Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
ミーティングが終わった。作戦開始は明後日早朝、ウブンドゥ近郊に極秘で作られたアフリカ解放戦線の拠点に対する奇襲だった。拠点とは言っても、MSの配備は確認されておらず、戦車などの旧式兵器も数えるほどしかないと言う。的確に対処すれば、半日以内に終わらせられる。
だがこれは、コンゴ盆地全域で同時多発的な蜂起を行う予定のアフリカ解放戦線に対する恫喝であり、キサンガニを巡って衝突寸前のアフリカ共同体と統一機構西アフリカ同盟に対する牽制でもあるのだ。連合が広範な情報網を有している事を示し、迅速な武力行使を行う事ができる事を見せ付ける。
連合の理事国会議ではアフリカ内戦に対する人道介入の是非が論じられており、大規模な武力衝突が生じれば連合軍の編成もありうるとの結論が出されていた。その意味するところは、大規模な武力衝突を起こすなということだ。
そして理事国会議の結論がポーズだけではないことを、トレランシアの小さな作戦で示す。作戦開始に向けて、トレランシアの艦内は慌しく動き出した。リリトはベッドの上に丸まっている。
『リリトの事なんだから』
イェレの言葉を反芻する。学生の時にも、同じ言葉を言われた事があった。
「ネスタくん達には関係の無い事だから、気にしないで」
「・・・でもフィランディエーレさんの事なんだから、関係無くは無いだろ」
その頃はまだ、ネスタくんにフィランディエーレさんだった。
その時は不思議な感覚だった。自分の事を関係があると言ってくれる相手の事が、よく分からなかった。みんなのために自分がいる事は分かっていたが、その逆など知らなかったのだ。
コーディネーターの将来を話す人はいた。人類の未来を語る人はいた。しかし、彼女の周囲にいる人は、リリトの事を口にしなかった。彼女のデータが研究の対象であり、彼女の事は興味の外にあった。だから、自分の事を関係があると言ってくれる人に対して抱いた感情が、すぐには分からなかったのだ。
でも今なら、それが『嬉しい』のだと分かる。あの涙が嬉し涙だと分かる。だから辛い。その言葉に対して、リリトが出来る事は何もない。
それでもなお、データになど戻る気は無かった。彼らをデータに貶めたくなどなかった。
「どうするの・・・どうしたら・・・」
答える者など無い問いを、目を閉じた世界に投げかける。きっともう、戻れなくなっているというのに、まだ戻りたいと望んでいる。その望みだけが、現実から目を逸らさせてくれる。
後はもう、考える時間など欲しくなかった。考える以外の事をしたかった。グラティアのシートに身を沈めれば、何も考えずに済む。時計は遅々として進まず、作戦開始までまだ一日以上あった。
ハンガーに立てられた灰色と緑色の機体。そこに取り付く整備員の服は、周囲の整備員と異なるものであった。ザフトを抜け、義勇兵としてアフリカの戦いに身を投じている者達だ。アークエンジェルも臨戦態勢を整えている。
アフリカ解放戦線によるコンゴ盆地での一斉蜂起、それに合わせてアークエンジェルも動くつもりであった。情報ではビクトリアのユーラシア軍が増強されていると言う。ビクトリアからの大規模介入があった場合、その矢面に立つつもりであった。
「でも、その時にならないと分かりませんけどね」
どこか自嘲的に響くその言葉に、マクシム・ディエは黙って視線を向ける。アークエンジェルの行動原理に一貫したものが無い事に、マクシムは不安に近いものを抱いていた。
コーディネーターとナチュラルの共存を訴えるアフリカ解放戦線、その側面支援を行っていたことは確かだ。だが共同作戦は一切無く、議長に言わせればピンチになると現れる正義の味方だなどという。マクシムは聞いた。
