜け出して大きく伸びをしたアレナは、タラスに声をかけ食事に向かう。新品の機体が到着するたびに、これまでのデータの導入や個人的な設定変更をしなくてはならないのはなかなかに面倒な作業だ。
そんな愚痴をタラスに零し終えると、アレナは話題を変えた。
「君は遊びに行かなくて良かったのか?」
カシア達はタラスも誘っていたのだ。彼はそれを丁重とは言えない態度で断っていた。アレナの問いを無視するように、タラスはトレーを持って配膳台に並んだ。
「確かに、君一人あぶれる構成ではあるがな」
「関係ない」
タラスのその声にアレナは微笑む。彼は変らぬ表情で昼食を受け取っていた。彼らしい態度ではあるが、それは悲しい事でもある。同年代の者と普通に付き合う方法が分からないのだ。彼にはそういう環境が与えられていなかった。
だからといって、彼に遊び方なるものを手取り足取り教える事もできない。せいぜい、悪い遊びを覚えないように配慮するくらいだ。アレナはタラスの向かいの席に腰を下す。彼は彼女の視線を避けるように、もくもくと食事をしていた。
子ども扱いをされたくないのだ。年齢がどうあろうと、大人としての自覚を持っているつもりだ。否、持たなくてはならないのだ。タラスはスプーンの動きを止める。
MSの操縦が出来る、それだけの理由でここまで渡ってこられた。自分のような境遇で死ぬ事も堕ちる事も無く居られるのは、幸運だと思える。だがその幸運の中で、自分は何もしてこなかったと自覚する。楽な方に流されて生きてきたのだと。
そうではない生き方を選んだ人間が見せた絶望の眼を、彼は忘れられなかった。それでもなお、その生き方を続けるだろう彼女の前に、自分自身の狭小さを思い知った。その思いが胸の内にある限り、浮かれる事などできそうに無い。
だから彼は、何かをしようと考えていた。今の自分には出来ない事をしようと考えていた。やるべき事とは違う何かをしようと考えていた。それはいつか、流れに逆らうための力になるのではないか、そう考えていた。
ようやくそこまで至った考えも、その何かが形にならなければ意味を持たない。
「あのさ・・・その、頼みがあるんだ」
不意に口を開いたタラスに、アレナは視線を一瞬だけ合わせる。言葉を探す彼の邪魔をしないように視線を少しずらし、食事を静かに続ける。相手の言葉は、慌てて引き出すものではない。
ところどころはっきりしなくなる彼の声をじっくりと聞き、そして彼の頼み事を引き受ける。
リリト達に声を掛けたのは、ショルダーバッグと小さなカメラを持った、三十前後といった感じの男性だった。こざっぱりとした身なりに不審人物とは思わないが、観光客であればわざわざ軍港を見物には行かないであろう。六人のいぶかしげな顔に、男性は身分を明かした。
「クルト・クラウ・・・記者さんですか?」
ユーラシア連邦のパスポートに、連合軍が発行している記者証だった。作戦行動への同行が可能なレベルのパスではないが、平時の基地施設取材なら問題ないはずだ。
パスポートと記者証を返すと、六人は額を寄せて相談する。別に断る理由も無いのだが、この手の者には警戒するよう常日頃言われている。マーカスならまだしも、レセディに知られたら小言の一つも貰いかねない。
だが、こうやって相談するという時点で、自分達の身分をある程度バラしているのではないだろうか。フィジェのその一言で、相談は終わった。カシアは愛想笑いを浮かべて、道を指し示す。
「君達は軍人さんかい?」
「ええ、つかの間の休息ってやつで」
男性のさりげない口調に釣られるようにカシアは答えてしまう。男性は、その一言からかなりの情報を類推したのだろう。多少考えるような顔をした後で、自分の取材目的を明かした。
地球連合が運用を開始したという緊急即応部隊、その活動実態の取材だという。連合のスポークスマンによる公式発表は随時行われているが、それがどれだけ実態を正確に伝えているかの裏付けは、ジャーナリストの領分である。
そこまで聞くと、カシアはたまらずに五人の元に戻る。
「どうしよう?」
「ってか、何で私達が隊員だって分かったわけ?」
