Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第三十三話 暴露

 プラント市民は、その多くが予備役である。ザフトという軍事的な秘密結社に端を発するプラントという政治体とそれを構成する市民は、良くも悪くも国民皆兵の意識が強い。だが、軍隊における指揮命令系統と行政組織における職分関係が未整理な所も多く、市民生活でも時折軋轢が生まれている。

 オクトーベル3を訪れるのも久しぶりだった。現在、ザフトの軍政部が置かれているプラントである。アカデミーの事務局長の内定を伝えられた時以来であろうか。街路樹の数が少し減っているように思えた。

 レクイエムによる被害は、複数のプラントが失われただけでなく、その破片による影響も大きく、デブリが除去され安全が確保されるまで、ヤヌアリウスとディセンベルの市民は影響の少ないプラントへ避難していた。避難民を受け入れたプラントでは、居住可能地区を増やすために、市街地の整備が行われた。プラントの酸素供給に影響のない街路樹や都心部の公園は、真っ先に整備対象とされているのだ。

 ところどころ区画も変わった街並みを眺めながら目的地に着く。タクシーの領収書をもらい、請求先をどちらにしようかと考える。サーシャ・ローレンツはザフト軍政部から呼び出しを受けていた。わざわざザフトの肩書きで呼び出したのだ、市民への要請ではなく、命令だろう。

「連合との話はついているのですか?」

 サーシャは確認のために聞いておいた。もちろんだと答えた男の口元の歪みに、これからなのだろうと考える。つまらない理由で呼び出されたと思うが、それに見合わない面倒な仕事だ。

 そもそも彼女らは既にアカデミーの卒業生であり、ザフトの隊員だ。アカデミーの事務局長は彼女らに命令を下す立場ではない。わざわざ特別の辞令を作ってまで待っていた用意周到さに、ため息の出る思いだ。

「今や地球への足がかりがない、使える者は使わねばならない・・・我々は追い詰められているのだ」

 大げさ過ぎる言い方に、相槌を打つ代わりにカップを口につけてごまかす。甘さ控えめのココアだけが収穫だ。

 学生上がりのパイロットにどれほどの事を期待しているというのだろう。そんな突飛な発想に頭を使う時間があったら、まともな外交官を一人でも多く育成する事を考えればいい。そもそもザフトに外交機能まで持たせていること自体がおかしいのだから。

 山ほどあった言いたい事をココアと一緒に飲み干して、サーシャは辞令を受け取る。どの道、断るという選択肢は示されていないのだから。彼女は立ち上がる前に聞いた。

「連合軍緊急即応部隊に派遣した六人・・・そちらでも情報の収集をなさっていますか?」

「連合からの報告書と、本人からの報告書は、部署を分けて管理している」

 その言葉に、安心と落胆を感じて席を立った。

 リリト・フィランディエーレに関する特別な情報は、ザフトも掴んでいないのだろう。やはりセプテンベルの政庁レベルで動いている。あの研究機関には、毎年の予算計上以外にも便宜が図られているに違いない。

 サーシャはタクシー代の精算をするには、どこに行けばいいか聞いた。

 

 ベッドの上から机を見つめる。湧き上がる不安を振り払おうと、何度も頭を振った。その不安の正体は「疑い」だ。友達への疑い。

 自分が何者であるかを知られた時に、どうなってしまうのか。いやその時、今までの関係が変質し、かつてのような関係になってしまうのではないか・・・そういう疑いが、不安となって湧き上がる。

 友達が連中に自分のように扱われる事は、耐え難いことだ。だがそれ以上に、友達が連中と同じ様に自分を扱うのならば、それは耐え難いという言葉ではすまないだろう。その恐怖がますます不安を強めていく。

 ただ、観察の対象として被験体として、記憶される事なくただ彼女自身から切り離された数値だけが記録される存在。そんな扱いしか受けられない世界だけを、再び与えられるのだとすれば、それは何としてでも避けなくてはならない。