「状況によっては作戦の変更がありうる・・・という意味ではないですね」
視線を向けた少年は、少し困ったような笑顔で頷いた。フリーダムのパイロットだとは言われても気付かないだろう、そんな雰囲気の少年だ。といっても、マクシムの一つ下に過ぎないのだが、幼い顔立ちがそうは見せていなかった。
マクシムが義勇兵としてザフトを抜けたのは、かつてレジー・マヌカがケープタウンで行った演説に感銘を受けたからであり、ザフトという組織ではその感銘を実践に移せないと感じたからだ。
レクイエム戦役の後、クライン派もただの政治集団として政争に明け暮れ、結果失脚した。その後成立した議会は、連合との対立回避に努めるだけだった。それは、連合のコーディネーター政策の黙認である。大幅に失われた人口を回復するため地球からのコーディネーター移民を多数受け入れるという政策を効率的に進めるためには、地球における反コーディネーター政策は好都合なのだ。
いつの頃からか、コーディネーターはただの人となり、プラントは普通の国家となり、ザフトは軍へと堕落した。宇宙と地球を調整する者、フロンティアとしてのプラント、それを守護するザフト、全ては過去の幻想となった。
「だから私はザフトを抜けた」
かつてコーディネーターに託された思い、プラントに向けられた希望を語ったのはレジー・マヌカの演説だった。それを護る事こそザフトたらんとする自らの役割だと感じた。
「僕は・・・僕に出来る事をしているだけです」
「何のために?」
「みんなの未来のため・・・世界の可能性のため・・・難しいな、何て言えば・・・」
マクシムは最後まで聞かなかった。ただ、スレイ・カルガというこの少年の強さだけは分かったような気がする。
離水したトレランシアは、木々の高さと同じくらいの極めて低空を保ちながら、川を遡っていく。作戦開始が二時間ほど前倒しにされたため、周囲はまだ暗い。スラスターの噴流炎をはっきりと見せながら、ウェルガーが発進した。
マーカスのこわばった顔を横目に、レセディは指示を出していく。ビクトリアから伝えられた情報によると、ユーラシア軍の一部に動きがあったという。ルチアーノが抑えそこなったのか、トレランシアの動きを監視するためかは分からないが、とにかく邪魔が入る前にケリを付けたい。
ウェルガーサードが発進し、フォルトゥーナがカタパルトに上がる。
「・・・自分で考えろ、か。イェレ・ネスタ、フォルトゥーナ出ます!」
姿勢を制御してモニターを確認する。グラティアが続いて射出され、サブフライトユニットに乗ったリベルが最後尾に付いた。イェレは操縦桿を握りなおす。
結局、医者にはリリトの事を聞く時間が無かった。そんなギクシャクは周囲からもはっきり分かったのだろう、ヒューが尋ねてきた。正直に話すと、彼は笑って言ったのだ。少なくともそんな顔をしている奴に、悩みの相談は出来ないと。
悩みを打ち明けられるのは、自分に対して無関心な人間か、本当に頼りになる人間のどちらかであり、前者を選択できない以上後者を目指すしかないとも言った。そのための方法が、
「自分で考えろ・・・って、分かってるさ!」
ウェルガーが打ち出した信号弾に反応してイェレは左掌のビームシールドを展開する。他の五機が上昇して回避したミサイルの全てをフォルトゥーナが受け止める。まだ薄暗い空に浮かぶビームシールド目掛けて、ミサイルの第二波が飛来する。回避した五機がその発射点を狙い撃った。
爆発音が空気を揺らし、森の一部が炎を上げる。ウェルガーがばら撒いた照明弾が、カモフラージュの向こう側に目標の敵拠点を見つけた。不意に直下からビームが撃ち出され、攻撃ヘリが上昇してきた。リベルのレールガンがそれを吹き飛ばす。フォルトゥーナは森の中に着地した。