「カマかけられただけじゃね?」
「つまり、あんたがここに戻った時点で、あの人は確信を持ったって事ね」
六人は愛想笑いと共に男性を見る。近づいてきた男性は、現場の生の声を聞かせて欲しいと言った。困惑気味の六人にジュースでもおごろうと言って、男性は道路を隔てた向かい側の小さな食堂に誘う。
向こうのペースに乗せられるように、リリト達は男性の後をついて行く。勧められるままにジュースを飲みながら、話を聞く。どうやらこちらの話を聞くより、自分の取材の確認を取りたいといった感じだ。
男性はトレランシアの大まかな経路だけでなく、公式発表されていない交戦場所や日時といったものも把握していた。流石に警戒心を持ってしまうが、男性はこちらの反応を見るだけで深い追求はしなかった。
「あと、作戦終了後の経緯は聞いているかい?」
男性はメモに走らせていたペンを止めてそう尋ねる。リリトは左右のイェレとフィジェの視線だけ合わせると小さく首を振った。
「そうか・・・ま、現場はそんなもんだな」
どこか含みのある声に、カシアはそれがどうかしたのかを聞く。すると逆に、男性が困惑した顔を見せた。腕組みをしたり、髪をいじったり、小声で何か言ったりしながら、どうしようかと思案している感じだった。
そして大きなため息をつくと、あまり上手くいっていないと一言言う。カシアが畳み掛けるように、それはどういうことかと尋ねた。
「中央アジアでは、未だに選挙結果を巡って小競り合いが続いていて、赤道連合は独自の再選挙を実施するって発表した。クルディスタンとムスリム共同体は、国境交渉の進め方を巡って国内でデモだの暴動だのが頻発してる」
報道される事は少ないけど、そう付け加えると男性はもう一度ため息をついた。そしてもともとの取材目的はそれであり、ついでに実際に作戦に参加している前線の人間の声も取材したいと思ったのだと説明した。
部隊の理念に一定の理解を示すことは出来るが、それが連合によるパフォーマンスの域を出ていないのではないか、そう言って男性はジュースを飲み干す。グラスをテーブルに置く仕草が、どこか苛立たしげだった。
トレランシアの修理は予想より早く終わりそうだった。艦の重要区画への致命的なダメージが無かった事と、スピーディーな補給によって、予定を二日ほど繰り上げる事ができそうだった。だが、予定通りに休暇を消化しても良いと言ってくれるほど、本部は現場への理解が深いわけではない。
トレランシアはマダガスカルを出港してビクトリアへと向かう。アフリカ中央部では、小競り合いが本格的な武力衝突に発展しかねない様相を呈している。インド洋に注意を向ける必要の無くなったユーラシアはアフリカ共同体への支援を活発化させており、大西洋連邦も統一機構西アフリカ同盟への関与を強化しているらしい。
本格的な代理戦争に突入する前に手を打つ。そのための緊急即応部隊であった。実力手段を伴ってこその外交、それが連合本部の本心である。
「もちろん、外交が機能すればの話ですけどね」
マーカスは指令書を机の上に置いてそう言った。目の前のレセディは相変わらずの怖い顔だ。
軍事と外交は車の両輪などではなく、武力行使は外交という車輪を支えるスポークの一つでしかない。スポークがどれほど成果を挙げようと、ぬかるみに嵌った車輪はなかなか回らない。
それが十分すぎるほど分かっているからこその怖い顔なのだろう。つくづく自分のポジションは損だと思う。彼女が常に笑顔であれば、栄転話であってこの席を譲らないだろうとも思う。
「外交を機能させるために、アフリカに向かうのです」
レセディの言葉は、自分自身を納得させるためのものだ。アフリカの状況は単純に色分けすれば済むものではなかった。
比較的、国家としての形も組織としての体裁も整っている北アフリカ連合体を除けば、他の組織は様々な勢力の寄せ集めである。無数の地方政府や軍閥が支配地域を持ち、部族社会が武装し、野盗山賊の類までもがMSを使用する。それだけではなく各種の資源産出地では、企業の広大な私有地を外国の軍隊や傭兵が守っている例すらある。
