Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第二十三話 企業城下町

 整った街並みの中央を貫く大通り。きちんと舗装され街路樹まで植えられたその道は、片田舎の町にしては出来すぎた道だ。旧世紀からの大都市でもないこの町が立派な都市に変わったのは、他国からの積極的な投資があったからである。東アジアの大きな鉱山会社がこの町に進出しているのだ。前大戦時の連合によるビクトリア奪還の直後に、その会社はザフトが放棄した設備を二束三文で連合から買い取り操業を始めた。

 MSのモーターに使用される特殊な希土類の鉱脈が、ムウェル湖の湖底で発見され、それを採取し精錬する工場が置かれている。その工場を中心として急速に街が形成される事になったのだ。

 俗に言う企業城下町というものだが、この街の特殊性は行政機構のほとんどをこの企業が担っているという事である。ザフトによる占領時に現地の行政機構が解体されてしまった事と、その後のアフリカの混迷で代わりとなる行政機関を発足できなかった事が原因であるが、事実上その街は東アジア共和国の飛び地といっても差し支えない。

 そのような街はアフリカにいくつかあり、大西洋やユーラシアさらにはプラント系の企業が事実上統治している街もある。たいていは軍と深いつながりのある民間軍事会社が、警察業務などを請け負っていた。

「MSを出してきやがった!」

 クルト・クラウはカメラの向きを変えて、シャッターを切り続ける。おそらく東アジア独自開発の見た事もないMSが、大通りをゆっくりと前進してくる。ザウートのような半戦車のそれは、スピーカーから警告を発しながら、群集を押し戻していく。人々が散り散りになって逃げ始めた。

 工場労働の待遇改善を求めて始まったデモ行進は、湖の漁業権返還運動や、行政機構の企業からの独立を求める人達も加わった大規模な抗議行動になった。警備を行っていた民間軍事企業の社員と、参加者が小競り合いを始めた事から一部が暴徒化して騒乱となったのだ。

 MSまで繰り出したその騒ぎが収束に向かう中、クルト・クラウは写真のデータの転送に取り掛かる。こういった騒ぎは隠蔽したいと考えるのが常だ、騒ぎが続いている間にデータを送っておかなくてはならない。下手に手元にデータが残れば、命すら危険に晒されるのだ。

 応援の取材クルーが来る前にそんな事になるのは回避したい。彼には取材拠点という役割もあるのだ。

「当然でしょうな・・・」

 同じ光景を別の場所から見ていたチン・ヤンチャンはそう言った。群衆の中に、アフリカ解放戦線の人間がいたという情報が上がっていた。目の前の支社長のように、全てがアフリカ解放戦線の扇動によるとは思わないが、こういった騒ぎに付け込むのがゲリラだ。

 本社から定年間近の天下りとしてやってきた支社長に、この騒ぎの真因を語っても無駄だろう。だから、自分達もそれに付け込ませてもらうだけだ。ビクトリアに向かう連合の緊急即応部隊が、この騒ぎに首を突っ込むかもしれない。アフリカ解放戦線が動いているなら、イージヨウも顔を出すかもしれない。

 そうすれば、諸々の事が一度に出来る。こちらから動くには情報が少なすぎた中で、たまたま巡ってきた機会なのだ。期待せずに使わせてもらう。ヤンチャンは、電話を借りて輸送機に繋いだ。

 

 自分の仕事にプライドを持っているわけではない。だが、分はわきまえているつもりだ。自分は一介の金融屋であり、顧客の財産を運用して手数料を貰い、また会社の資産を運用して利益を上げるのが仕事だ。そのために必要な情報収集は行うが、それを使って副業を行うつもりは無い。

 ましてやスパイの真似事などまっぴらだと、カヲ・ツォピンは思っていた。今の部署が危険な案件を扱う部署であったとしても、彼は金融屋としての仕事を全うするだけだと思っている。

「我々にも守秘義務というものがありまして」

 そんな言葉を使うのはビジネスの場だと思っているからだ。決してスパイとの密会などではない。そこが例え、料亭と呼ばれる裏取引のための会談を専門とするレストランであったとしてもだ。

