Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第一話  卒業旅行

 その小さな地方空港は飛行機から直接ターミナルビルに入るのではなく、タラップを降りてバスでターミナルビルまで移動する方法を取っていた。飛行機のドアを出て大きく伸びをする女性がいる。

「南国の空気はトロピカ~ル」

 豊かな胸をさらに誇示するように大きく息を吸い込んだ。後ろについている同年代らしいグループに促されてタラップを降りる。十代半ばから後半といった感じで、彼女を含めて六人のグループだった。

 バスの席に着いた彼女は手にしていた小型のパソコンを取り出す。「地球の歩き方」というソフトを起動させると、手馴れた感じで画面を呼び出す。旅行用ガイドブックソフトのようだ。

「明日の朝も早いのよ」

「カオシュン向けの船は九時半、一時間前に出るとしても早起きって時間じゃないでしょ。夜まで遊ぶ余裕くらいはあるわ」

 隣に座るブロンドの女性の少しうんざりした口調を気に留めることなく、彼女は宿泊地周辺の情報を検索する。しかし、もともと離島の空港であるため観光スポットと呼べるような場所はなかったようだ。

 背もたれから乗り出す格好になって、後ろの座席に座っている二人の男性に声を掛ける。地元の漁業一日体験とガラス工芸体験のどっちがいいか聞いている。予約なしで可能なのはその二つなのだそうだ。

 ターミナルビルで手続きを済ませ、宿泊先のホテルに到着した。ツインが三部屋、女性二人と男性二人、そして男女のカップルで部屋が割り振られる。三人部屋が取れなかったのだ。

「ダブルの方が良かった?」

「ダーリンとは清く正しいお付き合いなんです」

 冷やかし交じりの会話を交わしながら、島を散策する。太平洋の側にある島なので、被害はそれほどでもなかったようだが、あちこちにある津波避難経路の看板がかの大惨事の名残を物語っていた。

 その島の昔ながらの衣装らしきものを着た人に声を掛けられた。水牛が牽く車に乗らないかというのだ。値段と支払い方法を聞いて、たまたま現地の現金を持っていた銀髪の男性が払うことになる。

 ガラゴトと音を響かせながら進む水牛車の上で、牛を操る人が聞いてきた。

「姉さん達は、学生さんかね」

「ええ、まだ学生です。といっても、この旅行が終わったら卒業ですけど」

「卒業旅行かい。それにしちゃ若く見えるが・・・そうか、プラントの子か」

 彼女らはプラントからの旅行者だった。ジブラルタルに降り、ヨーロッパを回った後ユーラシア大陸を横断して極東の端の列島を南下、カオシュンを経由してオーブに渡り、カーペンタリアからプラントに戻る旅路である。今が丁度、行程の三分の二くらいであろう。

 プラントと地球の間で、民間人の自由な往来を阻害するような法令は戦後すぐに撤廃されたが、現在でも旅行など簡単に出来る状況ではない。それができるのは、彼女らがザフトのアカデミー出身であり、しかも成績優秀者を含むからだ。この地球旅行は、卒業前の長期休みを利用していた。

 六人の観光客を乗せた水牛車は、相変わらずガラゴト音を響かせながら、何もない島の道をゆっくりと進んでいく。

 

 コズミック・イラ77は、今のところ大過もなく過ぎていた。だがここ数年の激動の余波は、未だに世界中をくすぶらせている。細かな火は、今もあちこちで燃えているのだ。

 レクイエム戦役後のプラントは、クーデター派が反クーデター派との争いに収拾をつけることが出来ず、前年春にはクーデター派のトップが外宇宙探査の主要メンバーとして木星調査船の乗り込むという、事実上の更迭が行われた。

