Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
メインモニターの通常光学映像は、雨に濡れる静かな市街地を映し出していた。まばらに動く人影は皆兵士であり、画面越しであってもその緊張感が伝わってくるようだった。民間人の避難は完了しているが、それが意味するところは何なのだろうか。
市街地での戦闘が行われるようなことがあれば、それはもはや降伏前の断末魔でしかない。ならば民間人の避難とは即ち、敗北の準備ということなのではないか。
もとより、この司令部に詰める人間の中に、勝利を確信しているものなどいない。司令官は天気図を受け取った。
既に広域でニュートロンジャマーが戦闘濃度になっている中、受け取った天気図は五時間前の気圧配置であった。予報官は、雨が日中いっぱい降り続くと言っている。画面に映る雲を見れば大体分かることだ。
「連中にとっては最高のロケーションだな・・・ダブリンからは何か言ってきたか?」
「い、いえ・・・まだ、何も」
若い通信士が口篭るが、これも分かっていたことである。連合本部にとって、アフリカの南端など視界にすら入らないのだ。それでも、彼らは任務を果たすためにここにいる。ケープタウン要塞は臨戦態勢に突入した。
MS用簡易カタパルトから、ジェットストライカー装備のウィンダムⅡが次々と飛び立っていく。虎の子のブルートダガーも出撃準備を整えていた。航空機や戦車といった旧式兵器も、哨戒や威力偵察に駆り出されている。
事態をよく分かっていない者が見れば、それは壮観な眺めなのかもしれない。アフリカ南部の要ともいえるこの基地は、ザフトとの戦争にも耐え抜き大西洋とインド洋のシーレーンを左右する要害として、長らく機能してきた。だが今や、ケープタウン要塞は風前の灯である。
一ヶ月半前にボーフォートウェストが陥落、一週間前にはポートエリザベスも陥落した。ケープタウンは半径100キロ圏を最終防衛ラインと定め、敵を迎え撃つことになっている。
「どれくらい持つか・・・だな」
敵の進軍速度を考えれば、長く持つとも考えられなかった。もはや敵を、単なるゲリラ組織と片付けることは出来ない。それはれっきとした軍隊、それもニュートロンジャマー下での「集団戦」を可能とするだけの組織だ。そうでなければ、わずか一年で南回帰線以南のアフリカを統一することなど出来るはずがない。
ザフト残党を糾合しているなどという情報もあるが、その背後にプラントの影があるという可能性は極めて低い。現に敵が使用するMSは少なく、その多くは各地域政府の保有していた旧式兵器である。しかし、その旧式兵器主体の組織によって、南アフリカ統一機構の中心であり、連合の重要拠点としてMSの配備が進んでいたヨハネスブルクも、激戦の末に陥落している。
連合の残存兵力の全てがこのケープタウン要塞に集結しているとはいえ、もはや救援もなければ逃げる場所もない。だが、連合としての降伏だけはありえなかった。個々の部隊が白旗を揚げることはあっても、連合軍ケープタウン要塞守備隊として組織だった降伏はありえない。
敵の掲げる政策を、今の連合として受け入れることは出来ないからだ。ウォーチェスターの守備隊から交戦を伝える通信が届く。
雲の向こう側からジェットエンジンの音が聞こえる。ジープの荷台に積まれた集音マイクは、その音から高度や速度、機体の種類や飛んできた方向を割り出す。助手席の男は地図を取り出し、割り出されたデータを書き込むとマイクに口をつける。
「FF-65が二機、東北東に向かってる。現在雲は高度1000メートル程度、上からの目にはならない」
その他、いくつかの情報を伝えると、ジープを発進させた。時計を確認しながら次の観測ポイントに急いだ。そろそろ道がぬかるみだす。そうなれば、幹線道路以外は走り難くなる。幹線道路沿いに部隊を展開させるはずの敵を叩くのであれば、幹線道路以外の道を走らなくてはならない。