 だが同時に、このまま時間だけを重ねても、事態が好転しないことも分かる。それどころか事態は悪化していくだろう。友達との距離は離れ、壁は高く厚くなり、彼女はやがて友達の中からいなくなる。それもまた、恐怖だ。

 自分の存在が世界から消えうせ、連中の観察記録だけが自分自身の痕跡を留める物となる。それもまた避けねばならない。

「だったら・・・どうする」

 リリトはその呟きを自分に向ける。彼女は答えを出そうとしていた。事態が好転する可能性がある方を選ぼうと。そのために負わねばならないリスクを、受け止めるだけの覚悟。それは信じることでしか得られない。

 彼女の胸を締め付けるのは、そこだった。どうして、友達を信じられないのか。あの島で、リリトはヘンリーに自分自身の事を語った。それは信頼故だった。

「でも、それは・・・」

 自分自身への信頼だったのかもしれない。自分の出自がどうあれ、あの島ではただの女の子に過ぎないという信頼。だからヘンリーとの関係も変わらないと思えた、だから彼を信じて話すことが出来た。

 ではここではどうなのか。ここでも、彼女はただの女の子でいられるのだろうか。彼女の経験はそれを否定した。僅かしかない経験だが、その経験は全力でそれを否定する。果たして彼女の友達は、彼女の事を知り、それでもなお彼女の事を普通の女の子として扱ってくれるのだろうか。ヘンリーのように、最後まで自分を普通の子として見てくれるだろうか。

 そして彼女の考えは行き詰る。なぜ友達を信じられないのか。何度も、それが頭の中をループする。

「・・・バカなんだ、私」

 それに気付くのに、どれだけかかっただろう。しかし、それは一つの発見だった。あの島で思い知ったはずの限界を、もう一度見つめる。そして、思った。その限界を信じようと。どのように生まれようと、自分は限界を持った人間なのだと。

 リリトは机の上を見つめた。そしてその微笑みを、友達の笑顔を信じられると感じた。

 机の上にある、白い枠のシンプルな額。中には、カシアがくれたみんなの似顔絵が飾られてあった。

 

 艦がドックに入ってから、トレランシアのクルーには正規の休暇が与えられた。ビクトリアには機材も人員も揃っている。完璧に整備される艦やMSに負けないよう、クルーも万全の体調を整えておくようにと、艦長からよく分からない訓辞を受けた。

 イェレの腕も、治りは早いようだった。ギブスも取れ、通院も明日で終わりだと言われた。恐る恐る動かしてみる腕は何らの支障もなく動き、久々に軽くなった上半身で思い切り伸びをする。

 いい天気だったので、真っ直ぐ宿舎に戻らず街に足を向けてみる。リリトに何か買っていこうと思った。何か気晴らしになればとあれこれ考えるが、結局決まらず自分のセンスのなさにため息をつくだけだった。フィジェならもう少し気が利いたものを思い浮かべるだろうかなどと考えながら、花を買っていくことにした。

 花束には更なるセンスが要求される事を思い知らされた上、それを抱えて帰らなくてはならないということに、財布を出してから気付く。道行く人の視線を感じながら、宿舎に戻った。

「お、快気祝いか」

 これから街に繰り出すのだろうか、派手な格好をしたヒューと入り口ですれ違う。イェレは曖昧に答えながら、リリトの部屋に向かう。三度目のノックでドアが開いた。

 差し出した花束の先に、驚いた表情と久しく見ていなかった微笑を見る。それに見とれて、どうしたのコレという彼女の問いに、答えることが出来なかった。怪訝そうなリリトの顔に慌てて答えを探す。

「いや・・・あ、その・・・快気祝い・・・」

「誰かにもらったの?」

「いや違くて・・・その」

 小首をかしげたリリトに頬が熱くなるのを感じる。だが、何か言わなければ、前に進まない。彼が一歩踏み出す前に、宿舎内のアナウンスが彼を呼んだ。メディカルルームからの呼び出しだ。