 これによってプラントはカーペンタリアを擁する大洋州など一部地域を除き、地球に対する介入を中止し、破壊されたプラントの修復と人口の回復に専念することとなった。

「連合からの資金がなければプラントは立ち行かない。プラント無しに自活できる力を連合は失った。関係は改善以外の方向性を持たないよ」

 プラントクーデター派と密接に繋がっていたオーブのアスハ家政権は、プラントの政変でその権力維持が困難となり、オーブ国内に住むコーディネーターの人権保障と引き換えに連合の信託統治を受け入れることとなる。

 その上でオーブは自治政府を認められ、独立回復までのロードマップも策定された。連合はそれを前例として、各地で頻発する独立闘争を抑えようとしているのだが、南アフリカを始め逆に強硬姿勢を強める地域も出てきた。

 大西洋は中央・南アメリカを十分に押さえることが出来ず、東アジアは西部地域で独立闘争が起こりつつある。また中東地域は、汎ムスリム会議諸国との連携を認められる形でユーラシアから離れ、ムスリム共同体を設立するも東西分裂の危機にあった。

 ユーラシアはヨーロッパ地域がブレイク・ザ・ワールドやブルーコスモスによる大規模テロにより大きな被害を受けていたため、中央アジア地域に経済の中心を移動せざるを得なくなっていた。それによって中央アジア地域経済は活況を呈し、他の地域からの影響を受けながらも独立闘争の芽は大きく育たずにいた。

 そのため連合の中心は大西洋からユーラシアに移り、地球の復興を優先する立場から、それまで大西洋が中心となっていた連合による月面開発もその規模が大幅に縮小されることとなった。現在、連合の月戦力は最盛期の十分の一以下となっている。

 連合、プラントともにその政策は内向きになっていた。そのため、他国で起こる独立闘争には可能な限り介入せず、自国内で起こる独立闘争に対しては徹底した抑圧が行われることとなる。

「だが、それこそを奇貨とすべきだ」

 連合加盟国の政策が内向きになっているため、逆に連合自体は加盟国からの圧力を受けにくくなっていた。そして各地で頻発する独立闘争に対して、連合本体がイニシアチブをとって解決することでその影響力を増そうと考えていた。

 単なる軍事同盟としての意味しか持たなくなっている連合という組織を再編し、地球圏の各国家を統合する機関として位置付ける。今は、そのための実績を築く絶好の機会といえた。

「実力部隊の設立はそのための第一歩だよ」

 カオシュン宇宙港に到着した艦を眺めながら、男性は語り続けた。現状把握のための説明が、いつしか壮大な夢物語へと変じていく。

 

 カオシュン行きの高速船で三時間半、南の海の重い潮風を受けながらの船旅は目的地が見える場所まで来た。水平線の向こう側に天へ延びる鉄塔が見える。だがそれは塔ではなくレール、マスドライバー「シェンロンタイ」の端っこだった。

 それが見えてから陸地が見えるまではしばらくかかる。それはマスドライバーの巨大さの証明であり、地球の重力の大きさの証明でもある。マスドライバー自体は現在稼動していないが、構造物はそのまま残されていた。

「『ドラゴンが天へ飛んでいくための台』って名前なんだって・・・」

「まんまだな。けど分かるわ、それ」

 港に近づいた高速船の甲板で、真上を見上げるような格好になってマスドライバーを見ているのは、彼女らだけではなかった。甲板のスピーカーから流れる観光客向けの説明を聞く。

 最初の大戦のおりにザフトによって占領され、その後ジブラルタルと交換する形で連合に返還された施設である。貨物打ち上げに際は10G以上の加速を輸送機に与える施設であるため、その構造物は頑健であり一度破壊されると再建は容易ではない。そのため、連合もザフトもシェンロンタイの破壊は行わなかった。

 もっとも、最初の大戦時には四つのマスドライバーの内二つが破壊されている。戦争末期における指導層のヒステリー症状を如実に示す出来事といえた。

 内陸に位置するビクトリアと比べ、カオシュンは海沿いであるためマスドライバーの効率的な運用が可能なのであるが、二十年間は補修以外に本格的な修理をしないことが返還時の条件の一つであったため、本格運用はコズミック・イラ90年代に入ってからとなっている。

