Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
低空を低速で飛んでいるため、推進剤の消費が早い。スラスターが巻き起こす風が猛烈な砂埃を舞い上げている。薄い黄土色のもやの中を、数台のジープが走っていた。マイクが拾った音からスラスター音だけを排除すると、散発的な銃声が聞こえている。
ウェルガーのスピーカーからは、公用語と現地の言葉で警告が発せられていた。ヒューは画面に映し出されたマニュアルをチェックし、独立の記録装置に映像と音を収めていく。彼は仕方なしといった感じで無線を開いた。Nジャマー濃度は薄いが、映像は不鮮明なままだ。
「エリクセン少尉、警告の三回の無視と敵対行動を確認した。攻撃に移ってくれ。あんまり当てるなよ」
「当てなきゃ、分からないですよ」
タラスは冷たくそう言うと、腰のグレネードを落とす。対MS用の巨大な榴弾は、車列の中央で弾けた。一台のジープは跡形も無く消え、三台のジープが横転して炎上していた。発射された対戦車ロケット砲をシールドで払うと、それを地面に突き立ててジープに衝突させる。
逃げようとした装輪装甲車をビームライフルで蒸発させて、タラスのウェルガーは着地する。生き残った人間が銃を撃ちながら走り出すのをカメラで確認し、頭部の機関砲を掃射する。流石に当てる気にはなれなかったが、衝撃や破片で何人かの人間が倒れ、うずくまっていた。
「気分よくねぇな」
Nジャマーによる有視界戦闘の復活は、紛争地における武装勢力の掃討に思わぬ副産物をもたらした。掃討する側の人間に対する心理的圧迫の増加である。
遥か遠くから画面だけを見て撃つのではなく、実際に人を見て撃たなくてはならないという事は、それだけで重圧である。その上、掃討する側はMSのような圧倒的に安全な場所に居るのである。パイロットの精神的負担は、その分大きいと言えた。
非殺傷兵器の導入なども行われているが、それでは武装勢力の増長を招くという現場からの根強い不満もある。かつては掃討される側だったタラスとしては、よく分かる話だった。
武装勢力の人間に損得勘定のできる賢い人間はいない。死ぬか生きるかしか知らず、死ななければ死ぬまで銃を撃つしか出来ない人間しかいないのだ。彼自身、もう少しでそんな人間の仲間入りをするところだっただろう。
「手だけ吹き飛ばす機銃とか、足だけ消し飛ばすビームとか開発してもらったらどうです」
「アホ、そしたら戦後働く人間がいなくなるだろ」
ヒューはそういってウェルガーを飛び上がらせる。MSを二機も飛ばして数台のジープを攻撃。コスト面だけ考えれば、大失敗の作戦であろう。アフリカでのトレランシアの作戦は、そのようなものが主になると考えられていた。
現在トレランシアは、マラウイ湖の南端から西に二百キロほどの地域に来ていた。大きな地図で言えば、アフリカ解放戦線の勢力下であるが、そのような地図は現地ではたいして役に立たない。
アフリカを分割する政治勢力は、どこも地域勢力の集合体に過ぎない。比較的政情と経済の安定している北アフリカ連合体を除けば、いわゆる中央の求心力は弱い。アフリカ解放戦線も、その指導者のカリスマ性が組織の求心力となっているが、強固な政治組織は出来上がっていないのが実情だ。
そのため、連合の人道支援の対象は個々の地域であり、トレランシアの相手はそういった地域勢力となる。
「ハイ、先生。分かりません」
カシアがプリントアウトされた資料を持って手を上げる。そして資料の文面を指しながらフィジェに質問した。作戦概要やその目的、そして付近の情勢をコンパクトにまとめた資料であるため、読みこなすのが難しい。今回の作戦は難民キャンプの確保である。
マラウイ湖を通過する貨物船の安全確保の面から、その西側一帯はユーラシアが支援する地元政府の領域であった。しかしアフリカ解放戦線がケープタウンを陥落させ、アフリカ南部から連合の勢力が一掃されたことによって、ユーラシアの支援に反発する反政府勢力も生まれた。
