Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
難民の正確な数は把握されていないが、既に万の位で数えるレベルに達していた。だがこれは、アフリカの難民問題としては少ない数だと言われている。難民キャンプの確保とはあくまでも緊急措置であり、連合はそれを足がかりに大掛かりな政治攻勢を仕掛けようとしているのだ。
ユーラシアはもともとアフリカの安定化に熱心であるし、他の各国もアフリカの各勢力に背後からの支援は行うものの、それ以上のリスクを冒してまで深入りするほどの利権は無い。だが連合がここで成果を挙げれば、アフリカの秩序構築に関してイニシアチブを取る事ができる。それは連合という組織そのものの求心力を高める事になるであろう。
しかしそのような机上の空論を聞かされたところで、コクピットの中での焦燥感が消えるわけではない。地平線の一角からぽつぽつと見える人影は、少ないながらも絶える事がない。日に日にボロきれのテントは増え、中にはバラックを建て始める人もいた。身一つでここにたどり着いたような人だけではなく、家畜や家財道具とともにここに着た人もいる。
日に一度だけ僅かな食料を運んでくるNGOのトラックには数え切れない人が群がり、数えるほどしかない井戸には人の列が延々と続いている。
それを空調の利いたコクピットで水筒のお茶を飲みながら、日がな一日見ていなくてはならない。その焦燥感に慣れてしまいそうで怖かった。
「だからって・・・」
何かできることがあるのだろうか。コクピットハッチを開き、あの人達の中に飛び込んで何をすればいいのだろう。反芻しても反芻しても消えない問いかけを、今日もまた反芻する。
モニターが信号弾を映し出した。キャンプ内の陸戦隊からの応援要請だ。
いつの間にか、キャンプ内にはMSの通り道が出来ていた。テントが張られていない部分を通って、グラティアとリベルが足を進める。人だかりがMSを見て少し引き下がった。
小さな岩場が崩れ、地面も陥没している。下敷きになっている人がいるとの事だった。岩をどかせといってきた。
「私が下に降りて指示出すわ」
リリトがそういってコクピットから出る。降りてみると、それなりに大きな岩だ。車のウィンチではどうしようもなかったのだろう。複雑に積み上がった岩と、下の隙間を交互に見ながら、リリトはどかす岩を指示していく。リベルの指が、時々軋みを上げながら岩を持ち上げる。
やがて人を引きずり出せるだけのスペースが出来ると、バールやジャッキを手に陸戦隊が岩場に入った。警備用の銃以外にこういった装備を持たせたのは、マーカスやレセディの見識であろう。リリトもそれを手伝わされた。
ジャッキがギリギリと岩を持ち上げる。僅かに広がった隙間から手を伸ばし、中の人間を引っ張る。何名かが救助された時、別の場所でも人が見つかった。バールを持った何人かがそれを引き抜いてそちらに向かう。微かな音にリリトは振り返った。
板状の岩が一枚、ゆっくりと倒れてきたのだ。まだ屈み込んで取り残された人がいないかどうか確かめている人がいる。声をかける時間も無く岩が覆いかぶさった。
ズゥゥゥゥゥゥン・・・
「!? なん! あ、あんた・・・」
「いいから早く!」
リリトがその岩を両手で支えていた。ウェイトリフティングの立ち上がる前のような体勢で持ちこたえ、早く逃げるように言う。その人が這いずり出した時、不意に両手が軽くなった。
リベルが岩を持ち上げてくれたのだ。リリトは全身の力が抜けたようにその場に座り込む。何事が起きたのかを見ていたものは少ないが、目撃者はその信じられない光景に一様に押し黙っていた。
空港に降り立ったウィンダムⅡのコクピットで、輸送機のエンジンが動いている事を確認し、ヤンとインは大げさに喜ぶ。間に合わせで赤と青に塗られた機体を乗り捨て、近くを走っていたジープの運転手を引き摺り下ろして輸送機に向かう。
