Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第三十一話 ビクトリア強襲

 広いベッドで寝返りをうつ。昨晩は早くに寝る事ができた上、今朝はゆっくりと眠っていられる。あとどれくらい眠れるだろうと時計を見ると、まだ日付が変わったばかりの時間であった。不規則な睡眠時間に慣れた体に苦笑する。

 電気も付けない部屋から、ブラインド越しに外を見る。防弾仕様の三重ガラスの窓からは、ビクトリアの夜景が見える。航空灯を煌かせるマスドライバーの巨体、暗い湖に浮かぶ船の灯火、夜でも消える事のないビルの明かり、その谷間を走る車のライト。星々が見えないほどの地上の光に、ヘストリーは感嘆の息を漏らす。

 暗闇で無い夜があるのは、アフリカではビクトリアだけであろう。ここでは人の光が夜を照らしている。ビクトリアは水力がある事と、本国から優先的に原油やガスを供給してもらっている事で、例外的にエネルギーが確保されている。

 ヘストリーは部屋の明かりをつけた。光量の抑えられたライトは、目を冴えさせる事なく足元を照らしてくれる。ビクトリア市街の最高級ホテルの最上階スイート。彼女はただ、ぼんやりとソファーに身を預けた。

 隔世の感とはこのことだろう。土の上に、毛布一枚で星を見ながら眠っていたのが、遠い遠い夢のように思える。

「アフリカの解放・・・」

 代わりに、それが現実のものとなって彼女の眼前に見えていた。明日調印される協定で、アフリカ解放戦線はテロ組織から政治体に変わる。武装闘争は実を結び、連合は彼女らの声に耳を傾けることになったのだ。

 ユーラシアや大西洋の言いなりとなり、連合やプラントの都合に翻弄されるアフリカは終わりを告げる。アフリカがアフリカの言葉を主張し、それが国際社会で取り上げられるようになる。

 アフリカの人々の手で、アフリカの資源と人材を開発し、アフリカが生み出す富をアフリカの人々のために使う。やがてアフリカは、この街のように光で満たされるようになるだろう。それはもはや遠い夢ではない。だからこそ彼女は、ジャングルの中ではなくここにいるのだ。

「レジー・・・あなたは、夢を与えてくれた。でも、夢しか見ていなかった」

 それに気付いたのはいつの頃だっただろう。彼の武装闘争に終わりがないと気が付いたのは。ただ進み続ける彼の後ろには何も残らない。食べる物の無い村、耕す者の無い畑、外国に持ち去られる資源、アフリカを去っていく人。そこには何も変わらない現実があった。

 彼女はアフリカの解放という夢を追いかけるのを止め、アフリカの解放という現実を求めるようになった。アフリカの現状を調べ、足りないもの必要なものを手に入れる方法を探した。

 その結論が、この会議であり協定である。

 レジーには、何度も話した。彼は優しく微笑んだが、耳を貸すことは無かった。レジー・マヌカは夢という無人の野を駆け続けるのだ、そこにヘストリー・オサバはいない。いる必要など無いのだ。彼の夢はただ一人の夢なのだから。彼女は、彼と共に夢を見ていたのではない。ただ、彼の夢を見ていただけだった。

 だから、彼と共に現実を見る必要は無いと思った。現実は夢から覚めた者が見ればいい。ヘストリーは、ベッドに戻る。

 夢から覚めない者はまだ多い。明日はそんな者達とも対峙せざるを得ないだろう。

 明かりの消された部屋で、彼女は再び眠りにつく。明日の朝、きちんと目覚めるために。

 

 微かな物音に耳をそばだてる。部屋には微かに光が差しており、夜が明けだしていることが分かる。早起きする理由は無いのだが、家の人が起き出しているのに寝ているのは気が引けた。まだ寝ていればいいという女性に挨拶をして、顔を洗う。昨日道を聞いたカメラマンに教えてもらった漁村で、一晩の宿を借りていた。

 ビクトリアまで船で行くつもりだったのだが、乗っていたコンテナ船がビクトリアへの入港を止められたため、降りて歩く事にしたのだ。もっとも、歩きでもビクトリア市内には入れないようだが。

 水辺には漁村の男性達が集まり、漁の準備をしていた。ビクトリア基地の警戒中は、沖に設置されたブイより内側での漁しかできないため、普段はやらない浜での地引網漁を行っているという。

