Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第二十九話 幕切れ

 雲の切れ間から光が差し込む。きっかり三十分の降雨の後、空が一気に晴れ上がっていく。潤った木々の緑は淡く輝き、水溜りには流れていく雲が映る。窓が開かれると、少し冷たい空気が流れ込んだ。会議室の熱気を奪い去ったそれを合図とするように、各自が席に着く。

 定例の報告会だったはずのそれは、外部から寄せられた一つの情報を巡って紛糾していた。純粋に学問的な観点に留まらず、知的財産管理の問題や、政治的な影響にまで多岐にわたる問題が予想され、会議はまとまるメドが立たない。

 アカデミーの事務局長、サーシャ・ローレンツからもたらされた情報は、その裏付けがほぼ完全に取れていた。

「だが、メンデルベビーは失敗体も含めて確認済みだったのではないのか?」

「正確な経緯は闇の中だ・・・クライン派が政権を握りすぎた」

 セプテンベル2の研究機関、先端遺伝子補助医療研究開発機構で長年にわたり極秘裏に取り組まれていた研究である、調整遺伝子の完全発現法。受精卵を完全に管理する事によって遺伝子の発現ロスを無くす研究が、別の場所でも行われていたというのだ。

 もっとも、母体という天然環境に依存することなく人工的な環境で受精卵を育てる、いわゆる人工子宮という発想はコーディネーター技術の黎明期から存在したものである。だが、技術的、倫理的問題から実際に取り組まれたことは無かった。その研究を行っていたのが、この先端遺伝子補助医療研究開発機構であった。

 だがそれと同様の研究はメンデルで実施済みであり、さらに完成体まで誕生させていたというのだ。それどころか、そのサンプルの一体が戦後の混乱期に東アジアの研究機関に渡り、さらにブレイク・ザ・ワールドで行方不明になったという。

「私的な研究であった事と、メンデル固有の事情から論文等の発表は確認できていません。東アジアの動きも同様です」

「分からんぞ、特許申請がされていれば終わりだ」

 メンデルにはクローンなどの非合法実験の噂もあり、スポンサーの意向によって表に出来ない研究も多かったという。さらにその研究を行っていた博士は、完成体の誕生とほぼ同時期に暗殺されている。

 また、メンデルの研究資料もバイオハザードによるγ線の大量照射によって、電磁的記録の大半は失われている。流出したデータと呼ばれる物が、まことしやかにアングラに出回っているが、メンデルからは人間以外のあらゆるものの持ち出しが禁止されていた。引き上げた研究者も、自分の記憶以外には何も持ち出せなかったはずだ。

 だが最初の成功体が誕生した55年からメンデルが放棄される68年までの間に、人工子宮や遺伝子操作に関する研究が続けられた可能性や、その研究資料が持ち出された可能性は否定できない。東アジアの研究機関に持ち出されたサンプルは、そういった物の一つであろう。

「ともかく、早急に政庁への働きかけを強めよう。研究成果の発表と特許申請を急がねば」

 セプテンベル2の予算を受けて、研究は続けられていた。それは単に学術研究に対する純粋な支援だけではなく、コーディネーターという種のブレイクスルーをもたらす技術が生み出す富を求めての投資でもあるのだ。

 引き続きの情報収集を続ける事も確認して、とりあえず会議を終えることにする。窓の外は既に暗くなり始めていた。

 

 戦車の砲列が順番に火を噴いていく。だがリニアガンすら装備していない旧式戦車の砲撃は、ジワジワと前進するMSの隊列を乱す事ができない。急降下してきたバビが放つビームに、戦車はただ薙ぎ払われる。

 そのバビを撃ち抜くビームに、前進するMS隊の動きが止まった。同時にその眼前に着地したMSが巨大な刀を振るう。シールドごと太股を切断されたストライクダガーが崩れ落ち、さらに上空からのビームが隊列を乱していく。

「進撃速度が速い!」

「とにかく青いジンだ!!」

 マシンガンをPS装甲で弾きながら強引に走るフォルトゥーナは、斬機刀を振り回しながら敵の只中に突っ込む。味方に当る事を嫌って銃撃が止み、周囲の機体がビームサーベルや重斬刀を構える。背後から襲いかかろうとしたシグーを、リベルのビームライフルが上から貫く。

