Green travelers ~ The another seed ~ 作:VSBR
敵は宇宙港の東側を流れている川に潜んでいた。水密処理されたガズウート二機の支援砲撃を受け、夜間迷彩仕様のジンが単機で攻撃を仕掛けてきたのだ。カオシュン駐留の連合部隊の動きも早く、宇宙港に攻撃を仕掛けた部隊は早々に排除された。
ただ、一部の陸戦部隊が宇宙港施設内部にまで侵入し、その排除に手間取っているというのが現状である。数は少ないが、どうやらコーディネーターのみで構成された部隊であるらしい。
「マスドライバーの破壊という線は・・・」
「ないでしょうね。MSは?」
艦長の言葉を即座に否定し、副長は状況の確認を行う。司令部となっている地下ドック内の艦のブリッジの中では、情報が錯綜していた。敵の襲撃から逃れさせるために、輸送艦への退避作業を行っているはずの部隊からの連絡が途絶えているのだ。
未確認ながら、港湾ブロックの方角で数度の爆発音があったという。MSによる偵察を行わせたのだが、報告が来ない。そのことに、嫌な雰囲気は感じていた。敵の陸戦部隊が撤退しないのは、まだ囮として使えているということではないだろうか。
それを裏付ける報告が上がってきた。MSを運搬中の部隊が、敵のMSによる襲撃を受けたというのだ。
「・・・一足遅かったですね、最悪の場合は爆破処理を認めます」
「ふ、副長。それでは・・・」
何か言おうとする艦長をニッコリ笑って黙らせると、次の指示を出していく。ここまで手の込んだことをするのである、破壊ではなく強奪が目的であろう。付近海域の対潜哨戒を要請しておいた。
だが次に上がってきた報告は、全くの予想外を飛び越えて意味不明ですらあった。運搬中のMSが起動したというのだ。敵パイロットが乗り込んだことも考えたが、まともに動けるだけの電源すら積んでいないはずだ。
しかし、もたらされた画像データには、立ち上がる三機のMSの姿が映っていた。これには流石の副長も言葉を探す。
「誰が・・・乗っているのでしょう?」
そんな間の抜けた質問を口にすることの出来る艦長に感謝する。そうでなければ、自分が同じ事を口にしてしまったかもしれない。
「少なくとも、敵でも味方でもない誰か・・・それでいて、素人ではなく賢くもない誰かですわ」
分からないということを適当にごまかすために、たくさんの言葉を選んでおいた。この状況下でMSを立ち上がらせる必要性など考え付くはずもなかった。まさか戦闘をしようなどと、コクピット内部の人間が考えているわけもないであろう。
少なくとも常識的な判断をすれば、その行為は全くの意味不明である。
しかしブリッジにいる者が一つ忘れているのは、常識的な判断を行うための状況が全く異なるということだ。車列を形成していた多くの車両が破壊され、駆けつけたMSも返り討ちにされた状況である。逃げる可能性を増やすために、何かをせねばならない。
少なくとも彼らは、そのための訓練を受けてきた身である。
「うぉっ、立ってるだけで電池が減る」
「無線も電池をくう、切るぞ」
イェレはフィジェにそう言うと、無線を切ってペダルを踏み込んだ。灰色のMSはゆっくりと足を踏み出す。その横を、動き出したばかりとは思えない軽快な動きでリリトの機体が進んでいく。いつの間に取り出したのか、ナイフ状の実体剣をその手に握らせていた。
リリトの機体が腕を振るうと、空中で火花が散った。その衝撃でゆがんだ景色がさらに歪む。ゾーシュの攻撃を受け止めているのだ。鋭い爪を装備したその水陸両用機は、たじろいだように後方に飛び下がる。
ミラージュコロイドとは言っても、透明になれるわけではない。センサーの類はごまかせたとしても可視光線を利用する人間のセンサー、すなわち目を完全にごまかすことは出来ない。
炎の揺らめきや、周囲の景色とのズレ、そういったものを捉えれば容易とは言わないまでも敵の姿を特定することが出来る。空中の一角が輝く、三機の灰色のMSは一斉に散った。ゾーシュの胴体に装備されたビームが放たれる。
「場所、教えてくれて・・・ありがとう!」
リリトの機体は再び腕を振るった。握られていたナイフが空気を裂くような音とともに投擲される。ナイフが空中で静止し、細かな火花が散った。それをめがけるように、フィジェとイェレの機体がビームサーベルの柄を突き出す。
