Green travelers ~ The another seed ~   作:VSBR

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第三十八話 花一華

 防寒着ではなく普通の制服で雪の上を駆け回っているのは、子供ではない。東洋系の顔は実際よりも若く見えるというので、もういい年をした大人であろう。雪が珍しいのか、一組の男女がはしゃぐ声が聞こえる。

 あれでもパイロットなのだ。東アジアから来た部隊の、特殊なMSを操縦するのが、あの二人だった。聞くところによると、パオペイレンと呼ばれる東アジアの強化兵士だという。雪遊びに興じる姿からは容易に想像が出来ないが、身長と同じ高さにまで丸めた雪玉を持ち上げる姿を見ると、説得力もある。

 たいして交流のなかった東アジアから、こうして支援という名目で部隊がやってくる理由はよく分からないままだ。だが使い物にならないだろう事は、何となく分かった。

「何より、似非コーディネーターです」

「頭数だ、いきり立つな」

 基地司令官が、隣に座るアズレト・ベノフに言った。彼はブルーコスモスの中で、最も原理主義的な一派に属している。エクステンデッドのような強化兵士は、コーディネーター同様に人間の尊厳を冒す存在だと考えている。

 しかしこの基地にも、少数ながらエクステンデッドや大西洋のブーステッドと呼ばれる強化兵士は配備されていた。アズレトとしては青き清浄なる世界には相応しくないと考えているが、今のところはコーディネーターを駆逐するまでの必要悪として仕方なく容認している。

 ユーラシアが本格的に攻勢を整えている中、使えるものは使うしかない。彼は話題を変える。自分が乗る機体の整備状況はかなりの遅れがあるようだ。

「爆弾の起爆装置をそのまま転用は出来んよ」

 侵攻作戦には間に合うと言ったが、サンクトペテルブルクが先手を打ってこない保証はない。そのための陽動作戦は準備されているが、テロという手段がどこまで有効なのか、アズレトには計りかねていた。

 上層部には様々な政治的打算が存在するようであるが、彼としてはただ青き清浄なる世界の実現だけが目的なのだ。そこに政治など必要ない。彼の乗った車は、シンビンメイの仮宿舎を後にした。

 高さにして三メートルほどの雪だるまを完成させたヤンとインが、その車を見送る。そして喉の奥を震わせるように笑った。

 彼らにとって、ここのブルーコスモスなど撒き餌に過ぎない。フリーダムとアークエンジェルをおびき寄せるには絶好の撒き餌なのだ。そろそろ作戦も成功させたいところだった。チン・ヤンチャンは深く息をつく。

「勝算はゼロだがな」

 勝てる要素などどこにもないのだ。それほどに最高のコーディネーターの性能は抜きん出ている。しかし今回から、核動力の確保という作戦はなくなった。純粋にスレイ・カルガの捕獲のみであれば、手の打ちようもあると思いたかった。

 インとヤンにはそれようの強化を施している。あとはアークエンジェルがこちらの予想通りに動いてくれる事を願うだけであった。

 

 スカンジナビア王室の専用機に乗って、そのシートの座り心地を堪能する間もなく、目的地のカルルスタッドに到着する。ヴェーネルン湖に流れ込む川が形成するデルタ地帯の上に作られた、風光明媚な町であった。大型浮体式構造物を利用した空港に、専用機が着陸する。

 シックだが繊細な模様に彩られたMSが、銃身の長いビームライフルを捧げてかしこまっていた。儀仗用の機体である事はその装飾からも分かるが、機体自体は見たことのないものであった。

 オーブ同様、有力な軍需産業を有する国である。制式MSはオーブからの輸入であるが、独自開発したMSの保有は公然の秘密であった。滑走路から空港ビルに向かう専用機に付き従うこのMSも、おそらくはスカンジナビアオリジナルの機体であろう。

 政府高官に王宮スタッフ、警護官に警備の兵士、その他諸々の人々が整然と押し合いながら皇太子を取り巻いて連れて行った。リリト達はそれをあっけに取られたように見ている。