既に二機のシャーレンは積み込みを終え、離陸を待つばかりの状態になっていた。ブリッジに駆け込んだインはしかめっ面の機長の頬にキスをし、ヤンは腕組みをしている責任者の手を取って堅い握手を交わす。その握手を振りほどくようにして、ヤンチャンは言った。
「シャーレンの整備に取り掛かれ」
「見つかったんだろ」
「愛しのイージヨウが」
ケタケタと笑いながら、二人はブリッジを飛び出していく。研究者としては色々と思うところはあるが、ジンビンメイの責任者としては使いにくい兵士でしかない。
主にブルーコスモス系の組織が開発を進めていた、対コーディネーター用の兵士。様々な非合法的な実験を伴うため公式にはされていないが、実戦投入も数例ある。ジンビンメイの前身となったのは、東アジアでその研究を行う機関であった。パオペイレンと呼ばれるその兵士は極めて高い水準にあったと言われているが、大戦末期から戦後の混乱の中で組織は崩壊、データの多くは失われる事となった。
インとヤンは、ジンビンメイとして始めて実戦投入可能なレベルに達したパオペイレンである。その任務は、サンプルの奪還であった。
前身となった機関が大戦末期にプラントの研究機関から入手したサンプルが、ブレイク・ザ・ワールドの混乱で脱走したのだ。そのサンプルを取り戻す事がインとヤン、そしてこの部隊の任務であった。
アフリカの辺境で野盗まがい武装集団と戦闘するなど、彼らのすべき仕事ではないのだ。つい先ほど、追跡対象の生存が確定情報として伝えられ、彼らは本来の任務に戻るところであった。
「離陸後すぐ、弾道飛行に移行する」
機長はヤンチャンに確認するような視線を向けると、操縦士にそう伝えた。喜望峰を回った遠洋漁船のエージェントから伝えられた情報では、目標は既に南アフリカの沖合に到達している。おそらくアフリカ解放戦線への接触を図ると見られていた。ゆっくりとアフリカの空を飛んでいる暇は無い。
ただ、近くで補給を受けられそうな場所なく、最悪ムウェル湖畔の東アジア系企業所有の鉱山まで足を伸ばさなければならない。これまでの経験からも、一度の戦闘で成果が上がるとは思えない。
ヤンチャンは周辺情勢の情報収拾を命じておいた。
岩場の崩落は、民兵の持ち込んだ弾薬類が誤って爆発したせいだという。難民の中には武装した民兵が紛れ込んでおり、キャンプ内での争いの原因となっている。崩落現場から運び出された怪我人に混じって、リリトもキャンプ内の救護施設に来ていた。
施設とはいっても、掘っ立て小屋に電源車が横付けされているだけであるが、未だ支援の手が伸ばされていないこのキャンプでは数少ない医療施設である。しかし治療を可能とする体制になっているわけではなく、運び込まれた人に包帯を巻くことすらままならない状況だ。
それでも怪我人や病人を連れた人は、絶えることなくここにやってくる。邪魔にならないようにその場を離れようとしたリリトに、女性が話しかける。白い腕章だけが、カーキ色のつなぎの彼女を医療スタッフだと示していた。
「あなたね、岩を受け止めた女の子って」
「・・・」
「とりあえずは大丈夫そうだけど、艦に戻ったらちゃんと見てもらって」
優しげな声だが、言葉ははっきりと言う人だった。その人はフィジェの姿を認めて手を振る。
「クラフ君、迷惑かけたわね」
「いえ、任務ですから。リリト、こちらはここの責任者のミナミ・ナガオカ先生」
改めて挨拶を交わしたところで、ミナミを呼ぶ声がする。電源車に向かう彼女は、持ち場に戻ろうとする二人を呼び止めた。しばらくして戻ってきた彼女は、トレランシアの責任者に頼みたいことがあると言った。