 ブロンドの美人は箸を器用に使い、銚子の熱燗を慣れた手つきで猪口に注ぎながら、なおも食い下がってくる。

「連合の金融当局に流している情報だけでもいいんです」

「あれは監督官庁ですから」

 平然とそういう目の前の男に、アンジェリカ・マイズナーは心の中で悪態をつく。没個性的な外見の男だが、噂通りに手ごわい。原理原則を盾にするという事は、取引の芽すらないということだろう。きっとここの払いすら自分の分の金を置いていくつもりだ。

 デュランダル政権下で行われていたターミナルとロゴスの暗闘。勝利を収めたはずのターミナルに大打撃を与えてその計画を崩壊に導いたのは、一説にはこの男だと言われている。

 そのせいでターミナルはプラントにおけるクライン政権の維持すらできず、組織の建て直しに全力を傾注せざるをえなくなっていた。ビーンシュトック一派を止められなかったばかりか、彼らの動きを見失ってしまったのもそれが原因だ。

 彼らが単なる過激派なら無視してもいいが、その資金の流れや人材の流れはどうしてもターミナルに繋がってくる。彼らの摘発は、ターミナルそのものの摘発に繋がりかねない。

「万能艦に核動力の新型MS、そしてそのパイロット・・・危険だとは思いませんか?」

「いいえ。金融屋の仕事とは関係のない世界ですから」

 むしろあなた方と密接に関係している世界だと付け加え、カヲは茶をすすった。それだけの戦力を保持し運用するのに、どれだけの資金と物資と人間が必要か。ターミナル絡みでそれらを手に入れているというのであれば、容易にその動きは掴めるはずだ。

 それすらままならないというのであれば、もはや組織としての体をなしていない。ターミナルは完全に分裂しているという事だろう。ビーンシュトック一派のトップだけを排除し、その組織だけを手に入れようとするなら、その方が危険である。

 どの道、単なる内ゲバであり、そこに首を突っ込む趣味などなかった。カヲは財布を取り出す。

 

 報告を終えたリリトに、二三の質問が出た。どれもザフトの新型MSに関するものであり、その補足をマーカスが行う。連合の本部から、それに関係するであろう情報が届いたのだ。

「義勇兵って・・・俺らはフランコ政権かよ」

 ヒューの言葉を理解出来ないという顔をしたタラスに、アレナが後で教えるとささやく。イェレとフィジェも顔を見合わせていた。マーカスは軽く咳払いをして、話を進める。

 マスドライバー、豊富な資源、広大な大地、アフリカを狙っているのは連合だけではない。レクイエム戦役によって本国の複数のプラントを失い、その国力が大きく削がれたプラント政府にとっても、アフリカは重要な地域である。連合との関係は「悪くはない」という程度であり、大洋州の支えだけでプラントを復興させるには、多大な時間を要するだろう。

 アフリカに親プラント政権が誕生し、そこがマスドライバーを押さえれば、プラントにとって大きな支援地域が生まれる事になる。アフリカの情勢に介入しなくてはならない理由がプラントにはあった。

「本物の義勇兵か、ただの隠れ蓑か・・・どちらにしても問題だが、フィランディエーレ少尉はどう思う?」

「提出した無線の記録通りです。コクピットで建前をしゃべる余裕は無いと思われます」

 連合との関係を悪化させ事が確実である以上、ザフトをアフリカに派遣することは出来ない。ザフト以外の方法でアフリカへの軍事介入を行うために、義勇兵という論法が登場したのであろう。アフリカ解放戦線や、反連合勢力に協力するザフトのMSはアフリカ各地で確認されている。カーペンタリアにおける潜水輸送艦の動きも活発になっているという話だ。

 問題はそれがプラント政府として計画的にやっている事かどうかという話である。それらのザフトMSが組織的に動いているという情報は入っていない。今回のように個別の戦闘でその姿が確認されるだけである。ザフトは、脱走兵の暴走に対して遺憾の意と再発防止を声明として発表するだけであった。

 連合としてもプラントと事を構えるつもりは無く、それ以上の追求はしていない。痛し痒しの状態で状況の推移を見守っているというのが現状だった。

「つまり、本気で義勇兵になった人間に対して、ザフトがこっそり便宜を図っているだけって事か?」

 ヒューの言葉にレセディは腕組みをする。状況だけならその方が説明が付く。プラントとしては連合との関係悪化回避が大前提であり、アフリカに関する利権はその前提を満たす限りにおいて手に入れたいという認識だろう。