 アフリカ解放戦線のMS部隊は、キサンガニの南西方向から進撃してきた。先行してキサンガニへの空爆を狙っていた航空機部隊との交戦があったため、トレランシアのMS隊が到着した時には、市街地まで十キロの地点にまで進まれていた。

 さらにそれによって、膠着状態だった統一機構西アフリカ同盟とアフリカ共同体の戦闘も大きく傾き、アフリカ共同体軍は防衛拠点だった中洲から撤退する事態に陥っていた。南西方面から進んでくるアフリカ解放戦線の部隊と、西から河を遡ってくる統一機構西アフリカ同盟軍を、アフリカ共同体軍が迎え撃つ体勢になっている。

 だが同時に、アフリカ解放戦線と統一機構西アフリカ同盟との戦闘も行われており、戦場は混乱した三つ巴状態であった。グラティアは長距離ミサイルを切り払う。命中精度は期待できないにせよ、市街地を狙った事は間違いない。プラントのように退避壕が完備されているわけではないのだ、ミサイル一発でも大きな被害が出る。

「何をしている!?」

 タラス機から雑音交じりの怒鳴り声が聞こえた。リリトは唇を噛んで、ロケット弾の群れを回避する。切りかかってきたディンの翼を切断し、それを狙うウィンダムを蹴り飛ばした。

 墜落したウィンダムに、携帯型対MSミサイルが止めのように撃ち込まれた。ウェルガーセカンドが掃射する機関砲で、携帯型のミサイルを積んだトラックが次々と横転、爆発する。突っ込んできたバクゥはウェルガーファーストのビームライフルが吹き飛ばす。セカンドダガーを切り捨てて、タラスは機体をジャンプさせた。

 トレランシアの姿が見え、敵の配置がそれに合わせて変わって行く。追いかけるように移動するリベルとフォルトゥーナの姿に、タラスは信号弾を上げた。無駄な敵に構っている暇はないのだ。

 だが、この混乱した戦場で一機の敵をどう見つけるか。ウェルガーサードは突っ込んできたスカイグラスパーのビームをシールドで受け流し、すれ違い様に斬る。その時、コクピットのセンサーが反応し、タラスは反射的にレバーを引いた。

 頭部を掠めるように幾筋ものビームが走り、その全てがミサイルやMSに命中する。狙ったように腕や頭を破壊されたMSを見て、タラスはもう一度信号弾を打ち上げる。

 

 Nジャマー撒布下において、使用できる電波の周波数帯は極めて限られる。そしてその周波数は国際救難チャンネルとして、地球圏全域で共通の基準となっていた。短波であるため、地球上での交信範囲は狭いが、どのMSであってもそのチャンネルであれば通信が可能だ。

 そのチャンネルでわざわざ笑い声を交信する機体があった。急降下してきた青と赤のウィンダムⅡが、両手に構えた対艦刀を同時に振り下ろす。重力と推力で加速されたウィンダムⅡの勢いは、真っ向から受け止められた。

 フリーダムが流れるような動きでシールドを傾けると、ウィンダムⅡは自らの勢いのままに落下していく。

「うっひょ~!!」

 茶化すような声を上げながら、ヤンは落下するウィンダムⅡからレールガンを乱射する。インの機体は猛烈な逆噴射で落下を止め、ビームライフルの狙いをつけていた。フリーダムがドラグーンを展開するタイミングで、ライフルを放つ。

 ドラグーンが展開したビームシールドが、ウィンダムⅡのビームを弾く。だが横合いから伸びてきた別のビームが、ドラグーンを襲った。フリーダムのプラズマ砲がそのビームの主を狙う。

「出力がデタラメだ!」

 リベルの前に出てプラズマの塊をビームシールドで受け止めたイェレが叫ぶ。バッテリーを気にしてシールドの出力を最大にしなかったら、腕ごと持っていかれただろう。リベルの全砲門が煌き、それを背にするようにグラティアが飛ぶ。