一瞬だけ煌いたビームの刃は、ゾーシュの内部を破壊する。ミラージュコロイドの作用が消え、空気中から湧き出すようにMSが姿を現した。崩れるように倒れるその機体を見下ろし、フィジェは息を付く。
もともとはMSを荷台から降ろし、身軽になったトレーラーで逃げるつもりだった。だが、交戦していたサードダガーが全て破壊され、MSを立ち上げた時には戦闘せざるを得なくなっていたのだ。そのため、次の行動を躊躇した。
モニターの向こうでは、歪んだ景色が規則正しく揺れている。もう一機のゾーシュが後退しているのだ。逃げる敵を無視し、予定通りトレーラーで逃げるべきか。
しかし、フィジェとイェレの機体が棒立ちの中、リリトの機体だけは敵の攻撃に備えて身構えている。敵と十分な距離が取れるまで油断はしないとでも言いたげに、リリトの機体は再度ナイフを投擲した。
だが、その攻撃を見透かされたのか、ナイフは叩き落される。対装甲用ナイフが、アスファルトの路面を抉る様に落下する。慌てて機体を身構えさせたフィジェとイェレは、向こう側の景色を揺らめかせていたゾーシュの姿が消えるのを見る。同時に巨大な水飛沫が上がった。
「助かった、よな」
イェレは友人に尋ねようとするが、もはや機体には近距離用無線を飛ばすだけの電池すら残っていなかった。
受話器を置いてカップを手に取る。冷めた紅茶は、香りも薄れてしまっていた。それでも、その紅茶は地球産であることを誇示するような香りを漂わせている。窓の外には雲が広がりだしていた。三時間後には雨が降る予定だ。
降雨も日照時間も完全に管理された環境。それは人間の肉体的、精神的な健康を保持するためにもっとも効率的な環境として整備されている。彼女はそんな自然が好きだった。彼女にとってはそれが自然であり、いつ降るか分からない雨など不自然以外の何物でもないのだ。
だが、そんなプラントで作られている食べ物はなぜ味気ないのであろうか。本格的な食糧プラントの建造は計画すらままならないが、野菜や果物、嗜好品の類は近郊農業のように生産が行われている。そうして作られた食べ物と、以前地球で食べていた物との間には、歴然とした違いを感じる。
「不確実性という豊かさを許容できるのが生物なのだ・・・」
どこかの学者がそんなことを言っていた。今口にしている紅茶の味は、まさにそれだ。地球で暮らしたいとは思わない、にもかかわらず郷愁のようなものを感じるのは何故なのだろう。
人類が外宇宙までをも目指そうとするこの時代に、そのような感傷は不可解なものでしかないのだろうか。彼女はカップを置いた。目の前には、今しがたの電話の内容を知りたくてどうしようもない、といった感じの男性が立っている。
「連合との話はついたそうよ・・・手続きには出向かなきゃならないらしいけど」
「じゃ、帰国の目処はたったんですね・・・」
良かった、と続けようとする男性を制する。事の次第はそれほど単純なことではなかった。むしろきわめてややこしい話である。サーシャ・ローレンスは、男性の怪訝な表情に説明のしかたを考えた。
ザフトのアカデミーの卒業予定者が、地球を旅行中にトラブルを起こした。それだけなら、家族に連絡してお終いである。だが事態は、アカデミーの事務局長である彼女が直接手続きに出向かなくてはならないほどの問題になっていた。
問題の複雑さと重大さが、政府間対話が難しい微妙な関係を保っているプラントと連合の直接的な接触を難しくし、結果として彼女のような中途半端なポジションのものにお鉢が回ってくることとなったのだ。それでも、閑職にいる自分の身を呪う事はしない。
先の大戦では、地上から脱出したザフトと連合の反乱兵の部隊を引き連れ中立プラントへの亡命を画策し、レクイエム戦役ではゴンドワナのすぐそばでターミナルに寝返った経歴である。いつ誰に消されても文句は言えない立場なのだ。面倒な仕事の一つや二つ喜んでこなすだけだった。
「とにかくご家族には無事だけを伝えて。詳しい話は本人達にさせた方が良いわ。私のカオシュン行きの手配はよろしく・・・あと、家族からのクレームが来たらこの番号を教えてあげて。外交当局の何とかって人よ」