 連合の宇宙戦力の打ち上げ施設にもなるため、そのような条件がつけられたのだ。

「シェンロンタイの本格運用は戦争の完全なる終結と、東アジア共和国の更なる発展を約束することでしょう」

 説明テープの終わりとともに、高速船は接岸した。港湾や都市などの設備も、マスドライバーの運用再開に合わせて整備する計画になっているのだろう、思ったほど華やかな街ではなかった。六人はバスに乗ってホテルへと向かう。

 車内で額をつき合わし、ガイドブックソフトの表示を見つめる。旅行も長期になると、それなりに揉め事が出てくるものだ。

「中華、絶対に中華」

「俺、そろそろ普通のもの食いたい」

「分かる気はするけど・・・嫌だぜ、ここまで来てプラントにもあるチェーン店は」

「お酒がおいしいなら何でも良いわ」

 お互いの主張をすり合わせる気がない時は、何も主張しない者が最終的に決定する。カップルの男性が提案した「宿を出て三十分歩いて一番最初の食べ物屋に入る」ことが決定した。文句は一切許さないとの条件付きである。

 

 カオシュンの空港から南に二キロほどの場所に宇宙港がある。マスドライバーがそびえているためシャトルの発着は空港で行われ、宇宙港自体は使用されていない。その地下にあるドック施設に、宇宙艦が運び込まれていた。

 大気圏内ではその行動範囲が限定されるMSにとって、プラットフォームの存在は必須である。ザフトでは陸上戦艦と潜水空母の併用で、地球におけるMSの運用を行っていた。

「これで、陸上や海上といった地形に左右されずに部隊の展開が可能だ」

 連合本部は現在、地球各地で生じている紛争に抑止力を伴った実力部隊を展開させる計画を進めている。連合本部が独自に指揮できる緊急即応部隊、その雛形とも言うべき部隊の発足準備がここカオシュンで進められているのだ。

 その要となるのがこの宇宙艦だった。連合、ザフトともに一部で実験的に採用されていた、コロイド技術を応用した大型艦浮遊システムを採用した艦である。

 MS戦に耐えうる速度を出せないため、連合・プラントの戦争中には単に的になるだけと正式採用がなされなかったシステムであるが、その行動範囲の広さは大きな利点である。また、主に旧式兵器を使用している各地の武装勢力に対しては、十分な戦力であり、その視覚的効果も抑止力として作用すると考えられていた。

 艦の中心部に電磁カタパルトを設置し、その下部には巨大な砲口が隠されている。細身の胴体下部には限定的に揚力を発生させることも出来る翼状のサブスラスターを置き、メインスラスターは後方に二つを分けて設置している。

「プラントとの共同開発、よく出来たと思いますよ」

「ユーラシアはもともとプラントとの関係改善に取り組んでいた、大西洋に口を出す余裕はない。プラントとしても、損な話ではないだろう」

 兵器供給会社の意向が戦争そのものを左右してしまった反省から、この艦と搭載MSはともにプラントとの共同開発であった。運用面でも、ザフトからオブザーバー参加している者もいる。関係改善の模索は、様々な方面から行われているのだ。

 この部隊がある程度の成功を収めれば、部隊規模や行動範囲を拡大し同時に連合各加盟国の軍縮につなげたい考えなのだ。さらにそこにザフト自体を組み込むことが出来れば、地球圏全体の安定に繋がるはずである。

 連合というシステムをプラントにまで広げ、各国家を統制できる統一の政治組織の構築。それが連合の最終目標であった。各国家が持つ戦争の権限を狭め、連合の承認の下で連合のみが武力行使の担う体制のみが、エイプリルフール・クライシス、ブレイク・ザ・ワールド、核やレクイエムによるプラント攻撃を生み出したコズミック・イラの歴史を変えうると考えるのだ。