 だが、動員もなしに義勇兵などが出てくるのであろうか。ましてや、何も知らない素人ではなく、MSの運用が可能な軍人なのだ。マーカスは再び問いかけた。

「ザフトとは、そういう組織なのですか?」

「・・・そうです、と答えた方が正確でしょう」

 フィジェが言う。レクイエム戦役において、ザフト内部から多くの離反者が出たのは周知の事実である。損得勘定で勝ち馬に乗った者もいるであろうが、いわゆるクライン派と呼ばれる者は、違う判断基準でザフトから離反している。それを考えれば、コーディネーターとナチュラルの融和を訴えるアフリカ解放戦線に対して、義勇兵として参加する者が現れても不思議ではない。

 プラント政府はそれを利用しているだけであろう。義勇兵の側には利用されている意識は無く、ザフトが自分達に協力するのは当然だと考えているであろうが。

 レセディが言葉を選ぶように別の問いを発した。どのような形であれ、プラントの人間との戦闘となったのだ。気にしないわけにはいかない。三人は顔を見合わせた。覚悟していたなどという安い言葉でお茶を濁すつもりは無いが、心情的な抵抗感が思いの外低いのは確かだ。ザフトへの幻滅がその原因である事は確かだろう。所詮、国家という名の「同じ穴の狢」なのだと、外側にいる者からはよく分かる。

 マーカスはその言葉を記録に書き留めた。ブリッジから呼び出しがあったためマーカスとレセディは会議を終了する。アレナがタラスにスペイン内戦についての講義をはじめた。リリト達三人は場所を変える。

 周りを窺うようにイェレが聞く。報告された無線の声に、聞き覚えがあったのだ。

「私も、多分そうだと思う」

「ディエ先輩・・・か」

 三人はめいめいにため息をついた。マクシム・ディエ、アカデミーの一年先輩であり、政治銘柄と言われていたアカデミー主席を、両親が政府有力者でもないのに取ったという人物である。義勇兵に参加しているという事が納得できる人物でもあった。

 ただ、彼女らにとってはあまり良い思い出のある先輩ではなかった。厳しいというより強圧的な態度であり、よく他の人をつるし上げていた。実際、何人かはパイロット課程をやめている。もっとも、一部の生徒からは絶大な支持を受けている人でもあった。

「貴様らは何故ザフトたろうとしない!」

 フィジェが口調を真似てつまらなさそうに笑う。イェレは伸びをしながらつぶやいた。

「でもさ・・・あん時、もうちょっと真剣に考えとくべきだったよな」

 リリトはその横顔を見つめる。

 アカデミーの時、無為に過ごしたツケが今回ってきているのだ。正しい正しくないは別として、マクシム・ディエは自分自身が何を望み何をすべきかを見つけて行動している。

 暗中模索で動けないままでいる彼女らと比べれば、はるかに先を行っているのだ。それは賞賛すべき事であろう。

 視線に気付いて「なに?」という表情をしたイェレから目をそらす。その先に、走ってくるカシアの姿が見えた。彼女は三人を手招きした。食堂にはユンディとタルハも来ており、テレビ画面を見つめていた。

 映っているのは、マダガスカルで出会った記者だった。

 

 連合本部から届いた指令書と、画面に映るニュース映像を見ながら、マーカスは自分達が何でも屋である事をつくづく実感する。軍用のレーザー通信回線を使ってまで、ユーラシアの報道番組を見せてくれる上の配慮に、心からの遠慮を願いたかった。

 その番組はアフリカの現状を取材するという特集で、今回は「外国企業に支配された街」という副題が付いていた。映されたのは、暴徒と化したデモ隊と、それを取り締まる兵士の姿だった。その兵士は全て東アジアの民間軍事企業の傭兵であり、この街は東アジアの鉱山会社が実権を握っていると説明されていた。

「劣悪な労働、悪化する環境。それらをアフリカの人々に押し付けて利益を上げ続ける企業。そしてその利権に群がる国家。紛争の続くアフリカが抱える世界の負の構造。これを放置することは果たして正義なのでしょうか」

