Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第二十二話 偽善が救うもの

 空を飛ぶように作られた戦闘機を、空も飛べるように作られたMSで追うことには無理がある。リベルのビームが二機を落とすのがやっとだった。青空に尾を引く飛行機雲は、まるでこちらをバカにしているようだ。

 トレランシアの信号弾は、中性子砲の発射だけでなく撤退する敵部隊の追撃も指示していた。だが逃げの一手に徹するスカイグラスパーを相手に、リベルとフォルトゥーナだけでは十分な成果を挙げられなかった。徒労のため息をつきながら、イェレは通信を開く。期待はしていないがノイズがひどい。

「潮時だろ、プロペラントもバッテリーも心細い」

 通信機から聞こえるのは雑音だけだが、フィジェも了解したようだ。リベルが手振りで帰投の意思を示した。背後に立ち昇っている煙は、なかなか薄くならない。そこで何が行われたかをはっきりと示すように、風の無い空に一条のどす黒い煙が吹き上がり続けている。

 イェレは小さく舌打ちをしてフォルトゥーナを着地させる。勝利に美酒には程遠い後味、それともこの部隊にいる限りそれを味わうことは出来ないのだろうか。この苦さに慣れてしまう前に、この苦さの意味を知る事ができるのだろうか。

 何となく分かる事は、それが自然と身に付く類のものではないだろうという事だ。もしそうであれば、カオシュン以来ここまでの経験は彼らに何かをもたらしたであろう。トレランシアの位置を確認して、フォルトゥーナの推進剤残量を計算する。

「イェレ! 別の熱源だ!」

 ジャンプの体勢になったフォルトゥーナを無線と機体の身振りで押し留め、フィジェはゾーリンの高度を上げさせる。日が高くなって、熱源センサーの感度は悪くなっているが、MSクラスの熱源を誤認することはない。

 モニターを望遠に切り替えた瞬間、フィジェは眼に入った光の反射に反応してペダルを踏む。一瞬遅れてビームが走った。狙いをつけずに牽制のビームを発射して、ひとまず体勢を整える。

 感知したのは三機のMS。モニターが捉えたのは、地面と同じ褐色の機体であるが、詳細が分からない。二発目がないのは、こちらの動きを窺っているからだろうか。狙い撃ちを避けてリベルを着地させる。

 そばに寄ったフォルトゥーナがビームガン二丁構えて、周囲を警戒する。装甲越しでも、緊張感は痺れるように感じる。

 望遠モニターの映像に何度も画像修正をかけていく。空気の揺らぎやくすみを排除し、望遠特有の歪みを修正し、対象と背景のコントラストを調整して、機体の特定を行う。熱紋の照合をあわせて行い、コンピューターはその機体の正体をシビリアンアストレイと判断した。

「聞いてねぇっての・・・」

 イェレがそう応じた。事前の情報になかった機体である。

 MSは兵器であり、その開発と生産から運用に至るまでが最重要の機密である。連合内部でも、加盟各国で独自のMS研究は進められ様々な運用手法が研究されていた。そしてそれらの技術は、安全保障上極めて重要な情報として保護されている。しかし、たった一つだけ例外が存在した。

 オーブが連合の委任統治に置かれた事により、オーブ軍にMSを供給していたモルゲンレーテは販路を失う事となった。そこでモルゲンレーテは、MSの販路を国以外に求めたのだ。深宇宙探査開発機構に供給されたシビリアンアストレイなどは、そのはしりである。

 さらにジャンク屋組合と呼ばれるアンダーグランドの勢力とともに、その機体を再設計し民間への販売も行っていたのだ。民生用であり武装はないと言ううたい文句であるが、OSの簡単なバージョンアップだけで手持ち武装は可能であり、その性能は通常のMSと何ら変わりはない。マイナーチェンジも繰り返され、最新のものはウィンダムやザク以上の性能であるともいう。

 さらにこの機体は鹵獲MSや型落ち、横流し品と比べて、モルゲンレーテ製の純正部品が安定的に供給されるため、資金力のある企業や大規模な武装勢力、反政府組織などがこぞって採用するに至った。紛争の大規模化の原因として二年前に販売が禁止されたのだが、未だに部品供給は続けられていると言う。

