Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
不規則な揺れに目を覚ます。細く開けた目の前にあったのは男の肌、その色は暗い室内に溶け込んでいた。室内と言っても、トレーラーを改造してベッドをしつらえただけの場所だ。あまり利かないスプリングがギシギシと鳴る。
この程度の事で眼を覚ましてしまった自分を、贅沢になったものだと自嘲してみる。ほんの数年前までは、安全でさえあれば地面の上でいつまででも眠っていられた。今ではシャワー無しのセックスですら抵抗を覚えてしまう。男の腕の間を抜け出して、横のベッドに移動する。
「抵抗があるのは、体じゃない・・・か」
清潔なシーツが贅沢ではない日々、それを当たり前として今は生きなくてはならない。もはや反政府武装勢力ではないのだから。ヘストリー・オサバは、直接肌に触れるシーツの感触を味わいながら眼をつぶる。
アフリカ解放戦線は、ありきたりな武装集団だった。前大戦時からプラントのわずかばかりの支援を目当てに、反連合をお題目として盗賊まがいの活動を行う集団に過ぎなかった。ただ、そういったありきたりな武装勢力と異なる部分があったとすれば、それはレジー・マヌカの存在であろう。ヘストリーは、眼を開けて隣のベッドを見る。
彼はアフリカ解放戦線を、武装集団から反政府組織に変えた。住民の鼻つまみ者だった盗賊団を、解放の英雄に変えた。間近でそれを見ていたヘストリーにとっても、それは奇跡のような事だった。
彼の卓越した軍事的手腕は連合軍のMSを翻弄した。彼の語る戦略は、敵対していた武装勢力同士に手を握らせた。彼がプレゼンするビジョンは、各国の企業を引き付けた。彼が訴える夢は、若者をゴロツキから戦士に変えた。成功は人を集め、人は成功を呼び寄せた。
誰もがレジーのもとに集まり、誰もが彼の見る方向を向いた。アフリカ解放戦線という名にふさわしい存在を、彼と共に目指した。
「今でも・・・変わらない」
彼は今でもそうだ。昔から、彼がヘストリーを腕に抱いて語る言葉は、未来への希望だった。アフリカとともに生きる者が等しく輝く未来。見果てぬ夢を追いかける彼の瞳は、満天の星を映して輝いていた。それは、ベッドの上でも変わらない。
彼女もまた、彼と同じ夢を見ていた。いや違う、他の人達同様、彼に夢の見方を教わったのだ。彼の腕の中で彼の夢を聞くことは、戦闘に明け暮れた日々の中の小さな安らぎだった。
しかし今、ヘストリーはベッドの上で彼と同じ夢を見る事ができないでいる。夢を追いかけて歩み続ける彼の背中を、彼女は見つめている。同じ場所に居るというのに、彼女の足は既に止まっていた。
彼女は、夢から醒めていた。そして現実の中に立っていた。
きっとレジーには分からない事だろう。悪いのは彼ではない。そこまで分かっていながら、なお彼との関係を断ち切れない自分が悪いのだ。けれど、それももうすぐ終わってしまう。
ヘストリーは揺れるベッドの上で僅かな眠りについた。トラックは夜を徹して走り続ける。
トレランシアの振動が激しくなる。低空で移動していた艦体が、惰性で動きながら180度の回頭を始めた。最終確認に追われるMSデッキでは、不規則な揺れの中で整備員が走り回っている。画面のチェック項目を指でなぞりながら、ユンディはヘッドフォンから伸びるマイクに怒鳴る。
リニアカタパルトの仰角が最大にまで上げられると同時に、艦がガクンと揺れた。カタパルトに設置されたグラティアは、予備の推進剤と電源パックに取り巻かれるような姿だ。取り付けられているのは、グラティアだけではなく三機のウェルガーの分の補給品だ。
