Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第三十話  友達の条件

 砲塔に引っかかる形で停止しているグラティアのコクピットからリリトが顔を出すのを見て、カシアはがくっと背もたれに体重を預けた。トレランシアは、中性子砲を防いだフリーダムに取り付かれたのだが、それをグラティア、リベル、フォルトゥーナが追い払った。

 実際には、信号弾を確認したフリーダムが撤退したのだが、バッテリーを失ったグラティアは気を失うように機能を停止し、トレランシアに墜落したのだ。砲塔に引っかかったのは偶然だった。リベルとフォルトゥーナはグラティアを抱え、MSデッキへと姿を消した。

 三機のウェルガーの無事も確認され、ブリッジには安堵の空気が流れる。青ざめていたマーカスの顔も、血色を取り戻してきた。

「レペタ大尉からの電文です。標的の捕縛に失敗、やむなくこれを撃墜、だそうです」

 レセディはプリントアウトされたそれを受け取って、腕を組む。トレランシアの帰投を指示しているマーカスはホッとしているようだが、レセディは表情を曇らせている。作戦は成功したのだが、何か引っかかる感じがした。もともとこの作戦自体が、裏のあるほの暗いものなのだが、同じほの暗さを別の場所にも感じるのだ。

 ゆるゆると回頭したトレランシアからは、あちこちで煙を上げるジャングルの姿が見える。川辺には破壊されたMSが無造作に転がり、川の中には流されていくMSの姿が見えた。

 キサンガニの市街地からも幾筋かの煙が見え、少なからず被害を受けている事を示している。MSデッキからウェルガーの回収完了を報せる通信が入り、トレランシアはゆっくりと前進を始めた。

「損傷箇所のリストアップを急げよ!」

 アジズの相変わらずな怒鳴り声を聞きながら、フィジェは自分をコクピットから引きずり出した。流石に疲れている。リベルの整備を始めたタルハに辛うじて声をかけると、彼の乗ってきた昇降タラップに乗る。コクピットハッチについているワイヤーを使う元気も無かった。

 だが、身体的な疲労より精神的なショックの方が大きい。フリーダムを撃てなかったのは、ゲルググに邪魔されたからではない。何かに、ためらってしまったからだ。コクピットを狙わない敵、その欺瞞を憎んでいたはずだったにもかかわらず、ためらった。

『生きていれば共に苦しむ事ができる』

 それさえも奪われた者の言葉を、聞き流すことは出来なかった。そのためらいの中で、なお引き金を引くのであれば、彼もまたコクピットを狙わないかもしれない。そしてそれは、再び彼に問いかける。トレランシアに残るか否かという選択を。フィジェは唇を噛んだ。

 だから、視線の先に流れたブロンドに意識が向いた。不機嫌な表情の上に、暗く哀しい目を載せているリリトを追う。声をかけられないでいるイェレの前に出て、大丈夫かと問いかける。

 マクシムの言葉を否定した彼女の声は、まるで悲鳴のようだった。

 

 キサンガニから防衛に成功したとの連絡を受けて一時間ほどして、レジー・マヌカ搭乗機を撃墜したとの報が入った。内線でそれを聞いたルチアーノは、小さく息をつくと口元にだけ微笑を浮かべて、それを報告する。

 そして安心した表情を見せた女性とがっちり握手を交わす。ヘストリー・オサバは小声で礼を言った。ビクトリア基地では、既に交渉が開始されている。十日後の調印式に向けて詰めの作業を進めているのだ。

「仲介役のスカンジナビアからは皇太子が来るそうですね」

 最大の懸案事項が片付いたため、交渉のテーブルの雰囲気も少しだけ明るくなっていた。連合の外交部局だけではなく、常設軍事委員会のルチアーノも直接参加しているこの交渉は、失敗が許されないのだ。

 アフリカ解放戦線をテロ組織ではなく正式な国家連合体として承認し、アフリカ南部の領有権を確定する。アフリカを四つの政治組織で分割した上で、将来における統合と連合への加盟を確約する。アフリカにおける内戦を終結させるための第一歩であり、連合本部がその政治的成果を見せ付ける場である。