 ロディはその様子をスケッチする。水平線から頭を覗かせる太陽が湖面を真っ白に輝かせ、その光の中で人々が今日の糧を求める。浜に引き上げられたままの舟は遠くの都合に翻弄される人々の象徴であり、網を引く掛け声はそれでも続いていく生活の息吹であろうか。

 漁師達の表情を描きたいと思い、ロディは場所を変えるために立ち上がる。遠くの入り江に、彼が乗せてもらっていたコンテナ船の姿が見えた。人が動き回っているようにも見えるが、気に留めるようなことでもない。ただ、風に乗って銃声のようなものが聞こえたような気がした。

「手間かけさせんな・・・」

 撃たれた兵士を甲板から湖へと蹴落とす。コンテナ船の監視に当たっていたユーラシア軍の兵士は一掃され、船員が慌しく動き出す。ブリッジにはパイロットスーツを着込んだ人間が詰めていた。

 船長らしき人物は腕時計を見ながら、船内への指示を繰り返す。ブリッジの窓からクレーンが動き出したのが見えた。コンテナ上面が開けられ、満載された小麦の中にクレーンが突っ込まれる。

 先端のアームが掴んだ物は、MSであった。小麦をボロボロとこぼしながら、五機のグーン・エグゾゼが湖面へと降ろされる。

「すまんな、ヘンリー。五分の遅延だ」

「取り返せますよ」

 ヘンリー・カグタはそういって敬礼をする。五人のパイロットはヘルメットを被るとブリッジを駆け出していった。彼らは、アフリカ解放戦線によるビクトリア襲撃部隊である。

 もともとはコンゴ盆地で攻勢をかけるに当たって、ユーラシア軍を撹乱させるためにコンテナ船に偽装してビクトリアへの接近を試みた部隊であった。しかしコンゴ盆地での攻勢に間に合わせる事ができず、レジー・マヌカが行方不明となった事から一時は撤退も考えられていた。

 だが、レジー・マヌカの死のどさくさを利用し、アフリカ解放戦線と連合が電撃的な和解協定を結ぶとの情報を受け、それを阻止するために作戦行動を継続していたのだ。他にも複数の部隊がビクトリア襲撃に動いており、市内でのテロ活動も計画されていた。

「統一機構に動きは?」

「ある、と言う以外の情報は無い」

 ヘンリーは僚機に、無視は出来ないが期待するなと伝える。統一機構西アフリカ同盟の一部もこの会議に反発しているはずだが、強硬手段に訴えるかどうかは別だ。それに、こちらと同様の行為に訴えたとしても味方ではないのだ。

 パイロットによる最終チェックを終えたグーン・エグゾゼは、敵のソナーの機能を阻害する吸音ジェルを全身に展開させるとビクトリア湖に潜行した。

 

 浮きドックがタグボートに曳かれてゆるゆると港に向かう。それを待ちきれないといった様子でトレランシアは対空兵装を起動させ、浮上の準備を始める。西部の山岳地帯にある測候所から、越境するMSの編隊を確認したとの情報が入ったのだ。キサンガニ周辺情勢が落ち着いていないため、アフリカ共同体軍はろくな迎撃行動を取れていない。敵にビクトリアへの最短コースを取られていた。

 その上、トレランシアへの通報は最後に回されたため、いきなりの第一種戦闘態勢に艦内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。息を切らせてブリッジにたどり着いたカシアの胸が大きく揺れた。固定が甘い事に気を回している余裕も無かった。

「仕掛けてくるタイミングは分かっていたはずなのに・・・」

「ドックはユーラシアのものです。エンジンが眼を覚ますまでの時間は!?」

 ビクトリアはユーラシアの拠点である、連合の部隊にしゃしゃり出て欲しくは無かったのだろう。浮きドックがギリギリまで離れなかったのも、そういった類の嫌がらせだ。艦のエンジンは、キーを回してすぐに回りだすものではない。浮遊システムも同様だ。レセディはマーカスの泣き言を黙らせて、対応を指示する。

 非常電源と緊急用スラスターを使って敵の侵入予測位置にトレランシアを移動させ、湖面での対空戦闘に備えた。カシアは電源残量を計算しながら、MS隊へ敵の情報を伝える。

 パイロットの搭乗もようやく始まった。電磁カタパルトを使用せずに上甲板から自力発進となったため、エレベーターで一機ずつ上に上がっていく。それを見越していたように、増槽を余分に搭載させるよう指示していたアジズの手際に、ユンディは毎度のように感心していた。最後の増槽をウェルガーに付け終えたタルハが機体から離れ、二人はMSデッキから退避する。

