Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第二十四話 招かざる客

 揺れが収まり、アナウンスが流れた。大気圏への突入を果たしたシャトルは、これから地球を周回しながら高度を下げていく。大気が生み出す優しげな色彩が、窓の外を満たしていた。ビクトリア宇宙港への到着は二時間後となる。

 プラントと連合の関係が冷えたままの状態であるとはいえ、双方が双方を必要としていることは、どうしようもない現実だ。実際に戦争を行っているならまだしも、そうでなければ交流は必然的に生じる。直接便はまだ少ないが、一旦連合所有の資源衛星などを経由するルートであれば、ビクトリアに下りることも可能だ。

 もっとも、プラントから連合の軍事拠点でもあるビクトリアに降りようという客が、堅気の客である可能性は極めて低い。軍や、それよりもっと性質の悪い組織の人間であろう。彼は両隣の座席にすわる屈強な男の間で縮こまっていた。

 こんな事なら、多少時間がかかってもジブラルタルに下りてからビクトリアに向かうコースを選べばよかった。フィリップ・ラフィーヌはそんな事を思う。

「まだビクトリアに着いていないようだし・・・彼女は」

 仕事に必要な資料を端末から呼び出して目を通す。彼が赴任するはずの艦は、ムウェル湖畔の街における暴動の鎮圧を行っていたらしい。そのため、ビクトリアへの到着予定が遅れているのだ。

 心の準備を行う時間が出来たと思うことにした。今回の仕事は今までのような、単なる観察や実験とは訳が違う。彼の報告が機関の研究データとなるのだ。いわば彼の報告が、研究を左右すると言える。一歩間違えば取り返しのつかないことになりかねない。

その上、対象への人道的配慮が要求されるのだ。機関の方は訴訟リスクについて、口を酸っぱくして注意してくる。

 フィリップは大きく息をついた。後ろの席の人も眼光鋭い男性であるため、シートを思い切ったリクライニングにすることが出来ない。彼はそのままの姿勢で、目をつぶる。

 困難な仕事である事は十分に承知している。だが同時にチャンスでもあるのだ。昇進や昇給が約束された事もあるが、何よりも生のデータに接する事が出来るという点が、一研究者である彼を奮い立たせた。

「それに、コーディネーターという種に関わる研究だ」

 彼はそうつぶやいた。科学者としての純粋な探究心だけではない。その研究は、間違いなくコーディネーターという種に更なる飛躍を与えるはずだ。宇宙という過酷な環境と、人間という脆弱な生物の間を、「調整する存在」としてのコーディネーター。人類が地球圏を飛び出し更なる発展を目指すためには、コーディネーターにも発展が必要なはずだ。

 それに関わる事が出来るというのは、科学者冥利以上に一人の人間として幸福だと思う。窓から光が差し込んできた。フィリップは薄く眼を開けてその方向を見る。

 隣の男性はすぐにブラインドを閉めてしまったが、明るい太陽が、弧を描く地平線から顔を覗かせるのが見えた。

 

 トレランシアは早々にビクトリアを目指して出航した。暴動は下火になったとはいえ、いつまた再発するか分からない。その時にトレランシアがいれば、今度はその責任を問われかねないという事だろう。本部からの再三の出航命令に、マーカスが珍しく荒れていた。

 それも仕方のないことだと、レセディは報告書を作りながら思う。この艦が正義の味方などではなく、政治的な存在だという事は百も承知だ。だが下手な政治に付き合わされてはたまったものではない。

 鉱山会社から提出された資料を添付して報告書を仕上げるが、それが生かされるとも思わなかった。暴動の原因は複数であろうが、主な要因は一方的な賃金の切り下げと解雇であろう。採掘量の減った旧鉱脈から新鉱脈に採掘施設を移すため、工場の操業を一時ストップさせる事となり、それに伴うリストラが行われたのだ。

 工場の進出以来、もともと地域にあった半農半漁の自給自足生活の維持は困難となり、工場労働者として収入が人々の暮らしを支えるようになっていた。工場によってそれまでの暮らしを放棄させておきながら、それを一方的に切り捨てたのである、反発が出て当然であろう。