 ユーラシアにせよ大西洋にせよ、アフリカで代理戦争を行う余裕などないのが本音であり、落としどころを欲していた。

 マスドライバー使用料をユーラシアに譲歩させて、代わりに統一機構西アフリカ同盟を大西洋に抑えさせる。スカンジナビアを表向きの仲介役にするのは、連合の影響力誇示を嫌うユーラシアに対する譲歩であった。

「ウブンドゥではいろいろあったが、君達のキサンガニでの活躍は結果としてユーラシアへの貸しになった」

 表情には疲れが見えるが口調は明るいルチアーノが、艦長室のモニターに映る。トレランシアは簡単な補給を済ませ、ビクトリアへ戻る事になっていた。レセディは今回の作戦の意味を尋ねる。アフリカ解放戦線を承認するのであれば、なぜその最高指導者の殺害が必要だったのか。

 ルチアーノは、それがアフリカ解放戦線が提示した条件だと言った。従来の活動方針を改め連合との協調姿勢を取るための条件が、レジー・マヌカの殺害だというのだ。

「クーデターですか?」

「そこまで単純ではないだろうが・・・あちらさんも、その活動方針で色々ともめていたそうだ」

 逆に彼を生きたまま捕らえたりすれば、それこそその後の混乱には拍車がかかっただろう。現在のところ交渉は順調であり、コーディネーター政策に関しては関与しない方向で連合内もまとまったらしい。アフリカ中央部における国境の画定は、交渉を継続することで決まっている。

 トレランシアには、早急にビクトリアに戻り調印式の記念式典の警備にMS隊を参加させるよう指令が下った。休む間もないと思うが、上機嫌のルチアーノに何か言おうとは、レセディも思わなかった。

 

 湖面が朝日を反射し、眩しさが目の前いっぱいに広がる。汽笛が二回鳴り、船の出航が告げられた。小さな港を出たコンテナ船は、ゆっくりと北に進路を取る。水平線の向こうから、逆に南下してくる船の姿が見えた。タンガニーカ湖は、マスドライバーへの物流の大動脈である。

 ビクトリア基地が一時、厳戒態勢であったため、ビクトリア湖への進入が停止されていた。船は遅れを取り戻そうとしているのか、スピードを上げていく。積荷は、大西洋連邦が資源衛星へと送る小麦だという。

 それにしてはコーディネーターである自分を快く乗せてくれた。青年はふとそんな事を思いながら、スケッチブックを開いた。左手の水平線には、まだ山並みが頭を覗かせている。甲板の隅でそれを描きとめていた。ビクトリアに着くまでに、何枚かは描けそうだった。

「絵描きさんかい?」

 船員の声に、肯定の返事を返しておく。画家のスケッチ旅行と言えば聞こえもいいだろうが、実際は当てのない放浪生活だ。徒歩と野宿で世界を巡っている。プラントに戻る用事が出来たため、ビクトリアを目指しているのだ。

 歩きのつもりだったのだが、たまたま立ち寄った町でこの船の船員と知り合い、食事は実費という条件でビクトリアまで乗せてもらうことになったのだ。帰りの日程が決まっていたので、正直助かった。

 色鉛筆だけで、見事な風景画が出来上がっていく。かなり短くなった色鉛筆を丁寧に削りながら、青年は遠くを見つめる。

 旅費を稼ぐための似顔絵以外は、もっぱら風景画を描いていた。そこに何かを見出したのではないが、戦争の残骸から見出せるものは少なかった。だが戦争の跡のない風景は少ない。それは、ここアフリカでも同じだ。

「一つ頼めるか」

 スケッチブックを閉じたばかりの彼に、声がかかる。町で知り合った船員が、似顔絵を頼んできた。写真より洒落ているだろと、片目をつぶる。青年は、今日の夕食代として喜んでそれを引き受けた。