「連合の方ですね、こちらへ」

 取り残された彼女達を、王宮スタッフの女性が案内する。空港の近くには高級そうなホテルが、景観に溶け込むように並んでいる。黒塗りの高級車の窓から、どのホテルに泊まるのだろうと、カシアが順繰りに指をさす。

 町から少しずつ離れていく車に、どうせ近くの空軍基地宿舎だなどと冷やかしていたリリトも、口をつぐむ。飛行中の艦のベッドよりはマシかもしれないが、皇太子の護衛という肩書きで軍の宿舎では流石にテンションも下がる。

 少し静かになった後ろの座席に、マーカスはホッと息をついた。子供の遠足の引率をさせられているような状態に、レセディの頬がヒクついている。怒鳴りつけないのは、スカンジナビア政府の人間が案内のために同乗しているからだろう。彼自身、どんなところで一泊するかは知らされていなかった。

 だから自然を模して植えられた木々に囲まれた道を車が通っているのに気付くと、その展開のありえなさに、後ろの席の子供達のようなテンションになりそうになる。間違いなくこの車は王宮に入っていた。頼りになさそうな顔の皇太子だが、礼を尽くすことに関しては流石に王族だ。

 カルルスタッドの王宮は、スカンジナビア王室の私邸である。オスロやストックホルムの公邸であれば、外交畑の人間なら下っ端でも入れる。だがこの王宮は最低でも大使クラス、軍人なら将官のマークに要職の肩書きも必要だろう。自分の父親でも入れないような場所だ。土産話のネタには困らないと思いながら、自分の役得を噛み締める。

「こちらです」

 整えられたバロック様式の庭園を抜けると、大きな建物の前で車が止まる。王宮内には複数の宮殿があるのだろう。ここは王族の居住のための建物ではなく、来客のための離れのようなものだろうか。

 黒い服の男性が車の扉を開け、クラシックな衣装に身を包んだ女性達が出迎える。どれほど走り回っても足音の立たないようなじゅうたんが敷き詰められた、遥か高い天井を持つホール。装飾の施された手すりを持つ階段は、滑らかにカーブしながら二階に進む。シャンデリアに反射する光は、恍惚へと誘うかのようだ。

 卑近な例えをするのであれば、小さな頃に御伽噺で読んでもらった、遠い外国のお姫様が住んでいるお城だ。

「ねぇ・・・ここ、何?」

 ユンディの声は上ずり、カシアの目は蕩けている。

「ここはクラール宮、花一華の宮殿です」

 

 王宮にはバロック様式だけでなく、自然の姿を模したイギリス式庭園や、王宮の外の景色を利用して一つの景観を形作る日本式庭園など、いくつかの様式の庭園がしつらえられている。そして、それらの庭園に一つずつ宮殿が建てられていた。スカンジナビア王室が居住しているのは、王宮中央の平面幾何学式庭園に面して建てられた宮殿である。

 再構築戦争に伴う混乱の中で打ち立てられた新ユングリング朝は、スカンジナビアの和解と繁栄の願いをこめてこの王宮を建設した。民族や国家や宗教が分裂と融合を繰り広げる世を憂い、世界中の美の様式を調和させ新世紀の新たな美に挑戦した庭園建設であるとされている。

 庭園に訪れる夕暮れの趣きを眺めながら、ハーラル九世はペンを置く。ゆっくりと立ち上がり、隣の部屋に足を進めた。

「ただいま戻りました、父上」

「帰路で大変な目にあったそうだな」

 帰国の報告に来た息子を座らせ、運ばれてきたワインを口にする。息子の視線は、ただの報告ではない事を示していた。ハーラル九世は、表情を崩すことなく、次の言葉を待った。

「何故、ユーラシアの申し入れを受け入れるのです」

「ブルーコスモスは我が国を標的としている。共通の利益を追求する事に害はあるまい」

 コラ半島に本拠を置くブルーコスモスに対して、ユーラシアはスカンジナビアに共同作戦を打診している。国王はその受け入れに前向きであった。

 一方でそれが、ユーラシアのスカンジナビアに対する軍事的な介入を行うための口実であると主張するグループもあった。レクイエム戦役当時、ユーラシアの中枢にブルーコスモスが食い込んでいた事もあり、ユーラシア軍とブルーコスモスを同一視する見方も根強い。