医薬品関係の融通の他に、連絡事項として企業の視察団の情報があった。護衛は自前で用意するそうだが、緊急時の対応について要請されている。本当は上を通すべきものだが、それでは遅すぎて無意味だからといって、ミナミはプリントアウトされたものをフィジェに渡す。
「責任者になるとこんな仕事が増えてね。ま、現場でも何も出来てはいないけど」
ため息と苦笑交じりにそう言ったミナミに、リリトはそんな事は無いという。
「たくさんの人が助けを求めてここに来ています。それは、先生方が立派なお仕事を・・・」
「ありがと、でもお世辞も過ぎると皮肉よ」
そんなつもりは無いと言おうとした時には、彼女は手を振って掘っ立て小屋の方に足を向けていた。彼女は取り残されたようなリリトを振り返り、ちゃんと検査を受けるように付け加える。
フィジェに促されてMSに向かった。彼は、自分も同じ事を言われたとリリトに言う。
この前、車をリベルで運んだ後、フィジェもミナミと少し話しをしていた。その時にリリト同じような事を言ったのだ。それに対するミナミの返答はこうであったと言う。「まともに助けることの出来た人間は片手で数える程度だ」と。そしてこうも言ったそうだ。「あなた達が守った難民の数は、千の数を下らないだろう」と。
リベルのコクピットで、リリトは考える。彼女の言葉を理解することは可能であると。トレランシアのMSが難民キャンプの警護についてから、武装集団による襲撃は少なくなったと人道支援局から報告があった。またキャンプ内での戦闘も激減している。
二つの地元政府のそれぞれが勢力拡大の足がかりとして難民キャンプへの攻撃や支援を行っていたことを考えれば、そういった戦闘行為が減少しているという事は良い傾向である。それは取りも直さず、犠牲となる人が減っているという事である。そしてそれは、紛れもなくトレランシアの成果なのだ。
しかし今、ここでコクピットに座っている自分に、千人の人間を救ったという実感があるだろうか。いや、そもそもそれが救った事になるのだろうか。この難民キャンプは安全な場所でも安心できる場所でもない。ここにたどり着いた人達は、助かったなどと考えているのだろうか。
それともあの女性も、自分と同じやり切れなさを感じてあの場にいるのだろうか。リリトは小さく手を握った。
「痛むのか?」
フィジェの心配そうな声に首を振る。無線をトレランシアのブリッジに切り替えた。少し距離が離れると、とたんに電波状態が不安定になる。
トレランシアからのガイドレーザーを受けて着艦コースに入ったグラティアを追いかけ、リベルを同じコースに乗せる。カシアの声に返答を返しながら、フィジェはグラティアの背中を眼で追う。
あの時、フィジェはリリトが押しつぶされたと思った。倒れた岩の重量は300キロ弱、倒れた時の勢いを考えればそれ以上の衝撃だろう。リリトはそれを受け止めていた。コーディネーターという言葉は納得の足しにはならない。彼に同じことをしろと言っても無理だろう。
それをやってのけた彼女は、一体何なのだ。ユンディとタルハは、翼付きとの戦闘データを解析しては、その異常さにしばしば首を捻っていた。訓練と実戦の違いとして疑問にも思っていなかった事だが、今回はそうではない。
だがそれを彼女にどう聞けばいいのだろうか。あの岩をどかした時、リベルを見上げたリリトは、怯えたような眼をしていた。
MS用の輸送機が、わずかばかりの迷彩に隠されて駐機している。そばにたたずむのは、ザフトの最新鋭MSであった。周りを走り回る人間はそろいのつなぎをきっちりと着ているため、見るからに暑苦しい。
乾燥しているため見た目よりはマシなのかもしれないが、MS同様現地の者とは思われなかった。特徴的な丸いコクピットハッチから顔を覗かせたパイロットと同じく、皆あどけなさの残る顔だ。
「マクシム! 上!」