観測ポイントの丘には、既に先発部隊が到着していた。馬が二頭にラクダの四頭。機材の積み下ろしを始めている。一人の男が、小さな三角形の凧を取り出し、器用に空に上げた。手元の計器に、風向と風力が表示されている。
そのデータを地図に写し取り、通信を送った。その後ろで、組み上げられた機材が次々と点火される。直径にして一メートルほどの気球が七つ。ガストーチからの炎で一気に膨らみ始める。
ぶら下げられた箱には、姿勢制御のための小さなプロペラと観測用のカメラが設置されていた。細い通信用ファイバーを引き伸ばしながら、七つの気球がゆっくりと上昇していく。
草むらに隠れるように張られた低いテントの中では、気球からの映像がパソコンのディスプレイに映し出されていた。七つの気球を慎重に調整しながら目標を捉える。最大望遠の映像は、ケープタウンの飛行場を映し出す。
「バルーン906分隊、聞こえるか?」
通信機から聞こえるのは、別の部隊の動向だった。気球の向きを変え、その映像を送った。
防水仕様のディスプレイで送られてきた映像を確認すると、先頭の男は合図を出して向きを変える。展開中の敵部隊に鉢合わせする必要はない。手ごろな藪を見つけると、そこに隠れる。荒い息を吐く馬をなだめながら視線をめぐらせると、雨に煙る大地を巨人が行進しているのが見える。
双眼鏡の距離計を使おうとする部下を叱責する。レーザー式の測距装置はニュートロンジャマー下でも有効であるが、逆に最も一般的な測定装置であるため敵に探知される可能性もある。
男はポケットから何枚もの写真を取り出して遠くを歩くMSと見比べた。距離に応じて見かけの大きさがどのように変わるかを写した写真で、大体の距離はつかめる。そのデータを地図に写し取ると、通信を送らせた。
馬の背中に積んである大型のリールのような装置は、通信用光ファイバーである。それを使ってMSの進行方向と数を知らせた。
MSに後続する車両部隊が過ぎ去ったのを確認すると、男達は再び馬にまたがる。彼らの部隊は、通信用光ファイバーを戦闘区域に張り巡らせることが任務である。極細のファイバーを地面に引きながら、馬は疾走する。
「やべっ、サードダガーはこっちかよ」
敵の一部隊の動きを知らされ、トラックの助手席の男は舌打ちをした。地面がぬかるみだし、スピードが出ず目標ポイントへの到着が遅れているのだ。ようやく、目印の林を見つけそちらに車を向ける。
荷台から降りた男達は、牽引してきた砲をトラックから外し林の中に移動させる。高さにして一メートル弱、長さ二メートル程度のその砲は、対MS用小型ビーム砲であった。
最低三人で運用できるそのビームは彼らの秘密兵器といってよく、ヨハネスブルグでは猛威を振るった。起動用電力を含め全てをエネルギーパックでまかなうそのビームは、一キロ以内であれば、十分にMSの装甲を撃ち抜くことが可能だ。
一発ごとにパックの交換が必要であり、三発以上は砲身冷却の問題から不可能であるが、複数を同時に運用することでそれをカバーしていた。
砲の設置作業を行っている間、一人の男は地図と磁気式の金属探知機を手に周囲を歩き回る。そして十センチ四方で厚さ二センチほどの金属の箱を見つけた。別の部隊が敷設した通信用光ファイバーの中継器である。
今朝もらったばかりのパスワードを入力した。パスワードは一回でも間違えると中継器が壊れる仕組みになっている。もし間違えれば、別の中継器を探しにいかなくてはならない。そうなれば、実質ここの砲は使用不能である。
中継器と通信機のケーブルをつなぐと、ケーブルリールを回しながらトラックに向かう。砲の立ち上げ作業は完了したようだ。通信をもとに、他の部隊と連携してビームの照準を定めていく。
コズミック・イラの戦闘を変えたのはMSではない。ニュートロンジャマーは核兵器の不能化で戦争を変えるだけでなく、通信の阻害によって戦闘をも変えてしまった。