頭の上をグラティアが飛び越え、二機のヘリが斬り捨てられるのを見る。リリトは無心にペダルを踏んだ。ほとんど迎撃準備の整っていなかった敵は、無意味に自動小銃を乱射しながら森の中へと逃げていく。
グラティアは逃げる兵士を無視して川岸に向かった。戦車も運べる大型のホバークラフトが離岸しようとしている。おそらくこの拠点の最大の戦力であろう、何人もの人間が取り付いているため、狙いに躊躇する。そして直接狙うのではなく川にビームを当てて衝撃で転覆させようとした。
照準をずらした時に爆発音を聞く。上部モニターが捉えたのは、メインカメラと右腕を失って高度を下げていくウェルガーセカンド。そして、ビームを乱射しながら突進するリベルの姿だった。
「・・・翼付き!」
リリトはそう叫んでグラティアを飛び上がらせる。今まさにリベルを切り刻もうとしたフリーダムに、グラティアのビームが殺到する。
難なくそれをかわしたフリーダムは、グラティアの斬撃を受け止めていた。
ジリジリと前進を続けていたトレランシアは停止を余儀なくされる。MSデッキでは対フリーダム用のシフトが敷かれた。アジズの怒鳴り声が、外にまで聞こえるような音量で響く。
ブリッジから送られてくるウェルガーセカンドの損傷状態をチェックし、ユンディは交換部品の場所と種類をリストアップする。万全ではない電波状況では細かな部分が分からず、リストは膨大な量になってしまう。
「使えねぇデータは出すな!」
コンピューターの画面を覗き込んだアジズが耳元で怒鳴る。そしてリストの半分以上を削ってしまった。それを各部門に転送すると、次々と指示を出していく。あっという間の出来事にあっけに取られているユンディの手を取って、タルハは別の作業に取り掛からせる。
デッキのスピーカーが、ウェルガーの着艦を報せるカシアの声を伝えた。アナウンスを終えた彼女は、キャプテンシートを盗み見る。マーカスもレセディも、クルーほどの動揺は見られなかった。予想されていた事なのだ。
ビクトリアを出るときに、アークエンジェルの存在は指摘されていた。また作戦開始の直前に、ヒューがウブンドゥの街で別の大型艦艇を目撃したという住民の話を伝えてきた。
今までの因縁浅からぬ仲を考えれば、この展開もある意味納得できるものだ。だからといって望んだ結果などではない。
「高度を最大。索敵を密にして、新手に備えて」
レセディが指示を出し、モニターの一つが望遠に切り替わった。朝焼けの空に時折ビームが閃く。
リリトは数え切れないほどに舌打ちを繰り返す。ビームシールドまで搭載した大型のドラグーンがフリーダムの周囲に展開し、たった一機のMSとは思えない攻撃を繰り出してくる。ドラグーンは浮遊システムの他に、レーザーで空気を瞬間的に加熱膨張させるタイプの推進器を有していた。推進剤を必要としないそれは、本体からのデュートリオン送電がある限り動き続ける。
重力下での十分な機動性確保までは出来ないまでも、厄介この上ない。リベルの牽制射撃をバックにグラティアはビームの嵐の中に突入する。リリトは意識を散らした。ドラグーンを動かすのと同じイメージで、敵のドラグーンを把握してその攻撃を読む。嵐の中に生まれる僅かな目に機体を滑り込ませ、グラティアは前進した。
フリーダムの放ったレールガンをシールドで受け流し、エクステンシェナル・アレスターを伸ばして背後のドラグーンを落とす。だが接近戦狙いを見透かされるように、フリーダムは腹部ビームを撃つ。ABP装甲がビームを受け止めるが、せっかく詰めた距離を再び引き離される。
衝撃に耐えるリリトの目の前で、リベルの二挺のビームサーベルが両断された。複列位相砲を拡散式にしてリベルはフリーダムとの距離を取ろうとするが、レールガンを立て続けに食らってバランスを崩す。