どうせ木っ端役人だが、こちらに個人の番号を教えたのである。本庁にクレームを回すなということだろう。コーディネーターだろうと、官僚システムはそのようなものであった。
彼女はカップの紅茶を飲み干す。地球についたら、お茶と紅茶とコーヒーを買い込もうと思う。地球産の味を覚えてしまった者は多い、そういう連中にも配らなくてはならないのだ。
カオシュンの中心地にある超高層ビル。その上半分はホテルであった。東アジア地域でも五本の指に入ると言われる超高級ホテル。学生向けガイドブックソフト「地球の歩き方」などには掲載されていないホテルである。
その一室に三人の男性がいる。室内にあふれる高級感に、いまだに居心地の悪さを感じながらベッドに腰を掛けていた。窓からはカオシュンの町が一望できるが、その景色にも飽きてしまった。ここに来て二日目の朝である。
「俺ら、丁重にもてなされてるんだよな・・・」
「アレじゃね、死ぬ前に好きなだけ贅沢しとけってやつ」
「じゃ、もっとルームサービス頼むか? それともコレどうよ、マッサージサービス」
フィジェの差し出したパンフレットを無視し、タルハは電話をかける。隣の部屋には女性三人がいるのだが、ドアの前では武装した兵士が監視しており、部屋を自由に行き来することは出来ない。
タルハとユンディは部屋の電話で、日がな一日しゃべっている。電話口でののろけ会話を横で延々と聞き続けるのは、一種の苦行であった。
「流石のリリトもキレんじゃね?」
イェレはそう言ってベッドに横になる。だが、そろそろ限界だとも感じていた。いい加減、不安を解消して欲しいところだ。
あの夜、テロに巻き込まれ、彼らは搬送中のMSを起動させて襲撃を行った敵を排除した。大事を起こしたことは確かだが、その後の扱われ方が不可解であった。
MSを搬送していた兵士達は警戒しながらも一応の礼をもって接してくれたのだが、その後に来た兵士達はいきなり彼らをテロリスト扱いして拘束した。一時は、牢屋のような場所に六人一緒に放り込まれもした。
しかしすぐに背広姿の男性がやってきて彼らの拘束を解き、この高級ホテルの一室に案内されたのだ。だが、それらのことに関する一切の説明はなく、部屋は高級であっても一種の軟禁であることに違いはなかった。
「やっぱな・・・連合のMSでGOSはありえないもんなぁ。やばいMSだったんだ」
タルハはそう言うと、受話器を押さえて後ろを向く。
「お前らは、あのMSどう思う?」
「・・・ゲルググより上」
フィジェとイェレは同じ事を言う。彼らが起動させたMSは、ザフトでエース機として配備が始まったばかりのゲルググを超える性能であった。訓練で数回使っただけだか、圧倒的な違いであることはすぐに分かった。わずかしかない電源ながらMSを一機撃破出来たのは、無我夢中だった彼らの能力以上に、ハイスペックな機体のおかげでもある。
もし彼らが考えていることが正しいのであれば、これからの展開は予想できるものではないだろう。旅行先でテロに巻き込まれたのとは、異なる次元の出来事に首を突っ込んだことになるのだ。
不安は、まだ解消されそうになかった。
地球連合カオシュン駐留軍の司令部は、市街地から少し離れた場所に置かれている。宇宙港へのテロリストの襲撃とその排除が一段落し、残務の処理は駐留軍が受け持つこととなった。東アジア共和国の軍との間で多少の揉め事があったらしいのだが、彼女は努めて無関係を決め込んだ。
横にいる艦長のように、全ての物事に右往左往していては、この仕事は勤まらない。彼女は急ごしらえらしい誤字の目立つ報告書から視線を外した。目の前にいるのは連合外交部の東アジア担当とプラント担当、東アジア共和国軍の将官クラスらしい人物、連合軍東アジア管区統括事務官などなど、カオシュン駐留軍司令官が小さくなるほどの顔ぶれである。
その表情は様々であり、利害が一致しないものが一堂に会する居心地の悪い雰囲気が場を覆っていた。彼女らの横に座っていた男性が声を上げる。
「ダブリンの決定です。我々は直ちにURF発足のための最終調整を行います」
会議室はいったんざわめき、そして静かになった。出先で何を言ったところで、連合本部の決定は覆るはずもない。