物資と共に弾道コースで飛行し先行したウェルガーと合流、そのまま敵部隊の集結地に向かう事になっている。正反対の場所に位置する二つの拠点を同時に攻撃するための苦肉の策であった。敵に拠点攻撃を悟られないようにウェルガーを先に発進させ、今までと変わらない哨戒活動に見せかけた上で、グラティアに電池と推進剤を運ばせて行動距離を伸ばす。
大量の物資を移動させるためにはリニアカタパルトを最大出力で打ち出す必要があり、それを無事に合流させるためには人間が付いて行かなくてはならない。カタパルトの最大出力に耐えうるパイロットは、リリトをおいて他にいなかった。
「予備コンデンサーに異常!? ・・・パイパスが生きてない!」
タラスの声に、ユンディがキーボードを叩く。駆けつけたアジズは、ブリッジに繋がった電話を取る。機器の調整のために時間をくれと言おうとしたユンディの目の前で、アジズがブリッジに怒鳴った。
「手順を全部カットだ! 後付けの回路が吹っ飛ぶ前に打ち出す! 後は飛んでから修正させろ!」
それを受けたレセディは時間を確認した。そして、必要なデータを一分以内にグラティアのコクピットに流すように言う。カシアは慌ててデータを揃えるが、用意していたデータが使えない以上、限界があった。
泣きそうな顔でデータを呼び出すカシアは、ふっと表情を緩めた。そして艦の角度や気象条件に関するほんの少しのデータだけを送ると、頬を二度叩いて笑顔を作る。彼女はグラティアのコクピットと回線を繋いだ。
「ゴメン、データ揃わなかったわ」
「・・・期待、してなかったけどね」
「じゃ、いつも通りってことで・・・ガンダム、発進どうぞ!」
リニアカタパルトのレールのランプが青く変わり、グラティアは15Gの慣性重力とともに朝焼けの空に飛び出していった。
あっという間に見えなくなったグラティアの姿を、それでもモニターの中で探すように、カシアは視線を一箇所に留めていた。さっきの笑顔は、ちゃんと無理を隠せていただろうか。マーカスのフォローは耳に入らなかった。むしろ、次に備えるように言うレセディの声の方が心地いい。
Nジャマーの撒布以前にはGPSと呼ばれる、衛星からの情報による位置確認システムが機能していた。地球上のあらゆる場所で、自らの位置を知る事のできるシステムは軍事的に非常に有用であった。
だが、それが使えなくなった今、地図を読めるという事は兵士にとって欠くべからざる能力となっていた。降下してきたヒュー機が、指で丸を作る。合流地点に真っ直ぐ向かっていると言う事だ。タラスは、コクピットの画面に映る地図と周囲の景色とを頭の中で一致させていく。
日頃のマメな哨戒行動が功を奏しているのか、武装勢力の姿は見かけなかった。ただ難民の姿は、ポツポツとであるが途切れることなく続いていた。最近は、家畜の引く車に家財道具一式を乗せている人達が増えている。こういった人達が武装勢力の車に追い立てられないだけでも、コクピットに座る意味はあると思った。
「砂煙? 量がハンパない・・・!?」
タラスはペダルを踏み込んだ。少し遅れてレールガンの弾丸がソニックブームを残して飛び去る。彼は舌打ちをして地図を確認した。砂煙の場所は合流地点の少し手前、時間までに仕留めなくては、作戦に支障をきたす。ラッキーなのはそれが近づいてきている事だ。
先行しようとするアレナ機を押し留めて、タラス機がスラスターを吹かした。乾いた地面を掘り起こすように、履帯で突進してくるのは真っ黒に塗られた四足のMS。しかもバクゥの強化型のラゴゥだ。急旋回のGに耐えながら、撃ち出されるレールガンをかわす。
火器管制と機体制御を独立して行う複座式の機体らしく、攻撃のタイミングは独特であり、その狙いは正確だった。アレナ機とヒュー機の援護射撃を受けて、タラスは機体を突出させる。
「趣味の機体が!」
着地の衝撃を吸収するために体全体を屈めたタラス機が、その体を一気に伸ばす。手にしたビームサーベルは空を切るが、体を捻るように左手のシールドを振ってレールガンの砲身に叩き付けた。鈍い振動と共に、一本のレールガンの砲身が曲がる。