「推進剤とパッテリーがあれば怖くないけどな・・・」

 シビリアンアストレイを運用する企業なら、パイロットもそれなりの腕だろう。スペック差があったとしても、数で劣る上にエルネギーの問題を抱えている。地平線の向こうから信号弾が昇っていくのが見えた。

 イェレとフィジェは身構えるが、派手に開いた信号弾に二人は大きく息をついた。

 

 アレナ機が手持ちの爆弾を全て落として急上昇する。それを追うように打ち上げられたミサイルをタラス機が切り払い、ヒュー機がシールドを構えて降下する。展開した敵のMSは地上用のジンが二機にウィンダムが三機、内一機はジェットストライカーまで装備している。

 複数の戦闘車両に攻撃ヘリまでこれに加わるとなると、ウェルガー三機では分が悪い。もともと奇襲のつもりだっただけに、敵に先手を打たれてしまった時点で目論みは崩れていた。

「あのラゴゥは仕事を果たしたってことか!」

 ヒュー機のビームライフルをシールドで受け止めたウィンダムが、ビームサーベルを振り上げて突進する。上空の一機がきっちりと援護射撃を行っているため、ヒューは接近を許してしまう。ビームサーベルが交錯し、周囲がストロボを焚いたように明るくなった。

 目の前に迫ったヘリをシールドで叩き落し、グレネードを地面で爆発させると、その砂煙を盾にタラスはヒューのサポートに回る。一旦体をかがめて一気に飛び上がると、上空のウィンダムに肉薄した。だが、ビームサーベルを振り下ろす暇もなくシールドに身を隠す。今度は地上のウィンダムが援護射撃を行うのだ。アレナ機は、二機のジンへの対応で手一杯であろう。

 三機のウィンダムは、乾燥した大地に対応し統一された塗装を施されていた。その動きも統制がとれ、数の優位で性能差を補っていた。おそらく民間軍事企業、それも軍と太いパイプを持つ傭兵である。そのバックにいる軍は、

「大西洋もたいがい節操なしだな!」

 タラス機の投げたナイフに、ウィンダムがシールドを前面に押し出した。ヒュー機の動きと合わせるようにして、タラス機もウィンダムに接近する。二機のウェルガーの同時の動きに、上空からの援護射撃が迷いを見せた。

 右手のビームサーベルを思い切り振り上げて敵のシールドを弾く。距離を取ろうと飛び下がったウィンダムにグレネードを発射し、その爆発に紛れてジャンプする。ジェットストライカーパックの翼から発射されたロケット弾にシールドを破壊されるが、爆発を貫いて放たれたビームがウィンダムを撃ち抜く。

 だが足元のモニターには、脚部を斬り払われて転倒するヒュー機と、止めを刺そうと突っ込んでいくウィンダムの姿が映った。

 タラスが声を上げるのと同時に、別のビームがウィンダムを爆発させた。戦闘の只中に降り立ったグラティアは、怯んだもう一機のウィンダムにエクステンショナル・アレスターを打ち込み、アレナ機の背後に回りこんだジンを狙撃する。

 アレナのウェルガーが、最後のジンの右足を破壊して戦闘は終結した。後退する戦闘車両や生き残ったヘリを、タラスは狙い撃ちする。だがそれ以上の追撃は行わなかった。足を失ったジンのパイロットが脱出したのを確認してビームサーベルで焼く。

 走って逃げるパイロットスーツから、二機のジンが地元政府のMSであろうと予測する。破壊されたヘリや戦車の数を勘案すれば、頭の痛い損害であろう。それ以上に、ザフトや大西洋からの傭兵を全滅できたのは大きな戦果だ。後ろ盾を失えば、しばらく周辺での軍事活動も出来なくなるだろう。

「相変わらずイイ腕だ、助かったぜ」

 アレナ機とタラス機に抱きかかえられた状態のウェルガーから、ヒューが通信を送る。リリトはヘルメットのバイザーを上げて微笑みだけを返した。画面を切って大きく息をつく。

 ゲルググのパイロットが言った言葉を反芻し、モニターに映る情景を見つめた。

 ビームで融けた土はガラス状に固まり、グレネードは地面を無残なクレーターに抉る。焼け焦げたMSが煙を上げ、墜落したヘリは炎を吹いていた。巨大な空薬莢や、爆弾の破片が散乱し、はやくもそれらの金属を回収するためのトラックが集まりだしていた。付近の人々にとっては、臨時の現金収入となるのだろう。