アフリカ解放戦線の支援を受ける反政府勢力と地元政府の対立が内戦に発展し、多くの難民を生み出す事となったのだ。難民は別の地方政府影響下の土地に流出していた。
「でも部族間の対立とも書いてるわよ」
「対立したから部族が生まれたんだ」
カシア達の勉強会に顔を覗かせたアレナが解説する。
この内戦は、政府代表の出身部族であり地元政府の要職を占めユーラシアからの支援を独占するコラカ族と、そこから取り残されたホユ族の対立があるといわれている。
しかしアフリカの部族は、基本的に対立構造が生じた後に現れる。平和な時には何らの問題も起きないのだ。今回も戦争前には市民レベルで両部族間に対立があったという報告は無く、所得や失業率に関しても有意の差は無かったとされている。
「みんな貧乏だったってことか」
「そうだな。だが部族に関しては、今回は少し厄介だ」
反政府勢力のホユ族には、コーディネーターがいるのだ。大戦時に地元代表だったのはホユ族であり、ザフトは彼ら支援を行った。また、ここを担当したクライン派の司令官の意向もあり、プラントから降りてくる人間が多かったのだ。核やレクイエムといった脅威にプラントが晒された影響で帰還した人は少なく、把握されているだけでも千人弱のコーディネーターがいる。
ホユ族の人と結婚したコーディネーターも多いため、ハーフコーディネーターの存在も確認されている。今回の場合、部族対立にナチュラルとコーディネーターの対立が混ざっているのだ。
複雑な表情にならざるを得ない話題だ。ザフトもユーラシアも同じ発想で現地を支援し、それが今回の紛争の遠因となっている。その上、国際的には緊張緩和が進んでいるはずのコーディネーターとナチュラルの対立が、未だに頭をもたげているのだ。
六人は視線をチラチラと交わした。
「難民の数からすればコーディネーターの数など微々たるものだ。そもそも難民になっているのは両方の部族だしな」
アレナはそう言って、他に質問はと尋ねた。イェレが別の質問を開始する。
七度目の会議でようやく文面がまとまり、それに基づいた新しいマニュアルが策定された。研究の円滑な実施を確保するために必要だとはいえ、会議出席者には流石に疲れの色が見えた。
報告を終えた若い研究者は小さくため息をついて席に着く。タイミングを見計らったように、休憩のお茶が配られた。張り詰めていた空気が緩み、静かだった会議室が僅かにざわめく。
「派遣する者の選定は?」
「一両日中に事務局が内定を出します」
秘書とのやり取りや電話の応対などで会議室は徐々にうるさくなっていく。半年以上止まっていた研究がようやく再開できるのである。そのための準備に取り掛からなくてはならない。データの収集が出来なかった期間を研究でどのように扱うかが、今後の課題となるだろう。
今回の研究停止の原因は、被験者の精神的変化の兆候を見逃した事と、そのような変化をもたらすだけの心理的圧力を生じさせたことにある。前者に関しては、各研究者がより連携して研究成果を開示する事によって、相当程度カバーできる目途はたった。
後者に関しては新たな倫理規約を作成し、被験者のプライバシーをはじめ、より人権に配慮した研究を行う事で、意見が一致した。新しく作られた倫理規約と実施マニュアルに沿って、データ収集を行う事となっている。規約の策定には、従来のように遺伝子学や生物学、心理学などの分野以外に、教育学や社会学の分野の専門家の意見も取り入れている。
「いきなりアカデミーに入れたのが失敗だったか」
「しかし、身体の発達途上でノイズが混ざるのは避けたかった」
「被験体が複数いれば避けられた事態かもしれないがな・・・」
セプテンベルⅡの春の日差しを模した光に目を細めながら、研究者達は今回の失敗をどのように生かすかを考えていく。