二機のウェルガーのビームライフルがラゴゥの動きを制限し、タラスはじりじりと間合いを詰めていく。四足の機体は高速移動での砲撃安定性は抜群だが、接近戦は不得手なのだ。高速で接近してすれ違い様にビームサーベルで斬るという攻撃も、止まっていては効果がない。
そしてその弱点は、前大戦時に既に知られていた事だ。ラゴゥが突っ込んでくる。その頭部の両サイドに展開していたビームサーベルが前を向く。
「見え見えなんだよ!」
アンチビームコーティングのシールドがそのサーベルを受け止め、そのまま上向きに滑らせる。そして首を上げる形になったラゴゥの頭部を切り落とした。止めをさせなかったのは、敵が突進をやめなかったからだ。ウェルガーがその圧力に抗しきれずに跳ね飛ばされる。
転倒したウェルガーにラゴゥは前足を上げて襲い掛かった。爪の形を模した三本のビームサーベルが光る。
「それも見え見え」
ヒューはそう言ってラゴゥの前足を撃ち抜いた。タラス機が飛ばされた時点で、タイミングを計っていたのだ。爆発によるウェルガーへのダメージを避けるために足の破壊に止めておいた。
後ろ足の履帯を使って胴体を引きずるように後退していくラゴゥは無視しておく。あの手の特殊な機体には交換の部品もなく、あとは廃棄されるだけだろう。
時計を見ると、それほど余裕のある時間ではなくなっていた。アレナ機がタラス機を引っ張るようにして立ち上がらせると、三機のウェルガーは一気にスラスターを吹かした。
MSデッキの喧騒は静まることを知らない。補給物資を持ったグラティアを打ち出すためにカタパルトを強化していた回路が焼き切れ、派手に炎を上げていた。消火を受け持つ隊員と次の発進に備える隊員で、デッキはごった返していた。
そのデッキの様子をコクピットの中で見るイェレは、気が気でなかった。今までの戦闘でも、ここまでデッキが大騒ぎになったことは無いと思う。ましてや今回は戦闘になる前なのだ。
発進までの少しの時間を長く感じる。通信機のモニターがユンディの顔を映した。
「大丈夫なのか?」
「ええ、心配しないで。あんたは戦闘に集中して」
消火作業に取り掛かったのが早く延焼の危険性はとりあえず無いのだ。回路が焼き切れて火が上がる事を予測した上で、アジズは作戦時間に合わせるためにグラティアの打ち上げを強行させた。
後からの計算ではあるが、グラティアの降下予測ポイントは目標から半径で5キロ圏内であり、作戦への支障は無いはずだ。むしろ機器の調整で時間が遅れる方が問題は大きかっただろう。
この判断は、マニュアル化できるものではなく、経験だけがその根拠となるものだ。だがパイパスの回路が機能せず、すぐにでも焼き切れるはずだったコンデンサーを、数箇所の抵抗を変化させるだけで、必要時間持たせたアジズの腕は、ユンディをして深く考え込ませるものであった。なぜそれで一時的とはいえコンデンサーへの過電流を制御できたのか、分からないままだった。
ただそれは聞いて分かる類のものではない、という事も分かる。あの怒鳴り声に追い立てられて何年か働いて、初めて身に付くものなのだろう。リベルがゾーリンの上に足を乗せた。ユンディは最終の機体データを転送して、退避指示に従う。
カタパルトのハッチが開き、MSデッキにも風が入り込んできた。鎮火した回路の上に降り積もっていた消化剤の泡が、舞い踊る。
「フィジェ、発進後二十秒で艦砲の第一射。アントレランスの発射信号は絶対に見落とさないで」
「了解。フィジェ・クラフ、リベル発進します!」
カシアからの指示を聞きとめ、フィジェは全身に力をこめる。加速度を体全体で受け止めて、打ち出されると同時に全ての計器に視線を走らせる。リベルの頭の上を飛び越えるフォルトゥーナの後姿がモニター上方に映った。