 ならば連合が行うべきことは、会社側に労働者や地権者、漁業権者に正当な補償を行うように勧告し、それを監督する事だ。市民に銃を向ける傭兵を退治することなどではない。前者が政治で、後者がパフォーマンスだ。だが、往々としてその二つは逆転してしまう。

「それを判断すべき市民の側の意識の低さが原因だ」

「確かにそうだ。けれど、それを言っても始まらない」

 不満そうなタラスにアレナは苦笑いを浮かべる。大衆が愚かだという事は評論家でも言えることだ。だが、その大衆と共に生きていくという感覚を失った時点で、政治は腐敗する。市民と共に立ち上がった革命家が、やがて独裁者になるのはそういうことであろう。

 テキストの文言を解説しながら、アレナはタラスの見ているテキストを眺めた。ページの端が擦り切れ、ヨレヨレになっている。辞書もいつの間にか倍くらいに膨らみ、箱に入らなくなっていた。自分の解説に反論できるようになってきたのは、良い傾向だ。

「それらの交渉の基準となるべき前例が存在しない場合・・・」

「タラス、いるのか?」

 ドアのノックもせずにヒューが入ってきた。タラスは慌ててテキストとノートを隠し、筆記用具を引き出しにしまう。アレナが持っていたテキストも、ひったくるようにして隠してしまった。

「何の用ですか?」

「いや、アジズさんが呼んでた・・・何だ、慌てるような事してたのか?」

 何でもないと言おうとしたタラスの首に、アレナが抱きついた。

「そうだ。二人で良い事をしていたんだから邪魔するな」

 タラスが目を白黒させていると、ヒューが笑いながら悪かったなと言って部屋を出ていった。タラスから離れたアレナは、ヒューにはとっくにバレていると付け加えた。そして、続きは明日にしてMSデッキに行くように促す。

 

 手渡された熱いお絞りを目の上に置く。上を向いたままの姿勢で肩をもんでもらった。無防備に開いた口から、ビブラートの利いたうめき声が漏れる。横にいたスタッフがディスクを取り出し、ご苦労様と言ってブリッジに向かった。ユンディはタルハに肩を揉まれたまま、うめき声をあげ続ける。

 目の上のお絞りが冷め、ようやくユンディは前を向いた。彼女らはMSの整備ではなく、先の戦闘の解析を行っていたのだ。副長が、あの奇妙なMSと翼付きとは今後も交戦する事になるだろうと予測しているのだ。

 これまでの交戦データと総合しても、正確なことまでは分からない。だが正式な報告ではなく、トレランシアの内部資料ということで、彼女らの推察も求められていた。

「私らにこれをやらせたって事はさ・・・」

 ユンディはいくつかのデータを画面に表示させてつぶやく。タルハは渋い顔を作った。

 MS搭載型の小型核エンジンにデュートリオン送電システム。そのどちらもプラントの技術である。それが何を意味するかは、彼女らの知るところではない。だからといって、気分の良い話でもなかった。

 翼付きが採用している核エンジンとデュートリオン送電システムの複合型動力は、プラントでも採用例の少ない方式である。

 さらに艦艇用の浮遊システムを超小型化し攻撃デバイスに搭載しているようだ。小型化による浮力の不足を、本体からデュートリオンビームでデバイスに大量の電力を供給することによって、強引に補っていると推測された。宇宙空間でのような使用は不可能だが、十分すぎる脅威だろう。

 ザフトでもそのような技術は聞いた事がない。おそらく研究段階の技術だ。

「ターミナル・・・か」

 タルハの言葉に、今度はユンディが苦い顔を作った。旧オーブ政府やクライン政権のバックにいたとされる組織、金融資本の国際ネットワークともプラントの過激派ともいわれている組織だ。ザフトの最新技術は、常にこの組織を通じて外部に流出していたという。