 グラティアはスラスターを吹かして飛び上がった。ウェルガーがその後に続く。

 

 滑走路を覆いつくすような輸送機が、その扁平な翼を休めている。空気の薄い成層圏でも十分な揚力を発生できるように設計された輸送機であるが、その機能を十分に発揮しているとは言いがたい。MSの運用を前提とした設計でもなく、ましてやそのMSは普通のMSではないのだから。巨大な立方体と手足を生やした砂時計が、その輸送機に運びこまれていた。

 その様子を眺めながら、機長は視線を湖へと向ける。夜の湖面に、航空灯が瞬いている。湖底にある希土類の鉱脈を掘削するための櫓は、昼夜を問わずに働いていた。さながらクリスマスのイルミネーションのようなそれが、星空に別の彩を添えている。

「場所が場所ならちょっとしたデートスポットですな」

 機長の軽口に、チン・ヤンチャンは黙ってコーヒーをすすった。薄くなってきた頭を掻くとため息をつく。ジンビンメイの作戦は、全くもって順調に進んでいない。資料をめくりながらまとまらない思案を続ける。

 前回、シャーレンが交戦したMSは新型であった。便宜上、これまで同様イージヨウと呼称しているが、おそらくは連合の緊急即応部隊に撃墜されたストライクフリーダムの発展型と思われる。上の方は、そのようなMSが存在するという事にも興味を示しているが、彼らとしてはパイロットのみが標的であった。

 だからと言って、そのMSを無視するわけにもいかない。性能はかなり向上していると見ていい。あまりにも特殊すぎる機体であるシャーレンは、短時間の改良は不可能である。パイロットの強化でごまかすしかない。

 しかし現在、彼らが有している技術で、ヤンとインの二人のパオペイレンを、イージヨウのパイロットのレベルまで向上させることも不可能であると考えられた。

「そもそも、後天的な強化によって超えられる代物なのですか? アレは」

「そのための試料として必要なのだよ・・・」

 ジンビンメイが有している僅かな資料からも、そのパイロットの異常な性能は見て取れる。もはやタンパク質からして異なると考えたくなるような数値だ。それはもう一つの疑念も生む。

 緊急即応部隊による撃墜という事実である。詳しい戦闘の様子は公表されていないが、その部隊に配備されたMSは、プラントと共同開発したという新型三機を含む六機。三機の新型もバッテリー式MSであり、とてもではないが敵う相手だとは思えない。

 アラスカでも、ヤキン・ドゥーエでも、オーブでも、メサイアでも、三桁の数を一機で全滅させたMSとパイロットの組み合わせである。MSの手足だけを破壊する戦闘スタイルは、生き残ったパイロットにも酸素不足による重篤な脳障害や精神障害を残す事から、両軍のパイロットは『コフィンメーカー』と呼び恐れていたものだ。

 考えられることは、イージヨウがフリーダムの劣化コピーであるか、パイロットがキラ・ヤマトの劣化コピーであるかだが、そのどちらも既に否定されていた。シャーレンとの戦闘データがそれを保証している。コピーであっても、劣化はしていないはずだ。

 ならば撃墜という事実はどのように説明すればいいのだろう。ジェネレーター性能の劣る機体を用いてなおかつ勝利したというのであれば、パイロットの性能がはるかに上回るという事になってしまう。

 その可能性の検証も必要かもしれない。チン・ヤンチャンは、資料を閉じて立ち上がった。

 

 両手を高く上げたシビリアンアストレイが歩いてくる。リベルとフォルトゥーナも同じように両手を上げていた。戦闘の意思がないことのジェスチャーである。わざわざレーザー通信を使って、シビリアンアストレイの側から謝罪の言葉があった。

 当ったら最後のビームである、謝って済む問題でもないが、事を荒立ててもどうなるものでもない。基地で戦闘が起こっていると知り、そこを迂回しようとしたところ、スカイグラスパーを追撃していた二機と鉢合ってしまったのだ。不幸な偶然であるともいえた。