 ドラグーンの網を掻い潜り、突き出したビームサーベルをフェイントにしてビームキャノンを至近距離から見舞う。フリーダムが掲げたシールドがその視界を遮った隙をついて、グラティアは上昇する。フリーダムの視線がそれを捉えている事は予測済みだ。イェレとフィジェは必殺を念じる。

 だがリベルの砲撃もフォルトゥーナの斬撃も同時に見えているかのように、フリーダムは攻撃をかわした。そればかりか、地上から隙を窺っている二機のウィンダムⅡへの牽制攻撃を交えながら、グラティアに迫る。

「君の力は!」

 無線から飛び込んできた叫びのような声。リリトはその声ごとフリーダムの対艦刀を受け止める。レールガンをPS装甲で弾き、衝撃に耐えながらエクステンショナル・アレスターを伸ばして、左右のドラグーンを貫く。

 トンボをきるようにしてフリーダムの胸部を蹴りつけると、逆にその足を受け止められた。無理な姿勢で放つビームライフルはフリーダムを捉えないが、リベルからの攻撃でフリーダムからは距離を取れた。

 そのまま着地したグラティアは、中空に浮くフリーダムを見つめている。斬機刀を構えたフォルトゥーナが、青と赤のウィンダムⅡを牽制するように、グラティアの前に立つ。だがウィンダムⅡも、上を見上げている。

「人の手には余るものだ・・・」

 ドラグーンを収容したフリーダムから、そんな声が聞こえてくる。リリトは唇を舐め、レバーを握り直す。

 

 ゲルググのビームサーベルがホバークラフトを真っ二つにする。飛び掛ってきたセカンドダガー三機を一連の動きで切り捨てると、投下された爆弾ごと上空のスカイグラスパーを撃ち落す。その足元をグレネードが抉った。

 放ったビームライフルは派手な水柱を上げるが、水の幕の向こう側からレールガンを撃ち込まれる。マクシムは歯噛みしながら、ビームライフルを連射する。

 河の中ほどに潜行しているガルフダガーの部隊が、アフリカ解放戦線を足止めしているのだ。水陸両用として開発された機体は、自身のフィールドから離れることなく効率的な攻撃を続けていた。

 もはや戦場の全体的な優劣など、個々のパイロットには分からなくなっている。MSの活動可能時間も半分が過ぎようとしている。ここからが、正念場であろう。モグラ叩きのようなマクシムの攻撃がようやく一発命中した。

「議長は!?」

 マクシムはペダルを踏んで機体を上昇させると周囲を見回す。突っ込んできたフロッティを三連ロケットランチャーで撃ち落すと、スラスターを開いた。連合の大型艦が浮遊しているのが見る。そして、信号弾が打ち上げられるのも見た。

 その信号弾を確認したトレランシアでは、一気に緊張感が高まる。今回の作戦はアフリカ解放戦線の指導者・レジー・マヌカの捕縛であるが、別命も受けていた。それは捕縛ではなく殺害である。それを知らされているマーカスは、レセディと目配せをした。

 ビクトリアでは交渉の準備が整っている。レジー・マヌカの殺害と同時に、連合とユーラシアはアフリカ解放戦線による国家樹立の承認と、アフリカ共同体との国境画定交渉をスタートさせるのだ。

 トレランシアは、キサンガニが陥落する前にレジー・マヌカを殺害しなくてはならなかった。レセディは中性子砲のスタンバイを命じる。断続的に打ち上げられる信号弾は、空色のジンの位置を、徐々に絞り込んでいた。

「虹色? アントレランスを使う気なのか!? タラス!!」

 迷彩色に塗り分けられたストライクダガーにグレネードを命中させると、アレナは通じるかどうか分からない無線に向かって怒鳴った。トレランシアから打ち上げられた信号弾は中性子砲の使用を告げている。一気に薙ぎ払うつもりなのだ。

 川辺から撃ち込まれるアッシュのロケット弾をシールドで受け止め、ウェルガーセカンドは信号弾を打ち上げる。敵の数が増えてきた。戦場が混乱すれば、パイロットが取れる行動は限られてくる。理由をつけて後退するか、もっとも戦闘の激しい場所に向かうかである。