 そういった秘密結社めいた存在の関与を考えたくなるような状況であった。ようやく撃墜したと思ったら、パワーアップして再登場だ。ユンディは盛大なため息をついた。

「もしターミナルだとして、その目的は?」

「平和と正義、自由と融和」

「そりゃ、世界中の人の目的よ・・・」

 ユンディは背もたれに体重を預けるように伸びをして、タルハの顔を逆さまに眺める。個人の生き方としては構わないが、それを政治に影響を与えるレベルでやってもらっては迷惑なだけだ。ましてや、一方に肩入れしてもう一方を断罪すれば、混乱に拍車がかかるだけだろう。

 世界に満ちる矛盾をどうにかこうにかやりくりして、少しでも良い方向に変えていく。それのみが最良の方法だ。世界に関わるのであれば、最善のために最悪の手段を選んではならない。

 そのままの姿勢でユンディは目をつぶって唇を差し出す。

 

 格納庫ではMSの整備が続いている。グラティアも見た目の損傷は少なかったが、内部構造にはかなりの負荷がかかっているようだ。無理もないか、そう思ってリリトは整備の様子を眺めていた。紙コップを傾ける。

 新しい翼付きは、以前のものとは全く違う。サシであれば間違いなく負けただろう。奇妙な二体が常に乱入する状況だからこそ、誤魔化しが効いたのだ。機体の性能が段違いなのだ、パイロットの能力が同じだとしても話にならない。そう考えた時、リリトは思い切り頭を振った。あの言葉が耳に残っている。

「大丈夫か?」

 声に視線を向けると、同じように支給ジャージ姿のイェレが、少し心配そうな顔をして歩いてきた。彼女は大丈夫よと応じると、紙コップを差し出す。僅かに残っていたオレンジジュースを飲み干して、イェレは紙コップをゴミ箱に投げ入れる。彼は、彼女の横顔に視線を注いだ。

 また少し、リリトの様子が変わったと思う。トレランシアに残った意味を掴めないまま、また無為に過ごし、そして周りの状況だけが猛烈に動いている。リリトが口を開いた。

「あの翼付きのパイロットのこと・・・どう思う?」

 あの戦闘の時、敵の無線が混線してきた。断片的ではあるが、あの翼付きのパイロットが何を言っているかは、イェレも聞いていた。どこかで聞いたような綺麗事、そうやって切って捨てる事が出来ないでいた。

 翼付きのパイロットも、ザフトの義勇兵も、やっていることは連合のパフォーマンスと同じだ。しかし、実際に行動している一人一人にとって、それはパフォーマンスなのだろうか。自分達のように、人に命じられてパフォーマンスを演じているのだろうか。

 それは、明らかに違うだろう。

 通信機を振るわせた悲しげな叫びは、そのパイロットの心からの声ではないのか。本当に何かのためを思い、コクピットに座っているのではないか。それを無知と切り捨てることが出来るのだろうか、自ら何かをしているわけでもない自分達が。

 彼らの行為が「間違い」であるのだとすれば、それを正せるのは「正しい」行為だけであろう。そして再び振り出しに戻るのだ。自分達は、自分は何をすべきなのかと。

「俺達さ、プラントも連合も、両方を眺められる場所にいるんだと思うんだ。だから両方のダメなところが見えて、どっちつかずになる・・・でも、だからさ、そのダメな側に立たずに済むんだと思うんだ。だから、俺達は・・・」

 たどたどしく、それでも言葉を紡いでいくイェレをリリトは視界の端に見つめていた。彼の優しげな声には、無理をしたぞんざいなしゃべり方より、こちらの方が良く似合う。

 彼はちゃんと考えているのだ、トレランシアに残った理由を。リリトは窓ガラスに映った薄い自分の姿に寂しく微笑む。自分はそんな事を考えていなかった。ただ、奇妙なMSが撤退間際に発した言葉を、イェレが聞いていたがどうかを確かめたかっただけだ。