足の整備をしていた男が、上を指差してパイロットに呼びかける。少しくせのある赤毛の前髪をかき上げるようにして、パイロットは上を見上げた。高く澄んだ空に溶け込むような色のMSが、ゆっくりと降下してくるのが分かる。パイロットは整備員を呼び集めて整列する。
降り立ったのは、翼を付けた空色のジンであった。ゲルググのパイロットは、一歩前に進み出て敬礼をする。ジンのコクピットから出てきた男性は、苦笑いと共に昇降ワイヤーで地面に降りる。
パイロットスーツも着ず、Tシャツにジーンズといういでたちの男性は、縮れた髪を照れくさそうに掻いた。
「レジー・マヌカ議長! お会いできて光栄です!」
「そこまでかしこまられても困る。ザフトに感謝するのはこちらだしな」
「失礼ながら、我々はすでにザフトではありません」
「ならなおさら、それはやめてくれ。我々は仲間だ、マクシム・ディエ」
男性は褐色の顔をにこやかに緩め、ゲルググのパイロットを握手を交わす。そしてその後ろでかしこまったままの整備員一人一人と握手を交わしていく。一様に感激の表情を浮かべる彼らに、レジーはもう一度苦笑いを浮かべた。
物音に視線を向けると、自動車が三台、猛スピードでこちらに向かってくる。そして急ブレーキの音と共に武装した男達がバラバラで飛び出してくる。騒然となるその場をレジーの笑い声が鎮めた。それを一喝する女性の声がする。
「笑い事ではありません!」
「君からは逃げられないな、ヘストリー」
この場に似つかわしくないスーツの女性が眉を吊り上げてレジーに近づく。彼はマクシムにその女性を紹介し、車で来た男達は護衛の人間だと言う。一人MSで先行したことをヘストリーに詫び、マクシムにも頭を下げる。
アフリカ解放戦線の指導者、レジー・マヌカは活動当初からこういう人物だった。噂を目の当たりにし、マクシムはただ絶句している。MSなしでアフリカ統一機構軍を打ち破った天才、アフリカ解放のカリスマ、ナチュラルとコーディネーターの融和を掲げる新時代の指導者、そんな肩書き以上の人物だ。
あっけに取られたままのマクシムに、レジーは真剣な眼を向ける。マクシムは急いで彼を輸送機脇のテントに案内した。彼の接触した連合部隊についての情報が、レジー自ら足を運んだ理由である。
連合がアフリカに対する軍事的介入を本格的に開始する端緒が見え出したのだ。アフリカ内部での勢力争いでは終わらなくなったという事だ。
手首に巻かれたサポーターをぼんやりと見つめる。骨には特に異常はなく、軽く捻ったと言う事で湿布を張ってもらっただけだ。やわに作られた体ではなかった。紙コップを傾けてジュースを口にする。眼の端に黒髪が揺れるのを見た。
ジャージ姿のカシアが駆け寄ってくる。そしてリリトの手を取って、ホッとした笑顔を見せた。
「たいした事ないみたいね。フィジェったら、言うほどの怪我じゃないなんて言うもんだから、逆に心配しちゃった」
そう言ってリリトのジュースに、頂戴のジェスチャーをする。一口飲んでコップを返すと、カシアは不満の表情を作ってリリトに言った。艦と通信を繋いだ時に一言欲しかったと。
そして、無茶はするなと付け加えた。リリトは窓の方に視線を向けたまま小さく謝る。怪我の経緯を聞かれたので、適当にはぐらかせておいた。だが、その答えにカシアは食いつく。
「はっきりしないなぁ・・・報告には上げてる? 何かあったの?」
「私のドジよ、報告するのも恥ずかしいくらいの」
それはある意味で本音だ。カシアにじっと見つめられる。何かを窺うようなその視線に、リリトは視線を外した。
「そのさ、何かあったら、言って」
以心伝心などという都合の良い仲ではないのだ。だったら口に出して言ってもらうしかない。それなのに、カシアはつぶやくようにしかその言葉を言えなかった。食堂には他の人もいるが、二人の間は静かなままだった。