 さらにその根底には、スカンジナビア国内の政治的なスタンスの違いも存在する。新ノルディックバランスと呼ばれる現実志向の中立政策は、旧世紀から続く伝統的な政治スタイルでもある。中立ではあるが安全保障の多くの部分を連合に委ねた姿勢を国際関係の基本とする考えであり、国王はこちらの側であった。

 それに対して、より積極的に中立政策を推し進めようというのが皇太子の側の考え方である。オーブやターミナルとの連携を進め、プラントとの関係強化を目指したのは、中立派と呼ばれる彼らであった。

「アフリカで我が国が仲介役になる事ができたのは、連合とは距離を置いた姿勢が国際的な評価を受けていたからではないのですか」

 皇太子らの精力的な働きによってスカンジナビア国内は一時、中立派が政権を占めていた。しかし、戦争の終結と連合・プラントの間の緊張緩和によって、その存在意義が問われだし、連合派と呼ばれる勢力が伸張してきている。

 国王自身は国内対立の激化を望まない立場から曖昧な態度を崩していないが、ターミナルからの絶縁宣言で中立派が打撃を受けている事は間違いなかった。ブルーコスモスの越境攻撃も数が増えている事から、ユーラシアとの共同作戦も世論の反発はないだろうという考えである。

「あと・・・なぜ、ついでに婚約発表をするのですか」

「決まっていた事だ、各国要人に何度も足を運んでもらう事もあるまい」

 新ユングリング朝は複数の王家が統合して生まれた。そのため、相続などに複雑な決まりがあり、結婚もそうした決まりの中で相手が決定される。それが、近代合理主義が生み出したシステムなのか前近代的なシステムなのか、よく分からないままだ。

 だが世襲の国王に大きな権限を持たせているCEの王制にとって、こういった決まりは欠くべからざるものであった。

 

 観光に来たわけではないので、マーカスとレセディには仕事らしいものがあった。もっとも仕事といっても、スカンジナビア軍の現場における折衝部門の人間との顔合わせ程度である。会議室での話は早々に切り上げられ、少し早めの夕食と共に軽い懇談が行われただけであった。

 宿泊先である花一華の宮殿に戻ってきたのは七時過ぎ、プラントの六人が丁度夕食を始めるところであった。食堂からはにぎやかな声が聞こえてくる。

 真っ白なクロスがかけられた大きなテーブル。中央には立派な花が生けられている。真っ暗な夜を背景にした窓にはシャンデリアが映りこみ、間接照明の柔らかな光と共に、幻想的な雰囲気を生み出している。

 重厚な家具に、絢爛たる調度品、壁に掛けられた絵はおそらく美術館の目玉になり得るものだろう。それらが決して自らを主張することなく、一個の空間の中の欠くべからざる要素として完璧に組み込まれている。文明の一端を凝縮したようなその空間は、プラントでは見ることの出来ない、連綿たる歴史の現場である。

 そこに運ばれてくるのは、生命の根源たる欲求をそのまま文化へと昇華させた存在。すなわち料理であった。

「こっちから、使うの?」

「やばい・・・半端ねぇよ。おかわりとかアリ?」

「あぁ、きっとこれが美味しさの上限なんだわ・・・」

「どうしよう、一人で一本空けちゃいそう」

「おっ、肉が来た」

「多分これ、一生ぶんの贅沢だ」

 マーカスたちと違い、別段することのなかった彼らは宮殿をくまなく見て回った後、庭園の散策をしていたようだ。彼は漏れ聞こえてくる会話を聞きながら、せっかくの機会なので彼女らと話す時間が取れないだろうかなどと思った。

 広間のソファーに腰掛け、一組で月収くらいになりそうなカップでコーヒーを口にする。クラシカルな外見のオーディオ機器からは、新作の交響曲が聞こえてくる。これで目の前の女性が微笑んでいれば言う事なしだった。レセディの視線は冷たいままだ。