 三機のシビリアンアストレイは、大型車両を護衛して難民キャンプに向かうところだったのだ。軍用の装甲指揮車を改造したその車両には、ある企業の現地視察団が乗っていると言う。フィジェは、ミナミ・ナガオカの話を思い出した。

「噂には聞いていたよ」

 シビリアンアストレイのパイロットの一人がそう言った。連合の部隊が展開して安全が確保されているという噂で、内戦が拡大する前にこちらに向けて避難する人が後を絶たないのだそうだ。

 最近増えていた家財道具一式ととともに難民キャンプに来る人達は、内戦に追われて難民になったのではなく、内戦を避けて逃げてきた人達だったのだ。そのパイロットは、連合という肩書きと緊急即応部隊のここでの実績を頼りにしている人は多いと、付け加えた。

 そのパイロット達に、付近の状況を伝える。戦闘はひとまず終了しているが、民兵や盗賊団のような武装勢力は、それとは関係なく動く。むしろ地元政府軍という重しが無くなった今の状況の方が危険かもしれない。トレランシアへの緊急通信チャンネルと、救援要請のための信号弾パターンを教えて、その部隊と別れた。

 イェレがぽつりと漏らす。

「俺達、役に立ってるって事なんだよな」

 フィジェは無言のまま肯定する。ここからさらに東は、ユーラシアが支援する政府軍とアフリカ解放戦線が支援する反政府勢力との間での内戦の舞台だ。そこから安全を求めて逃れる人達は、彼らの活動を聞き及んでこのキャンプを目指すのである。

 難民キャンプを挟んで向かい合っていた二つの勢力は、この作戦によって大きな打撃を受けたはずだ。派遣された連合軍が到着すれば、難民キャンプの安全はとりあえず確立されるであろう。

 彼らはそのために欠くべからざる活動を行った。実感からは程遠くとも、それは事実だと思いたかった。

 

 脚部を破壊されたとはいえ、ヒューの機体はメインスラスターが無傷であったため空中での機動に問題はなかった。しかし推進剤を節約するためのジャンプ飛行を行っているため、タラスとアレナの機体に支えてもらっている。両機の膝関節にはそれなりの負担となっているのだろう、時折ギシギシと音がする。

 地元政府軍の部隊を撃退したからといって、ジープと携帯型の対MSミサイルで武装したような連中までいなくなったわけではない。ウェルガーの動きに合わせて、グラティアが周囲の警戒をする。グラティアの手振りを確認して、三機のウェルガーがスラスターを吹かす。

「何なんですかね、あいつ?」

 タラスが接触回線で話しかける。その視線の先にいるのはグラティアだ。MSの性能差、コーディネーターとしての能力、そういったものを考慮したところで、リリトの動きは突出しすぎている。時々忘れそうになるが、ヒューもコーディネーターであった。しかし、彼女と同じことは出来ないだろう。

 ヒューは、俺も高等教育さえ受けていればなどと軽口で受け流すが、タラスが気にするのは、単純な能力の事ではない。リリトは撃墜数を誇ったり、作戦の成功を喜んだりしないのだ。

「アレだけの腕になるのに、どれだけの訓練が必要だと思います? あいつはそれだけの努力をしてきたって事でしょ? その成果って、単純に嬉しくないんですか?」

「過去問の正答率が上がれば嬉しいものな」

 笑いながらそう言ったアレナにムッとした顔をすると、タラスは続ける。他の五人にも似た傾向はあるが、リリトの場合はそれが顕著に思えるのだ。その上、少し様相も違う。

 一番最初の実戦こそ緊張や疲労の色を見せていたが、それ以降は全くそのそぶりがない。戦闘中も冷静そのものであり、判断も行動も完璧に近い。それら全てを、当たり前のようにこなしているのだ。

「何て言うのか・・・当たり前にこなせるように訓練を積んだっていうより、当たり前にこなせるのが当たり前だった、みたいな」

「何だよ、当たり前が当たり前って」

 ヒューはタラスの言葉を、よく観察していると思うし間違っていないと思う。話では、アカデミーでも成績優秀者であったそうだし、赤服の拝領者だともいう。それはいい加減な取り組みで取れるものでもないだろう。特に生死の最前線に立つパイロットであればなおさらだ。