 別に時間がかかっても構わない状況だ、人に贈るものだとも聞いたので、彼は丁寧に似顔絵を描く。太陽が真上に昇るころ、それは完成した。

 出来栄えを満足げに眺める船員は、青年に黒の色鉛筆を借りる。そして似顔絵の隅に字を書いた。現地の文字なのだろう、青年には読めないものだった。

「なんて書いてるんです、ヘンリーさん」

「別に、普通の事さ。愛する娘、アメリ・カグタへ・・・ってな」

 船員は礼を言うと、似顔絵を大事そうに抱えて船室の方へと消えていく。そろそろ昼食の時間だ。

 

 ジャージ姿のカシアがキョロキョロと周りを見渡しながら食堂を進む。お茶をすすっているフィジェとイェレを見つけると、その横に座った。開口一番、こう聞く。

「リリトは?」

「先に・・・寝るって」

 カシアは何も言わずに、食事を口に運ぶ。今回もまたフリーダムとの戦闘だった、その疲労は計り知れないものであろう。二日三日、体の調子が悪くてもそれは当然の事だといえた。

 だが、長いことちゃんとしゃべっていないような気がする。リリトの様子もおかしかった。もっとも今となっては「普段のリリト」が、いったいどのような様子であったのか、自信を持って言えなくなっているような気がする。

 相変わらず、彼女は何かを隠し、自分達はそれに気付けないままだ。ただ戦闘のたびに、少しずつ何かかが見えてくる。ユンディ達は、リリトの身体能力のある種の異常さを指摘し、フィジェとイェレは、戦闘中に交わされる会話の断片から、何かを引き出そうとする。

 フリーダムのパイロットは、リリトに何かを話しかけていた。リリトはそれに答えはしないが、彼女の動きはそれに応じるように激しさを増した。赤と青のウィンダムⅡに乗っていたパイロットは、間違いなくあの奇妙なMSのパイロットだ。そのパイロットもフリーダムのパイロットと会話をしていた。マクシム・ディエの声も、グラティアのレコーダーには残っていた。

「人の手に余る力を・・・」

 リリトは暗闇につぶやく。フリーダムのパイロットの言葉は、彼女の心に届くことなく、ただ耳障りな記憶として耳の奥に残った。

 世界のため、そんな言葉一つで彼女はリリト・フィランディエーレではなく、名も無き被験体に変わる。世界のため、そんな言葉を振りかざす人間は、彼女をリリト・フィランディエーレではなく、名も無き被験体に変える。

 それを知らない者は、その言葉を正義と信じる。戦争を行うに足る言葉であるからこそ、人の命をもてあそぶ理由にもなり得るのだ。街に上がる煙の下に人がいる事を知らない兵士と、実験ブースの中にいるのが人間だという事を知らない研究者は、同じ言葉を使っている。

「全部・・・逆よ・・・」

 常夜灯が暗く照らすだけの部屋で、リリトはベッドの上に丸まっていた。マクシム・ディエの言葉は、彼女を激昂させ動揺させた。彼の言葉は、ただの安い挑発ではなかった。

 マクシムの言葉は、一面で真実だった。彼女が何を思おうとも、彼女の事を知る者はそう考えるのだ。だから、知られたくない。

「ごめん、リリト。寝ちゃった?」

 インターホンを揺らす声に、リリトの心は震える。機械越しに感じるカシアの息遣いに、リリトは涙を堪える。それなのに、自分でもどうしたいのか分からない。離れる不安と近づく不安が、胸をかきむしる。

「・・・おやすみ」

 寂しげな声を伝えてプツッと切れたインターホンに、リリトは泣いた。

 

 国際ニュースは連日アフリカ情勢を伝えている。アフリカの内戦に関する連合の調停は大詰めを迎え、その結果が注視されていた。反連合を掲げるテロ組織と認定していたアフリカ解放戦線を、正式な政治体として認めるという決定は、各地で起こる同様の事態にも大きな影響を与えるだろう。