「前途は多難であり、理想は見えないほどに遠い。だが、踏み出すことは出来た」

 作業の音と無数のライトに囲まれる艦を眺めながら、連合の制服に身を包んだ男性が感慨をこめて言う。手渡された作業報告書に目を通しながら二三の指示を出す。

 MSの搬入作業が始まったようだ。

 

 カオシュンの中心地からも良く見えるマスドライバー。それを目指すように何となく歩いて三十分、本日の夕食はヌードルであった。地元の人達が来るような普通の店であり、東アジア特有の画数の多い表意文字で書かれたメニューに四苦八苦しながら、食事を終える。

 淡い栗色の髪の男性が、盛んに水筒を傾けていた。彼が選んだメニューは、とても辛いものだったようだ。

「なかなか美味かったじゃん」

「辛くなければな」

「ガイドブックに載ってない店ほど、地元の穴場なのよね」

「辛くなければな」

 そのまま宿舎に戻らず六人は散策を続ける。前方に見えるマスドライバーは、航空標識のライトを無数に点滅させ、さながら巨大なクリキマスツリーのようであった。市街地から少し離れているため人通りも少ない。

 カップルの女性がいったん男性の傍らを離れて、黒髪の女性に近づく。彼女が手にしている小型のパソコンを覗き込む振りをしながら、そっと耳打ちをした。

「ダーリンと二人きりになりたいんだけどさ」

「・・・貸し、三つ目だからね」

 もはや諦めたという感じの表情で黒髪の女性はいう。彼女は並んで歩いていた二人の男性の間にわざとらしく割り込み、二人と腕を組んだ。そして金髪の女性に声を掛けると、港の方向に足を進める。

 腕を組んで夜の帳に消えていこうとするカップルに対する怒りは、もはや湧き起こってもこなかった。アカデミー入学当時から付き合っている二人で、その変わらぬイチャツキ振りは羨望や嫉妬を超越し、もはや学校中から賞賛を受けるレベルへと達していた。卒業前の旅行を二人きりで行かず、仲間で一緒に行こうと言ってくれただけに、人間も出来ている。伊達に赤服を取った訳ではないのだ。

 カップルのうち女性の方は、アカデミー初の整備課程での赤服取得者である。ちなみに彼氏である男性も整備課程であるが、かれは緑であった。もっともそんなことを気にするほど安い恋愛はしていないというのが、彼女らのキメ台詞であるが。

 黒髪の女性が腕を組んでいる右隣の栗色の髪の男性と、金髪の女性も赤服取得者である。その二人と左隣の銀髪の男性がパイロット課程、彼女自身は管制課程である。

「明日はどこを・・・」

 回ろうかと言いかけた時、前方から爆発音が聞こえた。夜空が少し明るくなったのが分かる。

「・・・この辺じゃ、お祭りで大量の爆竹を鳴らすんだって」

「どんな爆竹だよ・・・ガスか何かの爆発か?」

「マスドライバーの方向だから、そういう施設があってもおかしく・・・」

 金髪の女性は少し上を向くような格好でじっとしている。そしておもむろに言った。

「ガスじゃない、火薬よ。訓練で使われてたわ・・・TOOT、ザフトの実体弾の火薬の匂い」

 その言葉に誰も疑問を差し挟む事はしなかった。アカデミーでも、彼女はこれくらいのことを平気でやってのけていたのだから。

 

 地下ドックは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。全ての作業は中断され、ドックの出入り口は完全に封鎖、中の艦も使用できる隔壁を全て閉鎖し作業員を含めて全員が臨戦態勢を整えている。

 調整が済んだばかりのブリッジは遮蔽モードに移行し、臨時の司令部となっていた。閉鎖中のマスドライバー施設には、十分な司令部機能がなかったのだ。まだ様々なケーブル類が床を這い回るブリッジで、どこか艶かしいため息が響く。