 若者として戦争という事象に疑問を持つのは正しい事だ。だがそれに疑問を持ったままでは、優秀なパイロットにはなれない。パイロットになる意味、軍隊にいる意義、戦争に参加する理由、そういったものがなければ明確な死の可能性には耐え切れない。理由の内容は千差万別であっても、理由が「ある」という事は必要な条件だ

 例えばフィジェが翼付きに見せたモチベーション、そういうものを彼女は持つのだろうか。それなしに、あれだけの戦闘を可能とする訓練を受け続けたというのだろうか。それとも、訓練なしにあんな事ができる人間がいるのだろうか。

 ヒューは考えを切って着地の衝撃に備える。足がなく、両側から腕で支えられているだけなので、結構な衝撃が来るのだ。ようやく地平線の上にトレランシアの姿が見えてきた。

 

 最敬礼で迎えたのは、難民キャンプの治安維持のために派遣された連合軍の先遣隊司令官と、事務方のトップだ。艦長室の応接セットは、このところ大活躍を見せている。ここに来る連合の関係者はこぞってトレランシアを詣でるのだ。

 現場で仕事をするものにとって、政治的なご機嫌取りに時間を使う余裕はない。ただ純粋な敬意と、実用的な情報を求めてやって来るのだ。マーカスやレセディにとって、悪い気分のする話ではないが、ここに留まるのもあと少しである。

「では次の部隊で連合人道監視ミッションの総責任者が赴任するわけですね」

「はい、現在ビクトリアで最終編成を行っています。一週間で到着する予定で」

 先遣隊500人に続き、1000人の部隊と100名弱の文民が到着する事になっていた。その責任者に、現在トレランシアが持っているこのキャンプでの権限を委譲すれば、御役御免ということになる。

 難民流出の原因となっている内戦は収まる気配を見せないが、反政府勢力掃討を理由とした東側からの攻撃は鳴りを潜めている。また、アフリカ解放戦線にも目立った動きはなく、西側における武装勢力の動きも沈静化していた。難民キャンプを舞台にした大規模な戦闘が起こる可能性は、とりあえずなくなっている。

 連合人道監視ミッションは、最終的に6000人規模の部隊となる計画であり、今の情勢が続くのであれば、難民キャンプの治安維持は可能であると判断されていた。

 現場からの評価は、ひとえにトレランシアの活躍によってこの情勢がもたらされたと言うものである。何度も感謝の言葉を述べられ、マーカスとレセディは恐縮を繰り返す。

「トレランシアは今後どこへ?」

「補給や整備をかねて一旦ビクトリアに向かいます」

 次の作戦はそこでと答えるが、既に次の作戦は決まっていた。アフリカ中央部における先制攻撃である。だがこれは艦長と副長のみに伝えられた極秘事項であった。周辺に関する情報を伝えて、先遣隊の司令官たちを見送った。

 ほっと息をつく間もなく、レセディが次のスケジュールを伝えた。NGO団体や企業からの表敬訪問が続く。治安がある程度確保されれば民間団体も支援を開始する。また、連合は、いくつかの軍事企業とも契約を結んでいた。感謝の言葉はありがたく受け取るが、流石に立て続けは辛い。

「ようやくこの部隊の理念に近い事ができた、そんな気がしませんか?」

「まだ結果は出ていません」

 ピシャリと言ったレセディの言葉に、マーカスは小さく息を吐く。彼女らしい言葉だ。

 確かに、問題の原因である内戦への介入はビクトリアへの運河の防衛にも関わるため、緊急即応部隊も手が出せない。難民キャンプの安全が確保されたといっても、内戦が終結しなければこの問題は永遠に解決しない。トレランシアの存在は、まだ一部地域における軍事的威圧効果しかなく、アフリカを連合の手で安定化させるという、連合の意志を示すことまでは出来ていない。

 だが、現実に存在した難民への危機に、機動的に対処することくらいは出来たのではないだろうか。小さな一歩をちゃんと認識する事は、目的を達成するための欠くべからざる条件である。マーカスはそんな事を思った。

 

 難民キャンプの様相が変わった。連合軍の兵士がまめにパトロールするようになったために、銃撃戦などが起こらなくなったというのもあるが、キャンプに活気が出てきたのだ。連合の兵士を相手にした商売なども始まっていた。支払いの確実な兵士は、商売相手として最適なのだろう。