「いいことじゃないですか。彼らの問題はとりあえず解決したようですし」

 レセディの不機嫌の理由がそこではない事が分かりつつ、そんな事を言う。マーカスはコーヒーカップを置くと、ご存知だったんですねと問いかける。即位十周年式典への出席の件だった。

 自分の頭越しのレセディに伝えられた事をどうこうと言いたいのではなく、それが彼女の不機嫌の理由だから聞いたのだ。確かに、皇太子の護衛ではなく出席というのが気になる点だ。度の過ぎる扱われ方だろう。それだけに、レセディと皇太子の並々ならぬ関係が見て取れる。

 マーカスの見たところ、皇太子の片思い、もしくは断ち切れない未練といったところだろうか。だが、引き結んだ唇と少し吊り上がった眉のこの女性が、普通に恋愛をしていたとすれば、嬉しいというか残念というか、妙な気分になる。

 その濃い褐色の肌に視線を向けていると、彼女の方から口を開いた。食い入るように聞くのは失礼になるだろうと、視線を向けずに耳だけを傾ける。

 

 本当なら、軽く身震いするような寒さだろう。だが結局ボトルを一本開けてしまったリリトには、丁度いい気温だった。風がないので、火照った肌をただ冷たい空気がそっと包んでくれる。

 見上げた夜空の星々に、あの島の事を思い出す。感傷とやるせなさが心を撫で、彼女は傍に来たイェレの手を握った。彼は驚いたように顔を向ける。「どうした?」その問い掛けに、目尻を拭った。

「何でもないわ・・・」

 半分は本当で、半分は嘘だ。言葉にならない感情が涙になったのだから。涙を拭いて、それを言葉にした。

「カシアはさ・・・どうして、あんなに・・・その、私の事を・・・」

 視線を落としたリリトに、イェレは肩を抱き寄せたい衝動を抑える。

 カシアとの間で何かがあったのだろう。それがリリトを元に戻した、いや前よりも打ち解けた感じになった。彼にも彼らにとってもそれで十分である。きっとリリトの口から、ちゃんとしゃべってくれる。それが分かっていれば、こちらから焦って聞き出す必要は無い。

 むしろ、こちらからちゃんと伝えなくてはならないだろう。だからイェレは答える。

「あいつも俺も、友達いなくて・・・あいつは、結構それを気にしててさ」

 農業技術者としてプラントを渡り歩く親とともに、イェレとカシアもプラントを転々とした。通常は一年、早ければ半年で次のプラントへ移る。一応学校には行くが、打ち解けた頃には転校だった。

 それが分かってくると、即席で友達を作ってもどこかで別れる事を前提とした関係にしておいた。その方が色々と楽な面もあるが、今では顔を覚えている者など皆無だ。逆もまた然りであろう。

「9・・・10歳の時だったかな、丁度担任の先生が結婚式をするってんで、クラスの生徒も呼ばれたんだ。そん時はあいつも同じクラスでさ。まぁ、いい式だったんだけど、転校したてで、微妙にノリについていけなくて居心地悪かったのも事実だな。で、その帰り道にあいつがウェディングドレスがどうのとかいう話をしてて・・・最後に、俺と結婚式を挙げる時は誰を呼ぶんだろうってなったんだ」

 リリトが視線を向けた。不意にぶつかってきた強い視線に、一瞬たじろぎながらイェレは話を続ける。

「ま、ガキだったし他に男友達なんていないし。で、結婚式に呼ぶのが親しかいないって事に・・・まぁ、気付いたっていうのかな。あいつ泣き出してさ」

 イェレにもその訳は分かった。あまりにも寒々しい事実に、掛ける言葉もなかったのを覚えている。アカデミーを選んだ遠因は、この辺にあった。

「転校生活のおかげで、周りの人間に嫌われずに打ち解けるスキルはあるんだけど、そっから向こう側へのスキルがなくてさ・・・あいつなりに必死だったんだと思うぜ」

「イェレも、そうだったの?」

「俺は・・・」

 そのまま口篭る。そうやって聞かれるという事は、必死さが伝わっていなかったという事だろう。空回っていたのか、効果の無い事をしていたのか。「今でも必死だけど」とは言えなかった。