 キャリアのありそうな女性キャスターがアンカーウーマンを勤めるその番組は、そんな言葉で番組を締めくくった。マーカスはその街までの距離を確認した。トレランシアの足で一日半ほどの距離だった。

 これが仕組まれた事ではないのだとしたら、自分はどれほど運が悪いのだろう。指令書は、その街における人道的危機の調査及び緊急措置を命じていた。

「ようはあれですよね、テレビカメラがあるうちに正義の味方の活躍を見せておけと」

 そうとでも言わなければやっていられないというのが正直な感想だ。世論に向けた単なるパフォーマンスである。企業の不法行為摘発という表向きの名目があれば、東アジアも強くは出ないであろうという計算まで働いている。

 その上、アフリカ解放戦線の影響力が強くなる前に連合による介入で影響力を残そうというのだ。既に本部では、現地の行政組織を育成・監督するための特別チームが編成されているという。そんな手回しのよさすら癪に障った。パイロットの補充も無く、ウェルガー一番機の修復はビクトリアに到着しないと出来ないにもかかわらず、仕事だけが飛び込んで来る。

 民間企業に対する捜査権限を連合の刑事警察調整局から暫定的に与えられたのである、断る事など出来そうになかった。マーカスは憤りの全てをため息に変えて、体の外に出した。

 レセディは静かに進路の変更を指示する。その企業も連合の戦艦相手に本気で抵抗する気など無いであろう。戦闘という面においてはそれほど困難な事態に陥るとは思わない。艦の人員でろくな捜査などできるわけも無く、徹頭徹尾パフォーマンスに過ぎない。

 だがその前例は、他の企業にも影響を与えるだろう。国家とは違って面子などと関係なく企業は動く。連合の介入による損失が大きいと判断すれば、自ら問題点を改善していくであろう。歩みは遅くとも、マイナス方向には進まないはずだ。

「総員、第二種警戒体制に移行。作戦開始は明日正午」

 彼女は艦長が珍しく悲観的な様子なので、自分の考えが逆に楽観的になっていると感じた。背筋を伸ばして気合を入れなおす。

 

 近くを通った人間であれば、その違和感に気が付いたかも知れない。景色の一角に不自然な歪みが生じているのだ。だが、ある程度離れてしまえば、その歪みも景色の中に溶け込んで見えなくなってしまう。偽装鏡面と呼ばれるミラージュコロイドの一種を使って、一隻の戦艦が山間に停泊していた。

 カモフラージュのためのコロイド粒子の下には、特徴的な二本のカタパルトデッキを突き出した戦艦の姿が隠れている。それは連合が開発した特装艦と呼ばれる艦種に酷似したフォルムであるため、誰ともなしに大天使と呼んでいた。各地の反政府勢力から英雄として称えられる、連合の追うテログループの旗艦である。

 グループといっても実際の活動を行うのはこの艦のみであるが、戦果はその名に相応しいものであった。ブリッジでは、届けられたばかり映像が流されている。ユーラシアの報道番組だ。

「これで世界が変わるわけではないが、目を向ける人達もいると言う事だな」

「それ自体は良い事でしょうけど・・・」

 キャプテンシートの女性とその横にいる男性が話す。デモ隊を追い散らすMSと、民間軍事会社の社員に引きずられていく人の姿が克明に映し出され、時折揺れる画面には自動小銃の発砲音が響いていた。

「行きましょう」

 まだ幼さの残る青年が、静かな声で力強く言った。その声が、ブリッジに染み渡るようにクルーに伝わる。

 世界に居座る抑圧の構図、対立の構造。そこで苦しむのはそれを生み出した者ではなく、その世界に住む人達だ。それが世界を覆えば、かつての大戦のように互いを滅ぼし合う愚かな泥沼が世界を飲み込む。

 そんな世界に抗う力を、彼は、彼らは持っている。

 いつか人々が手を取り合い、抑圧が協調に、対立が融和に変わるその日まで、彼らは世界に抗い続ける。力を剣として振るい続ける。世界を覆おうとするものを振り払い切り払い続ける。