 難民ではなくここの兵士目当てに商売に来た人の姿も見受けられる。連合の活動が地元の経済を潤すと言えば聞こえはいいが、あまり気持ちのよい光景でもなかった。

 着の身着のままで逃げてきた人達は、雨も防げないようなボロ布のテントの下で、僅かな配給を待つだけの生活なのだ。未来にまで絶望したようなその目は、何も変わっていない。活気の恩恵に浴するのは、本来なら救われるべき難民ではなく、離れた土地からやってきた人間であり、そういった人達は配給品すら商品に変えて売りさばいている。

 リリトは一度その事を指摘していた。だが配給作業を行っていた人は困ったような笑いを浮かべただけだった。

「分かるけど・・・」

 そんな事の取締りが可能な状況では無いのは、嫌でも分かる。だがそれをモニター越しに眺める気分は、とても虚しいものだった。人間の逞しさではなく、卑しさが発揮されているように見える。

 グラティアをハンガーに設置すると、MSデッキに見慣れないMSが止まっているのが見えた。早速整備に取り掛かったタルハにその事を聞く。どこかの企業の視察団の護衛なのだそうだ。多分、イェレが話していたシビリアンアストレイだろう。ロッカールームから出るとフィジェに声をかけられた。

「ちゃんと寝た?」

「今、起きたとこ。ナガオカ先生が来てるらしくてさ、挨拶しとこうと思って」

 いつものジャージ姿でなく、制服姿なのはそのせいだった。不意に食堂から声をかけられる。ミナミがコーヒーを片手に手を振っていた。

「あの会社にキャンプまで送ってもらうのよ」

 艦長との話が終わるまで、ここで待っているのだと言う。ミナミはリリトに手首の調子を聞いた。リリトは、手を隠すように動かし、トレランシアを訪ねてきた理由を聞く。離任の挨拶だと言う。

 ミナミの勤めるNGO団体も医師団の派遣を決定し、現地調査の仕事に当っていた彼女はここを離れる事になったのだ。連合軍の派遣によって、民間団体の動きも活発になっていた。彼女にこれからどこに行くかを聞くと、カイロの支部でデスクワークをした後、また別の地域に派遣されるだろうとのことであった。

 仕事先ならいくらでもあると言って、彼女は小さく笑った。

「また、紛争地帯ですか?」

「どうかしらね。医者が必要な場所は他にも多いし」

 奥地の農村、都市のスラム、伝染病の発生地域、彼女らが必要とされる場所は枚挙に暇が無い。単に病気や怪我の治療だけでなく、栄養指導や母子検診、現地の医療従事者の教育訓練など、活動も多岐に渡る。彼女の勤める団体は比較的大きな団代だが、それでも資金と人手の恒常的な不足に悩まされていると言う。

「私みたいなオバさんも前線に駆り出されるわけよ」

「立派な、お仕事ですよ」

「フフ、隣の芝は青く見えるものだものね」

 コーヒーのカップを傾けながら、ミナミはリリトの言葉を受け流した。リリトが少し心外な顔をしていると、ミナミは眉を曇らせ遠くを見る視線になる。

「立派な事してる実感なんて、感じた事ないわ・・・」

 怪我人を治す事は出来ても、怪我人を減らすことは出来ない。今かかっている病気の治療は出来ても、病気にかからないようにすることは出来ない。先進地域ではかからない様な病気が蔓延し、先進地域では死なないような怪我で死ぬ。医者は対処療法しかできないのだ。

 効果の無いまじないに頼るしかない奥地の村に医療を広める事も、スラムの衛生環境を改善する事も出来ない。薬を買うお金すらない貧困を指をくわえて見ることしかできず、高額な薬を普及させるために企業の特許を公開させることすら出来ない。

 どうすればより良くなるか分かっていても、出来ることはそれとはかけ離れた事だ。清潔なガーゼ一つとない場所でただ医療に従事する事を、立派な事だと言われても実感は無い。