 少し風が吹いてきて、イェレの銀髪を揺らした。リリトの手を取って、室内に促す。どこから借りてきたのか、カシアがトランプを切っていた。

 

 自室に戻ってからも、やる事は山積していた。アフリカでの交渉に関する報告書を議会に回さねばならないし、先日のブルーコスモスによる領空侵犯に対してユーラシアへ取り締まりの不備を抗議する声明もチェックしておかなくてはならない。国王の動きを牽制するために、軍への根回しも必要であろう。グスタフはとりあえず、無事にバルト海に入ったというアークエンジェルからの報告に目を通す。

 ペンを走らせながら、彼は唇を噛む。婚約発表の日取りを勝手に決められた事は仕方ないとしても、何故このタイミングなのだろう。レセディの口から、呆れたため息が漏れる様子を想像してしまう。

 相手を知らないわけではないし、悪い人ではない事も知っている。同じように国の取り決めで結婚した両親は、今でも仲睦まじい。王族に生まれた者の、いわば運命のようなものは承知している。それでも、タイミングくらいは自分で制御したいものだ。

 そんな物思いを振り払うように、次の報告書を手に取る。ブルーコスモスの動きは、依然として活発なようだ。

「氷の下ではな・・・」

 コラ半島のブルーコスモスを支援しているのは、大西洋のブルーコスモスである。元プラント議長だったギルバート・デュランダルの画策によって、ブルーコスモスが大打撃を被ったのは事実だ。だが有力なスポンサーであるロゴスが失われた事により、その活動は逆に先鋭化している。ロゴスの都合によって活動が制約される事がなくなったのだ。

 反プラント、反コーディネーター感情は容易に消えず、寄付や組織加入者は減らないままだった。ベルリン崩壊を味わったユーラシアと違い、大西洋は未だにブルーコスモスの勢力が保たれている。

 大西洋のブルーコスモスは、潜水艦を使って北極海の氷の下を通りコラ半島へ物資を運んでいた。輸送コストなど、そもそも考慮されていない。場所が場所だけに海上封鎖も難しかった。

「問題は、それへの対応だ」

 そうつぶやいてサインを書き付ける。ブルーコスモスの伸張やユーラシアの懐柔によって、国家の方針を変えることは出来ない。それこそ相手の思う壺である。

 ナチュラルとコーディネーターが正面から対立する時代は終わっている。だがその後の世界は融和の世界ではなく、無関心の世界だった。地球と宇宙に別れ、互いに相手の存在を無視して生きようとしている。

 その無関心が、小さな紛争をいくつも起こしているのだ。戦争が終わったはずの世界で戦争が続く不条理、それを放置する事が許されるはずがない。そこにこそ、スカンジナビアの進むべき道がある。

 無関心ではなく、互いの手を取り合う道はあるはずだ。ナチュラルとコーディネーターの融和、そこにこそ戦争の終結が存在するはずだ。現実的な選択とやらで、その理想を過激派に売り渡すことは、断じて許さない。

 時計を見上げ日付が変わった事を知る。手元の報告書だけでも仕上げておこうと、グスタフはディスプレイに向かう。

 

 夢のような一夜が開け、リリト達は名残惜しそうに帰る準備を始めていた。予定ではサンクトペテルブルクで、トレランシアと合流する事になっている。そんな彼女らに召集がかかった。そこで聞かされた言葉は、流石に耳を疑うものだった。

 カシアもはしゃがずに、いぶかしげな表情を浮かべていた。国王の即位十周年式典は、各国政府高官を招くセレモニーである。数年前のアカデミーならいざ知らず、今の彼女らは政府高官の親族ですらない。それにもかかわらず、彼女らにもその招待状が届いていたのだ。