事件はザフトが放棄したMSを利用した突発的なテロであり、プラントはこれに関与していない。東アジア軍、およびカオシュン駐留軍の警備体制に特段の落ち度は無く、情報の漏洩などの形跡は見当たらない。緊急即応部隊発足のスケジュールに変更は無く、MSの積み込みと調整が済みしだい正式な活動が開始される。
政治的な決着というものであった。裏で何が行われたかを、伺い知ろうとも思わない。とりあえず、連合本部がこの程度のことで方針を転換しないことだけは分かった。何か質問したそうな艦長に、後で説明すると小声で言っておく。
「最終調整? ずいぶんと行き当たりばったりに思えるが」
「テロリストならまだしも、スパイではないのかね」
予想通りの反応が来た。部隊で運用するMSのパイロットに関する事だ。確かにその選定に関しては無理があるとしか思えないが、スケジュールに合わせてMSを運用可能段階にするには、他の方法が見当たらないのだ。
連合本部としても、緊急即応部隊に対するプラントの関与を強めることは、連合加盟各国への牽制として効果があると見ているのだろう。実際に部隊での活動に携わるものとしてはこの上なく不安なのだが、これも決まったことだ。
その決まったことに難癖を付けるのは、意味のない嫌がらせに過ぎない。
「マーカス・フィッシャー大佐、艦長としての意見を聞かせてもらおうか」
分かりやすい驚きの表情で、艦長は口をパクパクさせていた。もう少し落ち着いた態度であれば端正な顔立ちも映えるのだが、どうにもこの艦長は頼りない。仕方なく助け舟を出した。
「我々は本部の決定に従うのみです。用意されたもので任務をこなすのが軍人の務めだと考えています」
「レセディ・・・クッツェー、大尉だったかな。副長としての意見は聞いていない」
わざとらしく名前を言いよどみ、階級を一つ下に間違えるその小物な態度に、彼女はため息を抑える。同じ事を上ずった声で言っている艦長に、自分の前途の多難を感じずにはいられなかった。
きっと、敵は前よりも後ろの方が多いのだ。
高級ホテルには似つかわしくない完全武装の兵士に取り囲まれながら、六人はカオシュン宇宙港に向かう。後部座席が六人で向かい合って座れる大型車だ。向かう場所が宇宙港だと伝えられていたので、家に帰れるかもしれないという期待を抱いていた。
スモークガラス越しに見えるのは、にぎやかな街の様子だ。結局観光できなかったとカシアはぼやいていた。そんな彼女にリリトが釘を刺す。
「帰れるって決まったわけじゃないのよ」
「・・・でもさぁ、他に何があるの?」
車の中に監視の人間はいないが、窓ガラスは開閉せずドアもロックが外れないようになっている。扱われ方としては、判断に困るところであった。リリトの意見に同調するように、ユンディがつぶやいた。
「私とダーリンは帰れないかも・・・」
集まった視線の説明をするように、彼女は言葉を続ける。
あの時起動させたMSのOSは単にコンピューター内に収められていただけで、使用できる状態にはなっていなかったというのだ。それを内部から手動で導入し、MSを動かせるように設定したというのだが、いったんそれをするとMSに搭載されている他の各プログラムがそれに対応したものとなってしまう。
別のOSに交換する場合、他の各プログラムも書き換えが必要になる場合もあるのだとそうだ。その上、ザフトでも極端な操作性から導入される例の少ないGタイプ(GENERATION UNSUBDUED NORMAL DRIVE ASSAULT MODULE COMPLEX)OSである。MSのプログラム再設定作業は煩雑になると予想された。
壊したわけではないが、実質的にはそれに近い状態と言える。タルハがユンディの肩を抱いた。
「でも・・・あれは緊急避難なんだし、別に私達が・・・」
「連合がGOSを載せたMSなんか持ってるわけないでしょ」
「しかもあの顔、少なくともデザインはモルゲンレーテじゃね?」
「つまり、プラントや連合の兵器メーカーが共同で開発した最新鋭MSを、俺達は乗り回してしまったって事だ」
カシアはフィジェの言葉と、自分以外の五人がその推理を共有していたことにショックを受けた。そして確認するように言う。
「じゃあ、私達・・・どうなるの?」