 きっと彼は聞いていなかったのだろう。その事に安心し、そしてそんな自分に嫌気がさした。聞こえないようにゴメンねとつぶやくと、彼女はその場を後にする。彼の不安げな視線を背中に感じた。

 

 煌々と明かりが照らす食堂も、人がいなければその明るさはむしろ寒々しく感じる。プラスチックの食器のカタカタという音さえ響くほどに、今は人がいない。カシアが声を上げた。食器をテーブルの上に置くと慌てて食堂の入り口に向かう。リリトの腕を取って向かいに座らせた。

 一日に一回は皆でそろって食事をしようという呼びかけも、いつの間にか形骸化していた。それぞれに仕事が与えられ、決まったシフトにそってそれをこなすのならば当然の事かもしれない。少し前までなら、そう考えて気にも留めなかっただろう。

「でね、艦長ったらさ」

「こんな時間にご飯って・・・寝る時間あるの?」

 しかし今は違った。それは当然のことなのではなく、互いの努力が足りないだけなのだ。ほんの三十分の食事の時間すら、お互いのためにやりくり出来ない、そんな関係はやめるつもりだった。

 寝る時間を少しずらし、起きる時間を少し早め、それでもダメなら無理やりでも誘う。そうしなくてはならないのだと思った。学生の時のように、時間が捨てるほどあるわけではないのだ。

 ならば、限られた時間を何のために使うのか。カシアはこうやって使おうと思っていた。空になったリリトのカップに水差しの水を注いだ。

「副長さん、出身はビクトリアの近くなんだって」

 パンを口に運びながら、リリトの顔色を見る。時々見せる、暗いぼんやりした表情。カシアは思い出して尋ねる。リリトがそっと手を隠すような仕草をした。確か、あの手首の怪我の後もこんな表情だったと思う。

 アカデミーの時にも、そのような事があっただろうか。何かを隠しているような、そんな態度。カシアは少し視線を落とす。

「学生の時さ、寮の私の部屋でレポート、よく手伝ってもらったじゃん・・・」

 徹夜や泊り込みも多かったよねと続けて、カシアは視線を上げる。

「その時って、私ばっかしゃべってた?」

 リリトの視線は別の方向に向けられたままだった。聞き上手といえば聞こえはいいが、リリトはあまり自分の事を話したがらなかった。近くに住んでいたはずなのに、彼女の住所すら知らないのだ。

 その頃から、リリトは何かを隠していたのだろうか。

 両親がいないというのは知っている。だから、こちらからもあまり触れなかった。無理をして聞きだす話でもないはずだ。だが、違和感が残る。彼女との間に、淡い一線を見つけてしまったような違和感。

 その違和感をどうして急に覚えるようになったのだろう。冷めた紅茶をすすって、声の方に振り返る。哨戒飛行を終えて、これから休息に入るはずのフィジェが、食堂に顔を出したのだ。その視線は、リリトを探していた視線だった。

 カシアの食器が空になったのを確かめるようにして、リリトは立ち上がった。早く寝なさいよといって出口に向うリリトに、フィジェがついていく。

 

 リリトのつぶやきに耳を傾けた。そして無言でうなずく。はっきりと聞き取れたわけではないその単語の意味を、リリトに尋ね返した。彼女は、そのままの意味だといって口だけ笑ってみせる。

 あまりにも単純であるため、逆にその含意が読み取れない単語。だが彼女の様子はそれがいい意味の言葉ではないことを物語っていた。彼女の目は、崩落した岩を支えた時のような、どこか怯えたような目だ。

 その単語と彼女が持っていた力とに、何か関係があるというのだろうか。

「リリト・・・その・・・」

「お願い、気にしないで」

 消え入るような声で、彼女は言った。フィジェは口をつぐむ。忙しく歩き回るクルーとすれ違う二人は、無言のままだった。だが、彼女の事を気にしないままでいられるのだろうか。

 ユンディとタルハは、今もリリトの戦闘データの解析を続けている。意見を求められてそのデータを見せられるたびに、彼は分からなくなっていた。誤差や解析ミスとは思えない数値の列挙は、彼女の極端なパイロット能力の高さを示している。