 それが力を持つ者の務めだ。世界の苦しみを座視し、人々の悲しみを看過することは許されない。だから彼らは行く。

「総員耐加速体勢。偽装鏡面排除と同時に低軌道弾道飛行を行います」

 艦内放送でそう告げられ、艦内の様子は一気に慌しくなった。青年はパイロットスーツに着替えるとMSのコクピットで待機する。エンジンを始動させるとパネルの起動画面に「ガンダム」の文字が現れる。

 形式番号すらないそのMSを、開発者達は畏敬の念を込めて「永遠の自由」と呼んでいた。だが青年は親しみを込めてガンダムと呼ぶ。

 

 でたらめのような火線に三機のMSが散開した。応戦のビームをリフレクターで受け止めながら、チンシャーレンはその真四角な巨体を疾走させる。上空で切り結んでいるチーシャーレンごと吹き飛ばす勢いでビームを打ち上げ、刀を構えて立ちふさがるMSを踏み潰しにかかった。

 小賢しくリフレクターの発生器を狙って突き出された刀はコンテナに突き刺さったままとなるが、後退するMSにあらん限りの砲門を突きつける。その機体がビームシールドを持っていたことにヤンは喝采を送る。

「楽しませてくれる分にはOKだ! ただし、梃子摺らせるのはNGだかんな!!」

「邪魔すんな! 普通のコーディネーター!」

 インはそう叫んで、チーシャーレンのレーザーキャノンをサブフライトシステムに乗るMSに向けた。流石に足場を狙わせるほど弱いパイロットではなかったが、その大量のビームが一瞬だけ狙いをそがれる。

 その一瞬でチーシャーレンはもう一機のMSの懐に飛び込んだ。高周波振動腕がビームサーベルをジリジリと侵食する。いつの間にか背後まで回されたエクステンショナル・アレスターを足の鉤爪で払う。インは口笛を吹いた。

 胴体から伸ばしたビームサーベルを特殊な装甲で弾かれ、逆に至近距離からビームで狙われる。その機体のシールドを蹴って距離を取ると、下から六条のビームを浴びる。下半身を急回転させてそのビームを打ち消し、チンシャーレンの撃ち出したミサイルに紛れるように距離を詰める。

 ジンビンメイは思惑通りに連合の緊急即応部隊と接触していた。二機のウェルガーは先行して街に向かっているが、インとヤンの目的は街の防衛でも鉱山会社への協力でもない。イージヨウを撃墜したMSのパイロットのデータ収集である。彼らの追っているパイロットと、同等の性能を持つ存在かどうかの確認であった。

 ヤンは拳銃のようなビームガンを持ってチョロチョロと動き回るMSに焦れた。致命傷はゼロだがストレスだけが溜まる。コクピットの画面を見て、口の端を上げた。

「テメーの相手は次の次くらいにしてやるよ!」

 チンシャーレンの上面のハッチが一斉に開いてレールガンを吐き出す。インもチーシャーレンの向きを変えて叫んだ。

「今日はジャックポットね!!」

 腕のジャバラを最大限まで伸ばして、先手を打つ。それは上空から舞い降りてきたMSの振るった刀と交錯して激しい音が響かせた。

 深い青と目の覚めるような白が鮮やかなMSが、黄金の燐光とともに現れたのだ。

 

 レセディは肘掛を叩く。想定外の事態が立て続けなのだ。あの奇妙な二体のMSだけでも厄介なのに、別のMSまで登場したのだ。しかもその姿は、見覚えのある姿だ。

「アントレランスの発射、どうしますか?」

「一旦中断して。状況が変わったわ」

 二体の奇妙なMSがデュートリオン送電システムを使用しているとの分析が出たのだ。それも常時低出力のビームが照射されるタイプである。ビームを送っているのは、はるか上空に遊弋している航空機からで間違いが無く、それを撃ち落すために中性子砲の発射準備を行っていたのだ。

 艦艇用の大型融合炉を搭載し、ドラグーンを応用しデュートリオンビームの常時照射できるシステムを備えた航空機。逃がしても、足くらいは付くであろう。問題はもう一機の方である。カシアは画面につぶやく。

「撃墜、したはずでしょ」

 同じ事をリリトは叫んでいた。チンシャーレンのレールガンを回避した目の前に、あの翼付きが降りて来たのだ。二本の刀でチーシャーレンを押し飛ばし、後方に向けたフリーダムのレールガンがグラティアを狙う。