フリーダムの意識を逸らせるように、一機のドラグーンを斬り捨てたグラティアが迫る。ビームサーベルとビームシールドが接触して閃光が走った。
「しまっ・・・!!」
モニターが真っ白になった一瞬、リリトはフリーダムを見失った事を自覚する。とっさの勘で上に放ったビームは虚しく空に吸い込まれる。フリーダムが狙ったのはグラティアではなかった。
グラティアの背後を取ろうとしたフリーダムに斬りかかったフォルトゥーナは、次の瞬間に両腕を切り落とされている。
「戻れイェレ!!」
雑音を押し分けてフィジェの声が聞こえ、リベルがゾーリンを特攻させるのが見えた。なけなしのミサイルを発射しながら突進するゾーリンを、ドラグーンのビームが次々と貫く。
その爆発目掛けて発射されたリベルの全火力は虚しく地面を抉り、着地したリベルをあざ笑うように無傷のフリーダムが上昇していく。その真正面からグラティアがサーベルを振り下ろした。機体を捻るようにかわすフリーダムに、反撃の隙を与えないように攻撃を続ける。
ウェルガーサードがドラグーンに足を撃ち抜かれるのを見て、リリトは大きく息を吸う。そして意識を頭頂部に集中させた。一瞬高まった意識を、今度は弾けさせるイメージで全身に行き渡らせる。
感覚が明瞭になり、フリーダムの動きが正確に把握できるようになった。ドラグーンへのエネルギー供給を遮断できる位置にグラティアを滑らせながら、フリーダムへの攻撃を続ける。敵の動きに動揺が走るのがはっきりと分かる。
その意識の隙に、リリトは機体を捻じ込んだ。突き出したビームサーベルは避けられたが、エクステンショナル・アレスターが左手のシールド発生器に突き刺さっている。畳みかけようとするリリトは、混線する無線を聞いた。
「まさか・・・君も?」
フリーダムが足を曲げる。次の行動を予想して先手を打った。グラティアを蹴りつけて距離を取ろうとするフリーダムの足をシールドを受け、それを跳ね上げるようにして体勢を崩させる。そのまま動きを拘束しようとして伸ばしたエクステンショナル・アレスターをドラグーンが狙撃した。
特攻してきたドラグーンをグラティアが切り払う隙に、フリーダムは残っていたドラグーンを回収する。重力下では完全に浮遊できず、徐々に落下しているのだ。再び上空でドラグーンを展開すると、本体は身を翻すようにグラティアに向かう。
ほぼ直上から降り注ぐドラグーンの攻撃に、地上のリベルが応戦する。上下から援護射撃を受ける二機の機体が交錯した。フリーダムが抜いた二振りの実体剣が、グラティアのシールドを四分割にしている。
「鞘に収めて・・・レールガン!!」
リリトは今まさにレールガンを放とうとするフリーダムにビームキャノンを見舞った。弾丸と衝突したビームは細かな霧になりフリーダムのセンサーを侵す。それでもライフルの照準に入りきらないフリーダムの動きに、リリトは歯噛みする。
再び無線が混線した。この場には似つかわしくないほどに、甘く切ない苦悩の声。
「君も、僕と同じなのか? 同じ力を持っているから、だから今までも・・・?」
フリーダムが戦闘中に見せる動揺、その理由が分かった。自分と互角に戦える者など存在しないと思っていたのだろう。だから動揺する。
「自分が特別だとでも・・・!?」
マイクに怒鳴り返そうとした時、リリトははっと気付いた。きっとフリーダムのパイロットも特別なのだ、自分と同じように。二体の奇妙なMSのパイロットの言葉がフラッシュバックする。
今度はグラティアに動揺が走った。肩にレールガンの直撃を受け、グラティアは地上に降下する。
ウェルガーセカンドの再出撃と同時に、ウェルガーサードとフォルトゥーナが着艦した。ハンガーに設置されると同時に、修理が開始される。