少なくとも大人にこっぴどく叱られ、反省文を大量に書かされるというレベルで済む話ではない。家に帰れるという期待は、どこまでも淡い期待でしかなかったのだ。車内の沈黙が重くなる。
イェレとフィジェが心配そうな視線をリリトに向ける。その視線から逃げるように、リリトは窓の外に目を移した。怯えた視線で男を安心させられるほど器用ではない。そういう点を考慮した作りにはなっていないのだ。
いきなり笑顔になったカシアが言う。
「きっとさ、表彰されるんだよ。テロリストを撃退した勇敢な学生って。きっと空港にはマスコミが集まっててさ。で、私達はその武勇伝を伝えるために、世界を巡るのよ」
「・・・笑えないわ」
リリトはそう言って笑った。それでも、車内の空気は幾分か軽くなる。滑空姿勢に入ったシャトルの轟音が間近に聞こえる。空港が近づいてきた。
車から降ろされた六人は、連合の士官らしい制服を着た数名に案内され、宇宙港の地下を歩いていた。リリトは制服の形状をもとに、案内する人間が連合のどのセクションのものかを思い出そうとするが、アカデミーでもらった連合の制服年鑑の中にはなかったタイプの制服だった。
案内といっても観光ガイドと違って説明をしてくれるわけではない。通路を抜けると、天井の高い空間が出現した。宇宙艦まで整備できるクラスのドックだ。作業員と車両が走り回るそこを、全員が目を見張って眺める。
中央に鎮座するのは、初めて見るタイプの艦だ。連合特有の、細長い立方体状の船体に各種の装備を取り付けた形状ではない。明るい白を基調にした色も、連合らしくないカラーリングだ。
「排熱は・・・推進剤循環方式だけじゃないわね。赤外線コンバーターに、空冷も併用かしら」
「大気圏内用か?」
ユンディとタルハが、その外見から艦の性能を推し量っている。その口ぶりからして、相当な高性能艦であるらしい。
遅れがちになる足取りを注意されながら、六人は最大限に首をめぐらせながら周りを見る。作業車両のほとんどは後片付けに入っているようだ。艦の整備はあらかたが終わっているのだろう。
ドックの端から端まで、ざっと五百メートルは歩かされる。その端っこの方に、MSが並べられていた。整備員が取り付いている三機は、連合の新型機ウェルガーだった。半年ほど前の連合軍合同軍事演習で始めて公開され、アカデミーでも話題になっていた機体だ。
ウィンダムシリーズよりダガーシリーズに近いデザインで、連合が現在主流としている換装システムを廃し、バックパックを統合兵装化している。艦と同様の明るいカラーリングで、右肩と左前部の腰アーマーに大きなマークが描かれていた。アルファベットのCとAが乗せられた天秤の絵。この部隊のロゴだろうか。
その隣には、放置されているように誰一人整備員が取り付いていないMSが三機立っていた。相転移前の独特の灰色をしたその機体は、彼らが起動させたMSであった。
「やっぱ、整備できないんだな・・・」
イェレのつぶやきにユンディがうつむいた。フォローの言葉が見つからないので、カシアは別の話題を探そうとする。そして、向こうの端で車を降りた女性を指差した。
「あの人、どっかで見たことない?」
その時は適当に言った言葉だったのだが、よく見てみると本当に見たことがあるような気がする。他の五人も同じようだ。だが、全員がそれを思い出せない。有名人とかではなく、単に見たことがあるだけという感じだ。
向こうの女性もこちらの気がついたのだろうか。一瞬目が合ったような気がする。しかし彼女は、そのまま艦尾に設置されたタラップから艦内に入っていった。
そして六人が連れてこられたのも、同じタラップであった。案内してくれた士官に促され艦内へと足を進める。互いにチラチラと顔を見合わせるのであるが、どの顔も自分達の行く末への不安しか浮かんでいない。
ただ、その表現の仕方が違うだけだ。
眉を吊り上げたリリトの顔に、フィジェとイェレは不安だけでなく自分の情けなさも感じた。彼女は、安心して不安な表情を見せられないのだから。
艦の内装もあらかた整えられているようだ。新造艦特有の少し樹脂臭いにおいを感じながら、サーシャ・ローレンスは足を進めた。まさか、手続きを艦内で行うとは思っていなかった。その意地の悪さに、本気を感じる。