 連合の戦艦と何度も打ち上げられる信号弾、集まって下さいといっている様なものだ。川面に牽制射撃をして、アレナは機体を上昇させた。鉢合わせたゲイツをグゥルから蹴り落とし、そこを踏み台にもう一度飛び上がる。タラス機がシールドを吹き飛ばされるのが見えた。

「ドラグーン!?」

 激しい揺れを制御しながら、タラスは着地点を探す。森の中の小さな空き地でマシンガンを乱射しているセカンドダガーの背後に強引に着地した。自機を狙っていなかったので、とりあえず味方という認識でいいのだろう。脚部を損傷して動けないその機体に迫っていた二機のジンを撃ち抜いて、ウェルガーサードは再びスラスターを吹かす。

 主戦場となっていたキサンガニ南西部ではなく、南東部にフリーダムが現れた事で、タラスらは標的の位置を推測できた。アフリカ共同体と統一機構西アフリカ同盟との戦闘に直接介入しない位置にフリーダムが現れたのは、アフリカ解放戦線を直接支援するためだと考えられる。

 キサンガニ西側でのアフリカ共同体と統一機構西アフリカ同盟の戦闘に、陽動の部隊が南西から介入して撹乱する隙に、本命の部隊が南東側からキサンガニを攻撃しようというのだろう。推測通り、レジー・マヌカの空色のジンが確認された。

 フリーダムはグラティアが抑え、艦砲によって敵の行動範囲を狭めた上でウェルガーがジンを捕獲するはずだったのだが、作戦が変わったようだ。振り向き様にディンを切り裂くと、その爆煙の裏から別のMSが飛び込んでくる。

「ザフトの新型!」

 第一撃は受け止めたが、次の瞬間には下端からも刃を発生させたビームサーベルで下から切り上げられる。左手の肘から先が宙を舞うのが見え、その先にビームライフルを構えている敵の姿も見えた。

 やられるという認識がタラスの頭で生まれるより早く別のビームがゲルググを襲い、ウェルガーサードとの距離が離れた。ビームライフルを構えて接近するウェルガーファーストに牽制のロケット弾を撃ち込むと、ゲルググは身を翻すようにしてスラスターを吹かせた。

 

 グラティアが増槽を捨てて飛び上がる。それに合わせるように、リベルの砲門が開き、フォルトゥーナからもビームが撃ち出された。それらをかわすフリーダムの動きに、反射神経が置いて行かれる。リリトは息を詰め、意識を解放する。

 抜き打ちをシールドで受け止め、至近距離からのビームをABP装甲で凌ぐ。展開しようとしたドラグーンをエクステンショナル・アレスターで刺し、距離を詰めたままでビームサーベルを振るう。ビームシールドとビームサーベルの干渉がストロボのように煌くが、リリトの目はフリーダムを逃さない。

 グラティアを無視するようにプラズマ砲を下に向けるフリーダムに体当たりを仕掛けて、そのまま地面に激突させようとするが、逆に投げ飛ばされて水面を跳ねる。水しぶきとともに姿勢を整えると、水面を滑るようにして上空のフリーダムを狙う。

 頭を出したゾノを一刀で両断し、その爆風に乗るように機体を飛び上がらせる。

「力があるのなら・・・それをどう使うか、考えた事はないのか!?」

 無線から飛び込む声に、リリトは奥歯を噛んだ。

「人の手に余る力なら・・・余った分で、何かができる! 僕自身を越えて、世界のために!」

 振り下ろしたサーベルを受け止めた声に、リリトは歯軋りをする。その言葉を撃ち抜こうとしたビームキャノンは避けられ、逆にビームライフルを破壊される。レールガンでバランスを崩され、拡散ビームのシャワーにコクピットのアラームが悲鳴をあげる。苦し紛れに伸ばしたエクステンショナル・アレスターを受け止められると、そのまま振り回され地面に叩きつけられた。

 揺れるコクピットで損傷箇所を確認し、操縦系統のプログラムを打ち変えて機体を立て直す。背後から猛然と襲い掛かってきた青いウィンダムⅡの攻撃は、フォルトゥーナが受け止めてくれた。