航空機、車両、歩兵、それら全てを大容量の通信でネットワーク化し、全ての兵器を一元的に運用するという旧世紀の戦闘は、ニュートロンジャマーによって不可能となった。さらにレーダーが使えなくなったことにより、旧世紀の兵器は目をも失うこととなる。
MSとは目視以外の索敵手段を持てなくなった現代だからこそ必要とされる兵器であった。高い位置にカメラを設置することによる視界の確保し、頑健な防御力と強大な火力によってスタンドアローンでの戦闘を可能とする兵器。
必然的にそれは組織的な戦闘よりも、個々の能力に依存した一点突破型の戦闘にならざるを得ない。コーディネーターという種、そしてザフトという組織とはそのような戦闘を可能とするものだった。
事実連合も、MSでの集団戦とは高出力超短波無線かレーザー通信が可能な極めて短距離で複数のMSが連携して戦うことと解釈しており、部隊や軍そのものを組織的に運用する方法は不可能だと、現在に至るまでその考えを変えていない。どれほど大量にMSを作ろうとも、戦場では個々の部隊が通信をやり取りして戦闘することは出来ないのだから。
「ええぃ、敵と砲撃位置は!?」
「弾道計算の結果が・・・東に約110キロ、二百ミリリニア砲と推定されます」
砲弾を浴びせられる滑走路の映像に司令官は歯噛みする。レーダーも無線も使えない現在、長距離砲撃などナンセンスのはずだ。いくら座標が割れているとはいえ、着弾確認も無しにここまで正確な砲撃など出来るはずがない。
スパイのような人間を送り込んだところで、どうやって情報を伝達するというのか。地平線の遥かかなたから撃ち出される砲弾は、間違いなく滑走路を狙っていた。
沖に退避させた空母から艦載機を発進させて砲撃地点を空爆させるよう命令を出すが、二百ミリリニア砲なら自走タイプもある。艦載機が到着する頃には位置を変えられているだろう。レーダーのない航空機では、カモフラージュされた地上の目標を発見することは不可能に近い。
砲を排除するには、近くに展開するMS隊に伝令を送るしかない。直進するレーザーでは地平線の向こう側に届かないため、レーザー通信は使えないのだ。だが、伝令を飛ばしてMS隊が動く頃には、砲撃の目標は司令部に変わっているだろう。司令官は壁を叩いた。
「各戦線の動きは」
「通信が・・・混乱して・・・」
現代の戦闘において、戦闘開始後の司令部に仕事は無いに等しい。それぞれの部隊の動きを逐一知ることなどできないのだから。司令官の手元には、二時間前のスウェレンダムでの様子が伝えられているだけである。
既にスウェレンダムの守備隊は崩れだしており、その維持が困難になっていた。ウィンダムⅡのビームライフルが道路を抉り、その瓦礫が進んできた戦車に降り積もる。だが息をつく暇も無く、投下される爆弾をよけるようにスラスターを吹かした。
全長二十メートルのロボットである、航空機からであっても容易に発見できる。誘導弾が使えないため命中精度は極端に低いが、足止めなら簡単だ。MSの行動範囲を限定すれば、後は戦車とヘリでその装甲を削っていけばいい。
「何で背後に回りこまれてるんだ!」
ウィンダムⅡのコクピットの中でパイロットが叫ぶ。撤退を開始した部隊が、敵の待ち伏せに遭い大打撃をこうむったと聞いたのだ。防衛ラインと定めた線を簡単に突破されていた。いや突破ではなく、すり抜けたのだ。こちらの配置を知られ、その隙間から背後に回られたのだ。
同じように敵の背後を突こうとした味方部隊もいるはずなのだが、敵に動揺が走ったそぶりは無い。ビームライフルで航空機を撃ち抜き、振り回したシールドでヘリを叩き落すが、度重なる戦車砲の直撃で右足が折れた。
片足での姿勢を制御できるだけの推進剤残量は無く、ウィンダムⅡは地響きを立てて倒れる。