「解放戦線を政治組織として認め、現在アフリカを構成する三つの政治体との和平を結ぶための会議ですよ。悪い取引ではないはずでは?」

「アフリカにとってはそうかもな。でも、そうじゃない連中ってのは常にいる」

 各部のチェックをしながら、ヒューはタラスの質問に答える。だが最近の彼は、こういった答えでは満足しなくなっていた。生きて帰ってアレナのレクチャーを受けろと言って、ヒューはペダルを踏み込んだ。先行していたアレナ機の後ろにつく。

 ブリッジからは既に敵と接触している部隊があるとの連絡が入った。アークエンジェルが現れる可能性を問いかけると、通信の相手がレセディに代わった。

「それは、貴官の方がよく分かるのではないか?」

 とぼけた態度で通信を切った。何かを捉まれたわけではないだろうが、彼女の勘の鋭さには素直に驚いておく。利敵行為はしていないつもりだが、隠し事が無いわけではない。タラス機が上昇してきたのを確認して、気持ちを切り替える。

 おそらくアークエンジェルならここへの介入は無い。もし介入するのであれば、和平交渉を成功させるために介入するだろう。正義の味方の判断基準など、単純で分かりやすいものだ。

 タラス機に艦の護衛と残り三機の発艦支援を任せ、アレナ機とともに高度を上げる。トレランシアがしばらく動けない以上、索敵を密にしなくては狙われる。フォルトゥーナが甲板にあがってくるのが見えた。

「リリト、大丈夫か?」

 イェレが通信をまわす。遮光バイザー越しで彼女の表情は見えないが、小さくうなずくのは分かった。今までの戦闘で、彼女の操縦技術の高さは良く分かっている。それでも聞かずにはいられない。戦闘前だぞというタラスの怒鳴り声に、イェレはもう一度声をかけてからペダルを踏み込んだ。

 リリトが上昇するフォルトゥーナの映像を見ていると、今度はフィジェが通信を回してくる。彼は何も言わず、代わりにぎこちなく微笑んだ。

 彼女はただ、狭いコクピットで天を仰ぐ。

「グラティア、甲板へ」

 カシアのアナウンスで、エレベーターが上昇する。モニターが明るくなり、青い空と湖面が広がる。だがモニターに示されるのは、そんな明るさとは無縁の情報。彼女がこれから飛び込む戦争を指し示すだけの情報。

 リリトは、通信をカシアと繋ぐ。映像は回さず、ただ音声だけをカシアのインカムのみに伝える。

「もう少しだけ・・・そっとしておいて」

 自分一人の問題ではなくなっている。例えそうだとしても、まだどうすればいいのか分からない。リリトは通信を切る。

 艦を離れたグラティアの後姿に、カシアはただ唇を噛んだ。

 

 山を越えてきたMSは、空中で給油と充電を行った上でビクトリアに突入してきた部隊だ。ユーラシアのお膝元では地上部隊の支援があるわけではなく、帰還用の補給機をビクトリアの部隊が見逃すわけも無い。帰りつもりなどない特攻部隊であった。数はしれているが、その動きは果敢であった。

 湖の上に展開している艦隊が対空弾幕を張り、それを縫うように空母からMSが飛び出す。アルバトロと呼ばれる大型の翼状ユニットを装着したストライクダガーが、蒸気と共に打ち出されていた。

 湖面を薙ぎ払うバビの胸部ビームにフリゲート艦が転覆し、ウィンダムの編隊をディンの突撃銃がかき乱す。ムラサメらしい機体の一団が翼下に大量の爆弾をぶら下げ、マスドライバーへの急降下を敢行する。

 会議に出席している各国要人を守るために、防衛戦力はビクトリア市街地に重点配備されていた。マスドライバーへの攻撃は、ユーラシア軍の動揺を誘うためのものだ。

「!?」

 爆弾を投下し機首を引き上げたムラサメのパイロットは目を見張った。マスドライバーの前面に、三角形や四角形の乳白色の幕が数枚形成されたのだ。その幕は無数に分割した爆弾の全てを受け止めていた。