 ムスリム共同体の東西分割及びクルディスタンの国境画定や、東アジア・赤道・ユーラシアの三ヶ国が関わる中央アジア地域の帰属問題も、いまだ解決には程遠い。さらにアフリカの問題を抱え込めるだけの余裕を連合は有しているのだろうか。

 コメンテーターや評論家が意見を述べ合う画面を見ながら、カヲ・ツォピンは出された紅茶に口をつける。世界に行く末に興味は無いが、的確に情勢を分析すれば楽観は可能だろう。

 世界経済は戦争による資本の浪費ではなく、復興による資本の蓄積を欲している。それは平和を欲しているのとは別の事だが、平和をもたらすことは間違いない。平和と富の分配が戦争という問題となるためには、まず平和と富が確立されなくてはならないのだから。

 窓の外にはいつまでも寒々しい景色が広がり、遠くのマスドライバーから何かが打ち上げられたのが見えた。衛星軌道へ打ち上げられる物を見逃すほど、連合の監視はザルではないだろう。それを気にする事も無く、彼らは活動を続ける。

「まぁ、溜め込むよりは使う方が世のためだと思います」

 部屋に入ってきた男に、カヲはそう言った。温和な顔の男が、曖昧な微笑を浮かべている。エフライム・ビーンシュトックは、紅茶のおかわりを持ってこさせる。

 クラシカルなメイド服の女性が、丁寧なお辞儀をして下がっていく。カヲは、事務連絡を始めた。投資や融資の状況、資産運用の成績など、どれも定時報告の域を出ないほどに順調だった。連合もプラントも安定しているのだ。エフライムは満足そうにそれを聞いていた。

 最近、カヲはこの男にある種の興味を抱き始めていた。捉えどころの無い主義者かと思っていたが、実はそれほどのものではないのではないだろうか。俗っぽいという言い方は正しくないだろうが、その発想に特殊なものは感じなくなっていた。

 といっても、一般的な感覚からすれば十分に特殊かもしれないが、アングラ案件の取引先にはこういった発想の人間は少なくない。

「ターミナルは手を打っているでしょう?」

「それに屈するか屈しないかが、我々の正義を試すのだと思っています」

 そういう単語が出てくる時点で、やはり特殊なのだろうと思う。だがそういう見方ができれば楽なはずだ。考える必要などないのだから。

 どの道、彼らとはビジネス以上の付き合いは生まれない。何を考えようと何をしようと、口出しも手出しもする気は無い。そこまでの興味をかき立てられるほどの相手ではないのだから。

 エフライムの厭世的な目から、カヲは視線を逸らした。紅茶を飲み干すと、部屋を辞する。

 

 ピリピリとした警戒ムードと、期待のこもった歓迎ムードが同居している。ビクトリアの国際空港には政府専用機が並び、空港ロビーは各国高官とその護衛官そして報道機関の人間でごったがえしていた。マイクとカメラが一団となって移動し、次の一団が到着ゲートで待ち構える。

 ある種滑稽なその様子を、完全武装の兵士が見守っている。空港は一時的に使用が制限され、政府専用機も連合軍が護衛を付けて着陸させていた。テロへの警戒は最大に引き上げられている。

 報道機関の人だかりから離れた場所に居るミナミ・ナガオカは、既に三度も身分証の提示を求められていた。この警戒態勢のせいで、足止めを食らっているのだ。ロビー隅の電話がようやく繋がる。

「ナガオカです、どうなって・・・機材? 全部差し押さえられてます、こっちは泊まる場所の確保も出来てな・・・待ってください、メモします」

 アフリカ内戦の鎮静化を目指して行われている交渉、その調印式が迫り各国の外交担当がビクトリア入りしている。外相級のメンバーが揃っているのを見れば、連合がそれなりに力を入れているのが分かるというものだ。

 なかなか結果が伴わないため様々な批判も出ているが、連合の積極的な外交姿勢は継続するという事だろう。しかも今回は、仲介役としてスカンジナビア王国を表に出している。連合は名よりも実を重視しているという事だ。