「目標5分!!」
アジズの声をマイクで拾いながら、イェレはヘルメットを外しコクピットのエアコンを最大にする。ハンガーの両脇には、既にフォルトゥーナの腕が取り付けを待っていた。
理由は不明ながら、フリーダムが機体の頭部や四肢のみを狙う事は分かっていた。そこで各関節の修理に際して、損傷部を含む一定の範囲の部品全てを一度に取り替えることによって、修理時間を短縮する訓練を整備スタッフは行っていたのだ。
腕を切り落とされたフォルトゥーナの場合は、切り落とされた部分を直すのではなく胸部側の肩との接合ユニットそのものを交換して再出撃可能な状態にするのだ。予備部品が潤沢な場合のみに可能なことであるが、時間は一気に短縮できる。あっという間に、動作プログラムの調整まで手順が進んでいた。
「一分半も遅いぞ!!」
その声に苦笑しながら、イェレは息を吸い込んだ。離脱してから十分ほどしか時間は経っていないが、相手が相手である。リリトも省エネ戦闘など不可能であろう、グラティアのバッテリーもそろそろ危険域に入る頃だ。
発進の掛け声を押し留めるようにカシアの声が聞こえる。送られてきたデータには、接近する機影が写されていた。
「ユーラシア軍機だが・・・気をつけろ」
レセディの言葉に嫌なものを感じながらイェレはフォルトゥーナを発進させる。ここでも、色々なものが交錯しているのだろう。
青空に一瞬の閃光が流れ、MS同士の戦闘が行われている事を示す。かなり移動しているようだ。イェレは機体の向きを変えるとスラスターを吹かした。ウブンドゥの街の外縁部を横切り一直線にそちらに向かおうとする。ジャングルの中には不釣合いの高層ビル群を右手に、フォルトゥーナが飛んだ。
その姿をカメラに収めたクルト・クラウは、もう一方のMSも写真に収める。白黒の俗に言う警察カラーに塗られたシビリアンアストレイが、外縁部の街に足を進めていたのだ。
どの機体もマシンガンとシールドの他に、背中の二本のボンベと繋がったホースのようなものを腰にマウントしていた。
いくら金を積まれても動かないと言い張る現地ガイドを諦め、クルトは自分で車のハンドルを握った。あの装備はおそらく火炎放射器だ。
「区画整理のつもりかよ!!」
あの機体は軍のものではなく、この街の警察を担当している軍事企業のものだ。連合と歩調を合わせてテログループの掃討を行うほど、品行方正な連中ではない。クルトが検問所で押し問答を続ける中、シビリアンアストレイの部隊は中心市街地を出て行く。
フォルトゥーナのセンサーがそれを捉えた時、シビリアンアストレイの一機が腰のホースを手に持って身構えた。
「炎・・・?」
ホースの先から噴き出された炎が地面を走り、その部分が燃え上がるのを見た。その意味が分かった瞬間、イェレはレバーを力いっぱい引いてフォルトゥーナの向きを変えた。シビリアンアストレイが一斉にホースを構えた。
フォルトゥーナのカメラが捉えたのは燃え上がるバラックのような粗末な家と逃げ惑う、いや焼き殺される人間だった。イェレは叫ぶ。
最大限に展開されたビームシールドが十条の炎を受け止めた。
「何をしてる!?」
「我々はウブンドゥ行政庁からの発令で、潜伏するテロリストの掃討を行っている。なぜ連合がその邪魔をする?」
悪意でも皮肉でもなく、純粋な疑問として問われた。フォルトゥーナの後では火災が広がり、人々が転がるように逃げていく。
「アフリカ解放戦線の掃討は我々緊急即応部隊が行う。まずは民間人の避難を・・・」
「こちらは連合軍の指揮下にはない」
それだけ言うと無線が一方的に切られた。再びホースを構える機体に、イェレはビームガンを向ける。
「なら、共同決議第1977号に基づく・・・」