 疑問の顔でスピーカーの方を見上げるが、怪我についての連絡か何かかもしれないとリリトに言われ、花束を渡してその場を後にした。ホッとする自分をダメな奴だと思う。アナウンスが別の人物も呼んでいた。カシアが首を捻りながらやってくる。

 メディカルルームで待っていたのはフィリップ・ラフィーヌ、プラントから派遣された医者だった。いつもはリリトしか診察しない医者が、二人を手招きして資料を渡す。『プライバシーポリシーと情報公開に関する規定』と書かれた紙に、二人は顔を見合わせた。

「リリト・フィランディエーレに関する重大な話があります」

 そう切り出した男は、資料の説明を始めた。彼の所属する組織が有するリリトに関する個人情報を、リリト自身の許可を得ることなく第三者に公開するための条件とそれに伴う事項の説明だった。

 口頭での要請しかなかったため、準備に手間取ったのだという。リリトにとって関わりの深い人間から情報を開示していくと言い、話を始めた。

 

 カップのコーヒーをすすりながら、パソコンの画面を操作する。整えられた感じの室内に静かなBGM、セプテンベル2の先端遺伝子補助医療研究開発機構は研究員のモチベーションを維持するため研究環境にも気を配っている。

 クライン派の融和主義、ザラ派の至上主義、そしてデュランダルが提唱したデスティニープラン。遺伝子関連の研究は、政治によって常に翻弄されてきた。政権トップが変わるたびに、研究が目指す方向がコロコロ変わったため、遺伝子研究はここ十年停滞を余儀なくされている。

 そのため、遺伝子研究のトップを走っていたのは、政治の思惑ではなく、資本の論理と金持ちの歪んだ欲望によって支えられていたメンデルであった。それはある種の悲劇である。

「ま、記録も無くなってるがな」

 空のカップを助手に渡した研究者が言う。ここは、その停滞した十年間細々と研究を続けてきた組織であった。研究が、ザフトではなくセプテンベル2の予算を使って行われていたため、中央の政治の都合から距離を置く事ができたのだ。

 その集大成ともいえる研究は続けられており、今も地球から貴重なデータが定期的に届けられてくる。グラフを見比べながら、感嘆の声を出す。重力による影響も、ほぼ理論値通りの結果となっている。

「メンデルの情報は集まってるんですか?」

「やっぱ難しいらしいな・・・ただ人工子宮の技術は、うちのとは全く別系統らしい。特許屋が嬉しそうな顔してたよ」

 母体からの影響による遺伝子発現の擾乱を除去し、設計通りに遺伝子を発現させるための装置。その発想はコーディネーター誕生時からのものであるが、成功例は公式発表されている物では存在しない。

 先端遺伝子補助医療研究開発機構はそれを成功させ、設計通りに遺伝子が発現した「最高のコーディネーター」を作り出すことにも成功していた。もちろん、ただ作っただけであれば、メンデルの方が早いかもしれない。だがここでは、その最高のコーディネーターに関するありとあらゆる研究データも揃っている。

 リリト・フィランディエーレと名付けられたそのコーディネーターは、研究者を驚愕させ満足させるデータを常に提供してくれていた。助手が画面を覗き込みながら言う。

「いつも思うんですけど、これホントですか?」

「まぁな、私も最近ようやく信じる気になった」

 そこに示されている値は、人体が生み出すことの出来る理論的に最大の力だ。そして送られてきたデータは、その誤差範囲に収まっている。過去のデータを呼び出して助手に見せると、その顔はますます疑いの色を強めていった。

 視力や筋力など、人体の基礎的な力がコーディネーター平均を上回っているなどという、生易しいデータではなかった。

「この耐熱温度なんて、たんぱく質の変性温度をはるかに上回ってますよ」

「外部からの熱刺激のストレスを受けると、体を保護するために体内で大量のトレハロース重合体を生成するんだ・・・で、細胞を守る。乾燥にも強くてな、湿度ゼロ水分補給ゼロで三ヶ月、乾燥冬眠状態で生きていた」