「なぁ、どうしてアカデミーの時に、あれだけの操縦をして見せなかったんだ?」

 アカデミーの成績で言えば、彼の方が彼女より上なのだ。だが数値だけで言えば、リリトの能力は赤服というレベルをはるかに凌駕している。グラティアとの相性や、訓練と実戦の違いでは説明がつかない。

 フィジェはリリトの前に回りこんで、彼女を正面から見据える。これらの事は、全て一つに繋がっているのではないだろうか。彼女が抱えている何らかの苦悩も、そこに繋がっているはずだ。横をすり抜けようとしたリリトを押し留める。それを邪魔するように足音が近づいてきた。

 肩で息をする勢いで駆け込んできたカシアが、二人を交互に見つめる。

「ごめん、リリト。フィジェに話があってさ」

 その言葉に乗るように、リリトはフィジェの脇を通り抜けた。しばらくその背中を追っていたフィジェは、カシアにきつい視線をぶつけた。カシアもそれを受け止める。カシアは、違和感の正体が何となく分かったような気がした。

 艦内の放送がビクトリア基地の防空圏に入った事を伝えた。警戒レベルの引き下げと通常シフトへの移行が指示される。

 

 狭いベッドの上に横たわる二人は、点滴の針を腕に刺したまま、下らない事をしゃべっている。ヤンとインの両名は、その能力の維持を一日一時間の点滴によって行っている。いわゆる強化兵士技術の、一つの到達点といってよかった。彼らは、恒常的な依存性薬物の投与や心理的操作を必要としていない。

 もちろんここに至るまで、彼らには様々な施術が施されている。その結果として、定期的なドーピングのみによる能力維持が可能となったのだ。その様子をモニターで見ながら、チン・ヤンチャンは嘆息する。ドーピングの副作用は脳神経系に現れ、性格に影響を与えるとされていた。

 確かに、彼らの能力は通常のコーディネーターを上回る数値を有しており、その能力の維持も非常に簡便になっている。だが、彼らの組織の前身となった研究機関では、一切の薬物を必要としない人体強化法が存在したという。さらには、ジョージ・グレン型コーディネーター技術とは別種の技術で特殊な人間を生み出していたともいう。その方法は今となっては不明だ。

「・・・偉大な人物だよ、まったく」

 彼は皮肉めいた口調で言う。軍の下請けとなり「ジンビンメイ」なる名称の組織になってしまった現状では、そのような技術の開発は、夢のまた夢であろう。MS開発技術で後れを取った東アジアとしては、別方向からその遅れを取り戻さなくてはならない。結果ばかりが求められるのだ。

 ヤンとインの能力は、軍の要求にも見合うものだろう。だが、コストと生産性はまだまだだった。強化パイロット一人を作るのに、MS一機分の費用がかかっては意味がない。

 だからこそ、彼らは研究を続けられている。性能面での要求を満たして軍からの突き上げをかわしつつ、コスト面の要求を満たすためという名目で予算を獲得する。いつまでごまかせるかは分からないが、これまでは何とかなっている。

「連合のパイロット、本物でしょうか」

「数字だけならな」

 スタッフの言葉に、つぶやくように答える。前回の戦闘では、新型のフリーダムではなく連合の緊急即応部隊が投入していた機体の分析を行っていたのだ。支援型と近接戦闘型は、通常のコーディネーターが操縦しているらしい。

 だが汎用型の戦闘データは、それとは比べ物にならない数値を示していた。ジンビンメイの有する特殊な解析方法を用いると、その差は顕著に現れていた。おそらくそのパイロットは、フリーダムのパイロットと同等の性能を有している。

 それが意味するところは、ただ一つであろう。スタッフの言うブーステッドコーディネーターという可能性を、チンは一蹴する。

「発想自体は特別なものではない。メンデルベイビーが有名なだけだ」

 点滴が終わった二人に、その事を伝えてみる。そのニヤニヤとした表情に、チンは舌打ちをした。

 