 受話器を置いたミナミは、スカンジナビアの皇太子を取り囲んで移動している記者団に背を向けて空港の方に視線をやった。滑走路の周辺には、対空車両とMSがずらりと配置されている。上空も、戦闘機とMSがひっきりなしに行きかっていた。

 彼女の視線は、そのままビクトリア湖の方に向かった。一隻の戦艦が、ぽつんと湖面に浮いている。

「ユーラシアが許可したのですか?」

 港から少し離れた場所で浮きドックに身を寄せているトレランシアは、ビクトリア防衛の任務を受けていた。艦の補修は急ピッチで進められている。

「まさか・・・縄張りを侵されるのを許す軍がどこにある」

 マーカスの問いに、モニターの向こうのルチアーノが笑顔のままで言った。正式な任務ではなく、確認だった。ビクトリアに対するテロ攻撃があった場合、トレランシアは自身の権限でそれに対する対処を行う。ユーラシア軍や連合軍の指揮命令系統から、一時的に逸脱しても構わないというものだった。

 もともと彼らはそういう権限を有しているのだが、それが各国の末端にまで理解されているとは言いがたい。その時になってトレランシアが混乱しないように、事前に確認を入れておいたのだ。正式な命令では角が立つので、あくまでも確認だと言った。

 毎度そのようなレトリックを用意しなくてはならないのが組織である。理解できるとは言え、共感は持てなかった。そんな組織でのキャリアアップのために現場に出たレセディだが、うんざりする事に変わりは無かった。

「あると言う事ですね、テロ」

「統一戦線も解放機構も、譲歩を強いられている・・・納得など誰もしていない」

 それでも戦争による際限の無い消耗よりはマシだと、お互いに交渉を行うのである。しかし、大局観という名の妥協の先に、将来的な利益があると信じられない者は多い。そして信頼を失った者の行動は一つである。

 

 プラントから届きたての部品の梱包をはがす。リストをチェックしながら取り付けの指示が出されていく。グラティアの内部機器はダメージが大きかったため、部品が届くまでそのままにされていた。敵の襲撃がいつなのかは予測が付かないため、整備員が総出で修理に取り掛かっている。

 タルハからタオルを受け取ったユンディは、アジズの声を背中に聞きながら艦内への出入り口に向かう。フォルトゥーナとリベルの調整を徹夜で行っていたので、今から休憩だった。ヘルメットの顎紐を外して額の汗を拭うと、脱いだヘルメットをすれ違う女性に被せる。

 黒髪の女性は驚いたように立ち止まった。

「ノーヘルだと怒られるわよ・・・それにリリトならいないわ」

 カシアはヘルメットを返すと、来た方へ戻っていく。ユンディはその後を追った。厳しい表情のまま足早に歩くカシアに、「ほおって置きなさい」と声をかけた。急に立ち止まったカシアの背中を避けて、彼女の正面に回る。

 カシアの視線を受け流すようにユンディは見つめ返した。カシアがきつい視線のまま、努めて冷静な口調を選んで聞く。

「リリトが、心配じゃないの?」

「心配よ。リリトだけじゃなく、あなたの事も」

「私の事は別にいいでしょ。それより・・・」

「よくない・・・ってか、リリトと同じじゃない、それじゃ」

 カシアが口をつぐんだ。ユンディは肩すくめるとシャワーへと向かう。まさか付いてくるとは思わなかった。シャワールームの出入り口ですれ違ったアレナに挨拶をすると、中に入る。

「話なら、出てからでも良くない?」

 シャンプーを泡立てながら隣のカシアに言う。視線を合わせてきた彼女は、シャワーを弱めるように言った。そして、再び発せられた同じ問いに、同じ答えを返す。

 リリトが何かを隠している、自分達から距離を置こうとしている、それが何でどうしてなのかを知りたいとは思うし、何とかしなくてはとも思う。だからといってカシアのようにゴリ押しを続ければ、余計にリリトは頑なになるのではないだろうか。