その言葉より早く、シビリアンアストレイがマシンガンを抜いた。PS装甲がその弾丸を弾く中、フォルトゥーナのビームガンがシビリアンアストレイのポンベを撃ち抜いた。文字通りの火達磨になった機体が崩れ爆発する。その爆風を再びビームシールドで防ぐ。
イェレは外部拡声器で住民に離れるように呼びかけ、シビリアンアストレイに対峙した。斬機刀を構え、シールドをいつでも展開できるように左手を突き出す。可能な限り爆発をさせないように戦わなくてはならない。
二機の敵が突っ込んでくる。同時に残りの機体が火炎放射器を構えた。力任せに斬機刀を振るい突っ込んできた機体をまとめて転倒させると、肩のビーム砲で火炎放射器を構えた機体を牽制する。機体を飛び込み前転させてビームガンで脚部を狙い、起き上がると同時に銃把のビームサーベルで腕を斬る。
背後からのマシンガンに機体のバランスを崩されながら、投げた斬機刀はシビリアンアストレイを両断していた。
それでも一機では対処しきれない。フォルトゥーナの攻撃から逃れた機体が、次々と火を放っていく。イェレは叫び声を抑えることなく突っ込んだ。拾い上げた斬機刀を振りかぶると、向けられた炎ごとシビリアンアストレイを切り裂く。
「上!?」
コクピットのアラームに上部モニターを見上げると、戦闘機の編隊が何かを投下したのが見えた。フォルトゥーナはビームシールドを広げてスラスターを全開にした。投下された筒状のものは、無数の子爆弾を散らす。クラスター爆弾の雨をビームシールドで焼き、爆発の衝撃に全身の力を込めて耐えた。
だが広範囲に撒布される子爆弾の全ては排除できず、多くがまだ逃げ遅れている人のいる町中で爆発する。いや逃げ遅れという表現は間違いだろう。治安問題を抱えるスラム街を住民ごと焼き払うつもりなのだ。
テロリストの潜伏という理由があったとしても、認められるわけが無い。着地と同時にシビリアンアストレイを斬り、上空にビームガンを放った。子爆弾が撒布される前の爆弾が撃ち抜かれ、派手な爆発を引き起こす。再びビームシールドを展開して身構えた。直上からのビームを受け止める。
ビーム砲を機体下部に取り付けた対地攻撃用のスカイグラスパー、出撃前に言っていたユーラシア軍機だろう。飛び上がったフォルトゥーナがその一機を撃墜する。背後からの機関砲をPS装甲で受け止めるが、空中での姿勢を崩して落下した。ビームの砲口を向けたスカイグラスパーが、不意に爆発する。
「・・・ゲルググ!」
ビームライフルを構え翼を展開したゲルググが猛スピードで接近し、スカイグラスパーの編隊を一蹴した。離脱しようとした最後の一機を撃ち抜いたゲルググは、そのままの勢いでシビリアンアストレイを狙う。
風車のように振り回される両刃のビームサーベルがシビリアンアストレイの腕を斬り落とし、コクピットを貫いていく。
あっけに取られるイェレに向けて、ゲルググがライフルを向けた。放たれたビームはABP装甲で弾くが、シールドを構えての体当たりにフォルトゥーナは吹き飛ばされる。
「これが連合のやり方だ! それを看過するのがプラントだ! 何故貴様はそれに与する、イェレ・ネスタ!」
開かれた無線から聞こえるのは、マクシム・ディエの声。イェレは唇を噛んだ。自分達の事は別に隠されている情報ではないので、どこかから調べたのだろう。だが、わざわざそんな事を言うのは、彼らしいと思う。フォルトゥーナを立ち上がらせると、返答の代りにこう言う。
「火、消すの手伝ってくれませんか。先輩」
「なん・・・!?」
シビリアンアストレイの背負ったボンベから流れ出した燃料が火災を広げないように、斬機刀で地面に溝を作って火元から遠ざける。下に人がいないことを祈って燃えるバラックを踏み消し、延焼しないように燃える前のバラックを潰す。