 マスドライバー防衛用に配備されたMA・カテナチオが、フォーメーションを組み替えながら攻撃を弾いていく。ユークリッドを改良し複数の機体で光波防御帯を形成できるようにしたそのMAは、「施錠」の名の通り攻撃の一切を無効化している。

 条約によりマスドライバー自体への武装は禁止されており、その中には防御兵器も含まれていた。そのため、ユーラシアは門外不出と言われるその防御兵器をMAに搭載してマスドライバー防衛に当たらせていたのだ。パイロットが色気を出さないように、攻撃用の武器が一切付けられていないそのMAは、マゾヒスティックなまでに敵の猛攻を受け止めている。

 だが貴重な戦力の一部を割いてまでマスドライバー攻撃を敢行した側にしてみれば、大きな誤算であった。敵の動きの変化に、ヒューは次の一手を予測する。

「時間稼ぎ・・・上か下か!?」

 考えられるのは、市街地での同時テロとそれに合わせた小型車両による市街地への突入。もう一つは直上からの降下攻撃だ。MSを乗せた弾道弾による降下攻撃なら、アフリカ解放戦線の戦力でも可能だろう。

 ヒューの予測を裏付けるように、湖上空で迎撃に当たっていたユーラシア軍の一部が市街地へと向かった。街の一角から煙が上がっているのが見える。同時に、バビを斬り捨てたグラティアが急上昇していくのが見える。望遠モニターに映るのは、降下カプセルが分割してMSが飛び降りる姿だった。

「ドム5、グフ2、ウィンダムⅡが・・・2です!」

「弾頭だけでも撃ち落して!」

 MS以外にも通常の弾頭が混ざっていた。命中精度は低いだろうが、一発でも落ちれば被害は大きい。トレランシアのビームが空に向けられる。リベルもその砲口を上に向けた。

 撃ち上がるビームに雨を掻い潜りながら、グラティアとフォルトゥーナは上昇する。フォルトゥーナの刀とグフの刀が交錯し、グラティアのビームキャノンがドムの頭部を撃ち抜いた。

 

 防弾チョッキと金属製の盾で武装した紺色の一団が、街を駆けている。警察と軍を動員したテロの封じ込めによって、市街地の被害は数件の爆破事件に留まっている。交渉に来ていたアフリカ解放戦線のスタッフによってそのテロ戦術が暴かれ、効果的な摘発に繋がっていたのだ。

 市街地の外れにある雑居ビルで立て篭もりが発生しているが、その鎮圧も時間の問題だろう。周辺道路から市街地への強行突入も、MSの投入によって抑え込まれていた。

「逆に、武装闘争の限界を示す事が出来ましたか」

 無数のモニターが並べられた一室で、ルチアーノ・プレスが何の感慨もないような声で言う。皮肉ではありませんと付け加えるが、ヘストリー・オサバの表情に変化は無かった。

 攻撃の存在も、そのタイミングも、彼女が予想した通りだった。アフリカ解放戦線の軍事部門にはあまり影響力を持たない彼女にとって、この状況は有利なはずだ。前議長レジー・マヌカの死、ビクトリア襲撃の失敗にもかかわらず、大きな政治的成果を得た手腕は、組織における彼女の求心力を高めるだろう。

 どこまで仕組んだかは分からないが、少なくとも一枚や二枚は噛んでいるだろう。ルチアーノは、調印式のスケジュール調整を命じる。MSの行動時間を考えれば、戦闘終結は昼前だろう。夕方の記者会見に間に合わせれば夜のニュースに載る。

 視界の隅のモニターには、トレランシアが映っていた。突っ込んでくるザクを対空砲で蜂の巣にしていた。

「本当に特攻を仕掛ける気ですね・・・」

 マーカスの声は相変わらず震えている。敵機による自爆攻撃はその頻度を増していた。一撃で止めを刺せなかった機体は、ほぼ確実に突っ込んでくる。左手に展開していた空母は戦闘機二機の自爆攻撃でブリッジを破壊され、現在も消火作業に追われていた。

 市街地目掛けての墜落を試みる機体も多く、港湾部ではコンテナヤードの一つが吹き飛んでいた。正確な被害状況は分からないが、無傷というわけには行かないだろう。

「融和と共存のために!」

「義勇兵か!?」

 リベルの照準が甘くなった。膝から下を破壊されたドムは、脚部をパージしてビームバズーカを構える。横合いから飛び込んだフォルトゥーナがドムの腕を切断し、バランスを崩したドムの胴体をウェルガーファーストが破壊する。