「これ・・・毒物感受性ですか? 桁、あってます?」

「その実験は凄かったぞ、シアン化ナトリウムの量を間違えてな。あの時は間違いなく終わったと思ったね。研究成果が吹っ飛んだと全員で自棄酒だった」

「この酸素必要量も、十分の一っておかしいでしょ、数」

「私はその実験に付き合って、二ヶ月も酸素ボンベ付けてデータを回収してたんだ」

「これ、50メーターのデータですか? 七つの時なら、こんなものですか」

「それは100だ」

「バカ言わないで下さい、この前更新された世界記録は9秒03ですよ。8秒51って」

「バカはお前だ、こいつはただのコーディネーターじゃないんだよ」

 陸上、競泳、ウェイトリフティング、射撃など、オリンピック個人競技の世界記録を全て考えられないレベルで大幅に上回っている。それも一切の訓練無しでだ。訓練によって向上する数値は、理論値の誤差範囲でしかない。

 その他にも、放射線への耐性、病原体に対する免疫、耐G能力、ありとあらゆる面で、理論値をたたき出している。出生後も遺伝子発現に問題はなく、まさに理想的なコーディネーターとして、彼女は存在していた。

「フィロソフィアン創刊号事件知ってるか?」

「あれでしょ、リーマン予想の証明と言われた論文を、ネットで募集した匿名論文が間違いだと証明したって・・・それも!?」

「ああ。ま、ここまで来ると信じられなくて当然だけどな・・・5歳の時だったかな。いや、その時の反響が凄すぎてな、ゴールドバッハ予想とか他にも数論関係の未解決問題の証明もいくつかやってたんだけど、なかったことにされた。専門外で検証もできんし」

 助手の複雑怪奇な顔に苦笑いし、男は画面を元に戻した。現在の研究テーマは、その生殖能力である。既に取り出されているいくつかの卵子は、その生殖能力が確認されているが、実際に人体の中で十分な成熟と受精から出産までが可能なのかは、実験待ちだった。

 これは現在のコーディネーターが抱える問題の解決へと繋がる研究であるが、その実験の倫理的ハードルが高いために、早急な結論は期待されていなかった。むしろ、人工子宮によって、男女ペアで最高のコーディネーターを作る方が早くノイズの少ないデータを得られるのではないかとも言われていた。

「でもな・・・自分らが作ったとはいえ、恐ろしいよこいつは。生物学的には人間のはずなんだがな・・・」

「あのデータ見せた後で言いますか。人間じゃないですよ、もう既に」

 実験は常にその懸念と共に行っているよと男は笑った。地球で彼女のデータ収集を行っているフィリップ・ラフィーヌにも、その点は注意するように言っている。もっとも抵抗などされたら、成す術などありはしないがと付け加えた。

 東アジアでは、ある実験体の暴走で研究施設が壊滅したという噂も聞く。自分達がそうならなかったのはただの偶然かもしれない、そう言って男は休憩を終えた。助手がカップを下げていった。

 

 話の後半部分はほとんど聞こえていなかった。いや聞いたはずだが、理解を超えた内容に、理解力がついていかず記憶として残らなかったのだ。パソコン画面を操作しながら説明を続ける白衣の男は、何ら口調を変えず子供に授業を受けさせるような調子で語り続けている。

 先端遺伝子補助医療研究開発機構主任研究員、フィリップ・ラフィーヌが語るリリト・フィランディエーレ。それは、カシアの知っている女の子ではなかった。

 確かにアカデミーでの成績は良い方だった。だがリリトより成績の良い者はいたし、赤服をもらった時の順位だって、フィジェより下だった。世界記録とか、ゼータ関数とか、そんな物とは無縁の女の子だった。ちょっと美人で、何かクールな、そんな普通の女の子だった。