画面のカウントがゼロになり、マイクが砲声を拾う。同時に三発の実体弾が地平線の方角に向かっていった。
彼らが攻撃を受け持つのは、ユーラシアが支援する地元政府である。しかしこの攻撃はユーラシアのビクトリア司令部には了解を取っており、ユーラシア軍は直接関与しない。アフリカの情勢安定を望むユーラシアとしては、紛争の種になる地元政府は厄介な存在なのだ。
かといって支援を打ち切ればアフリカ解放戦線による切り崩しを受け、ビクトリア宇宙港へのルートを危険に晒すことになる。そこで連合による攻撃に対してその停戦を仲介するという形で、影響力を残したまま厄介な地元政府を抑えようというのだ。
「そこまでシナリオが出来てて、何で最初から抑え込めないんです?」
レセディはカシアの疑問を、戦闘中だという理由で切り捨てた。下からの要求だけで世界が動かないように、上の思惑だけで世の中は回らない。上と下との軋轢は、彼らの茶番で宥めるしかない。
それが分かってしまうのは不幸な事だ。だがそれに疑問を持てるのは、健全な事なのかもしれない。不満そうなカシアの後姿に、レセディはそんな事を思った。対地ミサイルの装填を指示し、発射のカウントを開始させる。
輸送機からMSの簡易ハンガーが引き出される。唸りを上げて立ち上がるハンガーには、灰と緑のツートンカラーの機体が鎮座していた。木の葉型の盾と細い銃身のライフル、そしてサーベルの発振機を両端に持つ特殊なビームサーベルを持つMS、ゲルググである。
小高い丘の一角に、他の機体は見えない。しかし麓には数機のMSと、戦闘車両や攻撃ヘリコプターが集まっている。その様子を双眼鏡で眺めながら、赤いパイロットスーツを着た青年が通信に耳を傾けていた。
「情報の伝達速度が凄い・・・これがアフリカ解放戦線の力の源泉か」
部隊に加わっていた傭兵のMSが単独で出撃したのは知っていた。それが敵の攻撃を受けて撃墜されたという一報が入ってきたのだ。Nジャマーによる電波障害の下では、そういった情報を伝えるのも一苦労なのだ。それをなんなくやってのけている。
部隊の集結地にいくつかのテントがあり、そこが臨時の司令部となっているのだが、中心にいるのは地元政府の軍人ではなくアフリカ解放戦線から派遣されてきた人間と、大西洋の民間企業の人間だった。
敵艦の停泊位置と敵MSの航続距離を勘案すると、ラゴゥの交戦場所は敵の哨戒範囲ギリギリの地点である可能性が高い。そうなると、ラゴゥ一機の破壊をノルマの達成として引き返すであろう。その背後から追撃戦を仕掛けたいところだ。
「敵艦に動きがあったとの情報もあるが?」
「移動方向はこちらとは逆方向だ、停泊位置の移動と考えるのが妥当だろう」
プラントから来たという事、そして彼らの立場として、麓の部隊と表立って同じ行動を取る事は出来ない。その代りとして、作戦会議の様子を聞かせてくれていた。レジー・マヌカの計らいである。
作戦の概要が固まり、各隊に指示が下されていく。ゲルググのパイロットも双眼鏡をしまい、コクピットに落ち着いた。整備の責任者から通信が入る。
「傭兵とはいってもラゴゥだ。やった連中は、できるぞ」
「分かっている。敵の新型もスペックはゲルググと互角以上だった、油断はしない・・・マクシム・デュエ出るぞ!!」
ハンガーに設置された火薬式のカタパルトが、鈍い音共にゲルググを真上に射出する。大気圏内用の翼を展開すると、ゲルググは大きく膨らんだ足と腰の内側のスラスターを全開にして、移動を始めた部隊の上空を守るように旋回する。
朝焼けの空が、青い色を取り戻し始めていた。
周囲の地面とたいして色は変わらないが、そこにアスファルトを敷いてあることは分かる。それだけが、そこを周囲とは異なる施設である事を示しているかのようだ。抜けるような青空に立ち昇る煙は、その正体とは関係なくのどかだ。