一般コーディネーターとの能力比較のためにザフトのアカデミーに入学させた被験者に脱走されるという事態は、少なからぬショックを研究者に与えていた。コーディネーターの未来と理想を担う彼女を追い込んだのは何か。彼女の居場所が判明してからも、すぐに研究者を派遣しなかったのは、二度とこのような事態を起こさないために万全を期すためである。
今回派遣する者は、倫理規約の文面だけでなくその精神を深く理解した者を選ばなくてはならないだろう。「生まれ出る者」ではないコーディネーターという存在が、それでもなお人であるためには、ただ人として接する心が必要なのだ。
渇いた埃っぽい大地を、ボロきれが覆っている。それは、木切れで作られたテントのようなものだった。夜露を微かに凌ぐ事しか出来ないようなそのボロが、ほとんど唯一の財産といっていい。痩せこけた家族が身を寄せ合うようにその下にいる。母親の腕の中にいる子供は、眠っているのか死んでいるのか分からない。
銃声と怒声が時折聞こえる。もはや諍いごとの種くらいしか、ここには残っていないのだろう。父親は力なくうなだれた。
難民キャンプとして地元政府が定められた区画を与えたわけではない。内戦から逃れてきた人が居ついた場所が、難民キャンプと呼ばれるようになっていた。西側には山が連なっており、越えて向こう側には行きにくいのだ。現在、NGO団体の一つが数人の医師を派遣しているのだが、現地の情勢調査の側面が強い。
ここから数キロの山あいにトレランシアは着陸していた。当座の人員として派遣されていた陸戦隊は、全員キャンプの治安維持に駆り出されている。もっとも、とてもではないが足りる人数ではない。信号弾を確認して、グラティアが足を踏み出した。
「どいて下さいとも言いにくいよな・・・」
フォルトゥーナのコクピットからイェレの愚痴が聞こえる。MSも警備に当っていた。本来は難民キャンプに対する攻撃の抑止が目的なのだが、キャンプ内部のいざこざに対しても出動要請があるのだ。スラスターを吹かすわけにも行かず、テントと人のいない場所を探して足を進めて行く。
大抵の場合、MSの姿を見せれば銃撃戦は止む。それでもなおこちらの警告を無視する場合には、専用の武器を使用する事となる。グラティアは手にしていた武器を構えた。リリトは少し息を吸う。
「やめぃっ!!」
マイクに向かって発せられた声は、グラティアの外部スピーカーを通って外に伝わる。その音をグラティアが手にする拡声器型の武器が増幅し、さらに指向性を与えて目標に向けて送られる。すると対象となった極めて狭い範囲にのみ、壮絶な空気の振動が与えられるのだ。
思わず銃を捨てて耳を覆ってしまうほどの騒音を浴びせられ、銃撃戦を演じていた男達は散り散りになって逃げていく。マダガスカルで積み込まれた装置に、ユンディとタルハがちょっとした改良を加えたものだった。うるさいだけなので人が死ぬことは無く、意外なほど効果を上げていた。
岩陰に隠れていた陸戦隊に手を振って、機体を持ち場に帰らせる。フォルトゥーナから接触回線での通信がある。
「あいつら、難民じゃ無いんじゃね?」
リリトは先ほどの場面を記録装置から呼び出す。銃を持っていた連中の服装は、テントの下でうずくまっている人と比べて、明らかに綺麗だった。リリトは、資料の中にあった説明を思い出す。
しかし、それを考えるより先に、別の信号弾が眼に入った。携帯式のものとは高度も明るさも違う。トレランシアから打ち出されたものであった。
ブリッジにレセディが駆け込んでくる。青ざめていたマーカスの顔に、あからさまな安堵の表情が浮かんだ。それを無視して彼女は次々と指示を出していく。トレランシアへの襲撃は想定されていたが、この手の襲撃は予想外だ。確認された機影は七で内MSは二だが、油断は出来ない。待機中だったウェルガーの二番機と三番機を緊急発進させる。