リリトが行方不明になった時、カシアは自分達の関係の不確かさを知った。同時に、それが不確かなまま消滅していく事に恐怖を感じた。自分の中のリリトが曖昧なままだという事は、リリトの中の自分も曖昧なままだという事だろう。それは少なからぬショックだった。
身内を除けば、自分の知っている人間はどれほどいるだろう。身内を除けば、自分のことを知っている人間はどれだけいるだろう。親が死んだ後、自分は世界で一人になってしまう、そんな薄ら寒い想像に身をすくませた。
だから、リリトに近づこうと思う。お互いに、もっと近づこうと思う。不意にリリトが口を開いた。
「もしも、だよ・・・カシアがナチュラルだったら、コーディネーターの友達って作れると思う?」
「・・・?」
質問の意味を問おうとする前に、リリトは「ゴメン、忘れて」と言う。それでもなお問いかけることは出来なかった。無理に笑っているのが分かる表情だ。沈黙したカシアの後ろから、リリトを呼ぶ声が聞こえる。
イェレが顔を出し、総合ブリーフィングの前にパイロットでミーティングを行うと、伝えた。リリトは明るい声で返答し、食堂を後にする。
『作れるよ』
ようやく紡ぎ上げたその言葉を、カシアは声にすることが出来なかった。
横に並んだイェレがサポーターの事を聞いた。直接答える代わりに、フィジェに何か聞いたかどうか聞き返す。彼は少し表情を曇らせて、首を横に振った。転んだと答えたリリトは、小さく息をついた。フィジェは誰にも話していないのだろう。
それでいいと思った。
「フィジェは何か知ってんのかよ」
不服そうなイェレの声に、転んだところを見られたのよと答える。そして笑顔を彼に向けた。彼に、皆に知られてどうなる話でもない。ただ今のまま、つつがなく仲良くしていられれば、それが一番だ。真実など、障害物にしかならない。
だが、イェレは笑顔を返せなかった。彼女の様子に不自然さを感じ取ったからか、フィジェの名前が出てきたことに引っかかりを覚えるのか、それともその両方が気になるのか。
ミーティングルームでリリトの横顔を見つめている間中、それを考えていた。ただ、時折ぶつかるリリトの視線が常に微笑んでいたため、いつの間にか何を考えていたのかも忘れてしまっていた。
「そこ、ちゃんと聞け」
ミーティングで説明を請け負ったのはタラスだった。いつもならヒューかアレナがやるのだが、今回は彼だった。ところどころにぎこちなさは残るが、アレナが適切に補足を入れるためか、思いの他説明が上手い。
正式な作戦の発令は明後日となるが、作戦の概要が決定したためパイロットには先にそれが伝えられたのだ。難民キャンプへの越境攻撃を続ける地元政府と、難民の帰還を名目に軍を集結させる地元政府への同時攻撃である。
連合軍の編成が終了し、先発隊として赤道連合の歩兵500人の部隊がビクトリアに到着した。この部隊が難民キャンプに到着するまでに、障害となるものを排除しておかなくてはならない。最終的には、6000人規模の部隊が派遣される事になっているが、難民キャンプの治安維持が目的であるため、全て歩兵主体の部隊である。地元政府が戦車やMSが投入すれば、撤退するしかないのが現実だった。
そこで、先手を打ってそれらを叩こうというのが作戦の目的である。緊急即応部隊にはそのための権限がある。スクリーンに地図が映し出された。
「敵は旧式で数が多くないとはいえ、少ない頭数を二つに割ることになる」
タラスはレーザーポインターを使いながら、作戦の困難さを指摘した。トレランシア自体も戦闘に参加する事になっている。そのため一方の部隊は、艦から離れての作戦行動となるのだ。
ユーラシアが支援している東側の地元政府には、前線部隊にある程度の打撃を与えれば、あとはユーラシアが直接地元政府に圧力を掛ける事になっていた。問題はアフリカ解放戦線が支援する西側である。
現在、アフリカ解放戦線の主力はアフリカ中央部に向いており、こちらには特段の注意が払われていないように見える。だが、先日フォルトゥーナと接触したザフトの新型の存在を考えると、仕掛けの一つくらいは考慮に入れておかなくてはならない。