アスファルトに大きな穴が開き、溶けたアスファルトが高熱を持って燃えていた。着弾したレールガンが、凄まじい轟音とともに大地にひびを走らせる。その割れ目に履帯を取られて、戦車が砲塔だけを虚しく回転させる。
もっさりとした動きで打ち上げられるミサイルの群れは、見る間に凶暴なスピードを持って襲い掛かってきた。リベルがビームでそのミサイルを薙ぎ払い、その間隙に飛び込むようにフォルトゥーナが着地する。同時に振るった斬機刀が、一機のMSの足を斬り払った。降り注ぐ弾雨をPS装甲で凌ぎ、固定砲台にビームガンを撃ち込む。
「聞いてないって!」
右手に刀、左手にビームガンを持って走り回るフォルトゥーナのコクピットで、イェレの悲鳴が響いた。足元には、戦車や装甲車がまとわり付くように走っている。足のPS装甲に着弾するたびにコクピットは揺れ、バッテリーはジリジリと減っていく。
上空から支援するはずのリベルも、接近されては攻撃のしようがない。その上、留まる暇を与えてくれないかのように、攻撃ヘリが周囲を旋回している。一部には、低出力ながらビームも搭載しているようだ。さらに、戦闘機の一群をトレランシアに向かわせてしまった。
ユーラシアの支援を受けているとはいえ、所詮は小国の政府軍である。前線の拠点ではMSも少なく、制圧には時間をかけないつもりであった。実際、基地に配備されていた兵器の大半は戦車などの旧式兵器である。
しかし、MSの配備が遅れたアフリカでは、逆に旧式兵器を使用した対MS戦術が発展していた。内戦や国境紛争などで実戦慣れした部隊も多く、フォルトゥーナとリベルは翻弄されている。
「落ちるって分からないのか!?」
腹部の複列位相砲が三機のヘリを一度に消し飛ばし、背部の六連ビームと両手のビームライフルが、ミサイルを撃ち落していく。被弾したヘリが煙を吐きながら墜落していくたびに、そのキャノピーに向かってそう叫んでいた。
自分のそんな感覚はナイーブなだけだと分かっているつもりだが、フィジェはその叫びを続ける。きっとイェレも同じような状態だろう。フォルトゥーナの展開したビームシールドに衝突して、戦車が飴細工のように融けていく。
それを嫌うようにジャンプしたフォルトゥーナは、立ちふさがるように飛ぶヘリを叩き落し、壊れた管制塔を盾に砲撃をするストライクダガーを一刀で斬り捨てた。その爆発で吹き飛ぶ装甲車を尻目に、次の標的となるMSを探す。
モニターに三色の照明弾が映った。
「私達に対する値踏みだったのでしょう」
レセディは冷たくそう言って、中性子砲の準備をさせる。トレランシアは主砲を一つ失う損害を受けていた。襲撃はスカイグラスパーのみで編成された戦闘機部隊であった。つい最近まで生産とマイナーチェンジが続けられ、連合の制式戦闘機として使用されていた高性能の戦闘機である。地元政府にすれば、MS並みに高価な兵器だ。
自前ではありえず、ユーラシアから供与されたものである。さらに、ある程度の戦闘で撤退したという事は、パイロット込みの供与であろう。飛び去った方角から、おそらくそのままユーラシアの基地に向かうつもりだ。
緊急即応部隊は使えると彼らが判断するのかしないのか、今後を占う意外と大きな要因になりそうである。
「ニュートロン・スタンピーダー出力安定、中性子加速臨界まで十秒」
カシアがカウントダウンし、マーカスが少し裏返った声で発射を号令した。加速された粒子はその通り道をはっきりと抉り、渇いた大地に無意味な地上絵を描く。アントレランスは、基地と兵器の残骸とまだ動いている兵器とそこにいた生者と死者とを等しく消し去った。
もうもうと上がる砂煙は、青空をバックに少し滑稽な形に歪む。
慌しい打ち上げだった割には、合流はスムーズに進んだ。それというのも、合流地点とはずれた場所に降り立ってしまったのだが、そこが丁度ウェルガーの移動コース上にあり、あっさりと合流に成功できたのだ。