浅く掘られた地面に木製の柱を立て、布で覆っただけのテント。その中央に置かれているテーブルには、各戦線から送られてくる情報が積み上げられていた。敵の位置や数、進撃の方向や速度、味方部隊の配置状況に各戦線での戦果、それらを総合し次の指示を送っていく。
通信用の光ファイバーを敷設しているとはいえ、常にその敷設場所近くで部隊が展開するわけではない。そのため、情報を送る手段も様々である。レーザー反射用の気球を利用したレーザー通信、発色発炎筒や信号弾、馬やジープによる直接伝達、手旗信号や伝令犬、ありとあらゆる手段を用いて通信を行う。
無線とレーダーを恒常的に使えた時代とまでは行かないが、少なくとも旧世紀の第二次大戦レベルでの作戦行動は可能な指揮命令系統が構築されていた。そして彼らは、それを構築した者達である。通信と索敵という目的は、無線とレーダーという手段が無くとも可能であり、その目的を果たす手段があれば「組織戦」は可能なのだ。
MSの性能に頼った局地的な戦闘の積み重ねではなく、全ての兵器を有機的に運用する戦闘。MSの登場がもたらした戦闘の退化は、再び元の水準に戻ろうとしている。
「ブルートダガーの部隊は・・・さすがにMSが必要ですね」
「網を張っても、かからないと意味ないしな。よし、私が出よう」
テントの中の視線が一人に集まる。制服も階級もはっきりしない組織であるが、その眼差しが全てを物語っていた。リーダーと目される青年が無造作にヘルメットをつかむと歩き出した。
「ついでに少し早いが司令部も引き払おう。オプションはBで固定、後の指揮は任せる。ケープタウンで会おう」
青年は地図に丸めていた女性にそう言うとテントを出た。そして馬にまたがりMSを隠している場所に移動する。司令部はあわただしく撤収の準備を始めた。トラックやジープ、馬やラクダの背などに分散された司令部は、散り散りになりながらケープタウンを目指す。
レーザー通信機が載せられたトラックの荷台で、女性が再び地図を開いた。遠くの山頂の反射施設を狙っている通信機は、彼女の指示を各部隊に伝えていた。その上空を、鮮やかな空色で塗られた翼付きのジンが颯爽と飛んでいく。
進む場所進む場所に敵が待ち伏せていた。自分の居場所が何故こうも敵に知られているのか、MSという発想から逃れられないパイロットは不気味な謎に苛まれる。自分がどれほど目立つものに乗っているか、理解し切れていないのだ。
戦車やヘリといったものから、茂みから撃ち出される携帯用ロケット弾の類まで、攻撃を受けない場所は無いといって良かった。その上、反撃すると同時に敵は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
だが、敵の逃げた方向を味方に伝えようとも、通信を送る手段が無い。ケープタウンを中心とする百キロ圏内に配置された連合の部隊は、それぞれが完全に孤立しているのだ。
かつてザフトと戦闘をしている時は、互いに孤立した部隊同士の戦闘に過ぎなかった。だが今の敵は、全ての部隊が連携している。ケープタウンを中心とする百キロ圏内に展開する全ての敵部隊が、敵となって襲ってくるのだ。
僚機のバックパックが爆発した。近くを歩いていたロバが引く荷車に山積みになっていた干草、その中に迫撃砲が束になって設置されていたのだ。十発以上の迫撃砲弾をスラスター部分に受け、僚機はそのまま動きを止めてしまった。動力系統のトラブルらしい。荷車の御者は既に逃げ出し、ロバだけがのんびりと歩き続ける。
「くそぉっ! ありかよこんなの!」
三個小隊で出撃した彼らの部隊はこれで二個小隊になってしまった。三機のウィンダム改を失って、戦果は戦車二両である。ろくに敵と遭遇することも出来ず、じりじりと消耗だけを強いられていた。推進剤もバッテリーも、もはや心もとない。