西側にはグラティアとウェルガーの三機が、東側にはトレランシアにリベルとフォルトゥーナが配置される事になった。
「増槽や予備の電源パックを持ったとしても、戦闘自体に掛けられる時間は少ない。効率的な作戦遂行が求められる」
そう締めて、タラスはスクリーンの映像を切る。緊張感を持ったままミーティングは解散となった。パイロットの顔は、一様に戦闘モードに移行している。厳しくなったリリトの横顔がイェレの方を向く。驚いた彼に、彼女はザフトの新型のことを聞いた。
ゲルググはザフトでもまだ正式に採用されておらず、先行生産型がいわゆるエースに与えられている状態だ。それがこんなところにいる理由は、イェレに問われても分からない。
「でも、本物だと思う。ゲイツの装甲を挿げ替えただけとかじゃない」
フォルトゥーナの戦闘データからもそれは裏付けられている。さらにいえば、パイロットの技能はなかなかに高いようだ。おそらく、実戦経験も積んでいるのだろう。データではなく生の感想を聞きたいというリリトに、イェレは自分の感覚を言葉にしようと頭を捻る。
ようやく言葉になりそうになった時、フィジェが割って入った。ユンディがゲルググ用のシミュレーションプログラムを作ったと言う。そしてリリトは、フィジェに促されるようにMSデッキに向かった。
イェレも慌ててその後を追いかける。
水しぶきと砂煙を巻き上げて、立方体が驀進する。次々と開かれるコンテナのハッチからは、数え切れないほどのロケット弾が無造作に空に向かって打ち上げられていた。その噴煙は青空を覆い隠さんばかり勢いだ。熱源に向かって、気持ちばかりの誘導がなされたそれは、我先にと宙を浮かぶ戦艦に殺到する。
そのロケット弾は、まるで消しゴムをかけたように消滅した。超高熱によって煙ごと分解され、その一角だけ青空が顔を覗かせる。チンシャーレンのコクピットに笑い声が満ちる。
「クールさに磨きが掛かったな、オイ!」
モニターの中央に鎮座しているのは、白と青のコントラストも美しい一体のMS。背中に広げた六対十二枚の羽からは、淡く黄金に輝く燐光が発せられていた。そのMSが放つ攻撃を、リフレクターやラミネート装甲で受け止めながら、チンシャーレンは波打ち際を疾走する。
その八つのコンテナの二十の面が、一斉にハッチを開いた。発射されたビームは、後方に向かって発射されたはずのものまで全てが、ただ一点に集中する。浮かんでいたはずのMSは、霧のように消えてしまった。
その遥か上方で、チーシャーレンは高周波振動腕を振りかぶる。
「その分身・・・既に見切ったわ!!」
嬉しそうに台詞を決めると、腕を振り下ろす。アンチビームコーティングされた腕はビームサーベルをつき抜け、ビームシールドを侵食する。至近距離からレーザーキャノンを直撃させ、その胴体に高周波振動脚を叩きつける。
だが滑るように動きで距離を取ったそのMSには、傷一つついていない。インは小さく口笛を吹いた。今までとは比べ物にならない性能で復活してきたようだ。その事が愉快でたまらない。
十二枚の羽根が向きを変え、その砲門を向ける。さらに肩部や後腰部、脚部に取り付けられていたデバイスが射出された。次の瞬間、ビームを乱射しながらデバイスが特攻し、MSは全身のビームを一斉に発射した。
地上のチンシャーレンは負けじと全砲門を開放し、チーシャーレンは全身を激しく震わせながら、ビームの渦へと突っ込む。
デバイスは大気圏内としては異常な滞空時間をもってチンシャーレンを牽制し、MSは両腰の実体剣を抜いて、チーシャーレンの手足を受け止める。
「二本で四本の相手をするなんて・・・素敵よ!!」