推進剤を満載したタンクを取り付け、電源パックからコードを伸ばして緊急充電を行う。ヒュー達はコクピット内で短い休息をとり、グラティアが周囲を警戒する。PS装甲の電圧を調整して、グラティアは周囲の岩場と同じ色の装甲色になっていた。モニターに眼を走らせながら、リリトはカシアの笑顔を思い出す。
きっと、十分な打ち上げデータを準備できずに焦っていたのだろう。口元と目元は笑っていたが、眉は曇ったままだった。少し太めの彼女の眉は、表情をはっきりと表すのだ。
「ごまかせて、ないじゃない」
リリトは笑う。アカデミーでカシアから聞いた話だ。通信を受け持つ人間にとって重要なことは、最善が尽くせなくなった時にどんな顔と声が出来るかだという。艦の各部署の仕事を統合して艦を運営するのがブリッジの仕事だが、それはすなわちブリッジだけではどうしようもない事があるということだ。
その中では最善ではなく次善を選ばざるを得ない時も当然ある。その時それをどんな表情で伝えるのか、人を相手にする以上それは重要な事なのだ。その極意をカシアは、笑ってごまかすと言う。
カシアがリリトに選んでくれたのは、困ったような笑顔と、アカデミーでのやりとりのような言葉だった。それが何となく嬉しい。そんな淡い物思いを、警告音が遮った。
「熱源反応? ヘリ・・・だけじゃない!」
ウェルガーの充電にはあと十分ほどかかる。この岩場が発見されない可能性に賭けるより、先手を打ったほうがリスクは少ない。ウェルガーは合流直前に敵との接触があったという、敵はそれを察知したのだろう。少し早すぎるのが気になるが、それを言っても始まらない。
リリトはヒュー達に通信を送るとグラティアのスラスターを吹かした。迷彩色になっていた装甲が鮮やかなトリコロールに変わり、放たれたビームキャノンは、ヘリの編隊の一角を飲み込んだ。
崩れた編隊を立て直す動きと同時にミサイルが発射された。フレアを撒いてその方向をそらし、しつこく追いすがる一基は撃ち落す。さらにビームが数条撃ちあがってきた。モニターには予想よりも多いMSが映し出されている。
シールドとビームライフルを構えたグラティアは、その姿勢を崩すような急制動をかけた。上空から別のビームが走ってきたのだ。太陽を背に急降下してくる機体がビームの刃を煌かせたのが見える。
「貴様の相手は私が受け持つ!」
マクシム・ディエの気合とともにゲルググのビームサーベルが振り下ろされた。グラティアのビームサーベルがそれを受け止めるが、ゲルググは柄のもう一方からもビームの刃を発振させて斬り上げる。
シールドで難を逃れ接近戦を嫌うように距離を取るグラティアを追った。正確な射撃がことごとく機体を捉えているので、ゲルググは構えたシールドを動かす事ができない。マクシムは機体性能以上に、敵パイロットの技量を感じた。
頭を切り替えて、グラティアの牽制に専念する。この機体を抑えるか否かは、味方の損害に大きく関わるであろう。現に、敵は地上を進む部隊を気にするような動きを見せ続けている。マクシムは気合を入れなおすように叫ぶと、ゲルググを突進させた。
「どうしてゲルググが・・・」
その意味のない問いをリリトが思わず発してしまうのは、敵が上手いからだ。ウェルガーがまだ動けない以上、地上を進む部隊の進行を遅らせる必要がある。それをさせてくれないのだ。しかしゲルググを落とそうとすれば、余計に時間を稼がれる。
地上に向けてビームライフルを構え、ビームキャノンでゲルググを狙う。機体を隠す木の葉型のシールドでビームを遮りながら、ゲルググの機体が急接近する。放ったライフルは地上を抉るが、その穴は敵の進行を食い止めない。ゲルググの剣撃を受け止め、苦し紛れにグレネードを発射する。