対空弾幕を張って武装ヘリの接近を阻むが、レールガンを装備した長距離攻撃用セカンドダガーの砲撃が厄介だった。まだ命中していないが、当りだすと防御の手立てが無い。一発二発では沈まないとしても、ダメージは避けられない。浮上して回避行動に移りたいところだが、山間であるため十分な高度が取れなければ難しい。
「ファーストとリベルは!?」
「整備中でした! 発進できるようになるまで後十分かかります!」
サブフライトシステムに乗った二機のセカンドダガーを落とすために、発進させた二機を向かわせるのはリスクが高い。レールガンの射程を考えれば、敵は逃げの一手だろう。安易に追撃させたところに、別のMSが出てこないとは言い切れないのだ。こちらのMSを一機ずつに分散させる事も危険だった。
山肌に沿うようにトレランシアを移動させて時間を稼ぐ。ウェルガーには周囲の警戒と武装ヘリへの牽制をさせた。
山を抉るレールガンの着弾をモニターで見ながら、カシアは祈る。手を組んで視線を落としたとき、ディスプレイの一角が一瞬点滅するのが見えた。艦のハッチを管理する画面だ。カシアは驚きの声を上げた。
「侵入者!?」
その声にレセディは自分の迂闊さを呪った。そもそもトレランシアに対する襲撃は、人間による艦への侵入であろうと想定していたのだ。それが普通にMSによる攻撃を受けた事で、その可能性をすっかり切り捨てていた。
レセディは一瞬で全ての後悔を終えると、怒鳴り声を響かせる。艦内放送で対侵入者シフトに切り替えを命令し、ブリッジにも指示を出す。
「全隔壁閉鎖! 侵入者の人数と場所を特定しろ! スターム少尉はセキュリティチェックだ!」
カシアは慌てて艦のコンピューターをスキャンする。物理的な攻撃ほど確実性はないが、コンピューターへの攻撃は成功すれば瞬時に艦を掌握できる。案の定、あちこちに不正なアクセスの痕跡があった。今のところは自動的に排除しているが、いつ突破されるかは分からない。
得意分野ではないことを悔やみながら、カシアはキーボードの操作を続ける。
コクピットの中の時間は急に流れを遅くした。レバーを握り締める手を振って、力の入りすぎる自分を宥めようとするが、じりじりとしたその流れに苛立ちを募らせていく。青空しか見えない西の空に、最大望遠のカメラを向けた。
トレランシアからの信号弾を受け、難民キャンプの警備に来ていた二機は、規定に沿ってグラティアのみを艦の救援に向かわせた。こちらを無視するわけにはいかないという事は分かるが、ただ不安に待つだけというのは苦痛だ。イェレはバイザーを上げて水筒のストローをくわえた。喉が妙に渇く。
風が砂埃を舞い上げた。その風に飛ばされたのだろうか、テントの布が頼りなく空を舞っていた。それを視線で追うイェレは、最大望遠のセンサーに反射するものを見つけた。一瞬だけ見えたそれを解析ソフトにかける。
しかし、それより早く通常センサーが捉えたものがある。イェレはペダルを踏んでフォルトゥーナを飛び下がらせた。地面が爆発する。
「・・・ゲルググ!?」
コクピットの画面に映るのは、濃い緑と灰色のMS。モノアイはザフトのMSであることを示していた。ドムのように重量感のあるフォルムでありながら、シャープさを保ったデザインは、ザフトの最新鋭機で間違いが無い。アカデミーでも一度試しに乗せてもらったことがあるだけのMSだ。
専用のスラスターをバックパックに装備した、ゲルググ大気圏内用高機動型。その機体は、特徴的な細身のビームライフルを連射してフォルトゥーナに迫る。イェレはビームシールドでそれを弾くと、斬機刀を抜かせた。
振り下ろした刀は木の葉型のシールドで受け流され、バランスを崩したところをビームサーベルで足を払われる。機体を転倒させてそれを避けたフォルトゥーナの中で、イエレは激しい振動に耐えながらビームガンを連射した。起き上がる瞬間を狙って振り下ろされたビームサーベルを銃把から発振させたビームサーベルで受け止め、その胴体にビームガンを撃つ。