 上空では赤いウィンダムⅡがフリーダムに攻撃を行っている。スピーカーは震え続けていた。

「ガキん時から変わんないね! あんたの力はあんたのもんよ、望もうと望むまいと!!」

「違う! 僕は望まない力を望む世界のために使う!」

「私の力は私のためのものだ! 人の手に余る力なら、その力に見合った人間なればいい!!」

「あなたは・・・自我のみを拡大された、哀れな人だ!」

「自己に箍をはめた子供が!」

 左の手足を切断されてなお、赤いウィンダムⅡのインは攻撃の手を緩めない。フリーダムの蹴撃が、ウィンダムⅡを引き離した。翼を開いて残ったドラグーンの展開体勢になり、腰部レールガンとパックパックのプラズマ砲がせり出し腹部のビーム砲が開く。

 一気に片をつけるつもりだ。フィジェは、自分を落ち着かせるように短く息を吐いた。ゾーリンの上のリベルは、全ての照準の中心にフリーダムの背中を捉えている。フリーダムがビームを放った瞬間に、勝負はつく。

 視線はただ一点、コクピットの位置に向けられていた。初めて、引き金を引く明確な意志を感じる。MSのパイロットとしての意識ではなく、フィジェ・クラフである事を意識した。それが刹那の迷いである事を、スピーカーに響く声が教える。

「やらせん!!」

 直下から上昇してきたゲルググがビームサーベルを閃かす。リベルの放ったビームは、ゾーリンを両断されたせいで狙いを外し、展開されたドラグーンを薙ぎ払う事しかできない。

 フィジェは歯を食いしばりながら、落下するリベルを制御する。苦し紛れに撃つビームライフルはどれも敵を捉えられない。

 

 モニターの端に落下するリベルが視界に入り、イェレの動きが一瞬止まった。踏み込んできた青いウィンダムⅡに斬機刀ごと右手を飛ばされるが、左手でその顔面を握りビームシールドでカメラを破壊する。

 衝撃で弾け飛んだウィンダムⅡから、苛立つ声が聞こえた。

「ギャラリーがウザい! 止めだ、止め!」

「このMS、ヤワ過ぎ!」

 怒鳴り声と共に後退する赤いウィンダムⅡを飛び越すように、青いウィンダムⅡも後退していく。イェレが視線を上空に移すと、フリーダムに向かったグラティアの前で、ゲルググが立ちはだかっていた。マクシムが叫ぶ。

「連合艦に向かえ! 連中の狙いは議長の命だ!!」

 背を向けたフリーダムを狙ったグラティアのビームキャノンは、木の葉型のシールドで受け止められる。両端からビームの刃を発振させたサーベルを風車のように振り回して、ゲルググが突進してくる。

 反応速度の悪くなったグラティアに舌打ちをしながら、リリトはその攻撃を二本のビームサーベルで受け流す。発射されたロケット弾を頭部機関砲で撃ち落し、その爆発を盾にゲルググから距離を取ろうとする。

 だがゲルググは、グラティアがフリーダムに向かう事を許さなかった。細かく連射されるビームライフルがグラティアの背後を捉え、リリトは急制動を掛けざるを得ない。マクシム・ディエの声に、リリトはもう一度舌打ちをする。

「貴様らの正義はこれか!?」

 声だけでも届かせようと、マクシムは怒鳴る。ザフトにいたコーディネーターが連合の走狗となる、プラントで開発したMSがコーディネーターの抑圧に使われる。それが現実ならば、当事者の声を聞きたかった。それが、理解と共感に値するものなのかどうか。

 アークエンジェルは、アフリカ共同体と統一機構西アフリカ同盟の戦闘に介入するつもりは無かった。無用な戦闘をさらに混乱させる事を良しとしなかった。それでもなお、フリーダムが出撃したのは、アフリカ解放戦線の理念を、レジー・マヌカの言葉を守るためである。

 連合に奪われるだけアフリカを取り戻し、地球圏で失われてしまったコーディネーターとナチュラルが共存できる世界を復興させる。憎しみの中に閉ざされた融和という可能性を復権させ、人類の明日を更なる可能性へと飛躍させる世界の構築。