連合本部が進めている、緊急即応部隊。各加盟国の軍隊が寄り合い所帯として動く「連合軍」ではなく、地球連合の政策を遂行するために動く実力組織。その政治的なインパクトを考えれば、本気になるのも理解できる。
逆にそのインパクトを考えれば、何らかのトラブルを抱えた時点で構想は取り潰されるであろう。先日のテロもその類であろうし、その強引な解決方法もまたしかりである。
「でも、かなりの切れ者ってことよね・・・」
サーシャは通された部屋で握手を交わした男を見ながら、心の中でそうつぶやいた。地球連合常設軍事委員会事務局次長ルチアーノ・プレス、この部隊の最終責任者であり、構想の推進者でもある。
野心家な口元に、不釣合いな円らな瞳。低いが良く通る声に、大柄だか威圧感を感じさせない物腰。好みではないが、モテるタイプであろう。そういった自分自身を客観評価した上で、それを最大限に利用できるタイプの男と見た。
彼が紹介したこの艦の艦長と副長とも握手を交わし、勧められた椅子についた。肩書きの割には若すぎる頼りなさそうな青年と、どこか挑発的な女性。艦の指揮は、実質的に女性の方が取るのであろう。
「プラントからわざわざご足労いただき感謝します」
「いえ、わが校の生徒の問題ですので」
レクイエム戦役の後、プラントと連合は一応の平和条約を締結し戦争状態は解消された。だが双方とも国内復興を最優先としていたことや、連合がナチュラルとコーディネーターの格差是正を名目とした差別的取り扱いを導入していたこと、プラント政府の背後にいたターミナルが連合内の反政府組織や融和派と呼ばれるグループを支援していたことなど、様々な要因から国家間関係は疎遠なものとなっていた。
しかし、プラントは空気や水や食糧を地球に依存せざるを得ず、地球ではエネルギー問題が未解決のままであるため工業製品等をプラントに依存している。電力の宇宙からの送電も、プラントは計画していた。経済面での結びつきは、離れがたいレベルに達している。
そのため民間の交流は観光旅行が可能なレベルにまで進んでいるのだが、さすがに誰でも気軽にというわけではない。ザフトのアカデミーの生徒だからこそ、ビザの申請などがスムーズに進んでいたのだ。当然、事故が起きればアカデミーも責任を負わなくてはならない。少なくとも、それが表向きの理由である。
当たり障りのない会話をしばらく続けていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。入ってきたのは六人の男女であった。どの顔も一様に緊張している。赤服が三名いるとは言っても、所詮は学生なのだ。
その中の一人は、彼女の顔を見て小さな声を上げた。顔を知っていたのだろう。
ルチアーノが立ち上がり、丁寧な口調で座るように言う。
目の前の男性が言ったことは、なかなか理解しにくいものであった。地球連合の高官が直々に言ったことであるが、たちの悪い冗談にしか聞こえない。全員の疑問を代表するようにリリトが口を開いた。
「私達六人をこの艦のクルーにする、と言う理解でよろしいでしょうか?」
大きくうなずく男性を見ても実感がわかない。彼の言う理屈は理解できるのであるが、納得に至る事が出来ないのだ。
連合の最重要機密の一つである新型MSを、偶然とはいえ動かしてしまった彼らは、本来なら相当な期間その身柄を拘束されなくてはならない。それどころか、殺されても仕方のない立場である。
だが連合とプラントの間に余計な懸案事項を作るわけには行かず、さりとて機密を知られたままプラントに帰す訳にも行かない。そこで、苦肉の策として全員をクルーとして部隊に参加させることとなったのだ。
「ですが」
「心配することはない、君達は・・・」
ザフトのアカデミーで十分な訓練を受け優秀な成績を収めている。実際、MSを操縦し敵を撃退もした。プラントと連合の冷めた関係を、現場での相互交流から見直すことも出来る。
その他、いくつもの言葉を並べてその男性は、この提案の有用性を説明した。その熱心な語り口に、いつの間にか引き込まれてしまう。
コズミック・イラ70より断続的に続いた戦争は、地球各地に深刻な被害をもたらした。それは人々の不満と憎悪を募らせ、今地球上では様々な紛争が絶えることなく引き起こされている。