 小手先のテクニックでどうなるとも思わないが、力押し一辺倒でもだめだと思う。そしてそれ以上に、カシアもリリトの事になるとむきになるきらいがある。それが心配だった。

「リリトはリリトなりに何か考えているわ・・・一人で考える事も大切よ」

「・・・そんなこと」

 分かっているとでも言いたげな態度だが、分かっていないだろう。リリトが行方不明になった時も感じたのだが、カシアはカシアで自分の問題として考えるべきではないだろうか。

「どうして、そこまで必死なの? 何か・・・」

「友達なのよ!」

 カシアの怒鳴り声で、言葉の選択ミスに気付く。もっと丁寧に聞くべきだった。だがその時には、既にカシアはシャワーブースを出ていた。胸の下で腕を組むいつものポーズで器用にドアを開けると、脱衣所へと姿を消す。

 ユンディはシャワーを強くする。友達だと思うことだけが、友達だと思われる条件なのだろうか。そんな打算めいたつながりではないと思いたかった。

 

 浮きドックの上をMSが旋回していた。センサーと対空砲との連動を確かめるために、トレランシアのCICではそのMSを追って模擬射撃訓練を行っている。百発百中の成績に、カシアが喝采を受けていた。

 逆に、リベルとフォルトゥーナはほとんどの攻撃を回避できずに、MSデッキに戻るはめになっていた。二人がコクピットから出るより先に、無線機が震える。

「やる気あるのか貴様ら!!」

 タラスはコクピットハッチから体を乗り出してなおも怒鳴っていた。艦の対空砲など、そうそう当るものではない。それをことごとく当てられるのは、技量以前の問題だ。現に彼が動かしていたウェルガーは、シールドへの被弾のみだ。

 彼らが高性能機を動かせるだけの操縦技術を持っている事、フリーダムの攻撃に対処できているという事、それらは認める。だが、いつまでも学生のような態度でいることには我慢がならなかった。今も、二人は彼の言葉など上の空でしか聞いていないだろう。気にしているのは、グラティアのパイロットの事だ。

 殴り飛ばそうかとも思ったが、バカバカしくてやめた。タラスはがっくり肩を落として、二人を追い払う。通りかかったヒューに、つぶやくような問いを発する。

「勝てないんですかね・・・コーディネーターには」

「俺に聞くか、それを」

 タラスの暗い口調に、ヒューはそうはぐらかす。

 精神的に子供だろうが、注意力が散漫だろうが、戦闘において彼らがナチュラルのパイロットに遅れをとることは無いだろう。厳然たる性能差が、そこには横たわっているのだ。タラス自身、それはよく分かっているだろう。

 だからこそ苛立つという事は、ヒューにも分かる。タラスが努力を続けている事は知っている。だが、それも差を縮める事には繋がらないだろう。せいぜい、差が開くスピードをほんの少し遅くするだけだ。

 フィジェ達三人の技量は、戦闘のたびに向上している。初めての戦闘では体力を使い果たしたというのに、二回目からはしっかりと体力を残せるようになっていた。そういう身体面での対応能力は、いかんともしがたい遺伝子の差であろう。

 しかし、コーディネーターのヒューからタラスに掛ける言葉などない。彼はアレナの姿を探した。彼女はまだロッカールームにいる。

 そのアレナは、少し遅れてきたリリトに声をかけた。

「寝ているか?」

 一瞬だけ視線を合わせて、はいとだけ答える彼女に、アレナは言葉に少し棘を混ぜる。

「残念だが、私はスターム少尉ではないのでな。君を心配することはないぞ」

「別に・・・大丈夫ですから」

 アレナはため息をついた。それは大丈夫ではないと言っているのと同じだ。構って欲しいという雰囲気が、全身から立ち上っている。だが、そういう時ほど構って欲しくない時なのだ。

 自分にもそういう難しい時期があった、そんな事を思いながらアレナはパイロットスーツに着替える。自分と比べたらはるかに華奢なリリトの体に、フリーダムと互角に渡り合うだけの力が秘められている。それはいったいどんな気分なのだろう。