読まれていたその攻撃は避けられるが、フォルトゥーナは態勢を立て直して敵に対峙する。間合いを維持して呼吸を整えた。
「何でゲルググかは・・・」
あとで考える、そう叫んでイェレはフォルトゥーナを突っ込ませた。機体のスペックはこちらの方が上のはずだ。振り下ろした斬機刀をかわされるが、肩のビームは敵を捉える。アンチビームコーティングのシールドでも、真正面からの圧力に敵の機体がたじろぐ。
斬機刀を再度振り上げずに、踏み込んでそのまま突き掛かる。続けて下からの撥ね上げるような攻撃に、敵のシールドが吹き飛んだ。その時、敵機がシールドに隠すように持っていたビームサーベルが振り上げられる。回避しそこなって斬機刀を弾かれた。
畳み掛けるように振り下ろされるサーベルをビームサーベルで受け止めるが、敵は長い柄の反対側からもビームの刃を発振させ、今度は下から斬り上げてきた。ビームガンのサーベルでそれを受け止めるが、ゲルググの左腕に装備された三連装ロケットランチャーを、胴体にモロでくらう。
PS装甲でも消しきれない衝撃がコクピットを揺さぶり、フォルトゥーナは尻餅をついた。スラスターを吹かして背中を地面にこするように滑り、敵の斬撃をどうにかかわす。
距離を詰めようとする敵をビームガンで牽制するが、逆に距離を取られてビームライフルを乱射された。ビームシールドでそれを受け止めるが、機体の電池が一気に心もとなくなっていく。イェレは舌打ちをした。
ゲルググが着地する時の一瞬の隙をついて、フォルトゥーナはスラスターを全開にする。真っ直ぐ突っ込んでくるフォルトゥーナに、ゲルググは冷静な狙いをつけた。フォルトゥーナの装甲が純白に輝く。
「これで!」
イェレは叫ぶ。ABP装甲でビームを受け流し、そのまま肉薄してビームサーベルを振るった。真っ二つになったビームライフルは小さく爆発し、その爆煙を切り裂くように二つの斬撃が交錯する。
フォルトゥーナの右腕が切り落とされ地面に落下した。同時にバッテリーが上がったフォルトゥーナはバランスを崩して転倒する。ゲルググのビームサーベルが頼りなく消えたのが見えた。
敵もバッテリーが限界なのだろう、止めを刺すことなく飛び去ったゲルググを見送る。イェレは助かった事に、深く深く息をつく。
グラティアのビームライフルがサブフライトシステムを撃ち抜き、エクステンショナル・アレスターはセカンドダガーのレールガンを刺し貫いていた。着地した機体が徒歩で後退するのを見て、レールガンを失った機体もジリジリと後退していく。
トレランシアの周囲をうかがっていた武装ヘリも、あらかた片付いたようだ。しかし、トレランシアからの反応が無い。リリトは信号弾の一つも打ち上げない母艦に、嫌な雰囲気を感じた。
「ヤバい、早いって!」
カシアは悲鳴をあげながらコンピューターを操作する。艦の中枢システムに接触しようとする敵の動きが異常に早いのだ。どうやら効率よく侵入できるルートが発見されたようだ。自律プログラムの助けを借りても追いつかないほどの速度だった。
「侵入者の数と場所は!?」
「カメラの一部にもハッキングされていて・・・」
「ハックされたカメラの位置は!?」
レセディはハッキングされた警備システムの位置から、逆に敵の居場所を推測する。その場所は何故か居住区だった。
「・・・私の部屋だ!」
マーカスが声を上げた。艦長の私室なら、他の場所に比べて艦のシステムにアクセスしやすい。レセディは直ちに人を向かわせるが、一部の隔壁の開閉システムを乗っ取られているため、たどり着くのは容易ではない。
その間にもカシアの悲鳴は続く。ブリッジオペレーター総出の作業だが、敵の動きはそれを上回っている。レセディは総員の退艦を覚悟した。不意にカシアが「そうだ!」と叫んで手を打つ。