 止むに止まれぬ正義に駆り立てられて、スレイ・カルガは戦場に飛び出した。

「それに代わる正義を貴様は示したのか!?」

 ビームサーベルを一本二本とトリッキーに組み替えながら、ゲルググはグラティアを翻弄する。リリトは、グラティアの不調箇所を確かめるように、レバーとペダルの感触を探る。

 ゲルググの斬撃が機体を掠めたのを視線の隅で追いかけ、腕の三連ロケットランチャーに機関砲を撃ち込んだ。ロケット弾の爆発にバランスを崩したゲルググを蹴りつけると、そのまま踏み台にするように上昇する。

 だがゲルググは素早く体勢を立て直して、グラティアに追いすがる。しつこいとつぶやいてビームライフルを構えた。シールドを掲げるより一瞬早く撃ち込まれたビームはアタッチメントを破壊し、ゲルググはシールドを取り落とす。

「それとも・・・ただ己が力を世界に誇示したいか!?」

 左右のバランスを取るために調整されたスラスターでは、ゲルググを振り切れない。ビームサーベルをABP装甲で受け止めると、リリトはバッテリーのゲージを睨む。雑音の奥から聞こえる言葉に、殺気を向けた。

「アカデミーでも、貴様は一度として本気を出さなかったな! フィランディエーレ!」

 グラティアのサーベルが一瞬煌き、ゲルググのビームサーベルの発振部が切り落とされる。

「ザフトのため、プラントのために努力する者を、貴様は手を抜いて上から眺めていた! 違うか!?」

「・・・適当な事を!!」

「優越感に浸るだけでは飽き足らず、その力を使う場所を求めたか! だからコーディネーターを敵に回して、その力をひけらかす!!」

「違う!」

「優れているのか嬉しいか? 勝っているのが楽しいのか? 力を己が満足のためにしか使えぬ者に、我々の正義は止められん!」

「黙れ・・・全部、逆だぁっ!!!」

 ゲルググのビームライフルが爆発する。グラティアのビームキャノンがゲルググの両腕を吹き飛ばし、ビームライフルは頭部を消滅させた。一瞬の出来事に機体を硬直させたゲルググのバックパックを撃ち抜き、落下する機体にとどめのビームサーベルを突き立てようとする。グラティアの手が止まった。

『化け物か・・・』

 マクシムの言葉が突き刺さるのを感じる。

 そのまま落下していくゲルググは、地上にいた対空車両の格好の的であった。対MS用の弾丸が当たるたびに跳ね回る機体は、奇妙に体をくねらせながら地上に激突し爆発した。

 

 ウェルガーからの信号弾は途絶えたが、トレランシアの索敵モニターはその標的を完全に捉えていた。キサンガニの西側での攻防戦は、アフリカ共同体が辛うじて敵を押し返すことに成功したようだ。統一機構西アフリカ同盟の部隊は、MSの活動限界時間を迎えて、順次撤退が始まっている。

 だからといって、アフリカ解放戦線に対して迎撃体勢を取れるような状態ではない。空色のジンを中心とした十数機のMS隊は南の方向から真っ直ぐにキサンガニを目指している。占領は不可能であろうが、都市や港湾機能にダメージを与えるには十分な数だろう。

 レジー・マヌカのみが標的であるはずのトレランシアが、キサンガニ市街地防衛の文字通りの最後の砦であった。レセディは不本意な事態に、小さく舌打ちをする。

「アントラレンス、発射カウントダウン。敵MS隊を薙ぎ払う!!」

 どの道、艦砲でのMS狙撃などは不可能な話だ。だが、ブリッジの空気は張り詰める。空色のジンの鹵獲を放棄し、その撃破に作戦が変わったのだ。艦の姿勢制御やダメージコントロールと平行して、中性子砲の発射手順が進められる。

 市街地への空爆を狙う航空機との散発的な戦闘で、艦体には多少のダメージを受けているが、中性子砲の発射には支障が無い。いくつかの手順を省略しながら、カウントダウンが進んでいく。

 トレランシアの艦首が開き、巨大な砲口が顔を出した。空色のジンの姿が、索敵モニターからメインモニターへと移った。周囲を守るのはドムやウィンダムⅡといった、各国の主力機ばかりである。