 枕元の電灯だけが部屋を照らしている。蛍光灯の白とは違う、淡い橙色の光がぼんやりと部屋を満たしていた。部屋の隅々に影が残り、それが薄暗さを引き立てていた。ベッドの上には、投げ出されたリリトの体がある。枕に顔を埋めながら、頭の奥の疲れを追い出そうとする。

 自分自身の事で一杯なのに、それ以外のことまで考えようとしている。疲れの原因は多分それだった。何事にも一貫していない自分に、自分自身で追い込まれているのだ。仰向けになって、天井に向けて手を突き出す。

「同じじゃない・・・」

 小さい頃、こんな事を考えた事があった。指が六本あれば、もっと楽だったんじゃないだろうか。例えば背中に羽が生えていたり、頭に角があったりすれば、「別物」としてもっと楽に過ごせるかもしれないと。

 なまじ同じであるから、無駄な期待を抱くのではないだろうか。同じだという期待を抱き、それを裏切らないように無駄な努力をする。

 そのくせ、不意に「別物」なのだからと、何か特別な事が出来る気になったりする。水汲みしか出来ないくせに、難民の惨状に手を差し伸べる事が出来るはずだなどと思ったりする。

 イェレは、トレランシアに残る理由を模索し未来に向けて踏み出すべき方向を探っている。それなのに自分は、今まで通りでいられることだけを願い、そこに留まる事に汲々としている。カシアに心配をかけているのに、それに応えることもしない。

 それでも、知られるよりはマシだと思う。

 リリト・フィランディエーレとして振る舞い、リリト・フィランディエーレに対して接してもらう。それが、とてもうれしいかったから。違う、うれしいという事をそこで知ったのだから。

 隠し事は、一つの裏切りなのかもしれない。友人を裏切る者に、友人を語る資格はないのかもしれない。それでも、今の関係を手放したくなかった。リリト・フィランディエーレである事を手放したくなかった。

「ごめん・・・なさい」

 暗い天井に向けて、笑顔を作ってみる。笑って、イェレに挨拶をしよう。カシアと朝食を食べよう。ユンディとタルハを冷やかそう。フィジェにも・・・

 笑顔を作れていないことに気がついた。リリトは再び枕に顔を埋める。フィジェは、知っている。自分が違うという事を。確信には至っていないだろう、それでも疑っているはずだ。自分が何者なのかを。それを指摘しないのは優しさなのか、それとも不安なのか。

「カシア、やめとけって」

 イェレがフィジェに詰め寄るカシアを制した。

 二人の間に割り込むように体を入れると、カシアに代ってフィジェを睨みつける。フィジェはその視線をまともに受け止めた。カシアの収まりがつかないような声が、ぶつかり合う視線をかき乱す。

「何を、隠してるのよ」

 努めて冷静な声を出そうとしているのだろうが、棘が隠れていない。それは棘を向ける先がはっきりとしないからである。リリトとフィジェのどちらに棘を向けたいのであろうか。

 それとも、その棘は自分自身に向けるべきものなのだろうか。カシアはフィジェからの視線を思わず避けてしまう。

「俺にだって、分からないさ・・・」

 視線のきつさとは対称的な消え入るような声。視線を落としたフィジェに、イェレが一歩詰め寄る。息をついて、知っている事を教えろと言った。僅かに視線を横に向けて何も知らないというフィジェに、イェレは拳を握り締めた。

 おそらく、それは本当なのだろう。だが、自分よりも何かに近づいていることは間違いない。それすら教えようとしないのは、それを利用しようとしているからだ。イェレはそんな考えに頭を振る。

 全員の視線が床に集まった。

 ただリリトの事を思っているのなら、こうはならないだろう。互いに額を寄せ合って、彼女を元気付ける方法でも考えるに違いない。だが今は違うのだ。彼らは皆、自分の事を考えている。その事に無自覚であるから、自分の中にある無自覚な罪悪感に口をつぐんでしまうのだ。