「護衛ではなく、出席ですか?」

 代表してフィジェが聞いた。マーカスは説明を考える。

「純粋に出席を要請されたのは副長と私です。君達は・・・例えて言うなら私服警官みたいなものでしょう」

 式典の警備はスカンジナビア軍の責任であり、要人の警護は警察と王宮警護隊の仕事である。一方で、出席者にはそれぞれの国からもSPがつく。彼らには、艦長と副長の警護が求められていた。しかし正式な警護を行うには、身分確認などの煩雑な手続きが必要となる。そこで招待客というスカンジナビア王室のお墨付きで、会場に入れるようにしたのだ。

 政治的インパクトを考えれば、この六人にこそ十分な護衛をつけるべきだと思うのだが、マーカスはとりあえず黙っておく。それ以上に引っかかることが多すぎるのだ。彼らも同じ考えだろう。あまりにも無理が過ぎる。

 レセディが言った通り、皇太子のナルシシズムで彼女が招待され、そのカモフラージュとして自分がついていくのであれば、ギリギリ理解できなくもない。だがこの六人を警護目的で招待するのは何故か。いっそのこと、一日街の観光にでも出せばいいのだ。リリトがその疑問を口にした。

「警護が、必要な状況が前提なのですか?」

 全員が同じ事を考えていたのだろう。場に沈黙が訪れた。仮病なりなんなりを使って欠席は出来ないと、マーカスは先に言っておいた。ルチアーノ・プレスから、出席を念押しされているのだ。

 トレランシアがサンクトペテルブルクに入ったのは、ユーラシアとの共同作戦のためであった。この式典と同時に開催される首脳会談で、スカンジナビアとユーラシアが共同作戦への合意を発表するはずなのだ。ルチアーノはその仲介役だった。

 それと彼らの出席がどう関係するのか。ルチアーノもまた、同様の懸念を抱いているのかもしれない。

「何か、期待されているみたいですけど、私達・・・」

「必修一単位、それは分かってます」

 でも、とマーカスは続けた。彼は大きな金属ケースを開ける。スカンジナビア王宮警護隊が貸与した拳銃だった。13ミリPCP弾、通称コーディネーターマグナムと呼ばれる特殊な弾を使用する、「鎧通し」という名の大型拳銃。防弾チョッキをも貫通する拳銃だ。その重さと発射の反動に、コーディネーターでしか使えないとされている。

 当然使えるでしょうという顔をするマーカスに、全員で反論する。半年の講義でこんな普通でない拳銃を使ったのは一回だけだ。しかもカシアとユンディはその後一週間腕が上がらなくなっている。

 こんなものまで用意するのである。ただのセレモニーで終わるはずがないのだろう。

 

 会場の地図の把握から、拳銃の使い方、そして衣装合わせと、慌しく一日が過ぎ、食事をのんびりと楽しむ暇もなく翌日を迎えた。落ち着かない半日を過ごし、昼過ぎになって出迎えの車がやって来る。玄関前で、彼らの準備が整うのを待っていた。

 初めて着る燕尾服に落ち着かなさを感じる三人は、着慣れているといった感じの艦長の様子に感心する。何しろ、服が少しずれるだけで気になってしまうのだ。そしてうっとおしいのは腰の後ろ側に収納されている拳銃の重さだった。2キロ弱の重量であるため、懐では邪魔になる。

 イェレが時計を見た。出発の時間は迫っているが、女性達が来る様子がない。

「色々と準備があるんですよ、女の人は」

 新聞を広げるマーカスが言う。そう言えば昨日も衣装合わせにとんでもなく時間がかかっていた。出迎えの人も、時間についてはそれほど気にしていないようだ。そのまま三十分ほど時間が過ぎた。

 新聞を読み終えたマーカスが立ち上がり、呆けた顔の三人を促す。ドレスをまとった女性が静々と二階から降りてきた。彼は淡いベージュのロングドレスを着たレセディの手を取る。迎えの車が四台という事は、そういうことだろう。

 それに習ってタルハがユンディの手を取る。カシアは逆にフィジェの手を取った。ローブ・デコルテの似合う彼女の姿に、彼は思わず視線を逸らした。結い上げられた髪とうなじがまた美しい。