 では、目の前の男は何を話しているのだろう。研究とは何の事で、被験体とは誰の事だろう。リリトはそんな事、一つもしゃべらなかった。

「確かに、にわかには信じがたい話かもしれません。ですが、彼女がコーディネーターの未来を一身に背負って作り出されたのは紛れもない事実です。本来ならパイロットなどという生命の危機にさらされる職業は避けたいのですが・・・」

 男はまだ話を続けていた。カシアが理解できない話、現実だとは信じられない話を、この男は現実として語っている。それは、この男の話を現実だと受け止めなくてはならないという事だろうか。

 リリトは人工子宮を用いて作られた最高のコーディネーターで、その力は想像をはるかに超えたレベルで、アカデミーに来たのは他のコーディネーターとの比較実験のためで、プラントとコーディネーターの未来のために今も実験が続けられていて・・・

 目の前で男が丁寧に頭を下げた。

「今後は皆さんにも実験に協力・・・」

「ふざけんなよ!」

 イェレの怒鳴り声に、カシアは我を取り戻した。彼の怒りは男の語った事に対してなのか。それとも、何故怒鳴られるか分からないという表情を見せる目の前の男に対してなのか。

「黙って聞いてれば、好き勝手な事を。最高のコーディネーターだ? お前ら、リリトに・・・」

 カシアはイェレの腕を掴む。そうしないと、震える拳は振り下ろされていただろう。男が何か弁明をした。カシアはハッと後ろを振り向く、声が聞こえたのだ。「何してんの、リリト」ドアの外から聞こえたユンディの声に、カシアは慌てて立ち上がる。

 ドアを開けると、驚いたユンディの顔が目の前にあり、その向こう側から遠ざかっていく足音が聞こえた。

 

 提案書が無駄になった事より、聞かされた作戦内容の方に腹が立つ。ビクトリアに留まっていたルチアーノ・プレスは、トレランシアの新たな作戦を伝え、明日本部へと戻る予定になっていた。だから文句を言うなら今日しかない。

 隣でレセディが大きく息を吸うのを感じ、マーカスは身を硬くする。部屋の空気が張り詰めた。

 レセディの提案は、ザフトから来た六人をここで解任し補充要員を要求するものであった。彼女らは心身ともに未発達であり、これまでの激務によって、その消耗も激しい。これ以上の勤務は、彼女らの今後に重大な悪影響を与えかねず、一刻も早く緊急即応部隊隊員の任を解きプラントの原隊に復帰させるべきである。

 この提案は、次の作戦によってあっさりと却下される事になった。トレランシアは帰国するスカンジナビア王国皇太子の護衛に当たるのだが、その任務には間違いなくリリト達六人が当たるようにとされていた。

「なぜ彼女らを名指ししているのです」

「・・・ザフトを通じてスカンジナビアからの要請だ」

 ルチアーノは結論を先に言った。レセディが次の言葉を考えている隙に、マーカスがその意味を問う。ルチアーノは肩をすくめた。間を取るように、机の上の紅茶にミルクを継ぎ足し、ゆったりとした手つきでかき回す。

 再構築戦争でスカンジナビア王国がユーラシアに併呑されなかったのは、国際政治の七不思議と呼ばれている。以降、オーブ同様に中立政策を掲げ独自の親プラント路線を取っていた。しかしその背景に、ターミナルと呼ばれる組織が存在したのは公然の秘密である。

 だが、プラントでの政変とオーブの連合への帰順によって、スカンジナビア王国でもその政治路線の見直しが叫ばれるようになってきた。現在国内では、従来路線の継承を訴える中立派と、連合の活動への積極的な参加を呼びかける連合派の、二つの勢力が主導権争いをしている。

「ユーラシアによる工作は政治レベルに留まっているのだが・・・」

 ヘブンズベースで壊滅したユーラシア系ブルーコスモスが、再び活動を活発化させているのだ。ユーラシアのブルーコスモスはベルリン崩壊を契機に一気に排斥されたのだが、残党がコラ半島を拠点に活動を継続していた。それが事態をややこしくている。