煙幕にするつもりだったその爆煙を貫くビームに舌打ちをして、リリトはグラティアをABP装甲に切り替える。ゲルググの攻撃を装甲を頼りに弾きながら、強引に地上に向かった。
背後から発射されたゲルググのロケット弾を振り向き様に切り払い、追いすがろうとするゲルググを狙う。
「させん!」
マクシムは叫んでシールドを投擲した。一瞬の動揺を見せた敵に、ゲルググはビームサーベルを風車のように回しながら斬りかかる。二本のビームサーベルでそれを受け止めるグラティア。マクシムは歯噛みする。だがそれは、単なる性能差への苛立ちではない。
連合の緊急即応部隊が採用している艦艇と三機のMSは、プラントと連合が共同開発したものである。ビームを弾く特殊な装甲など、実験段階の技術もふんだんに盛り込まれていた。その機体がこのような形で使われるという事が許せないのだ。
プラントの技術が連合の走狗として、コーディネーターとナチュラルの融和を掲げるアフリカの政権に牙を向く。それは皮肉以外の何物でもない。そのような皮肉を政治と言うのなら、そこに背を向ける事は政治ではない。彼は政治としてコクピットに身をおくのではなく、彼自身の憤りをもってコクピットに身をおくのだ。
グラティアの頭部機関砲がゲルググのカメラを狙う。身を離すと同時に発射したロケット弾をグレネードで相殺される。爆発の向こうに見えたのは、地上に降りてビームを撃つグラティアの姿だった。数両の戦車が吹き飛ぶ。
「それが連合の正義か!?」
不意に聞こえた通信機からの声に、リリトはペダルを踏む。上空から飛び込んできたゲルググがビームサーベルを振り下ろし、グラティアの立っていた地面を削る。その声が耳に残った。聞き覚えがあるような気がしたのだ。
両端から刃を発振させたビームサーベルを振り回すゲルググの姿に、リリトは大きく息を吸い込む。時計を確認すると、ゲルググに向かってグラティアを突進させた。
一撃で決めるはずだったビームサーベルの突き出しを避けられて舌を打つ。代わりにゲルググが振り上げたビームサーベルを狙い、その長い柄を真ん中で切断した。しかし予想に反してビームの刃は消えず、その攻撃をABP装甲で受け止める破目になる。バッテリーの消費が予想外に大きくなってしまう。
「プラントの都合で紛争に介入しているくせに!」
「私はザフトではない! ただ義によって立ち、融和の理念のために戦っている! 連合の正義には何があるのだ!」
混線した通信がお互いの声と映像を繋げた。リリトは敵の足元の地面を撃って土煙を巻き上げる。その声の主を思い出したのだ。敵も同じなのか、距離を取ってビームライフルを構えたままこちらを窺っている。
お互い考えている事は同じだろう。「何故」という疑問を先に消したのはリリトの方だった。不愉快な敵であることには変わりはない。一片の迷いも悩みもない彼の言葉には、一片の真実もない。
地面を蹴ってスラスターを吹かし、滑るように距離を詰める。ゲルググのビームライフルを上体を揺するようにしてかわすと、ビームキャノンを放った。敵が避ける方向を見切ってさらにビームライフルを撃つ。転がるようにそれを避けたゲルググは、地面に落ちていたシールドを拾い上げる。リリトは動じなかった。
再度突っ込むグラティアに、ゲルググはシールドを構えてビームを撃つ。グラティアはためらうことなく距離を詰め、ビームサーベルを突き出す。シールドの銃眼を狙ったそれは、そのままゲルググの頭部を破壊した。
グラティアはそのままジャンプしてゲルググの背後に着地すると、後ろに向けてエクステンショナル・アレスターを撃ち出した。胴体を貫くはずだったそれが両腕の切断にとどまったのは、ひとえにマクシムの技量であろう。
リリトは攻撃力を失ったゲルググを尻目に、敵部隊へと向かう。既に三機のウェルガーは交戦に入っていた。