「そういうのは、ずるくないか?」

「恋はルール無用のデスマッチよ」

 カシアにぴったりと身を寄せられて歩きにくそうにフィジェを見ながら、イェレがおずおずとリリトの手を取る。落ち着いた水色のドレスに、綺麗な金髪と抜けるような白い肌が眩しい。肩から腕への柔らかな曲線、大きく開けられた背中から見える背筋のライン、鎖骨からゆったりと持ち上がってく胸の起伏。男性としては凝視を望むが、男の子としてはどうしてもそれが出来ない。

 不思議そうなリリトの顔に曖昧な笑いを浮かべておいた。一瞬視線が下がって、慌てて違う方を向く。

 三人が着ているドレスは、そろって腰の部分に大きなリボン状の飾りがついている。拳銃を隠すための装飾だ。それを目にしてイェレは気を引き締める。彼女らのきらびやかな姿を楽しむだけの場となればそれに越したことはないのだが。

 

 海底にひっそりと身を横たえながら、アークエンジェル内部は一時も休まる事がない。エフライム・ビーンシュトックが構築したネットワークを通じて、様々な情報が集められる。目下の関心事はスカンジナビア情勢であった。

 国論が二分されている現在のスカンジナビアが、どこまでユーラシアや連合の圧力に抗する事ができるかは予断を許さない。しかし既にターミナル本体による協力が得られなくなっている以上、連合への歩み寄りを求める声は日増しに大きくなっていくだろう。

「オーブに続いてスカンジナビアまで・・・」

 キャプテンシートの男が嘆息と共に言う。ブリッジには主要クルーが集まっていた。

 コーディネーターとナチュラルの融和を訴える人達は、一つ一つ確実に潰れされている。クライン派を事実上の更迭に追い込んだプラントの政変。連合による信託統治のもと連合主導で独立に向かうオーブ。アフリカ解放戦線は連合と共同歩調をとるグループに、その組織を掌握されていた。南アメリカは完全に無政府状態となっている。

 国家として唯一、コーディネーターとナチュラルの融和を訴えていたスカンジナビアも、いまや風前の灯であった。もしスカンジナビアがその方針を変えるようなこととなれば、世界は再び二分される。遺伝子に基づく不毛な対立が呼び覚まされ、互いに相手の滅亡を願うおぞましい時代に逆戻りする。

 コーディネーターとナチュラル、宇宙と地球、正義と悪、そんな二分法の世界に抗い、そうではない可能性を提示するために、彼らはここにいる。少年が口を開く。

「やりましょう。これ以上、事態を悪化させるわけにはいかない」

 その言葉に、全員が無言でうなずいた。少年は傍らの少女に、同意を求めるように、答えを確かめるように、視線を向ける。少女も微笑みと共にうなずく。

 艦長が指示を発する前にクルーは動き出していた。スカンジナビア国王即位十周年記念式典に対するテロは、事前にその情報を入手していた。

 だがそれ以上に問題なのは、この式典の後に行われる首脳会談であった。皇太子ら中立派はそれに対して反対の動きを見せているが、肝心の皇太子が婚約によってその動きが封じられる可能性があるのだ。王室の典範では、婚礼やそれに準ずる慶事があった場合、王族の政治活動を自粛する事が求められている。

 国王自身も動けないのであるが、議会の多くは国王同様に連合派であり、連合派には大きな不都合はないと考えられた。この式典をきっかけに、スカンジナビアはその方針を大きく変える可能性がある。

 ブルーコスモスによるテロを阻止し、連合派の独走を抑制しなければ、地球圏はまた一歩、分裂と対立へと足を進めてしまう。それだけは、何としてでも避けなくてはならない。

 アークエンジェルとフリーダムの力はそのためにある。スレイ・カルガは、そのために自身の力を使おうと決意したのだ。廊下の隅でヴァニーユとの軽いキスを交わすと、彼はMSデッキに向かった。

 アークエンジェルが夕暮れの海にひっそりと浮上した。

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