 錐揉みでトレランシアに突進してくるスカイグラスパーをウェルガーセカンドが斬り捨て、返す刀でグフの刀を受け止める。弾き飛ばされたグフが伸ばした鞭は、ウェルガーの腕ごとシールドをもぎ取るが、そのコクピットはウェルガーサードに狙い撃たれていた。

 リベルの背部六連ビームが網を張るようにロケット弾を絡めとり、腹部の複列位相砲はウィンダムⅡのバックパックを抉っていた。トレランシアは未だ飛び立てないが、MS隊は善戦している。

 三機のドムがグラティアの周りを飛び回り、時折一直線になって突進してくる。スクリーミング・ニンバスにビームは弾かれているが、あしらえない相手ではない。そのまま艦への特攻をさせないように細心の注意を払いながら、三機との間合いを保つ。

 赤い塊がグラティアの足元を通り過ぎる。リリトはペダルを踏み込み、機体を前転させた。湖を頭上に見ながら、ビームの幕が薄くなっている最後尾のドムの背中を狙う。

「終わり・・・」

 最後尾の爆発によって隊列を乱された二機のドムは、スクリーミング・ニンバスを再び形成する前にエクステンショナル・アレスターで貫かれる。だが、リリトの目が見ていたものは、水柱に囲まれて激しく揺れるトレランシアだった。

 

 モニターに映っていた空母と護衛の艦艇が急に傾いたのを確認するより早く、ブリッジが激しく揺れた。艦底部への被弾と一部区画への浸水を示すモニターが点滅し、ようやく目覚めかけたエンジンの出力も低下する。

 湖面から筒状のものが飛び出し、艦の周囲に落下して爆発した。水上戦闘を考慮されていない艦はその衝撃に動揺する。シートに掴まりながら、レセディは水中の索敵を急がせた。

「雑音が・・・魚雷!?」

「空中投射爆雷きます!」

「本艦への攻撃は陽動です、MSは市街地とマスドライバーに!」

 複数の直撃をもらったトレランシアは煙を上げる。ダメコン班による消火作業の怒声が、艦内通信を通じてブリッジに伝わる。レセディは再度MS隊への指示を出し、艦の状況と確認させる。

 被弾したアレナ機を艦の直援に残して、五機はビクトリア市街地に向かう。フィジェの目が水中を走る影を捉えた。レールガンが派手な水柱を上げると、その中からMSが飛び出してくる。

 グーン・エグゾゼはビームとミサイルで牽制攻撃を行うと、素早く水中に姿を消す。グーンに伸縮式の翼と専用のジェットエンジンを搭載した水空両用MSだ。水中から発射されたミサイルを切り払ったフォルトゥーナは、飛び上がってきた機体による体当たりで吹き飛ばされる。耐圧殻と一体になったグーンの外装は、PS装甲で包まれた機体をも激しく揺すった。

 水中と空中をめまぐるしく入れ替える変則的な攻撃に、五機は翻弄される。グーンを追って放たれたビームが湖面にぶつかるたびに、猛烈な水柱と水蒸気で視界をふさがれ、その隙に攻撃を受ける。

 リリトは意識を集中させ、空に飛び上がる瞬間を狙った。

「第一降・・・た連中だ、次・・・で足を止める! マスドラ・・・牽制忘れるな!」

 グラティアの無線機が音を拾った瞬間、水中を走っていた影が湖面に姿を現し、空中に飛び出した。一定時間水中を進むミサイルだ。ヒューはそれを撃ち落すが、空中で棒立ちになっているグラティアに向かうグーンには対処できない。

 割って入ったウェルガーサードはシールドを破壊され、至近距離からのビームに腰から下を失う。モニターに映ったパラシュートの色で、リリトは我に返った。だがグラティアの動きは鈍い。

 そこに付け込むようなグーンの動きに、リベルのビームが唸る。だが見透かされていた攻撃は逆に利用され、フィジェの「しまった!」という声と同時に、猛烈な水柱とともに濃い靄が生じた。