「艦長! 艦を逆さに、出来なければ横倒しでいいです、やって下さい!」
敵も人間を使ってコンピューターに侵入しているはずだ。その人間が作業不可能な状態に追い込めばいい。何も電子の上でだけ戦う必要など無い。
意味が理解できていないマーカスにベルトを締めるように言うと、居住区以外の艦内アナウンスを回し総員に身体の固定を命じた。そして操舵手に号令をかける。トレランシアは唸りを上げて動き出した。
山間の狭い場所で、巨大な艦体の右側が徐々にせり上がっていく。時折、ガリガリと山肌にぶつかりながら、トレランシアは九十度横に傾いた形となる。これ以上は浮遊システムの関係上不可能なのだ。
プログラムへの侵入が止まる。カシアはベルトと肘掛に全体重を預けながら猛然とキーボードを叩き始めた。ハッキングされた箇所を奪い返し、正常なプログラムを回復させ、侵入経路を特定してその経路が使用できないようにブロックする。マーカスが言った通り、侵入箇所は艦長の私室の端末だった。
「スターム少尉、もう良いか?」
「あ、あと少しです・・・」
横倒しになったブリッジのモニターからは、うろたえるMSの姿がよく見えた。グラティアのコクピットの中で、リリトは大きく息をついた。何が起こったかはよく分からないが、こういう発想は間違いなくカシアであろう。
とんでもない事になっているであろう艦内の様子を思い浮かべ、もう一度息をつく。トレランシアは、ようやく元の姿勢に戻ろうとしていた。
トレランシアに侵入したのは僅かに十人だった。しかもハッキングを仕掛けたのは三人のコーディネーターだ。捕らえた後は完全黙秘を貫いているため、その背後関係は調査待ちになる。しかし、雇われた人間であることは間違いないだろう。
MSデッキの隅で、その連中の引渡しが行われていた。飛び立っていく輸送ヘリを横目に、後片付けが続いていた。艦が横倒しになったため様々な物が飛び散っている。頭に包帯を巻いたユンディに、カシアが平謝りに謝っていた。
「ちっちゃなボルトが当って、少し血が出ただけよ。ダーリンが大げさに騒ぐから」
それよりも今回の襲撃はどういうことなのかとカシアに尋ねる。カシアも腕組みして首を捻っていた。難民キャンプの確保程度で、ここまで大掛かりな襲撃を受ける理由になるのだろうか。
ヘルメットを抱えたタラスがそれを聞いて鼻で笑う。カシアが突っかかると、それを無視してロッカールームに向かった。憤然とした彼女にヒューが声をかける。そして資料のページ数まで教えてくれた。
この難民を生み出した内戦の一方の当事者である地元政府は、難民キャンプがホユ族反政府勢力の拠点となっていると非難し、しばしばキャンプを含めた一帯に越境攻撃を仕掛けている。もともとトレランシアはそれを抑止するためにここに派遣されたのだ。
一方で難民が流入した側の地元政府は、難民となったホユ族の保護と帰還を進めるという名目で軍の派遣を行っている。その一方で、コラカ族の難民に対しては強圧的な追い出しを図っていた。難民キャンプの中のいざこざは、それが主な原因である。
いわば両方の政府が難民を理由に互いに有利な状況を作ろうとしているのだ。だがそれがこじれれば、最悪難民キャンプが戦場の最前線となりかねない。しかもそうなれば、ユーラシアとアフリカ解放戦線の代理戦争にも繋がる。
難民キャンプの確保と言うのは、現在の状況を固定化しそれを連合が管理するという事であった。
「それは受け入れられない、という声明ですね」
マーカスはとりあえず片付いた部屋でそう言う。連合の理事国会議で、この地域の難民問題に対して連合軍を正式に編成するという決議が採択されていた。襲撃はその発表の直後である。
もっとも連合軍といっても、利害関係者であるユーラシアは除外され、棄権した大西洋は参加しない。赤道やムスリム、東アジアが歩兵中心の小規模な部隊を派遣するだけであろう。最低限の治安維持しか期待できない。