 リリトは、ビームライフルで牽制しながら距離を取る。単純に敵の数が増えたわけではない。チンシャーレンの真四角な姿が急接近した。リリトの判断が遅れる。今まで二機のシャーレンはフリーダムを優先して狙っていたため、自分が標的になっていることに気付くのが遅れた。

 ABP装甲を使用してビームの嵐を凌ぎ、PS装甲に切り替えてミサイルの群れを突き抜ける。視界の隅には、フリーダムに全砲門を向けるリベルの姿が見えた。フリーダムが十二の無線攻撃デバイスを発射するのを見て、リリトの注意が削がれる。

「リリト!!」

 それを引き戻したのはイェレの叫びと、モニターの閃光。ビームシールドを最大に展開させたフォルトゥーナが、チンシャーレンの攻撃を受け止めながら吹き飛ばされていた。畳みかけようとする立方体の前に立ちふさがり、攻撃のために開いたハッチをピンポイントで狙う。前面右上段のコンテナがパージされ、同時に大爆発が起こる。

 その爆風が攻撃デバイスを揺さぶり、リベルはその囲いを突破する。以前のものより大型で、かつ重力下とは思えない滞空時間だ。チーシャーレンの腕を切り落としたフリーダムがデバイスを回収し、その勢いのままリベルの乗るサブフライトシステムを狙う。

「見えてんだよ!」

 フィジェはそう言って特攻した。サブフライトシステムから飛び降り、フリーダムのビームがそれを破壊した瞬間を狙って両手のビームライフルを連射する。上方に回避すれば背部の六連ビーム、下方に回避すれば腰のレールガン、真正面から突っ込んでくれば腹部の複列位相砲だ。

 だがフリーダムの選択はデバイスによる攻撃だった。回避できたのはチーシャーレンが乱入してきたからに過ぎない。

「無茶苦茶じゃないの!」

 リリトは苛立たしげに叫び、レバーを押し込む。チーシャーレンの足をビームサーベルで受け流し、レーザーキャノンをシールドで受け止める。エクステンショナル・アレスターは二基とも切り落とされていた。だが目の前の砂時計に気を取られていると、すぐに翼付きが攻撃を加えてくる。

 フリーダムの腹部ビームにシールドを犠牲にすると、グラティアはその衝撃に乗るように距離を取って、フォルトゥーナに絡む三基のデバイスを切り落とした。地上から撃ち上がるリベルの攻撃を背に、上空で三機の戦闘に肉薄する。

 通信機が音を拾った。

「君達は何を見ているんだ!」

 リリトはグラティアに急制動をかける。その言葉は三機の内、どのパイロットが発した言葉なのだろうか。

「好きよ、そういう疑問形」

「嫌いだね、はっきり言え」

 フリーダムの攻撃がチンシャーレンのコンテナを捉え、再びコンテナはパージされる。チーシャーレンのビームガンを輝く装甲で弾いたフリーダムは、レーザーキャノンの付いた頭部を切り落とす。

「苦しんでいる人、悲しんでいる人を・・・今泣いている人達の姿が、どうして分からない!」

「俺らパンピーだからさ」

「見えないのよ、スレイくん」

 コンテナに隠れていたチンシャーレンの本体が長いビームサーベルを振るい、チーシャーレンの足とともにフリーダムに迫る。実体剣でその二つを切り払うと、剣を鞘に収めると同時にそこに取り付けられたレールガンを発射する。腕と足を吹き飛ばされた二機はそれでもフリーダムに殺到する。

「悲しみや苦しみの、それが生む憎しみの連鎖を断ち切るために・・・普通の人達が普通に生きていける世界のために・・・」

「あたしら普通じゃないし」

「てめえも普通じゃないよな」

 最後のコンテナが吹き飛び、チンシャーレンは二本のビームサーベルで襲い掛かる。完全に砂時計型になったチーシャーレンは、胴体からビームサーベルの付いた小型アームをいくつも伸ばす。