鞭のようにしなり、先端の鉤爪とビームガンで攻撃しながら迫ってくるチーシャーレンの両手両足を、二本の実体剣がめまぐるしく動きながら捌いていく。その機体には、一切攻撃が当っていない。チーシャーレンはさらに胴体部のハッチを開き、小型のビームサーベルを使って攻撃を開始した。
それを予期していたかのように、そのMSはトンボを切るような動きでチーシャーレンを蹴り上げると、実体剣を鞘に収めつつそこに装備されたレールガンを打ち込んだ。怯むチーシャーレンにさらに牽制を入れると、踵を返して地上に向かう。浮遊の限界に達していたデバイスを回収して、そのままチンシャーレンに対峙した。
前面にリフレクターを展開して、そのMSを押しつぶそうとチンシャーレンが迫る。燐光がさらに強くなり、それが一点に凝縮したようなビームが腹部から発射された。その圧力にチンシャーレンの前進が止まる。
「これがDNハイブリッドの出力かよ!」
リフリクターの角度を調節してビームを拡散させる。複数の発生器が一撃で使い物にならなくなっていた。ヤンの舌打ちを笑うように、チーシャーレンが上空から飛び掛っていく。
そのMSは、チーシャーレンの足を左手で掴み止めると一気に握り潰した。その掌にブラズマの炎が揺れている。インが構わずに腕を振るうと、突然無線が開いた。
「どうして・・・何で君達は!」
「仕事、趣味、存在理由。答えはこの三つの中の・・・どれでもありませ~ん!」
チーシャーレンの腕は剣で受け止められた。
「その『何で』って聞く癖、いい加減直した方がいいぜ!」
ヤンは口の端を上げて言った。チンシャーレンから発射されたレールガンはシールドで弾かれる。放たれたデバイスが、チンシャーレンの弾幕を掻い潜り、そのコンテナの一つを貫通した。パージされたコンテナが大爆発を起こし、爆煙を盾にするようにそのMSは上空に舞い上がる。
なおも二機のシャーレンの猛攻が続き、敵の機体からは憂いと悲しみに満ちた問いかけが繰り返される。
「こんな事をして・・・何になるって言うんだ!」
「知らねぇ~」
「僕の、僕達の力は、こんな事のために・・・!」
「自分の力くらい、他人の取説なしで使えるわよ」
両足を切断されたチーシャーレンは、全身からビームサーベルを発振して独楽のように回転する。チンシャーレンが最後のコンテナから打ち出した化学弾頭のミサイルは、PS素材と爆発的に化合する液体を撒き散らした。
最大限に展開されたビームシールドが液体を蒸発させる。そしてそのまま、チーシャーレンはビームシールドでの体当たりを受けた。鈍い音と共に落下していくチーシャーレンの中で、インは肩をすくめた。
「振り方が下手ね・・・これからも追いかけたくなっちゃうじゃない、スレイ」
そのチーシャーレンとすれ違うように、残っていたコンテナを自らパージしたチンシャーレンが本体のMSで襲い掛かる。
「つれない事言うなよ、一緒に帰ろうぜ!」
次の瞬間には四肢を切断され、チンシャーレンも落下していく。派手な水しぶきを確認したそのMSは、後ろ髪を引かれるような様子で上空の戦艦へと戻っていった。
その遥か上空から戦闘を観察していた扁平な輸送機の中で、チン・ヤンチャンはシャーレンの回収を命じる。予測されていた事であったが、敵MSであるフリーダムが強化されていた事を考えれば健闘と言っていいだろう。こちらの強化も失敗ではないと言う事だ。
強化された機体の分析も必要だが、相変わらずその使い方は下手といってよかった。コクピットやスラスターを狙わないという非効率的な戦い方は以前のままだ。その理由の分析も必要だが、過去のデータだけでは不十分だろう。少なくとも、いつまでそのような戦闘を続けるのかだけでも知りたいところではある。
だが、それをゆっくりと考えている暇は与えられない。降下していく回収艇を見つめながら、機長に進路の変更を命じた。アフリカがきな臭くなってきたのだ、目標が向かう先の予測はたつ。