ユーラシアの直接統治地域も、ビクトリア湖と輸送ルート周辺を除けば各地域の有力者に兵器を供与して治安維持に当たらせているのだ。占領政策としては100%間違いとも言えないが、それらの兵器が適正な管理を受けている保障は無い。
そういった外交の対象外の相手に対処するためにトレランシアは派遣されるのだ。応援の部隊を派遣するとは言ってくれているが、各国がアフリカの紛争のためにどれだけ手を貸してくれるか。期待しないに越したことは無い。
「少なくとも治安維持のための陸上部隊は出してくれなくては。それより・・・」
マーカスは話を変えた。そして机の引き出しから出した調書を広げる。本部に依頼していた照会の回答があったのだ。その調書はリリトの遭難に関するものであった。照会を依頼したのは、彼女が遭難先で行動を共にしていたアフリカ解放戦線のパイロットのことである。
名前とその身体的特徴、そしてリリト自身が描いた似顔絵から、比較的簡単に照会が可能だったという。マーカスは無言の問いをレセディに発していた。
「伝える必要はないでしょう」
彼女は短く言った。ヘンリー・カグタはアフリカ解放戦線の中でも、高級幹部に属する人間であった。
ユーラシアが支援する武装勢力との戦闘の折り、その拠点となる町への化学兵器行使の実質的な指揮を取った容疑で、国際法違反に問われているのだ。彼は既に、セーシェル政府がアフリカ解放戦線へと引き渡していた。公式発表では、収容先のホテルから脱走した事になっている。
艦のシャワーを浴びて全身の潮を落とす。日焼けには注意したつもりだが、よく見るとやはり焼けている。薄く水着の跡が残っていた。食堂で待っていた男達を見ると、全員鼻の頭の皮がむけている。
一日の遊びの疲れが体全体を薄く包んでいるようだ。だがそれ以上に、頭の隅に何かが引っかかっているような感じがする。
あの新聞記者とは、今日のことはお互い内緒にと言って別れた。その内緒にしなければならない内容が、頭の隅に引っかかっているのだ。「あまり上手くいっていない」と言われた、自分達が通ってきた地域のその後。
食事の手を止めたカシアが、全員を代表するように問いかけた。これからどうするのかと。もちろん帰せと言って帰らせてくれる保証はないが、だからといってここにただとどまり続けるのか。
「結局・・・あれだけの思いをして、何にもならなかったんでしょ」
死ぬ思いをして人を殺して、その結果はゼロだったのだ。だとすれば、今まではいったい何だったと言うのだろう。何かを求めてこの場を選んだのではない、だからといって自分の行為になんらの見返りもないということに納得できるのだろうか。
損をした、そんな感覚だ。それも金銭的なものではない、体を痛め、心を悩ませたのだから。その感覚はもっと深く、沈んでいくような感覚だ。徒労感、虚無感、今まで味わった事のない心のけだるさだった。
そうまでして、ここに残る必要性があるのだろうか。タルハは考え事をまとめるようにつぶやいた。そのつぶやきに、反応した声がある。
「俺達さ・・・何もしてないんじゃね? だから、何にもならなかったんだろ」
イェレの言葉に視線が集まった。彼はたどたどしく言葉を紡ぐ。
「何か、強烈に悔しいとか悲しいとかじゃないだろ? きっと上手くいったって聞かされても、同じだと思うんだ。嬉しいとかあんまり思わないで、あぁ良かったね、これからどうしようって。逆に、上手くいってたら、あぁ良かったねのままダラダラ続けたと思う。それじゃいつまで経っても・・・その、同じだと思うんだ」
リリトは彼の唇を見つめている。少し緊張しているような弱々しい口の動きから出て来るのは、彼らしい真面目な言葉だった。
「多分、ここでプラントに帰ったら、そのまま終わると思うんだ。奇妙な卒業旅行の顛末って形で。でも、今のまま居続けてもずっと・・・何だったんだろうのまま動かないと思う。だからその、しなきゃいけないんだよ何かを。何ていうか、悔しいとか嬉しいとか、そういう風に思えるように、さ」
イェレは大きく息を吸った。
あとはただ、互いに目を合わせることなく、おのおのの内で考えるだけだった。