これはもはやナチュラルやコーディネーターといった矮小なレベルの問題ではなく、全人類的な問題なのだ。それに対する有効な解決策は、連合とプラントが手を取り合い、ともにその問題解決を目指していく政治的なアプローチだけなのであるが、それが成し遂げられるまで、実際に苦しむ人々を放置して良いはずがない。
紛争に対して迅速に実力部隊を展開させて戦闘を食い止め、紛争当事者同士の話し合いを仲介する。この部隊は、いつか真の平和が達成される日まで、現に苦しんでいる人達を救うための部隊なのだ。
それを成功させるのに、ナチュラルやコーディネーターといった区別は関係ない。危機に動じることなく敢然とそれに立ち向かうことの出来る、勇気と才能にあふれた若者こそが必要なのだと。
「・・・」
黙ってしまった六人を見て、サーシャは舌を巻く。危うく自分もその話を信じるところであった。プラントで仮搭載されていたGOSを導入されたため、ナチュラルが動かせるOSに交換するには、各種プログラムの修正に最低で三ヶ月はかかるというのが直接の理由だ。
部隊の発足が遅れれば、それを理由に構想自体が凍結・廃止されかねない。そこでMSを調整なしで動かせる彼らをクルーとして引き込もうというのだ。
プラント政府が話に乗ったのは、先日の襲撃に何らかの形で関与しているのであろう。ミラージュコロイド搭載のゾーシュなど、普通のテロリストが所持できるMSではない。追及しない代わりに提案を容認するよう迫られたのだろう。学生六人との取引である、プラント政府としては安い買い物だ。
六人は困ったように、互いの顔を見合わせている。カシアが遠慮がちの声で尋ねた。
「その・・・すぐに、なんですよね。マ・・・母や父には・・・」
「それに関しては、カーペンタリア経由の軍用回線を使えるように手配している。今から三時間後に、通信が可能になる。ご両親への連絡はこちらでしておいた。君達から直接説明するといい」
サーシャはそういって、持ってきた鞄を広げる。アカデミーの卒業証書やそれに関する書類、ザフトへの配属辞令に出向命令書、その他諸々の手続きに関する説明書。それを各自の前に並べると、サーシャは付け加えた。
「君達に示された選択肢は一つだ。その意味をよく考えてサインしなさい」
その言葉に彼らは黙った。サーシャはルチアーノを横目で見る。上手いこと汚れ役を押し付けるものだ。六人が彼女に向ける視線は複雑だが、それは一様に冷たかった。
彼女はため息をこらえて、その沈黙に耐える。
とりあえずの控え室として割り当てられた部屋に、カシアは戻ってきた。アカデミーから連絡があったことで、両親は何らかの覚悟をしていたのかもしれない。無事であるならそれでいいとばかりに、案外あっさりと理解してくれた。
それはそれで拍子抜けだった。自分自身、未だに状況に納得できているわけではない。父親など「配属先が少し早く決まっただけだ」などと言っていたが、そういう単純な問題でもなさそうだ。
「ねぇ、どう思う?」
部屋に残っていたリリトに聞く。他の五人がプラントと連絡を取り合っている時、彼女は一人部屋に残っていたのだ。彼女には両親がいない。アカデミーの時に施設で育ったとは聞いていたが、カシアもそれ以上の詳しい詮索はしていない。
だから、その話題に触れないように別の話題を振ったのだ。リリトは厳しい表情のまま、視線を遠くに向けていた。
「どうもこうもないわ・・・でも、私らはハメられるほど重要人物じゃないでしょ。間の悪すぎる偶然なのよ、きっと」
「・・・間の悪い、か。でもさ、私ちょっとホッとしてたりするんだ」
部屋のベッドに寝そべりながらカシアが言う。アカデミー卒業後の進路は、ある程度の希望が出せるとは言え、基本的に上が決めることである。特に成績に大きな違いのあるリリトとカシアが同じ部隊に配属される可能性はきわめて低い。
「フィジェにユンディにタルハにイェレ・・・みんな一緒にいられるなんてさ。間、悪くないよ」
「子供ね・・・」
学生気分の抜けていないカシアの言葉に、リリトはそう返した。ただ、間の悪い偶然は訂正しても良いかと思う。彼女は、気付かれないようにそっと頬を緩める。