補給を受けられるポイントまで後退しようと告げる。短距離用高出力短波無線も時折ノイズが混ざるほどにニュートロンジャマーが濃い。先ほどやられた機体のパイロットを回収しようとすると、近くで着弾音が聞こえた。味方機が空に向けてビームライフルを放つ。すると、雲の谷間からいくつもの爆弾が落ちてきた。
対空射撃を元に位置を特定してきたのだ。クラスター式の爆弾が、文字通り雨のように降り注ぐ。掲げたシールドが激しく揺れ、コクピットの画面が損傷箇所を点滅させる。致命傷にはならないが、確実にパイロットの精神は追い詰められる。
「勘弁してくれよ・・・」
望遠センサーが捉えたのはヘリの編隊。味方機がビームライフルで応戦する中、僚機のパイロットを回収し後退を始める。しかし、最後の推進剤を使ったジャンプ飛行の着地点は不運にも地雷であった。右足を吹き飛ばされたウィンダムは横倒しになり、体を支えるためについた腕もやはり地雷に吹き飛ばされる。
攻撃ヘリは地上で待機し、敵の情報を受け取るとそこに向かう。どの敵を攻撃するかが決まっているのではない、もっとも近い敵を攻撃するのだ。対戦車用の火器を搭載している攻撃ヘリはMSに対しても一定の打撃力を有し、一部の機体には携帯用のビーム砲を装備しているものもある。
それに対し、航空機の役割は限定的なものとなる。地上との通信は困難であり、音速で飛ぶ機体がレーダー無しに目標を攻撃するのは至難の業だ。指定ポイントへの地雷撒布以外は、遊撃として発見した敵への空爆をするくらいだ。投下する爆弾には発煙弾が組み込まれ、敵の位置を知らせる役割も持っている。
「そしてMSには・・・」
囮としての役割がある。いや、その程度の役割しか彼らは認めていなかった。
MSが登場してから、十年もたっていない。その整備や補給に関する運用ノウハウは、いまだに連合とザフトしか有していない。ゲリラとして始まった彼らの組織にとってMSとは、高価だが使えない兵器なのだ。
だがMSが戦争の主役と信じられている現代、MSこそが主力でありそれを破壊することが勝利だと誰もが思っている。空色のジンの中で青年は、あまりにも予想通りの反応をする敵に苦笑した。
連合の最新鋭地上用MS・ブルートダガー。ワイルドダガーの発展系であるそのMSが二十機、ケープタウン要塞の切り札として戦線に投入されていた。空色のジンは、危なっかしく反撃しながら、ブルートダガーの攻撃をかわしている。
ジンに随伴していた三機のストライクダガーは既に撃墜され、ジンも左腕を失っていた。
「あと、十秒」
カウントダウンをすると、手元の時計より一秒早く猛烈な砲撃が周囲に土柱を立てた。ザウートが五両、遠くの丘から砲撃を開始したのだ。ブルートダガーの半数がザウートに向かう。だが向きを変えたブルートダガーは、まるで躓くように地面に転がった。高速で地上を走っていた勢いのままに転がり、一機は既に爆発している。
人型に変形したブルートダガーも次々と足元を撃ち抜かれていく。設置されていた携帯用ビーム砲だ。足の止まったブルートダガーにザウートの容赦ない砲撃が降り注ぐ。一発ごとに正確になる砲撃は、ついにブルートダガーを直撃しだした。
ジンを追っていた残りのブルートダガーも異変に気がついたが、その時には既に大爆発が起こっている。その動揺を見透かすように、ヘリの編隊が全周囲から迫ってきた。一度足を止めてしまったブルートダガーは、もはや的になるしかない。
標的を変えたザウートの砲撃、投下されるクラスター爆弾、雲霞の様に押し寄せるヘリの大群。
なす術なく沈黙するブルートダガーを尻目に、空色のジンは前進を続けた。味方の車両や馬に手を振りながら、ケープタウンを目指す。もはや抵抗はなかった。砲撃により基地機能の大半は失われているのだろう。
市街地内部での散発的な抵抗は、それこそこのジンが街に降り立てば終了する。先に市街地に向かった部隊が降伏勧告を出しているはずだが、そちらの動きはないようだ。ビルの谷間から飛び立ってきたウィンダムⅡを斬機刀で斬り捨てると、外部スピーカーで降伏を呼びかけながら着陸させる。