「あなた達は、ここの難民が爆撃の対象になったり、難民同士での殺し合いに発展する事を阻止したわ。私には、その方が立派な仕事だと思える」

「・・・だったら、どうして続けられるんですか?」

「私にはMSの操縦ができないもの。できるのは包帯を巻くことくらいよ」

 コーディネーターは何でも出来るなどという幻想は、この仕事を続けるうちに無くなってしまったという。与えられる選択肢は確かに多いのかもしれない、だが選べる選択肢が一つなのは同じ事だ。後は、選ぶ前に迷い続けるか、選んだ後で後悔するかの違いだ。

 だが後者であれば、世界に関わりを持つことは出来る。例え効果は無くとも、それは無意味ではない。

 リリトは視線を落とした。横顔にフィジェの視線を感じる。そっと視線を上げると、ミナミが微笑んでいた。

 ミナミのカップが空になっていたので、フィジェはもう一杯コーヒーをすすめる。艦長たちの話が長引いているようだ。彼は今尋ねてきている企業が何の企業かを聞いた。ミナミは肩をすくめながら会社の名前を言う。その筋では有名な兵器メーカーだ。

「医療品メーカーと共同開発した義肢の売り込みですって」

「兵器メーカーがですか?」

 ミナミは周りを見渡して、少し小声になった。そのメーカーが扱うのは、主に小火器や対人兵器である。人間同士の戦闘が主体となるアフリカの小規模紛争では、メインとなる兵器であるが、その輸出は厳しく規制されている。

 もっとも密輸その他のルートで流出しているのであるが、そのメーカーは正規のビジネスとして義肢を開発したのだ。医療体制の整わないアフリカでは、手足の切断や、リハビリが出来ないことによる四肢の不随などはざらにある。義肢の需要は十分にあった。

 安価で高性能な義肢を連合の人道援助資金によって、必要とする人に供給する。そのためのセールスに来たのだという。

「自社の作った兵器が生む被害は、自社の製品によって回復させるってね」

 少し乱暴にカップを置いたミナミの前で、二人はその言葉の意味を理解し絶句した。自分達が作った兵器で手足を吹き飛ばし、その吹き飛ばされた手足の代りに自分達の商品を売り込む。死の商人という言葉すら陳腐に感じる発想だ。

 対人地雷もクラスター爆弾も、旧世紀にその非人道性から生産や使用を禁止する条約が出来、その条約の非締結国も事実上その使用を禁止していた。しかし再構築戦争とそれに伴ういくつか戦争でその条約はなし崩しとなり、前大戦でも使用される事になった。特にザフトは序盤の数の劣勢を補うために、これらの兵器を数多く使用した。自爆装置付きのものとはいえ不発も多く、現在でも被害者が絶えないのが現状だ。

 再びこれらの兵器の禁止を模索する動きもあるが、安価で効果的な兵器として各国の軍は難色を示し、それが各地の紛争地帯への流出と使用にも繋がっている。

「・・・治せるから、死ななきゃそれで良いんですか?」

「大真面目だったわ、心の底からそう思っているって感じ。手足を失っても元通りの生活が出来るって、人的被害の抑制は戦後復興のスピードにも繋がるってね」

 その企業は、国や兵器関連企業から資金を集め、義肢の普及を進めるための基金の設立を計画していると言う。その計画に、連合としても積極的なサポートをお願いしたいというのだ。

 フィジェの拳が震えているのが見えた。戦争であっても死ななければ良いという発想、彼に重く圧し掛かる現実を生み出した発想だ。歯を食いしばっているのが分かる。

「でもね、人道ってそういう矛盾を少しずつ重ねていく事でしか発展しないわ。兵器を制限して、殺し方にルールを定めて・・・そうやって戦争の否定に近づけていくものよ」

「ふざけるな!」

 リリトは立ち上がろうとするフィジェを押し留める。思わず出してしまった大声に自分自身で驚いたような顔のフィジェが、拳を握ったまま視線を落とす。

 ミナミは黙って彼を見つめた。彼は喉の奥からかすれるような声で言う。

「生きていたって、苦しみは変わらない・・・」

「違うわ。一緒に苦しめるのよ、生きていれば。私には、もうそれが出来ない」

 二人はミナミを見た。少し陰のある笑顔を彼女は向けていた。食堂の入り口でミナミを呼ぶ声が聞こえ、彼女は別れの挨拶とともに食堂を去っていった。

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