「こんなことなら気を利かせて前日に入ることなんてなかったですね」

 黒に近い褐色の肌に短い縮れ毛、淡い桃色の口紅が映える長身の女性。言葉とともにこぼれる白い歯と、大きな目が印象的だ。スッと背筋の通った姿勢は、均整のとれたプロポーションを引き立てている。

 彼女は画面に映る所属不明機を見ながら、その解析を急がせている。カオシュン駐留の連合部隊はMSが配備されている。めったなことはないはずだ。

 だが、傍らのキャプテンシートに座る男性はうろたえたままの視線を、ひたすらにさまよわせている。人の良さそうな顔をした、艦長と名乗るにはまだ若すぎるような青年だ。

「ふ、副長! て、敵の正体は・・・? それに、狙いは一体・・・」

「敵の正体は味方ではないものですわ」

 連合本部主導の部隊とはいえ、それが連合加盟国からも歓迎されているわけではない。連合本部がこの部隊を使ってやろうとしていることは内政干渉であり、連合の最終目標は各加盟国の国家主権の制限である。

 他国紛争を解決するために軍事行動や資金援助を行う余裕を、各加盟国が持っているわけではない。その点において、連合本部がやろうとしていることは、自国の財政支出を抑制し国内復興を優先するという目的にかなうものである。

 だが自国の紛争に連合本部が介入し解決するなどという事になれば、それは各加盟国の弱体化をさらし、対外的にも対内的にも大きな政治的ダメージを与えることとなる。その点において、連合本部がやろうとしていることは非常に都合が悪いのだ。

 そのため、この攻撃を行っているのが連合のどこかの国であっても、別段不思議なことではない。むしろその可能性のほうが高いくらいだ。

「敵の狙いは・・・!?」

 この艦だと言おうとした副長は言葉を止める。そして画面を切り替えさせた。地下にある最新鋭艦の収められたドック、その頭上にあるマスドライバー施設の一部に攻撃を受ければ、目標がこの艦であると単純に考えてしまう。

 だがこれが単なる政治的な意図を持った破壊工作でないとすれば。もしどこかの企業が絡んでいた場合、欲するのは艦よりもMSだ。連合とプラントが共同開発した最新鋭MS、狙うとすればむしろこちらかもしれない。

「攻撃を受けた南東部に注意が向いている間に、MS搬入中の西側を狙う・・・さすがは艦長、単純な思考を排し敵の狙いに対して即座に疑問を持たれるとは」

 副長はそういって、搬入作業の中止とMS輸送船の沖合いへの退避を命令した。通信機は、侵入者との交戦を伝え始めていた。

 

 爆発音は断続的に聞こえる。今しがた上空をMSが飛んでいった。本格的な戦闘が始まろうとしているのかもしれない。顔をこわばらせた四人はしばし顔を見合わせる。

「ホテルに戻ろう、市街地の方が安全だろう」

「そうね・・・マスドライバーを狙ったテロなら、街に戻った方がいいわ。イェレとフィジェはカシアを連れて先に行って、私は二人を探してから帰るわ」

 金髪の女性はそう言うと走り出そうとする。その手を掴んだのはカシアと呼ばれた女性だ。

「一人で行く気!?」

「その方が安全でしょ」

「それは私達の安全を考えて? 自分の安全は?」

「・・・考えてるわ」

 そう言って後ろを向く彼女を、さらに引き止める。怒りをかみ殺したような笑顔を浮かべて、何とか言葉を探そうとした。

「頭数は多い方が出来る事も増えるわよ?」

「私の出来の良さは、他の使い道がないの。早く逃げなさい」

 二人の男性は見かねたように間に入る。爆発音が少し近づいて聞こえた。収まりがつかないといった表情のカシアを銀髪のイェレがなだめる。釣り目のきつい顔立ちの割には、優しげな声だ。