「ねぇ・・・リリトの事、どれくらい知ってる?」

 カシアのつぶやきに答える声はない。それが、全ての原因であるにも関わらず、答えることが出来ない。フィジェは顔を上げて、一つの言葉を口にした。

「最高のコーディネーター・・・」

 ベッドの上に丸まって、毛布を被ったリリトの耳の中で、その単語がリフレインする。それは翼付きのパイロットに対して向けられた言葉のはずだ、それなのに彼女の胸に突き刺さったまま抜けないでいる。

 聞き慣れた、忌まわしい単語。リリトは眠ろうとした。一瞬のまどろみでも構わない、眠りたかった。

 

 はるか遠くから見れば、それは遊園地の絶叫コースターのように見える。だがそれは、全行程100キロ弱の巨大な電磁加速レールが、渦を巻いて鎮座した姿なのだ。壊れる心配のないものであれば、推進剤なしで月軌道まで打ち上げられるという噂まである巨大な打ち上げ施設。現在地球で稼動している唯一のマスドライバー、ハビリスである。

 これを中心に、宇宙からのシャトルが着陸する宇宙港と、地球各地とを結ぶための空港、物資の荷揚げをするための港湾施設にコンテナヤード、それらを防衛するための基地施設などが配置されている。そしてそれらに付随する諸々の施設も組み合わさって、地球連合軍の最大拠点、ビクトリア基地が形成されている。

 現在、この基地を管理しているのはユーラシア連邦であり、それを誇示するためかユーラシア国旗をマーキングしたウィンダムが並べられていた。

 宇宙艦専用のドックに身を沈めているトレランシアは、居場所を得たかのように周囲の様子に溶け込んでいた。ここなら十分な修理と補給を受ける事ができる。ただ、パイロットの増員もMSの追加もなかった。

「期待、といっても多寡が知れていますからね」

 マーカスは最後の書類にサインをしてレセディに渡した。緊急即応部隊に対する、各国の警戒は根強いのだ。それなりの成果らしいものを出せば出すほど、警戒感も強くなるのだろう。

 欠員の補充や、整備スタッフの増員などは認められたが、パイロットは依然としてギリギリの運用を続けなくてはならない。次の作戦は共同作戦であり、トレランシアだけで動かなくてもいいというのが、ささやかな救いだった。

 レセディは書類の枚数を数え、サインと日付のチェックをする。増員されたスタッフの中に、プラントからの医療スタッフがいた。

「ああ。何でも、プラントから推されたって話です。コーディネーターのメディカルチェックに精通した人だとか何とか」

 プラントの貴重な学生を強引に引き抜いてパイロットをさせているのである。遠まわしな抗議とも取れなくはない。レセディはもう一度、彼女らを艦から降ろすことを提案しようかと思った。

 基地司令官からの呼び出しにマーカスが立ち上がる。提案は少し落ち着いてからにしようと思い直し、レセディは後に続いた。

「おっはよ、カシア」

 肩に抱きつくようなリリトの声に、カシアは目を丸くする。綺麗に整えられた流れるような金髪と、うっすらと乗せられた化粧。そんなリリトに、カシアも口の端を大きく上げて挨拶をした。

 あくびをしていたイェレを引っ張るように食堂に向かう。修理と補給が終わるまで一週間、全クルー一斉に休暇となったのだ。食堂の一角には、後の三人が待ちかねたという顔で座っている。

 リリトは思う。自分はただ、真実よりもこんな現実を優先したいだけなのだ、と。時々向けられる心配そうな視線に、大丈夫だとの思いを込めた笑顔を返した。

「逆だよ、並ぶ位置が」

 カウンターの声に、視線を向ける。見慣れない後姿の男性が、頭を下げながら注意された方に並び直している。増員があるとは聞いていたが、白衣という事は医者なのだろうか。

 全員が再び自分達に視線を戻す中、リリトの視線だけは、その白衣に釘付けとなっていた。表情の消えた彼女の横顔に、五人の不安な眼差しが注がれる。

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