足元にジープが止まった。
「カルヴィニアからボナパルト級の陸上戦艦が接近しています!」
女性がハンドスピーカーでそう怒鳴っていた。青年は舌打ちをする。情報ではヨハネスブルグで小破した後、分解されてランバーツベイから脱出したはずだ。高価な陸上戦艦だけ脱出させてアフリカは見捨てる、連合らしい判断だと思っていたのだが裏をかかれたようだ。
「射程圏内に入るのは何時間後だ!?」
「・・・推定ですが、三時間後です」
今の陣容で陸上戦艦を黙らせるのは厄介だ。基地施設を壊しすぎたのが仇となった。代替案がなければ撤退するしかない。次のチャンスがないわけではないのだ。ケープタウンと陸上戦艦だけで連合が事態を打開できるわけではない。
全部隊に撤退の指示を出そうとした時、青年は機体が振動するのを感じた。その特有の振動は、重力下行動が可能な宇宙戦艦が浮遊移動する時に発する振動だ。ジンの首だけを後ろに回し、モノアイを望遠にする。
雨雲の切れ目から差し込む光を反射して、白く煌く船体が姿を見せた。曲線を意識した優美なフォルムに身を包み、特徴的な二基のカタパルトデッキを有する戦艦。彼らに奇跡を運んでくる幸運の船だった。
「神は見捨てても、彼らだけは見捨てない・・・そんな気がするよ」
彼らが南アフリカ統一機構に抵抗する運動を始めた頃から、幾度となく訪れた危機を救ってくれた艦。いつからかその艦はオファニム、神の戦車を運ぶ車輪と呼ばれるようになった。
ケープタウンの市街地上空を悠然と飛ぶその姿に、あちこちから歓声が上がる。どうやら要塞は完全に落ちたらしい。
予想以上に雲が流れるのは早かった。ケープタウンはまだ雲の下のようだが、少し北に上がると、完全に雲は切れていた。遥か上空から下を見るにはうってつけの空である。眼下では二隻の戦艦が戦闘を始めていた。
責任者らしい年かさの男は、椅子の上でだらけた様子を見せる二人に眉をひそめる。
「都市伝説じゃなかったんだ、アレ」
「おい出ようぜ、積んでんだろ。見物だけなら俺を引っ張ってくんなって」
成層圏の最上層を周回する大型輸送機の一室で、その戦闘の観察が始まった。だが声を上げている者は、戦闘の観察などには興味がないようだ。
彼らはもともとケープタウンへの援軍として派遣されてきたものであるが、突如謎の戦艦が戦闘に介入したため予定が変更され、パイロット二名とともにその戦闘を記録分析することとなったのだ。そして、その予定変更は正しい判断だと証明されるような光景が繰り広げられている。
ボナパルト級のMS搭載数は仕様によりまちまちだが、今戦闘をしているタイプはもっとも搭載機数の多いタイプだ。十五機のMSが出撃したようだが、それでもなお劣勢である。
謎の戦艦が圧倒的な優勢を保ったまま戦闘を進めていた。三百メートル級の巨体が航空機並み機動性で空を飛びまわり砲弾をかわし、ビームのすべてはラミネート装甲によって無効化されていく。そしてその対空砲撃は、MSの機動性をもってしても近づくことが出来ないでいる。
それ以上に目を引くのが、その戦艦から出撃したMSである。たった一機の白いMSがまるで子供を相手にするように十五機のMSをあしらっていた。一切の反撃を行うことなく、その回避性能だけで渡り合っているのだ。
「国際救難チャンネルのようです。距離が距離だけに通信内容は不明ですが」
戦闘を観測する輸送機の中で、分析員の一人が声を出す。どうやら謎の戦艦は陸上戦艦に対して何らかの通信を行っているようだ。
その通信が打ち切られた時から、本番が始まった。白いMSは後ろの腰にマウントしてあった二挺のビームライフルを構える。次の瞬間には、二機のMSが煙を上げながら降下して行く。
「何!?」
やる気のなさそうだった二人も画面を食い入るように見つめる。その時には既に三機のMSが、腕部や脚部を切断されて落下していた。