「僕は、ガンダムを剣として戦う! 守りたい世界のために!!」

 フリーダムのビームサーベルがチーシャーレンのアームを瞬時に切り落とし、チンシャーレンの腕はデバイスのビームサーベルが貫いた。全ての武器を失った二機は、そのままスラスターを全開にしてはるか上空に向かう。

「殺しの前振りが長ぇよ、最高のコーディネーター」

「殺さなかったけどね」

 そんな捨て台詞とともに、二機のMSが空の彼方に消えていく。次に通信機を揺らしたイェレの声で、リリトはハッと操縦桿を握り直した。黄金色の靄に包まれたような、白と青の機体が、じっとグラティアを見下ろしている。

 通信機を震わせていた憂いの声と同じように、フリーダムは哀れみの瞳をリリトに注いでいる。

 

 市街地のあちこちから上がっている煙は、古タイヤを燃やしたものだろう。大通りの店はシャッターを壊されていた。裏返しになった車の上で、何人かの男が気勢を上げている。アレナは着陸しようとするタラスを制して、街の状況を観察する。

 民間軍事会社の社員は、鉱山会社の支社の入っているビルと工場の敷地の警備のみを行っており、街には配備されていないようだ。数機のMSが確認できるが、どれも市民に対する威圧行為は行っていない。トレランシアが事前に行動を通告していたため、引き上げたのだと考えていいだろう。

 むしろ問題なのは、暴徒と化して統制の取れなくなっている市民である。商店への略奪行為だけでなく、暴徒同士の衝突にも発展しかねない。

「事態は最悪の方向に転がったな」

 連合が動いている事をマスコミに見せたかったのであろうが、実質的にこの街を統治してきたのは鉱山会社であり、その肩代わりを出来る体制を連合は有していない。十人程度の専門家を派遣したところで、行政機構の建て直しなど出来るわけもない。

 だが、これを機に鉱山会社はこの街の行政から手を引くだろう。今のように会社の資産だけを警備するようになる。そうなれば、安定を保っていた街の機能は失われ、市民生活は崩壊し、犯罪者とテロリストの巣窟になることは確実だ。

 連合は企業の非道を停止させるというパフォーマンスを成功させた。鉱山会社は行政の肩代わりというコストを削減する事ができる。マスコミは報道によって連合を動かし企業活動を改めさせたという結果を得た。その代償は、この街に住む普通の人が支払うのだろう。

 アレナはアラームに合わせて反射的に操縦桿を引く。体を捻るような動きでミサイルをかわしたアレナ機は、走り去るジープをカメラに捉えていた。彼女が注意を発する前に、タラス機の機関砲がジープを破壊する。

 タラスはウェルガーを降下させた。大通りにいた何人かの人間が投石を行っている。

「アホがMSなんかを・・・!」

 クルトはテレビカメラをまわすクルーの横で、写真を取り続けていた。連合が声明で済ますのではなく実際に動くとは思わなかったが、ここまで場違いな動きをするとは、もっと思っていなかった。

 捜査権限を持った調査団を派遣し、労働実態や環境影響調査などを行い、企業と東アジア政府に対して是正勧告を行うのが筋というものだ。それをMSの派遣でお茶を濁そうとする。つまりは、この件に関して興味は無いということだろう。

 だが、こういう絵は世論を納得させてしまう。問題解決のための筋道の通った手段とは、たいていが地味で人の興味を引きつけない。問題解決とは無関係なアピールの方が、人々の注目を集めるものなのだ。

「責任の一端は感じてるさ」

 それはジャーナリズムの責任でもあるのだ。視聴者の選好を理由にして、楽な絵でノルマをこなし、本来の仕事を放棄している。

 壊された商店、燃やされるタイヤ、暴れ回る市民に潜り込んだテログループ。それをただ伝えるだけではなく、これを招いた原因を追求するのがジャーナリストの仕事であるはずだ。

 フィルムを換えて、クルトは息をついた。街に降り立ったMSは現地の言葉で、破壊活動や略奪行為の禁止と行政当局の指示に従うように、アナウンスを繰り返していた。手帳に挟んでいた写真をしまいこむと、彼は再びカメラを構える。

 写真に写っていた女性は同業であった。彼女はしばしば言う、伝えるべき現実とは、表層にだけあるものではないと。クルトは思う、自分の写真は深層を切り取れているのだろうかと。

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