 そんなアレナの問いに、リリトは答えなかった。

「・・・君の悩みは、そこにあるのか」

 その呟きにも、リリトは反応を示さなかった。だがその無関心さは、逆に不自然だ。

「君の隠し事もそれなのか?」

 リリトが手を止めた。静かに睨んでくるその視線は、少し怯えの色があった。アレナの手がリリトの頭に載せられる。

「君の悩みは、もう君だけのものではなくなっている。それは君だけでは解決できない問題になっているということだ」

 そういって、アレナが指を差す。男女のロッカールームを隔てるついたての上部はすりガラスになっており、その向こう側に二人の人影が見えた。

「今は迷惑だと思うかもしれないが・・・解決はそこにしかない」

 リリトはヘルメットを掴んでロッカールームを出た。本当に迷惑だと思う。目を拭ったが、パイロットスーツの手袋は涙を吸ってはくれなかった。

 

 望遠レンズを湖に向けてセットする。低空を飛ぶ戦闘機の轟音が聞こえる。高速艇がひっきりなしに走り回り、地元の漁民は漁に出られなくなっている。補償金の少なさについての不満を散々聞かされた後に、ようやく案内された撮影スポットで、クルト・クラウはカメラを覗く。

 ビクトリアの市街地とマスドライバーの威容、そして湖が一目で見渡せた。彼は今回の取材が空振りに終わる事を祈ろうかとも思う。

 彼が勤めるのは、ユーラシアの地方都市に本社を置く小さな新聞社だ。たいていの海外ニュースは各社が共同で設立している専門の会社から買うのだが、彼の社は方針として独自の海外特派員を持っていた。厳しい経営環境の中でよくやってくれるとは思うが、やはり大手には敵わない。

 ビクトリアで開かれるアフリカ合同会議についても、その取材は事実上大手が独占している。取材自体が不可能というわけではないが、宿泊場所から通信設備まで様々なものが押さえられているのだ。

「だからって・・・テロ前提じゃないか」

 会議についてはニュースを購入し、クルトには独自視点からの取材が指示された。そのためにこの場にカメラを構えている。会議の警備状況の取材といえば聞こえがいいが、会議を狙ったテロの可能性を考慮しているのだ。

 クルトにしても、その可能性は排除していない。むしろ、高いと考えている。各地を取材し、アフリカ解放戦線の影響力がかなり深くまで浸透しているのを肌で感じていた。アフリカ解放戦線議長レジー・マヌカが戦死したという連合の発表と同時に開催された会議である。その結論がどのようなものであったとしても、指導者を失ったアフリカ解放戦線が譲歩したというイメージは拭えない。

 反発の動きは当然だといえた。だからといって、テロの発生を待ち構えるような取材は、いい気分ではない。予備のメモリーとバッテリー、そしてフィルムの確認をしておこうと車に戻る。

「すみません」

 トランクから顔を上げると、リュックサックを背負った青年が会釈する。ビクトリアへと抜ける道はこっちであっているかと尋ねられた。道はあっているが、市街地には入れないと教える。外部からの人は完全に遮断されているのだ。

 ビクトリアの警戒態勢は、会議が終了して各国要人が帰国するまで続くだろう。青年は仕方ないといった表情で、行けるところまで行って野宿すると言った。クルトは彼が取材拠点にしている漁村の方向を教える。青年は礼を言って、手を差し出した

 別れ際に、漁村に郵便局があるかどうか尋ねられた。人の頼まれた郵便物があるという。

「絵描きねぇ・・・」

 クルトはロディ・ギャリと名乗った青年を見送ると、カメラを設置している場所に戻った。Nジャマー濃度は薄く、高感度ラジオがビクトリアでの会議の様子を雑音と共に伝えていた。共同文書の調印式は、明日の午後になるという。

 動きがあるとすれば、今夜半から明日の朝にかけてだろう。腕時計を確認して仮眠をとることにした。最後にカメラのチェックをかねて、シャッターを何度か切る。デジタルカメラが捉えたのは、ビクトリアへの入港ができず近くの入り江に停泊している一隻のコンテナ船だった。

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