「だからこそ襲撃した・・・」
MSと艦艇からなる緊急即応部隊に打撃を与えれば、それらの国も参加を渋るだろう。決議があっても実際に動く部隊が無ければ効果は無い。アフリカの難民問題程度で、本気になる国は存在しないのだ。
レセディはため息をつく。どちらの地元政府にもトレランシアを襲撃する可能性はある。ある程度は予想していたといえ、その両方を相手にしなくてはならないということだろう。さらに気になる情報は、ザフトの最新鋭機の存在である。
フォルトゥーナに損傷を与えたその機体の存在は、いろいろと厄介な問題を引き起こしかねない。報告書は上げているが、ルチアーノも公表はしていない。プラントとの緊張が高まって、得をする者などいないのだから。
いつも通りの埃っぽい景色だが、その上にへばりつくボロの数は少しずつ増えていた。内戦から逃れる人々が途切れることは無い。MSのコクピットからはそれを眺める事しか出来ない。だが、アカデミーの講義でスクリーンに映し出される地球の惨状を見せられた時とは、感じ方が違う。
それは遠くの出来事などでは無い。フィジェはコクピットのハッチを開けた。モニター越しではないその景色も、同じように埃っぽい景色だ。ハッチの上に立って周りを見渡す。
しかし、近くの出来事だからこそ、よりその遠さを感じてしまう。手に届くほど近くのものに、何も出来ない自分。遠くの出来事だから届かなくて当たり前ではなく、近くの出来事なのに依然として届かないままだという事実。それは痛烈な無力感をもたらすものだ。
「クラフ少尉! 信号だ!」
ウェルガーセカンドが外部スピーカーで言った。フィジェはコクピットに滑り込み、リベルを発進させる。望遠センサーが、すぐさまその信号の発信源を捉える。
トレランシアの陸戦隊のジープを五両の装甲車が追跡していた。二台のジープは、トラックを囲むようにして走っている。この難民キャンプに来ているNGO団体のロゴがペイントされていた。
装甲車の距離が近いため攻撃は出来ない。フィジェはペダルを踏み込んで、リベルをサブフライトシステムから飛び降りさせる。スラスターの巻き起こす突風が装甲車の前に砂煙を巻き上げた。それでも装甲車は、器用にリベルの足元をすり抜けていく。とっさに動かした脚部に衝突して、装甲車の一両が裏返しになる。
ウェルガーが装甲車の進行方向を遮るようにシールドを突き立て、リベルは頭部の機関砲をばら撒く。生き残った最後の装甲車は、なおも執拗にトラックを追い立てる。装甲車の機関銃が火を噴いた。
ジープが横転し、トラックに接触した。急ブレーキをかけて止まったトラックに、装甲車は狙いを定める。
「なんの!!」
フィジェはリベルを飛び込ませた。精一杯に伸ばした手が機関砲の砲弾を弾き、そのまま手を払って装甲車を吹き飛ばす。地面が大写しになったコクピットの中で、彼は大きく息を吐いた。
アレナに通信を返し、機体を立ち上がらせる。ジープから投げ出された隊員はウェルガーでトレランシアに連れて行くことなり、リベルがトラックをキャンプまで護衛する事になった。専用のユニットに怪我人を収容して、ウェルガーが離陸する。フィジェはリベルを膝まづかせ、コクピットから降りた。トラックからも人が降りてきた。
「助かったわ。ありがとう」
そう言って握手を求めたのは中年の女性だ。トラックは医薬品を積んでいるという。こういう場面には慣れているといった感じで、落ち着き払った口調だった。後輪が損傷しているのでキャンプまで運んで欲しいという。
「分かりました、すぐ準備します」
そう言ってリベルに戻ろうとする彼を呼びとめ、その女性は名前を聞いた。そして彼女も名乗る。ミナミ・ナガオカという名前から、東洋系の人なのだろうと思う。
リベルはその両手でトラックを大事そうに持ち上げ、ゆっくりと歩き出した。