「リリト、どうした!」

 イェレが機体を飛び込ませた。ウォルトゥーナの斬機刀が高熱を発するグーンの翼を受け止め、突っ込んでくるもう一機にビームシールドを展開する。だがビームの膜では、飛行するMSの質量と速度は受け止められない。装甲を融解させながらシールドを突き破ったグーンに衝突され、フォルトゥーナは湖に落ちる。

 グラティアのライフルは一緒に墜落したグーンを狙うが、リリトは引き金を引けなかった。無線が拾った声は、忘れようの無い声だ。

 緊急用ライフジャケットが膨らんで湖面に浮かぶフォルトゥーナを、グーンが狙うのが見えた。リリトは慌てて腕のグレネードを発射するが、当てる事ができない。直下から飛び上がって来た機体が、ビームを乱射してグラティアに迫る。

「なんだか知らんが・・・もらったぞ!!」

「!? ヘンリーさん!」

 ABP装甲でビームを弾き、無線を開く。すれ違うように上昇するグーンから、返答があった。

「お嬢ちゃん・・・か?」

 リベルの砲撃を掻い潜って反転したグーンは、再びグラティア目掛けて突っ込んでくる。かわすグラティアを尻目に水中に潜ったグーンは、ミサイルでリベルを狙ってきた。サブフライトユニットに乗るリベルは下からの攻撃に対処しにくい。しかもビームによる反撃は、自らの視界を塞ぐ結果となる。

 湖面に着弾するレールガンが上げる水柱を避けながらジクザクに飛行するリベル目掛けて、水の中から執拗にミサイルが撃ち上げられる。グラティアのビームライフルがそれを撃ち落していくが、飛び上がったグーンへは攻撃が出来ないでいた。部隊のマークであろうトビウオの絵、唯一色違いのマークをつけている機体からヘンリー・カグタの声が聞こえた。

 リリトは無茶を承知でグラティアを突っ込ませる。ビームライフルを持っていかれたが、ヘンリー機に抱きつくような格好で接触回線を開く。

「何のつもりだ!?」

「ヘンリーさん、どうして・・・どうしてこんなところに!?」

 錐揉み飛行でも振り落とせず、ヘンリー機は水面にグラティアをこすり付けるようにして機体を離す。リリトは衝撃と加重に耐えながら、水に潜ろうとするグーンに再度取り付いた。

 ヒューは舌打ちをしなからビームライフルの照準を付ける。ABP装甲を起動させているなら、グラティアは大丈夫なはずだ。逃げ回るリベルもいつまで持つか心もとない、リリトが何を考えているかは分からないが、チャンスは生かす。

 必殺のタイミングで放たれたはずのビームが弾かれる。グラティアがシールドを掲げたのだ。明らかに自機を守るためではない。

「お願い、退いて!」

「無茶な相談だな・・・今は二人だけで戦争をしているのではないぞ!」

 グーンのビームがリベルに向けられる。リリトは悲鳴と共に、スラスターを吹かす。狙いがそれたため、サブフライトユニットだけを撃ち抜かれて落下していくリベルの中で、フィジェは大声をあげた。だが空を向いた全ての砲口が煌き、飛んでいたもう一機のグーンが消滅する。

 リリトはヘンリーに向かって叫んだ。

「何で!」

「アフリカの解放のためだ!」

「それなら、この会議は・・・」

「アフリカを連合に・・・北側に束縛させるための会議だ。連中はアフリカを売った!」

 ヘンリー機は、ウェルガーのビームをかわす勢いでグラティアを振りほどく。残った二機のグーン・エグゾゼを引き連れて、ヘンリーはスラスターを吹かす。

 水面に浮かぶ二機のジェリデスダガーがロケット弾の弾幕を張る。それを回避し、排除する間に、再びグラティアに追いつかれた。ヘンリー機と絡むグラティアを尻目に、ヒューはウェルガーを飛ばす。戦闘空域が市街地に近くなりすぎている。これ以上近づけるのは得策ではない。

 せめてユーラシアの部隊がこちらに回るだけの時間は稼ぎたかった。水面から背びれだけを出したグーンが、ジェリデスダガーの足を切断する。ウェルガーの撃ち込んだグレネードが派手な水柱を上げたが、手ごたえは無い。

 ヒューは目を凝らして、水中を疾走する影に狙いを定めた。モニターの端で、グラティアが振り落とされるのが見える。

「まずった!!」

 グラティアを振り払った機体に背後を取られた。ギリギリのタイミングで機体を捻るが、その翼に左腕と胸部の装甲板をもぎ取られる。非常用ハッチから飛び出す時に見たのは、なおもグーンに取り付こうとするグラティアの姿だった。