瞬く間の出来事とはこのことを言うのだろう。白いMSの各部に取り付けられた砲門が煌くと、一度に七機のMSが撃墜される。しかもどのMSも爆発することなく、ただ飛行能力と戦闘能力だけを失って墜落させられているのだ。
残り三機も抵抗する暇なく墜落する。時間にして一分もかかっていない。分析官は収まった画像数のことばかりを気にしている。
全てのMSを失い、陸上戦艦は動きを止めた。そのブリッジの前には白いMSが立ちはだかるように浮いていた。
「何よ・・・アレ」
「ウィンダムが相手に出来るレベルじゃねぇよ」
輸送機の中で、二人のパイロットが絞り出すような声で言う。目の前で起こったことは、即座に理解できるものではなかった。もはやMS戦と呼べるようなものではない。
輸送機はそのまま北を目指して飛び去った。
ケープタウン要塞の司令部は一部の人員がヘリで沖合いの空母に脱出し、その空母はそのまま撤退した。ケープタウンの市街地には、姿も装備も統一されていない部隊が次々と凱旋してくる。
ジープやトラックは言うに及ばず、馬やラクダにまたがるもの、牛やロバに引かせた荷車に乗るもの、MSを歩かせてくるもの、様々だった。上空には航空機とヘリが飛び交っている。
喧騒に包まれる市街地の中心、軍事施設でなかったため比較的被害の少ないオフィス街の一角に、臨時の司令部が置かれていた。空色のジンから降り立った青年は、出迎えてくる全ての人間と握手し抱擁を交わした。最後に抱擁を交わした女性は、そのまま青年を司令部の中に連れて行く。
これより彼らの組織、「アフリカ解放戦線」による声明を出さなくてはならない。スーツに着替えさせ、髪を整えさせる。
「身だしなみからは解放されないのかい?」
「ええ、あなたがリーダーである限り永遠に」
青年が原稿の最終チェックをする。放送の準備が整うまで、一時間強あると伝えられた。原稿のチェックと同時に、各種の報告に目を通す。
さしあたっての組織運営と、国家としての体裁が整えられるだけの準備はしている。組織の立ち上げから二年半、ようやく第一歩を踏み出した感じだった。
「オファニムは?」
「陸上戦艦の武装解除を完了したという連絡があっただけです」
ゲリラ組織として苦しい戦いを続けていた時からそうであった。あの戦艦は常に危機に駆けつけ、何を要求することもなく去っていく。彼自身、怪我をして収容された時の一回しか、あの艦のクルーには会っていない。
パイロットだと紹介された、柔和で少し神経質そうな顔をした少年を思い出しながら、彼は苦笑した。組織の長として政治の真似事をし、人の善意も悪意も垣間見てきたつもりだ。
それでもあの艦とクルーには「正義の味方」に対する素朴な信頼感のようなものを抱いてしまう。
「いつまでも、奇跡には頼れません」
「分かっている・・・ここを落としたのは奇跡じゃなく、僕らの努力が招いた必然だ。彼らはその必然が実現する時間を、ほんの少し早くしてくれただけだ」
青年はそう言うと、赤ペンで原稿に書き込みを行う。全世界に向けてアフリカの解放、ナチュラルとコーディネーターの共存を訴えるのだ。最高の言葉を選びたかった。
連合加盟国である南アフリカ統一機構に対する反政府武装闘争を続けていたアフリカ解放戦線は、連合軍拠点ケープタウンを奪取。これにより南アフリカ統一機構は事実上解体され、アフリカ解放戦線は南回帰線以南を実効支配することとなる。
アフリカ解放戦線が行った「ケープタウン宣言」と呼ばれる声明は、アフリカ解放戦線による全アフリカの解放、ならびにコーディネーターの全面的受け入れと共存政策を打ち出した。
ブレイク・ザ・ワールドからレクイエム戦役にいたる被害からの自国復興を最優先にする連合各国はこれを黙殺、プラントは表向き歓迎の意向を示しながら実質的にはそれに関与しない姿勢を取ることとなった。
コズミック・イラ75、10月のことである。