「よくも揃えたものね・・・第七、第八シークエンスは省略、最終カウントに移行します!」

「Nジャマー濃度分布予測完了、出力補正プラス三○。ニュートロンスタンピーダー機能安定、秒読みは三十秒から。カウント開始します」

 ブリッジクルーの視線がモニターに集まる。機器の静かな音以外には何も聞こえないほどに静まり返ったブリッジで、デジタル表示のカウントが減っていく。カシアが少しかすれるような声で言う。

「秒読み、開始しま・・・センサーに反応? 早い・・・翼付き!?」

 裏返ったようなカシアの声に、ブリッジの静寂は破られた。様々なアラームが鳴り、警告灯が点滅する。カウントが残っている状態でレセディが叫んだ。

「アントレランス・・・ってぇー!!!」

 光度の調整されたモニターには、一条の光が伸びている様子が映し出されるはずであった。だがそこに映っているのは、トレランシアが吐き出した光の束が、堰き止められている様子であった。

 フリーダムが空色のジンを薙ぎ払おうとする中性子砲の前に立ちはだかり、その光の奔流を受け止めていた。

 

 マシンガンを捨てて律儀に戦闘の意志が無い事を示したストライクダガーを手で追い払いながら、ヒューは空を見上げる。いきなり明るくなった空では、ありえない光景が繰り広げられていた。

「Nジャマー・・・対策、立ててやがったか」

 トレランシアの中性子砲を受け止めているフリーダムは、その周囲を金色の霞で染めている。コロイド粒子で形成した力場の中を超高濃度のNジャマーで満たす事によって、中性子砲を無効化する仕組みであろう。理屈としては考えられない事ではない。

 だがそれを可能とする出力や、その出力を支える機体というのは、極めて難しいものだろう。MSサイズにそれだけの粒子発生装置を収めるだけでも、相当な技術だ。エネルギーは長距離でのデュートリオン送電だろうか。アークエンジェルが戦場に現れなかったのは、戦闘で送電が不可能になる事態を避けるためであろう。

 中性子砲の光が消え、空の色も元に戻った。金色の霞も消え、その中から鮮やかな白いMSが姿を表す。フリーダムの五体満足な姿に、ヒューは軽い怒りさえ覚える。だが、高度を上げたフリーダムを、ヒューは口笛で見送った。

 タラスの機体は腕を損傷しバッテリー残量もほぼゼロであるが、アレナの機体はまだ大丈夫そうだ。

「エリクセン少尉を頼む」

「一機で捕獲に向かうつもりか?」

 アレナの問いには曖昧に答え、ヒューはウェルガーを進ませる。トレランシアの攻撃を見れば、自分達が聞いたレジー・マヌカの捕縛という作戦以外の作戦が存在するだろう事は想像がつく。

 だがヒューはその意を汲んで動くのではない。彼は彼で、別の依頼を受けていたのだ。それがたまたま同じ目的だったに過ぎない。中性子砲の向けられた方向に、機体を向ける。

 森でMSが爆発し空き地になった部分にウェルガーをしゃがませた。戦闘開始から時間を考えれば、敵も回り道をする余裕は無いだろう。空色のジンは真っ直ぐキサンガニに向かうはずだ。フリーダムがトレランシアに向かうのであれば、警戒心も薄くなっていると考えていい。外部マイクがドムのスラスター音を捉えた。

「ビンゴ過ぎるぜ・・・」

 ウェルガーのいる空き地の右手を、木々を掠めるような高度で五機のドムが飛んでいる。破壊されたMSと燃えた木によって、ウェルガーの熱は探知されていないのだろう。ヒューは幸運に感謝し、ペダルを踏み込んだ。

 標的はドムに囲まれるように飛んでいる空色のジン。立ち上がったウェルガーは、その銃口の先にジンを捉えている。

 一機のドムがモノアイを向けるより早く、ウェルガーのビームライフルがジンを撃ち抜いていた。上半身を消し飛ばされたジンはあっけなく爆散する。

 怯んだドムに煙幕代わりのグレネードを投げつけ、ヒューは全速力でウェルガーを後退させた。

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