 ブルーコスモスはスカンジナビアの中立派をコーディネーターの手先として攻撃の対象にしている。そのため、連合派はブルーコスモスとの関連を疑われるのを嫌って表立った政治活動を取れないでいた。

 さらにユーラシアは、ブルーコスモスが自国内に拠点を持っているにもかかわらず、その攻撃対象がスカンジナビアであるため、積極的な取り締まりに動いていない。一説には、スカンジナビアへの圧力として利用しているとも言われていた。

「皇太子は中立派の中心だ・・・テロの標的にされている」

「ザフトが関わる余地はどこにあるのです」

 レセディが話の腰を折らないように、マーカスが問いを続ける。ルチアーノは、うんざりした表情で続けた。

 先のビクトリア襲撃で空港には一部被害が出ており、駐機場に置いていた各国の政府専用機の中に飛行が出来なくなったものがある。その一機がスカンジナビア王国の専用機であった。ビクトリア基地が代わりの飛行機を手配したのだが、スカンジナビア王国は連合に直接要請してきた。ユーラシアに対するあからさまな警戒心である。

 そこでトレランシアが直接皇太子をスカンジナビアまで運ぶ事となったのだが、連合に対しても警戒を持っているスカンジナビアはザフトによる護衛も要請してきたのだ。地球への足がかりとして、スカンジナビアの中立政策を維持したいプラントとしては、恩を売る機会であった。

「しかし、大々的に軍人を送り込んで連合との摩擦を生みたくもない・・・」

「そのための彼女らですか」

 ややこしい割にはスケールの小さい話である。スカンジナビアからもう一機飛行機を飛ばさないのは、申し出を断った事に対する嫌がらせとして、ビクトリア上空の飛行許可を下ろさないからであった。

 大人のやる子供の喧嘩に巻き込まれる子供はたまったものではないだろう。レセディの吊り上がった目も納得ができるというものだ。作戦自体は人を乗せて運ぶだけなので楽な仕事だが、モチベーションを保てるだけの理由はなさそうだ。

「皇太子の相手はクッツェー君に任せられる、その点で心配はしていない」

 いきなり立ち上がったレセディに、マーカスは肩を震わせる。平然としたルチアーノの様子に、何だか分からないが、何らかの挑発だった事は理解できた。マーカスは考えを改める。

 きっと楽な仕事ではないだろうと。

 

 館内のアナウンスに合わせて、小さく伸びをする。窓から入る日は、真っ赤な光だった。ブレイク・ザ・ワールドに伴い大量の塵が大気中に巻き上げられ、その影響で夕焼けの色も赤が強くなっているのだ。退館を促す音楽に誘われるように、人々が三々五々出入り口から出て行く。

 タラスが本の貸し出し手続きをしている間に、アレナは車を回すために駐車場に向かった。彼女は地下駐車場の柱の影に身を隠すようにして、人をやり過ごす。そしてその人物が降りた車の窓をノックした。

「アルバイトですか、ヒュー・レペタ大尉」

 流石のヒューも驚いた顔を隠せなかった。薄暗い車内でサングラスをしていたとしても、その動揺ははっきりと見られただろう。アレナはそのサングラスの奥を見つめる。

 前大戦時、ザフト内部の派閥抗争から東アジアに亡命し、現場におけるMS運用技術を買われて緊急即応部隊に一本釣りされたという経歴の持ち主だったはずだ。しかし彼は、立ち寄った街でしばしば何者かと接触していた。この部隊の性格を考えれば、どこかの陣営のスパイであると考える事も出来る。

「利敵行為はしてないぜ・・・お前もそうだろ」

「ならば、艦長に副業の許可をもらうことです」

 アレナも原隊であるユーラシア軍に、定期報告という形で部隊の現状を報せている。それはこの部隊に志願した時から認められていたことだ。こんな場所でコソコソとするものとは違う。

 彼女らパイロットが触れることの出来る情報は限られているため、致命的な機密漏洩はありえないだろう。部隊の現状に関する一般的な報告であれば、ちゃんとした手続きに基づけばいい。それをしない理由が、どこかにあるという事だ。