 携帯電話をいじっていたフィジェが諦めたようにそれをしまう。電波状態が悪いらしい。ニュートロンジャマーを撒布するのである、ただのテロというわけではなさそうだ。

「確かにリリトの言う通りかもしれないけど・・・」

「じゃ、決まりね」

 掴みかからんばかりの勢いのカシアをイェレが抑える。なまじ胸が大きいため、掴みどころに苦労している。

「ちょっと、どこ触って・・・待ちなさいよリリト!」

 それを無視して駆け出そうとしたリリトが急に振り返り、三人まとめて路上に突き倒す。彼女の「伏せて」という言葉よりも早く、頭上を衝撃波が走った。猛烈なオゾンの臭いは、ビームの使用を教えている。

 頭を起こそうとしたフィジェはリリトに頭を押えつけられる。彼女は道路に耳をつけて音を聞いていた。そして携帯電話を取り出し電波状態を確認する。

「ゾーシュの夜間静穏仕様・・・? じゃあこの携帯のノイズは、Nジャマーじゃなくてミラコロ!?」

 フィジェを起こすと、まだ倒れたままのカシアとイェレを引きずって植え込みに飛び込む。目の前の景色が奇妙にゆがんだ。MSが一機、道路を歩いているのだ。景色の一部が、MSの形に沿ってゆがんでいる。あのまま道路に転んでいたら、踏み潰されたかもしれない。

 息を潜めてそれが過ぎ去るのを待つ。どれほどそうしていただろうか、ようやく一息つくと、頭や顔をさすっている三人に状況を説明し、リリトは植え込みから出ようとした。

 今度はトラックのクラクションが鳴らされる。

 

 大型トレーラー三台と、それに関連するトラックが車列を組んで港に向かう。その列の一番後ろの車の中で、四人と二人は顔を突き合わせていた。

「何で乗ってんの、あんた達」

「ダーリンが止めたタクシーが大型だっただけよ」

 トラックの後部座席で六人は合流していた。タルハとユンディのカップルは、四人より先にこのトラックに救助されていた。実は彼らは、一般人立ち入り禁止区画に迷い込んでいたらしい。

「旅行者ってことでまけてくれたり・・・しないよねぇ」

「そんなのん気なこといってる場合じゃないでしょ」

 リリトはそういうと、トラックの助手席の兵士にMSの存在を告げた。最初はいぶかっていた兵士も、備え付けられていた通信機を取り出し指令車へと伝える。しばらくすると車列が停止し、武装した兵士達がバラバラと散っていく。

 その緊張感に、カシアも黙って窓の外に視線を移す。爆発音はいつの間にか聞こえなくなっている。旅行先でこのような事件に巻き込まれるとは予想外だ。宇宙港のお膝元でもあり、危険な地域ではなかったはずだ。

 政治的なゴタゴタは続いていても、生活面における混乱はおおよそ終息している。だからこその卒業旅行だ。

「・・・何?」

 遠くの夜景が突然揺らめいた。次の瞬間、真っ白な光とともに目の前のトラックが爆発する。飛び散ったトラックの破片が彼女らの乗るトラックに降り注ぎ、窓ガラスが割れた。

 横に座っていたリリトに頭を押えつけられたままの格好で、トラックが後退するのを感じる。さらにもう一つの爆発音を聞いた。同時に体が浮遊する感覚を受ける。そして、とても長い一瞬の後で、激しい衝撃を全身が受けた。

 乗っていたトラックが横転したのだ。急いで、上になったドアから脱出する。内燃機関のトラックではないとはいえ、炎上の危険性はあるのだ。

「乳に埋もれて窒息なんて、悲劇が喜劇になるわ」

カシアの下になっていたリリトが言う。彼女なりのジョークのようなのだが、流石に笑える状況ではなかった。同じようにトラックから這い出してきた兵士に誘導され、大型トレーラーの陰に移動する。

 炎上を始めたトラックの炎に照らされ、ミラージュコロイドを展開している二機のMSのシルエットが浮かび上がっている。周囲の兵士が自動小銃で攻撃しているが、何の効果もないだろう。再びビームが走った。