 激しく揺さぶられるコクピットの中で、リリトは呼びかけを続けていた。

「君にとってはそんな事でも、俺にとっては違うんだよ」

「だけど・・・勝ち目はもう・・・」

「今の敗北を恐れては、次の勝利は手に入らない! 君みたいな普通の子が戦場に出ないで済む世界を作るためにもな!」

「あなたの方が戦場に出てはいけない! 娘さんだっているんでしょ!?」

「大人は子供のためにも戦うのさ・・・子供はコクピットの中ではなく、友達の中にいるべきだ!」

 グーンが水に潜り、グラティアは引き剥がされる。素早く飛び上がったヘンリー機は、僚機がユーラシアの対空砲火に撃墜されるのと、カテナチオが展開した光波防御帯に衝突して爆発するのを見た。

 コクピットの中で時計を確認する。攻撃部隊はほとんどが失われているようだが、基地の防衛隊もほとんどが行動限界時間を迎えたようだ。ヘンリーはホッと息をつく。第二次降下部隊が来る時間だ。

 ドムばかり12機の本命の部隊だ。防衛態勢が改めて整うまでは僅かだろうが、それなりの戦果は期待できる。ヘンリーは、グラティアが水の中から飛び出すのを見ると、機体をビクトリア市街地に向けた。コクピットのサブモニターが、超望遠で上空を映している。

「来た・・・ん?」

 上空で何かが光った。同時に無数の爆発が起こる。モニターが捉えていたはずの降下ポッドが消滅していた。ヘンリーは「何故」と呻く。

 そのヘンリー機を追うグラティアが捉えたのは特徴的な熱紋であった。リリトは意識を全身に行き渡らせる。モニターに映るのは、翼を広げ燐光を散らせながら急降下してくる機体。

 フリーダムの砲口はグーン・エグゾゼに向けられていた。両機の間に飛び込んだグラティアは、シールドを破壊されながらもフリーダムの突進を押し留めた。ビームサーベルが伸ばされる。

「また君か・・・」

 そんな声を切り裂かんばかりの斬撃をフリーダムはいなす。展開されたドラグーンをエクステンショナル・アレスターで貫くが、数が違う。空中に浮かぶデバイスは、グーン目掛けて攻撃を開始した。グラティアはABP装甲でそれを受け止める。

 バッテリー残量を報せるアラームを切って、フリーダムとの距離を詰めた。

「どうして!? この会議は平和への一歩だと分かるだろう? 君もそれを守るんじゃないのか!?」

「勝手な事を!」

 リリトの耳に届くのは、フリーダムのパイロットの声。グラティアのサーベルは空を切り、フリーダムの頭部機関砲がもはやPS装甲の起動できないグラティアの左手を破壊する。それを無視して、リリトはレバーを押し込んだ。

 だが、フリーダムのパイロットの子供じみた物言いは彼女の冷静さを削っていく。彼は言うのだろう、連合でも反連合でもない平和と融和を達成するために自分達は行動していると。だから、アフリカ解放戦線の味方にもなり敵にもなると。

 彼らは、正義の裁きを下しているつもりなのだ。だから彼らは言葉ではなく、力で行動する。裁く者が裁かれる者を理解する必要など無い、正義は裁く者の側にしかないのだから。

 エクステンショナル・アレスターが切断され、フリーダムの対艦刀がグラティアの機体を吹き飛ばす。それを掠めるように、グーン・エグゾゼが突っ込んできた。ヘンリーの声が無線を震わせた。

「あんたの平和とやらは、アフリカを不幸にする!」

「どうして・・・分からない!?」

 フリーダムのパイロットの声に、リリトは悲鳴を上げてビームキャノンを連射した。だがフリーダムはグラティアの攻撃に動じることなく、グーンの翼と背部スラスターを破壊する。小さな爆発を起こしてグーンはそのままスピードを失った。

 だがバランスを失ったはずのグーンは、足のスラスターで姿勢を制御すると、機首を市街地の方に向けた。そのまま街中に墜落するつもりだ。

「ダメ・・・ダメぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 リリトの絶叫が響くコクピットで、グラティアのモニターは四機のドラグーンが街に落ちていくグーンを爆散させる様子を映し出した。

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