「クライアント自体が秘密でな」

 ヒューは投げやりに言う。しらばっくれても時間を食うだけだ。やっている事は緊急即応部隊に関する現状報告だけであり、アレナやザフトの六人が定期的に報告している物と大差はない。クライアントからの指令も、トレランシアの作戦と衝突しないものしか行わない契約だ。フリーダムの撃墜などと言われても、出来ないものはどうしようもない。

 彼のクライアントもフリーダムとアークエンジェルの行方を追いきれてはおらず、接触すればグラティアの活躍を祈るしかない立場だ。ただ、フリーダムを撃墜できるのはリリトを置いて他にはありえないと断言する、彼らの根拠はよく分からないままだった。フリーダムのパイロットが、メンデルで作られた最高のコーディネーターだという事と、関わりがあるのかないのかも分からない。

「私も、決定的な証拠は持っていないので、上に突き出すことも報告する事もしない。だが・・・」

 アレナはそれ以上は言わずに、ヒューの車から離れた。彼はホッと息をついた。女は怖い、しばらくはおとなしくしておこうとつぶやいた。むしろ、ターミナルの連絡員と接触を断つ言い訳が出来たと思う。

 

 行き先はなくとも走った。その場に留まれなかった。リリトの足音が宿舎の中を駆ける。

 せっかく、自分の口で話そうと思ったのに。少しずつ時間をかけて、自分の事を知ってもらおうと思ったのに。自分自身が納得できるように、友達に説明しようと思ったのに。不安な気持ちをそのまま、分かってもらおうと思ったのに。

 何の配慮もなくしゃべった奴がいた。

 なぜ、あの男がイェレとカシアを呼んだのか。嫌な予感がしてメディカルルームに来てみれば、そこで話されていたのは自分の事だった。自分が何のために作られた、どのような存在であるか。それをしゃべっていた。

 選別された卵子と精子、徹底した改良を加えられた遺伝子、機械が管理する子宮、そこから作り出された最高のコーディネーター。他のコーディネーターとは全く異なる存在。人であるのかないのかも分からなくなった怪物。

 外界から隔絶された研究所内で、被験体として実験対象になることしか知らなかった日々。初めて触れた外の世界がもたらす感動すら、数値化されて記録される生活。友達との交流すら、観察記録にしかなりえない人生。

 友達が数字扱いされる事に傷付いて、距離を置こうと悩んだのに。初めて得た人との関係が失われる事を恐れて、近づこうと悩んだのに。嘘をついて、隠し事をして、それでも繋がりを保とう苦しんだのに、それを何一つ考えずにバラされた。

 白衣の研究者に取り囲まれ、その誰一人とも関わることなく過ぎていく日々に戻ってしまう。リリト・フィランディエーレとして生きる事は失われ、「最高のコーディネーター」としてプラントのためコーディネーターのために生きる人生に戻ってしまう。

 飽和した頭は、自分が転んだ事にも気付けずにいた。

「リリト・・・どうした?」

 倒れたまま肩を震わせているリリトに、フィジェが寄り添った。廊下の角で出会い頭にぶつかったまま、彼女は起き上がらない。その頬に流れる涙に、フィジェは次の言葉を失う。

 そっと肩に手を添えると、彼女は目を見開き、怯えたように身をすくませる。立ち上がろうとする足は縺れ、彼女は再びよろめいた。その体を抱きかかえると、振り払おうとするように体をよじらせる。

 腕から逃れようとするリリトをフィジェは抱き止めた。

「どう・・・」

 リリトはその言葉に反応するように激しく暴れ、彼の体を跳ね除ける。再び走り出そうとする彼女の腕を掴むと、今度は強く抱きしめた。

「聞かないから・・・何も聞かないから・・・逃げなくていいから・・・」

 その言葉は、彼女が望んだものだったのだろうか。胸の中で嗚咽が漏れていた。

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