 六人が身を潜めているトレーラーの二台後ろ、最後尾のトレーラーの荷台上部が吹き飛ぶ。爆風が通り抜けると、煙の中からトレーラーの荷物が姿を現した。

「・・・モビルスーツ」

 ユンディの声に全員が視線を向ける。トレーラーの荷台に横たわっているのは、紛れもなくMSであった。

 このトレーラーは、ドックからの指令で搬入作業を中止したMSを、港の輸送船に退避させる途中だった。そして目の前にいる敵は、このMSを狙って襲撃を行っているのだ。目標を確認したかのように、ゆがんだシルエットだけが見えるMSがゆっくりと近づいてくるのが分かる。

「・・・ダーリン、手伝って」

「走って逃げるよりはましか」

 ユンディはそういうと、MSが載せられているトラックに向かう。

 

 MS搬送用のトレーラーなど、どこに行っても同じような構造だ。機械室のドアは電子ロックであったが、ユンディは携帯電話からケーブルを延ばすと二秒でロックを解除した。

「泥棒やっていけるわよ・・・それより本気なの?」

 カシアの声には答えず、ユンディとタルハは機械室に入り込む。タルハが機械室の機器を立ち上げる間に、ユンディはMSのコクピットに向かった。荷台のあちこちに何度も頭をぶつけながら、コクピットハッチを開放する。

 低い振動音が、トレーラー内部の機器が作動したことを告げる。同時にMSのコクピットにも明かりがともった。ユンディは猛烈な勢いでコクピット内のキーボードを叩き始める。

 二本のブレード状のアンテナに角ばったツインカメラ、頭部の突き出たメインカメラユニットに機能的とは言いがたい顔面のディテール。おそらくこのMSのデザインを描いた人間はオーブの出身だ。

「VPS・・・だけじゃないABPも可能? ま、電池がないからどっちも使えないけど。実弾の固定兵装は弾なし、ライフルはチャージ前・・・」

「計算でた。装甲起動させずに二分四十秒、ビームサーベル使用可能時間は・・・いや、使わんな」

 タルハからの連絡を受けると、ユンディはコクピットから頭を出す。そして大声でリリトを呼んだ。

「あんたら、GOSは使えるんでしょ。そっちはいじらないよ」

 コクピットに上がってきたリリトと席を替わると、ユンディはタルハを伴って二台目のトレーラーに向かう。カシアには荷台のジャッキアップが可能かどうかを調べるよう頼む。リリトはコンソールパネルを動かしながら、外部モニターを起動させる。

 外では、ミラージュコロイドを展開したMSが駆けつけたサードダガーと交戦中であった。ザフトの水陸両用MS・ゾーシュ、それも足音などをほぼ無音に出来る静穏仕様にミラージュコロイドを違法搭載しているため、サードダガーは防戦一方である。既に二機が撃破され、路上に転がっていた。

 カシアはマイクを取ってコクピットとつなぐ。

「ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」

「オペレーターがパイロット怖がらせてどうすんの。トラックからどかすだけよ、いつもの頼むわ」

 音声のみの通話であるが、仲間の声は落ち着きを取り戻させるのに十分であった。大きく息を吸ってその瞬間に備える。後方二台のトレーラーでも準備が整ったようだ。ユンディから、最後の注意が伝えられる。

 近くで大きな爆発音が聞こえ、トレーラーにもその振動が伝わる。それを打ち消すような声が、スピーカーを震わせた。

「イェレ・ネスタ、行きます!」

「フィジェ・クラフ、行きます!」

「リリト・フィランディエーレ、行きます!」

「ガンダム! 発進どうぞ!!」

 トレーラーのエンジンが唸りを上げ、荷台が起き上がる。

爆発と炎の中に立ち上がるのは、三機のMSであった。カシアが「ガンダム」と呼んだそのMSは、通電前の特徴的な灰色の装甲に身を包んだまま、自らの存在を示すようにその二つの瞳を輝かせる。

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