人影はすでに無くなっていたが、それが逃げられたからなのか焼かれてしまったからなのかは分からない。ビームライフルを向けたままのゲルググに背を向けて、イェレは作業を続ける。
「誰の味方とか、どっちに付くとか、そう言うんじゃないと思います。俺達・・・俺がしたいのは」
「・・・み、緑服が知った口を」
「お互い、ザフトじゃないでしょ。服の色なんて口にするだけカッコ悪いですよ」
コクピットのモニターに映るのは、未だに広範囲で燃え続ける町の様子。見上げると、まだリリトの戦闘は続いているようだ。イェレは消火作業を再開する。
二機のウェルガーが、両足を失ったリベルを抱えてじりじりと後退していた。ウェルガーサードが、しきりに撤退の信号を送ってくる。スラスター残量計とバッテリー残量計が奏でていた警告音のハーモニーを切る。リリトはペダルを踏んだ。
じわりと全身に疲労が広がっている感覚はあるが、まだ頭はクリアーだった。グラティアが動くうちにフリーダムを落としたい。ようやくドラグーンの全てを使用不能にし、後一歩なのだ。
スピーカーから聞こえてくるのはフリーダムのパイロットの声、どうしても無線を切る気になれなかった。雑音の向こうから聞こえてくる問いを無視しながら、それでもその問いに耳を澄ましている。
「君の・・・の与えられた力は・・・」
フリーダムのプラズマ砲を最小の動きでかわす。最短距離で接近したグラティアの斬撃を受け止めたフリーダムは、その腹部を蹴り飛ばしレールガンを連射する。PS装甲に頼れないグラティアは、そのまま左腕を吹き飛ばされ、辛うじて着地する。
脚部の力だけを頼りに飛び上がると、ビームサーベルを振るった。わざと間合いを外した攻撃で、フリーダムのビームライフルを切断し、ケーブルだけになったエクステンショナル・アレスターをその足に巻きつける。
「僕と同じ力な・・・それは人の身に余る・・・だ!」
グラティアの全身を捻るように動かしてフリーダムを振り、地面へと叩きつける。スラスターを全開にして激突を避けたフリーダムは、仰向けのまま川面を滑り腹部のビームでグラティアを狙った。
頭部の真正面にビームサーベルを構えると、案の定ビームを弾く事ができる。スラスターを吹かせる時間を計算し、その半分を使って上昇する。
「だから僕・・・その力を世界のために使う!」
残りのスラスター全てを使って、グラティアを急降下させる。撃ち上がるビームとレールガンが機体を掠めるが、リリトはそれを無視して突っ込む。
グラティアの放ったビームキャノンは川を大爆発させ、フリーダムがそれに煽られるように跳ね上がる。水しぶきを蒸発させながら、グラティアのビームサーベルが横薙ぎに払われた。フリーダムは右手を犠牲にしてその攻撃を凌ぐ。
その右手が吹き飛ぶ映像を捉えていたグラティアのカメラは、フリーダムの回し蹴りによって破壊された。その衝撃でバランスを崩すと、グラティアは仰向けの姿勢で落ちていく。推進剤を失った機体はそのままの速度で地面に激突した。
最後のバッテリーで作動させたPS装甲で機体の破壊は免れたが、それでもコクピットは相当の衝撃に見舞われる。
霞む視界の中で、リリトはウェルガーサードがすぐ横に着地したのを見た。グラティアを守るように身構えるウェルガーを、上空のフリーダムが見下ろしている。一瞬、無線の雑音が晴れた。
「その力はきっと、不幸な過去を生んだのだと思う。それは僕も同じだから、分かる。でも、それでも・・・そうだからこそ、僕は世界のためにこの力を使いたいんだ」
そして、止めを刺すことなく立ち去るフリーダムの姿が見えた。だが、その姿もそのパイロットの言葉も、リリトには空虚なものだった。急速に薄れていく意識の中で、リリトはそのパイロットの言葉を忘れていく。